表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
183/286

5-12 マインドロック



 そうだよ。



『ねぇフェトラスちゃん。お願いがあるんだけど。一回だけでいいから、私のことをお母さんって呼んでみてくれない?』



 ここには、シリックがいねぇ。



『ロイルさん! フェトラスさんのお母さんになりたいので、私と結婚してください!』


『すいません、良き妻になる自信は全くないのですが、良き母になれるよう全身全霊で頑張りますので末永くよろしくお願いします!』



 あいつがここにはいないのだ。



 とある、ちょっとした自覚・・を得た俺だったが、気恥ずかしさから頭をふる。おかしいなぁ。俺のタイプはもっとこう…………まぁいいや。


 それにザークレーはどうする。カルンはどうだ。演算の魔王は、色々な意味で大丈夫なのか?


 というかあいつら今どうなってんだよ。


 危機感を忘れたかと思えば、次はあいつらのことを忘れてた。何故だ。すっかり頭から抜け落ちていた。やべぇ。ごめんみんな。わざとじゃないんだ。



 そういえばここ、なんかヤバい場所だったな。


 ちょっと冷静になって考えてみろ。


 セラクタルがあって。死んだらみんな【源泉】とやらに行くらしい。


 つまり【源泉】とは天国と同じ意味だ。輪廻転生の通過地点だ。


 そして更にここは【月眼の間】。天国の先・・・・にある場所だ。


 大魔王と創造神が造り上げた、対「とんでもない化け物」用の兵器保管庫。


 どう考えてもヤバすぎる。生身の俺がいていい場所じゃない。


 この危機感を覚えられないというのは、何かの魔法効果なのだろうか。というか、そうとしか考えられない。だってあまりにも普通じゃない。


『お前が住んでた星は滅びるけどよろしくな!』と言われて「はいそうですか」で済ます神経は常軌を逸しているとしか言い様がないじゃないか。


 すーっと血の気が引いた。


 ロキアスが言うには、千年後にセラクタルが滅びると。


 いいや、違う。そうじゃない。


 最短で五年とヤツはいった。


 だがそれは「五年後に星が爆発する」という意味ではない。


 それは正しく翻訳するならば「五年後に全てが絶滅する」という意味のはずなのだ。そして滅びとは基本的に段階を踏むもの。であるのならば! その五年に到達する前に、シリック達が死ぬ可能があるのだ! 普通に考えれば分かることだろ!


 最早結末は確定している。


 あの星は、滅びに向かって加速している。


(今すぐ何とかしなければ)


 そんな焦りを覚えた俺だが、ちくしょうめ、一秒ごとにそんな焦りが消えていく。根拠の無い自信が、最悪の想定を誤魔化していく。「きっとなんとかなるさ」と。



「サラクル。今すぐロキアスを呼び出せるか? 早急に話したいことがある」


「……それは無理ですね。あの御方の愉しみを邪魔するなんて、自殺行為です。代わりのネタでもあれば別でしょうが、あいにく私はそんなもの持ち合わせてはおりません」


「ならそのネタは俺が用意する! 今すぐ呼び出してくれ!」


「…………お断りしたいです」


 おろおろと、管理精霊サラクルは動揺を示した。


「ロキアス様は大変理性的に見えますが、その性根は破綻しております。メメリア様のお言葉を借りるなら、ロキアス様は『純愛ラブストーリーの結末を血塗れサスペンスにしても喜ぶようなヤツ』ですので、あまり刺激するのは良くないのです」


「んんん!? そんなヤツなのか!?」


「ええ。ですからロキアス様の想定を邪魔したり、予想を超えるのは推奨しません。あの御方は『愉しそうだ』と判断すれば、物事の結末を変えることに躊躇いを持たない方ですので」


「死ぬ程厄介だな月眼の魔王め!」


 俺が焦りを隠さずにいると、俺から離れたフェトラスがそっと俺の頬に手を当てた。


「どうしたのお父さん」


「……お前もおそらく忘れているだろうが、今セラクタルは滅びの道を歩んでいるそうだ」


「らしいね。千年後とか言ってたけど」


「最短で五年だ。それは五年後に滅びるという意味じゃ無く、少しずつ崩れて行っているということだ。最悪の場合、一時間もしないうちにシリック……俺達の仲間達が死ぬ可能性がある」


 てん、てん、てん、と。


 まるで目に見えるかのように広間に沈黙が広がる。



「ああ。なるほど」


 そして間も無く、大人びたフェトラスはその体躯に見合うだけの双角をゴリュッと生やした。大人の片腕はありそうなサイズだ。


「そうなら、急がないと」


 ツカツカと出口に向かって歩き始めるフェトラス。それはかつて「入り口」だったもの。あの先には階段と闇しかない。長く伸びた彼女の脚は、あっという間に目的地の前にたどり着く。イメージとは違う速度。フェトラスの背中が実際よりも大きく見えた。


「ロキアスさんが言うにはここは【源泉】の外側だっけ。ねぇサラクルさん。わたし達が元いた場所に戻る方法って知ってる?」


「……物理的に戻ることは不可能です。距離がある、という話しではありません。階層がズレているのです。突破するにはそれに応じた魔法や手段が必要になるでしょう」


「方法を知っているなら教えて?」


「無理です。瞬間移動では足りません。それに招集・・以外でここから出たり入ったりする術をお持ちなのは、後にも先にもロキアス様だけです」


 招集。それは俺達がここへ呼び出されたり、化け物と戦う時のことを指しているのだろう。つまりシステムが稼働しない限り、自発的な移動は無理ということか。


「厄介な」


 まるで俺の言葉を真似たかのようなフェトラスはきびすを返し、真っ直ぐにロキアスの扉を目指した。まさか、突撃するつもりか?


「待てまて待てフェトラス。相手は仮にも月眼の魔王で、お前の先輩だ。乱暴な手段を執るよりも、ここで待った方が結果的に早いかもしれんぞ」


「合理的な意見をどうもありがとう」


 フェトラスは一切の躊躇いなく扉を開いた。マジかこいつ。そしてそのままスタスタと中に入っていく。本気でマジかこいつ。


 俺も慌ててフェトラスを追い、中をのぞいて見ると。



 そこに広がっていたのは、異様な空間だった。


 扉以外の場所。床、壁、天井。全てに窓がついていた。


 窓の先には様々な光景が広がっており、とある窓には海が映り、その隣りの窓には泣き叫ぶ人が、そしてその隣りでは見たこともないような凶悪なモンスターが荒れ狂っている様子が映っていた。


 その数は、とてもじゃないが数え切れない。まるで世界の全てが窓に映っているかのような有様だった。


 目の前の異様な光景。点滅して映像が切り替わる無数の窓。息が詰まりそうだ。そしてこの光景の異様さよりもおぞましい存在が、中央に立っていた。




[[邪魔するな・・・・・]]


 ロキアスの声が聞こえた気がした。




 まるで書いていた絵に泥水をかけられた絵描きのように。

 ウェディングドレスに泥団子をぶつけられた花嫁のように。

 飲んでいた酒に泥水を注がれた酔っ払いのように。


 こちらに背中を向けているロキアスが苛立っている・・・・・・ことが理解出来た。


 それは殺意一歩手前。たったあと一歩で、地獄を見ることになる。


 途端、フェトラスが俺の首根っこを引っ張って扉の外に連れ出した。


「げふっ」


 扉は素早く、そして静かに、確実に閉められた。電光石火だった。


「……生きてる……わたし、ちゃんと生きてる?」


 確認のような独り言。扉は閉じたままだ。そしてそれが開かれない事を確認したフェトラスは深く息を吸い込んだ。


「…………うあああああ! 怖かったよぉぉぉぉ!」


「ちょ、ま、落ち着け、手を、はな……」


「ああああ! ごめんお父さん!」


 即座に解放され、俺は咳き込んだ。かなり強烈に引っ張られたせいで息が出来なかったのだ。


「ごめんお父さん。あれはダメだ。正直殺されるかと思った」


「お、おう……げほっ……んんん……よし、大丈夫」


 二人揃ってため息を吐く。フェトラスの双角はゆっくりと元のサイズに戻っていき、最終的には髪に隠れた。


「なんだ、あの部屋」


 めちゃくちゃな数の窓があって、数秒ごとにその光景が変わるような。


「分かんない。分かんないけど、ロキアスさんヤバい。あれは……なんというか……」


 言葉尻を濁すフェトラス。俺はポンポンと彼女の頭を叩いて「無理するな」と言ってやった。


「ふ、普通に怖かったな」


「うん。こわかった。アレは勝てない」


「……三代目、って言ってたもんな。どうやら経験値が違い過ぎるらしい」


「ああ……そうか……九代目以降は【天外の狂気】と戦ったことがない、って言ってたよね。ということは、ロキアスさんはその化け物と戦ったことがあるのか……」


 外宇宙からの敵。


 詳細は不明だが、戦えばどれほどの気付きを得られるのだろうか。


 ヤバかった。もう月眼の魔王の邪魔をすることはやめておこう。


まぁ何はともあれ生き残れた。俺は安堵のため息をついて、オロオロとしていたサラクルに片手を上げて謝罪した。


「すまない。驚かせちまったな」


「え、ええ……肝が冷えました……というか本当に大丈夫かしら……え、ええと。どうぞこちらへ。お茶でもお入れしましょう」


「悪いな。ほら、行こうフェトラス」


「うん……生きてて良かった……」


「ほら、サラクルがお茶を入れてくれるそうだ。それでも飲んで一息入れよう」


「そうだね。うう、ロキアスさん怒ってないといいなぁ」


「大丈夫だろ。ちょっとイラついたみたいだけど、言ってしまえばその程度さ。ちゃんとごめんなさいって言えば許してくれるさ」


「そうかなぁ」


「本気で怒ってたら、もう俺達は生きてないだろ」


「それもそうだね! 後でちゃんと謝らないと!」


「うんうん」


 生きてて良かった。もう危ない橋を渡るのはやめておこう。


――――なにか思い付いたことがあったような気がしたが、もう思い出せない。


 そもそもなんでまたロキアスの所に俺達は突撃したんだっ、は、ああああああ!


(だからシリック達が危ないだってば! 何なんだよここ! 危機感! 危機感が欠如しすぎてる! ついでに言えば思考も誘導されてないか!?)


 再び大切な事を思い出した俺。どうやら自分の思考は変なものに介入されているらしい。俺は自分が本当に自分なのか少しばかり疑わしくなってきた。


 だがしかし、それをフェトラスに伝えることはやめておいたほうが良さそうだ。彼女がまた突撃しかねない。


 待機以外に出来ることがない。


 俺達は焦りながら、それを消されながら、ただロキアスが戻ってくるのを待った。



 やがてどれほどの時間が経ったのか。


[……やぁ]


 ロキアスが無表情な感じで静かに戻って来た。


「さっきは!」

「すみませんでした!」


 即座に謝ってみせる。


 頭をあげないでいると、ロキアスのため息が聞こえた。


[次は無い]


「かしこまりましたぁぁぁ!」

「分かったよ!」


 それぞれに再び謝罪と了承を示し、俺達はようやく頭を上げた。


[さ、て]


 ロキアスはフッと苦笑いを浮かべたあとに、にっこりと口の端をつり上げた。


[なにがどうなって僕の部屋に侵入してきたのかは知らないけど――――考えはまとまったかな?]


「考え?」


[ああ。ゴールにたどり着いて、どんな風に幸せな暮らしを送るのかって事]


「ああ。その問いかけ。……えっとだな」


「わたし達、一度セラクタルに戻りたいの」


[…………へぇ]


 その表情には浅からぬ驚愕が含まれていた。


[どうしてだい? 何か忘れ物でも?]


「うん。シリックさん達が心配なの。あ、シリックさんっていうのは」


[知ってるから説明不要だよ]


 さらりと言ってのけたロキアスだが、それでも不思議そうな顔をしていた。


[シリック達が心配だって言ってたけど、彼等をどうしたいんだい?]


「どうって……助けたい、かな。だってセラクタルはあと少しで滅びてしまうんでしょう?」


[最短で五年。今までで最長だと千年近く。ただ今回のケースで考えると、そうだな、僕の推定では五十年程だろうか]


「五十年……」


 なんとも微妙なところだ。


 五十年後、か。だとしたら普通にシリックは寿命で死ぬ。そう考えた辺りで俺は一つのことに気がついた。


(いや待て。というかそもそも滅びとは何だ?・・・・・・・


 星が爆発するのは滅びだろう。


 全ての命が絶えるのも滅びだろう。


 そのどちらにせよ、タイムラグが異様に長いのはなぜだ?


(シリックは苦しむのか? それとも幸せな余生を送れるのか?)


 俺はおずおずと片手をあげて、ロキアスを問いただした。


「セラクタルが滅びるって言ってるけど、具体的にどうなるんだ?」


[フェトラスという月眼をここに招集した時点で、あの星の地表に存在するものは全て用済みになった。お茶で例えるなら出涸でがらし。なので僕達が管理を放棄する・・・・・・・・・・、ということさ]


「管理を放棄すると、滅びるのか?」


[そりゃ滅びるさ。ロイルは水槽すいそうって知ってるかな? 室内で魚を飼うための設備だ。魚にエサをあげたり、温度を調節したり、汚れを取り除いたり、酸素を供給するために水草を入れたり……そんな手間暇をかけて環境を整えないと、魚は死んでしまうんだよ。更に放っておけば死体は水を腐らせ、水槽は使い物にならなくなってしまう。セラクタルはそれと同じだ]


「水槽……お前等はそこまで密接にあの星を管理しているのか?」


[カミサマの手下、【管理者】達がそれをしているよ]


 軽く脳みそにノイズが走る。少しだけ懐かしい感覚だ。


「管理者って……」


[ロイルの知っている所だと、えーと、誰だっけか。消失剣パラフィックの使い手だよ]


「……ドグマイア?」


 水輝の街セストラーデにいた、ザークレーの同僚か。


「ああ、そう。それ。シルバーカラーの短髪な彼]


「管理というが、何を管理してるんだよ」


[管理者には種類が多くてね。ドグマイアの場合は、治安維持的な要素が多かったんじゃないかな]


 それからロキアスは【管理者】について簡単に解説してくれた。


 管理者の目的は「世界の維持」


 その多くは人の善性を保つため。

 他には歪曲された歴史を都合良く管理したり。

 特定の地域が過剰な武力を持たないように調節したり。

 技術や文明の革新的発展ブレイクスルーを防いだり。

 月眼には至れないクセにやたらと凶悪な魔王や、異様な資質を持つ人間……バランスを崩すモノ達を始末したり。

 

 なんのためにそんなことを? と尋ねると、ロキアスは事も無げにこう答えた。


[セラクタルは月眼を産み出すために存在している。だからあの世界は、【月眼が産まれた状況を再現することを最優先にしている】んだよ。人間と魔族の数や戦力的バランス。文明レベル。秩序と混沌。正義と悪の定義。その中でも最たるモノは、人間の戦争技術の発展の阻止って所かな]


「……人間が戦争に強くなるとまずいのか?」


[そりゃマズいさ。せっかく月眼に至れそうな魔王が現れても、文明レベル次第では人間は例え聖遺物が無くても、あっさりとソレを殺してしまうからね]


「聖遺物無しで、月眼に近しい存在を倒せるのか!?」


[かつてそういう事もあったよ。めちゃくちゃに文明が発達してしまったケースがあって、その時は……えーと……たしか擬似的に超重力と反物質を掛け合わせて、精霊にそれをコントロールさせていたかな。破壊力としては付近の惑星を五、六個巻き込んで自爆消滅するレベルだったはずだ]


 途中で理解力を超えたので、俺はロキアスの説明を聞き流した。ようするに人間はとんでもない化け物になる可能性を秘めているらしい、ということだけ理解する。


 そして俺がポカンとしたことを察したのだろう。ロキアスはこう続けた。


[――――さっきの水槽の例えを続けよう。ロイルの知っているセラクタルの状況っていうのは、月眼が最も産まれやすいシチュエーションを再現・維持しているのさ。そして月眼発生の精度が高まるようにバージョンアップを重ねまくったから、あの星は色々と限定的になっている]


「――――はっきり言う。今までで一番チンプンカンプンだ」


[これはロイルが実感することは不可能な話しかもしれないね。まぁ、いいさ。それでも僕は愉しい・・・


 なにが愉しいんだよコンチクショウ、と思ったが俺は黙った。


 こんな意味不明な話しを聞き続けても、なんの役にも立たないからだ。


「話しを戻そう。セラクタルの滅びってのは具体的に何が起きるのか、ということだ」


[全ての管理者が役立たずになる。これによって今まで禁止扱いにされていた全ての事が解禁される。巷には詐欺師と殺人鬼と発狂者があふれ、魔族を殺すためにありとあらゆる手段が進化していく。世界は毒と戦争に満ちあふれ、すべからく人間と魔族は互いに絶滅するってわけだ。復興不可能領域って言うんだけどね]


「……俺が傭兵の頃は、部隊の損耗率が六割を超えると全滅と呼んでいたな」


[そうそう。そんな感じ。人間のオスとメスが惑星上にそれぞれ百人いても、人類が復興するのは無理だってこと]


「………………俺達の世界って、そんな危ういバランスの上に成り立ってたのか」


[あの星には生存争いをする勢力が多すぎるのさ。人間、魔族、魔王、魔獣、そしてモンスター。これもまたロイルには実感しにくいことだろうけど、あの環境は通常では成り立たないのさ。繰り返しになるけど、あの星は『月眼発生の状況を再現するため』に、バランスが徹底的に管理されているってわけ]


 ――――そういえば、フェトラスが言っていたような。


『魔王のための世界。その魔王を倒す聖遺物。使えるのは人間だけ。魔族とは殺し合うばかり。だけど最終的には、やっぱり魔王が君臨する――――ねぇ、この世界って変じゃない?』


 ああ。彼女の違和感の正体はコレだったのか。


 その補完のために、ロキアスに一つ尋ねてみる。


「……聖遺物が武器の形をしているのは、対となる魔王を倒すためと言っていたよな。で、それはどうして人間にしか使えないんだ?」


[良い質問だね。聖遺物は愛の魔王イブの願いだ。愛の魔王としては他の命のために殺戮の精霊を殺す必要があるけど、イブ個人としては殺したくない。ようするにジレンマだね。だからイブの願いは武器の形状を取っているわけだ。その力を、命自身に委ねるために]


 それは責任放棄ではなかった。それは『お前達が自分で決めて、自分で戦え』という激励に近かった。


[というわけで精霊に近しい魔のあざを持つ者には、聖遺物を使う資格が無いってわけさ。――――例外もあるけどね]


 そう言ったロキアスはことさら愉しそうに『ニヤリ』と嗤った。何か含みのある笑い方だったが、彼はその事に関して説明をしなかった。



[まぁ、人類的には『文明の進歩』ってのは悪い事ばかりじゃない。ついでに言うなら、月眼収穫のためには避けないといけない事態だけど、個人的には嫌いじゃないよ]


 そうか、とため息をつく。


 ……なんの話しをしていたのかも、もう忘れてしまった。この空間の特性だろう。


 イヤになる。ただ、気持ちが静かに落ち込んでいく。



 もうロキアスのいう『楽園』とやらで幸せに暮らしたい。



 そんな気持ちゆうどうに、がっちりと心を囚われる。


 ――――そして俺は、その衝動の代わりに、フェトラスの左手をしっかりと握りしめた。



「話しがとっちらかりすぎて、もう頭も回らん……なぁ、お前はたぶん誠実に俺達と付き合ってくれてるんだろうが、どうにも煙に巻かれている印象が拭えない」


[聞かれたことにはちゃんと答えてるつもりだけど? それこそ誠実に]


「そうなんだろうさ。でも、俺は……普通の人間だ。いきなり神話を聞かされたり、その詳細を説明してもらっても完全に理解出来るわけねーだろ」


[まぁそうだろうね]


「にも関わらず、どうしてここまで説明してくれるんだ? なんのメリットがあって?」


[僕が愉しいからさ。理由はそれだけだ]


「何が愉しいんだよ」


[――――何年生きたのか分からないけど、こうやってことごとくの【神理】をヒトにブチ撒けるのは、産まれて初めてだからさ]


 神理。


 神の理。


 ああ。そうか。


 このやたらと脳裏で叫ばれる『もう手遅れだ』という感覚の正体がそれか。



[どうして僕が、僕だけがこうしてロイル達に干渉していると思う? なぜなら、コレこそが僕の『ごほうび』だからだよ。観測するだけじゃ足りない。自分が見たいモノを見るために、自ら環境を整える。それが僕の愛する観察という行為だ。だけど残念なことに発表の機会はとにかく少ない]


 理性的に見えるが、性根は破綻している。


 サラクルの言った通りだった。目の前にいる月眼の魔王は、頭がおかしい。


[僕の願いはね、いつか本当の神様に会って色んなことをお話しすることなのさ。そして更にその先を行く。カミサマを作った神を造った神様を創ったナニカに、僕は用があるのさ]



 こいつは理知的であり、親切でもあり、己の生きがいそんざいりゆうを邪魔されても許せる度量があり、なにより誠実ではあるが。



 それでも月眼・観察の魔王ロキアスは。


 どこまでいっても、人間である俺には理解出来ない存在なのだと、俺は改めて知った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 目的、手段に囚われてるのかな。目標はトンデモなバケモノをぶっ殺すことなら、月眼並みに強くなった人類とか割りと理想的だと思うんだけど………。まあ、どうあれ、その世界は滅んでる。所詮、過去は過去…
2022/03/21 14:11 サットゥー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ