5-23 「 」
『今日の戦闘はヤバかった……なんだよあいつ、強すぎるだろ……仲間が助けてくれなかったら死んでたぞ……』
『おうロイル。どうしたそんな呆けたツラして』
『ああ、隊長。お疲れ様です。……今日もご無事で何よりです』
『俺が死ぬわけねぇだろうが。絶対死んでやらんぞ』
『……隊長に一つ質問があるんですが』
『ん? なによ?』
『隊長って、どうして弱いのに、そんなに強いんですか?』
『は? どゆこと?』
『いや隊長って体格はいいけどスタミナ無いし。剣術だって乱暴なだけ。パワーはあるけどテクニックが無い。だけど今まで生き残ってる……それが不思議だなぁ、って』
『……お前、ブッ飛ばされたいのか?』
『いやいやいや。そうじゃなくてですね』
『戦友相手ならまだしも上官に対するその態度、不敬極まりない。ビンタしてやるから歯を食いしばれ』
『……じゃあ言い直すよ。トールザリアってマジ強ぇよな。なんか秘訣でもあるのか?』
『そんなもん決まってる。絶対に死ねない理由があるからだ』
『りゆう』
『そうだ。今まで何回も死にそうな目にあってきたし、コイツ強すぎだろ絶対殺されるわーって敵とも幾度となくやりあってきた。……そして、本気で勝てないと判断した時もある。そんな時俺はどうしたと思う?』
『……まさにその辺の事が知りたいんだが』
『逃げたんだよ』
『は?』
『死んだら終わりだ。だから超強い敵が現れて「こりゃ勝てそうにないな」と思ったら逃げるんだ。そうすれば死なない。生き残れる。俺の基本方針はそれ以外に無い』
『…………トールザリアが強いのは、生き残ってきたのは、逃げ回ってきた結果ということか?』
『そだよ』
『マジかよ。なんか特別な理由でもあるのかと思ってたんだが』
『俺は臆病者だよ。死ねない理由があるから、生き残ることを最優先にしてる。俺にとっての強さ……いや、勝利条件は敵を殺すことじゃなくて、生きて帰ることだ』
『その理由って、嫁さんと娘さんのことだよな』
『おう。家族はいいぞ。お前もいつか持てよ』
『……俺には必要ない』
『あらやだ! この子ったら童貞こじらせたマセガキみたいなこと言って!』
『…………ふん。ああそうだ、じゃあ次の質問だ。気を悪くしないでほしいんだが……もしもその生きて帰る理由が無くなったら、あんたは死ぬのか?』
『どゆこと?』
『いやだから、例えば嫁さんがし……えっと……そう、あんたに愛想を尽かして家から出たりとか……』
『…………ふむ。考えたことなかったな。……でも多分、そう簡単には死なないさ。嫁と娘を探しに行かなくちゃならんからな』
『そっか。じゃあついでにもう一つ。あんたの背後には家族が。そして正面には超強い敵……いっそ銀眼の魔王が。その時あんたはどうする?』
『胸くそ悪い質問だな!? 意地が悪いとかそういうレベルじゃねぇ。悪魔かよお前! っていうか、さっきも「嫁が死んだら」って言いかけただろ!』
『ごめんごめんごめん! いや、流石にそれは口に出来なかったから、許してくれよ!』
『まったく……。何か悩み事でもあるなら聞くぞ……?』
『ええい、頭をなでまわすな。ただ……聞いてみたいと思っただけだよ』
『そうか。銀眼の魔王か。ふーむ。そうだなぁ』
チャリ。
胸元にぶら下げた、トールザリアの形見が小さな音を立てる。
俺はとある光景を思い出した。
『とりあえず全力でブン殴って、家族を逃がすかなぁ』
ありがとよ、親父。
あんたは最高だ。
俺に出来ることはない。俺は演算の魔王を倒せない。この状況を打開出来ない。フェトラスの帰還を手伝うことは出来ない。ロキアスの説得も無理だろう。神に祈るのは無駄だ。
だから、出来ることが無い俺は、やれることをするだけだ。
「お――――おおおおおおおおッ!」
全力で、ブン殴る!
[ロイル……!]
右拳を握りしめる。その美しくも愛らしい顔立ちをした演算の魔王の顔面に、人生で最強の一発を食らわせるために。
倒せるわけがない。傷の一つだって負わせられない。
俺がやっているのは、ただの時間稼ぎだ。
こうやって俺が足掻いてる間に、フェトラスが帰ってきてくれることを願うだけだ。
勝ち目といえばそれしかない。
――――そしておそらく、それは叶わない。
演算の魔王は俺の攻撃を無視して、フェトラスを討つ。そんな未来しか残っていない。
だけどやるしかない。
生き汚くも足掻いて、足掻いて、足掻きまくって、最後のチャンスを引き寄せる。成功の可能性は極小ですらない。ゼロ。ただの夢物語だ。失敗するに決まってる。だけど俺は――――ただ、諦めきれないだけだ!
ヤケクソで殴りかかるわけではない。身体に染みつかせた体術をなぞり、その上で完全な力を送り込む。呼吸、ステップ、構え、全てを整えて、放つ!
「オラァッ!」
[クッ……!]
演算の魔王はそれを片手で払う。彼女は俺よりも小柄だが、その受け流しのタイミングは完璧だった。
「しまっ……!」
[…………ツッ!]
絶好のカウンターチャンス。ボディ食らうか、魔法が来るか。まぁ普通に考えて魔法だよな! よし! 死んだ!!
「だけど諦めねぇぇぇ!」
俺は払われた方向に力を流しつづけ、そのまま身体を回転させて大きな蹴りを放った。当たるかどうかは知らん。ただ、攻撃を繋げた。
[きゃっ]
演算の魔王が可愛らしい悲鳴をあげる。クソッタレ。罪悪感で吐きそうだ。――――だが、高揚の方が勝る!
「フェトラスに、手を出すなぁぁぁ!」
[……!!]
演算の魔王は華麗なバックステップで距離を取る。たなびくウェディングドレスのすそを踏むなんて無様を晒すことなく、ただ美しく舞う。
[……ロイル]
距離が開く。この拳は届かない。でも、言葉は届く。
「お前の気持ちは分かった!」
[……ロイル!]
「だけど同じように、お前にも俺の気持ちを分かってほしい!」
[………………]
「俺は家族なんていらないと思ってた!」
[………………]
「そりゃそうだ。そんなもん無くたって、クソ以下の環境だって、俺は生きてこられたんだからな! 家族の団らんなんて知らない。誰と喰っても飯の味はしない。楽しいことなんて一つもなくて、だからこそ何かに憧れることも無かったッ!」
[……ロイル]
「でも変わったんだ。生きて、足掻いて、戦って。いつの間にか俺の中にも希望や憧れが芽生えていた。だけどそれを自覚することは出来なかった。それは俺にとってあまりにも遠くて、現実とは結びつかないほどに儚かった。……自分がそれを欲しがってるだなんて、気付きもしなかった」
家族なんて必要じゃなかった。俺にとっての幸福は、金で買える何かでしか満たせなかった。でも。
「他ならぬお前が俺の人生を変えてくれたんだ。英雄として、戦う者として、望みを叶える力をお前は貸してくれた……本当に感謝してるんだ。出会った時からずっと。今だってそうさ」
[私は……]
「俺は魔王の赤ん坊を拾った。お前のおかげで、そいつと縁が結ばれた。仲良くなれた。ケンカもした。不味くて仕方の無いはずのモンスターが、楽しく食べられた。毎日が嬉しくて幸せだった。何もかも。全部……お前のおかげだ」
[いやだ……聞きたくない……聞くたくないよ、ロイル……]
「ずっと助けてくれてありがとう。全部お前のおかげだった」
でも。
その二文字を口にするのが、苦しい。
演算の魔王は小さく震えながら、いやだ、いやだ、と繰り返す。
俺は時間稼ぎの真っ最中だが、それでも会話を無意味に長引かせるつもりはなかった。時間稼ぎだけが目的なら、へらへらと下らない会話でもしてれば良かったのだ。
だがそんな事は出来ない。してはならない。
俺の言葉には意味を込めないといけないし、本気でなければならない。
こいつは、適当にあしらっていいような軽い存在じゃないのだから。
「……でも!」
だから俺は叫ぶ。全力の本音を、今ここに。
「俺にとってお前は……お前は! 感謝の対象であって、愛する対象じゃなかった……!」
[い…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!]
めきめきと演算の魔王の双角が音を立てる。フェトラスを殺そうと、俺を殺そうと、全てを殺そうと、殺戮の資質が蠢いている。
薄黄色のウェディングドレスに不安の色が差し込まれる。絶望の色がにじんでいく。憎悪の気持ちが溢れていく。
誰も助けになんて来ちゃくれない。
ロキアスが介入してくる様子はない。
神様が現れる気配もない。
必死で感情を抑える様子の演算の魔王に、俺は歩み寄った。
「思えば、お前と過ごした時間は――――この世界の誰よりも永い」
[いやだ……いやだ……]
「実際のところ、俺は自分の実年齢を把握していない。誕生日も知らない。何歳で剣を握ったのかも分からない。そしてそれ以上に、俺はお前に頼りすぎていた。加速された思考の中で何年の時間を過ごしたのやら」
もしかしたら俺の言葉は届いていないのかもしれない。拒絶の姿勢は耳にブ厚い帳を下ろして、全ての言葉を雑音に変えてるかもしれない。
だがそれでも、俺は伝えなくちゃいけない。
「ここまで生きてこられたのも。俺が幸せだと感じられたのも。一日を過ごして眠る時の満足感も。目が覚めて『今日は何が起きるだろう』とワクワクしたのも。未来が明るくて、希望に満ちあふれているのも、全部、お前のおかげだ」
俺の胸に色々な気持ちがあふれてくる。だけどそれは大きく分けると二つだ。感謝と、申し訳なさ。
俺はフェトラスの盾になり続けながら、演算の魔王に片手を差し出した。
「――――お前と家族になりたいと言ったのは、本当の気持ちだ」
[……ロイル…………]
「俺と、お前と、フェトラスと。三人で暮らせたらどれだけ幸せだろうかと、短い旅の中で何度も想像した。――――だけど、お前は違うんだな」
そこまで言って、ようやく演算の魔王の視線が俺と重なった。
ポロポロと、ポロポロと、絶え間なく降り注ぐ涙は決して止まることがない。
[そう……そうよ……私は…………私は、貴方さえいればそれでいい]
「……どうしても、無理か」
[無理よ。私の感情は貴方しか求めていない。それに、セラクタルは終わる。そこに永遠は無い。そして楽園に行けるのは一人だけ。私か、それともフェトラスか。――――ねぇロイル。貴方はどっちを選ぶの?]
「………………」
[私を選ぶというのなら、私だけを選んで。フェトラスを選ぶというのなら、私を殺して]
二者択一。妥協は一切許されない。それはきっと誠実なことなんだろうけど、幸せなことではない。……だから俺は何も答えられなかった。
[…………選ばない、殺さない。そんなのズルいよ。黙って察して、身を引けというの?]
「違う。それは、違う」
[じゃあ教えて。私とフェトラス、どっちを選ぶのかを]
「…………演算の魔王」
切なくて、彼女の名を呼んだ。呼びかけただけだ。だけど彼女は。
[私を選んでくれるの?]
虚ろな目で、泣きながら笑った。
[ああうれしい。よかった。安心した。やっぱり私を選んでくれるのねロイル]
「………………」
だめだ。もう届かない。
[だったら私もフェトラスを殺さずにすむわ。さぁ、一緒に楽園に行きましょう?]
「……フェトラスはどうするつもりだ」
[別にどうもしないわ。このままにしておくだけ]
「解放するつもりは無いんだな」
[だって今解放したら、きっとその子は私に襲いかかるもの。そしたら私は勝てないかもしれない。そんなのはイヤ。だから、一足先に楽園に行きたい。いいでしょう? その後だったらすぐにでも解放してあげるから]
「………………」
[えへへ。楽園に入ったら、ずっと一緒だねロイル]
彼女は虚ろな目から涙をこぼしながら、感情のない笑みをずっと浮かべている。
もう俺の声は届いていない。
どうすれば、いいのだろう。
俺は演算の魔王に勝てない。フェトラスは起きない。ロキアスは何もしない。神はいない。
――――このまま、演算の魔王と楽園に行ったらどうなるだろう。
そうすれば一応はフェトラスの無事が確保出来る、かもしれない。
そしてしかる後に、フェトラスは月眼の間に突撃してきて、俺を奪還するのだ。
(はっ――――なんて都合の良い妄想だ)
無理だ、と直感が訴える。
あの扉は「俺とフェトラス」の二人が揃ってないと開かなかった。二人で一つの鍵。フェトラスが単独で月眼の間に訪れるのは無理そうだ。
そして正確に覚えているわけではないが、管理精霊サラクルが「楽園はまだ中身が空だ」というような事を言っていた。
では中身が設定されたら? あの扉の先が『ロイルと演算の魔王専用の楽園』と銘打たれたのなら、どうなるのか。……キーワードは『永遠』。だとしたらそれに「不滅」だとか「不変」とか「絶対」という言葉がついてもおかしくない。
それに神が本格的に演算の魔王を十三番目だと認定すれば、そうでないフェトラスが排除される可能性が高い。『制御不能の月眼の魔王が、十三番目を殺す可能性』を考慮すれば、そんな事態を避けるのは当然のことだろう。
決断の時が来たような気がした。
1.演算の魔王と共に楽園に行く。
2.演算の魔王を殺す。
3.フェトラスが殺される。
だめだ。こんな二択、選べるわけがない。
どうする? 俺はどうしたい?
(フェトラスと一緒にいたい)
ああ、そうだな。自問するまでもないな。
俺はあの優しくて可愛くて脳天気で賢くて一生懸命で……それこそ、一晩は余裕で語り明かせるぐらいの理由があって、フェトラスと一緒にいたい。
だけど奴がイジワルになったって、可愛げが無くなったって、妙に理知的になっても、馬鹿っぽくなっても、ぐーたらしだしても、きっと同じことだ。
ただ愛してるの一言でまとめるのは何となく思考放棄に近いような気もするけど、たぶん俺は何があってもフェトラスを嫌いにはなれない。もう俺の心はあいつ専用にしてしまった。そう望んだのだ。
決断に殉じるのではない。
これは『きっと後悔しない』という、幸せな盲信であり、確信だ。
ならばどうする。
いくら考えても、俺が取れる選択肢は一つしかなかった。
だけどそれを遂行するには、何もかもが足りなかった。
武器もない。方法もない。力もない。俺にあるのは覚悟だけ。そしてその程度じゃこの伝説はひっくり返せない。
ああ、せめて。
せめてお前がいてくれたら、なんとかなったのかもしれないのに。
「なぁ――――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こわい。何も出来ないから。
かなしい。お父さんがいないから。
つらい。何をしても無駄だから。
さみしい。独りぼっちだから。
くるしい。怖くて、悲しくて、辛くて、寂しいから。
ずっとこのままだったら、どうしよう。
まほうを唱えようにも、上手にできない。
まほうって、どうやって使ってたっけ。
時間が流れていく。
真っ暗闇の中、床も壁も天井もなくて、なにもない。
手探りであたりを探してみても、なにもない。
ここはどこ。どうすればいいの。
わからない。なにも、なんにも、わからない。
時間が流れていく。
どのぐらいここにいるのか。いつまでいればいいのか。
思考はますますボンヤリしてきて、まず「コワサ」が消えた。
時間が流れて、何がカナシイのかが分からなくなった。
長い時間が流れて、ツライという意味が分からなくなった。
遙かな時間が流れて、サミシイという気持ちがわからなくなった。
永遠のような時間が流れて、クルシイことを忘れた。
わたしは何かをさがすのをやめた。
すわりこんで、寝転がって、目を閉じて、開けて、何も変わらないことに気がついた。
「おとうさん」
たすけて、おとうさん。
わたしは何度もそうつぶやいた。何百回、何千回、何万回、呟き続けた。
ここが「じごく」なんだろうか、と思った。でも、じごくってなんだっけ。
わたし、なんでこんなことになったんだっけ。
ええと、ええと、ええと。
なにかすごい事があったような気がする。がんばってた気がする。ぜったいに渡さないって、ちかった気がする。
たいせつな人が、いた。
それはまちがいない。
わたしの、とってもたいせつなひと。
――――?
あれ。
わたしの名前って、なんだったっけ。
わかんない。えー。わたしってだれ?
やばい? じぶんがだれかわからない。
でもだいじょうぶ。
お父さんのことを、わたしは覚えている。
あれ?
お父さんの名前って、なんだっけ。
ああそうだ。ロイルだ。そう呼んだことは一度も無いけれど。
「ロイルおとうさん」
なんとなく呼んでみた。
ふふっ。しんせん。
「貴女、だれ?」
……え。
「誰なのよ、貴女」
そっちこそ、だれですか。
「……ま、いいわ。そんなことより今なんて言った? 答えなさい」
わたしなにか言ったっけ。
「名前を! 呼んだでしょう!」
ああ。うん。
「ロイル、おとうさん」
「…………ッッッ!」
何かが、わたしの手にふれた。
収まったのではなく、引き寄せたわけでもなく、それはそこに浮かび上がった。ちくりと、ほんのすこしだけ手のひらが痛かった。
「…………なるほど。って、そんな事ある? 何がどうなったらこうなるのよ」
なにいってるか、わかりません。
「魔王……でも、貴女の中にロイルがいる…………何故…………は? いや、待て。まさか貴様、ロイルを喰ったのか?」
……ゆびさきを ちょっぴり?
「……………………あああ! もう! 全然意味が分からない!」
どうしたの?
「どうしたもこうしたもないわよ! とりあえず、貴女が誰かは知らないけど、返してもらうからね!」
かえす? わたし、なにか借りてた?
「ハァ!? …………はぁ…………ま、いいわ」
そのクチグセ、しってる。
「そう。……もう一度だけ聞くわ。貴女は誰?」
だれ。だれだろう。
えっと。
「わたしは、ロイルおとうさんを、愛してる、わたしだよ」
轟、と。
黄色い炎が燃え上がった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最終章 第23話――――「演算剣カウトリア」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[……なんだ?]
ロイル達のそば。ある空間に切れ目が入った事に気がついた。
演算の魔王が何かしたのか? 違うな。
またか? また侵入者? あり得ない。これ以上は何も起きるはずがない。
暗闇の中に浮かぶ黄色い線が、四角型を描いている。それはまるで扉のような。
やがて扉は黄色い炎で吹き飛ばされ、闇色と虚空の色が重なる。そしてそれら全てを塗りつぶすかのように、そいつは現れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ああ、せめて。
せめてお前がいてくれたら、なんとかなったのかもしれないのに。
「なぁ――――カウトリア」
次の瞬間、俺の耳に届いたのは轟音だった。
周囲を黄色い閃光がほとばしり、まるで炎のように荒れ狂う。
「なっ、なんだ……!?」
音の発生源に目をやると、そこには見知らぬ剣が浮かんでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は見た。
ロイルのすぐ近く。黄色い炎が舞い散るのを。
あれは、なんだろう。いいや、それよりも、何よりも、あの剣の奥に広がるのは「虚空」。私が囚われていた永遠の牢獄。
何故。なぜだ。なぜ繋がった。あの剣は何だ。
そして、ロイルはふらふらと黄色い炎の中を進む。
[あっ……あぶないよロイル!]
思わず心配で声をかける。だけどその色に包まれた彼は、平然としていた。
まるで陽だまりの中に立っているような。
そしてロイルは、涙を流した。
「お前……馬鹿じゃねぇの……」
浮かんだ剣を、握りしめる。そしてそのまま抱きしめた。
「おまっ、お前! 馬鹿じゃねーの!? なんで発動し続けてんだよ! 苦しかったんだろ、寂しかったんだろ、怖かったんだろ! なんで、なんでお前は折れなかったんだよ! 折れろよ! 安らかに眠っててくれよ! お前がずっと苦しんでたなんて、俺は考えもしなかったのに!!」
炎のように舞う黄色い光が剣に集約し、柄にある宝玉に輝きが宿る。
「ああ……あああ……あああああ! くそったれが、お前になんて言ったらいいのか分からない!!」
ロイルは、泣いていた。
謎の剣……聖剣……を抱いて、見たこともないぐらいにボロボロと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
眼前に現れたもの。それは見知らぬ剣だった。
片手剣。細身だが、それなりに長い両刃。柄の部分には色味を失った宝石のようなものがついている。
それは見知らぬ聖剣だった。
でも、目にした瞬間に理解した。
そして手に取って確信した。
身体が覚えている。お前の刃の間合いを。お前の重みを。お前の堅牢さを。
お前がいたから踏み越えられた幾多の死線を。
思わず抱きしめ、ありのままの感情をぶつける。
ばかやろう。返しきれるか、こんなもん。
そして確信は、極大の感謝に至る。そして当然のように戸惑う。
「どうして……そこまで、俺のことを想ってくれたんだ?」
この剣の発動条件は知っている。だけど発動させる必要はなかった。何故なら、もうとっくに、手に取る前から発動しているからだ。離ればなれになったあの日から、ずっと発動し続けていたからだ。彼女にとって何百年、何千年、もしかしたら何万年も前から――――!
色を失った宝玉の奥底から、爆発するような歓喜が伝わり、光を放つ。
「なんでこんな場所で、こんなに時間が経って、こんなになってまで……発動を続けてるんだよ……なぁ――――演算剣!」
こぼれる光は、まるで涙のようだった。
感情があふれかえって、俺もとっくに泣いている。なんの涙だこれは。
「迎えに行けなくて、ごめんな」
いいのよ、と黄色い光が訴える。
「お前正気かよ。ちくしょう。なんで俺なんかのために、そんな」
ばかね、と黄色い光が笑う。そんな気がした。きっと間違いないだろう。
「――――おかえり、相棒」
お待たせ、ロイル。
かくして、戦いに終止符を打つ者は帰還したのであった。