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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
179/286

5-8 アダムとイブ




 それは最初から暴威だった。


 発生直後、それは周囲の生き物を、精霊を、環境を殺戮した。


 後に残った残骸すら殺戮されて、何も残らない有様だった。


 他の精霊と同様にヴァベル語が使えるはずのそれ。しかし誰も意思疎通を行うことは出来なかった。


 殺戮の精霊。


 当然のようにそれを排除するために、様々な者が戦いを挑んだ。


 そして殺された。


 それは段々と大きく、そして更に強くなっていき、やがては全ての者が思った。


「これは、一過性の試練なぞではなく、我々を終わらせる者なのでは?」


【源泉】は何も答えない。何も示さない。



 殺戮の精霊という共通の敵を前にして、今までのいさかいや、軋轢は水に流された。


 様々な者が入り交じった世界。そして今度は、文化が混ざり始める。


 すべてはアレを殺すため。


 協力が始まり、相互理解が深まり、助け合いが行われ、思いやりが産まれていく。


 世界から争いが激減して、残ったのはたった一体の敵。



 殺戮の精霊を抹殺するために、本当に様々な研究が行われた。


 人間だけでなく、魔族も、精霊も互いを認め合い、ありとあらゆる方法が模索された。


 人間は数で対抗し、魔族は魔法で対抗し、ほとんど全ての精霊が彼等に力を貸した。それほどまでに殺戮の精霊は世界にとって異物であった。


 そして世界は統べられる。


 全ての者はとある魔王・・・・・の旗印の下に集い、協力して殺戮の精霊を討つことが決められた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……ん?」


 今何か、おかしな展開が差し込まれたような。


魔王さつりくのせいれいを討つために……魔王まおうが? ん? なんだって?」



[ああ、そういえば言ってなかったね。魔王ってのは、殺戮の精霊の代名詞じゃない。――――魔王とは、受肉した精霊・・・・・・を指す言葉だ]



 ロキアスの言った言葉を受け止める。


 魔王=受肉した精霊。


 は? なんだそりゃ。というのが正直な感想。


「って言っても……俺は殺戮の精霊以外の魔王なんて知らないぞ……俺が知ってるどんな歴史書にも、子供向けの絵本にすら出てこない」


[君が知ってるのはたかだか数百年程度のことだろう? 僕が語ってるのは数億年単位・・・・・の話だ]


「スケールがデカすぎて何の感慨もわかねぇよ」


 俺が降参のポーズを示すと、ロキアスは薄く笑った。


[まぁそうだろうね。これは人間が理解出来る範疇を超えている話だろうさ]


 その笑みは、どことなく狂気を孕んでいるように思えた。


[光の精霊、森の精霊、剣の精霊……多種多様な精霊がいて、高等精霊になれるのは極一部だ。そして更にそれを突き詰めて産まれるのが、魔王]


「……じゃあ例えば、光の魔王とか、風の魔王……雷の魔王とか、いっそ酒の魔王とかダンスの魔王みたいな変なのもいるのか?」


[ははっ、流石にダンスの魔王はいないと思う。面白い発想だねロイル]


「知らんがな。つーか酒の魔王は否定しないのな」


[詳細は知らないけど、いたみたいだね]


「待て。ちょっとイメージを整える」



 精霊がいて。高等精霊がいて。その上が魔王。


 兵士見習い → 王国騎士 → 英雄……みたいな感じか?



 ……だめだ。字面を思い浮かべると理解は出来るが、実感が出来ない。


 俺にとって魔王とは殺すモノであり、【酒が受肉する】なんて面白ワードはただの冗談にしか聞こえないのだ。


 俺がうーんと唸っていると、ロキアスはじっとその姿を観察しているようだった。


「なんか愉しそうだなお前」


[めちゃくちゃに愉しい]


 変なヤツだ……。


「まぁ、いいや。しかしだとしたら、なぜ今の世界には殺戮の精霊しか魔王がいないんだ? 他の魔王とやらはどこに行った」


[その話をロイルが理解するためには、もう少しだけ原初の殺戮の精霊に関して語らないといけないかな]


「……全然設定を知らない演劇を見せられてるみたいな気分なんだよな。そうだったのかー! って全くならん。むしろ段々と思考放棄みたいな感覚に陥り始めてるぞ」


[ふむ。休憩でも入れるかい?]


「そうしたいのは山々なんだが……あのさ、セラクタルがリセット? されるのっていつになるんだ?」


[最短でも五年かな? 長いと千年・・・・・とか]


 俺は馬鹿馬鹿しくなって、ほんの少し残っていた危機感を全部投げ捨てたのであった。




「もういいや。別に聞き流すわけじゃないけど、頭ゆるくしておく。とりあえず理解は後回しにして、知るだけにしとくよ」


[そうかい。では、再び話を戻そう]


 ロキアスはスッと脚を組み替えて、語り部に戻る。


[時代は全てと、殺戮の精霊との戦争に突入する。戦争が起こると、文明は凄まじいスピードで進化するんだ。何せ生き残るために必要だからね。武器、防具はもちろん食べ物も、戦術や戦闘技術という目に見えないもの、兵士を癒やす娯楽ですら発達していく。いつか誰かが言った言葉だけど、戦争は金を産む、というヤツに近い]


 分からなくも無い。現に俺も傭兵として金を稼いでいた時期があった。


[そして進化したのは、殺戮の精霊も同様だった。彼は殺戮するために力を求め、やがては受肉。魔王へと至る]


「…………史上初の殺戮の精霊か……それはどんな魔王だったんだ?」


[ただ殺すだけのモノだよ。殺すために存在して、殺すことが生きがいだった――――殺戮の魔王。名をアダム]


【殺戮の魔王】。


 すとんと、その言葉は胸の内に収まった。


 ラベルもボトルの中身も完全に一致した、完成形。


「世界全部と戦争、か。……まさしく化け物だな」


[様々な魔王が挑み、殺され、殺戮されていく中。やがては独立した存在であってはずの彼等がまとまっていく。そしてリーダーが産まれる]


「全てを統べる……魔王……」


[彼女の名はイブ。愛の魔王・・・・だ]





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 総力戦の結果、殺戮の魔王アダムは滅ぼされた。


 そして生き残ったわずかな者達は、愛の魔王イブの庇護の元、徐々に世界を修復させていく。


 だけど時間が流れて、世界が再び繁栄を取り戻していく最中、再び殺戮の魔王アダムは発生してしまう。


 過剰な命に対するカウンター。


 雨漏りを受け止めるバケツがあるとして、それが一杯になった時、中身を空にしようとする者。


 自然発生する精霊を止める手段は無い。


 愛の魔王イブの行動は早かった。成長してしまう前に殺戮の魔王アダムを討ったが、それは意味の無いことだった。


 バケツは溢れかえっている。――――殺戮の魔王アダムは何度でも蘇った。

  

 その度、殺して、殺されて。


 やがては殺戮の魔王アダムの亜種が発生する。


 魔王に至らぬ殺戮意思。


 殺戮の精霊。


 もう誰にも止められることができない。


 毎日殺して、殺されて。



 そんな世界はまるで、殺戮を繰り返すために存在しているようだった。



 そして、そんな世界が延々と延々と延々と続くさまに、愛の魔王イブは疲れ切ってしまった。


 もうヤダ、と。ため息をついて諦めた。




「やぁ、アダム」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


「元気そうで何よりだ。君は何億回殺せば、この世界から永久退場してくれるんだろうね」


「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す。殺す」


「そうだね。この満たされた世界が有る限り、君は消えてくれないんだろうね」


「殺す……殺す殺す殺す、殺す殺す殺す」


「光と闇、命と死、愛と憎、繁栄と殺戮」


「殺す殺す? 殺す殺す殺す殺す殺す」


「だけどこの世界はコインのように表裏一体じゃない。多面的に、全ては繋がって、連なって、見る角度が変われば輝き方も変わるものさ」


「殺す殺す殺す。殺す殺す殺す殺す」


「ねぇ殺戮の魔王。わたしはもう疲れたよ。無限も永遠もこの世にはきっとない。いつかは全て虚無に還る。その時まで君と殺し合うのは、もう飽きた」


「――――殺す」


「ねぇ、アダム」


「――――」


「わたしを殺戮していいよ」


「…………」


「その代わりと言っちゃなんだけど、わたしは君を愛するよ」


「殺す」


「……何万年生きたのかも分からない。わたしは全てを愛してきた。だけど、そうだね。君だけは愛することが出来なかった。だって君を愛するということは、他の何も愛さないと同じことだから。……ごめんよ。愛の魔王失格だね」


「……殺す……」


「でももう大丈夫。どれだけ長い付き合いだと思ってるの? いい加減この現状にはうんざりだ。だからさ、先に進もう?」


「殺す?」


「わたしを殺戮するといい。そしてわたしは君を愛そう」


「殺す殺す殺す」


「未来永劫、全てが虚無に還るその時まで。そうとも。わたしは――――」


「イブ」


「君だけを愛するよ」






 そして、殺戮の魔王は消えた。


 殺戮の精霊だけが残った。


 そして、愛の魔王は消えた。


 愛は不確かなモノへと変化した。



【源泉】に還った二人は、ずっとそこで殺し合い、愛し合い、寄り添っていた。



 大きく、そして小さい。


 美しくて、醜悪な。


 不定形の菱形。


 上層部はキラキラと輝いて。


 中層部は溶け合って。


 下層部はドロドロと濁って。


【源泉】に還ったものは、全てアダムかイブのどちらかの影響を受けることになる。あるいは両方から。



 下層部からこぼれ落ちたモノは殺戮の精霊となり。


 上層部からあふれ出たものは、それのついになる形を望んだ。



 何かを殺戮しようとする性質と。


 誰かと寄り添い、生きようとする性質。


 どちらも単体では成立しない。他者がいるからこそ存在できる、多面体の宝石。



 誰かを殺すものは、誰かを愛する者と、交差する。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[……とまぁ、これが殺戮の精霊と、聖遺物のなれそめ・・・・さ]


 理解力は数分前に置いてきた。


 ふーん、って感じ。


「頭ふわふわモードだから考察も想像もせずに直で聞くけど、なんだって聖遺物というカタチなんだ? 殺戮の精霊に対抗する存在なら、別に武器という形じゃなくてもいいだろ」


[殺戮の精霊を殺すための精霊? それは殺戮の精霊とイコールみたいなもんじゃないか。そしてそういう次元の話しは、イブが終わらせた。聖遺物は彼女の愛の具現化だ。だから半物質化しているってわけ]

 

「……なるほど?」


[あんまり分かってないだろ君。なんて言えばいいのかな……アダムとイブは結婚した。そして、子供達が産まれたってイメージが近いかな。聖遺物が武器の形をしているのは、殺すためじゃなく、愛する誰かを護るため。その意思を遂行する手助けのために存在しているからだ]


「なるほど」


 よく分からん。


 イメージがまとまらない。


 ただなんとなく――――アダムとイブが仲良く過ごしてくれたらいいな、と俺は思った。


[さて、話を戻そう]


「そもそも何の話をしていたのかすら分からなくなってきた」


 正直にそう答えると、ロキアスは椅子から少しずり落ちた。



[――――よし、休憩!!]





 ロキアスは[ちょっと観察してくる]と言い残し、一枚の扉を超えて出て行った。


 シンプルで複雑な、まるで天国と地獄を描いたような扉だった。模様が過密した部分と、空白部分の対比。見ていると謎の情報過多じょーほーかた感で眩暈がしそうになる。うああああきぶんがわるいぞ!


 変なもん見続けたせいで具合が悪い。俺に癒やしをプリーズ。


 なので、俺は横にちょこんと座っているフェトラスに話しかけた。


「さっきロキアスが語っていた歴史、どう思う?」


「ん……」


 彼女は少しだけ背伸びをしてから、両手を膝の上に置いた。


「なんとなく実感出来るかな、って感じ。殺戮と愛はセットなんだー、って」


「そうか。俺は全然分からんかった。というか、理解する必要性に疑問を感じる」


「……わたし達、これからどうなるんだろうね」


「そうだよ。重要なのはそこなんだよ」



 ここは異世界? みたいな場所。

 セラクタルは滅びる。


 では俺達はどうすればいい? ここで暮らすのか?


「……まぁ、確かに俺はお前がいれば大体のことはオーケーだが…………」


「そうだね。早くシリックさんの所に戻りたい」



 ふと、いつかの思い出を幻視した。


 おかあさん、と。


 シリックがフェトラスに言わせた言葉だ。


 今の彼女にとって、シリックはどういう存在なのだろうか。


 …………なんか聞くの怖いから質問しないけど。



「てかお前、マジで何も食わなくて大丈夫か? クッキーもまだ余ってるし、遠慮すんなよ」


「……食欲より抵抗感の方が強いかな」


 寂しそうな笑顔。


 あまり見たくないタイプの、切ない表情。


「お父さん権限を行使します」


「え? モガッ!?」


 俺は無理矢理、フェトラスの口にクッキーを突っ込んだ。


「はいかんでー」


「やめモグお父モグうまぁぁぁぁぁぃ!! なにこれ、メチャクチャ美味しい!?」


「な? 美味いだろ?」


「奇跡だよ! なに、天才!? 上質な小麦と、洗練された砂糖に、少量の塩……モグモグ……味の深みはバターと……たまご、かな? でもそれだけじゃない。この香りは……モグモグ……美味しぃぃ…………って! 何するのお父さん!! 食べたくないって言ったじゃん!」


「さらっと三枚食っといて何をほざくか」


 俺は笑った。


 心の底から幸福で、笑った。




 なんとなく、俺は今後の方針について腹を決めたのであった。



 まぁ今更な原点回帰だ。



 フェトラスは、俺が護る。


 ――――それは、なんのために?


 決まってる。



 会話をするために。

 可愛らしい仕草を見るために。

 予想外の反応を楽しむために。

 

 心の全てを満たすために。



 俺はフェトラスを、幸せにしてみせる。



 それが俺の、全ての行動理由だ。







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[良い点] めっちゃどんでん返しになりそうだけど原点回帰できてよかった
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