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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
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5-18 家族間の殺し合い



 演算の魔王が繰り出す魔法は、そのほとんどが「死ね」という命令だった。


 だが月眼の魔王であるロキアスには一切通じない。全ての命令は無視され、中和され、変換され、拒否され、打ち消された。


 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、と。


 演算の魔王は試すように様々な魔法を打ち続け、やがて五度目の詠唱を終えた辺りで深呼吸を一つ披露した。


「……反応が良いってレベルじゃないわね。絶妙に無効化されて、やる気が失せるわ。どれもこれも既知?」


[ご明察。どれもこれも見たことある魔法だね。……しかしそれにしたって、命を殺すには過剰すぎる魔法だ。君は一体何と戦うつもりでそこまで練り上げたんだい?]


「別にそんな意図は無いわ。ただ、貴方を殺すために有効そうな魔法を試しているだけ」


[トライアンドエラーか。ふむふむ、なるほど。演算の魔王、ね。戦えば戦う程に厄介な存在になりそうだ]


 シニカルな笑みを浮かべながら、ロキアスは演算の魔王に問いかける。


[それで? 他にも何か面白い魔法でも見せてくれるのかな? もう理解しただろうけど、即死系なんて無粋で雑な魔法、僕には効かないよ]


「アドバイスどうもありがとう。それじゃあ一つ質問させてもらうけど――――どんな魔法を観察・・したいのかしら?」


 ロキアスが自称した『観察の魔王ロキアス』。それはこの世の理を知らないと意味不明な称号のはずなのに、演算の魔王は「それこそがロキアスにとって重要なこと」だと確信を持った様子でそう問いかけた。


[どんな、って言われてもね……僕が好むのは見たことのないモノ、あるいは珍しいモノだね。あとは究極に洗練されているモノとかが好きかな。――――天才の作る靴とか]


「未知、珍品、究極……それを見るためならば、死んでもいい?」


[そのぐらいの覚悟はあるさ。……ただ、中々死んでやらないけどね。だって死んだらもう観察することが出来ないからさ]


「オーケー。目に物見せてやるわ」


[いいねぇ。是非そうしてくれ。正直に言うと、少し飽きてきた・・・・・・・


 ロキアスは片手を上げて、三本の指を立てた。


[君は大変に珍しい。だけど残念ながら退屈だ。僕はそろそろ別の事に興味が移ってきたよ。なぜDが君に協力したのか、そっちの理由の方が面白そうだ]


「あらそう。だったらDに聞きにいけばいいじゃない。止めないわよ」


 ロキアスは一本、指を折った。


[つまらん回答だな]


 それを見た演算の魔王の行動は早かった。一息に後退し距離をとり、しっかりと目を見開く。


「……即死が効かない、魔法自体が通用しない。ならば物理……具現と、衝撃……ダメージを蓄積させて、トドメに派手な一撃を食らわせれば……」


 それは演算の魔王にとっての詠唱。


 絶殺の誓いを立てたのであろう演算の魔王の様子をうかがい、やや呆れた様子だったロキアスの方眉が少し上がる。


[いいだろう。観察してやる]


「観察されれば解答される……ならば、見たことのない、想像だに出来ない一撃……いや、複数重ねる必要がある……連撃……多種多様――――抵抗するのも馬鹿らしい、色彩の地獄ッ!」


 演算の魔王は、両手を広げた。


「【汚玖華鏡】ッ!!」


 ガリ、と。何か固いものを捻る音がした。


 ジワジワと、闇しかないはずの空間が煌めいていく。


 美しいもの、薄いもの、濃いもの、透明なもの。ロキアスを包むように密集し始めるそれはキラキラと輝きながら、だけど混ざりきれない個々が集まって、醜悪な檻へと変貌していく。


 例えるなら、色とりどりの花畑。


 その花達の並びには一切の規則性がなく。一つ一つは美しい色なのに、それが集まって気持ちの悪い絵を描いていくような。


「色に溺れて死ねッ! 【破砕鏡命】!」


 生理的に気持ちの悪い、吐き気を催すような魔法だった。彩りの檻はロキアスを包み、砕け、その奔流がロキアスへと突き刺さっていく。


 洪水のような音を立てて色に飲み込まれていくロキアス。


 言葉もなかった。


 これは流石に月眼の魔王でも死ぬんじゃなかろうか、と疑った。


 何せやつは対抗する魔法を唱えた様子が無かったからだ。しかも演算の魔王が唱えたのは、フォースワードの重ね技。そしてこの威力。もしかしたら六単語呪文よりも凶悪なのかもしれない。ならば対応するには相応の呪文が必要なはず。しかしロキアスはそんな大それた対策を打ち出したようには見えなかった。



 ――――だけど激流が過ぎ去った後。月眼の魔王は当然のように無傷だった。


「なっ……」


[ふむ……うん! 今のは良かった!]


 パチパチと拍手をして演算の魔王の健闘を讃えるロキアス。


[良い。とても良いよ。ただの魔王がこんな発想の魔法が使えるとは驚きだ。素晴らしい]


「……お褒めにあずかり光栄だけど…………まさかノーダメージとは思わなかったわ……」


[ああ、うん。それについては申し訳ないけど、僕は今の魔法に似たモノを知っていたからね。初見だったら殺せたかもしれないよ]


 その言葉に驚いたのは俺だった。


「い、今のわけのわからん魔法を知っていた……? 嘘だろ……」


[正確に言うと魔法じゃない。ああ、そうさ。僕が感心しているのはそこだよ。今の魔法はね、とある【天外の狂気】の形態によく似ているのさ]


 その単語を口にすると、演算の魔王が顔をしかめた。


「うっ……」


[おっと、失礼。今のは僕の失態だ。――――少しボカして説明するとだね。演算の魔王が唱えた今の魔法は、とある化け物とそっくりなのさ。僕は一度そいつと……君が唱えた魔法以上の化け物と戦ったことがあるから、対処法を知っていた]


 ロキアスはうんうんと頷きながら[想像だけでアレに似た境地に至れるとは、本当にすごいな。もしかして君、ちょっと狂ってる?]と朗らかに笑っていた。


「対処って、どう対処するって言うのよ。ワタシが言うのもなんだけど、あんなの攻略出来るはずがないのに」


[億を超える色の、波状攻撃。ただしこれは多重属性攻撃じゃない。言ってしまえば強弱の激しい物理攻撃の一種だ。そして弱い部分には隙間があるから、自身を最小化してその隙間を泳ぐだけで攻撃は通過出来る。――――ご理解いただけたかな?]


 ロキアスさん、全然分かりません。


 俺はそんな感想を抱いたけど、演算の魔王は悔しそうに呟いてみせた。


「弓矢の弾幕とはわけが違うんだけど……参ったわね。今のでも殺せないなんて。それで、チャンスはあと一回? それとも二回のままかしら」


[……いいねぇ。それでも心が折れないのかい]


 ロキアスが浮かべたのは、暗い、昏い、黒い、湿った笑顔だった。


[よし、合格だよ演算の魔王]


「……何が、よ」


[君にチャンスをあげよう]


「…………」


[君はロイルを愛してるかい?]


「……?」


[ふむ。まだ覚醒してない様子。――――ただ資質は十分だ。ここまで来られた事自体が凄まじいし、一体だけとはいえカミサマのお墨付き。そして戦力的にも申し分ない。伸びしろもある。……そして……ああ、君は確実に月眼に至れる・・・・・・だろうさ]


 嬉しそうに語るロキアス。


 意図が読めない。


 読めないのだが。


 俺は死ぬほど嫌な予感に包まれていった。



[君は僕を殺せない。僕に勝てない]


「……いいわ。次こそ貴方を上回ってみせる」


[うんうん。いい根性だ。だけど違うんだよ演算の魔王。君は別に僕と戦う必要なんて無いのさ]


 ……?


[僕たちが必要としているのは十三番目の月眼の魔王だ。だから、その器に収まるのは別にどっちでも構わないんだよね]


 ……ちょっと待ってくれ。


[資格を有し、文句のつけようもない奇跡の魔王フェトラス。そして対するは君、演算の魔王。――――僕は君を運命への挑戦者として認めよう]


 どういうことだよ。


[資格がある者。素質がある者。嗚呼、どっちが勝っても愉しそうだ・・・・・


 頼む、待ってくれ。


[そもそもDが認めたのなら、それなりに理由と確信があるはずだ。ならば僕は彼の賭けに乗ることにしよう。もし最悪の事態になっても……まぁ二人で頑張って挽回するさ。その程度のリスクを背負うことなんて、この結末を見るためなら全然苦にはならない]


 言葉を失っていた俺に構うことなく、ロキアスは神父のように微笑んだ。


[正当なる手順を踏み、十三番目に至ったフェトラスよ。君はここにいるロイルを、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、彼を愛し、敬い、慈しむことを誓えるかい?]


「……当たり前だよ!」


 叫ぶようにフェトラスが肯定の意思を示す。


[では資格無き乱入者にして挑戦者たる演算の魔王よ。君はここにいるロイルを、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、彼をあいし、敬い、慈しむことを誓えるかな?]


「…………………………」


 演算の魔王は、何も答えなかった。


 そしてそれこそが、正解だった。


[それでいい、演算の魔王。きっと君は今の僕の言葉の中で、理解出来ないものがあったはずだ。それこそが資格。君が欲する世界で一番の財宝だ]


 悪魔がささやく。


[それが欲しければ、まずはフェトラスと戦うがいい。彼女もまた月眼だが、なりたての新人さんだ。ロイルへの想いが強ければ勝てるかもしれないね]


「…………フェトラスに勝ったら、ワタシはロイルとずっと一緒にいられる?」


[そうとも。逆に負けてしまえば、君は永遠にロイルを失う]


 その言葉は、銀眼の魔王にとって何よりも受け入れがたい圧力だった。


 瞬時に彼女はロキアスから視線を外し、冷徹な瞳でフェトラスを捉えた。


「【死

  [まだ話しは終わってないよ]

   ……」


 即座の行動に移ろうとした演算の魔王を、ロキアスが制する。


「……なによ。フェトラスを倒せばいいんでしょう?」


[言っても無駄だろうけど、落ち着きなよ演算の魔王。このままじゃアンフェアだ。きちんとルールを提示しようじゃないか]


 話しがどんな方向に転がっているのか、頭が追いつかない。


 ただロキアスが、フェトラスと演算の魔王を戦わせようとしている。その事だけは緊急的に理解した。


 しかし理由が分からない。なぜ。どうして。


「何故だ!」


 ようやく俺は言葉を発することが出来た。


「な、なんでフェトラスと演算の魔王が戦わなくちゃいけないんだよ!」


[理由はいくつかあるけど……まぁいい。改めて説明してあげよう。全員ちゃんと聞くように。特に演算の魔王。先走ったら僕は気が変わるかもしれないから、自制した方がお得だよ」


「…………いいわ。黙って聞いてあげる」


[よしよし。それじゃあ、愉しい愉しい説明タイムだ。演算の魔王は【神理】なんて知らない状態だから、詳細は勝った場合に教える。とにかく君は勝てば良い。そうすればロイルは君のモノだ]


「……そう」


[次にフェトラス。君が最初から楽園を受け入れていれば、こんな事態にはならなかった。ありがとう。僕はいま最高にハッピーな気分だ。だけどもう遅い。今更楽園に入りたいと言っても、それは僕が愉しくないから・・・・・・・・・却下だ]


 邪悪な笑み。否、きっとそれは彼にとって悪ではない。自分の欲望に忠実な、エゴイストとしての正しい喜びなのだろう。そして彼はそれが許される立場だ。何故なら、ここにいる誰よりも強いのだから。


[だけどそれじゃあんまりだ。なにせ君は正当たる十三番目。挑戦者を退けるのも王の義務とはいえ、何かご褒美がないとやってられないよね]


「………………」


[なので僕は君に提示しよう。もしも演算の魔王に勝つことが出来たら、一人だけ。たった一人だけ楽園に招待することを許す]


「!!」


[ただし、僕はフェアだからきちんと言うけど、少しだけ思考を制御させてもらうよ。さっき説明した通り、あの空間はバランスが大切だからね。全ての欲望のレベルを引き下げさせてもらう]


「思考制御……それはもう、違う人になっちゃうんじゃないかな……」


[そこは腕の見せ所だ。人格に影響が出ないように、精密にやる。これは僕のプライドに賭けて誓う。……やったことの無い事だからちょっとばかり時間がかかるかもしれないけど、絶対にする。どうだい? やる気は出たかな?]


「…………一人だけ…………」


[あんまり欲張ると]


「分かってるよ! そんなこと、分かってる!!」


 フェトラスはイヤイヤと頭をふった。


 その表情には、焦りが生まれていた。


「お父さんの全ての可能性を、わたしは諦めたくない……でも、一人……一人なら許される……でも……」


 泣きそうなフェトラス。

 嗤うロキアス。

 今にも飛びかからんとする演算の魔王。


「どうにかなる、って思ってたけど……状況は悪くなるばかり……ロキアスさんには勝てそうもないし……でも……でも……!」


 そして俺は、そっとフェトラスの背中に手を当てた。


「フェトラス。あんまり深く考えるな」


「…………でも……」


「確かに状況は悪くなるばかりかもしれん。でも最悪の事態じゃないだろう? ……悩んでくれてありがとうな。でも、俺はお前がいてくれればそれでいいんだよ」


 色んな気持ちを込めて、そう言った。……そう、色々な気持ちを。


 だけど上手に隠していたつもりのそれは、全部・・彼女に伝わってしまった。



「……は!? まーたそんな事を言う! お父さんは誰のお父さんなのよ!!」



 愛しさだけではない。セラクタルの全てを諦める気持ちと、永別の切なさ。そして機会を失う悲しさも。全てを込めた俺の台詞を、彼女は完全に理解してしまった。



「あーもう! 迷っちゃったよ! っていうかロキアスさんズルい! 卑怯! そう言ってわたし達の根本的な要求を無視しようとしてる! お菓子あげるから晩ご飯我慢しなさい、みたいなやり方は外道の発想だよ!」


[外道て。……割と本気で親切のつもりだったんだけどなぁ。本当に往生際が悪い]


「それと演算の魔王ちゃん!」


 まさかのちゃん付け。


「さっきから黙って聞いてればお父さんのことを私のモノ私のモノって! 失礼しちゃう! そもそもあなた誰よ!?」


ワタシはロイルと共に生きて、ロイルと共に死ぬ者。あなたこそ誰よ。魔王のくせに、人間が父親? あんまりワタシのロイルに馴れ馴れしくしないで気持ち悪い」


「はぁぁぁぁー!? き、気持ち悪いってなによ! むかつく! わたし、怒った!」


 どうしたフェトラス。なんだか言動が幼くなってるぞ。オロオロとしていると、フェトラスは俺の方に向き直ってニッカリと笑った。


「だいじょうぶ! 全部わたしに任せて! きっとわたしは――――絶対に私は、お父さんを幸せにしてみせる!]


 そして、迷いを断ち切ったフェトラスの眼には気高い月眼が浮かんでいた。


[どちらにせよ、お父さんは渡さない!! 戦う理由は、それだけで十分だ!]


「上等。気持ちの悪い魔王め。……ねぇ観察の魔王。そろそろ始めてもいいのかしら……!」


 戦う理由も、戦意も十分。


 止められるのは、月眼の魔王ロキアスだけ。



[いいとも。それじゃあロイル争奪戦、開始]



 殺し合いの号令にしちゃ、呑気すぎる。




[先手必勝! 【鎮黙】【纏星】【裂烈】!]


 呪文禁止。装填と爆発。


 それは月眼の魔王フェトラスによる速度重視の抗えぬ攻撃だった。


 魔法を封じてしまえば、小柄な演算の魔王ではフェトラスに太刀打ち出来るはずもないからだ。


 ちなみに言っておくが、成体の魔王は普通に白兵戦でも強い。強靭な身体、豪腕にして俊敏。怪我の治りだって通常の生き物より遙かに早い。魔法ではなく格闘技や剣術をメインに鍛える魔王もこの世には少なからずいる。


 そりゃ魔法の方が強いのだが、出来る魔王は両立を目指すものだ。


 そしてそれは演算の魔王とて熟知しているようだった。


「【封遮音響】!」


 彼女が選択したのは、呪文禁止の拒否。完全に読んでいたのであろう、それは目論見通りにフェトラスの魔法を打ち消した。


 だが続く二つに抗うには、速度が足りない。演算の魔王の身体に星のようなものが纏わり付き、光る。炸裂するまであと数秒。


 そしてそんな攻撃魔法に対して演算の魔王が選択したのは魔法による対抗ではなく、精霊服を用いた防御だった。薄黄色の精霊服は瞬時に黒く染まり、その全身を覆う。


「クッ……わあああああああ!」


 星が破裂する直前、演算の魔王は咆吼してその衝撃を受け入れた。


 まるで複数の人間から全身を殴られたかのように、星が爆発するのに合わせて演算の魔王の身体が空中で揺れる。


 傍目から見ると、子供が悲惨な目にあってるわけだ。俺はたまらず声をかけそうになったが、誰に何を言えばいいのか分からなかった。


 しかしフェトラスは容赦しない。冷静に、そして速やかに。空中で踊った演算の魔王が地面に着地すると同時に、再度魔法を重ねた。


[【封脈鋼束】ッ!]


 闇から生える、光の縄。それはあっと言う間に演算の魔王を包み込んでしまい、出来上がったのは固い質感を持った光るまゆのようなものだった。


 あっという間に戦場に静けさが広がる。


[……フッ。たわいない]


 キザったらしく前髪をかき上げて、フェトラスは勝利宣言を、


「ぬるいわね?」

[ツッ!?]


「拘束魔法だなんて、舐められてるのかしら」


 光の繭は変わらずそこに。だが演算の魔王は、いつの間にかフェトラスの背後に立っていた。


「警戒して損した気分。ねぇ、フェトラス? 貴方はいままで、どれだけの命を殺してきたのかしら?」


[……【爆真地帯】!]


「戦い方が、下手すぎる」


 フェトラスを中心に衝撃波が広がる。だけど演算の魔王は平然とフェトラスの背後に立ち続け、酷薄な笑顔を浮かべた。


「悪いけど遊んであげない。万難を排し、万全を期して貴方を排除する。ロイルのために消えてちょうだい」


[ちょ……!]


「【時壊】」


 それはどんな種類の魔法だったのだろうか。ロキアスが[おお]と少しだけ驚いた声をあげていた。っていうか! そう! ロキアス! お前だよこんちくしょう!


「た、頼むロキアス! あいつらを止めてくれ!」


[なぜだい?]


「お前ならそれが出来るだろう!?」


[確かにね。でも、何故だい? どうして僕が彼女達を止めなくちゃいけない?]


「だ、だって……だって! あいつらはお前の口車に乗せられて!」


[そりゃ提示はしたけど、戦うと決めたのは彼女達だよ。しかし見事だな演算の魔王。――――魔王との戦い方をよく分かっている]


 そんな感想はどうでもいい。俺は地面なき闇に額をこすりつけ、ロキアスに懇願した。


「た、頼む……! お願いだからあいつらを止めてくれ!」


 視界の外で、爆音が響く。


 俺が反射的に頭をあげると、フェトラスが妙にカクついた動き・・・・・・・・・で爆炎を放っているのが見えた。まるで一瞬停止して、その後に倍速で動くような。


「頼むよロキアス! なんでも、何でもするから!」


[しつこいな…………でもまぁ、いいだろう。月眼の魔王に対してそれだけの態度が取れるのはそこそこ面白い]


「ほっ、本当か!!」


[ああ。それじゃあ、この光景よりも愉しいものを提示してくれ]


「なっ」


[今、この瞬間。僕はとても幸せだ。現在進行形で満たされている。二人の魔王がたかが人間を取り合い、戦っている。――――こんな素敵な展開の結末を、見逃すわけにはいかない。これこそが今まで頑張ってきた僕への『ご褒美』なのだから]


 その表情は、『ごちそう』を食べている時のフェトラスに何となく似ていた。


[だから、あの二人を止めて欲しければ、それ以上の対価を示せ]


「これ、以上って。そんな」


[……まぁ無理だろうね。こんな光景、きっと二度と見られない。まさしく奇跡の瞬間だ]


 うっとりと。だけど視線は絶対にフェトラスと演算の魔王から離さないロキアスは、幸せそうに微笑んだ。


[どちらが勝っても、ロイルは幸せになれるよ。それは約束する。だから君も黙って見守るといい。君を愛する二人の、どちらが勝つのかを]


「そんなの……!」


[嫌かい? だったら止めるといい。それはそれで構わない。君がどちらか片方を贔屓ひいきして、どちらかに歓喜と絶望が降り注ぐ。簡単に言ってしまえば――――君が応援した方が勝つ。いいとも。愛される者よ。君にはその選択をする権利がある。僕はそれを邪魔しない。ただ粛々と観察するだけさ]


「おまえは……おまえは……!」


 ダメだ。こいつは破綻してる。性根が腐ってる。誰も救わない。ただ自分の愉しみを追求するだけの独善主義者だ。


 ならば俺がすべきことはただ一つ。


 フェトラス。待ってろ。いま俺が。



「ロイルは……絶対に渡さない……! だから消えて、消えてよフェトラスッ!」


[させるものか……! お父さんは、絶対に譲ってあげない!]



 いま、俺が。


 俺が……?




 俺に何が出来るっていうんだ。




 俺の家族達が、戦っている。


 娘が。演算の魔王が。


 月眼と銀眼の魔王達が。


 想像した結末はこんなものじゃなかった。



 演算の魔王と、シリック達を引き連れてフェトラスと再会。


 ちょっと叱って、仲直りして……。そしてみんなで仲良く暮らしたかっただけだ。


 だけど違う。いま目の前で、家族が戦っている。


 俺が憧れていた「普通の家族」とは全然違うけれど、それでも大切な家族が。



 時が壊れる魔法――――演算の魔王が施した魔法はなんだったのか。二人の勝負はほぼ互角になっていた。


 動きの要所で違和感を発するフェトラス。放った魔法は綺麗によけられ、逆にカウンターをくらっている。


 時々はフェトラスの魔法が演算の魔王に当たっているようにも見えたが、あまり効果が無いようだ。しかしよく見てみると、フェトラスの魔法が当たる直前、演算の魔王の精霊服が生き物のように蠢くのが見えた。


(魔法を……喰っている……?)


 だけどそれは全ての魔法を吸収しているというわけでは無さそうだった。演算の魔王が焦った様子で対抗呪文を唱える瞬間も多々あった。


 呆然と見守ってしまう。



「ロイル、ロイル、ロイル……! 貴方のために、ワタシは限界を超えてみせる!」


[鬱陶しい……! だがそろそろ慣れたッ! 【時喰蛇輪】!]


「遅い遅い遅い! 遅いわよフェトラス! 壊れた時は誤った流れへ! 【時龍暴走】!」


 蛇のような光がフェトラスを包み、一定のリズムで流転していく。だけどその直後、蛇は荒れ狂う龍のように変化して流れを反転させた。そしてそのままフェトラスを締め上げる。



 互角ではない。


 演算の魔王が、月眼のフェトラスを徐々に追い詰めている。



 待って、待ってくれ。もう戦わないでくれ。


 ただ、みんなでなかよく。



 俺が片手を伸ばして、だけど何も出来ずに震えていると演算の魔王がちらりとこちらに視線を送った。



「待っててロイル! もうすぐ、もう少しでワタシ達のハッピーエンドよ!」



 その銀眼には、優しさがあった。慈しみがあった。温かさがあった。


 愛を知らぬはずの殺戮の精霊・魔王が浮かべるには、あまりにも幸せな。



 言葉を失う。感情を失う。生きる気力を、失う。



 どう足掻いても俺はフェトラスが大事だ。一番大切だ。


 だけどそれを守るためには、あんなに幸せそうに未来を信じている演算の魔王を拒絶しなければならない。その想いを踏みにじらなければならない。


 だけどフェトラスが。

 だけど演算の魔王が。

 だけど。

 だけど。だけど。だけど。


 頭の中が混乱する。誰か助けてくれ。無力な俺を許してくれ。


 ――――ああ、そうだ。そうだった。なんで気がつかなかったんだろう。あるじゃないか、完璧に幸せな結末が。


「ろ……ロキアス……」


[なんだい]


「……楽園に、一人招待出来るって言ってたよな……へ、へへへ……なら、フェトラスと、演算の魔王と一緒に俺を楽園に……」


[……ゲスめ!]


 結構な威力で俺は頬をはたかれた。


「な……」


[――――言ったよな。欲望を制限すると。貴様の提案は彼女達の気持ちに対する不敬だ。裏切りだ。どちらが主であれ、残された片方はその愛を完成させることが出来ず、馬鹿みたいにヘラヘラと笑う存在になると理解した上での提案か。だとしたら、度しがたい醜さだ……!]


 反論することが出来なかった。


[選ぶことすら出来ないのなら、ただ見守れ。そして黙って愛されろ。誠実に]


 だけど、その選択肢を選ぶわけにはいかなかった。


 ただ見守ることなんて出来ない。何故なら、俺の腹は既に決まっているからだ。



(俺は――――フェトラスが世界で一番大切だ)



 もう理由なんて無い。ただその気持ちが確かなだけだ。疑いようもなく、疑いたくもない。俺はフェトラスさえいればそれでいい。


 彼女は俺の二番目も、三番目も、ずっとずっと低い順位の喜びも失わせないと言ってくれた。それは本当に嬉しくて、ありがたくて、優しい涙が流れそうになるほど幸せな事だ。


 そして、そう言ってくれる彼女こそが、俺にとっての一番。二番目とは比べ物にならないほどに大切だ。そもそも二番目が何かすら俺はよく分かっていない。きっとその順番は時々で変化するのだろう。



 だから、俺は。









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[良い点] 2人選べないし地球に帰れないのか…酷すぎるぜロキアス
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