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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第四章 All for the one
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4-35 Rain of arrows



 ムール火山。


 活火山らしく、はるか頂上の方では煙が白くたなびいていた。


「ここか……」


 ようやく目的地のすそにたどり着いた俺達。


 森を抜けて、眼前には平野が広がっていた。かつて火砕流でもあったのか、ムール火山の周囲には木々が生えていなかった。たくましいもので、山には鬱蒼とした樹が生えそろっていたが、全く樹の生えていない箇所も多い。なんだかチグハグな光景だった。


 平野には雑草が点々と生えており、少しだけ埃っぽい空気感があった。


 視線を平野から山へ。そしてぼんやりと上空を見上げた。


「でかい山だな」


「――――そうだな。ムール火山はこの辺でも最大級の高さを誇る。あまり広くはないが」


「モンスターの生息はどうなってる?」


「――――数はそこまで多くはないが、大型の物が闊歩かっぽしている。それなりに強い。単体ならまだしも、群れにかち合うと、危険度はCクラスだ」


 危険度C。王国騎士50名で完封・・出来るレベルだ。十全に戦うのなら最低でも10名は欲しいところである。


「人間領域の割には高いな。魔族とかはいるのか?」


「――――この辺にはいないはずだ。魔族にとって旨味も無いしな」


「左様で」


 演算の魔王のフェロモン効果のおかげで今までモンスターと遭遇戦をすることは無かったが、危険度Cとなると戦いはやむを得ないかもしれない。


 まぁ魔族がいなくて良かった。いたら確実に面倒臭いことになってただろう。


「――――常に噴火しているわけではないが、わざわざこんな危険な所に住む人間もいない。そういう意味では、人間領域とも魔族生息地とも言えないだろう」


「空白地帯ってヤツか。自然は豊かだが、寂しい場所だな……つーか、これ探すの相当に面倒臭そうだな」


 まさかわざわざ頂上にいるとは思えないが、それにしたって広すぎる。


「まぁ普通に考えて水と食料が得られる場所にいるんだろうけど、見当とか付くか?」


「――――さっぱりだな。このような辺境の地だ。詳しく知る者なぞ、そうはいない」


「だよな。演算、お前はどうだ?」


「んー。ワタシもさすがに詳細な位置までは……あの時の探索魔法を使えば、それっぽい場所は分かると思うけど」


 ちょっと嫌そうに演算の魔王は言った。実際嫌なのだろう。


「まぁ、ロイルが格好良くお願いしてくれるのなら、ワタシはホイホイ従っちゃうけどね」


「あれしんどそうだからなぁ……時間もかかるだろうし」


 本音を言うと、俺はもうさっさと山に突撃したい。大声を張り上げながら、フェトラスを探してしまいたい。


 俺の声に気がついたら飛んできてくれないだろうかという期待。


 俺に気がついたら、またどこかへ去ってしまうんじゃないかという不安。それのせいで、演算の魔王に何か派手な魔法を使ってもらっておびき寄せるという手段も取りづらい。


 何気なく、俺はシリックにも声をかけた。


「ぶっちゃけミトナスで追跡出来ないかな」


「……相変わらずこの子は反応が無いんですよね…………でも一応試してみます」


 シリックは布に包まれているミトナスを外気にさらした。


 槍のケツを地面に当て、シリックは目を閉じた。最早慣れたものなのだろう。静かに素早く集中した彼女だったが、やがては諦めたように顔を左右にふった。


「やはりダメですね。全く感覚が得られません……まるで普通の槍みたい」


「貸してもらえるか?」


 俺もやってみようと思ったのだが、演算の魔王が嗤った。


ロイル・・・?」


 くそう、こんな状況なんだからちょっと触るぐらいいいじゃないかよぅ。


「違う、違うぞ演算。これはあれだ、お前に苦労をかけたくないという俺の優しさだ」


「あら。ロイルのために苦労するというワタシの愉しみを奪うの?」


「いやそうは言ってもな」


 時間がかかるのが嫌なのだ。俺はもう、駆け出してしまいたいのだ。


「つーか、俺がミトナスを使うのそんなに嫌か? 浮気だと思うか? おいおい、もう忘れたのかよ。俺達は……家族・・になるんだろ?」




 ムール火山にたどり着く前の平野。


 俺達は野営の準備をしていた。


 その際、演算の魔王を二人きりになって俺は告げたのだ。


 家族になろう、と。


 演算の魔王の場合は娘でも嫁でも恋人でもないが、別にそんな肩書きは不要だろう。


 こいつはこいつ。ただ、家族なのだ。それだけでいい。


 そんな気持ちで言ったのだが、予想に反して演算の魔王は怒った。


『ワタシはとっくにそのつもりだったんだけど?』


 怒りながら、泣いて、笑った。幸せそうに。




 とまぁ、そんな事があったのだが、それでも演算の魔王は折れなかった。


「むぅ…………でも、やっぱりダメ。ロイルは武器を持ったらダメなの」


 再三言われている言葉だ。


 もしかしたらコレは……聖剣カウトリアとしての思考ではなく、聖遺物としての名残・・・・・・・・・なのだろうか。


 聖遺物は同時運用出来ない武器だ。右手に剣を、左手に槍を、なんて使い方は出来ない。聖遺物同士が反発したり沈黙したりする。


 だとしたら「武器としてではなく、性能だけを使う」というのも受け入れがたいんだろうな。


 いやしかし、それにしたって普通の剣にも嫉妬するのはどうなんだろうか……。


 まぁいい。


 俺はそう納得して、ミトナスの使用を諦めた。


「それじゃあ……カルンはどうだ?」


「え、私ですか?」


 いきなりのご指名にカルンは驚いたようだった。


「俺がこれを口にするのは心苦しいが、演算の魔王のサポートで空を飛べたり出来ないだろうか」


「うーん……どうなんでしょう。試したことないんですが」


「演算。出来るか?」


「カルンを空に飛ばすぐらいなら余裕だけど、墜落の危険性があるわね」


「よし却下」


 どんな手段を執るのかは知らないが『可能だが推奨しない』と言われたに等しい。


 俺が素早く飛行プランを棄却した事で、カルンは安堵のため息をついた。


「となると、二択だな。演算の魔王に魔法で位置を探ってもらうか、とりあえずフェトラスが居そうな場所にアタリをつけて探すか」


「どう考えてもワタシが探した方が効率が良いと思うんだけど」


「……まぁ、そうなんだがな」


 しかしアレは時間がかかる。演算の魔王の負担も相当だろう。何せ唱えた後にブッ倒れてしまうぐらいなのだから。


 もしフェトラスが未だに暴走状態の銀眼であるのなら。それに対応出来る戦力・・を削るのは得策ではない。 


(戦いたくなんてないんだけどな……)


 しかしそうは言っても仕方が無い。フェトラスがこの山にずっと滞在するとは到底思えないからだ。普通に探そうと思ったら数週間どころか、一ヶ月かかってもおかしくない。フェトラスが移動しないという保証も無いし、やはりここは演算の魔王に頼るしかないようだ。


 怖いのは二つ。時間をかけすぎる事によってフェトラスがどこかへ去ってしまうこと。そして、演算の魔王への追っ手が来ないか、ということ。


『移動したり、ワタシの位置を補足出来る英雄がサポートしてたのかもね。ザファラにはたくさん英雄がいたようだし』


 そんな懸念が確かにある。


 そしてそれは強烈な予感を伴っていた。


 追っ手は間違いなく存在していて、それは俺達に近づいているのだという。


「……すまん演算。頼めるか」


「もっちろん」


「どのぐらい時間がかかりそうだ?」


「調整が難しいのよねぇ……。でも距離も近いし、以前使った魔法ってことを考えたら、前よりはだいぶ速いと思うよ。……三時間ぐらいかかるかもしれないけど」


「すまない。だがお前を頼るに他ない」


「まぁ、素敵な口説き文句。ワタシ意外に頼れるひとがいないだなんて」


 両頬に手を当てながらクネクネと演算の魔王は身体を動かした。


「えっと、それじゃあ早速始めるね」


 何とも切り替えの速いことで。演算の魔王は両目を閉じ、祈りを捧げるようなポーズを取った。


「巨大な存在の影を我に示せ――その身の証を、銘を示せ――」


 前回とは違う様子の呪文のカケラ。改良されたのか洗練されたのかは知らないが、以前よりも呪文の密度と速度が上がっているように思えた。


 俺はみんなの方を振り返った。


「それじゃあ、俺は近くで演算の魔王の様子を見ておくから……お前達は、まぁ、各自英気を養うってことで」


「――――了解した。軽く剣でも振るっておこう」

「無茶するなよ」


「私はミトナスに語りかけようと思います。最早日課みたいなものですけど」

「なんで沈黙しちまったんだろうな……」


「それじゃあ私は……どうしましょうかねぇ。この辺には人間もいないそうですし、ちょっと伸び伸び狩りでもしてきましょうか」

「いつも悪いな」


 それぞれが散っていく。


 俺はどさりと地面に座り込んで、空を仰いだ。


 少し曇っている。雨が降る気配はないが、灰色の雲と火山の白い煙しか見えない。


(人間も魔族もいない、こんな所でいったい何をやってんだか……)


 フェトラスが何かに害される、などという事は全く心配していない。


 恐れているのは、彼女が何かを傷つけることだ。



 カフィオ村のムムゥが伝えてくれた彼女の伝言を思い出す。


 ごめんなさい、と謝られた。


 色々な事に対して。ヴァベル語を扱う者とは戦わないという、そんな約束を破ったことに対して。


 これから殺戮をするらしい。


 世界の仕組み? とやらを。


 いつか必ず帰るから、水輝の街セストラーデで待っていてほしいと。


『そして――――もしも、変わってしまった私のことを――――嫌いに、なったとしたら――――その時は――――大丈夫だから』



(何が大丈夫・・・だってんだよ、ばか娘が……)




 この場所には昼前についたのだが、やはり長丁場になりそうだった。


 演算の魔王は変わらず呪文を唱え続け。


 シリックは交信を諦めたのか、普通にミトナスで槍の訓練をしている。


 ザークレーは身体を動かすことに疲れたのか、剣を置いてシリックへ指導を行っていた。


 カルンは狩った獲物を焼いたりしていた。演算の魔王の集中を妨げないように、律儀に風下でちまちまと料理をしている。


 俺は演算の魔王のそばから離れず、けれども以前と違って多少は楽な姿勢を取らせてもらっている。居眠りをするつもりはないが、手持ち無沙汰でもある。


 演算の魔王が呪文を唱え始めて一時間。


 まだまだ時間がかかりそうだった。




 二時間が経った。



 三時間が経った。


 四時間経っても、呪文は完成しなかった。



 流石に長すぎやしないか? と不安になったが、話しかけるのは躊躇われる。


 こっそりと演算の魔王の顔を見てみると、何やら苦しそうな表情を浮かべていた。まるで川辺の小石を、自分の身長と同じくらいの高さに積み上げるように。焦りと慎重さが入り交じった顔つきだった。


 だが俺に出来ることは無い。


 せいぜい、呪文が完成したあかつきには褒めて讃えて感謝するぐらいだ。



 俺は何気なく空を眺めた。


 灰色の雲しか見えない。ブ厚いというよりは、むしろ薄く見える。だがきっとそれは途方も無い大きさなのだろう。陽の光が遮られて、眩しくも無いのに何だか目がチカチカする。


「……ん?」


 豆粒のような、黒い点が見えた。


「なんだありゃ」


 豆粒が、少しずつ大きくなっていく。


 ぞわり、と肌が粟立った。


「敵襲だ。演算、引き続き集中してろ。こっちで対処する」


 俺が平静を装って警告を発すると、彼女は静かに頷いた。そんな短い動作で、もうすぐ呪文が完成しそうなのが理解出来た。


「ザークレー、シリック。空から何か降ってくる。対話で何とかなると思うか?」


「――――無理だろうな」


「何か降ってくるって……クラティナさんみたいな、英雄でしょうか」


 集合をかけるまでもなく、二人は俺のそばに。


 カルンの様子を伺うと、全力で森の中に走って行く後ろ姿が見えた。あれは逃走ではなく、適切な位置での待機を目指しているのだろう。仕事の出来るヤツだ。


 再び視線を空へ。明らかに、何らかの意思をもってこちらを目指してきている。


「まぁ十中八九俺達の敵だろうな。……出来れば戦いたくない。話しが通じるかどうかは……まぁ実際に会話してみないと分からないだろう」


「――――ふむ」


 ザークレーはじっと空を見続けた。


「――――あのように堂々と飛来してくるとは……さて、如何様いかような人物か……」


「空を飛ぶ聖遺物って、相当レアじゃないか?」


「――――心当たりは少ないな。そもそも聖遺物の能力というのは、基本的に秘匿されている。私の場合はネイトアラスの能力……つまり暗殺かサポートがメインであるからして、他の英雄と協力するのがセオリーだ。そんな事情から他の者よりは多少聖遺物について詳しいが……」


「それでも、思い当たる節はないか」


「――――どちらにせよ、思い付くかぎりの聖遺物の名と対処法を話す時間は無さそうだ」


 彼はそう言いながらずっと迫り来る影を見つめていた。


 その人影は、存外に遅い。自由落下というよりはきちんと制御されているようだ。


「さてさて、どんなヤツが来るのやら……」


 げんなりした風を装って呟いてみたが、全員の緊張感は高まる一方だった。


 そして、人影がはっきりと輪郭を伴いだした頃。


「あれ……二人いないか?」


「――――そのようだ。――――!?」


 ザッ、とザークレーは馬車に向かって駆け出した。


「ロイル、シリック! お前達は森の木陰に退避しろ! 演算の魔王! お前も逃げろ!」


「どうした!?」


「――――すまんネイトアラス!」


 ザークレーは俺の問いかけを無視して、荷台にネイトアラスを優しく、だが素早く置く。そして彼は多斬剣テレッサ・・・・・・・を手に取った。


「――――私に使えるだろうか……クッ、やってみるより他ない!」


 ザークレーが焦っている。それも異様に。


「何事だ!?」


「――――無限の矢が・・・・・降ってくるぞ・・・・・・!」


 その言葉につられて、空を仰ぐ。


 曇り空の中、黒い人影。よく見ると二人いる。そして抱きかかえられていた片方の人物が、白い弓をこちらに構えているのが見えた。


「……【巨影証銘】!」


 同時、演算の魔王の呪文が完成する。薄い闇が走り、山を一瞬だけ染めていく。そして彼女は怒鳴り声をあげた。


「次から次へと面倒くさいわね……無限の矢? よりにもよって、ライアグルが来るなんて!」


 どさりと地面に崩れ落ちる演算の魔王。


「呪文も不完全じゃない……もう……場所しか・・・・分からなかった……」


「演算ッ! もういい、逃げるぞ!」


 俺は倒れ込んだ彼女に駆け寄って、その小さな身体を抱き上げる。


 疲労の色が強く、呼吸も荒かった。


「ロイル、フェトラスは山の八合目に居るわ……あの辺よ……」


 彼女が指さした先は、木々など生えぬ山肌。火口からは遠いようだが、生物の気配がまるでない場所だった。


「そんなことは後でいい! とにかく逃げるぞ!」


 ザークレーが俺達を護るかのように、空へと立ち向かう。


「無限の矢が降ってくるってどういう事だザークレー!」


「五秒後には理解出来る! いいから、木陰に逃げろ! 走り続けろ!」


 英雄は自らの相棒を置き、そして別の聖遺物を天にかざした。


「――――多斬剣テレッサよ。我が陰鬱を喰らえ!」


 俺は走りながら振り返った。


 灰色の空。


 そして、かつての戦争で見た光景と似たようなものが広がっていた。


 一つの白い弓。


 そこから放たれた、空を覆い尽くす程の、数え切れないほどの矢……!


「――――打ち落とせ、テレッサ!」


 風切り音が聞こえてくる。飛来してくる。森まであと十メートル以上。


 小枝を折るかのような音が背後から無数に聞こえてきた。それと同時に、俺の周囲にドスドスと矢が突き刺さっていく。


 最早振り返ることも出来ない。何が起きているかも理解出来ないまま、俺は走り続けた。


 木陰にたどり着くまでに、大地には数百の矢が突き刺さっていた。だが俺自身には一本も当たっていない。俺は走り込んで、樹を背にした。


「ザークレー!」


「――――クッ!」


 声を掛けると同時、ザークレーも木陰へと避難してくる。その肩には一本だけ矢が刺さっていた。


「ざ、ザークレー! 大丈夫かお前!」


「――――不覚を取ったというべきか、あの猛攻を前に一矢だけで済んだと言うべきか……」


 ザークレーは妙に清々しい顔をして、苦笑いを浮かべた。


「――――十分とは言えないが、正しく使いこなせた自分を褒めてやりたい。すごいぞロイル。めちゃくちゃ頭がスッキリした」


「テレッサの後遺症か!? ずいぶんと余裕だなお前!」


 この矢は抜いても大丈夫だろうか、と慌てていると、フッと白い矢は消失した。代わりにダクダクと血が流れていく。ザークレーの白い衣服が赤に染まり始めた。


「…………ザークレー、こっちに来なさい。傷口を見せて」


「演算、お前も大丈夫か?」


「ありがとうロイル。大丈夫よ。ちょっと……疲れたけど……」


 手招きされたザークレーは大人しく傷口をさらした。


「かなり痛いけど、我慢なさい」


「――――なんだと?」


「歯を食いしばりなさい。【炎帯】」


 産まれたのは小さな炎だった。だけど確かに、ザークレーの傷口が灼けた。


「グアアアアア!?」


「……はい、止血完了」


「なにやってんだお前!?」


「ロイルを護ってくれたから、そのお礼よ……」


 目を白黒させていると、だらりと演算の魔王の腕が地面に墜ちた。


「これで魔力はスッカラカン……ごめんなさいロイル。少しだけ……呼吸を整えさせて……」


 そうして演算の魔王は目を閉じた。眠ってしまったわけではないだろうが、疲労困憊もはなはだしい様子である。


「一体何が……はっ、シリック! 無事か!?」


「はい!」


 彼女もまた、俺達から離れた場所で樹を背にしていた。


「地面に刺さった矢がどんどん消えていきます! 第二波も無いようです!」


 その言葉を確認するため、俺は木陰からちらりと平原を見た。


 ほろほろと、風化するように地面に突き刺さった矢が消えていく。まるで夢のように。


 見ると馬が死んでいた。全身におびただしい穴が空いており、血塗れだった。


「クソッ……気の良いヤツだったのに!」


 名前も与えていないが、あの馬も確かに俺達の仲間だった。


 ちくしょう。なんてむごい事をしやがる!


 どうする。どうする? 相手はいきなりこちらを殲滅しようとしてきた猛者だ。というか、俺は知っている。あの空からやってきた人物が誰なのかを。


「おいザークレー。今の攻撃は……お前が言っていた、ザファラにおける最高戦力の一つってやつか?」


「――――そうだ。ジンラ・バルク。無限に矢を撃てるという天瀧弓てんろうきゅうライアグルの使い手だ」


倒し方は・・・・?」


「――――ない・・


「無茶苦茶すぎるだろ……」


 腕の中でぐったりしている演算の魔王は、しばらく戦えそうにない。


 だが俺達の中でまともにアレと戦えるのは、やはり演算の魔王しかいない。


 怪我負った聖剣使い。


 発動しない魔槍使い。


 カルンはどうだろうか。いやいや、普通に無理だろう。あいつの実力はそんなに高くない。



 では俺はどうだろうか。


 俺は、戦えるのだろうか。



「………………演算。どのぐらい時間を稼げば、あのバカ共から逃げられる程度に回復する?」


「……殺す方が早いよ、ロイル」


「そう言うと思ったよ」


 俺はポンポンと彼女の頭をなでて、笑った。


「ちょっと時間稼いでくるわ」


「ダメ……あいつらの狙いはきっとワタシなんだから、ロイルは無茶しないで。このまま逃げて」


「お前を、家族を置いて行けって? 冗談きついぜ。心配すんな。俺はあいつらのターゲットじゃない。だからこそ、時間が稼げる」


「でも、相手は天瀧弓ライアグルの担い手なんでしょう? ダメよ。絶対に戦っちゃだめ」


「心配すんな。ちょっとお話しして、時間を稼いでくるだけだ」


 それが俺の、戦いだ。


 弱々しい演算の魔王の手を優しく振りほどいて、俺は木陰からゆっくりと身体を出した。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔力切れ狙われると演算さん弱いじゃん!!! ちゃんと演算を愛してる主人公かっこいい!
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