5-25 世界で一番
『何をしても無駄だ』という感想は、最初から抱いている。
まさかこの状況で相棒と再会出来るなんて思ってもいなかったけど、それでもやはり月眼には届かない。分かってる。分かってるんだそんなこと。
でも諦めるわけにはいかない。たった一人で月眼の魔王と肉薄する俺もたいがいイカれてはいるんだろうが、ここで終わるわけにはいかない。
俺の背後ではフェトラスが横たわっている。演算の魔王を殺さなくては、彼女を取り返すことが出来ない。
切る。突く。殴る。投げる。裂く。蹴る。斬る。穿つ。ありとあらゆる攻撃を試してみるが、そのことごとくが無駄なのは先刻承知。
そして、実際に演算の魔王は、俺が放つ全ての必殺攻撃を防ぎきったのである。
[……体力が続くとはいえ、よくもここまで食らいつけるものね]
呆れた様子の演算の魔王。対して俺は、膝が折れそうになっていた。
スタミナの問題ではない。演算剣カウトリアの解放技・時間停止まがいの反動だ。心臓が痛む。
すっ、と演算の魔王が片腕を上げる。おそらく拘束魔法。
瞬時に俺は飛び退いて、その範囲から逃れた。
さっきからずっとこの調子だ。俺達は相手の一挙一動で先に回避したり、一秒後に訪れる衝撃をガードしたりしている。
方や手をかざすだけ。方や急に飛び跳ねる。はたから見れば、ちょっと間抜けなんだろうな。
そして俺はその読み合いを繰り返しながら打開策を探していた。
だが、演算の魔王は違うようだった。繰り返される無為に苛立ちが高まっていた。
[…………キリがない]
そう呟いた演算の魔王の声色には、確かな不快感が混じっていた。
そして自分の頬についた、小さなかすり傷をそっと撫でる。
[諦めては、くれないの?]
「おいおい、今ようやく一歩届いたばかりだ。まだまだこれからだろ」
[そうだね。このままずっと踊り続けるのも悪くないのかもしれない]
だけど、と苦笑いが仄暗い表情へとすり替わる。
[いい加減、私を演算剣で斬ろうとする様は、いくらロイルといえど少し不愉快だわ]
「クッ……」
濃密なプレッシャー。思わず一ミリだけ後ずさる。
[ねぇロイル。大人しく降参する気は無い?]
「お前がフェトラスを解放したら、考えてやるよ……!」
[フェトラスが戻って来たら負けるからイヤって、何回も言ってるのに……]
だらり、と演算の魔王は両腕を下げた。
[ずっと……ずっと我慢してきた……長くて永くて何度発狂したかも分からない……それでもダメなの? まだなの? こんなにも苦しくて切なくて愛おしいのに、まだ私は報われちゃダメなの……?]
独り言のような、呪文。
[――――片足をもいでしまえば、ロイルも分かってくれるかな?]
血の気が全部引いた。
[大丈夫だよロイル……私がずっと隣りで支えててあげるから……]
(攻撃、される……? いや、当然のことだ。俺はあいつを殺そうとしている。ならば反撃は当たり前の話だ。あいつがずっと無抵抗だったのは、その力の差が果てしないから……そして実力行使に『聞こえのいい言い訳』が加わるのならば、あいつはきっと躊躇わない)
もう、ダメか。
――――だが、最後の最期まで絶対に諦めない。この刃が届かないというのなら、別の方法を考えなくては。
考えろ、考えろ、考えろ。俺に出来ることはそれだけだ。
そんな風に、俺がギュッと演算剣カウトリアを握り直すさまを見て、演算の魔王は深いため息をはいた。
[ここまで脅しても、なお諦める気配無し……か。だったらもう最後の手段]
そして演算の魔王は、俺にとって致命的ともいえる攻撃の開始を宣言する。
[あの子を殺せば、もう諦めもつくよね?]
「なっ」
[ロイル。ロイルが悪いんだよ。全部貴方が悪いの。でも大丈夫。私は許してあげる]
「やめろ……」
[フェトラスには本当に感謝しかない。でも、残念だわ。とても残念。でも大丈夫よロイル。私が一緒に泣いてあげる]
「やめてくれ……!」
[叩いてもいいわ。蹴ってもいいわ。斬ってもいい。さっきと違って、その全てを受け入れるわ。……殺されるのだけは、してあげないけど]
「やめろ! クソ、絶対に、絶対に許さないからな!? やめろ!」
[大丈夫だよロイル。永遠なんて、無いんだから]
その全てが呪文だった。
打つ手は無いか。詠唱を破棄させることは出来ないか。フェトラスの盾に、俺はなれるのか。
「や、め……ろぉぉぉぉ!!」
[あの子を殺して、ロイルに永遠に謝り続けて、その次の永遠で貴方に愛してもらう]
俺は駆けた。何かもを使って、フェトラスの前に立ち塞がった。
[無駄よロイル。攻撃対象は既に定めた]
演算の魔王が、嗤う。
[いつか貴方が許してくれると確信してる。だって許してくれるまで謝るもの。そして必ず貴方を幸せにしてみせる。だから――――ごめんね。さようならフェトラス]
――――考えろッ!
[【永]
(どうすればいい。どうすればフェトラスを護れる? 演算の魔王とは距離がありすぎる。呪文の阻害は不可能だ。一秒で奴を殺すなんて不可能だ。ならばどうすればいい。どうすればフェトラスを護れる。そうだ。護るだけでいい。あいつが生きていてくれるのならそれでいい。死ぬよりずっとましだ。だったらどうすればいい。演算の魔王に許しを乞えばいいのか? 永遠にお前を愛すると嘯けばいいのか?)
[【永演]
(……ああ、そうか。そうだよな。それでいい。その方がずっとマシだ。なんだよ、戦う必要はなかったな。そうだよ。俺はあいつが生きていてくれるのなら、それでいい。それで――――)
[【永演断]
(いいや、違う。本音はそこにはない。あいつが死ぬぐらいなら、生きていた方が一億倍以上マシだってだけだ。本当のことを言うなら俺はあいつに、幸せに生きていてほしい。叶うことなら俺と一緒に。――――だけどもう無理だ。このままじゃ殺されて終わりだ。ならばどうする。最低限、あいつが生きていてくれるのならそれでいい。クソ、思考がどうどう巡りしてやがる。思考のノイズが鬱陶しい……! そうだ演算の魔王に許しを乞おう。あいつが生きていてくれるのなら、それで)
呪文が唱えきれる前に、俺は大きな声で――――。
だがそれは完遂出来なかった。
俺の背後から七色の虹がほとばしった。
[ッ!?]
「ッ!?」
驚愕の気配が重なる。
この光は、何だ。
だが振り返る前にやるべきことがある。これはチャンスだ。フェトラスが攻撃に晒される前に、次こそ、次こそ奴の息の根を止めてみせる!
「うおおおおおおおお!!」
相棒を大きく上段に構え、滑り込むように演算の魔王に迫る。隙だらけだ。何を呆けているのかは知らんが、その隙はお前にとって致命のモノとなる。覚悟、いいや、覚悟するより早く俺に殺されろ……ッ!
だけど、俺は間違えてしまった。
今まさに斬りつけられられようとしているのに、演算の魔王は俺を見ていなかった。ただ俺の背後から放たれる七色を、その光を放つであろう者に視線を奪われていた。
そして、その月眼からポロリと一つ、涙がこぼれた。
俺は間違えてしまった。
その涙の意味を読み取り、今度こそ息が止まるほどに胸が締め付けられた。
だから殺す直前で、俺の手は止まってしまったのだ。
「…………なぜ、避けようとしない」
なんて愚かな質問だろうと、我ながら思う。
絶好の機会を得ながら、俺は彼女に語りかけてしまった。
隙だからけなのだから問答無用で殺すべきだった。だけど俺は気がついてしまった。泣いている彼女を見て『やっぱり殺したくなんてない』と思ってしまったのだ。
[……あは、あはは…………]
がくり、と膝から崩れ落ちる演算の魔王。
[そっか……そっかぁ……戻って、来られるんだ……]
「……!」
動揺。それを鎮める仮説。まさか、という疑念はあるが、確認する余裕はない。
だが確認するまでもなく、背後から七色の光が迫ってきた。
[……ただいま、お父さん]
それは長い演算の果てに夢想した愛娘の声だった。
「…………よう。目が覚めたのか」
[……うん]
「そうか。良かった」
演算の魔王は何も言わない。
ただボロボロと泣いて、ようやく俺を見た。
[………………あーあ]
その口調には、絶望しか含まれていなかった。
[なんて残酷な結末なのかしら]
「………………。」
[………………。]
[私、一生懸命頑張ったんだよ。ずっとずっと我慢してた。苦しんだ。哀しかった。虚しくて切なくて愛おしくて、本当に寂しかった]
「………………。」
[………………。]
[だけど貴方達は、私を許してはくれないのね。私の愛を踏みにじっていくのね]
「………………。」
[………………。]
[――――ねぇ、フェトラス。貴女に言いたいことと、聞きたいことがあるの。いいかしら?]
「………………。」
[……いいよ]
[私はロイルを愛している。一秒だって、他の誰にも渡したくない。……そのためには、ロイルに愛されている貴女が邪魔なの。だから、死んでほしい]
「………………。」
[……ごめん。あなたの気持ちは分かるけど、譲れない]
[そう……だったら約束通り、もう一度戦いましょう。全力で殺し合って、勝った方がロイルと幸せに暮らす。……それでいいかしら?]
「………………。」
[……いいよ]
電光石火だった。
演算の魔王は超スピードでフェトラスへと迫り、その両頬を手の平で包もうとする。
[【死演】]
「【斬空】」
相手の精神を殺す魔法。
空間ごと相手を切り裂く魔法。
一手速かったのはフェトラスだった。精神弱体化の魔法をかけるには、相手に触れている必要性がある。そして演算の魔王が距離を詰めるために必要な時間が、勝負の明暗を分けた。
交差は刹那。だけどフェトラスの方がわずかに速かった。まるで唱えるべき呪文が最初から決まっていたかのように。
演算の魔王は、遙か後方へと吹き飛ばされていく。ウェディングドレスは千々に裂かれ、哀しい程に彼女は敗者の様相を呈していた。
[クッ……!]
[これで終わり]
その声には、かつてないほどの覚悟が込められていた。
フェトラスが片手を大きく掲げ、呪文と共に振り下ろす。
[ 【 極虹 】 ]
演算の魔王を包むように、七つの竜巻が等間隔に立ち並ぶ。
虹色の悪夢。――――灼熱の赤、黄昏の橙、拒絶の黄、毒殺の緑、果て無き青、絶望の藍、終末の紫。
それは「夢の宮廷料理フルコース」の上位魔法だった。
多重属性なんてレベルじゃない、複合属性。全てが死を運ぶ色であり、その一つ一つが世界を滅ぼす絶望だった。
[あなたはお父さんを愛した。その気持ちは痛いくらい分かる。だから、私の覚悟も分かってほしい]
もう対処は不可能だ。魔法は発動した。七つの致命的魔法に対処するなんてどう足掻いても無理だ。どう頑張っても三つしか消せないだろう。そして残りの四つの〈死〉に襲われて、演算の魔王は死ぬ。
相手が月眼であっても関係ない。フェトラスの合図一つで、あの《死》は演算の魔王を切り刻む。――――これは、全てを殺す魔法だ。
[あなたは死ぬ。私が殺す。……でも、謝ることは出来ない。そんな中途半端な気持ちで、私はあなたの愛を踏みにじらない。どうか私を、私だけを恨んで、呪って、憎んで、消えて]
[……ロイルぅ…………]
演算の魔王はずっと俺を見ていた。
この胸は、俺を苦しめるためだけに存在しているのではないだろうか。いっそ切り取ってしまえたら楽なのに。そんな馬鹿げたことを考えてしまう程に、俺は哀しかった。
[――――最後に言い残すことはあるかしら。私はそれを胸に刻んで、前に進む]
演算の魔王は泣いていた。
感情だけがあふれて、それを言葉に直すのが無理なほどに。
そして最後に、一生懸命がんばって、彼女はこう言った。
[どうせ死ぬなら、ロイルにころされたい]
俺は刹那で駆け抜けた。
果て無き青と、絶望の藍の間をくぐり抜けて、演算の魔王に肉薄した。
疲れ知らずの状態のはずなのに、俺は息が切れていた。はぁ、はぁ、と、呼吸をするのが苦しかった。
[ロイルぅ……!]
これは儀式だ。
お前をフェトラスよりも愛することは出来ないという、残酷な事実通告だ。
だけどそうするしかない。
こんな距離だ。彼女が魔法の一つでも唱えれば俺はあっけなく死ぬ。
だけど、彼女は俺を害さない。
だけど、俺は彼女を殺すのだ。
それが誠実なことなのだと、自分自身に言い聞かせながら。
そして演算剣カウトリアを振り上げる。
最期の時が訪れる。
[ロイル……私は、誰なの……?]
「………………お前は」
[あなたは演算剣をカウトリアと呼ぶ。だったら、私は? カウトリアでない私は、貴方にとって一体何者なの?]
「……お前は」
問い。演算の魔王は、俺にとって一体なんだ?
家族だ。立ち位置はまだ決めかねていたが、俺はこいつのことを家族だと思っている。だけど、俺は今からこいつを殺す。そして演算の魔王が求めているのは、そんな肩書きじゃない。
もっと特別で、自分が誰で、何のために生きていたのかを表す、俺からの返答。
「お前は、俺を愛してくれた者だ」
それを耳にした演算の魔王は、ほぅ、と短い吐息をもらした。
「――――私は、ロイルを愛せたのかな?」
「お前以上に俺を愛してくれたヤツはいないよ。ああ、そうだとも。……お前は、世界で一番俺を愛してくれた」
フェトラスよりも、トールザリアよりも、何よりも。
「お前が一番だ――――その事実を、俺は永遠に忘れない」
永遠なんて無いと言い続けた演算の魔王に、俺は別れの言葉を告げる。
「……俺はお前に愛してると言う資格が無い。だけど、愛よりも強い気持ちを込めて、この言葉をお前に捧げる」
[ロイル]
「――――ありがとう」
[そっか――――愛よりも強いんだぁ]
ポロポロと、彼女は嬉しそうに泣いた。
哀しくて、切なくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて。ほんの少しだけ嬉しくて。だからポロポロと泣いた。
超高速の一閃。
その感触は確かに命を奪うものだった。
穏やかに演算の魔王は瞳を閉じて。
痛みは無かっただろうか。俺は上手に出来ただろうか。……俺はその結末を目にすることが出来なかった。どうしても無理だった。一生懸命目を閉じていても、涙があふれて止まらなかった。
殺した。
俺がこの手で、演算の魔王を殺したのだ。
俺を愛してくれた者を、その気持ちごと踏みにじったのだ。
俺はそれを生涯忘れてはならない。
――――振り抜いた演算剣カウトリアを持つ右手に、そっと手が添えられた。
それはロキアスだった。いつのまに近づいてきたのだろうか。彼は小さな声をもらした。
[……月眼殺しの名誉がほしいわけじゃないのなら、貸せ]
「……いらねぇよそんなもん!!」
泣きながらそう絶叫すると、ロキアスが演算剣を奪いとった。もう抵抗する気もない。ここに俺の敵はいない。
[……抵抗するなカウトリア。頼むから邪魔しないでくれよ。そして、よく頑張ったね演算の魔王。大丈夫だよ。カミサマ共からは山ほど文句を言われるかもしれないけど、そんなこと気にするものか]
ロキアスが呪文を唱える。
[――――・――――・・―・―・【終型】【演算統合】【再聖】]
きらきらと、きらきらと、きらきらと。
光に還っていくはずの演算の魔王が、演算剣カウトリアと統合されていく。
やがて肉体は輝きながら薄れゆき、その全ては余すこと無く元のカタチへと収束した。
いま演算剣と演算の魔王は、分岐した者達は一つの形に戻る。
そしてロキアスからそっと差し出された演算剣カウトリアを、俺は震える手で受け取った。
[……末永く、愛してやってくれ]
「こ、れは……」
[……うるさいな。僕は疲れた。もう何もしたくない]
そして彼がパチンと指を鳴らしてみせると、遠くの方にある扉が徐々に開きはじめた。
[十三番目の月眼。……七色の精霊。極虹の魔王・フェトラスだ。楽園を用意しろ]
その言葉に反応して、神様らしき声が届く。
〈ロキアス、貴様……〉
[黙れ。……頼むから、静かにしてくれよ]
そう言ってロキアスはとぼとぼと扉に向かって歩き始めた。自分の楽園に引きこもるつもりだろうか。
あいつは今しがた何をした?
演算の魔王が、カウトリアに吸い込まれて、えっ、と。
「……カウトリア?」
宝玉が、淡く優しい黄色にほんのりと灯る。
「……お前なのか?」
会話出来るわけじゃない。けれど、カウトリアは先ほどよりも重く、強く、優しく、そして変わらず世界で一番俺を愛してくれているような気がした。
頭が真っ白になる。カウトリア、お前。そんな。
「……あ、ありがとうロキアス!!」
子供みたいに、そんな簡単な言葉しか叫ぶことが出来なかった。
観察が生きがい、という割にはとんでもない介入を果たした月眼の魔王は片手を上げて去って行く。
俺は抜き身の剣を抱きしめ、歯を食いしばって泣いた。
[――――えいっ]
どさり、と俺の背中にフェトラスがのし掛かってくる。
[ちょっとジェラシー感じちゃう。ただいまお父さん]
「……お帰り、フェトラス。何も出来なくてすまなかったな」
[ううん。そんなことないよ。……それ、演算の魔王ちゃん?]
「……こいつは、カウトリアだよ。俺の世界で一番大切な相棒だ」
[そっか]
ぎゅう、と背後から抱きしめられる。
「って、そういえばあの宮廷料理は」
消えていた。七色の竜巻はもうどこにも存在しない。
[ねぇねぇお父さん]
「なんだ」
[私、めちゃくちゃ頑張ったと思うんだけど]
「そうだな。めちゃくちゃ頑張った。ありがとうな」
[なので、私にもさっきみたいなことを言うべきだと思うんだけど。義務だと思うんだけど。絶対言わなくちゃいけないんだよ。言わないと失礼だよ。ぷんぷんだよ]
はは、と苦笑いを浮かべて立ち上がり、振り返ってフェトラスを見る。
月眼がキラキラと輝いている。
その黒髪は流れるように舞い、白い精霊服によく映える。
俺より身長が大きくなってしまい、もう全然子供に見えない。
顔つき的にはクールビューティーっぽさが漂っているが、浮かべている表情は可憐だ。
[というかさ]
「なんだよ」
[……お父さんを世界で一番愛してるのは、カウトリアじゃなくて私なんだけど]
「ははは」
[笑ってごまかすの禁止!]
いや、すまん。可愛くて思わず。
微笑んだまま、俺は完全な言葉を口にした。
「俺はお前を、世界で一番愛してるよ」
[ん~~。…………んんん~~~! うへへへへ]
おいおい勘弁してくれよ。可愛い顔が台無しだ。
[私も、世界で一番愛してるよ]
「マジかよ。嬉しい]
[おおっと、ちょっとおちゃらけてるけど、お父さんが素直だ! これはもう、以前から聞きたかったことを尋ねるチャンスだね!]
「……何が聞きたいんだ?」
彼女ははにかむように、両手を後ろに回して身を乗り出してきた。
[――――お父さんは私と出会えて、良かった?]
「…………」
[――――私はお父さんを、幸せに出来ると思う?]
……なんて答えようかなぁ。
ま、いいや。素直に言おう。
「俺はお前と出会わなかったら、たぶん死んでた。そしてこんな気持ちを知ることも出来なかっただろう。ありがとうなフェトラス。お前のおかげで、俺はすごく幸せだ」
質問には答えたぞ。
照れくさいが、ついでに俺の本音を聞きやがれ。
「明日も明後日も、何年経っても……愛してる。一緒に、もっと幸せになろうな」
フェトラスは微笑んだ。
それは、世界で最も美しい笑顔だった。
[愛してるよ、お父さん]
トールザリア。あんたの言ってた言葉、何度かパクったことあるけどさ。
今、本当の意味で理解出来たよ。
そうだな。本当にその通りだ。あんたの言っていた通りだ。これはしょうがないよな。
――――絶対嫁にはやらん!!
やらん。やらんぞ......! 絶対誰にも渡さん!!
うおおおおお世界中の野郎共が俺の敵だー!!