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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
189/286

5-17 寂しくて、悲しくて。だから。



 ズレた闇からこぼれ落ちるモノ。


 それは頭から真っ逆さまに落下していたが、気が変わったかのようにフワリと降り立った。


 遠目でよく見えないが、なんだアレは。


 得も言われぬ不安感を覚えた俺が後ずさると同時、ロキアスがそれに向けて一歩踏み出した。


[おや……おやおやおや……これはまた、凄い事になってきたな]


「………………」


[さてさて。君は誰かな? というよりも君はナニかな? どういうことかな!? ここは招待客以外は訪れようの無い場所なのだけれども……!]


 声が完全にワクワクしていた。一歩、また一歩とそれに歩み寄り続けて、やがて彼は立ち止まった。


[ねぇ、そこの君? 言葉は通じるかな?]


「…………あ…………」


 声をかけられて、ほんの少しだけ応じるような動きを見せる。


 それは――――どうしようもないくらいの、深い殺意を伴って。


「【哀殺】」


 即死の魔法を放った。


[へぇ。【霧至】]


 だが事も無げにロキアスはそれを受け流す。


[……ふぅん。なるほど]


 対象が死ななかった事を不思議に思ったのか、ソレがロキアスを眺める。そして、ぐらりと頭を動かして周囲の様子をうかがった。


「……あ……ろ……」


 傾いた頭。白い髪の隙間から、こちらを凝視する夜空のような瞳が見える。


「えっ……」と、驚きの声が思わず漏れた。まさか、そんな。


 そして彼女・・はロキアスを無視して、否、何もかもを無視して。ゆっくりと、だが真っ直ぐに俺の方へと歩み始める。


 闇の中、その小さな身体で一生懸命に両腕をこちらに伸ばしながら。まるで子供のように。


 機敏な動作でフェトラスが俺を庇うように前に出たが、その必要は無かった。


「……ろ……る……ロイ……ル……」


 その小さな子は、俺の名前を呼んだのだ。


 そして段々とその姿が明確になっていく。最早疑いようもない。あの極めて不吉な存在は、俺の家族の一員だった。


「…………演算の魔王」


 そして俺が彼女の名前を呼んだ瞬間に、虚ろだった表情が泣き顔へと変わった。


「ロイル……ロイル……!」


そっとフェトラスの腕に手をかけて、ゆっくりと道を譲ってもらう。


「……大丈夫だフェトラス。あいつは俺達の味方だ」


 そして俺は、こちらに向かって走ってくる演算の魔王を出迎えた。


 長い時間待ったような気がする。俺はひたすら両腕を広げていた。そして彼女は静かに俺の胸の中に飛び込んできて、しくしくと悲しそうに泣いた。


「ろい、ル……ロイル……もう会えないかと……本当の本当にどうしようもなくなったのかと……」


 それは悲鳴のような慟哭だった。それを耳にした俺は胸どころか呼吸さえも詰まってしまったが、勤めて気丈さを保ちながらいつも通りの言葉を口にした。


「大丈夫だよ。……まぁ、現在進行形でとんでもない事に巻き込まれてる感はあるが、とりあえず無事だ」


 よしよしと彼女の頭をなでて、その小さな身体を抱きしめてやる。


 小さい。本当に小さい。その内側の強大さは計り知れないが、その器はあまりにもか弱い。


 そんな風にして彼女を抱き留めていると、すごい表情でフェトラスがこっちを見ている事に気がついた。怪訝というか、ちょっとスネているというか。


「お、お父さん……その子、誰?」


「あー、ロクに紹介もしてなかったな。演算の魔王だ」


「演算……ああ、お父さん達と一緒にいた、最初は姿が見えなかった子か……」


「そうそう。んでお前が華麗にブッ飛ばしちまったわけだが」


 ちょっとイタズラっぽく言ってみると、フェトラスは苦笑いを浮かべた。


「それは後で謝るとして、演算の魔王さん? は……どうやってここに?」


 素朴な疑問である。確かに。どうやってここに来たんだこいつ。っていうかそもそも、俺達自身もどんな方法でここに招かれたのかはよく分かってないが。


 演算の魔王はしくしくと泣いて、ギュッと俺を抱きしめるばかり。とりあえず落ち着くまで待つかと思っていたら、スキップしながらロキアスが近づいてきた。


[いやー、すごいすごい。ロイルとフェトラスの周辺にはあり得ないことが満載だね。たまらない]


「軽いな、お前」


[一生懸命興奮を抑えているんだけど。それとも、ちょっと重たい雰囲気出してもいいのかな?]


「そのままのキミでいて」


 不穏すぎる。一瞬で目のハイライトが消えてしまったロキアスから、俺は顔をそむけた。


[ははは。実際ちょっとビックリし過ぎて観さ、いや、見守ってしまったけど、どういうことだい?]


「……別に観察って言い切っても構わんぞ。お前の性格はもうある程度把握した」


[ご理解いただけて何よりだよ。さぁて、演算の魔王。イレギュラーの極地よ。まさかここまで来るとは思ってもみなかった]


 お前演算の魔王のこと知ってるのか? と聞きそうになって止めた。こいつは観察大好きマンだから、何でも知っているのだろう。


 しかし、イレギュラーの極地とはなんだ。


[君がここに単独で訪れるのは不可能だ。だが実際君はここにいる。どうしてだい? 何故だい? どうやってここに来た?]


 畳みかけるように動機と理由と方法を尋ねるロキアス。泣いている子供に向かってなんてヤツだ。


「せ、せめてコイツが落ち着くまで待ってやってくれよ」


[無理。質問が尋問に変わる前に、さっさと答えてくれた方が身のためだよ]


 ウキウキ感に、おぞましさが混じっていく。


[ねぇねぇ。演算の魔王。とりあえず一番重要なこの質問に答えてくれよ。――――どうやってここに来た?]


 しくしくと泣いていた演算の魔王が、一瞬静かになる。


 彼女はそっと俺の胸元から顔を離して、


「うるさい。【死散】」


 一瞬にして双角を膨張させた。


 そして究極的に突き詰めた殺意をロキアスに放つ。


 だがロキアスの表情はピクリとも変化しなかった。


[ほい、【還封】。うーん、先ほどの魔法でも思ったけど、シンプルで良い魔法だ。速度も見事。僕には効かないけど]


「チッ……」


 舌打ちを一つ。平然と死の魔法に耐えたロキアスを、ようやく演算の魔王は認識したようだった。


「…………誰、あなた」


[観測史上三代目の月眼・観察の魔王ロキアスだよ]


そう・・。ロイルとの時間を邪魔しないで。【屍散】」


 月眼の魔王を目の前にして、彼女の反応は淡泊だった。驚きはゼロ。あったのは先ほどよりも強烈な殺意だった。


[む。【循環封殺】……危なっかしい子だね君は。殺意が高すぎる]


 俺の胸元を舞台に殺害魔法の応酬が繰り広げられる。怖すぎておしっこチビりそう。


「や、やめんかお前ら!」


「うん。分かったよロイル」


[ケンカ売ってきたのは演算の魔王が先なんだけど……]


 極めて素直に俺の要請を受け入れる演算の魔王と、愉しそうに身体をわさわさと動かすロキアス。ついでに、ぷくーっと両頬を膨らませているフェトラス。


 なんだこの状況。




 どうやら泣き止んだみたいだが、演算の魔王は俺から離れようとしなかった。ギューって。見た目通りの子供っぽさを発揮しており、「絶対に離れません」という固い決意が見えた。


 もう俺の名前を呼ぶこともない。双角も落ち着いた。彼女はただ、俺を無言で抱きしめ続けた。この温もりを奪われたら死ぬと言わんばかりに。


 だがそうは言っても、ずっとこのままというわけにもいかない。俺は彼女をあやしつつ、そっと彼女に語りかけた。


「まさかこんな所まで来るとはな。しかしロキアスの質問じゃないが、どうやってここまでたどり着いたんだ?」


「…………ロイルのいる所なら、どこだって行くよ」


「う、む。だけどここってかなり常識の外側にある場所のはずなんだが」


「そんな所にロイルを連れ回したのはどこの馬鹿? 四肢をもいでやるから是非紹介してちょうだい」


「表現がこわい。っていうかそうじゃない。マジでお前どうやってここまで来たんだよ。魔法か?」


「……協力者が出来たから、そいつを頼ったのよ」


 その言葉にロキアスが反応を示す。


[へぇ。協力者。……ふーん? あいつか]


「心当たりがあるのか?」


[まぁね。カミサマの一人だろうよ。さっき僕を止めようとしたカミサマ共の中に、一体だけ発言しなかったヤツがいる。中立を司る四番目。Dのやつだ。――――そうだろうD?]


 ロキアスは空に向かって語りかけたが、反応はなかった。


[……ふむ。反応無しか。やっぱりここへの干渉は無理なようだね]


「よく分からんが、単純にお前の仮説が間違ってる可能性は?」


[ここは源泉の外側にして、月眼の間の外側。誰かがココに来るためには、僕かカミサマの手助けがないと絶対に無理なのさ]


 ロキアスはちょいちょいと俺にサインを送り、口をパクパク動かした。


『彼女の目的を聞いてくれ』


『俺が?』


『ロイルの言葉以外聞きそうにないからね』


 確かに。


 俺はひそかに納得して、演算の魔王に語りかけた。


「で、こんな所まで追いかけてきた理由はなんだ?」


ワタシがロイルの側にいるのは当然のことじゃない」


 うん。お前はそういうこと言うヤツだよな。特に目的は無いようだ。


「それじゃあ、これからどうするつもりだ?」


「どうって……ロイルはどうしたいの? ワタシはそれを叶えるだけだよ」


 ようやく俺の胸元から顔をあげた演算の魔王は、不思議そうにそう言った。


ワタシの願いは、ロイルの願いを叶えること。それだけ」


 うん。お前はそういうヤツだよな。


 俺が苦笑を浮かべると、フェトラスがずいと俺に近づいてきた。


「ちょっ……ちょっといいかな?」


「どうしたフェトラス」


「いやお父さんじゃなくて、そっちの子に用が。あの、とりあえずわたしのお父さんから離れてくれる?」


「嫌よ」


「ず、ずっと同じ体勢じゃお父さんもきついだろうし」


「あんたに指図されることじゃない。あっ、でもロイル、きつくなったらすぐ言ってね?」


「むむむ」


 フェトラスは俺から離れようとしない演算の魔王を見て眉間にシワをよせた。


「……わたしのお父さんなのに」


「えっ」


 少しびっくりしてフェトラスの顔を見える。


 え、やだ、うそ。もしかしてこの子、ヤキモチ焼いてる……?


 フェトラスが何かに嫉妬するなんて初めて見た。俺はなんだか嬉しくなって、左手で演算の魔王を抱いたまま、右腕を広げた。


「せっかくだ。お前も来い。こいつのことをちゃんと紹介してやろう」


「……ん!」


 ぴょん、と俺の腕の中に収まるフェトラス。とは言ってもやはりデカイ。俺はバランスを崩さないように身体を動かしながら、少しだけ微笑んだ。


 ああ、俺はいま家族を抱きしめてるんだなぁ、という深い感慨と共に。


[いったい僕はなにを観察させられているんだろう……]


 そんな感動的な光景なのに、ロキアスが発したのは呆れた様子のものだった。こいつ、さては情緒がないな? 感情を無くしたな? 


「せいぜいキッチリと観察しろよ。ただの人間が魔王を二体抱きしめるという、ちょっと珍しい光景だぞ」


[ちょっとどころじゃないよ。僕が発生してから初めて見る異常事態だよ。というかそもそも、なんで二人はお互いの事を認識出来ているんだい?]


「……は? どういうこと?」


[殺戮の精霊・魔王はお互いの存在を知覚出来ないよう制限がかけらているのさ。うっかり出会って殺し合いをされたらたまらないからね]


 なんと。


「魔王同士は、お互いの姿が見えない……のか」


[共食いする家畜を同じ檻に入れたりしないだろう? それと同じ。そりゃたまには明確な意思を持って他の魔王と接触しようとした子もいたけど、そういうケースは珍しいからね。どうでもいい個体同士なら放っておくけど、どちらかが貴重な魔王の場合は、管理者を使って引き離してたりしてるんだよ]


「どうりで魔王が共闘しないわけだ。実はちょっと不思議に思っていたんだよな。魔王が三体でも協力しちまえば、あっという間に世界は干上がるのに、って」


[もちろん共闘阻止の意図もあるよ。世界の維持はとても重要な案件だ。そういうわけで、殺戮の精霊・魔王は互いに言葉を交わせないのさ。――――しかし君たち二人は違う。どういうことかな]


 俺に片手で抱きしめられていたフェトラスが、そっとロキアスの方を振り返る。


「それはわたしがやった。姿は見えなかったけど、いるって分かったから魔法を使って見えるようにしたの」


 フェトラスがそう答えると、ロキアスはなんとも言えない表情を浮かべた。


[すごく高等なことをしたねぇ。よければ呪文構成を教えてくれないかい?]


「えっと、存在を……存在の前提を疑って、その空間ごと停止させて、定めるみたいな」


[無意味に複雑なことを……いや、そうでもないか。定めたからこそ、フェトラスだけじゃなく演算の魔王も同調出来たのか……なるほどね]


 重ねて言うが、ぜんぜん分からん。


 置いてけぼりにされそうだったので、俺は率先して口を開いた。


「とりあえず状況をまとめさせてくれ。演算の魔王は、神様の手助けでここに来た。見えないはずの二人が見えてるのは、フェトラスのせい。よし、そこまではいい。それでこれからどうすりゃいいんだよ」


[どうすりゃ、とは?]


「…………演算の魔王は、今後どう振る舞えばいいんだ?」


[どうだろうねぇ。彼女は銀眼ですらない、普通の魔王だ。このステージに立つには役者不足にも程がある。せっかくお越し頂いたけど、退場してもらうのが一番かな]


 ロキアスが事も無げにそう言うと、演算の魔王が起動した。


「…………普通の魔王だと、この場にいる資格がないの?」


[無いよ? まぁ言ってしまうなら、銀眼の魔王ですらここに立つ資格は無いんだけど]


「そう。でも――――貴方を殺せば資格はもらえそうね? 月眼」


 胸元の演算の魔王は、とても自然に、その瞳を銀色・・へと変貌させた。


「ツッッ!」


 こいつ、突破・・しやがった――――!


 反射的に演算の魔王を抱きしめる。何かよくないことが起きませんように。そんなあやふやな祈りを捧げて、俺は彼女をギュッと抱きしめた。


「やん。ロイルったら情熱的……」


 うっとりした口調を抱いた演算の魔王を抱きしめながら、俺は早口で訴える。


「よーーーしよしよしよし! 落ち着こうなぁ!? 演算の魔王、よくぞここまでたどり着いた! しかしながらこの場にいるのは俺と月眼の魔王だけだ! お前が何をしようとしても、悲しい未来しか訪れないから妙な行動は止めてくださいねぇぇぇ!?」


「……悲しい未来って?」


「お前が殺される未来だよ!!」


「…………ロイルがワタシが殺されると、悲しい?」


 間抜けな質問だと思った。


「当たり前じゃねぇか。――――俺達、家族だろ?」


「………………ん」


 心臓がドッキンドッキンと鳴りまくりだが、胸元の演算の魔王から物騒な気配が引いていく。それに伴い双角も縮んでいき、俺はひっそりとため息をつくことに成功した。


「………………えーと。落ち着いたか?」


「それはよく分からないけど、とりあえずロイルがワタシの事を想ってくれて幸せ」


「そりゃ良かった」


 今度こそ「ふぅ」と明確にため息をつく。


 演算の魔王がどうやってここに来たのかはよく分からないし、何をしに来たのかもよく分からんが、とりあえずは落ち着いたようで何よりだ。


 俺は余韻を楽しむかのように、彼女の頭をなでた。


 小柄で、白髪で、薄い黄色の精霊服をまとう、俺の家族を抱きしめた。



 その結果。


 ロキアスは[……落ち着いた? 落ち着いたよね? じゃあ質問していいよね!? 答えてくれるよね!? なんでDは君をここに招集したのかなぁ!?]と目を血走らせ。


 俺に抱きしめられたままのフェトラスは「そろそろお父さんから離れてもいいんじゃないかな!? サービスタイムは終了だと思うんだよね! わたしのお父さんなんだから、早く返して欲しいなぁ!?」と。


 両者大興奮の様子で演算の魔王へと詰め寄ったのであった。


 弛緩した空気。穏やかな時間。それぞれ思う所はあるだろうが、歩み寄ろうとした瞬間。



 ――――それが不味かった。



 演算の魔王はロキアスの方を向き、人差し指を立てる。


「お前に全てを説明してやる義理はない。ワタシとロイルの時間を邪魔するな」


 そして今度はフェトラスの方に視線を送り、二本目の指を立てる。


「――――わたしのお父さん? 違うわ。ロイルはワタシのモノよ」


 胸元から発せられるのは、憎悪であり銀色の音色。殺意では足りない。殺戮の意思ですらない。そこから発せられる死臭は、『存在の抹消』を望むが如く冷徹な誓い。


 故に発せられた魔法は、ロイル演算の魔王じぶん以外の全てをブチ殺すための、凶悪な祈り。



「永遠に死ね。【貫通絶死】」



 耳が腐り落ちたかと俺は錯覚した。


 それぐらい、演算の魔王が放った魔法は「みんな死ね・・・・・」という音色以外を含んでいなかった。


 抵抗は無駄だ。絶対に、死ね。そんな魔法。


 一般人である俺は魔力を、正確には魔力量というべきか――――とにかく演算の魔王が放った魔法がどのぐらいの威力を持っているのか実感出来ない。だけど、そんな前提を軽く無視するレベルで演算の魔王が怖ろしい存在なのだと実感することが出来た。


 この子の魔法は、きっとこの空間ですら殺し尽くすのだろうと。



 しかしそんな壊滅級の魔法を前にして、


[【防死】ってね。本当に殺戮の塊だな君は]


「【デザートタイム】! ……怖ッッ! いきなり何するの!?」


 月眼の魔王と、俺の愛娘は軽く死刑宣告をスルーしたのであった。



 風の吹かない空間で、強調された凪のような時間が訪れる。



 ロキアスとフェトラスは演算の魔王から距離を取り、それぞれに迎撃の構えを見せる。


 俺は恐怖で硬直している。


 そして演算の魔王は、ゆらりと俺の胸元から離れた。



「どいつもこいつも……邪魔ばかり……邪魔じゃま邪魔ジャマ邪魔じゃま邪魔……!」



 そこにいたのは、正真正銘の銀眼の魔王だった。


 月眼よりも弱い魔王という意味ではない。



 全ての存在にとって、正真正銘の天敵。


 それが銀眼の魔王だ。



 だめだ。絶対に誰か死ぬ。


 そんな事実を受け入れた俺は、強く演算の魔王を抱きしめた。


「いい加減に落ち着けよ! お前の敵はここにはいない!」


「……ロイル。ここにはワタシとあなたを邪魔する者しかいない。つまり、あなたの敵しかない。イコール、ワタシの敵しかないない」


「なに言ってんだお前!? フェトラスは俺の敵じゃねぇよ!! ロキアスは知らんけど!」


[ひどくない?]


「クソみてぇな本音だよ!!」


「じゃあ、そこのロキアスからまず排除するね」


「月眼の魔王にケンカ売るなよなお前!?」


 俺は必死で彼女を抱きしめていたが、いかような技なのか、するっと演算の魔王は俺から離れた。


「覚悟しなさい、なんて無粋な台詞は言わない。ただ、死ね。月眼のゴミ」


[…………うーーん。面白すぎる]


 トッ、トッ、トッ。そんな足音を立てて、両者が適切な間合いを取る。


[なんだかよく分からないけど、イレギュラーの極地たる演算の魔王よ。君は僕に全てを見せてくれるのかな?]


「あははっ。死ね。【天死法踊】」


 戦いの火蓋はほんの一瞬のうちに切られてしまったであった。






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