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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
172/286

5-1 灰色のモンスター。灰色の空。


これより最終章です。








 馬車が使えなくなった俺達は、徒歩でムール火山へと立ち入ることになった。


 まぁ舗道もクソも無いので、もとより馬車は立ち入れなかったのだが。


 俺は演算の魔王を背負い、残る三人の仲間と歩みを進めた。


 病み上がりのザークレーと。

 聖遺物を使えないシリックと。

 カルンである。


「…………こんな時に何だが、一つ提案がある」


 そう呟くと、ザークレーが鋭く口を挟んだ。


「――――ほう。言ってみるがいい。くだらない与太話でないことを願うばかりだが」


 こいつ本当に鋭いよなぁ。提案って単語だけで察しやがった。


「いや、とても現実的な話しだと思うんだが」


「――――はっ、泣けてくるな。だがそれ以上は口にしてくれるなよロイル。お前が何を口にするのかは知らんが、雰囲気から察するにそれは言わない方がいい事柄だろう」


「…………やれやれ。分かった分かった」


 山に入って分かった。その動き、顔色、存在感――まず間違いなく、ザークレーは戦力にならない。


 よって、彼には引き返すことを提案するつもりだった。もっと直接的に言うと、置き去りにするつもりですらあった。この先何が起きるか分からないしな。


 しかしまぁこいつは頑固者だ。役に立たないから下がれ、と言っても聞く耳を持たないだろう。俺から発言権を奪う辺り、自覚もあるのだろうし。


 それでも尚、黙れ・・とコイツは言った。


 だったらもうよかろう。


「オーケー。全員、地獄の果てまで付き合ってもらうぜ」


「フェトラスちゃんに会うだけなのに、大げさですねぇ」

「そうですとも。この世の全てが地獄に等しいというのに、何を今更」

「――――ふん」


 深く言葉を交わすまでもない。みんな、同じ気持ちだった。


「お前等本当に脳天気っつーか、恐れ知らずというか……」


「――――その筆頭が何を抜かす」


「へいへい。野暮なこと口にして悪うござんした」


 俺はおんぶしていた演算の魔王を背負い直して、ため息をついた。


「じゃ、目的地まで気張って行こうか」


 返事は無かった。


 誰しもが、堅い決意を胸に歩みを進める。




 演算の魔王が指し示した場所は、とても複雑なルートを辿る必要があった。


 真っ直ぐ進めれば楽なのだが、歩行不可能な断崖等があったために遠回りを強いられたのだ。


 デカイ山なので水辺はそれなりに存在したが、安全性と速度を天秤にかけた結果、目的地にたどり着くためにはその貴重な水辺をある程度無視する必要性があった。


 革袋に詰められるだけ水を詰め、道無き道を踏破する。次に水辺が見つかるかどうかは神のみぞ知る。


 食料の補給にも難儀した。動物なんてほとんど見かけないし、食べられそうな果実はおろか、山菜を見つけることすら困難な有様だった。


 エネルギーが必要だ。


 途中で虫さえ食らいつつ、俺達は進む。



「なぁ、野暮なこと言っていいか?」


「素直に愚痴と言ったらどうでしょうか?」


「そうだな。じゃあ愚痴を一つ。腹が減った」


 俺がそう言うと、カルンは露骨にイヤそうな顔をした。


「では選択肢を与えましょう。帰るか、そこら辺の木でも囓るか」


「実質一択じゃねぇか」


 俺はそう言いながら、枯れ枝を拾い上げて口に運んだ。


「噛んでりゃ気も紛れるかねぇ」


「お腹を壊しますよ。そんなもの捨てなさい」


 カルンはピッと俺の口から枝を奪い、ポイッとその辺に投げ捨てた。


「ううう。お腹空いた」


「はいはい。……まるでフェトラス様のような事を仰らないでください」


「アイツの口癖は『お腹空いてない』なんだが」


「でも本音は?」


「なんか食いたい」


「でしょうが。……というか、何ですかこの会話。気を紛らわせたいにしても、もっと有意義な会話をしましょうよ」


 カルンが呆れた様子を示したので、俺はふと気になったことを口にした。


「お前さぁ、その左手どうしたの?」


「はい!?」


 ビッックゥ! とカルンはのけぞった。


「その黒いグローブ。さっき気がついたんだけど、義手でも入れてるのか?」


「え。あ、いや、これは……その……まぁ……義手ですね……はい……」


「ふぅん? えらく高性能みたいだな」


「ななななななな何を根拠に」


「いや、さっき俺の口から枝を取った時に使ってたじゃねーか。その左手」


「ほぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「…………なにその反応気持ち悪い」


「いやいやいや。まぁ、アレですよ。魔族の秘中の秘ってやつですよ。人間如きには教えられませんのであしからず。クックック」


「………………ま、いいや」


「いや本当に何でもないですからね!? ただの義手ですからね!?」


「いや、だからどうでもいいってば」


 カルンの慌てふためっぷりはちょっと引くぐらいに挙動不審だったので、俺はこの話題から離れることにした。


 続いてシリックに声をかける。


「きつくないか? 疲れたらすぐに言ってくれよ?」


「それは私が頼りないからでしょうか」


 気を遣われたと思ったのか、シリックはちょっとだけ俺を睨んだ。その表情に対し、俺は苦笑いを浮かべる。


「いや、そうじゃなくてな。このメンツの中じゃお前が一番冷静だろ? カルンは魔族だし、ザークレーは病み上がりのクセに意地っ張りだし、俺に至っちゃ平静からほど遠い。だからお前が疲れたって言わない限りは、休憩を取るタイミングが掴めないんだよ」


「………………私だって別に平静じゃありませんよ」


「じゃあ平静になってくれ。お前は俺達の大事なブレーキだ」


「………………ロイルさんはズルいなぁ」


 そう答えたシリックは、俺と同じ様に苦笑いを浮かべた。その表情には柔らかさが戻っている。


「じゃあ、お言葉に甘えるというか、役割を果たします。この坂を登り切ったら、少し休憩しましょう」


「ありがてぇ提案だよ」


「では坂を登り切ったら、次の水辺の見当でも付けますか。どうやら先は長いようですし」


 カルンも休憩に同意し、俺達の歩みは少しだけ早まった。




 坂を登り切って、全員で適当に腰を降ろす。


 俺は演算の魔王をそっと地面に横たえて、その顔色を確認した。


「…………うむ。多少はマシになったようだが、まだ顔色は悪いな」


 疲労の具合が激しい。


 探索魔法を使った後に、天瀧弓ライアグラの使い手であるジンラと戦ったのだ。そしてその際には魔力を完全に空にしている。


 彼女が意識を取り戻すには、それなりに時間が必要だろう。


 俺はほんの少しだけ演算の魔王の口に水を含ませて、それからため息をついた。


「コイツが指し示した場所には、まだまだ遠そうだな……」


「――――そうだな。まだ五分の一も進んではおらんようだ」


「うげぇ。現実は厳しい」


 それはさておき。


「動物はおろか、モンスターの影すら見えんな。これって演算の魔王のおかげなんだろうか」


「……あるいは、フェトラスちゃんのせいか」


「あの御方のご威光と考えて間違いないでしょう」


「そうなんですか? ですが、フェトラスちゃんがいるのはまだまだ先のはず。だったらこの辺りならまだモンスターぐらいいるのでは?」


「いったいいつからこの山に滞在しているのかは知りませんが、二日もあればこの山からはいかなるモンスターも逃げ出す事でしょう」


「私の知ってるフェトラスちゃんと、カルンさんの知っているフェトラスちゃんではだいぶイメージにズレがあるみたいですね」


「………………私は貴女と違って、フェトラス様に敵意を向けられたことがありますので」


 それきりカルンは黙った。話しかけるなオーラが全開だった。


「もういいだろ。普通に休憩しよう」


 俺はズダ袋から保存食を取りだして、みなに分けた。


 それきり会話は途絶え、各々は不安と一緒に栄養を飲み込んだ。





 行軍開始から何時間経っただろうか。


 いい加減疲れた。一度、カルンに「代わりに演算の魔王おぶってくれない? 俺の分の保存食をちょっとだけ分けるから」と提案したが、死ぬほど……というか死んでもイヤだ、という顔をされたので断念した。


 演算の魔王は相変わらず眠っている。休憩を取るたび、その顔色は少しずつ良くなっていってはいるが、まだまだ時間がかかりそうだ。これが気絶なのか、昏睡なのか、あるいはもしかしたら死にかけているのか。判断がつかない俺は、引き続き優しく彼女を背負い続けた。


 しかし、とある地点に至った俺はそっと彼女を地面に降ろした。


「――――どうした」

「どうしたんですか?」


「前方敵影。数は最低でも五。カルン、見えるか」


「ええ、七体いますね」


「マジか。俺には五体しか見えない」


「三体と、二体。そして東に一体と北に一体です」


「方位磁石でも内蔵してんのかよ。……ああ。俺にも見えた」


 道の先にいたのはモンスターだった。


 かなり大型の模様。どこからどう見てもこの山の王者だ。


 巨躯の四足歩行。首が長い。


 全身は毛が生えてなく、灰色の皮膚をさらしている。何かの資料で見た、ゾウという生き物にシルエットが似ているような気がする。


 足下は平たくて大きい。初速は遅いが、スピードに乗ると手がつけられないだろう。


 攻撃方法は体当たり、押し潰し、あとは長い首の先についている頭を振り回すか、その大きな口でかみ砕くか……という所か。


 鈍重そうなパワータイプ。小細工が通用しない相手だ。


「あれがザークレーの言ってたモンスターか?」


「――――そうだ。まずいな。色々とまずい」


「倒すのは難しいか?」


「――――多少距離があるとはいえ、合計で七体だ。我々だけでは無理だろう」


 ま、そりゃそうだ。戦力的に戦えるのは俺とカルンだけだ。


 シリックの弓じゃ大してダメージにならないだろうし、ザークレーに至っては使い物にならない。


「カルン。魔法でちまちま追い払うことは可能か?」


「…………うーん……可能……いや、やめておいたほうが良いでしょうな。別の群れを呼び寄せてしまったら詰みます」


 そもそも、とカルンはため息をついた。


「フェトラス様が住まうこの山に、未だ残り続けているモンスターです。それだけで最大級の警戒が必要ですし、逃げる以外の選択肢は賢明ではないでしょう」


「だけどあの群れを迂回しようってんなら、また更に時間がかかるぞ」


「ふーむ……」


 カルンは少し悩んだようだった。


 それを見て、改めて不思議に思う。


 もしこいつが空を飛べるのなら、真っ直ぐにフェトラスの元へ向かうのだろう。そうでなくたって、こいつの体力なら一人で進んだ方が明らかに早い。


 まだ元気だし、魔族だし。人間と違ってタフだ。


 だがこいつは、俺達と一緒にいてくれる。なんでだろう。……一人でフェトラスに会うのが不安なのかな。


「…………カルン。お前アレと戦おうと思ったら、何匹倒せる?」


「速やかな強襲で二体。混戦になれば一体倒して、多少怪我を負いながら更に二体」


「俺が三体倒すってんなら、完勝出来るか?」


「五分以内に三体倒せるのなら。......ですが、無理でしょう?」


「いやー。実は案外行ける気がする」


 俺は腰にぶらさげた魔剣テレッサをなでた。




 俺とカルンは、群れから少し離れた東側の一体に目をつけた。


「本気でやるんですか?」


「ダメそうだったら助けてくれ」


「……まぁ、いいですけど」


「いいんだ」


 俺は「ははっ」と笑った。


「なんていうか、不思議な気分だよな。人間と魔族が共闘してる」


「今更なにを。もう種族単位で考えるのやめません? 意味ないでしょう」


「そうだな。だけど一応、いまから命をかけるわけだし……儀式の一つでもやっておこうぜ」


「はぁ。儀式、ですか」


 俺は右手を差し出した。


「謝罪は何度もしない主義だが、感謝の言葉は別だろう? ――――色々とありがとうな。今後ともよろしく」


「……………………」


 カルンは眉間にしわを寄せながら目を閉じた。


「私はフェトラス様のために生きる。決して、貴方の味方ではない」


「あいつの味方なら、俺の味方だろう?」


「いいえ。違います。私はフェトラス様のために、そして死ぬために、ここにいる」


「……お前が生きていてくれる方が、フェトラスは喜ぶと思うぞ」


 カルンは小さく首を左右に振って、それから俺の差し出した右手を握りかえした。


「今は貴方の思うままに。私は……いえ、このカルン・アミナス・シュトラーグスは、それの手助けをしましょう」



 俺は魔剣、多斬剣テレッサを抜いて獲物に忍び寄った。


 なんとなくだが、使うコツは分かっている。ジンラをやった時とは違って今回は手加減無用だ。


 悪いとは一切思わない。


 ヴァベル語が通じないから、とか。

 モンスターだから、とか。


 そういうのは全然関係無い。


 このモンスター達だって、普通に生きていただけだろう。環境は過酷で、精一杯生きて、家族を護ったりするんだろう。


 だけど、ただ俺の道を塞いでいるから、という理由だけで俺は今からコイツらを殺す。

 

 そこに罪悪感は無い。何の感慨もなく命を奪う。


 そんな事に思い至らないくらい、俺は平静を失っている。



『フェトラスに会いたい』



 そう願うだけで、多斬剣テレッサは狂ったように俺に力を貸した。



 モンスターに近づいて一閃。

 その切り口は鮮やかで、血がほとばしるのにはタイムラグがあった。


 試すように双閃。

 尾を両断し、鬱陶しい牽制を封じる。


 なめらかに散閃。 

 予想以上のダメージを与え、モンスターがひるむ。


 反撃への刺閃。

 すごい勢いで迫る頭部。その両目を突き狙う。


 巨躯を切り刻む五線譜。

 大きな横っ腹に、大きな致命傷。


 すっとばして、十二閃。

 最後の足掻きと突進してきた王者に、瞬間で放てる最大威力をブチ込んだ。


 初撃から三十秒。

 俺は大した苦労もなく、モンスターを斬り殺していた。


 仲間が討たれた事に気がついたのか、残りの六体が一斉にこちらに向かって突撃してくる。


 俺は呆然としているカルンに声をかけた。


「この武器こわい」


「あ、貴方の方が怖いですよ! 何なんですか、その熟練の動きは!」


「いや、なんか知らんが……めちゃくちゃ思い通りに使える。すごいなテレッサ」


 片刃の美しい剣。


 血を置き去りにする、圧倒的な剣速が出せる。


 堅くて軽い、死を産むモノ。


「悪いカルン。興が乗った。このまま殲滅するから、サポート頼む」


「いや、貴方一人で十分だと思いますが……」 


「これって上位の適合系らしいんだ。急に使えなくなる可能性もあるから……えーと、具体的に言うなら俺がなんか頭ハッピーモードになってる風に感じたら止めてくれ」


「頭ハッピーモードってなんですか。全然具体的じゃないんですけど」


 ぶつくさとそう言いながら、カルンは迎撃の構えを取った。


 それを見て俺は少し安心を覚える。


「じゃ、行こう。どこまで使えるか、もっと試してみる」


 ここで初めて、俺はモンスター達に「悪いな」と思った。


 俺が明日を勝ち取るための、けいけんちとなれ。





「戻った」


 シリックとザークレーの元に戻ると、二人は困ったような顔をしていた。


「な、なんだよ」


「いえ……遠巻きに見ていたのですが……」


「――――お前は何なんだ?」


「は?」


「ちょっと異常でした。モンスターが近づいたかと思えば、何をしたかも分からないうちに血煙が上がり、巨躯が吹き飛ぶ」


「――――三体目を倒した時の動きなぞ、異常すぎて気味が悪かった。あの高速の尾を避けた時なぞ、人間技ではなかったぞ」


「特に最後のジャンプですよ。いや、飛翔? 完全に空を飛んでましたよねアレ」


 ドン引きされていた。


「うーん。まぁ確かに、我ながら良い動きは出来たと思うが……何も、そんな目で見なくても」


 下手したらバケモノを見る目だ。


 そう言ってみると、ザークレーは目を細めた。


「――――多斬剣テレッサ。上位適合系。私も少し触れてみたから分かるが……あそこまで力を発揮出来るとは、どういう理屈だ? それにお前は全く後遺症にさいなまれていないようだが」


 頭ハッピーモードのことだ。


「ストレスを力に変える、だったか。それって実は間違ってるんじゃないか? 別に何も変わらないぞ」


「――――――――ふむ」


 ザークレーは思案顔になったが、俺としては割とどうでもいい。


 なぜ多斬剣テレッサがこうも容易く使えるのか?


 知るか。相性が良いんだろ。たぶん。


「とりあえずテレッサは超有能だ。たぶんどんなモンスターが来ても問題無い。作戦を少し変えて、最短距離を進もうと思う」


「まぁ、あんな風に戦えるなら怯える必要もないでしょうけど……」


「――――クラティナよりも使いこなせているのではないだろうか」


「どうなんだろうな」


 まぁ何はともあれ助かる。


 フェトラス。もうすぐ会いに行くからな。








 そして一行はたどり着く。


 演算の魔王が指し示した場所へ。


 曇り空がよく見える、広大な溶岩地帯。


 遠くの方では今もなお大地が赤く燃えている。


 だけど局所的に雨でも降ったのか、あたりの溶岩は冷え切っていた。



 そして一際大きな岩の上。


 彼女は腰を降ろして、歌っていた。




 見知らぬ誰かが、歌っていた。






 

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