5-25 棄てられたモノ達
いかにして演算の魔王にダメージを与えるか。
それは大した問題じゃない。むしろダメージを与えすぎると反撃を受けるおそれがあり危険だ。
なので俺に必要なのはダメージの与え方ではなく、速やかな殺し方だ。
魔王。受肉した精霊。人間を参考にしているのか、基本的な構造はほぼ同じだ。肉があって血があって骨がある。内臓があるかどうかは知らないが。
殺し方は集団リンチによる暴力か、あるいは首を刎ねるか。もちろん胴体を両断しても死ぬだろうが、精霊服があるので無理だろう。
じっくりと考える。
時間ならある。
だけど機会が少ない。少なすぎる。ただのフェイント如きでは全く通用しない上に、有効そうな、つまり意外な奇襲を繰り出せば繰り出すほど、俺の勝ち目は減少していく有様だ。
あいつの対応能力は異常としか言いようがない。なにせ先ほどは駆け寄っただけで「解放している」とアタリをつけられたぐらいだ。右脚から行くか、左脚から進むか。たったそれだけの行動で、俺の攻撃はある程度予測されると考えるべきだろう。
だから様子見なんてしない。一撃必殺は無理だとしても、一撃当てた瞬間から殺すまで止まってはならない。
じっとりと考える。
そして考えれば考えるほど、月眼・演算の魔王に挑むこと自体が馬鹿らしくなってくるのもまた事実だった。
(そもそも人間が勝てる相手じゃない……)
星をブッ飛ばすような奴を殺すためにかき集められたのが月眼だ。スケールが違いすぎる。
だが、俺の相棒はそんなヘタレ根性を見せつつある俺に激励を飛ばしてくる。
黄色い光。演算の魔王の精霊服と似たような色合い。
(――――そうだな。諦めるわけにはいかないよな)
演算の魔王を殺せばフェトラスが帰還出来る。
だから、そうするしかない。
俺の手札は少ない。
こうやって戦略を練る時間。
奴が警戒に値すると言っていたスピード。
演算剣カウトリアによるサポートのおかげで、スタミナも心配ない。
そしてバレてしまったが、切り札である時間停止・まがい物。
であるのならば、有効な作戦は一つしかない。
無尽蔵に近いスタミナを駆使しての乱撃――全て計算づくの連撃――をかまして、絶対に回避しようがないタイミングでの時間停止攻撃だ。
言ってしまえば、真っ正面からの暗殺に近い。
ハメて、隙をつき、重大な一撃を入れる。
連撃をどう重ねるかが問題だ。
フェイントなんて入れる必要が無い。どうせあいつには通用しない。ひたすら防御させて、そのガードの隙間を縫っての一撃、というのが基本方針になる。狙いは口元。
呪文さえ封じれば、勝ちの目が出てくる。というかそれ意外に勝つ方法は無い。
通常の魔王であれば、戦闘で使用する魔法は十個も無い。直情的な奴だと、それこそ片手分ぐらいしか魔法を使わない。使えない。
だが相手は月眼の魔王。その魔法の数は、同一のモノがないのではないか、というくらいに多彩だ。というかマジで同じ魔法を使わないよなコイツ。複数回見たことがある魔法といえば【炎帯】ぐらいだ。
(……自分は何が出来るのか実験してる……いや、新規の魔法を使い続けることで、対策されることを避けているのか?)
まぁいい。
とにかく、狙いは口元。
下顎を斬り落とす。
そんな残酷な覚悟に、胃、胸、頭が痛くなる。
あんなに健気なのに。あんなに可愛らしいのに。あんなにも愛してくれているのに。
どうしてフェトラスを傷つけるんだ。
お前がちょっと妥協してくれるだけで、それだけでいいのに。きっとみんなが幸せになれるのに。
『私の愛は、そうじゃないの』
――――そうだな。それじゃあ、仕方ないよな。
許してくれ。俺はお前のことをカウトリアとは呼べない。
そして許さなくていい。俺はお前を、殺す。
右脚から前に出る。そのまま駆け抜けて、刃が届く位置に。
セット。まずは脳天を狙う。ガードするか回避するか。
そして演算の魔王が選択したのは回避。
スッと後退したのを確認。(俺の刃を見送るつもりか)だから攻撃モーションを変化させる。込めていた力を抜いて、剣先を左に流す。そして再び力を込めて右方向へと振り抜いた。左脚でリズムを刻んで、あと一歩を踏み込む。狙いは当然口元。
防御のためか、演算の魔王の左腕がぴくりと反応した。だが遅い。俺は更にもう一歩踏み込む。そして右手で剣を振り抜き続けながら、もう片方の手で演算の魔王の腕を押さえつけた。
視界の隅で、再び精霊服の襟が反応したのが見えた。しかし、ンなもんはとっくに想定済み――――再び軌道を変えて、目を狙うか? いいや。それは演算の魔王によって既に予想されている。であるのならば、俺が次に狙うべきは目でも口でもない。
右半身を引く。そして空中でほんの一瞬、演算剣カウトリアを手放す。
そして次の刹那で、その柄を逆手に持ち直す。
さらに躊躇うことなく、時間停止・まがい物。
まるで拳を振り下ろすみたいに、切っ先を演算の魔王の喉に突き刺す――――!
そして同時に、押さえつけている演算の魔王の腕をこちら側に引き込んだ。
体勢は乱した。襟はあらぬ方向へ。呪文を唱えるヒマは与えてない。喉への攻撃が予想出来ていたとしても、時間停止中。回避は不可能だ。
(これならッ――――!)
剣先が、彼女の喉元へと届く。
[ほいっ]
「んな!?」
彼女は思いっきり首を捻って、剣先を首筋へと流した。
人間であれば致命傷。ゆっくりと首筋に、深い血の線が浮かぶ。
(まずい。まずい。まずい。まずい。反撃が、魔法が、来る)
来なかった。
刃は演算の魔王の後方へと流れていき、そのまま彼女は俺を片手で抱きしめた。
やや遅れて、彼女の首筋から派手に血が舞う。
密着状態。目の前で、ドクドクと血が流れていく。
[……痛いなぁ]
それはとても哀しい声だった。
「ツッ……」
突き飛ばす。逆に引きずり込んで転ばせる。剣を持ち替え、背後から刃を引き寄せて首を刈る。
とっさに浮かんだのは三つ。
だけど次の瞬間、演算の魔王が俺の口元へと顔を寄せてきた。
[ん……]
それは柔らかい感触だった。歯と歯がぶつかるわけでもなく、絶妙にコントロールされたゼロ距離。
(なっ――〈長い葛藤〉――剣を、引き寄せろ!)
お前にそのつもりが無いとしても……こちとら殺し合いの真っ最中だ!
だけどそれは叶わなかった。演算の魔王が行動を開始したからだ。
[【低演】]
凄まじいノイズが思考を乱す。三手先が読めなくなる。俺は瞬時に後退して、演算剣カウトリアをきつく握りしめた。
「……今、何をした」
[えへへ]
演算の魔王は蕩けるような笑みを浮かべて、自分の唇にそっと手を当てた。そしてもう片方の手を首筋に沿える。
[【氷血】]
パキン、と傷口が凍る。そして丹念に袖で周囲をふくと、血の跡は全て消え去っていた。
[……えへへ]
「……ずいぶんと余裕見せつけてくれるじゃねーかこの野郎」
[ねぇ、ロイル。無駄だよ。今ので分かったでしょう?]
「…………何がだよ」
[ソレじゃ私を殺せないよ]
す、と演算剣を彼女は指さした。
[解放状態……確かに強い。普通の魔王なら瞬殺出来るでしょうね。銀眼の魔王だったらどうかしら? 会話が成立するタイプなら討伐も可能でしょう。でも殺戮に狂っていたら難しいでしょうね。範囲攻撃を重ねられてお終い]
「………………」
[しょせんは適合型。いくら解放したと言っても、その程度なのよ]
「……おいおい」
おいおいおいおい。
「――――俺の相棒なめんなよ?」
そんな憎まれ口を叩きながら、俺はずっと焦っていた。
今の程度の連撃ではダメか。
全てが完璧なタイミングと、申し分のない剣筋だったという自負がある。
けれどそれは届かなかった。つまり――――。
「魔王討伐の基本は集団リンチ……連撃以上の、波状攻撃を重ねてちまちま削るしかないってのか……」
参った。どうやら相当に長丁場になりそうだ。
しかも思考のノイズが酷い。
……多斬剣テレッサがあれば、戦い方は変わっただろうか。
いや、悪い、そうじゃない。
カウトリアがいなきゃとっくにフェトラスは殺されていた。こいつで十分だ。こいつでいい。こいつがいい。
思考のノイズがなんだ。三手先が読めないのなら、今まで以上に時間をかけて読み解くだけだ!
「ハッ……こんなもん、ピンチでもなんでもねぇ。お前さえいれば俺は十分に戦えるよ、カウトリア」
聖剣は更なる光を放つ。
魔王は、いよいよ達観に至ったのか苦笑いを浮かべる。
「勝負――――!」
絶望の笑みをたたえて、演算の魔王は両手を広げた。
[愛してるよロイル]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
恐ろしいほどの時間が経ったように思える。
思えば、演算の魔王ちゃんが私の思考力を奪っていたのは温情だったのかもしれない。
それぐらいここには、何も無かった。
喋れない。動けない。何も出来ない。ただ考えるだけ。
わたしがわたしである事は変わらないが、現状が全く変わらない。
『もし死ぬまでこのままだとしたら』
そう考えると、怖くてたまらなかった。
死ぬまで『考えること』しか出来ない、だなんて――――発狂という結末が簡単に想像出来る。
何も変えられない、与えられない、受け取れない。届かないし、感じられない。
無意味。無為。無駄。無価値。
これはもう、死んでいると言っても過言ではないのだろうか。
帰りたい。お父さんのところに。
戻りたい。お父さんのところに。
演算の魔王ちゃんが例え化け物だとしても。お父さんの相棒だったとしても。あそこまで純粋にお父さんを想っているとしても。
それでも、わたしは、諦めたくない。
わたし頑張るよ、お父さん。
大好きだよお父さん。
会いたいよお父さん。
お父さん、たすけて。
おとうさん。
だけど時間は流れる。
何も出来ないまま、悪いことばかり考えてしまう。
思考は乱れ、論理が失われ、理性が飛ぶ。
カウトリアにして地獄と評された場所は、生半なものではなかった。
正式な名前があるわけではないが、虚空。源泉から外された場所。月眼の間の外側ともまた違う場所。
何も無い場所。終わっている場所。
朽ちぬはずの聖遺物が朽ち果てるまで放置される隔離領域。
フェトラスがいかに月眼だったとしても、意識だけでそれをどうにかすることは出来なかった。
徹底的な弱体化。そして、かつてそこに居たという経験。二つが合わさり、演算の魔王はフェトラスをここに送ることを可能としていた。
演算の魔王としては無理難題を押しつけたに等しい。自分だって攻略法が分かっていないのだから。……ただ事実として、自分は出来た。ならば貴女はどうだろう。本当にそれぐらいの気持ちしかなかった。
虚空に関して、演算の魔王はほとんど知らない。
演算剣が実体のままそこに転がっていたなんて知るよしも無かった。
『あそこは何も無い場所。ただそれだけの場所』
そこで思考を停止していた。考察なんて必要無かった。もう二度と戻ることのない地獄だと、興味を失っていた。
故に、そもそもの前提に気がつくことが出来なかった。
魔女エイルリーア。上級管理者。では彼女は何を管理していたのだろうか。詳細は不明である。しかし、彼女は一つの事実を示している。
すなわち『聖遺物の隔離』である。
何故そんなことをしたのだろう。
どうして、隔離先が虚空なのだろう。
そんな考察は、演算の魔王にとって不必要なことでしかなかった。
連続性を失った思考。崩壊した希望的観測。自失し、眠るような時間が増えた。
お父さん、お父さん、と譫言のように繰り返す。
考えただけ。声に出したつもり。両者の違いがフェトラスには理解出来なかった。
端的に言えば、両者の違いとは『伝えようとする意思の有無』。だけど何もないここでは、どうでもいいことだった。
もうだめだ。保てない。いっそ眠ってしまおう。きっとお父さんが助けにきてくれる。
自分ではどうしようもなかった。ロイルのことしか考えてなかった。だから、もうそこにすがるしか無い。
あれからどれくらいの時間が経ったのかも分からない。
もしかしたらとっくの昔にロイルは、演算の魔王と楽園に至ってしまっているかもしれない。きっとそうなのだろう。だってお父さんは自分を助けにきてくれなかったのだから。そんな風にフェトラスの心は蝕まれていた。
更に言えば、フェトラスは演算剣カウトリアによって、ロイルへの初期衝動――――月の資格を、■を奪われていた。
それは演算の魔王と同じ境遇だった。愛が何かを理解出来ず、思い出には影が差し、ただただ不安でしかなかった。
だからもう、限界だった。
これ以上粘っても虚しいだけだ。
名前を呼ぶように。謳うように。誇るように。遺言のように。
ここにきてようやく、フェトラスは隣りに居ないはずの彼に想いを告げる。
大好きなあの人へ、伝えたい気持ちを。
ロイルへの最初の想いは演算剣が持っていった。
だからこの気持ちの名前が分からない。
でもそんなことは大した問題じゃない。
私はあの人のことを、ずっと「お父さん」と呼んでいたんだ。
世界で唯一、私だけが。
「どうか、どうかお父さんが幸せでありますように ]
苦しくて、辛くて、哀しくて、何より虚しくて。
だけど地獄の果てでも揺るがなかった気持ちを、私は最後に伝えよう。
(そういえば誰かに返せって言われたっけ……)
まぁ、いいよ。好きなだけ持っていけばいい。
どうせ無尽蔵だ。
[――――愛してるよ、お父さん]
全ての想いを込めた。
きっと自分は泣いているのだろう。
輝く月から零れた一滴。
フェトラスが口にした魔法は、虚空の中で七色に輝いた。
[えっ?]
明るい。それが知覚出来る。
眩しい。瞳があるわけではないけれど。
だけど私には見えた。周囲に散乱する、無数の聖遺物が。
〈――――やぁ、月眼のお嬢さん〉
[……あなたは、だぁれ?]
これは、聖遺物の声だろうか。フェトラスは周囲に気を張り巡らせて、数え切れないほどの聖遺物を見た。
〈名前なんて忘れてしまったよ。ただ、君の想いがあまりにも眩しくて目が覚めてしまった。はるか昔にその光を見た気がしたが、気のせいではなかったか……〉
はるか昔。それはいつのことだろう。
……あの黄色い炎と出会った時のことかな?
〈それにしても、不思議だ。なぜ君は肉体が無いのに、そこまで自己を保っていられているのだ?〉
[保って……るのかな。もう眠ってしまいそうなんだけど]
〈そうかね? 君が眠りたいのなら邪魔はしないが……この虚空において意識が溶け散らないということは、とても不思議なことだ。月眼だからだろうか〉
[分かんない……]
〈しかし……そうか、月眼か。実在したのだな〉
実はいっぱいいるみたいだよ? という言葉を私は飲み込んだ。話しても混乱するだけだろう。
〈愛を語れる魔王がいるとは、本当に驚きだ。もしセラクタルで相まみえていたら、機能不全を起こしただろうな〉
[機能不全……? 動けなくなるの?]
〈ああ。ここに来て理解が及んだことだが、我々にはそういう本能が組み込まれている。愛を知る魔王を討つべからず、と〉
不意に思い出した。ミトナスがシリックさんの真似をしているとき、倒れたことがあったっけ。何か聞きとれない言葉でブツブツ言ってて少し怖かったことを覚えている。
確かあの時は、お父さんのことを愛してるって言ったんだけっか。
ロキアスさんの言葉の裏付けが取れた。本当にあの星は、月眼のために存在していたんだ。
そしてその星であり月眼収穫システムを構成する重要な鍵、無数の聖遺物達を改めて見てみる。
こんなにたくさんの聖遺物が、こんな場所に。
[……あなたはここで何をしているの?]
〈我々は廃棄された聖遺物である。あの創られた世界から「不必要」と認定された、ガラクタと言えるであろう〉
[がらくた……そうなの?]
〈ははは。無論、僕たちとしては最後まで戦い抜きたかったけどね。哀しいことに、我々の能力はあの星において邪魔だったらしい〉
そこで私は気がついた。我々。その一人称が示す通り、声の種類はたくさんあった。
〈さて、そんな我々だが……君のおかげで、自分達がなんのために存在しているのかを思い出したよ。全ては――――ん。まぁ、今は言わぬが華か〉
時に優しく。時に冷たく。穏やかに、ぶっきらぼうに。たくさんの聖遺物の声が聞こえる。
〈こんな場所に追いやられた身としては、君の輝きは少々まぶしすぎる。羨ましくもあるけど、これはきっと仕方の無いことなんだろうね。ボクはもう、諦めてしまったよ〉
[……そう]
〈だが、俺達にだって意地はある〉
[意地?]
〈そうとも。何様か知らないが、我々をこんな場所に廃棄したモノに、少々の意趣返しを試みたい〉
[……仕返ししたいの?]
〈少しだけね。ちょっとした意地悪みたいなものさ〉
〈憎悪の感情なぞ、もうとっくに消え失せた〉
〈あるのは貴女が示してくれた、愛情だけよ〉
〈ただそれにしたって、ムカつくことには変わねーけどな!〉
七色の光の中、無数の聖遺物が一斉にきらめく。
〈さて、月眼のお嬢さん。何かお困りかな?〉
「……ここから出たい。お父さんの元に、帰りたい!」
〈いいだろう。我々は既に世界に対して興味を失っているか諦めているかのどちらかだが、数だけは多い。君の手助けが出来るモノもいるだろう〉
その声に続いて、別の声。
〈――――ならば、我を手に取るがいい〉
それが聞こえると同時、少し先にある魔剣が蒼い輝きを放った。
手に取れと言われても……手ぇ無いんだけどなぁ。
[……色々な意味で大丈夫? 私、月眼の魔王なんだけど]
〈基本的に、志し半ば俺達は廃棄された。最早還ることは出来ないだろう。だから別に、どうってことはないさ。既に俺達は消滅しているも同然なんだし、ブッ壊すぐらいの気持ちでやるといい〉
[でも、そんな]
〈その輝きは、悪しきものでは無かろう。それに我々の敵は殺戮の精霊であって、君のような可憐なお嬢さんではない。であるのならば、君を送り返すことに問題は無いと思うのだが?〉
[でも、壊す覚悟って……そんな……]
〈おいおい月眼の嬢ちゃんよぉ。お前がしたいことは何だ?〉
……したいこと? そんなの決まってる。
[ここから出て、お父さんを助けたい!]
〈――――よろしい。では、契約と行こうか! 本懐を奪われ、名を忘れ、そして最期に我々は君に照らされた! ならば我が全力を持って、君を助けるとしよう!〉
目の前の聖遺物達が一斉に吼える。
頑張れよ。負けるなよ。幸せになってくれよ。
そんな言葉を、魔王である私に投げかけてくれる。
[どうして……どうして、助けようとしてくれるの?]
〈理由かい? そんなの決まってる〉
〈俺達は聖遺物。その本懐は敵である殺戮の精霊を討つことじゃなく、誰かを助ける事だ〉
[でも……でも……私、魔王だよ……世界を滅ぼす原因になった、月眼だよ……]
〈えっ? せ、世界って……滅んだのか……?〉
どよっ、とざわめきが広がる。フェトラスは焦ったように[あ、いや……まだ滅びてないけど……]と弁明した。
〈あ、焦らせるなよ嬢ちゃん……〉
[うぅ、ごめんなさい……]
素直に反省の意を示すと、妙に人間臭いため息がたくさん聞こえてきた。
そして、右側にあった水晶のような弓が瞬く。
〈なぁ、月眼のお嬢さん。君には大切な人がいるね?〉
[――――いる。世界で一番大切な人が]
〈だったらその人のために、世界とやらもついでに救えば良い〉
[――――!]
〈現在進行形の伝説よ。君を助けられることを、我々の最後の夢とする。この虚空において無価値と断じられた我々だが――――君が幸せであれと願うことで、この無聊の慰めとさせてもらう〉
[――――ありがとう!!!]
〈さぁ、行くがいい〉
〈頑張れよ!〉
〈最後に良い夢が見られた〉
〈再び我らは眠るとしよう――――〉
〈ここから出られたら、俺達をこんな所に捨てたバカちんを一発殴っておいてくれよな! ラトフォイアって魔女だ!〉
〈あ! じゃあ魔女のドゥセラってのがいたらビンタしておいて! 私をこんなところに捨てた奴なの!〉
〈あああ! でも殺すなよ!? せっかく綺麗な月眼を持ってるんだ。みんなに優しくしてやってくれよ!?〉
〈俺の場合は魔王だったからなぁ……なんか、子供みたいな、じっとこっちを観察してくるみたいな……覚えがあったら尻を蹴飛ばしておいてくれ〉
[わかった! みんな叱っておく!]
大きな声でそう伝えると、一斉に聖遺物が騒ぎ出した。やれどこそこの魔女だとか、変な魔王だとか……うん、魔女と魔王しかいないなぁ。しかも魔王は、たぶんロキアスさんのことだ。
仕返しして! と訴えてくる聖遺物はそんなに多くはなかった。ほとんどの聖遺物は温かくこちらを見守るだけだった。
各々に、様々な輝きが。
七色の世界が、無限の彩りを放っていく。
手の無い私は、蒼い輝きを放つ魔剣に寄り添う。
[……お願いしても、いい?]
〈任せておけ。名は失われど、我が在り方に憂い無し。意思あらば斬り、意思無くば断つ。無すらも両断する我が銘こそは、斬空剣――――。契約だ、月眼の魔王よ。そなたの名を問う〉
[ロイルの娘、魔王フェトラス]
〈よろしい、ロイルの娘フェトラスよ。そなたが与えてくれた月明かりを代償に変え、我が最期の輝きを見せようぞ!〉
意思が通る。輝きは満ちる。
手がないのに。剣なんて振ったことないのに。だけど確かにここに在る。無いはずの手が、しっかりと彼を握りしめる。
名前を忘れたという魔剣が、私の道を切り開く。
だから私は、こう叫ぼう。
[お願い斬空剣――――]
〈承ろう〉
[――――私をお父さんの元に、導いて!]
虹色の世界に、蒼い閃光。
虚空は再び切り裂かれ、フェトラスの意識は舞い戻る。
ロストナンバー47
斬空剣※※※※※
魔剣。代償系----『命への執着心』を代償とする。
敵の距離に関係なく、剣を振るえばその斬撃が届く剣。
だが代償を捧げ続けることにより、徐々に戦闘においての距離感が狂い始める。安全地帯からの一方的な攻撃ではなく、どうしても近距離戦を仕掛けてしまうようになる。近づいた分だけ攻撃力は上がるが、死地でしか呼吸が出来なくなるようなもの。
解放状態においては空間そのものを斬る。あるいは、存在しないモノを斬る。――――なおこの説明は使用者達の個人的な感想であるが故、詳細は不明。
かつて廃棄された魔杖・枯渇杖※※※※と同じく【源泉】への干渉を可能とする恐れがあるため、廃棄処分とする。