5-16 銀眼の魔王フェトラス
フェトラスと楽園で暮らす。
そのフレーズはある意味で完璧だ。俺達の理想の未来と言ってもいい。
だけど、その楽園は欠落している。
シリックがいない。ザークレーがいない。それどころか、誰も居ない。
それはもしかして寂しい世界なのだろうか。実際にその楽園とやらを目にしてないので、そこがどんなに素晴らしい場所だと語られても、やはりマイナスの要素が目に付く。
楽園……ああ、そうだ。俺とフェトラスが初めて出会ったあの無人大陸こそが、俺達の未来図に近いのかもしれない。
あんな風に食事を摂って、家とか道具を作って、フェトラスと楽しく暮らす。
悪い案じゃない。むしろ願ったり叶ったりとも言える。なにせその未来図は既に一度描いているくらいだ。しかも今回はカミサマの保証付き。魔獣なんて襲ってこないし、クソマズいモンスターもいないだろう。
「……なぁロキアス。その楽園には動物とかっているのかな」
[君たちが望むのなら。君たちがそう予想するのなら、きっと生まれてくるだろうね。知的生命体はあんまり期待しない方がいいけど、ペットぐらいなら飼えるんじゃないかな]
「そっか……楽しく、幸せに、満たされて生きていけるのか……」
[もちろん]
ニッコリと笑ったロキアスは片膝をついて、フェトラスに顔を近づけた。
[どうかな。十三番目もそれで納得してくれないかい?]
「…………」
[シリック達にもう会えないのは残念かもしれないが、それは仕方の無いことなんだよ。人は、命はいつか死ぬ。それを覆すには途方も無い摂理が必要なんだ。そしてそれが許されるのは月眼の魔王である君と、その愛の対象であるロイルだけ]
「…………ッ」
[君がなんの魔王なのかはよく分からない。けれど、ロイルのために僕に牙を剥いた君の愛は本物だ。月眼の魔王と敵対出来る理由なんて、愛以外に無いのだから]
まるで見守るような視線だった。優しく、慈愛に溢れているような。
俺は自身の緊張感が失われていく感覚に抗うのを止めていたので、その眼差しに同調する。
「そうだぞフェトラス。俺も、お前さえいればいい。二人で仲良く楽しく暮らそう」
「……!!」
優しく話しかけたつもりだった。だけど、フェトラスの目に浮かんだのは驚愕だった。
「お父さんは、もうシリックさん達に会えなくても、いいの?」
「…………仕方の無いことなんだ」
「どうして。なんでそんなこというの。おかしいじゃない」
フェトラスは俺の腕のなかでもがき、震えながら立ち上がった。
「まだだよ。まだ諦めちゃだめ。きっと何か出来る。わたしは、欲しい物を全て手に入れてみせる」
[……ロイルだけじゃ足りないのかい]
呆れたようにロキアスが呟くと、フェトラスは憎悪の視線で彼を射貫いた。
「お父さんだけじゃ、足りない……?」
[……そうだとも。ロイルは君がいればそれでいいと言っている。だけど君は違うのかい、十三番目。君はロイルだけじゃ満足出来ないと? ――――ロイルは、その愛の全てを捧げるのに相応しくないとでも言うのかな?]
そうだぞフェトラス。俺だけじゃだめか? そんなこと言われると、お父さん少し悲しいぞ。
――――なんて台詞は、俺の口から出ることがなかった。
その娘の瞳は、美しく凍り付いた銀色を示していた。
敵意。殺意。そこに愛は無い。
彼女は今、敵を目の前にした。
「お前が……お前如きが……お父さんを、わたし達の全てを知ったように語るな……」
[……ははっ。ごとき、とは言ってくれる。たったいま僕に惨敗したっていうのに、まだやる気かな? 散々手加減されておいて、まだ噛みつく意思があると?]
「お父さんは、弱いんだ。だけどとっても優しい。わたしのために危ないこと平気でするし、時々はイジワルだってしてくる。でもわたしのことを一番に想ってくれるし、だからこそ強く在る。けど、それでも!」
凜と、彼女は背筋を伸ばして再び臨戦態勢を取った。
「わたし以外に何も欲しくないお父さんなんて、ただの人形と同じだ!!」
しぼみかけていた双角が再び密度を増していく。
「わたしはお父さんの一番でいたい。だけど! わたしがいれば二番目はいらないだなんて寂しいこと、絶対に言わせない!」
精霊服に魔力が通う。汚れ、傷、切り裂かれた跡。その全てが漆黒へと染まっていく。
「わたしの願いはもう定まっている。わたしは、お父さんを幸せにしたいんだ! わたしだけじゃ足りない部分も、全部全部埋めてみせる!」
[――――やれやれ。君は本物だね十三番目。盲信でも独占欲でもなく、依存心はあっても独善的ではない。献身とはまた違うようだけど……思いやり、なんて言葉でまとめられるほど安くもない。ああ、いいね。君の愛はちゃんと突破してる]
「フェトラス……」
「お父さん、離れてて」
[ロイル。離れていたまえ]
銀眼が煌めき、月眼が満ちる。
そんな二人を見て、俺は正直な気持ちを吐露した。
「もう……やめてくれ……戦う必要なんてないだろう? ロキアスも勘弁してくれ。フェトラスは落ち着いてくれ。俺は……お前さえいれば、ちゃんと幸せだよ」
「甘い……あまぁぁぁい! 足りない、全然足りない!」
「フェトラス……その気持ちは嬉しいが……」
「わたしはまだ料理が出来ない!」
「…………ん?」
「知らない事だってたくさんある! 見たことも聞いたことも、想像したことさえない料理がまだまだいっぱいあるはずなんだよ!? 誰も居ない世界で、誰がそんな美味しいご飯を作るのよ!」
「お、俺が頑張って作るよ」
この状況で何言ってるんだお前。そう思ったが、フェトラスの顔は今まで見た表情の仲で一番鬼気迫っていた。
「お父さんに料理を教えてくれたマーディアさんは、楽園にいないのに!」
マーディア。それは木こりのムムゥの嫁。カフィオ村で俺に料理を教えてくれた人。
「それだけじゃない。楽園にはバリンおじいちゃんも、優しいセーヌさんも、お父さんに農業を教えてくれたディルも、ムムゥさんも村長さんも! ……リリム君も! 誰も、いない!」
あげられたのはカフィオ村でフェトラスが仲の良かった人達。
「ザークレーさんも、ティリファさんも、ドグマイアさんも、騎士の人達だって、行者さんも、アイスを売っていたおばさんも、オサシミを作ってくれたコックさんも!」
様々な名前が連なる。
「ガッドル船長も、初めて牛肉を食べさせてくれた人も、お塩をわけてくれたおじいちゃんも! ユシラ領のフォート君も、宿屋のおじさんも、屋敷にいた優しい領主さんやメイドさん達も! そして何より!」
――――ああ、そんな風に名前を挙げていくのなら、やっぱり最後はアイツだよな。
「シリックさんが! いない!」
心に力が少しだけ戻る。
ロキアスには、そして神の定めたレールからは逃れられないだろう。やつらは強大だ。入念だ。準備期間がそもそも桁違い。ここまでお膳立てされて、その神の理から逃げるのは不可能としか思えない。
だけど。
そうか。シリックが、いねぇのか。
何度も考えたことだ。楽園にシリックはいない。ああそうさ。何度も考えたし、想ったさ。
けれどこの空間における謎の思考緩和状態のせいでその事実は遠い世界の話しに思える。
だけど、今。フェトラスは本気で叫んでいる。その欠落を許すなと、全身全霊で表明している。
そうやって改めて突きつけられると――――もうこれ以上、許容出来るはずもない。
「ついでにカルンさんもいない!」
喜べカルン。お前もちゃんと『大事なものリスト』に入ってたぞ。
「誰も居ない楽園……そんなの楽園じゃない。ただの狭い部屋と同じだ!」
そうか。そうかもしれないな。少しずつ、段々と、ゆっくりと心が帰ってくる。
――――だけど、やはり足りない。
銀眼のフェトラスの前に立ち塞がるのは、三代目月眼の魔王。
いかにフェトラスの気迫が十分でも、その実力差は絶対に覆らない。
勝てるわけが、ないのだ。
「それにね」
「……ん?」
「狭い部屋だとしても、二人で過ごすのは楽しいかもしれない。でもね、足りないの。お父さん覚えてる? カフィオ村で唱えたわたしの魔法」
「なんのことだ……魔法なら、結構な数を練習したりしてたけど」
「唐揚げ食べたい、って魔法」
[……は? 唐揚げ?]
言葉を挟んだのはロキアス。
対して俺は、すんなりと思い出した。
『幸せだった時のことを思い出す魔法』
そうだ。あの時俺は。
「お父さん、友達と会ったって言ってたよね」
「……ああ」
トールザリア。隊長にして親友。そして、俺の親父。
彼の遺志を継いだ俺は、その形見のネックレスを身につけている。彼が俺にとっての父親だったと自覚した、あの時から。
そっと服の上からその無骨なネックレスを握りしめる。
「あの時のお父さんの顔、上手く言えないけど……たくさんの気持ちに溢れてたよ」
「……そうだな」
「このまま楽園送りになんてされたら、もうその人には会えない」
「……いいや、その人はもう死んでるんだよ」
だから、もう。
「そうだとしても。この先々で、そんな友達がまた出来るかもしれないじゃない」
それは失った者への言葉ではなく、俺の未来の話だった。
俺は呆然とフェトラスを見つめた。
そこには、柔らかな眼差しで愛を語る銀眼の魔王がいた。
「そんなお父さんの幸せの可能性を、わたしは取りこぼさない。逃さない。ここ重要だから、もう一回だけ言っておくね」
彼女は誇った。
「わたし『が』お父さんを幸せにしたいんじゃない。わたし『は』お父さんを幸せにしたいんだ!」
俺は自然と後退した。
ここに立っていたら、フェトラスの邪魔になるからだ。
「さぁ、ロキアス! 今から本気の本気で挑むから、ちょっと感心したらわたし達に協力してください!」
[ははは。激烈な啖呵を切ったかと思えば、最終的には下手に出るのかい]
「勝てそうにないからね! その天外のなんちゃらとはちゃんと戦うから、わたし達を元の世界に、元の状態で戻して!」
[契約するつもりはある、と。うーん。しかし法外な要求だ。あの世界はもう管理が効かない。元通りにするのはとんでもなく骨が折れるし、何より次の月眼が収穫出来なくなる]
「その次の次の次の月眼の分まで働くから、どうにかしてください!」
[言うは易し、だよ。戦闘向けじゃない僕にすら勝てないのに、どうやってそれを証明する?]
「証明は、今から! 絶対一泡吹かせてやるッ!」
[やれやれ。頑固な子だ。月眼ですらなくただの銀眼で僕をどうにか出来るだと? ――――その傲りだけは、観察すれど看過しがたい]
まぁいいだろう、とロキアスは構えた。
[ロイル。もっと離れて。今から十三番目に少しばかりキツめのお仕置きするけど許してくれよ?]
言われるまでもなく俺は管理精霊サラクルが控えていた場所まで退避。
ネックレスを再び握りしめる。
なぁトールザリア。俺の娘が、めちゃくちゃに格好いいんだが。
『がはははは! 負けてられんなロイル!』
妄想は正しく予想外の言葉を放った。
そうか。そうだよな。
――――負けてらんねぇよな?
もし戻れるのなら、あんたの墓参りに行こうと思う。
ああ、なんてこった。
約束を思い出してしまった。
なぁトールザリア。あんたの娘はそろそろ結婚ぐらいしてるかもしれないが、その様子を俺は兄として見に行かないといけないな。
『カス野郎だったら俺の代わりに殴っといてくれよな!』
任せとけ。
ああ、なんてこった。
あの世界に戻る理由が、滅びてほしくないという祈りが、どんどん溢れていく。
俺はフェトラスとロキアスを見た。
今度は応援なんてしない。
むしろ俺が頑張らなくてはならない。
こっちは徒手空拳。いや、例え多斬剣テレッサがあってもどうしようもないのだろうけど、それでも。
(いざとなったら、俺がロキアスの動きを封じる……!)
魔王テレザムの時の要領だ。飛びかかって、押さえつける。
きっとカスの役にも立たないだろうが、絶対に意表は突けるはずだ。
(俺の幸せのために頑張ってる娘に、全部ブン投げるわけにはいかねぇよなぁ!)
俺は全身の力を入れ、その時を待った。
待った。
待った、のだが。
その機会は訪れそうになかった。
[さぁおいで。銀眼如きの力で何を見せられるのか、愉しみにしてるよ]
「上等ッ! 大体月眼の時は頭が冴えすぎて、変な感覚だったんだよ! やっぱこっちの方が慣れてる!」
[……?]
「では一発目! さっき唱え損ねたから、実はちょっと欲求不満だったり! いっくぞー!」
[気合い十分だね。……いいだろう! 見せてみろ!]
「【クリームッ!」
[……ん?]
「ッ!パスタ】ぁぁぁぁ!」
[……んんんん!?]
フェトラスの背後から、ブゥン、と巨大な腕が二本現れる。
「どおりゃああああ!」
[ちょッ!?]
荒れ狂う白き腕をロキアスは器用に避けて、だけどその表情には驚きと、やや遅れての歓喜がわいて出ていた。
[なッ……なんだそれ!?]
「チイッ! 本当に避けるのが上手だねロキアスさんは!」
[い……いやいやいや! 今の何!? は? 風? いや違う……物理? いやそれだともっと変だ。っていうか、そもそも今の呪文構成は何だよ!? ありえない!]
「まだまだー! 【豚の生姜焼き】!」
[ぶた!?]
現れたのは厚みのある円盤。それが高速で回転し、熱と雷を放つ。それを見たロキアスは即座に体勢を立て直し、何やら呪文を唱え始めた。
[え、と……斬撃、炎と雷だから……あああ! なんだそれ!?]
「いっけー!」
[とりあえず【水椀鉄壁】!]
現れたのは水の回廊。なだらかにカーブしたそれはフェトラスの魔法の軌道をそらし、段々と弱体化させていった。
「次ィ! 【ほうれん草ハンバーグ!】」
[意味不明にも程があるぞ十三番目ッ!?]
ドガン! ドガン! と、灼熱の岩石がロキアスに向かって複数投げつけられる。その様はまさに火山噴火。怖ろしい勢いで死の塊が飛来し、ロキアスは割と本気で驚きながらそれを避け続けた。なおその表情に余裕は一切無い。
「…………ロキアスが、押されてる?」
それは意外な光景だった。フェトラスが例の「食べ物シリーズ」を使い出すと、明らかにロキアスの平静は奪われていた。
しかしそれは狼狽ではない。どちらかと言うと、新しいオモチャを見た子供の反応のようだった。
次々と繰り出されるフェトラスの「食べ物シリーズ」は、俺も見たことのない新しい魔法ばかりだった。っていうかあいつ、やっぱり腹減ってるんだろうか。
まるで全てを蹂躙するように、フェトラスはバンバンと魔法を唱え続ける。
[クッ……これならどうだ! 【乾槍装砕】!]
ボロボロに崩れそうな槍が無数に出現。それが土石流のように色々なものを撒き散らしながらフェトラスに迫る!
だがそんな広範囲に及ぶ攻撃に対しても、フェトラスは舌なめずりをして迎撃の意思を示す。
「【ホイップクリーム大盛】で!」
ボワァン! と濃密な、雲のような塊がフェトラスの周囲に浮かぶ。見た目通りに柔らかそうなそれは、乱れ飛ぶ土塊をボフン、ボフン、と受け止めていった。
[ちょ……ちょっ! ちょっと待って! タイム!]
「あ。隙あり。……【デミグラスソースで煮た牛肉】ゥゥゥッ!」
俺は一歩踏み出すどころか、後退した。
隣りのサラクルも同様だ。
部屋の全てを包むかのような、巨大な暗雲。爆ぜる雷の予感。フェトラスもロキアスも姿が見えなくなる。
[こんなものっ。【否雷……いや違う!? 雷属性じゃない!]
「オマケにもってけー! 【余ったソースに白いパン】!」
[これは、圧縮の魔……!]
ロキアスの声は最後まで聞き取れなかった。彼を包む暗雲はギリギリとらせん状に捻られて、まるで雑巾を絞るように圧縮されていく。その余波で雷が生じていたようだが、それは攻撃のメインではなかったのだろう。
そして最後に、暗雲が白い塊に押し潰された。
ダァンッ! と。
そして全てがシンと静まり返った後で、地面に倒れ込むロキアスの姿が雲の中から現れた。
そのままロキアスは身動き一つ取らない。
死んだわけではないのだろうが、立ち上がらない。
「…………か、った?」
三代目と自称した、歴戦の月眼の魔王に勝った?
「え……マジで勝ったのか? 嘘だろ」
何故だ。
なぜ、勝てたのだ。
俺はわけもわからぬまま、彼女の名を呼ぼうとして。
「フェト」
[あははははははははははははは!]
遮るは哄笑。
倒れ込んだままロキアスは大きな声で嗤い始めた。
[なんだ……なんだそれは! 今のは何だ! ええ!? フェトラスッ!]
十三番目という呼称は去り、ロキアスは立ち上がった。
その目は爛々と輝いており、獲物を前にした獣の顔立ちをしていた。
「……どう、かな。ちょっとは感心してくれたかな?」
[今のは何だと僕が聞いてるんだフェトラスゥゥ! 答えろ! 今のは、なんだ! 何をしたッ!]
「なにって、普通に魔法だけど」
[あんなグズグズの呪文構成で、いいや、構成なんて呼ぶのもおこがましい! いまお前が行ったのは、あり得ない行為だ!]
「……もしかして効いてる? なら、畳みかける!」
決意を新たに、耳にかかった黒髪を後方に投げやるフェトラス。
そして同じく、ロキアスは獰猛に嗤った。
[いいとも、いいとも! さぁもっとだ! もっと見せてくれ! 僕に全てを示せ、開示しろ、詳らかにせよ!]
「ご期待に、沿えるかなっ、と! 【フルーツサラダ鳥肉添え】!」
次に空間を満たしたのは、緑色の刃と、巨大な岩石だった。その全ては交互に浮かび、整列し、まるで軍隊を相手取るかのような布陣を形成していた。
それを見たロキアスが、今度こそ常軌を逸した嗤いをこぼす。
[ひ、は、ひはははははは! しっかりと観察させてもらったが、まるで理解出来ない! なんだそのふざけた魔法は! それは既に魔の領域を超えているぞ!]
「驚いてくれたようで何より! ついでに【粉チーズとペッパー】もくらっとけー!」
活き活きと、元気よくフェトラスが笑う。同時に空間には白と黒のふわふわとしたモノが漂い始めた。
[緑の刃は毒か? 岩石が物理だとして、この白い雪は遅延要素! そして黒は……なんだ。なんなんだ。こんなによく見ても、分からない!]
まとわりつく黒い雪をロキアスが腕で払いのけると、彼の動きが硬直した。
[……こ、れ、は…………精神汚染、魔法……」
「……死んじゃったらゴメン! でも全力で行くから頑張ってね!」
[ふっ……ふひっ、ふひひひひひ!]
不気味な嗤い声を上げるロキアス。それはまさに、発狂した者の笑顔だった。
そして彼女は、大きく片手を振り上げて。
「【夢の宮廷料理ッ! フルコー」
それは流石にマズいのでは!?
《そこまで》
声が響いた。
耳にだろうか。脳にだろうか。空間にだろうか。
《介入開始》
《肯定。ロキアスが本気になると不味い》
《よしなに。どちらの脱落も許されぬ》
《――――》
《フェトラスの本気も見てみたいがな》
《新しい可能性を見た》
《異論はない》
それはそれぞれ似たような声だったが、何かが異なる音だった。
「嗚呼、神よ……」
隣りにるサラクルがそうこぼす。
神……神様?
静謐な空間の中、ロキアスの異様な嗤い声が響いていた。