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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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18 「戦いの火蓋」



「フェトラス……フェトラス! どこだ!!」


 澄み渡る空。白い雲。青い海。輝く砂浜。後方には豊かな緑、血溜まりとモンスターの死骸。ここはパラダイスだ。


「フェトラス!!」


 洞窟の方へ叫びながら、俺はゆっくりと歩いた。


 浜には誰もいない。ここにモンスターは配置されていない。それはそうだろう。ここは楽園なのだ。王の座に配置される部下は、精鋭だけでいい。兵士兼エサは大人しく門番でもしてろということだろう。


 そして王の寝室。洞窟の影から魔族がゆらりと現れた。


「……カルン」


 緑色の魔族は、嬉しそうに笑った。


「よくここが分かりましたね。それにとても素早い」


「はっ……よく言うぜ。ここ以外にねぇだろうが」


「いえいえ、昨日の夜中からですか? それとも日の出と共に動いたのですか? 到着がとても速かった……なんと、しかも無傷なのですか」


「ああ? なんのことだ?」


「とっておきを配置していたのですがね」


「モンスターの事か?」


「ええ、魔王フェトラス様の忠実な下僕ですよ。よく無事に突破出来ましたね。…………思えば、お前・・は最初から奇妙だった」


 口調が変わった。カルンはゆっくりと腕を組み、珍獣を見る目で俺を眺めた。


「魔王を恐れず、魔族を恐れず、この地で生き抜く……貴様、実は強いのか?」


「は? なに言ってんだお前。人間舐めてんのか?」


「確かに、私は人間というのを多少なりとも侮っていたようだ。まぁ、それもどうでもいい話しか。ねぇ、フェトラス様?」


「………………」


 洞窟の中から、フェトラスが出てきた。


「フェトラス……」


 俺の声に反応を見せない。ただ、うつむいて地面を見つめている。螺旋の双角が収まっているところを見ると、どうやら彼女は落ち着いたらしい。


(あるいは)


 考えてもしょうがないことだ。


 俺はポケットから果物を取り出して、フェトラスの方へ歩き始めた。


「よぉ、フェトラス。朝飯は済んだか? これ食うか?」


 カルンがその道をふさいだ。


「……なんだ? なんか用か?」


「まだ分かっていないのか? フェトラス様はお前のような者が話しかけて良い存在ではない。見逃してやるから、散れ」


「ほほぉ。そういう口をきくか、テメェは」


 緑色の魔族は壮絶な笑みを浮かべる。


「お前こそ、誰に口をきいている。我は魔王フェトラス様の第一の部下。カルン・アミナス・シュトラーグス。お前はなんだ? 人間」


「俺か。俺はな、そこにいるフェトラスの親だ」


「親ぁ? ははは、これはお笑いだ。聞きましたかフェトラス様。あやつめ、まだあんな事を言っておりますぞ」


「………………」


 フェトラスはずっと黙ったままだ。それが悲しい。でも、今はいい。


「俺は面白い事を言ったのか?」


「そうだ。魔王様に親などおらぬ。分かるか? お前が自称している親というのは、体の良い名称に過ぎない。もうフェトラス様は人間がどういう存在なのかを正しく認識している」


 青空と青い海。白い雲と白い砂浜。洞窟の色。緑色だけが浮いている。


「……それじゃ聞かせてくれよ。俺はなんだ?」


「お前は害虫だ」


 実に汚い笑顔で、カルンはそう言った。


「フェトラス様の力を操り、利用しようとする薄汚く利己的な人間だ」


「是非とも根拠を聞かせてもらいたいね」


「お前はフェトラス様の力を利用するために、フェトラス様の側にいたのだ。親などいう最もらしい理由をつけてな」


「……いいぜ、続けてみな。聞いてやる」


 カルンは仰々しいポーズを取って、得意げに語った。


「この地でフェトラス様と遭遇したお前はこう考えたのだ。『魔王の力をもってすれば、なんでも出来る』とな」


「何でも……か。俺は何がしたかったんだ?」


「決まっている。親として魔王様に接し、挙げ句の果てには魔王様が造った国で摂政にでもなろうと考えたのだろう? 実に人間らしい、浅はかで卑怯な手段だ」


 そこまで聞いて俺は、笑ってしまった。


「せ、摂政!? くははははは……はぁはぁ、あっはっはっはっは!!」


「……何がおかしい」


「いやいや。待ってくれよ。こんな誰もいない地で王様やら摂政やら名乗って楽しいか? んなわけねーだろうが」


「お前の最終目的を当ててやろう。それは、お前の祖国だ」


 祖国。俺が生まれて、育った国。


「そうだろう? 罪人」


「…………」


「お前の正体は害虫だ……。島流しなどという罰を受ける、人間の中でもクズの扱いを受けた罪人だ」


 やはりその解答に至るか。まぁ当然だな。


 それ以外に描ける絵はない。


 俺は確かに、罪人だ。


「魔王様の国での地位を確立し、その力を利用して祖国を燃やす。どうだ?」


「やれやれ……一つだけ認めよう。その通りさ。俺は島流しの刑でココに送られた」


 カルンは「それみろ」と微笑みながらこう続けた。


「その復讐のためか、あるいは……まぁどちらにせよ、お前の目論見は失敗した。残念だったな」


 カルンは広げていた腕を少しだけ持ち上げた。何のジェスチャーかは知らないが、気に入らない。そしてそれから少しの沈黙が訪れた。誰も、何も言わないまま、時が進む。


「……え? それで話しは終わり? そっか。お疲れ。じゃあフェトラス、そろそろ帰ろうぜ」


 カルンを無視して、俺はフェトラスに声をかけた。


 果物はずっと俺の手の中にある。それを再び差し出した。


「……お父さん」


 フェトラスはか細い声で、俺を呼んだ。


「なんだ?」


「あのね、聞きたいことがあるの……私のことで」


「言ってみろよ。聞いてやるし、答えてやる」


「お父さんは、わたしを利用してたの?」


「フェトラス……」


 彼女の言葉は、まるで首筋に当てられた刃のようだった。あと少しの力で俺を殺せる。


 なんというショックのデカさ。


 これが親の特権の裏側か。


 俺はショックを隠しながら、呆れた声を発した。


「あのな……お前の何を利用するっていうんだよ。魔法か? そりゃ、確かに家造りの際は協力してもらったが……協力だぞ? 利用って言葉は不適当だ」


「違う、そうじゃなくて。カルン・・・が言ったみたいに、わたしの事を利用しようと思ってたの? 都合の良い魔王が欲しかったの?」


 さん付けでは無い。俺がいない間に、二人はどのような距離の詰め方をしたのか。今はもう、フェトラスはカルンの事を友達に据えようなどとは微塵も思っていないらしい。


 だがそんな事はどうでもいい。都合の良い魔王が欲しかったのか、だって? 何とも馬鹿げた質問だ。


「俺はこう教えてきたよな。お前は魔王じゃなくて、フェトラスなんだって」


「でも……カルンは、それこそがわたしを上手く利用するための嘘だって……」


「俺の言葉とカルンの言葉。どちらを信じるかはお前次第だ。だが一つだけ言わせてくれ」


 一つで十分だ。


「俺を信じろ」


 こんな言葉を口にしたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。


 だけどフェトラスは。


「………………でもね」


 彼女はそう呟いて、顔を上げた。


「フェトラス……お前…………」


「ダメなんだ」


 


「信じたいのに、信じられないんだ……」



 フェトラスは泣きそうな“銀眼”を、


 “死”をたずさえていた。


「分かんない……分かんないんだよぉ…………」


 こぼれそうな涙が見える。


 それだけでブチンと切れそうになって、同時に俺も泣きたい気持ちになった。


「カルン……一つだけ聞かせろ。森や林にいたモンスターはお前の差し金だな」


「何のことだ? あいにくだが私にはそのような能力は備わっていない。アレはフェトラス様が無意識の内にお前を近づかせまいとした結果だ」


「それは……嘘だな」


 果物はポケットに。俺は剣を構えた。


「思えば、お前と出会ってからだ。あの頃からフェトラスはフェロモンの分泌を止めていたんだな」


 構えた剣先を真っ直ぐに魔族に向けた。


「俺とフェトラスが二人で、果物をとるために森に入ったことがある。モンスターはフェトラスを襲わなかったぜ。それどころか近づいてさえこなかった」


 カルンは目を閉じて、黙って俺の言葉を聞き続けた。


「そう、キッカケはお前だ。フェトラスに何をした」


「なにもしていない。出来るわけがない」



「この大嘘つきめ。お前、運んできた動物に自分の血かナニカを仕込んだだろ」



 ここで初めて、カルンは動揺の表情を浮かべた。


 目は閉じたままだが、焦り始めた様子が手に取るように分かる。



「フェトラスは新種……つまり、魔族を一部だけだが食ったんだ」


「……………………」


「微量とはいえ魔族を食ったんだ。そりゃ、かなりの経験値になっただろうさ。もしかしたら毎食に仕込んでたりしてたか? お前の怪我の治りが微妙に遅かったのは、魔族と人間の身体の違いとかじゃなく、フェトラスに自身を食わせ続けてたからじゃないのか?」


「何が……言いたいのだ?」


「引っ越しの時。森に入ったらモンスターに襲われた。その次の朝。家の前には大量のモンスターの死骸が転がっていた。全部お前が殺したんだ。そして森の中でもモンスターに襲われなかったフェトラスと俺……そういえば、俺達が勝手に森に入ったらお前、えらく怒ってたよな」


「……………………」


「なぜ怒ったのか。都合が悪いからだ。じゃあ、その都合って何だ? ――――嘘がバレることだ。つまりモンスターから敵視されていたのは……カルン、お前だ」


 簡単な推理だ。それを耳にしたカルンは深呼吸して、感情のこもっていない瞳で俺をにらんだ。


 だからなんだという気持ちを込めて口を開く。


「魔法か、フェロモンか……。手段は知らん。とにかくモンスターを挑発して刺激しただろ。まだフェトラスがフェロモンを制御していないと、錯覚させるために」


「何故、私はそんな面倒な真似をしたのだ?」


「門番という役割を得るためだ。フェトラスの近くにいるため……それが理由だ」


「そうならば最初から血など飲ませなければいいだろうに」


「今のは自白か? まぁ、どっちでもいい。血を飲ませた理由は、その方が都合が良いからだ。不測の事態に備えられる。フェトラスの早期レベルアップもお前の望みだろう。もしかしたらフェトラスが自分の実力に気がついた時に、後でネタばらしをして評価を得たかったのか? うっわ、姑息」


「ぺらぺらとよく喋るな、人間」


「そしてコレが一番の理由だろうが……時期を見て徹底的にモンスターを呼んで、それを対処する自分を見せつけたかったんだろ。まるで放火する火消し師みたいに」


 思えば死の鳥ディリアも、似たような理由でカルンに卵を奪われたのかもしれない。けれど、俺はあえてそれを口にしなかった。今ここでディリアの話しをするのは、フェトラスの心情的にも避けたい。


 ……そういえばこいつ、どこからディリアの卵を調達してきたんだろうか。そしてその理由は? それだけは聞いてみたい気がした。


(でもやっぱり、ディリアの事は聞けないよな。勝手に想像するか)


 カルンは飛べる。色々な動物を狩ってきたりもしていた。見たこともない動物もいた。どこからそれを持ってきた? そんな疑問に対する答えは一つしかない「この近隣ではない所で狩りをしていた」のだ。


 カルンは飛べる。ああ、もしかしたら上空を旅をしていたディリアのつがいをさらって、育てていたのかもしれない。何のために? フェトラスに食わせるために。


 そこら辺で俺は想像を止めた。突き詰めてしまえばディリアの事などどうでもいいのだ。重要なのはカルンの行動理念。


 放火する火消しとかどうでもいい。モンスターを自分で呼び寄せて撃退するのも構わない。フェトラスに「カルンさんすごーい!」と言われるために懸命に努力するのはカルンの勝手だ。



 だがコイツは、死の鳥という『毒』を俺の娘に食わせようとしたのだ。


 それは十分に、俺がコイツを殺す理由たり得る。 



 カルンもフェトラスも何も言わない。だけど徐々に敵意が膨らんでいるのが分かる。


 緑色の敵意が、もうすぐ殺意に変わる。


「放火する火消し……自作自演ということか……ふふ、想像力もそこまでいけば大したモノだな」


「だが筋が通っている。お前の不幸は、結果を急いだことだ。もっと時間をかければ良かったのに、引っ越して一週間も経たずに化けの皮が剥がれちまうんだからな。……反論出来るならしてみろよ」


「その必要などない。お前の思いつきの嘘などに付き合ってられんからな」


「……何故フェトラスに忠誠を誓う?」


 カルンはわらった。


「何故? 愚かなことを聞くのだな。魔族と、魔王だぞ? “魔”の名を冠する我らと、その“王”だぞ? 神が与えしヴァベル語が既に証明しているではないか。そして王に頭を垂れるのは当然の事よ」


「名前……それだけで?」


「殺戮の精霊は我ら魔族の上位存在だ。そして“魔”で世界を埋め尽くすという、同じ目的を有している。自分より優れた者が先導してくれるというのは、とてつもない安心感と充足感がある。人間だってそうだろう? 想像してみろ。もしお前等の軍勢の先頭に英雄が立っていたら、士気はどうなる?」


「まあ高まるけどさ」


「これは盲信ではない。本能だ」


 断言だった。


 それ以外に理由など必要無いという、まさに盲信だった。


 だが俺はその強い感情に価値を見いだせなかったので、臆することはなかった。


「人間が神や天使を信仰するのと似ているな」


「神や天使が降臨した事はただの一度も無いがな」


 カルンが浮かべた笑顔には、何らかの思惑が読み取れた。それを見て、俺の中で確信が生まれる。


「お前は俺の事を害虫って呼んだけどさ」


 遮るものが何もない砂浜に声が通る。



「お前の方こそ害虫に見えるぜ、カルン。お前はアイツの力にたかってる、蠅だ」



 俺はカルンに、強者たる生命体である魔族に、はっきりと宣戦布告した。





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