表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
182/286

5-11 家賃ゼロの楽園




【源泉】に還る。それはあの星で終わりを迎えた者の必然であった。


 しかしテグアは【天外の狂気】という名の、自分が知らない世界とルールで生きる化け物と死闘を行っており、その際に様々な気付きを得ていた。


 その最たるモノこそ「不可能な事なぞこの世には無し」である。


 それは「僕はなんでも出来る」という傲慢ではない。


 それは「なんとかなるさ」という希望だった。



 そしてテグアが挑んだのは、全ての【天外の狂気】の始末。


 ゴールの見えない、殺戮の旅であった。



 カミノ・ジェファルードの協力。

 分身剣シルベールの発動、そして解放。

 更に重要な要素として、カミノが「宇宙船」と呼んでいた城に住まう不思議な精霊が役にたった。


 七体の限定領域精霊。……確かカミノはAIと呼んでいたか。


 それはカミノの城でしか存在を保てないようだったが、それぞれが異なる人格、そして判断材料を持っていた。そして時には話し合い、時には争い、様々な視野からカミノのサポートをしていた。


 テグアはカミノと共にそのAI達とよく話し、学んだ。


 セラクタルでの経験。

【天外の狂気】との戦い。

 カミノ達の世界の様々な知識。


 得られた気付きはある種の極地に至っており、テグアは十二単語による呪文構成すら行えるようになっていた。


 学び、発見し、洗練させ。そういうった事柄が合わさり、また次の気付きへ。


 そしてテグアは分身剣シルベールの力を借りて【源泉】への帰還を拒否する計画を打ち立てた。


【源泉】の縛りは、このセラクタルにおいて有効なもの。


 セラクタルの外に存在する敵と戦うには、足かせでしかなかったからだ。



 イメージとしてはこう。


 馬車がある。それに乗ってお家に帰る。


 だがテグアは分身剣シルベール(解放により無限増殖した一撃)で強烈に弾き飛ばされ、空をピューンと飛ぶ。そして馬車を追い越し、玄関を粉砕し、家の壁すら突破して突き抜ける・・・・・寸法だ。


 これは完全に成功する事となった。


 それだけではない。ご丁寧にも、吹き飛ばされながらたくさんの家財道具エナジーをかすめとることにテグアは成功したのだった。



 たどり着いた先は無明の闇。【源泉】が浮かぶ概念領域の、外側。


 それはまるで【天外の狂気】の故郷。宇宙の外側のようでもあった。というよりもそういうイメージで作戦を構成したので、実際にそこは宇宙の外側だったのかもしれない。


「ちゃんと調べたし、間違いないという確信もあったけど……ここまで無事に来られたのは、奇跡だな」


 危ない橋を渡るどころではない。


『谷底から強烈な風が吹くはずだから、きっと空を歩いて渡れるだろう』という程度の成功率しかなかった。テグアが準備したのは、その風を受ける傘を用意しただけだ。


 しかし成功は成功。テグアは満足げに微笑んではみたが、それに呼応してくれるカミノはもういない。強烈な虚しさを覚えたテグアは、その場に座り込んだ。


「さて……ああ……そうか……もうこれで終わりか……」



 テグアは【源泉】を突破する際に身体にまとわりついたエナジーを用いて、空間を作りました。たまたま手に入れたモノだったが「どうせなら使うか」という程度の気持ちで。


 創り出したのはたった一つの扉。無垢なる扉。この先には何も無い。


「それじゃあ、ぼくはここで待つ。次の【天外の狂気】が現れたら呼んでくれ」


〈了解〉

〈かしこりました〉

〈ジェファルード様の命令を受諾。テグアの指令は適切と判断〉

〈承認〉

〈本当に成功するのだろうか?〉

〈次のステップを検討中〉

〈命令確認。本当に実行しますか?〉


「イエスだよ」


 カミノの城より抽出してきた七体のAIがそれぞれに返事をする。


 そういえばカミノが言っていた。AIと話しても、何の感慨も無かったとか。


 知識は得た。ならきっと、こいつらと話すことはもう無駄なのだろう。色々な設定はカミノが既に終わらせている。


 そんな事を考えたテグアは、会話ではなく、命令をくだした。


「以降、セラクタルは月眼蒐集のために運営される。その基本方針がブレない限りは、適時計画を修正しても構わない。ただしその際はカミノの意思を尊重することが絶対条件だ。ぼくの友達を失望させるな」


〈了承〉


「お前達は今から、あのセラクタルにおける神だ」


〈…………認識完了〉


「自身を材料としてあの星を再構築したカミノは創造神とする。そしてお前達は、世界を廻す神だ。セラクタルの存在意義として、カミノの意思を絶やすな」


〈果たしてそれで、ジェファルード様はご満足いただけるのでしょうか〉


「知るかよ。あいつは言ったんだ。ただムカツクから殺すと。そこに幸せとか満たされるとか、そういうゆるい感情はこの計画には無い。ただ、殺す。それだけだ」


 あいつの存在はもう、置換された。


「じゃあな。また何百年か、何千年か、何万年後かに」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ここから先は、誰も知らないお話。



 テグアは自分が創った扉をくぐりました。


 中には「世界」が。


 薄い黒。広がる暗闇。果て無き漆黒。


 よく似ている。いつか住んでいた――――あのおぞましい物置。閉じ込められて、引きずり出されて、また閉じ込められるあの地獄に。


『ひぇへへへへへ! お前はい~いオモチャだねぇ! さぁ、今夜も泣き叫びな!』


 とある人間の声が、幻聴として聞こえる。


 あれはヒトであり、敵であり、殺戮対象であり、であり、神だった。


 トラウマ・・・・が刺激されたテグアは、大魔王テグアは嗤いました。


 そしてそっと、自分が愛用・・している斧を取り出しました。


 それこそが大魔王テグアの全て。


 愛するモノ。共に人間を滅ぼしてくれた、唯一無二。


 聖遺物にして魔斧。断罪斧テグア。――――殺戮の魔王が、自身の名に採用するほどに、依存したもの。



「さぁテグア……やろう。終わりの無い殺し合いを、ずっと、ぼくときみで」



 カミノはぼくのことを愛してくれたそうだ。


 悪い気持ちじゃない。ぼくだってカミノのことは、今じゃ好きでいる。


 だけどぼくの愛するものは、この子だけ。断罪斧テグア。


 ぼくを助けてくれて、ぼくのために世界を裏切ってくれて、ぼくのそばにいてくれた愛おしき聖遺物。


 きみがいれば、ぼくはなんでも殺せる。


「ぼくの大事な友達のために、力を貸してほしい」


 呼応するように断罪斧テグアは暗闇の世界で光りを放ちます。



「…………【神】」



 最強の魔法。シングルワード。


 それは大魔王テグアのトラウマの具現。召喚魔法でした。


 六体の異形が現れ、それぞれが純粋な化け物。


 ただの一体でも大陸ごと滅ぼせる、稼働する悪夢。


 いつもの事さ、と大魔王テグアは嗤う。壮絶に、狂気的に、凄惨に。


 彼は六体の神を相手取り、その全てを殺戮しました。


 何度も、何度も、何度も。


 トラウマを乗り越えるころすために強くなり、同時に自身のシングルワード【神】も性能を向上させていく。


 終わらない連鎖。比例する力。ずっとそれを繰り返すだけの世界。


 大魔王テグアと、断罪斧テグアの、完結した世界だった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




[こうして、大魔王テグアはあの扉の向こうに住まうことになった。そしてジェファルードが遺したとされる七体のカミサマ達が、今もセラクタルを廻しているわけだ]


「…………」


 暗くて救いのない話しだな、と俺は思った。


 だれも幸せになっていない。もしかしたらそれぞれ自己満足は出来たのかもしれないが、やはりそれでも不毛だという感覚はぬぐえなかった。



「えっと……話をまとめると、だ。とんでもない化け物がいるから、それを殺すために月眼を集めた。以上。……ということだよな」


[そうだよ。ただその結論だけを話しても理解出来ないだろうから、一から説明してあげたのさ]


 確かに。絶対理解出来なかっただろう。意味が分からん、と投げ出していただろう。


「ということは何か? フェトラスにもその化け物と戦わせるつもりか?」


[まぁそういうことになるね]


「ふざけんな。そんなことお前らで勝手にやってりゃいい。月眼の魔王はもう十二体もいるんだろう? 十分なはずだ」


[十分かもしれないね。でも、十全とは言えないかもしれない]


「……【天外の狂気】だっけか。しかし大魔王テグア一人でも殺せたんなら、そいつだけでいいじゃないか」


[その【天外の狂気】が同時に五体来たらどうするのさ。百体現れたら?]


 む、となった。


 しかしそれでも、腑に落ちない。なんでフェトラスがそんな化け物と戦わなくちゃいけないんだ。


「確かにフェトラスは月眼だ。でもそれは戦う力があるというだけだ。そして俺達には戦う理由がない。意味も、義理もない」


[理由は今から与えるよ]


 すっ、と。月眼にして観察の魔王ロキアスは一つの扉を指さした。


[あれが君たちのゴールだ。あの先に楽園が広がっている]


「らく……えん……?」


[そうだとも。月眼の発動条件は、殺戮の精霊が愛を知ること。――――殺戮アダムイブだ。そしてその扉の先には、君たちが永遠に・・・、そして幸せに暮らすための世界が広がっている。存分に愛を育み、慈しみ、大事にして、楽しく過ごすといい]


 あ、と思った。


 確かさっき紹介してもらった、図書の魔王メメリア。彼女はたくさんの本に囲まれて過ごしているとか。


 そうだ。戦うだけの存在ならば、そんな理想的環境・・・・・は必要ないのだ。


 理屈は知らんが、例えば時間を止めるみたいな真似事だってコイツ等は可能だろう。そうすればいいのだ。敵が来たら黙って放り出して、戦わせて、また回収すればいい。


 なんというか……外道な発想だという自覚はあるが、その方が手間が省ける気がする。


 そんな疑問を呈すると、ロキアスは[本当に外道だね]と苦笑いを浮かべた。


[あれは【天外の狂気】と戦う君たちへの『ごほうび』だ。そのご褒美を維持するために、たまに戦ってもらう。そういう契約に基づいて、月眼の魔王達はここで暮らしているのさ]


「化け物と戦う代わりに、楽園に住める……ということか」


[そういうこと。ちなみに全員が納得済みだ。騙したり一方的に利用したり、なんてことはない。ギブアンドテイクを遵守した、極めてフェアな契約だと言えるだろう]


「…………ねぇ」


 ようやくフェトラスが口を開いた。


「ロキアスさん。さっき『永遠に』って言ったよね」


[言ったね]


「あの中にいれば、お父さんは死なないの?」


[死なないよ。それは時間の停止でもループでもない。……循環、が近いかな? たまには同じ道を通ることもあるだろうが、毎回景色は違ってみえるだろうさ。右手を繋ぐのに飽きたら左手を繋げばいい]


 深く、フェトラスは息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。


 その表情には、隠しきれない喜びがあった。


『お父さんが死なない世界』そんな宝石のような言葉に囚われている。


 俺は水を差すように「だが」と声を発した。


「その代わり、とんでもない化け物と戦わないといけないんだろう?」



[そうだね。しかしここで朗報だ。実は【天外の狂気】だけど、たぶんもう絶滅・・している]



「は!?」


[単純戦力で言えば、もう大魔王テグアは覚醒して完成して超越して突破している。おそらく、かつての【天外の狂気】レベルなら一撃で殺せるだろう]


「ならもう、このシステムいらなくないか?」


[もっと言おう。そこにある物々しい扉の先には、月眼・戦争の魔王アークスがいるんだが、戦争大好きな彼がはりきってね。たぶんもう皆殺しにしたんじゃないかな。少なくとも九代目以降の月眼は【天外の狂気】と戦ったことすらないよ]


「マジでこのシステムいらねぇな!?」


[そうだね。だから安心して、そこに住むといいよ。ただし僕はフェアだからはっきりとこう言おう]



 もしも更なる化け物が現れたら、死力を尽くせ。



 そう言って観察の魔王ロキアスは首を傾げた。


[【天外の狂気】を超える化け物……それこそ神と呼べばいいのか、天外そのものと呼べばいいのやら。いるかどうかも分からない、来るかどうかもわからない。そんな曖昧な敵さ。そして例え絶望が訪れるとしても、それが何年後なのか、何兆年後なのかは誰も知り得ないことだけどね]





 再びロキアスは[ちょっと様子見てくる]と言って、ウキウキと自分の扉をくぐっていった。愉しそうだ。


 残されたのは俺とフェトラスと、管理精霊のサラクル。


「ねぇねぇお父さん! すごくない!? 永遠だって!」


「お、おう。ちょっとスケールがデカ過ぎて把握しきれなかったが、要約するとそういう事らしいな」


 永遠に幸せに暮らす。


 まさしくゴールだ。正しく神の奇跡だ。


 その神が、一体誰を指しているのかは分からないけれど。


「ねぇねぇサラクルさん。あの扉の先をのぞいてもいい? どんな場所なのか気になる!」


 図体のデカくなったフェトラス。再会した当初は外見も内面も別人にしか見えなかったが、今のように無邪気にはしゃぐ様は、俺のよく知るフェトラスだった。


「あの扉はまだ開きません。きちんと契約を交わしてからでないと」


「ちょっと見るだけでもダメ?」


「契約してないので、中身はまだからですよ。……ただ想像するに、おそらくフェトラス様の見知った風景に近いかと」


「知ってる場所なの?」


「心からの願い。無意識下の原風景。そういうったモノの合わさりだと聞いています。図書の魔王メメリア様で言うなら、最初は小さな部屋が始まりでした。一つの本棚があって、椅子があって、窓があって……」


「そうなのか。最初からバカみたいな本に囲まれていたわけじゃないのか」


「ええ。ですがその本棚の全てを読み切って彼女が扉を開けると、そこにはまた新たなる部屋が。本棚の数は二つになっていたそうです。次は四つ。その次は八つ。それを繰り返し、今では大変な蔵書をかかえることに」


「……詳しいな。中に入ったことがあるのか?」


「一時期、私はメメリア様の司書をしておりました。というか元々はそのためにココに呼ばれたようなものです」


 その言葉に俺は少し驚いた。


「へぇ。そうだったのか。もっと大それた理由でここにいるのかと思ってたよ」


「いいえ。最初はメメリア様のささいなワガママでした。本はただ無作為に集められ、ただひたすらに膨大になっていきました。シリーズ物の続きを探すのが面倒、という理由で彼女は私を呼び寄せたのです」


「雑な理由だな。というか、月眼の魔王じゃなくてもあの扉の先には入れるのか」


「それが月眼の魔王の望みであるのなら」


 無意識のうちに、メメリアがいるとされる扉を眺めてみた。フェトラスと同じく、ちょっと中の様子が気になったが、命を賭けてまで見たいとは思えない。


「楽しくも怖ろしい日々でした。気を利かしてお茶を淹れれば『気が散る』と殺されそうになったり……どのように本を仕分けたらいいのか質問しようにも、本を読み終えた五秒ぐらいしか時間がないので、最初はとても大変でしたね」


 そんな怖ろしい環境をサラクルは語ったが、意外にも彼女は微笑みを浮かべていた。


「お前にとって、図書の魔王メメリアとは何だ?」


「ん……」


 思案顔。彼女は人差し指を頬にあてて首を傾げました。


「…………顔見知り、でしょうかね」


 次に彼女が浮かべたのは、苦笑いだった。


「そこそこ長く雇用いただいたので、本の次に好いてくれるとは思いますが。それでも本には勝てないでしょうね。例えそれがどんなに退屈な本だとしても」


「――――寂しくないか?」


「いいえ。ちっとも。メメリア様は、大変可愛らしいお嬢様でした。たくさんの本を読んでるくせに、自分の感情の表現はとても不得手なご様子で。そうそう、こんな事があったんですよ」


 嬉しそうにサラクルは微笑んだ。両手の指先を合わせ、楽しそうに笑う。


「ある日、完璧なタイミングでお茶をお出ししたところ、メメリア様は顔を真っ赤にして『どこに気を遣ってるのよ。こんなことする必要ないの。貴方が管理するのは本であって、私のご機嫌じゃない。――――でもありがとう!』と可愛らしいお声で怒鳴ったのです。そんな怒りながらお礼を言う様に、私は……なんというか、満たされたんですよ。たまらんなぁ・・・・・・、って」


 最後の感想は素直な気持ちだったのだろう。飾り気の無い、ちょっと生々しい感想だった。


 はてさて。彼女のそれはどこから湧き出した感情なのか。


 高等精霊。管理の精霊サラクル。


 だけど彼女は「管理」以外にも、自分を見いだしているような。


「さっきも聞いたけど、お前は魔王じゃないんだよな。管理の、高等精霊。でも......なんつーか、ただの高等精霊とも思えないんだよな。実は成ろうすれば、すぐ成れたりするもんだったり?」


「……鋭いですねロイル様。おそらく私がセラクタルに赴けば、きっと受肉は容易でしょう」


 ぐるん、と自分の中で疑問が渦巻いた。


 どうして魔王にならない? いや、そもそも魔王になると何か変わるのか? ――――どうして今のセラクタルには、殺戮の精霊・魔王しかいないんだ?


 聞けば答えてくれるのだろうか。


 それともさっきみたいにロキアスを待った方がいいのだろうか。



 ほわん、とメメリアとの思い出に浸り始めたサラクルを放っておいて、俺はフェトラスに話しかけた。


「実際どうするよ。楽園だってさ」


「わたしは行ってみたいかな。だってそこには、お父さんの敵がいないんでしょう?」


「でも代わりに、とんでもない化け物と戦う事になるかもしれないんだぞ」


「月眼の先輩がいっぱいいるし、大丈夫でしょ。テグアさんは超強いみたいだし。そして何より、絶滅したとか何とか。だったらタダで楽園に行けるってわけでしょ? ラッキーじゃん」


「家賃も払わずに住める家は、家ではないという格言があってだな」


「なにそれ」


「大切なものは、正しい手順で手に入れろ。そういう意味の言葉だ」


「ふぅん……でも別に間違ったことしてなくない? 門番みたいなものだよ。敵が来るかもしれないから、来たら倒せ。来ない間はゆっくりしていいよ、みたいな」


「説明の天才かよ。なるほどな。……しかし、俺はお前と違ってそんな簡単に状況を置き換えられるほど神経図太くないわ」


 この脳天気娘めー! と横腹をくすぐってやると、フェトラスは嬉しそうにイヤそうに身をよじった。


「あはは! やめてよー!」


「うりうりー!」


「やめ、止めてってば! もう! お返しだー!」


「うおっ、力強っ! ……やべぇ、ちょっと本気出さないと負ける!?」


「勝手に大きくなって、ご、め、ん、ねー!」


「いやああああ! ごめん無理、ちょ、やめろ! やめて! あははは脇腹やめろ!!」


 ソファーの上でドタバタと。


 やがて組み伏された俺は、ソファーの上に横たわりながら降参のポーズを取った。そんな俺にフェトラスが覆い被さってくる。


「ねぇ」


「なんだ」


 俺の胸元に顔を埋めたフェトラス。彼女のサラサラの髪が目元にかかってたので、指でそっとぬぐってやる。


「こんな風に楽しく毎日暮らせてさ、それが永遠に続くんだって」


「……そうだな」


 俺を敷き布団にする勢いで覆い被さっているフェトラスが、ぎゅっと俺を抱きしめる。


「…………他に必要なものが思い浮かばないんだけど」


「ん……まぁ、そうだな。俺もちょっと思い付かん」


「…………えへへ」


 彼女の呼吸が柔らかくなる。緊張が抜けたかのように、全身を俺に預けてくる。


 よしよし、と彼女の頭をなでてみる。フェトラスは小声で「……もっと」と呟いた。


「デカくなっても、根っこは変わらず甘えん坊か」


「だってまだ二歳にもなってないもーん」


「そういえばそうだった」


 急成長したり、世界を滅ぼそうとしたり。こいつはこいつで通常の人間とは違う速度で大きくなったが、考えてみれば俺達が触れあっていた時間は濃密であったが、とにかく短い。


 それが、極めて安全で平和な世界で暮らせるというのだ。これからはきっと散々甘やかしてやれるだろう。毎日ごちそうパーティーだ。


「…………?」



 これから、楽園に。


 永遠に、二人・・で。



「………………?」


 いや、ちょっとまて。


 なにかおかしい。


 何かがイヤだ・・・・・・何かが足りない・・・・・・・


 自分の中に訪れた、根拠無き疑問。


 自分に何が足りないのか。何を欲しているのか。何が必要なのか。


 改めて考えていると、すぐに答えが思い浮かび上がった。



『ふふっ。ロイルさん、私と結婚してみたりしませんか?』




 俺は気がついてしまったのだった。



 娘へ抱く感情とは色が異なるけれども、同じ感情の種に。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あー、よかった忘れてるのかと思った。でも実際どうすんだろ。世界が滅びるっても具体的にどうなるのかもまだわかってねーし
2022/03/21 13:22 サットゥー
[良い点] うわぁ、今の今まで他者を完全に忘れてたのか…楽園怖
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ