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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
193/286

5-21 絶対強者の殺し方





 歴史上、大魔王テグアしか抱いた事が無いとされている伝説の悪夢。それが月眼。


 月眼・観察の魔王ロキアス。

 月眼・愛娘の魔王フェトラス。


 そして三体目。


 月眼・演算の魔王が今ここに産まれたのであった。



[……ありがとうフェトラス]


[どういたしまして]


[返せ、とか言ってごめんなさい。そうね。これは……絶対に返せないわね。そもそも、そういうモノですらなかったか]


[でしょう?]


[ああ……そっか……これが……そうなんだ……これで、良かったんだ……]


 ポロポロと演算の魔王は泣いた。


 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。言葉の代わりにたくさんの涙がこぼれた。


[ごめんなさいフェトラス。もう少しだけ……もう少しだけ待ってくれる?]


[え? 別にいいけど……]


[まぁ。貴女って、本当に素直で良い子なのね]


 演算の魔王は可憐に驚いて、にっこりと笑った。


[本当にありがとう。それじゃあちょっと失礼して……えいっ・・・



 ぶわりと、薄黄色のウェディングドレスがたなびく。


 ほんの一瞬。まるで錯覚のように、演算の魔王が成長・・した。


 彼女は、瞬きの間に大人の体格へと変身していた。



[ええっ、なにそれ!?]

[ほう。これはまた、見事な]


 フェトラスとロキアスの驚いた声が重なる。


[ロイルもよく見てあげるといい。あれが月眼・演算の魔王の新しい姿だよ]


 親切なことに、ロキアスは何やら魔法を唱えて俺の眼前に窓を出現させた。そこには、遠いはずの二人の姿がとても見やすく収められていた。


 言われるがままに、成長した演算の魔王の姿に見惚れる。


 等身は数倍に。腕も脚もすらりと伸びきって、幼さが完全に消失。白髪も腰まで伸びており、薄黄色のドレスと相まって芸術作品のようだ。


 何度か「顔立ちがフェトラスに似てるな」とは思っていたけど、演算の魔王はフェトラスとは全く違う系統の顔立ちに成長していた。温かく、柔らかな、ホッとするような、そんな美しさだった。



[わぁ……綺麗……え、っていうかすごい。今のなに]


[さっきみたいな、子供の体格じゃ出来ないこと・・・・・・が多すぎるもの]


 確かに。身長は今のフェトラスよりも低いようだったが、戦う・・には十分なサイズである。


[……私が急成長した時は、なんかゴキゴキ鳴ったり、じわじわ伸びたりしてたんだけど]


[それはきっと、貴女が心の底から望んでいなかったからでしょうね。……必要だから大きくなった、という感じかしら?]


[……まぁ、確かに]


[その点、私は違うもの。心から成長を願った]


 演算の魔王はひょいと、長く伸びた白髪をつまみ上げる。そして彼女は小さく魔法を唱えて、それをショートカットに整えた。


[ああっ、もったいない。せっかく綺麗だったのに。……どうして髪を切ったの?]


[だってロイル、ショートカットの女の子が好きだもの]


[えっ、そうなの!?]


[あと、お胸の大きい子が好きね]


[えええええ!? そうなのお父さん!?]


 こっち見んな。


[ふふふ。その点、ほらご覧なさい。このたわわに実った果実を。スタイリッシュ・ボディな貴女とは違うのよ]


[ぐぬぬぬ! いいもん! 私もあとで大っきくするもん!]


 おい馬鹿やめろ。ていうか出来るのかよ。いや、するな。


[クッ……そうか……そういうことか……いきなり身体を大きくしたのは!]


[ええ。もちろん。ロイルに愛されるためよ]


 戦うためじゃ……ないのかよ……。



 しかし実際のところ、演算の魔王の容姿は俺にとってドストライクだった。視線と心を奪われるような、胸が踊るような。


 だけどそれを見ても、やっぱり俺の心は死んでいる。


 和気あいあいと、まるで友達のように話す二人だが。



 彼女達は今から――――殺し合うのだから。



[伊達にロイルを想い続けていないわ。彼が何を好きかだなんて、貴女の数億倍は詳しいわよ?]


[へ、へへーんだ! そんなこと言っても、きっと今のお父さんはロングヘアーの子の方が好きだもん! この長い髪をなんど褒められたことか!]


[まぁ、そうなの? ふふっ、それは楽しみ。この髪を伸ばせば伸ばすほど、彼好みの私になれるのね]


[うー! ポジティブだこの魔王ひと!]


 地団駄を踏むフェトラスを、演算の魔王はクスクスと楽しそうに見ていた。


[……この世に魔王として発生してから、どれだけの時間が経ったのかしら……会えない二人の距離が、想いを大きくさせる。残念ながら大きくなったのは私だけのようだけど、それでも構わない。それだけロイルとお話しする材料があるということだもの]


[……お父さんは、渡さないよ]


[ええ、そうね。貴女はきっと私が許せないでしょうね]


[……それは、あなたも同じことだろうけど]


[ううん。そんなことないわ。私、貴女に本当に感謝しているの。ありがとうフェトラス。ここまで導いてくれて]


[………………]


[ありがとう。本当にありがとう。貴女のおかげで、こんなにも幸せな気持ちになれた]


[…………そっか]


[ええ。だから、私は頑張って貴女を倒すわ]


[………………]


[不服そうね。でも、どうしようもないじゃない。私と同じくロイルを愛した貴女を、私は倒す。――――だって『どちらの方が彼を愛してるか』だなんて、証明のしようが無いのだから]


 演算の魔王は[私の方がロイルを愛してる]とは言わなかった。


 私は彼を愛している。その事実さえあれば良いのだと。


[強いか弱いか。大きいか小さいか。温かいか冷たいか。そんな比較の必要性もないぐらい、どっちも極まってる。……だったらもう、戦うしかないでしょう?]


[…………仲良くは、出来ないのかなぁ]


[そうね。それも素敵ね。きっと楽しいわ。……どっちがロイルを起こすかでケンカしたり、二人そろって頭をなでられて笑ったり。美味しい物を食べて一緒に眠ったり]


[……うん]


[でもね、それはきっと最初だけなのよ。ああ、先に言っておくわね。私、貴女のことも好きよ。優しくて、すごく親切で、きちんと冷徹で、とってもチャーミング。魅力的だと思うわ。――――そして何より、同じ人を愛したのですもの。『見る目があるわね』って心の底から想うわ]


[だったら、みんなで]


[私も神様と少しお話しをしたから、多少は事情を知っているのよ。……セラクタルは、滅びの道を進む。だから貴女の提案は、残り時間が短すぎるわ]


[……わたし達二人が協力すれば、なんとかなるんじゃない? ほら、月眼だし。手を組めば最強じゃないかな]


[残念ながらそれは無理だと思う。私達はいいとしても、ロイルは普通の人間だもの。色々な意味でね]


[……そっか]


[というか……少し不思議。貴女はロイルを独占したい、って思わないの?]


[ちょっとは思うけど、それは私が最優先に望むことじゃない。私は、私が満たされなくてもいいの。いっそ不幸でも構わない。お父さんが幸せならそれでいい]


[ああ……本当に、なんて良い子なのかしら……]


[出来ることなら私も幸せになりたい。でもきっと、お父さんが幸せなら私も幸せなはずだよ]


[そうね。貴女の言う通りね。でもごめんなさい、私の愛は・・・・そうじゃないの・・・・・・・・


[………………そっか]


[貴女と一緒に過ごすのも、悪くないでしょう。だけど時間が経てば経つほど、きっと私は貴女を嫌いになってしまう。ロイルの右腕で抱かれた私は、彼の左腕に抱かれる貴女に嫉妬する。私じゃなくて貴女を見つめるロイルに憤慨する。彼の何もかもがほしくて、一秒だって貴女に譲りたくない。私の愛は、そんなカタチなの]


[………………]


[貴女にとっての愛は、温かな陽差しのようなもの。そして私にとっての愛は、凍り付いた深海に墜ちたとしても、共に在ること。分かり合える日はきっと来ない]


[………………]


[賢明な沈黙ね。そういう所も好きよ]


[……私は、お父さんを愛してる]


[私もよ。ロイルを誰よりも愛してる]


[だから、一緒にはいられない?]


[そうよ。だって、今のロイルは私じゃなくて貴女を愛しているもの。それが死ぬ程悔しい]


[……だったら]


[…………そう、ね]


 二人の月眼は、そっと俺の方に向き直った。


 俺に声が届いていると気がついていないのか、二人はそろってため息をついた。


[お父さんに決めてもらう……ってのは無しだよね]


[優しいけれど、残酷ね貴女。きっと選ばれるのは貴女なのに]


[ごめん。そんな意味で言ったんじゃないんだけど……]


[ええ、分かってるわ。今のはほんのイジワルよ。ふふっ]


 フェトラスは改めて演算の魔王に向かう。


 だが、演算の魔王はじっとこちらを見るばかり。


[――――――――愛してるわ、ロイル]


「ッ!」


 その眼差しには、この世の全てが含まれているような気がした。


 まだ伝えるつもりは無かったのだろう。今更確認するまでもなかった事だろう。


 だけど彼女はそれを口にした。無限に溢れる感情を、正しく口にした。ただそれだけのこと。


 俺はそんな彼女に、何を伝えるべきなんだろう。


 彼女の視線は、世界中の誰よりも優しく俺を見つめていた。



「……なぁ、ロキアス。演算の魔王が演算剣だったって、なんのことだ」


[そのままの意味さ。……彼女は、カウトリアだよ]


[…………頭が割れそうだ。アレが、カウトリアだって? お前正気か?」


 頭の中の回路がぐっちゃぐちゃに乱されている。カウトリアのことを思いだそうとすると、思考が違う場所に飛ばされる。魔王ギィレスと戦った時。魔族の残党を狩った時。カウトリアを抱いて眠った日。人々を救おうとした日。魔女エイルリーアによって没収された時。全ての記憶がバラバラに解体されて、色が薄まっている。


 俺はずっとカウトリアと共にいたのに、今ではあの剣がどんなカタチだったのかさえ思い出せないという事に気がついた。


[ロイル。君の脳はたぶん限界だ。きっと君はずっと前から【神理】に犯されている。――――なのにシステムが干渉出来なかったのは、それもまた彼女のせいなんだろうね]


「神理……俺は、もう発狂してるのか?」


[説明が困難だが……君とカウトリアはリンクしていた。そして、カウトリアが獲得した【神理】のカケラが君の中に蓄積されている。一滴の絵の具。一本の線。そんな多くのデータが集まって、モザイク絵のように【神理】をかき上げてしまったんだろう。まるで星座のようにね。だからシステムは君を感知出来なかった。……しかしそれでも【神理】であることには変わらない]


「つまり、どういうことだよ」


[君は発狂していない。だけど、まともじゃない]


「………………」



 演算の魔王を見つめ返す。


 彼女はもう一度呟く。


[本当に。心から愛してるよ、ロイル]


 そこにいたのは、俺の知っているカウトリアではなかった。


 演算の魔王にしか見えなかった。


 頭痛が、やまない。





 片手で胸を押さえて、演算の魔王は深呼吸をした。


[――――ずいぶんと待たせてしまったわね。ありがとうフェトラス。もう十分だわ]


[……そう。いいんだね?]


[ええ。そしてごめんなさい。私が私らしく彼を愛するためには、どうしても貴女が邪魔なの]


[そう………………じゃあ、私からもごめんなさい]


[なにかしら?]


[さっきは、お父さんが幸せならそれでいいって言ったけど…………お父さんが、私よりもあなたを愛して、そしてあなたが私よりもお父さんを幸せにするのなら、私は我慢するべきなんだと思う]


 演算の魔王は、まるで聖母のように微笑んだ。


でも?・・・


[……でも! やっぱりごめん! やっぱり、やっぱりお父さんは譲れそうにないや!]


[あははっ――――それでいいのよフェトラスッ!]


 聖母は獰猛に笑う。


[私に愛を教えてくれた者! 貴女を超えて、私はいつか必ずロイルの愛を手に入れてみせる!]


[本当にごめんなさい! だけど絶対に負けてやらない! ちょっとくらいなら分けてあげてもいいけど、全部欲しいって言うなら、全部諦めてもらう!]


[ちょっとくらいなら……? ぬるい……ぬるすぎるわよフェトラスッ! その程度の覚悟で、私の愛を殺せると思うなよッ!]


 狂乱の強奪者。そんな肩書きが似合う表情で、演算の魔王は月眼を輝かせる。


 そして俺の娘は、完全に満ち足りた月眼を抱いて宣言する。


[じゃあ前言撤回! お父さんは、私が幸せにしてみせる! 悪いけど、あなたの出番はありません!]


[ならば、私のこの愛を超えてみなさい!]


[先手必勝――――]

[迎え撃ち、蹂躙する!]


[【爆煌】!]

[【円環双遠】!]




[うわっ]


 驚きの声を漏らしたのはロキアスだった。


[すごいな。僕の魔法までかき消された]


 窓は消失。フェトラスと演算の魔王の声も聞こえなくなる。そんなことが気にならないくらい、遠くの戦場で繰り広げられた光景は凄惨だった。


 フェトラスが放ったのは、爆発する光。


 対して演算の魔王が創ったのは、光の道。それは不定形の螺旋を描いて漂っており、フェトラスが放った魔法をあらぬ方向へと受け流していた。


 次なる手は瞬時。


 呪文は聞こえないが、フェトラスの前方に七つの光の球が浮かび上がった。そして雷の魔法のように力が増大していく。


 それを見たロキアスは[ふむ]と言いながら額に手を当てた。


[烈煌七閃……なんともまぁ、美しい魔法だな]


「……美しい?」


 問いかけに答えが出る前に、フェトラスの魔法が発動する。


 七つの球体はバラバラのタイミングで、巨大な光線を放つ。この暗闇の世界に、白いラインが引かれていく。凄まじき奔流のそれを演算の魔王は大きく回避するが、逃げ道を塞ぐように光線は走る。


 確かに美しい魔法だった。そして凶悪でもあった。一つ放てばそれこそムールー火山ですら貫通するような、オーバーキル魔法。


[レーザー魔法……。やはり光に関わる魔法は強いようだ。そして応用力がかなり高い。やはり確定・・か]


 ロキアスはじっと観察を続けている。愉しいかどうかは知らないが、とても真剣に状況を見守っていた。


 三つまでは体術で回避した演算の魔王。そして四つ目は精霊服で耐えた。しかしその隙を逃すまいと残り三つの光線が合流し、極大の閃光と化す。


 だがその一撃を、演算の魔王は耐えた。光の奔流は彼女で止まり、背後に流れない。高い音が響き渡って、光が収まった。


 演算の魔王の前に浮かんでいたのは、完全なる闇。この真っ黒の世界においてでも、なお際立つ濃密な漆黒。あれが光を喰ったのだろうか。


[……頑張れ、演算の魔王]


 ぽつりとロキアスがもらした。


 その声が届いたわけではないのだろうが、演算の魔王は片腕を前に出す。


[そうだ。それでいい。君の得意分野を活かせ。神に届いたその演算能力で、最適解を導き出せ]


 まるでかけっこ・・・・する子供を応援する親のような口調だった。


「お前は、演算の魔王のどこがそんなに気に入ったんだ」


[本来ならば君だって演算の魔王を応援すべきなんだよ。……いいや、そうではないか。愛ってやつは難しいな……]


 演算の魔王が何をしたのかは分からない。だけど、フェトラスの動きが再び狂う。リズムの悪い操り人形のように、かく、かく、かく、と。


「俺は、フェトラスを愛してる」


[ああ、そうだね。それでいいとも。その気持ちを大事にするといい。そして同様に、僕も勝手に演算の魔王を応援するまでさ]


「なぜだ……なぜなんだ……!」


[僕は観察の魔王。見る、知る、推測する、そんな概念の集合体。魔王としてはかなりちっぽけで、弱い分類さ。だけど僕は殺戮の資質を凌駕した。僕にとって観察するということは、生きる喜びなんだ]


「それがどうした!」


[そんな僕が、素直に思ったんだ。フェトラスの食べ物魔法を観察したり、君と彼女が幸せに暮らす結末を眺めたりするよりも、演算の魔王が報われる瞬間を見てみたい、と]


「……どうして…………どうしてだよ……俺とフェトラスは一緒にいちゃいけないのかよ……」


 俺達の居場所はどこにも無いのかよ。


 やっぱり、あの大陸から出なければ良かった。フェトラスと出会ったあそこで、ずっとのんびり暮らしていれば良かった。


[……彼女は偉大だよ。たった一人で、絶望すら枯渇するであろう虚空の中で、ずっとずっと永遠に君を想い続けた。一瞬永遠也。その一瞬を、彼女はどれだけ積み重ねてきたのだろう。そんなことを考えるだけで胸が痛む。九体の月眼を導いてきたこの僕が・・・・、だ]


 長くて、重い。人間では絶対に至れない感覚をロキアスは口にした。


[だから僕は、彼女の味方になってあげたいと、そう思ったんだ]




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[調律を乱し、感応を狂わせろ! 【加減速縛】!]


 先ほどから演算の魔王の攻撃方法が変わってきた。


 私を直接攻撃するのではなく、私が戦いにくい・・・・・ようにする魔法をいくつも放ってきているのだ。


 速度が遅くなったり、逆に速くなりすぎたりしてリズムが取れなくなる。


 思考に制限を掛けるような、精神系魔法も多用してきた。一つ一つは大したことないのに、全てが異なる構成の魔法。解除に手間取った私は、その弱体魔法が積み重なって思考力がかなり落ちてきている。


(……それでも、こっちが一撃当てるだけで戦況はひっくり返る!)


 改めて、私は自分にかけられた弱体化魔法の解除よりも、演算の魔王を攻めることを選んだ。


 演算の魔王はめちゃくちゃに器用だ。単調な呪文はあっさり回避されるし、危険だと感じれば相応の魔法でそれを受け流し、弾かれ、相殺されてしまう。『護り』の戦い方が上手い。


 更に言うなら、防御状態に移行した精霊服の強度は異常だ。牽制の攻撃魔法など、腕の一振りでかき消されてしまう。


 色々な意味で一撃必殺は難しい。


 ……だったら、二撃、三撃、四撃と連ねるのみ!


[―・――・・―【乱閃光河】!]


 細いレーザーを何発も打ち出して、反射させる。やがて光の線は河のように広大となって、演算の魔王を飲み込む。だけど、この程度では効果が無いのは知っている。


 だからここから重ねる!


[―――・・・―・【光河炎沼】!]


 光の河を、炎の沼へ。まとわりつく泥のような炎は集積し、その破壊の熱は秒速で倍増する。


[――・―・―【炎沼侵毒】―・・――・――【凍河氷血】!]


 すかさず炎を毒に変換。その熱エネルギーは複雑な毒素をさらに進化させ、蝕む。そしてダメ押しとばかりに、一切合切の全てを凍り付かせる。


[これなら流石に……!]


 演算の魔王の応用力は凄まじいが、それでもこの属性変化のスピードにはついてこれまい。光を炎へ、炎を毒へ、そして凍らせた。炎と毒まで対応しきれたとしても、氷魔法への変換は予想外のはず!


 だけどこれで倒せるだなんて油断はしない。更にたたき込まなくちゃ。


(次は、えっと、きっと彼女は氷を溶かそうとする。その前に毒の解除をしなくちゃって気がつくだろうから、えっと、だから)


[……まぁいいや! とりあえず氷の強化だ! 【氷弦】!]


 ダブルワードに尋常じゃ無いくらいの魔力を込める。双角がまた「ギチィッ!」とうなるような音を立てて、私の意思を表現する。


(これで時間がかせげた。えっと……そしたら……壊す……? でもどうやって? めちゃくちゃ固くしちゃったし、もうこのままの方がいいのかな?)


 だめだ、思考が遅すぎる。とりあえずこの状態を解除した方が良さそうだ。


[ん……なんだっけ……まずこの身体のリズムを乱されてるのが一番鬱陶しいけど、解除するためには冷静な思考力の方が大事だから……一つ一つ打ち消して……]


 あと何秒の猶予があるのかも分からない。私は自分にかけられた八つの弱体化魔法を一つずつ解いていくことにした。


 だけど、ポンと左肩を叩かれた。びっくりして振り向くと、自分の頬にぷにっと何かが当たる感覚を覚える。


[えっ?]


[遅すぎるわよ]


 からかうように、人差し指を見せつけるのは演算の魔王。


[なんで?]


[いや、だから遅すぎるのよ。【闇虞】]


 再び魔法を重ねられる。効果としてはわずかなものだが、私の中の怖いという気持ちが少し大きくなる。


[あんな弱い光をたくさん放っても効果が無いことは理解しているはず。なのに撃ってきたということは、それ自体が次の攻撃への布石。そこまで考えが及べば、その時点で防御じゃなくて退避を選ぶのは当然でしょう? 【智延】]


 解説なのか、呪文なのか。私が「どうしよう」と悩んでいる間にどんどん弱体化魔法が重ねられる。


[光を炎に、炎は毒に、そして全てを凍らせる……あなた本当になんの魔王? そこまで複数の属性を強力に扱えるだなんて。【幻語解接】]


 呪文が思い付かなくなる。どうしよう。距離を取りたい。なんとかしなくちゃ。


[私が本来得意とする攻撃戦法はカウンター。相手の出方をうかがって、隙をつく。だけど本当に強い相手には、こうやって戦うのが一番確実なのよね。【恐観】]


 こわい。もしかしたら、私、負ける……?


 いいや。だめだ。私はお父さんの幸せを願っているけど、自分のためにも頑張りたい。


 この魔王には、まけたくない。


[強い相手に勝つ方法は三つ。王道なのが『相手よりも強くなって勝負すること』。【低演】]


 思考がまたおそくなる。


[二つ目。『誰かの助けを借りる』。魔王討伐の基本は集団リンチよ。【停演】]


 じぶんの演ざん能力が、最低値にまで落ち込む。


[そして三つ目。強い相手と戦うのならば――――相手を弱くする方法が、一番速いのよ。【定演】]


 最低値のまま、固定される。どうすればこの状態をかいじょ出来るんだろう?


[ああ、悪いけど貴女――――もう詰んでるわよ? 【諦演】]


 いやだ。諦めたくない。


 あきらめたく、ない。



[おやすみなさい、可愛らしい貴女。【虚空再演】]



 ぷつりと音を立てて、私は誰もいない場所へと案内された。


「おとうさん?」


 おとうさがいない。ロキアスさんがいない。えんざんの魔王ちゃんがいない。扉もない。


「ここどこー?」


 まっくらだ。


「ねぇ、おとうさーん」


 だれもいない。


「……こわいよ、おとーさん」


 いやだ。かなしい。さみしい。こわい。


 ここはいやだ。


「うっ……ううぅ……」


 とぼとぼと歩いてみる。


 進んでいるのか、進んでいないのかもわからない。


「おとうさん......」


 へんじが、ない。



 わたしはがまん出来なくて、大きなこえで泣いた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] あのクズなロキアスがカウトリアを応援するなんて…そしてデバフもりもりか、なるほど
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