5-2 お父さんがキレた理由
灰色の空の下。
彼女は冷え切った溶岩地帯の岩石の上に腰掛けていた。
そしてとても綺麗な声で、歌っていた。
歌詞は聴き取れないが、静かで淡々とした、そして何より寂しい音色だった。
真っ黒で、腰まで伸びているであろうサラサラの長髪。
そこから生える、巨大な双角。まるで龍のようだ。
黒いラインが無数に走る、白いロングジャケット。
脚は漆黒のズボンに包まれていて、履いているブーツは無骨だ。
そして彼女は、明らかに俺と同じくらいの身長だった。
「………………」
俺は感情が溢れすぎて、膝から崩れ落ちた。
その音でようやくこちらに気がついたのか、歌声が止む。
しばしの間を置いて、彼女はこちらに振り向いた。
「ツッッ!」
全員が息を呑んだ。
その瞳に浮かんでいるのは銀眼だった。
ただし――――純度が桁違いだ。
その瞳の銀は、まるで鏡のように煌めいていた。
「ああ――――なんで来ちゃったの、お父さん」
見知らぬ誰かが俺を見ている。
大人っぽくなった声で俺のことを「お父さん」と呼んでいる。
俺は舌打ちを通り越して、歯ぎしりをした。
「お前は、誰だ」
激情のままそう問いただす。
そして彼女は当然のように答える。
「妙な質問だね、お父さん」
「クソッ――――フェトラスゥゥゥ!!!」
俺は激昂。ありったけの力を込めて彼女の名を呼んだ。
怒りだ。怒りしかない。
俺は下手したら泣きそうな感情を抑えつけながら、世界で一番愛しい娘を睨み付けた。
「テメェ、何やってやがる!!」
「……?」
「ああ! ああ! あああああ! クソッ! クソッタレが! テメェ、どういうつもりだ!!」
自身が制御出来ない。
ビンタの一発でもお見舞いしてやろうかと立ち上がると、ザークレーに強く肩を押さえつけられた。
「落ち着けロイル!」
「俺に触んなザークレーぇぇぇ! アイツ! 舐めたマネしくさりやがって!!」
荒々しくザークレーの手を振りほどく。
そんな様子を見た『見知らぬ女』は寂しそうな微笑みを浮かべた。
「お父さん、どうしてそんなに怒ってるの?」
「分からないのか? 俺がなんで怒ってるのか、分からないのか? なぁ、フェトラスッッ!」
抑えきれない。
涙が零れた。
そしてようやく、銀眼の魔王は狼狽の表情を浮かべた。
「…………そっか。お父さんは、私が何をしようとしてるのかちゃんと分かってるんだ。だから怒ってるんだ」
音も無く彼女は立ち上がった。
俺が知ってる小っこいフェトラスでは行うことも出来ない、とても優雅な動作だ。
そんな何気ない行為にさえ、俺の気持ちは激しく乱された。
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《シリック視点》
突然泣きながら叫びだしたロイルさんの様子は、常軌を逸していた。
一体どうしたと言うのだろう。彼は明らかに自我を見失っているように見える。
だが、そんなことはさておき。
私は思わずミトナスを握りしめ、やりたくもない事を試みる。
あれは魔王だ。
(ミトナス……! 起きて、今すぐ起きて!)
あれは、フェトラスちゃんだ。
そんな順番で状況を確認した。
フェトラスちゃんは明らかに成長していた。
もはや子供とは言えない。私と同じか、少し高いくらいの身長だ。
セストラーデから離れて以来の再会だが、こんな短期間で果たせる成長具合ではない。
そしてそんな、フェトラスの面影を残した彼女は、どこからどう見ても魔王だった。
とびきりの銀眼を持つ、全てのモノの敵。殺戮の精霊……!
私は恐怖に耐えきれず、ミトナスに語り続けた。
(ミトナス、お願い、起きて。すごく危ないの。このままじゃ、何か良くないことが起きる。お願い。ロイルさんと、フェトラスちゃんを護るためにも、力を貸して!)
だが魔槍は答えない。
この役立たず! という乱暴な感想を抱きつつ、私はロイルさんに抱きついた。
そうでもしないと、彼はフェトラスちゃんに殴りかかりそうだったからだ。
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《ザークレー視点》
フェトラスが明らかに成長していた。
最早可愛らしい少女の面影は残っていない。
完全に成体と化した、殺戮の精霊だ。
そして彼女が抱く銀眼は、疑いようも無く、歴史上でも最高の銀眼だろう。
あれほどの魔を、私は言葉で形容することが出来ない。
とっさにネイトアラスを起動させようとした。カフィオ村では「黙れネイトアラス」と言わんばかりに封じられてしまった相棒だが、今のフェトラスはその時よりも凶悪なオーラを放っている。
フェトラスが我々を害するなぞと、考えたくも無い事だが――――。
それでも、この身は王国騎士なりし英雄。聖義の使者。
いざとなったら、最大出力でフェトラスを鎮めなければ……!
そう思いつつ、私はロイルの右腕を押さえ続けた。
今のコイツは正気を失っている。
何故だか知らぬが、途方も無い怒りに包まれているようだ。
うっかり多斬剣テレッサを抜かれては、親子での殺し合いが始まってしまう。
私は史上最悪の銀眼を前にして、それでもまだ彼女がフェトラスであるのだと、ロイルの娘なのだと――――可愛らしい女の子なのだと。そう信じていたかった。
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《カルン視点》
シリックとザークレーがロイルを抑えている。
その隙に、私はフェトラス様の前に歩み寄った。
「…………え?」
凍てつく銀眼が、私を射貫く。
それでも私は崩れ落ちない。
冷静さを保ったまま、私はゆっくりと跪いた。
「お久しゅうございます、フェトラス様」
「…………カルンさん?」
「はい。カルンでございます。貴女様のしもべにして、貴女様を傷つけた裏切り者でございます」
最早涙は出ない。
出そうではあるけど、声が震えることもない。
何回想像した? 幾度夢想した? 何度、殺してくれと願ったか。
全てはこの時のために、私は生きてきたのだ。
私は頭を垂れたまま、用意していた言葉を解き放った。
「本当にごめんなさい、フェトラス様」
「…………」
「私は貴女様を傷つけました。物理的な意味ではなく、心に……辛い思いをさせてしまいました」
「…………」
「私は、貴女様の敵でございます」
「…………」
「この命一つでは、その罪を洗い流すことは不可能でしょうが……殺されに、参りました」
「…………」
「ですが、どうか最後に一つだけ、お願いしたい事がございます」
「…………なに?」
「この頭を上げ、貴女様のお姿を、もう一度だけ……拝見させていただきたいのです……」
「…………どうぞ」
「――――有り難き幸せ」
まさか許しが与えられるとは。想像以上の喜びで感極まり、声が震えてしまう。
だめだ。泣くな。
私に許されるのは、あの方が私を殺そうとする姿を最後の思い出にすることだけ。
ゆっくりと頭を上げる。
そこにいたのは、ありえない美しさを誇る魔王だった。
凜とした立ち姿。
精霊服は重厚な存在感を放っており、フェトラス様の強大さを際立たせていた。
記憶の中のフェトラス様に比べると、とてつもない成長を遂げられていらっしゃる。
黒々とした御髪も伸びており、どんな宝石よりも尊く思える。
顔立ちからは幼さが消えて、高貴さを放っていた。
しかし。
……何故だろう。
「わぁ」
彼女は、驚いたように口を半開きにしていた。
「……本当にカルンさんだ。ビックリした」
「……え、ええ。カルンでございます」
「生きてたんだね」
「……お恥ずかしく、そして大変申し訳ないのですが……生き汚くも、ここまで命を繋いでしまいました」
「ううん」
フェトラス様は首を左右に振った。
「生きててくれて嬉しいよ」
だぱっ、と変な音がした。
「それは、やはり、自らの手で私を殺せるからという意味でしょうか。そうですよね。きっとそうです。ええ。最早悔いはありません。どうか惨たらしく、私を殺してください。赦せぬであろう私を、罰してください」
「ちょっと発音が不明瞭で正確には聴き取れないけど……カルンさん、相変わらずだね」
「え」
「もう一回言うね。……生きててくれて、嬉しいよ」
ブッ、と変な音がした。私の鼻からだ。
もう思考力はゼロだ。きっとこれは幻覚だ。
私は気がついた。
自分が、滝のような涙を流し、流血するかの如く鼻水を垂らしていることに。
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《演算の魔王視点》
私は目を覚ました。
ぐらり、と頭がゆれる。
うう、ここはどこかしら……。
まずロイルの姿を探した。見つけた。シリックとザークレーが彼を押さえつけている。
(どんな状況よ……)
最高に具合が悪いが、辺りを見渡す。
ロイル。なにやら興奮している。
シリック、ザークレー。どうしてだか緊張している。
カルンが一番意味不明だ。虚空に向かって土下座しながら、号泣している。
「…………?」
みんなが前方を見ながら、どこかに集中している。
なんだろう。
そこには誰もいないのに、みんな何をやっているんだろう。
ただ、ロイルが泣き叫んでいる。
それだけがどうしても許せなかった。
立て。
立ち上がれ。
ロイルのために。
ロイルを泣かせるナニカを。
敵を、殺せ。
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《そして、彼女の視点》
ふ、と。
何かを感じた。
狂乱の様相を見せるお父さん。
消息不明だったシリックさん。
とても疲れた様子のザークレーさん。
まさか生きてるとは思わなかったよカルンさん。
まだ会いたくは無かったけど、みんな無事で良かった。
そして、もう一人。
「……誰かそこにいる?」
見えない。
感じない。
でも、分かる。
そこには私の敵がいる。
銀眼状態の私は、冷静に状況を分析した。
「見えない、ってだけじゃないようね……ドグマイアさんの消失剣パラフィックに近いような……そもそもジャンルが違う……いいえ、ある意味では同じ? だったら物理的に……そうね【潜光】」
魔法を紡ぐ。
辺りに閃光が迸った。
まるで雷のように一瞬。太陽のように激しく。
そのフラッシュは周囲一帯を光りで照らし、そして影を作った。
四人と、もう一つの影。
「やっぱり誰かいるわね」
場所は特定した。あとは、存在を認識するだけ。
「……【存在停擬】ってとこかな」
再び魔法を、命令を紡ぐ。
作成した影が、輪郭を得る。実体をさらす。
薄っぺらなそれが形作ったのは、小さな女の子だった。
「…………だれ?」
誰だろうこの子。
覚えが無い。
なんだろうこの子。
私は大した感動も動揺もなく、その子に向かって片手を差し出した。
「こんにちは。私は魔王フェトラス。あなたは誰?」
瞬間、魔法を放ったわけでもないのに、世界のピントが急速に定まったような感覚を覚えた。
それは女の子も同様だったのだろう。まるで突如現れた私に驚くが如く、女の子は、混乱の様相を晒す。
「!?」
だが次の瞬間には、彼女は臨戦態勢を取った。
お父さんの前に立ち、大きく両手を広げてみせる。
「ツッ……! あ、あんたが……フェトラス?」
「……? そうだよ。私は魔王フェトラス。あなたは誰?」
先ほどと同じ自己紹介と、質問を繰り返す。
女の子は絶望と悔しさをにじませながら「演算の魔王よ」と呟いた。
「……魔王? あなたが?」
「そうよ。なんか文句でもあるの? あんたも魔王のくせに」
「いや別に。同族に初めて会ったけど、特になんの感慨も浮かばない」
それよりも、と私は泣きわめいているお父さんに語りかけた。
「お父さん。ごめんなさい」
しずしずと頭を下げる。
「フェトラス! テメェ! ふざけんなこん畜生が!」
「……やっぱり、私のこと嫌いになった?」
「ああ!?」
「こんなことをしている私が、嫌いになった? 怖くなった? ――――殺したく、なった?」
私が静かに問いかけると、お父さん以外の全員が半歩後ずさった。
どうやら威圧してしまったらしい。ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになる。
だけどお父さんは逆に、シリックさん達の制止を振りほどいて一歩前に出る。
しかし、先ほどよりは多少冷静さを取り戻したのか、お父さんは小さく呟いた。
「……こんなこと、って。なんだよ。そもそもお前こんなトコで何してんだよ」
「えっ。だから……ムムゥさんに頼んでた伝言は聞いてる?」
「聞いてるよ。世界を滅ぼすとか何とか、そんな感じの妄言を」
「そうだよ。私はこの世界の仕組みを殺戮するの。……だからそんなに怒ってるんでしょう?」
「はぁ? …………はぁぁ? 何言っちゃってんのお前」
お父さんが獰猛に笑う。
クックック。はっはっは。あっはっはっは! と。
「俺が何で怒ってるのか、分からないか?」
「……お父さんの言いつけを守らなかったから。勝手にこんなことしてるから」
「違うわボケ!!」
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俺は辛抱たまらず、多斬剣テレッサを抜いた。
「ロイルッ!」
「大丈夫だザークレー」
俺はフェトラスを無視して、先ほどまでフェトラスが腰掛けていた巨大な岩石に近づいた。
すぅ、と息を吐く。
「ふ・ざ・け・ん・なぁぁぁぁぁぁぁ!」
一閃、二閃、四閃、八閃、十六閃、三十二閃、数えるのも馬鹿らしい多斬。
バラッ! と岩石が細切れになる。そして俺は空中に舞った石を、更に斬り刻んだ。
「ろ、ロイル……」
演算の魔王の呟きは咎めを含んでいなかった。ただそこには畏れがあった。
岩石がバラバラに散り落ちる。風が吹くと、その瓦礫の山は少しだけ体積を減らしたかのように見えた。
「あああ! クソ、ちょっとスッキリしたわ!」
シャキン、と素早く納刀して俺はフェトラスに向き直った。
「お父さん……それ、なに?」
「聖遺物だ。多斬剣テレッサ。お前を護るために、暫定的に使わせてもらってる」
「すごい武器だね」
「おお。そうだな。使うとちょっと呼吸がしやすくなる嬉しいオマケつきだ」
そう答えると、ザークレーがハッとした表情を浮かべた。
その瞬間、なぜ自分に多斬剣テレッサの副作用が出ないのか、その理由が分かった。
そうか。そうだったのか。相性とかの問題じゃなく、枯渇しきれない程のストレスを俺は抱いていたんだな。
フェトラスに会えないことが、俺にとっちゃ破滅するほどのストレスだったってことか。
……まぁ今はどうでもいい。
俺は小さく頭を左右にふって、愛しい娘に問いかけた。
「改めて聞く。もう一度聞く。お前……マジで、俺が怒ってる理由に見当が付かないか?」
「……私が世界を滅ぼそうとしてるから、じゃないんだよね」
「違う」
「…………じゃあ…………分かんない」
フェトラスは……銀眼の魔王は、表情の変化に乏しい。
先ほどからほぼ無表情で、目にも一切の感情温度を感じられないので、何を考えているのかも分かりづらい。
まるで、俺だけ怒ってるのがバカみたいだ。
「おいシリック。コイツに教えてやれ。なんで俺がこんなに怒ってるのかを」
「ええっ!? え、えと……勝手に一人寂しく過ごしていたから、でしょうか?」
「なんだそりゃ。そんなことは今は大した問題じゃない……おい、ザークレーはどうだ」
「――――何の相談もなく、勝手に……決断したから、か?」
「お前もかよ。マジかよ。どうなってんだ。誰も分からないのか? カル……まぁ、お前はいい。そのまま泣いてろ」
俺は演算の魔王に向き合った。
「よう、目が覚めたか演算」
「ロイル……」
「紹介しよう。こいつが俺の娘、フェトラスだ」
「ロイル……!」
演算の魔王は歯ぎしりを浮かべた。
「なんなのよコイツ……なんでそんな、平然としていられるのよ……! ロイルも、シリックも、ザークレーも! これを見て、どうして自己を保っていられるの!?」
「は?」
「銀眼なんてレベルじゃない……これはもう、精霊としての範疇すら超えているわ! バケモノなんて言葉じゃ足りない。フェトラスはもう、次元が違う!」
恐れ。畏れ。怯え。戦慄。演算の魔王は心が砕けたかのように、逃げ腰になっていた。だけどそれでも、彼女は怯えながら俺の前に立った。まるでフェトラスから俺を護るかのように。
そんな必要、無いというのに。
「まぁ、確かにな? ちょっと冷静になって見てみると、心底ヤバいってのはよく分かる。おいフェトラス。すげぇなお前。まさかちょっと見ない間に、そんな事になってるとは思わんかったぞ」
俺が半笑いでそう言うと、フェトラスは前髪を耳の横に流した。
「そうだね。自分でも分かるくらい力が向上してる。今の私ならきっと誰にも負けないと思うよ」
「そうかそうか。無敵か。そいつは良かった」
「………………」
「マジでふざけんなよお前」
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分からない。
どうしてお父さんはこんなに怒っているんだろう。
そりゃ、多少は怒られる気はしていたが、どうやら思っていた理由とは違う所でお父さんは怒っているらしい。
何故だろう。
私がやっているのは、お父さんのためでもあるのに。
「もう一回聞くぞ。お前、こんなとこで何してるんだ?」
「世界の仕組みを殺戮するの」
「何のために?」
「だってこの世界、おかしいじゃない」
「…………?」
「私気がついたの。この世界は、変。偏ってる」
「なんのこっちゃ」
「ただの偏りならいいよ。でも、その偏りが収束しない。バランスが取れすぎている。それはとても気持ちが悪くて、とても不誠実な気がするの」
そう呟いたフェトラスは、空を仰いだ。
そして空の先を、睨み付けた。
「この世界は、誰かの思惑で創られている。そして――――その思惑が何かは知らないけど、それは私にとって不都合なの」
「なんの陰謀論だよ。お前の言ってる意味が分からん」
「この世界はお父さんの敵が多すぎる。即ち、私の敵が多すぎる」
「普通そんなもんだろ」
「……説明しても分からないだろうけど、でもやっぱりこれは不自然なんだよ。この星はきっと魔王のための世界。だけど、殺戮の精霊は存在しちゃいけない。そんな矛盾がここにはある」
よし、何言ってるか分からん!!
俺は朗らかに笑ったフリをして、フェトラスに近づいた。
「全然分からん。とりあえず軽くでいいから一発殴らせろ」
「……別にいいけどさ。でもその前にちゃんと教えて。どうしてお父さんは怒ってるの?」
まだ分からないのか。
…………そうか。分からないのか。
そっかぁ。
でもまぁ、確かにそうかもな。
この怒りは、世界中で俺しか抱けない怒りだろうな。
俺は大きく息を吸い込んだ。
俺がキレた理由? それはな――
「お前が勝手にデカくなってるのが気に入らないからだよ!!」
「……?」
「お前はなぁ、俺が見守るはずだったフェトラスの成長を、いきなりスキップで奪ったんだよ!」
「……うん」
「あの無人大陸でお前と出会ってから、何が楽しいってお前の成長を見守るのが楽しかった! 身長が伸びたり、体重が重くなったり、足が速くなったり! 家の柱に傷をつけて『お前の身長も伸びたなぁ』とか『もうすぐ俺に追いつくかもな?』とか、『精霊服は便利かもしれんが、町で可愛らしい服を買ってきたぞ』とか! 『お前もそろそろお年頃かぁ』みたいな! そういう、噂でしか聞いたことのない《普通の事》に俺はメチャクチャ憧れてたんだよ!!」
「そうなんだ……」
「なのに! お前ときたら! まぁー! なんですかその成長の仕方!! げげっ! もう俺とほとんど身長変わらないじゃないか! 誰だお前!!」
「……………………」
「お前は、俺の人生の楽しみを奪ったんだ!」
「……………………」
「そういうことに、俺は怒ってるんだ! 分かってくれよ!!」
「お父さん」
「なんだよ!?」
「ありがとう」
「…………おう」
「本当に――――泣きたいくらい、心から愛してるよ」
それはきっと、きっかけだったのだろう。
彼女の想いは溢れかえった。
スッ、と。
銀眼の魔王は、その瞳に感情を宿した。
月色の感情を。
カミサマ『パーティーの準備だ!』
カミサマ『いや待て落ち着け』