4-29 聖と魔
部屋に戻るとカウトリアは寝ていた。
「えっ」
「しー」
とシリックが人差し指を唇に当てる。
とことこと近づいてきて、ひそひそと話し始める。
「ロイルさんが出て行って、横になったと思ったらすぐ寝ちゃったんですよ。実は疲れてたみたいです」
「……まぁ、な。あれだけはしゃげば、そりゃ疲れるだろうさ」
魔王と言っても、まだ小さい。見た目だけならただの子供だ。
ずっと俺にくっついてた時は元気だったが、離れると気が緩んだのだろう。それにベッドは柔らかいしな。
足音を殺して近づいて様子をうかがってみる。寝入って間も無いだろうに、カウトリアは完全に熟睡しているようだった。
「チャンスだ。ザークレーをたたき起こして作戦会議といこう」
「……目が覚めてロイルさんがいない事を知った時の動向が怖すぎるんですけど」
「そうも言ってられんだろ。手早く済ませよう、手早く」
いきなりのチャンス到来である。これを逃すわけにはいかない。俺達は静かに退室し、そのままザークレーの部屋を目指した。
「うおーーい、ザークレーぇぇぇ! 起きろー!」
先程のノックとは違い、今回はゴンゴンゴンと大胆に乱暴に扉を連打して反応を伺う。
やがて、ゴソゴソと音がしたかと思ったらすぐに扉が開いた。
「――――なんだ」
「演算の魔王が寝ちまったから、作戦会議しようぜ」
「――――ふぅ。なるほどな。把握した」
寝起きのザークレーは辛そうに了承した。
緊張の糸が切れて疲労を自覚。即座に就寝。そして間を置かず起こされてしまったので、なんだかげっそりしているように見えた。
室内に入り込んで、ザークレーをベッドに寝転がす。
「お前はそのままでいい。寝てろ。さて……とりあえず手短にまとめようか」
「――――これからどうするのだ?」
「とりあえず、フェトラスを追いかけたいんだが場所の特定は困難を極めるだろうな。普通の人間だったら聞き込みを繰り返すしかないんだが、何せ今のフェトラスは魔王だ。問題を起こせばすぐに情報は拡散される」
「え? 情報が拡散されるなら、場所の特定も難しく無いんじゃ……」
「あのな。あいつが問題起こしたら終わりなんだよ。何をするつもりなのかは知らんが、何かしたらもう取り返しが付かない。だから、情報が無いまま、あいつを見つける事が一番理想的なんだよ」
「う……た、確かに」
「そういう聖遺物があるならいざ知らず、俺達に打てる手はない。なので必然的にあいつらの力を借りる必要がある」
「確かに。魔族のカルン、魔獣のイリルディッヒ、そして演算の魔王……全員が魔法を使えるわけですし、彼らにフェトラスちゃんを探してもらうのが一番手っ取り早いですね」
「そもそも、演算の魔王はどうやって俺を見つけ出したんだ?」
「確かイリルディッヒが、フェトラスちゃんの波動? を追えるとか何とか。……でもそうやって巡り会ったのが何故か演算の魔王だったので、追跡能力としては微妙みたいです」
「ふぅん……」
そこからシリックは、どのように旅をしてきたのかを語った。
イリルディッヒがフェトラスを追って、何故か演算の魔王と出会い。
演算の魔王は気付きを得て、魔槍ミトナスを探し出し。
そしてシリックからの情報により、カフィオ村に向かい。
そして上空からの目視で俺を発見したと。
「も、目視? 空の上に居たってのに、そんな距離で俺だと判別出来たのか?」
「……そういえば、なんか急に立ち上がってキョロキョロしたかと思ったら『見つけた!』って叫んでましたね。ロイルさんの匂いでも感じ取ったんでしょうか」
「こわい」
まぁそれは置いてこう。
「ふむ。となると、イリルディッヒに頼るのが一番早いのかもしれないな。微妙とはいえ、追跡自体は出来るみたいだし」
まぁそのイリルディッヒはどっかに逃げていったんですけど。
「……行ったり来たりしてんなぁ。カルン辺りにイリルディッヒの探索を任せるか?」
「――――本格的に別行動を取るのは少し怖いな。何せやつは魔族だ。お前達と違って、私はあやつがどんな者なのかをまだ知らない」
「あー。確かに。あんまり魔族を人間領域でウロつかせるのは危ないよな」
人間も、カルンも、どっちも危ない目に合いそうだ。
仕方が無い、と俺はため息をついた。
「俺達にとって一番怖ろしいのは、どれぐらいの猶予が残っているか全く分からん、ということだ。フェトラスが何かをしようとしている。それが既に始まっているのかどうかすら分からん。一分後なのか十日後なのかも不明だ。だから、もう手段なんて構ってられねぇよな」
「――――というと?」
「演算の魔王に協力を頼もう。俺がお願いすれば、そういう魔法を使ってくれるはずだ」
「大丈夫なんでしょうか……」
「俺に翼を与える事すら出来る、と言ってたくらいだ。そこは大丈夫だと思う」
「いえ、魔法の成功云々ではなく、演算の魔王とフェトラスちゃんを出会わせる事がそもそも危険なのではないか、という話しです」
「それは………………」
何の返事も出来なかった。
「――――ロイル。いつか話したことがあったな。最善を目指すのか、最悪を回避するのか。今回はどうするつもりなのだ? お前は何を望み、何のリスクを背負う?」
簡単に返事が出来ないことだった。
「……とりあえず、フェトラスに会ってみないことには、何とも言えないな」
「――――ぐぅ。胃が痛い」
ザークレーは深々とため息をついて、片手を上げた。
「――――まぁ基本方針はそれでいいだろう。では、今のうちにしか出来ない話しをしておこう。演算の魔王についてだ」
「ロイルさんは、演算の魔王をどうするおつもりなんですか?」
「どうって言われてもな。別に……」
討伐する気なんてない。アレは魔王だが、俺の相棒だったモノ。危険性は計り知れないが、銀眼の魔王に比べると、別に、としか。
「まぁ個人的な理想を言わせてもらうなら、三人で暮らすのも悪くねぇかな、って思ってるよ」
カウトリアは言ったのだ。フェトラスがロイルの娘ならば、それは自分にとって家族と同じなのだと。
そして、それを聞いた二人の人間は、お互いに額を押さえた。
「ロイルさん……その発想は、ヤバすぎますよ……」
「――――ドグマイアの言い分ではないが、私もお前は死んだ方がいいのではないか、という気になったぞ……」
「俺もそう思う」
苦笑いしながら、今し方自分が口にしたことを振り返る。
「魔王二人と家族になる、か。あっはっはっは。うん。魔王崇拝者どころの騒ぎじゃねーなコレ」
「――――そもそも、演算の魔王とは何なのだ?」
「それを知ろうとすると、謎の頭痛に襲われるわけだ。というわけで、言えない」
「――――頭痛が永遠に続くわけではあるまい? 事実、お前はヤツの本性というか……正体を知っているのであろう?」
それは、真実に踏み込んだ言葉であった。
頭痛、と言っているが、あの痛みは尋常ではない。剣に斬りつけられたり、魔法で焼かれる痛みとも違う。あれは、命ではなく魂を砕く痛みだ。
そして何より【口にすることが忌々しい】と俺は思っている。
「俺が無事なのは、たぶん俺がイレギュラーだからだ。ほんの少し事情を知っているから、助かっているだけなのかもしれない。……口にしたが最後、お前達が死んでしまう可能性すらある気がしてならないんだよ」
二人は押し黙った。
そよ、と。開いた窓から優しい風が吹き込む。
「……ロイルさんが言うと、説得力が重いですね」
「――――ああ。なにせ他に例のない、常軌を逸した魔王崇拝者だからな」
「そんな目で見るのやめて?」
多少傷つきながら、俺は頬をかいた。
「まぁ、その辺はおいおい考える。とりあえず俺から言えることは、演算の魔王は危険な存在だが、俺が敵対行動をとらない限りは味方でいてくれるだろう」
「――――何か含みのある言い方だな」
「まぁな。ヤツがフェトラスを害そうとするのなら、俺は確実にヤツを」
ころ、まで言いかけた俺だったが、シリックがそれを止めた。
「……わざわざ言葉にしないでください」
「……そうだな」
さっきのアレは寝たふりで、盗み聞きされているかもしれない。そうだとしたら、俺の言葉こそが敵対行動の一歩目だ。
「悪いシリック。ちょっと昂ぶってた」
「いえ……」
作戦会議、とは言ったものの。
結局俺達は「どうしよう?」と悩むだけで終わった。
でも実際どうしようもないし、カウトリアが起きると怖ろしいので俺は一人で部屋に戻ることにした。シリックが買ってきてくれた食料を手に、部屋の鍵を開ける。
演算の魔王カウトリアは、先ほどと同じポーズで眠っていた。
別にわざわざ起こす必要もあるまい。俺はテーブルに食材を置きつつ、その寝顔を眺めた。
美しい顔立ちだった。
芸術品とやらに触れたことはないが、きっとこれは価値があるものだろう。
短めの白髪。フェトラスと同じくらいサラサラだ。
脱ぎ捨てられたローブ。そして淡い黄色の精霊服。まるで蝶のように軽やかだ。
黒い双角は小ぶりだが、しっかりと髪から突き出している。白髪との対比もあって異様に目立つ。
その寝顔は、喜怒哀楽の一切を感じさせない、静謐なものだった。
(永遠を耐えた、か)
なぁカウトリア。
ごめんな。
そこまで想ってくれて、ありがとうな。
それでも応えられなくて、ごめんな。
彼女の愛を受け入れることは出来るだろう。俺だってカウトリアのことは嫌いじゃない。
だけど、違うのだ。
俺の心を大地に例えるなら、そこにはフェトラスの樹が生えている。剣と盾に似た実を付ける大樹だ。
他にも色んな木や草花が生えている。それはシリックに対する想いだったり、ザークレーに対する感謝だったり、戦友トールザリアへの憧憬だ。
そしてカウトリア。ごめんな。
きっとお前の心の中には、俺しかいないのだろう。世界で唯一存在する大樹として、荒野に根付いているのだろう。
(俺はお前と同じ気持ちには至れない……)
切なさで胸が苦しい。
(永遠を耐えた、か……)
再び同じフレーズを思い描いた俺は、無意識のうちにカウトリアの頭へと手を伸ばしていた。
彼女が起きてしまわないように、優しくそれを撫でる。
いじらしいとは想う。すごく。
だけど愛おしいとまでは、フェトラスのようには感じられなかった。
「ん……」
「ああ、悪い。起こしちまったな」
「……ロイル」
ぼんやりと目を開けた彼女は、やがて泣きだしてしまった。
「うっ……ひっく……ううっ……」
「ど、どうした」
「ろっ、ロイルが……ロイルがいる……ロイルが……」
彼女は弱々しく起き上がって、俺をぎゅっと抱きしめた。
「怖かったの。目が覚めたら全部夢だったんじゃないかって。今もなおワタシはあの闇の中にいて、幸せに狂っているだけなんじゃないかって。でも目を覚ましたら、ロイルがいたの。ワタシの髪を撫でてくれていたの。嬉しかったの」
怖くて、嬉しくて、そして。
「こんな幸福に耐えきれる自信が無いくらい、あなたのことが好きなの」
殺戮の精霊・魔王。
俺は一つの違和感の正体を突き止めた。
カウトリアと出会ってから、俺は彼女のことを「魔王」と理解しつつ、けれど一度も「殺戮の精霊」として認識出来ていなかったことに。
「……腹減っただろ? シリックが飯買ってきてくれたから、食事にしようぜ」
「うん!」
にぱっと笑ったカウトリアは、こう言った。
「おはよう、ロイル!」
食事をしながら会話を重ねた。
本当なら今すぐフェトラスのことを追跡させたいが、なんというか、俺が一方的に利用するのは色んな意味で不義理だと思えたからだ。ドライな言い方をすれば、この世はギブ・アンド・テイクである。まず彼女を喜ばせないと、気持ちの良い協力は得られないだろうからな。
俺が何を与えずとも、彼女は俺に施してくれるだろう。だけどそれに慣れてはいけないのだ。魔王の力を利己的に使おうというのだから、そこに戒めが無ければ、俺はそれに溺れてしまう。
(そんで、いつか手痛い……致死的なしっぺ返しを喰らうわけだ)
はやる気持ちはあったけれど、俺は今しばらくはカウトリアに付き合うことにした。
「それでねそれでね、ロイルとあったらしたいことリストを作ってたんだけど、全部達成することが不可能って分かっちゃったの! だって、終わりが無いんだもの! 例えるなら一緒にご飯を食べたいって願いがあって、それを叶えたとするよね? でも叶えたから終わりじゃないの! また一緒に、何度でもしたいの! しかもどんどんしたいことは増えるの! だからね、だからね!」
「うんうん」
話しを聞くばかりで、返事は上手くない。
何にも言えねぇからな。
それから延々とカウトリアは喋り続けた。
まるで終わりがないかのように、永遠にこの時間が続くかのように。日が暮れて夜が来ても、彼女は止まらなかった。何せ「夜が来た」という状況変化一つで彼女の話題が増えるのだ。喉が渇いた。お腹が空いた。お風呂に入りたい。何もかもがカウトリアからのメッセージに変化していく。
「それでね、それでね!」
「あー」
しかし、いくら何でも喋りすぎである。
キリがない。そろそろこちらの本題も切り出したい所だ。
「どうしたのロイル?」
「いや、その」
「何か気になることでも?」
「気になるっていうか……」
「質問があるなら答えるよ? あの頭痛関連以外なら」
「質問……」
まぁ、カウトリアが一方的に喋り倒すよりは、話しを繋げやすい……か?
演算の魔王。この世ならざる、真理を知るもの。
別に浮かれたわけではないが、俺はちょっと気になっていたことを尋ねることにした。
「そういえば、何だって魔族は魔王を信仰するんだ?」
魔王は最強の単騎である。魔王は魔王とつるまない。全ての生命の敵。殺戮するもの。だけど魔王が国を造る時、そこの住人は魔族である。
「信仰じゃないよアレ」
「へ? 違うのか?」
「あれはね……いや、ちょっと待って。これも頭痛案件なんじゃないかしら……」
「えっ、コレもなのか?」
「どうだろう。えっと……そもそも魔族っていうのは、何だと思う?」
「人間とは違う生き物、としか」
「そう。生態系も、文化も、倫理観も人間とは全く違う生き物。共通点といえばヴァベル語を使うって所ぐらい」
「そうだな。独自の言語を持ってるヤツ等もいるみたいだけど、ヴァベル語の応用か、野生動物の遠吠えに近い程度だしな」
「そうだね。でも不思議だとは思わない? ――――あ。やっぱダメだ。これ絶対頭がいたくなるヤツだ」
「ええっ、なにそれ。気になるんだけど」
「うー。あんまり言いたくないなぁ……」
カウトリアは渋い顔をしたけど、俺がお願いのポーズを取るとすぐに折れた。
「えっと、魔族はなぜ魔王に従うのか、っていうのが質問だったよね」
「おう。人間は魔王と戦うが、魔族は魔王と戦わない。そこがちょっと不思議になったんだ。以前の俺はそういうものとしか考えてなかったけど、気がついちまったらなどうにもな」
「そういうものって言葉が正解だよ。本当にただそれだけ。魔族は魔王に従う。それは信仰とかじゃなくて、ただひたすらに『そういうもの』だからだよ」
「……え。理由とかないのか?」
「習性って言葉が一番近いと思う。人間だって、寒かったら陽差しのある所に移動したり、風が当たらないようにしたり、焚き火を作ったりするでしょ? それが温かいから。居心地がいいから。それと同レベルだよ。魔族にとって魔王は、太陽なんだよ」
「ふむ……」
「もちろん陽差しが強すぎると、逆にそれから離れたくもなるけどね」
「…………なんで魔族だけなんだ? 人間も、魔獣も、動物ですら魔王を恐れるのに」
「そういうものだからだよ」
説明にはなっていなかった。だけどそれは、答えにはなっていた。
そういうもの、か。そうやって割り切るしかないのか。
「やれやれ。人間と魔族が仲良くわかり合える日はとうぶん来そうにないな」
「そうだね」
俺はとっさにカルンの顔を思い出した。
『フェトラス様~』
あいつとはわかり合えそうだが、あいつちょっと変だからな。
「他に質問はある?」
カウトリアが別の話題をねだる。頭痛案件と言っていたし、これ以上はあまり答えたくないらしい。
「あ。じゃあもう一つ気になっていた事が。聖剣と魔剣の違いって何だ?」
「聖剣?」
全然違う話題を振ると、カウトリアは瞬きをした。
「聖遺物のこと?」
「そうだ。聖剣カウトリア。魔槍ミトナス。聖と魔ってのは、どう違うんだ?」
「ああ。それね。聖と魔は性能の違いを表しているのよ」
「ほう……」
「聖の字を抱く聖遺物は、人間を傷つけることが出来ない……とまでは言わないけど、制限があるというか、難しいのよ。逆に魔の字を抱く聖遺物は、人間にも牙を剥く」
「へ、へー! そうだったのか!」
思い返す。
そういえば、俺の聖剣カウトリアは魔女に没収された。あの時の魔女エイルリーアは「聖遺物を人に向けて使ったらダメでしょ」的なことを言っていた。
逆に、魔槍ミトナス。あれは俺を傷つけた。
「一目見て分かるものもあれば、注意深く観察しないと分からないものもあるけど。まぁあんまり気にしないでいい事よ。聖剣使いとて、怒ったら殴ってくるわけだし」
「なるほどな。そういう違いがあったのか。へー。でも色々と納得だな」
「強い弱いとかは関係無いし、担い手の行動が無意識にちょっと変わるぐらいだよ。ついでに言うなら、比率的には聖の字を持った子が多いかな?」
「そういう事だったのか。ありがとう。勉強になった」
「いえいえ」
おどけた様子でカウトリアが一礼してみせる。
「ついでに聞きたいんだが、聖遺物の意思ってのは……実際どうなんだ? 代償系のやつには意思疎通が明確に出来るものもあるけど、だいたいは会話とか出来ないじゃん」
「昔のワタシみたいに、」
そう言って、カウトリアは一度言葉を切った。
「聖遺物はみんな意思を持ってる。それを伝える方法を持ってない子が多いだけ」
そういえば精霊の一種……みたいなもんだったっけ。
「まぁ意思があるって言っても、ほとんど気にするような事じゃないよ。会話出来ないことを嘆く聖遺物なんていない。彼等の目的は魔王を倒す事だけであって、お喋りを楽しむことじゃないんだから」
「そういうもんかね」
人間とコミュニケーションが取れたら、もっと作戦とか立てたり、戦法を錬ったして勝率が上がりそうなものだけどなぁ……。
「発動条件ってあるじゃない? あれが性格を表してるようなものよ。例えば女性しか使えなかったり、幸せを感じてる人じゃないとダメだったり……逆に絶望に囚われてる人を救いたがる聖遺物もいるわね。似たような聖遺物はあっても、同一の聖遺物が存在しないのはそういう事よ。人間が千差万別であるのと同じ事」
「……そういえば、なぜ発動には条件がいるんだ?」
「それも人間と同じよ。人間だって、お金をもらわないと労働しないでしょう?」
「テキストで読んだだけだが、血を代償に捧げないと発動しない聖遺物ってのがあったんだよな。そう考えると……ちと怖いな。吸血鬼みたいだ」
「ワタシの知っている聖遺物だと、絶叫剣のジガフットとかがそうだったわね」
「そうそう。そんな名前の聖遺物だった。どんな性能なんだ?」
「斬りつける度に、相手の鼓膜に絶叫を響かせる。聴力へのダメージから集中力、心の余裕、平静さを奪い、最後にはうずくまることしか出来なくさせる魔剣ね」
「うげぇ。そんな能力だったのか? 凶悪すぎる……しかも魔剣ってことは、人間が相手でも使えるのか。ヤバすぎるな」
「アレは間抜けで、可哀相な子なのよ」
そう言って、カウトリアは静かに頬を膨らませた。
「……なんか、聖遺物の事ばっかり。なに? ロイルは、他の聖遺物が欲しいの?」
「そう見えるか?」
「だって……ワタシといるのに、他の子のことばっかり」
「他の子っていうか、単純に聖剣としてのカウトリアはどういう事を考えてたのかな、ってのが質問のベースだったんだけどな」
「まぁ」
不機嫌さはそれで吹き飛ばせたようだった。上品にカウトリアは笑ってみせる。
「ふふっ。そうよね、ロイルにはもう聖遺物なんて必要ないものね。それもそうか。だってロイルは、魔王を倒したいんじゃなくて、魔王に会いたい変わり者だものね」
来た。
会話の流れが、ようやくそこに行き着いた。
俺は静かに覚悟を決めた。ここから、話しを展開させる必要がある。
「……そうだな。ところでカウトリア。お願いがあるんだが」
「はい、どうぞ? 何でも叶えるわ」
「その魔王に会いたいって事。……フェトラスを探したいんだが、お前、出来るか?」
「う、うーん……そういえばそうだったわね。ロイル、銀眼の魔王を探してるんだったわよね……ねぇ、それって本当に大丈夫なの?」
俺の身を案じたのか、それとも脳みそが心配になったのか。カウトリアは不安そうな表情を浮かべた。
「娘と呼んでいたようだけど、普通の魔王相手でも異常事態なのに、まして相手は銀眼。――――飼っていた犬が実は狼でした。そして狼は村の赤ん坊を食い殺しました、ってお話しに似ている気がするわ。めちゃくちゃスケールダウンさせてるけど、要するにそういう事よ? 危険すぎる」
「なぁ。かつて聖遺物だったお前なら分かるよな? 普通、人間と魔王はわかり合えない。だったらいくらお前とて、俺とこんな風に話すのは奇跡みたいなもんじゃないか?」
「そこはほら、ワタシとロイルだし」
「少なくとも、フェトラスのおかげで魔王という存在に抵抗がなくなっていたことは事実だな。もし俺が魔王ギィレスしか知らなかったら、俺は恐怖しか覚えられずに、お前の名前を呼ぶことすら出来なかったと思う」
「えっ」
衝撃を受けたように、カウトリアは身を引いた。
「……ワタシ、怖い?」
「いや。今はあんまり。だけど想像してみてくれよ。こちとらただの人間だぞ? 空からお前が降ってきた時は、なんて災難だと我が身を嘆いたくらいだ」
「…………」
「でもフェトラスのおかげで、魔王も『話せば分かる』もんだって知ってたからな。そういう意味であいつには感謝だな。おかげで、お前と本当の意味で再会できたわけだし」
「……そっか」
やや不満げではあったが、カウトリアは笑ってくれた。
「そうね。考えてみれば、確かに。今やワタシも魔王。そりゃ名前も知らない魔王が突然現れたら、怖いわよね。……てっきりワタシとロイルだから、余裕で拾えた奇跡だとばかり思ってたけど……」
「まぁ、いつかはわかり合えたんだろうけど。それでもやっぱり、こんな風にはなれなかったと思う。魔王と二人きりで、ベッドに腰掛けて談笑するなんてな」
「そっか」
「ああ。それで、だな。フェトラスを迎えに行きたいんだ。お前にもちゃんと紹介してやりたい。仲良くなってほしい。――――どうだろう。探してもらえないだろうか」
意を決して尋ねた。
そして、演算の魔王は答えた。
「なら、ワタシも銀眼にならなくちゃね……」
なんでなんでなんでー!?
なんでそうなるのぉぉぉぉ!?