5-10 神話
大魔王テグアは世界を滅ぼした。それも徹底的に。
星の表面は真白い灰に覆われ、何も生き残らなかった。
――――と言われても、「はいそうですか」と納得出来るスケールの話ではなかった。俺はイメージを補完するために、ロキアスに尋ねた。
「変な質問だが、風の精霊とか、雲の精霊みたいなのも殺されたのか?」
[何も残らなかった。全ては【源泉】に叩き返されて、そこには大魔王テグアしか残らなかった]
短いため息をついて、観察の魔王ロキアスは「やれやれ」と両手を広げて肩をすくめた。
[まぁ時間が経てば、いくらかの精霊は戻って来る。精霊とはそういうものだ。だけど滅びは滅び。命は何も残らなかった。ただの一つも。一欠片も]
灰だけの世界。
そんな光景を想像することは可能だが『世界の全てがそうなった』と聞かされても実感がわかない。山も崩れ去ったのか。海は消え去ったのか。
イメージとしては一面の灰。地平の果てまで灰が広がる、真っ平らな世界。――――だがもしも実際にそんな滅びが訪れたのなら、きっとその世界は異様にデコボコした、断崖絶壁だらけの危険地帯なのだろう。
疑問や質問は挟まない。
世界が滅んだ。それからどうなった?
[たった独りで世界に残された大魔王テグア。まず光の精霊が戻って来た。だから闇が訪れた。その寒暖は風の精霊を産み、やがて少しずつ水の精霊が帰って来た。そして土の精霊が目を覚まし、金の精霊が動き始め、最後に火の精霊が帰還を果たす。俗に言う五大精霊。世界の基本だ]
「…………」
[だから大魔王テグアは、それを再び滅ぼした。呪文の一つで十分だった]
「……目的は?」
[無い。――――いや、もしかしたらその時はあったのかもしれないけど、それを知るのは、あの中にいるテグアだけだ]
ロキアスが片手で示した先。無地の扉。余地無き終焉。『完結』の意。その扉は無地であるが、何かを書き足そうとは思えないし、ナニカが書き足される予定も無さそうだ。
[そして理由はともかく、大魔王テグアは何度もそれを繰り返した。ただの作業のように殺戮を繰り返した。そして気が遠くなるほどの時間が流れて、一人のカミサマが降臨する]
「……そんな段階で? ずいぶんと遅い到着だったようだが」
[彼がセラクタルに来たのは偶然のようなものだからね]
神様。神様ねぇ……。どんな面構えをして、どんな強さを誇っていたのだろうか。
「その神様ってのは、分類的には精霊なのか?」
[いいや。分類的には人間だよ]
なんと。
[命があって、死がある。現象たる精霊には及ばない、でも精霊を凌駕する知的生命体。……でも、あのレベルまで行ったら精霊とも言えるかもしれないかなぁ。――――どちらにせよロイルでは理解しきれない話かな。在り方としてはロイルの知っている『神』に近いから、その認識でいいよ]
「ふぅん……それで、神様と大魔王が出会ってどうなったんだ?」
[当然のように戦った。そしてカミサマは逃げたんだ]
「は?」
[戦う理由が無かったからね。でも大魔王テグアはそれを逃がさなかった。追い詰めて、逃げられて。逃げて、追い詰められて。それでも逃げまくってようやく勝機を見いだしたカミサマは、大魔王テグアを逆に追い詰める]
死闘だったわけだ。
神様を追い詰めるって、大魔王テグアってのはどんだけだよ。
[追い詰められた大魔王テグアに対し、ようやくカミサマは対話を持ちかける。『なぁ、どうしてこんな事をしているんだ?』ってね』
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「なぁ、どうしてこんな事をしているんだ?」
そんな独り言のような質問に、大魔王テグアは答えた。
「……ぼくにも分からない」
「はっ!? な、なぜお前がオレ達の言葉を操れる!? え、なんで!?」
「……?」
「いや、違う……のか……? そうだ。まさか会話が成立するとは思ってなかったが、たびたびコイツが口にしていた呪文? からは、確かに意味を聞き取ることが出来た……え。なにこれ怖い」
カミサマは意を決したかのように、改めて大魔王テグアに向き直る。
「……お前は、誰だ?」
「ぼくはテグア。殺戮の魔王」
「……怖い名前だな」
ふと、カミサマは何かを思い付いたのか言葉を重ねる。
「Hallo. Maya, ich heiße Kamino.occupazioneは、えーと、旧的fashioned word that Astronaut」
「こんにちは、カミノ。その古い職業については知らないけど」
「おお……色んな言語混ぜたのにちゃんと通じる……え、まさか全言語解者?」
「?」
「いや、それだとオレがコイツの言葉を理解出来るのが謎すぎる……テレパシー? でも音を介してる。うおおお何だこれ。なんか迸りそう」
大魔王テグアは目の前の生き物を観察しました。
突如現れた謎の人物。だがそれは、テグアが今まで見てきた物と何もかもが違いすぎた。
柔らかい金属に覆われた、鈍重そうな格好。だが実際にはとても素早く動く、強敵。
魔力はほぼ空。高揚が去ったのか、今はもう戦う気も起こらない。
無垢な感情。大魔王テグアにとってその感覚は、懐かしさと寂しさを思い起こさせた。
大魔王テグアが会話に応じる様子を見せたので、その人物は語りかけ続けた。
「興味はつきないが……まぁ、最初の質問に戻るわ。お前はこんな所で何をしているんだ?」
「何を、と聞かれてもね。たぶんぼくの願いはもう叶っているし、そしてこれ以上叶うこともない。ここはぼくの思い描いたゴールだ。そこに到達したのなら、ここに居続けるだけ」
「うーむ。全然理解出来ない……。というか、ここは一体何なんだ……既存の生態系とはまるで原理が異なる……。なぁ、そもそもお前は何を食って生きているんだ?」
「最後に何かを口にしたのは、どれだけ前の事だったか……。ぼくは生きていない。死んでもいない。ただ在るだけだ」
「なるほど。オレには理解出来ない仕組みか。なるほど。そもそもお前、物理法則とかたまに無視してるもんな……なぁ、お前が使ってた魔法? って、一体どういう技術なんだ?」
「技術……?」
「あ、ダメだこりゃ。本人もよく分かってない。っていうか多分、今の質問はオレにとって『どうして指を動かすことが出来るの?』ってやつと同じか」
その男はぼりぼりと頭をかこうとして、兜のようなものに妨げられる。何を思ったのか、彼は少しだけ迷った後にその兜の色を透明なものに変えた。
現れたのは、かつてこの星にも存在した人間に酷似するシルエット。
「あのさ。お前オレと、もっとお話しするつもり……ある?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[昼夜問わず語り合い続けた二人は、やがて一つの結論に至る]
「結論、とな」
[カミサマは学習し、大魔王テグアにかろうじて対抗出来るようになっていた。そして大魔王テグアはカミサマが敵ではない事を知った。そんなわけで、二人は奇跡的に交友関係を持つことが出来たんだよ]
「大魔王と同等の力を持つ者、か……まぁ、仲良く出来たのならいいことだ」
[カミサマは文字通り死力を尽くしていたらしいけど、逆にテグアはあんまりやる気が無かったようだね。彼はただ殺戮していただけ。そしてそれに耐えうる者が現れたから、興味をもった。つまり譲歩したのはどちらかと言えばテグアかな]
「そんな物騒な存在を前にして、よくもまぁ生き延びたもんだ。そんな神様の目的はなんだったんだ?」
[セラクタルの調査だよ。あの星は独特なルールが成立した特異点だ。もしかしたら宇宙が始まった場所なのかもしれないってくらい、知的生命体達にとっては重要な場所だったんだよ]
「ふぅん……俺にとっちゃ普通の世界なんだが……」
そんな感想を漏らすと、ロキアスは苦笑いを浮かべて[そりゃそうだろうね]と言った。
「……で、その滅びたはずのセラクタルはどうやって再興したんだ?」
何度目かの問いかけ。
この質問に、ロキアスは今度こそ満面の笑みを浮かべた。
[カミサマはテグアに食料を分け与えた。それはそれは美味しいモノだったらしい。テグアはびっくりし過ぎて、殺戮衝動を抑えることに成功した]
「はい?」
[殺戮の魔王が、その本分を忘れる程に美味だった、と]
少しだけ懐かしい事を思い出した。
俺とフェトラスの必殺技だ。
題して「モノ食ってる時のフェトラスは可愛い」。聖遺物にすら効いた奥義だ。
[だからテグアは、戻って来た精霊を殺戮することをしなくなった。カミサマが約束したんだ。『もっとちゃんとした環境があれば、これよりも更に美味い物を作ってやるぞ』ってね]
「そ、そんな理由で伝説の大魔王が?」
[ぶっちゃけると、大魔王テグアにとって殺戮行為に意味はなかった。ただの習慣みたいなもので、基本的に無益だったのさ。ついでにいうと、飽きてた]
「い、いきなり俗な感じを出してきたな……」
「そうでもないさ。この飽きるという事実は、かなり重い意味を含む。――――大魔王テグアは、いったい何度セラクタルを滅ぼしたんだろうね]
何度。
何回、何千、何万、何億。
果て無き殺戮行為。それに耐えうる者。そして【虚無に至った大魔王】が出会った、美味しくて楽しいもの。
[カミサマは度々長い眠りについた。そしてテグアはそれを待ち続けた。殺戮をひかえ、逆に世界を見守り始めた。時に手助けをしたり、時にはバランスを崩す者を屠ったり、巨大な隕石を消滅させたりしていた]
ふと、気がついた。ロキアスは「大魔王テグア」と「テグア」という呼び方を使い分けている。きっとそれは意味のあることなのだろう。
[テグアの行為で最も重要だったのは、セラクタルの再生促進。彼は本当に色々な魔法を使って世界をかき混ぜて、あっという間に命の誕生までもっていったんだ。その速度はまさに神域。とんでもない時短行為だった]
「……神様、起きたらビックリしただろうな」
[その通り。灰だけの世界が、ちょっと眠っている間に復活してたものだから、全然違う星に移動したのかと戸惑っていたらしいよ]
「そりゃそうなるよな。しかし分かった。なるほどな。この世界を滅ぼしたのは大魔王テグア。そしてこの世界を再生させたのもテグアだったのか」
うんうん、と頷いてみせると、ロキアスは意地悪そうに嗤った。
[違うんだなぁ]
まだ何かあるのかよ。
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「なにこれ」
「やぁ、久しぶりだね」
「お、おう。テグアか。なんだこりゃ。一体全体、何がどうなってるんだ」
「君が言ったんじゃないか。ぼくにもっと美味しいモノを食べさせてくれる、って」
「言った。確かに言った。嘘じゃないし、必ず食わせると約束した。しかしだな、なんだこの星は。なんでたかが数百年眠っただけでここまで環境が整ってるんだ。藻の一つでも産まれてりゃ御の字と思っていたが、まさかのジャングル化してるじゃねーか。……うおおおお!? なんだこの大気成分! 理想的か!」
「……そうなるように仕向けたから、としか」
「うぇぇぇ……無茶苦茶すぎる……。げげ!? 動物までいる!? ちょっと待て、コールドスリープの設定しくってたのか!?」
「何を言ってるのかよく分からないけど、これは別にぼくが創ったものじゃない。ただそれっぽく模倣しただけだ」
「模倣って言っても、これは生命誕生のシークエンスをスッ飛ばしすぎだろ……テグアやばいな。神かよ」
「……ぼくは神じゃない。神を殺す者だ」
「ああ、そうだったな。お前のシングルワード、だっけか。あの意味のわからん魔法」
「意味の分からん、って……ひどいな。ぼくの存在意義に等しい魔法なのに」
テグアは苦笑いを浮かべました。その表情はとても柔らかく、かつての『殺戮の魔王』の面影はまるで残っていません。
「ところで、どうだい? 君の言っていた通りにしたけど。これで約束は守ってもらえるのかな」
「オーケー。ちょっと待ってろ。この辺一体を調査して、可食品を加工してやる。あんなレーションもどきじゃなく、ばっちり料理してやるからな」
「たのしみ」
まるで子供のようにテグアは笑いました。
そしてカミサマは眠りにつくことなく、セラクタルの調査に本腰を入れて挑みました。
何がどうなって、こうなったのか。
魔法とは何なのか。精霊とは何なのか。何故テグアと言葉を交わす事が可能なのか。
セラクタルにあるものはカミサマの常識外ばかりでしたが、テグアの協力もあり調査はスムーズに進みました。そしてまた、カミサマのおかげでテグアは様々な気付きを得て、多種多様な魔法を使いこなすようになっていきました。
世界に精霊が、そして命が満ちていく。
だけどどうやっても、高等精霊は現れませんでした。
魔王も発生しませんでした。
いつか還ってくるのだろうか、と二人は思いながら、ただ時が流れました。
そしていよいよ、転機が訪れます。
それは一振りの剣でした。
「ただいまテグア」
「おかえ……」
カミサマが手にしていたのは、剣。
「そ、れ……は……」
「おう。すげぇだろ。さっき拾った。これがお前の言っていた聖遺物、なのか?」
ざわり、と。
ずるり、と。
テグアの双角が、一瞬にして牡鹿のように成長します。
「テグア!?」
「ぐ……が……がああああああああ!」
その瞳に宿る月眼が、星海のように煌めきます。
――――殺戮の魔王を恐れた精霊達が、万全を期して産み落とした天敵。それを目の前にして、月眼の魔王は己の本能を思い出しました。
『あれはよくないものだ』
テグアが産まれて初めて聖遺物を目にした時と、同じ感覚。
自分を殺す者。天敵。――――ハッ、それはおかしな話だ。
我こそは、全てを殺す者。
我こそが、全てを殺す者。
暴走した大魔王テグアは、自然豊かなセタクタルを、再び滅ぼしてしまいました。
一時的に退避していたカミサマは、テグアが落ち着くのを待って、再び彼の前に姿を現しました。
「…………よう」
「………………」
「ひでぇ有様だな、テグア」
「……してくれ」
「……なんだって?」
「もう、殺してくれ」
「………………」
「虚しすぎる。もう飽きた。うんざりだ。全部無駄で、全部無意味だ。何が殺戮の魔王だ。ぼくはそれしか出来ない能なしだ。他にやりたい事や、素敵なこと、興味があること全部を差し置いて、何もかもを台無しにする天才だ。ははは」
テグアはぽろりと、涙をこぼしました。
「もう疲れた」
だから殺してくれ、と。
大魔王はカミサマに呟きました。それはお願いですらない、ただのささやきでした。
カミサマはそんなテグアに近づき、膝を折って視線を合わせます。
「テグア……お前はたぶん、生きてちゃいけない存在なんだろうな」
「他のモノにとっては、そうなんだろうね。僕は全ての敵だ」
「そうだな。きっと、お前はこの世全ての天敵なんだろう。殺戮の魔王」
「そうさ……だけどね、本当のことを言うとね」
「分かってる。もう長い付き合いだ。なんなら死ぬ程殺し合ったりもした。だから分かってる。お前――――殺戮なんて、楽しくないんだろう?」
テグアの涙は止まらなくなりました。
「そうなんだ。ぼくは別に何かを殺したいわけじゃない。ぼくが殺したいヒトは、もうとっくの昔に殺してる。今やってるのはただの再現だ。ぼくはもうゴールにたどり着いている。なんにも楽しくない、幸せなんてどこにもない、虚無の楽園に住んでいる。そしてきっと、何度繰り返してもぼくはここ以外のどこにもたどり着けないんだ」
ポロポロと、テグアは泣きながら天を仰ぎました。
「もう十分だ。辛くて寂しくて苦しいだけだ。――――殺してくれ」
自殺、という選択肢をテグアはもっていませんでした。
自身の持つ最強の魔法を使っても、この身を滅ぼしきることは出来ません。もしかしたら今のテグアには可能なのかもしれませんが、絶望にとらわれた彼にはもうそんな意欲もわいてきませんでした。
そんな神に等しき魔王に、カミサマはそっと触れました。
「テグア。お前は全ての敵かもしれないが……それでもオレは、お前のことを友達だと思ってる」
「……ともだち」
「ああ。ついでに言うと、俺はお前よりも、お前のことを知っているのかもしれないな」
「ぼくの何が分かるっていうのさ」
「お前が甘い物より、ちょっとすっぱいモノの方が好きって所とか」
「…………ははは、何を言うかと思えば。くだらない。……君は本当に変わっているね」
「お前ほどじゃねぇよ。っていうかだな、本当に今更なんだけど、なんでお前は俺のことを名前で呼んでくれねーの?」
「…………いつか殺してしまうだろうって、そう思ってたから。だから名前を呼びたくなかった。虚しすぎるから」
「うぅ。俺の友達が怖すぎる」
「……カミノ」
「おう。神野だ。忘れてるかもしれんから、もう一度名乗ろう。カミノ・ジェファルードだ」
「お願いがある。それでぼくを殺してくれ」
「――――いいだろう」
カミサマは立ち上がり、聖剣を掲げました。
「オレはこの星の出身じゃないが……どうやらコレを使いこなすことは可能のようだ。だけど使ったが最後、代償としてオレは死ぬらしい」
「え」
テグアは目を丸くしました。
「なんで、カミノが」
「そういうものらしい。礎になれ、とさ」
テグアの月眼に憎悪が混じりました。
「なんだそれ――――誰の差し金だ?」
双角がざわつき、まるで大樹のように育ったそれが空間を侵食していきます。
「ぼくを殺すために、カミノが死ぬ? ぼくのことを友人と呼んだ者が?」
「……わざわざ変な言い回しすんなよ。寂しくなる。なぁ、オレはお前の何なんだ?」
「友達だ」
「……ありがとよ。ま、しゃーない。友達のよしみだ。オレがお前を楽にしてやるよ」
「そんなことしなくていい。別に、生きていても死んでいても同じだ。カミノ、もう帰るといい。君にもそんな故郷があるだろう?」
「故郷はもう無い。星ごとブッ壊されちまったよ」
「……そうかい」
「もうめちゃくちゃな化け物でな。宇宙空間を飛び回る巨大生命体って何の冗談だよ、って感じ。狂気の塊みたいなヤツだ。たった一粒の麦で百年は稼働する変態がこの世にはいるんだよ」
「……まるでぼくみたいなヤツだね」
「そうだな。まぁアレの方が理不尽な気はするが。そんなわけで、オレ達はその化け物を倒すための方法を探して宇宙を旅していたんだ」
「倒してどうするんだい?」
「別に。ムカツクから殺したいだけだ」
「…………シンプルでいいね」
「まぁそんな動機で生きてたわけだが、そんなにモチベーションがあるわけじゃない。アレを倒しても意味はないからな。それにオレも寿命的な意味で限界が近い。この命の使い所は、きっとここだろう」
「――――ぼくを殺して、カミノも死ぬのかい」
「どうせもう長くは生きられない。正気を保ってるように見えるかもしれんが、オレはとっくの昔に発狂してるようなもんだ。なら、友達の願いを叶えて消えるも一興よ」
長い沈黙がありました。
様々な葛藤がありました。
伝えたいことが山のようにありました。
けれどもテグアは、たった一言に全てを込めました。
「ありがとう」
「ん。いいってことよ」
「…………一つ、お礼をしよう」
「ん?」
「その化け物ってのは、果たしてぼくよりも強いのだろうか」
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[こうして、大魔王テグアは【天外の狂気】と呼ばれる化け物を殺して、カミサマの願いを叶えたのでしたとさ」
星を爆発させる生き物ってなんだ。しかもきっちり殺してみせたのか。俺はふぅーと長いため息をはいて、愚にも付かない感想を述べる。
「…………長い物語だったな」
[これでもダイジェスト版だけどね」
「それで? 結局テグア達はどうなったんだ?」
[通称【天外の狂気】は一体だけじゃなかったんだ。同種の存在が複数体確認されている。いや、同種と言っていいものか。――――宇宙の外側に広がる虚無。そのはるか先に存在する別の宇宙。そこから訪れたとされる化け物。果たして宇宙の外側には、いったいいくつの宇宙があるんだろうね?]
距離感の狂う話だった。
ちっぽけな自分。大きな世界。更に大きな宇宙。その外側。それはいったい何キロメートル先にあるのだろうか。この世の全ての数字を足しても表現出来ないのかもしれない。
「理外の化け物【天外の狂気】。果たして自分が殺したそれは、カミサマの復讐対象だったのか。それとも別個体なのか。いいや、そもそも本当に殺す事が出来たのだろうか? 判断が付かなかったテグアは、その全てを殺戮することにした。カミサマへの友情に誓って]
「世界を滅ぼしまくった殺戮の魔王なのに、イイ奴に聞こえる」
[さて。善と悪、正義と混沌は果たして誰が測定するものなんだろうね。とにかく、そうこうしているうちにカミサマにもいよいよ限界が迫ってきた。だけど【天外の狂気】はまだ残っている。だから彼等は、一つの作戦を立てた」
ロキアスは椅子から立ち上がり、両手を広げて一回転して見せた。
[その集大成がここ。月眼の間だ]
「…………」
[大いなる目的――――大魔王テグアに匹敵する者をかき集め、全ての【天外の狂気】を始末する。そのために、今のセラクタルは存在するのさ]
「……それが、俺達があの星に産まれた理由なのか」
[そうさ。それが君たちの本能さ]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「カミノ。本当にやるのかい」
「うん。まぁ、我ながら最高のプランだと思うんだが」
「……まぁ、別に異論があるわけじゃない。ただ少し寂しいだけさ」
「ははは。ありがとうよ。そして本当に色んな意味で、ありがとう。お前のおかげで俺の人生は素晴らしいものになった」
「それはこちらも同じさ。ぼくの殺戮に理由と意味を与えてくれてありがとう」
「......お前のおかげで故郷の敵がとれた。まさか【天外の狂気】があそこまでの化け物とは思ってなかったが、それを倒せたのは九割がたお前のおかげだ。本当に、感謝しかない」
「…………」
「…………」
「なんか、気恥ずかしいな」
「そうかい?」
「ああ。......えっと、今から言うのは変な意味じゃないぞ? 本気の気持ちだが、違う意味に取り違うなよ?」
「???」
「テグア。本当にありがとう。AIといくら会話しても、この感情は覚えなかった。だからきっとこれは、この気持ちは、俺にとって最高の宝だ」
「なんの話しだい?」
「愛してるぜ、テグア」
「――――ツッ!」
「散々殺し合った。語り合った。そして共に戦い、計画を煮詰めてきた。本当に有意義で、何より楽しかった。再三言わせてもらうが、本当にありがとう。――――もう話すことは無い。これでさよならだ」
「――――ああ。さようなら、カミノ・ジェファルード」
「さようなら。テグア」
カミノ・ジェファルード。
彼は聖剣・分身剣シルベールをかかげました。
「ズタボロになったこの世界よ。我が意思を骨にせよ。我が分身を肉にせよ。そして幾度となく繰り返し、テグアの助けにならんことを」
それは呪文でした。
真白いキャンバスに、一本の線を入れる行為でした。
無限の可能性を秘めたセラクタルは、たった一人の男の願いにより、改変されてしまいます。それが良い事なのか、悪いことなのか。判断出来る者はこの世に未来永劫存在しません。
「この命を代償に、テグアを【源泉】の理から解放せよ」
無限増殖を始めたカミノ・ジェファルード。その全てがテグアに、分身剣シルベールの切っ先を優しく突きつけます。
もう言葉はありませんでした。
テグアは静かに、その刃を受け入れます。
力の奔流。やがて死が。【源泉】への帰還が始まります。光の粒子となり始めたテグアを、そっとカミノが包み込みました。一欠片も逃がさない。そんな強い意志が込められた保護。
「後は任せたぞ」
そしてありったけのエナジーを込めて、彼を送り出しました。
たくさんの分け身が灰の世界を埋め尽くし、その身は大地に。その血は海に。そしてまたたくまに無数の精霊が再臨し、世界を浄化していったのでした。
こうして、カミノ・ジェファルードは世界そのものになりました。
【源泉】から隔離されたテグアは作業を開始します。
月眼の間。
戦力はいくらあってもいい。
カミノの敵を全て殺戮してみせる。
そのために、世界は回り始めたのでした。