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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
幕間 管理者
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最初の終わり



 大魔王という呼称がある。


 その者は歴史において突如台頭し、世界中を一色・・に染め上げた。


 彼は世界を塗りつぶした。――――絶望の色で。


 殺戮の精霊・魔王。


 それらの頂点にして、究極にして、完成形。


 大魔王テグア。


 彼は世界を、月色に染め上げた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ひっ……ひっ……ひぃぃぃぃぃ!!」


 男は半狂乱になりながら部隊の本陣へと向けて走っていた。


 いいや、実際少しばかり発狂していたのだろう。彼は自分が見たモノを伝えるためではなく、ただ逃げるために走っていた。


 進む時は三十名いた王国騎士も、今では彼一人。


 他二十九名は全て腰を抜かし、泣き出し、笑い出し、己が死を受け入れた。死んだ方がマシだと、その場で全てを諦めたのだ。


 たった一人逃げ出した彼の手には聖遺物が握られていた。聖槍である。


「あはっ……あはははは!」


 彼が発する悲鳴は、いつの間にか笑い声に変わっていた。 




「伝令! ドルフ小隊長が帰還しました!」


「もうか? 予想より早かったな」


 伝令を持ってきた騎士の顔色を見て、バーゲスはため息をついた。


「どうやら良くない伝令らしい。して、どのような報告だ?」


「そ、それが……ドルフ小隊長は……錯乱しておりまして……」


「錯乱。あの男がか」


 ますます嫌な予感が募る。


 バーゲスは居住まいを正し、騎士の顔をしっかりと見つめた。


「詳細に話せ。ただし私感はいらん」


「はっ……ドルフ小隊長はたった一人で戻ってこられました。大変疲弊しており、ここにたどり着いた時には呼吸が止まりそうな程だったそうです」


「疲弊……戦闘でもしたのか?」


「いえ、どうやら一昼夜走り抜けたような状態でして……外傷等はありませんでした」


「ふむ。錯乱していると言ったが、どのように?」


「控えめに言いまして支離滅裂です。主に『つきが、つきが』とうわごとを繰り返しています」


「つき? ……なんだそれは。他の者はどうなのだ?」


「そ、それがドルフ小隊長は一人でご帰還されまして……」


「一人?」


 バーゲスはますます怪訝な表情を作り、席を立った。


「どうやら直接会った方が早いらしいな」


「ですが……ろくに会話が成立しない有様でして……」


「ならばなおさらだ」


 そう答えた王国騎士団・大隊長バーゲス・カミッドは傍らに置いてあった聖剣を手に取りテントを出た。



 バーゲスが医療テントに出向くと、テント内は騒然としていた。表に立って居た騎士の一人が敬礼をする。


「バーゲス大隊長どの!」


「ドルフの様子はどうだ」


 声をかけながらテントの内部に入ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


「くるな! 誰も、誰も俺に近づくんじゃねぇ!」


 ドルフが、棚を背にして聖槍を人に向けていた。威嚇している。


「ドルフ。落ち着け。何があった」


 大隊長たるバーゲスが声をかけると、ほんの一瞬だけドルフの目に理性が戻ったように見えた。


「ば、バーゲス様……あああ! あああああ! 来るな! お前でも・・・・ダメだ!」


「何があったのだ……」


「月だ! 月が、いたんだ!」


「つき?」


 バーゲスは眉をひそめた。つきとは何の事だろうか。


「月だよ! げ、月眼がいたんだ!」


「落ち着くのだ。げつ眼・・・とは一体なんの事だ?」


「見れば分かる……あんたも、アレを見りゃ一発で理解出来る……この星はもう終わりだぁぁぁぁ! あはははははは!」


 ドルフは聖槍を振り回し、テントの布地を引き裂いた。


「ドルフ! やめよ!」


「もうダメだァァァァ! お終いだぁぁぁぁ!」


「ドルフ!」


 完全に正気を失ったのだろう。ドルフは切り裂いた箇所から飛び出して行き、そしてすぐに転んだ。立ち上がったかと思いきや、聖槍すら投げ出して彼はそのまま走り去っていく。


 誰もが呆然としていた。


 ドルフは英雄である。聖槍使いであり、名前持ちの魔王を何体も屠ってきた歴戦の猛者だ。そんな偉大な男が、まるで子供のように泣きじゃくり、暴れ、とても正気とは思えない変貌を遂げてしまった。その様子はテント内にいる騎士達全員に嫌な予感を押しつけた。


「一体、何があったのだ……おい、ドルフの部隊は誰も戻ってきていないのか?」


「はっ……ドルフ小隊長だけであります……」


「まさか……全滅したとでもいうのか……?」



 ドルフの部隊は、全員・・が聖遺物を所有する英雄であった。


 個は魔王を殺し。


 集ともなれば銀眼すら討ち滅ぼす、世界でも最高戦力。


 通称「抹殺集団エミリネーターズ


 そのリーダーであるドルフの錯乱っぷりは、緊急事態という言葉では足りないくらいの危機感をあおった。



 バーゲスは襟を正し、動揺する騎士達に「傾注!」と叫んだ。途端、訓練された騎士達がその場にて敬礼を果たす。


「各員、緊張感を最大にしろ。これは危機的状況だ。件の魔王は、これまでに討伐してきた銀眼を超える可能性が高い」


 言われるまでもなく、騎士達の緊張感は最高潮であった。しかし、バーゲスの言葉によって各自は動揺を収め、正しく緊張し直す。


「思えば、噂だけを頼りにここまで我らはやってきた。そしてこの地に至り、我らは知った。異様に活性化した魔族達。そして軒並み姿を消したモンスター達。最後にはドルフのあの様子だ。――――抹殺集団エミリネーターズ全員の聖遺物がロストした可能性すらある」 


「ま、まさか……それは流石に……」


「あのドルフがあそこまで恐慌状態に陥っているのだ。見れば、戦った様子すら無かった。あいつは単純にここまで逃げて来ただけだ。あの・・偉大なる英雄ドルフが」


 ごくり、と全員がツバを飲み込んだ。


 それを確認したバーゲスは、ひっそりとため息をついた。


「……全員を集めろ。気合いを入れ直す」


「ハッ!」




 どうやら強い魔王が発生したらしい。


 尋常ではない速度で、国を巨大化させているらしい。


 はるかなる遠方から魔族が集結し、その規模は歴史上でも追随を許さない程の脅威度を、今もなお成長させている、らしい。


 そんな噂話が世間に出回り始めた。


 そして噂話は、徐々に正確な輪郭を抱き始めた。


「あの土地には、とても強い銀眼の魔王がいる」


 人類は速やかに決断し、行動した。


 大討伐である。そのため、世界中から戦力がかき集められた。


 ……しかし、王国騎士の上層部は「抹殺集団エミリネーターズ」だけでも十分だと考えていた。


 彼等が今まで討伐してきた魔王は数えきれず。


 銀眼の魔王ですら二体も滅ぼしてきたのだ。


 彼等は人類にとって神よりも具体的な救い手であった。




「――――そのドルフ達が、全滅した可能性が高い」


 広場に整列していた王国騎士達の間で動揺が走る。だが、誰一人として口を開かない。そこには強固な秩序があった。


「ドルフの帰還以降、半日待ったが誰一人としてここには戻ってきておらぬ。故に我々は最悪のケースを想定する必要がある」


『――――。』


「我々の選択肢は二つ。一度戻り、もっと戦力を集めるか。あるいはこのまま打って出るか、だ」


『――――。』


「私は肩書きこそ大隊長だが……戦場に立てば、私より強い者などゴロゴロいるわけだ。というかここにいる大半は私よりも強いのではないだろうか?」


 緊張感の合間。バーゲスが口にした皮肉に騎士達はフッと笑みを浮かべた。


「故に私は諸君に聞きたい。英雄ではなく、王国騎士でもなく、ただ一人の戦士に問う。我らは絶対に勝たなくてはならない。どれほど被害が出ようと、どれほど時間がかかろうとも、絶対に勝たなくてはならない。だから私はこう問おうと思う――――ここで引くか、あるいは今すぐ死地に赴くか」


 冷徹なバーゲスの視線が、整列した百名以上の騎士達を奮い立たせる。そして誰しもが理解していることをバーゲスは口にしていった。


「ここで引く場合のメリットは、確実に戦力を増強出来る点だ」


 静かに、誰しもが頷く。


「そして死地に赴くメリットだが……ドルフ達はただやられただけではあるまい。今なら件の魔王も疲弊しているはず。その傷が癒える前に討つ」


 先ほどよりも大きく、騎士達はうなずいた。


「……ふむ」


 それを見たバーゲスは、子供っぽく笑ってみせた。


「お前等すごいな。みんな勇敢だ。――――では今一度問おう! 戦力を増強すべきだと考える者は今すぐ身支度を開始しろ!」


 誰も動かなかった。


「では、今すぐ死にに行く覚悟があるヤツは吼えろ! 武器を掲げよ! 死の覚悟を、必殺の誓いに至らせろ!」


 一秒の沈黙。


 そして、怒号が辺りを響かせたのであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ひっ……ひっ……ひぃぃぃぃぃ!!」


 男は半狂乱になりながら走っていた。


 いいや、最早完全に狂っていたと言うべきか。彼はただ走っていた。


 進む時は百名以上いた王国騎士も、今では彼一人。



 全員が、死んだ。



 たった一人生き延びた彼の手には聖遺物が握られていた。聖剣である。


「あはっ……あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 彼が発する悲鳴は、いつの間にか嗤い声に変わっていた。


「あれが月か! あれが月眼か!! ははっ、あひゃははははは! なるほど! ドルフ、確かにお前の言う通りだったよ! この星はもうお終いだ!」


 男の名はバーゲス・カミッド。


 人類最強と呼ばれた聖剣使い。


 彼の末路は。



「私は真実を見た! 神の理を知った! この世界は、あの御方のためにあったのだ!」



 魔王崇拝者と呼ばれるソレだった。




 こうして人類は初めて「月」を知った。




 魔王を超えた殺戮の精霊。


 その者は大魔王と呼ばれた。


 テグア、という名前を人類が知ったのはもう少し後のこと。


 人類の数が復興不可能領域エクスティンクションに突入するのはもう少し後のこと。


 そして最後に、分身剣シルベールが、大魔王テグアを討った。




 世界が滅んでしまった、その後に。





 そして歴史は再開・・され。



 その度に何度目かの・・・・・最期が訪れる。



 世界が一回、二回、三回、四回……。


 月眼が一体、二体、三体、四体……。



 そして十三度目のこの世界。



 終わりは近い。





  

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