管理者 終
暗闇の中、ジョーセフは紅茶を飲みながら思案しました。
三つの質問。
知ってはいけない【神理】。
ジョーセフは考察しました。
今まで抑圧されていた、彼の「本性」を、全力で駆使しました。
「……一つ目の質問だ」
「どうぞ?」
「大いなる目的とやらは教えてくれないんだよな? だったら【上級管理者】は何のために働いているんだ?」
「微妙に二つの質問を織り交ぜるのズルくない?」
「……大いなる目的とやらに関してはただの確認だ」
「まぁいいけど。今回だけはサービスだ。大いなる目的については教えられない。で、上級管理者についてだけど、これは単純に高いご褒美ポイントを稼ぐための存在とも言えるね。はっきり言って指令は高難易度揃いだ。でも……例えば、とある魔獣を討伐しろ、なんて指令が下ったとしたら、一万点はもらえるだろうね」
「い、一万……!?」
簡単な人助け程度では十点ほどしか稼げなかったジョーセフは驚きました。
「高難易度になると、最低千点はもらえるよ。まぁそんな感じで【上級管理者】達は様々な恩恵を受けるために日夜頑張ってるわけだ」
「…………もう少し説明してほしい、と言ったら、それは質問にカウントされるのだろうか」
「その質問自体をカウントしてやろうか。あまり欲張ってはいけないよジョーセフ」
「…………チッ。まぁいい。自分で確かめる」
「賢明なことで。さぁ残り二つだ」
そう告げられたジョーセフは、少しだけ緊張しながら口を開きました。
「………………お前は、なんのために神様の手助けをしているんだ?」
「それについては答えられない」
ピッ、と魔王を人差し指を立てました。
つまりそれは、【神理】に触れたという証でした。
「この指が全て開いた時が、キミとのお別れの時になる」
「そうかい......」
その返答は予想済みでもあったので、ジョーセフはすぐに次の質問へと移りました。
「じゃあ次の質問だ。魔王と聖遺物は何のために存在する?」
「…………それも答えられないなぁ」
「いいや、答えられるはずだ」
ジョーセフは言い切りました。
「少なくとも、どちらか片方ならば答えられるはず」
「……どうしてそう思う?」
「だってこんなの、普遍的な質問だろ? 魔王とは何か。殺戮するものだ。聖遺物とは何か。それを打倒するものだ。……セットにするから答えられないというのは理解した。だったらせめて、片方でいいから教えてくれ。出来れば魔王が存在する理由を」
「………………ずるい! 質問することで新しい情報を引き出して、そこから質問の意味を変えてくるのは本当にずるい! しかも最後にちゃっかりと質問の方向性まで定めてきやがった!」
「ふっふっふっ。伊達にコツコツとご褒美ポイントをため込んでねぇよ。ほら、見返りを俺によこせ」
「ちくしょう。本当に狡猾だ。でも面白いからいいや。僕にとって面白いという事はとても重要なことだから」
魔王は苦笑いを浮かべて、ふぅとため息をつきました。
「質問を確認するよ。魔王の存在理由、でいいんだね?」
「ああ」
「魔王とは半受肉した精霊だ。それぞれが様々な理由で生きている。殺戮の精霊・魔王の存在理由は『殺戮すること』の一点に尽きる。以上だ」
「……お前は別に何かを殺戮するようには見えないんだが」
「存在理由が殺戮だとしても、生存理由は違うってだけさ。僕はただ存在するだけじゃなく、僕の理由で生きている」
分かったような、分からないような。
そんな感想を抱きましたが、ジョーセフは軽くうなずいて見せました。それを見た魔王がにこやかに笑います。
「納得してもらえたかな?」
「いや、全然」
「はい?」
「殺戮の精霊が、殺戮を目的に存在している? その程度、子供だって知ってる。一般常識とすら言える」
「…………そんな質問をしたのはキミだけど」
「おいおい。まさか神様からの手紙が、一般常識レベルの回答と同価値なわけないだろう? 俺が期待したのは、奇想天外なこの世の真実の一端だ。まさかそんな普通の回答をされるとは思ってなかった」
「…………」
「まったくもって、残念な結果だと言わざるを得ない」
「……………………ジョーセフ」
「いや、いい。俺の質問の仕方が悪かったんだろうさ。全くもって残念だが、これで納得するしかないんだろうな。いやー。貴重なチャンスをフイにした自分がバカバカしくて泣ける。やっぱり俺は管理者という崇高な仕事には向いてないようだ」
「ジョーセフ! お前、底意地が悪すぎるぞ!!」
そりゃないよ! という呆れた表情を浮かべた魔王に、ジョーセフはペコリと頭を下げました。
「…………許せ。俺はお前の呪いのおかげで発狂せずに生きてこられたのかもしれないが、お前の呪いのせいで大層不自由でストレスフルな人生を送るハメになってしまったんだ。そりゃ底意地も悪くなる。ああ、改めて礼を言っておこう。俺が長生き出来る術を教えてくれてどうもありがとう」
「ぐぐぐ」
「お前は魔王だが、最高だな」
「お前は最低だな!! …………はぁ、もういいよ。キミの狙いは読めてる。今の質問をノーカウントにしろってんだろ?」
「えっ、えええっ!? いいのか!?」
「わざとらしくてウザい! …………ああ、僕も大概お人好しだな……まぁいいや。今のはやり取りはもう本気でどうでもいいから、さっさと、そしてちゃんと質問してくれよ」
これにて質問権は二回のまま。ジョーセフは再び頭を下げました。
「ありがとよ」
ジョーセフはそう言って、鼻の頭をかいたのでした。
「じゃあ次はマジで素朴な疑問。……管理者に下る指令は、ほとんどが人助けだった。いいか、人助けだぞ? 神様がわざわざ人を雇って、人助けしてる。それはどうしてなんだ?」
「秩序のためだ。治安維持。風紀維持。節度維持。まぁ要するに、人間に『この世界も捨てたもんじゃない』と希望を持ってもらうためさ」
「…………うん?」
「人間が助け合う事によって、人間社会の荒廃を食い止め、善良なる意思で繁栄させる。そのために末端管理者は存在していると言っても過言じゃないね」
「…………本当に神様っぽい動機だが、なぜわざわざ人間を雇って人助けを……? 神様が自分でやればいいのに……」
「それが次の質問でいいのかい。いいんだね。よし答えよう」
「ごめんごめんごめん。今の無し。とりあえず納得した。次の質問に移る」
どうやら【末端管理者】は本当に末端らしく、大いなる目的を達成させるための一助にはなるが、大した存在価値は無いらしい、ということをジョーセフは知りました。
これにて質問の二回は達成。
残るチャンスはあと一回。
ちょっとした駆け引きこそありましたが、目の前の魔王が大サービスを振る舞ってくれたのは事実。ジョーセフは「これ以上は失礼にあたるし、なにより危険かもしれない」と、気持ちを切り替えました。
そして、次は四回残されているという【神理】に触れるチャンスを行使する事にしたのです。
「じゃあ次の質問をさせてもらおう……大いなる目的が達成された時、誰が得をするんだ?」
「は?」
「いやだから、末端管理者は世界の秩序のために。そして上級管理者は自分の見返りのために生きてるんだろ? だったら、その上は? そして最終的には一体誰がどんな利益を得るんだ?」
「ジョーセフ……キミ、わざと【神理】に触れようとしてない?」
「せっかくのチャンスだしな。どこまで線引きをしていいのか知りたいんだよ」
「ノーコメントだ。それに関して僕は答えない」
魔王は少し不機嫌になってしまったらしい。
「というか、そういうつもりで【神理】に触れて良いと許可した覚えはないよ。キミの偉大なる才能に敬意を表して、うっかりのミスなら許すと言っただけだ。意図的に【神理】に触れるなんて危険すぎる」
「わ、悪かったよ。どうやら調子に乗りすぎたようだな」
だったら、と。ジョーセフはする予定の無かった質問を挟み込みました。
「次の質問だ。……神様は、一体何人いるんだ?」
その質問に、魔王の表情が激変しました。
「…………僕には、答えられない」
「そうか」
「逆に問う。一体なんの確信があってそんな質問をした?」
「以前お前が言っていたことだぞこれ。自分の考える神様と比べると低次元すぎる、って。だからまぁ、この質問は俺にとってあんまり意味が無いんだが」
「あんな昔の戯れ言を、よくぞそこまで覚えていたもんだ」
「答えてくれたらラッキーだとは思っていたが、まぁ答えられないよな。その時点で神様が複数いると」
ドクン、と。
ジョーセフの心臓が高鳴りました。
複数の神。低次元。つまり高次元があって。
ドクン、と。ジョーセフの心臓が凍り付きました。
ゆっくりと、ジョーセフは魔王の顔を見ました。
「ああ。その通りだよジョーセフ」
「そん、な」
「すまないジョーセフ。これもやっぱり僕の落ち度なんだろうね。本当にすまない。そして残念だ」
「…………え…………そんな…………こ、これで、終わりなのか?」
「――――それが最後の質問でいいかい?」
「ま、待ってくれ。そんな。おかしいじゃないか。だってこの程度の考察、何年も前に」
「ジョーセフ。この世界の人間はね、いかに信仰心が薄くても神様が複数いるだなんて、思っても見ないものなんだよ」
「いや、だって、そんな……」
「もう手遅れだ。キミの中に【神理】は芽生えた」
止まってしまった心臓が動き出す気配は、ありませんでした。
「やれやれ」
パンッ、と手を叩いて、魔王はため息のあとにニッコリと笑いました。
「本当に残念だよジョーセフ。何年も前に考察していただって? よくぞそれが我慢出来たものだ。見事としか言いようがない」
「そんな……だって……そんな……」
「キミほどの逸材を失ってしまったのは僕の責任だ。そしてキミの人生を狂わせてしまったのも僕だ。本当に申し訳ない。ただ、一つだけ言い訳をさせてもらってもいいかな?」
「………………」
「もし僕が勧誘しなかったら、キミはここまで長生き出来なかっただろうね。いずれは始末されていただろうさ。それほどまでにキミは異質だ。まるでこの世界の人間ではないかのように」
「………………」
「あとは愚痴を。意図的に【神理】に触れようとするなと親切に警告してやったのに、なんでキミは平気でそれを乗り越えるかなぁ。断言するけど、そこだけはキミの責任だよ」
「………………」
「まぁたまにそういう人間も出てくるから、【管理者】とか僕みたいなのがいるわけだけど」
「もう……ダメなのか? 俺はここで終わりか? こんなにあっさりと?」
「終わりだね。現実世界に戻ったら、キミは今のキミではなくなる」
「うそだ……そんなの、嘘に決まって……る……」
「……せめて制限時間いっぱいはゆっくりしていくといいよ」
無慈悲な諦め。
ジョーセフはおいおいと泣き出してしまいました。
「そんな。嘘だ。嫌だ。俺にはまだ作ってない靴があるんだ。歩いたことの無い土地があるんだ。実は魔族にも靴が売れないだろうか、とか。そんなことを色々と考えていたんだ」
「ああ。それは残念だねジョーセフ。可哀相なジョーセフ。キミにこの箱庭は狭すぎた」
「そんな、あんまりだ。お前のせいだ。お前がおかしな事を言うから、管理者になんて誘うから、俺は、俺は」
「そうだね。僕のせいだね。謝るよ」
「謝ってくれなくてもいい! 助けてくれ! 俺はこんな所で終わりたくない!」
「残念だけど、もうどうしようも出来ない。キミは現世に帰った瞬間、発狂して、それで終わりだ」
「嘘だうそだウソだ! だって、こんなのあんまりじゃないか! ご褒美ももらわずに、ただひたすらポイントを溜め続けて、それで、それで俺はいつかこの世界の全てを知ってやろうと!」
「…………キミがそこまで優秀でなければ、そうなれたかもしれないね」
「あんまりだ! おい、俺が今まで何点稼いだか知ってるか!?」
「何点って……五千点だろ?」
「二万八千点だよ!!」
「は!?」
「俺は今まで、一度も見返りを受け取っていない! 全部、ぜんぶ禁忌によって減点されてきたんだ!」
「末端管理者で、二万八千点!?」
「お前には分からないだろうな! ただ考えるだけで、次から次に減点されていって! 天罰に怯えて! なんとかそれを回避するために、ひたすら指令をこなして!!」
「…………ジョーセフ……キミは……」
「……何とか禁忌をコントロール出来るようになったのは、ここ最近の話だ……。どこまで考えていいのか。何をしてはいけないのか。ずっと、ずっとそんな追い詰められ方をしてきた……何かあるごとに禁忌のリストを確認して『ここから先には進んではいけない』と確認して……そんな風に……俺は……がっ、我慢して生きて…………」
魔王はすっと立ち上がり、胸に片手をあげました。
「ジョーセフ。すまない。僕が悪かった。キミという人間を見誤っていた」
「…………」
「もしキミが最初からそこまで常軌を逸していると知っていたら、僕はキミなんて勧誘しなかっただろうね」
「謝罪なんていらない……助けてくれよ……助けてください……俺はまだ、何も成しちゃいないんだ……」
「すまない。だけど、諦めてくれ。この世界は【神理】に触れたものを決して許すわけにはいかないんだ。それは僕の権限を最大限に行使したとしても、絶対に覆らない」
即ち、と魔王はジョーセフを真っ直ぐに見つめました。
「キミはもう、終わってるんだよ」
「たす、けて……」
「――――キミにとって、助かるとはどういう状態を指すんだろうね」
やがて泣き疲れてしまったジョーセフは、虚ろな瞳で嗤いました。
「……なぁ、最後に一つだけ、教えてくれ」
「……まぁいいよ。今更だ。ちょうど時間も切れそうだし、本当に何でも答えてあげよう」
「大いなる目的とはなんだ?」
「――――僕のような存在を、かき集めることさ」
そう答えた魔王の瞳には、月の色が宿っていました。
「月眼の……魔王……」
「そうだよ。僕こそが月眼の魔王ロキアスだ」
魔王ロキアスの後ろにそびえ立っていた扉が、ぎぃ、と少しだけ開きました。
それと同時に、ジョーセフの身体が後方へと引きずられていきます。
「い、嫌だ……まだ終わりたくない……俺は、俺はッ!」
「さようならジョーセフ。キミは【神理】を獲得してしまったが、幸いなことに、それはこの空間内での話しだ。すぐに殺し屋が飛んでくるような事はないさ。それが慈悲に当たるのかどうかは知らないけど」
「嫌だ……死にたくない……終わりたくない……!!」
「きっと長生きは出来ないだろうけど、せめて良い末路を」
どくん、どくん。どくん。どくん。
ジョーセフは目を覚ましました。
ここはどこだろう? と頭を動かしますが、よく分かりません。
「ここは……どこだろう……?」
僕は一体誰だろう? と自問しますが、よく分かりません。
「僕は……一体誰だろう……?」
思考が口から駄々漏れの状態で、ジョーセフは窓を開けました。
「きれいだ。まるで作り物のように」
眼下に広がる街通りには、たくさんの人がいました。それを見たジョーセフは何だか愉快な気持ちになってきました。
「ははは。無知な人もどきが歩いてる。ああ、そうか。そういうことか。みんな偽物みたいなものか」
滑稽だった。みんなが哀れだった。
「なるほど。ボンクラだから、普通に生きられるのか。バカと天才は生きるのが困難ということ?」
自分はボンクラ以下? そうかもしれないし、そうじゃないと思いたいし、でもそこまで考えるととっても難しいから、考えると頭がいたくなるから、もういいや。
「ここは鳥かごですらない。僕たちはその鳥に食べられるエサだ。いいやむしろ鳥のために用意されたお空みたいなものか。うふふ。踏み台にされるお空だ」
支離滅裂な言動。耳にするのは自分だけ。ジョーセフは高笑いをあげました。
「はははははははははははは!」
ギョッと、街をゆく人達がジョーセフを見上げます。
「だめだ、ここは嘘ばっかりだ! ああ、あの魔王サマにもう一度会いたいな! 彼は嘘だけはつかなかった! 彼だけがホンモノだ!」
あれ、ジョーセフさんじゃないか?
いま魔王って叫んだ……?
何か様子が変だぞ?
「やかましいわ真性のゴミ屑共が! せいぜい狭い箱庭で、短い人生で、程度の低い自己満足と共に果てろ!」
ヒィッ。
こんな朝っぱらから、一体どうしたんだ……?
おい、誰かジョーセフさんトコの人間呼んでこい!
「あれぇ……? なんだっけ……? なにかとても大切で、すごく綺麗なものを見たような……夜だったら見えるのかなぁ……無理かぁ……アレ、何だったのかなぁ……」
おい、マジでヤバそうだぞ。
誰か憲兵呼んでこいよ。
ジョーセフさん……。
「ええい、こっちを見るな! 僕は、あの魔王に偉大だと褒められた男だぞ!」
あの魔王の名前はなんだったけ。
とても綺麗な少年だったような。
「クソバカ共が! あの魔王サマの名前忘れちまったじゃねーか!!」
それからジョーセフは憲兵に保護されました。
支離滅裂な言動。常軌を逸した嗤い方。
そして誰しもがジョーセフの近くにいると謎の頭痛を覚えました。
なので彼は、遠くの山小屋で軟禁されることになりました。
もしも彼が普通の人間だったら、早い段階で野垂れ死んでいたことでしょう。
けれどもジョーセフは、伝説の靴屋さんでした。
彼の功績は偉大で、誰しもがその変貌ぶりを嘆きました。そして同時に、助けてあげたい。何かをしてあげたい、とも。
だけどジョーセフは。
「あああああああイライライライラする! ねぇ、あの魔王サマを呼んできてよ! またコーヒーと焼き菓子を奢ってもらうんだ! 僕にはその権利があるはずだ!」
ずっとこの調子で。
弟子達が交互に面倒を見ていたのですが、だんだんと山小屋に近づく人間は減っていきました。
今日もジョーセフは、鼻歌を唄いながら紙に絵を描きます。
「できた。あの魔王サマにはきっとこういう靴が似合うはずだぞ」
「あのひとだけがホンモノだ」
「あのひとのために世界はあったんだ」
「だからきっと、あのひと以外のものは、全部要らないものだ」
「あのひとさえいれば、こんな世界、無くなってもいいんだ」
「だってこの世界は」
そのために造られたのだから。
「いやー、参った参った。いい感じの人間がいたんで、いつもよりちょっと密接に関わってしまったら、あっという間に【神理】を獲得しちゃったよ」
《当たり前であろう……お前が【神理】そのものと言えるのだから……》
「うーん。やっぱり直接世界をかき混ぜるのは、ほどほどにしておいた方がいいみたいだね。何事も実験とはいえ、今回はちょっぴり反省。やっぱり管理者は管理者に集めさせるのが無難かー」
《そもそもロキアス。お前はあの人間をどのようにしたかったのだ》
「別に? ただ出来る人間がいたから、ちょっと育ててみようと思っただけ。どんな花が咲くかと思ったけど、末路は大体同じだったね。……まぁ、ほんの少しだけ後悔があるかな。あれほどの逸材だったら、別の使い道というか、活かし方があったんだろうなぁ」
《別に我らは構わぬがな。いかに人間が【禁忌】を犯そうとも、【神理】を獲得しようとも、何の影響もないだろうに》
「いやいや。ここは箱庭だけど、ちゃんとルールがないと。世界が大混乱になったら、月眼収穫なんて言ってられないよ? めちゃくちゃ時間がかかると思う」
《それは……確かに……》
「ほら、実際に僕の言う通りにした方が圧倒的に早いわけだし?」
《今の所はな。だがお前の言う通りでもある。確かに早い》
《そうとも。ロキアスが介入するようになってから、数百年といわず千年単位は短縮されて月眼が実っておる。しかも例外なく失敗が無い》
「でしょ。っていうかこれくらいすぐに分かることだろ? 月眼を収穫するために、月眼が発生した状況を再現させるなんて、基本中の基本じゃないか」
《ここまで徹底的に世界を再現させるなど、手間がかかりすぎると思っていたのでな》
「手間がかかるから自然の成り行きにまかせて? それで数千年費やして? 挙げ句の果てに失敗した世界を自分でブチ壊すわけ? ――――不毛にも程があるっての」
《それもまた昔の話だ……なんだロキアス。我らに今一度感謝してほしいというのか?》
「ナンセンスすぎる。その程度の発想力しかないから、無駄に時間を浪費するんだよ。…………ところで六体目の月眼候補の様子はどうだい? 僕、今回は主に人間にちょっかいかけてるから、その辺の情報をあんまり追ってないんだけど」
《今の所は順調だ。第一候補……谷底に墜ちた魔王ブレィディには愛が芽生え始めている》
「へぇ。そのブレィディ君は何を愛しはじめたのかな?」
《どうやら孤独のようだ》
「……は? 孤独? ――独りぼっちを愛する?」
《ヤツは孤独を愛し始めている。モノや行為ではなく、自分を取り巻く状況を、だ》
「2代目の月眼に少し似てるけど……それ本当に月眼になるのかな。きっかけが無いと無理じゃない?」
《であろうな。故に時期が来れば、人間の大群に襲わせるつもりだ》
「へぇ」
《聖遺物は持たせぬ。うっかり、で月眼候補を討たれては勿体ない。人間に乱痴気騒ぎを起こさせ、ヤツの大好きな孤独を奪う予定だ》
「へぇぇぇぇ! なにそれ超意味不明! でもめっちゃ面白そう! 静かに孤独を愛する魔王のそばで大騒ぎだなんて、すごく人でなしのプラン!」
《順当に行けば、五年以内に成果が出せるだろう。だが、しばらくは静観だ》
「そりゃそうだ。しかし孤独を愛する精霊ねぇ……変わった奴もいるもんだ……それ何が愉しいんだろ……もしかして自己愛の一種かな?」
《さてな。そのような事は些末だ》
「仰る通りで。ということは、僕はマジで今回することが無いな」
《暇なら、いつものように人間社会にでも紛れ込んでこい》
《分かっているとは思うが、無茶はするなよ》
「へいへい。じゃあ今回は何に偽装しようかなぁ。すごい美人に化けて、村の男を手玉に取るのは愉しかったんだけど、次は別の斬新な遊びがしてみたい。何かアイディアはないかな?」
《………………》
《………………》
《………………》
《………………》
《………………》
《………………》
《………………》
「七人もカミサマが雁首そろえて、一個もアイディア出ないとか! 終わってんなお前等!」
大いなる目的のために、カミサマが七体。
観察を愉悦とする……いいや、観察を愛する月眼の魔王ロキアス。
そんな魔王は、扉の中でうなだれた。
「もういいや。とりあえず基本に立ち返って、旅人でもやってくるよ」
それじゃあね、と。
魔王ロキアスはセラクタルへと瞬間移動したのでした。