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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第四章 All for the one
152/286

4-26 告白



 馬車の上の空気は不自然な程に静まり返っていた。


 さっきまで喋っていたのは俺とカウトリアだけなので、別に状況が変わったわけではないのだが、明らかに空気が固まっていた。


 緊張感の連鎖。そして相乗効果。シリックの不安。カルンの畏れ。ザークレーの恐怖。そんな諸々が混じり合い、各々の身体を凍り付かせ、耳だけが機能しているような。


 フェトラスはどこ?

 本当に唐突な質問だった。更に言えば、俺の核心を突いてきている。


「フェトラスか……どの程度、知っているんだ?」


「ロイルの娘だって聞いたけど」


「そうだ。フェトラスは俺の娘だ」


 何度も何度も何度も心の中で唱え、実際に口にしてきた俺の呪文であり魔法。生きる理由と、生きるための活力。


「ワタシがいない間に、結婚したの?」


「あー…………もしそうだと答えたら、どうするつもりだ?」


「どうっていわれても……別に?」


 頬に人差し指を当てて、カウトリアは首をかしげた。


「ロイル結婚したのかー、ぐらいしか。あ、やっぱりそれだけじゃないわね。どんな人と結婚したのか興味がある」


「いや、まぁ、結婚はしてないんだがな」


「そうなの? じゃあ、どういう経緯でフェトラスは産まれたのかしら。――――って、大変!」


 突然、カウトリアは立ち上がった。


「あわ、あわわわ……」


「なっ、急にどうした!?」


「ご、ごめんなさいロイル! ワタシったら、自分のことばっかり! あー! もう! ダメね! ワタシダメな子ね!」


 パチパチと自分の頬を両手で叩いて、カウトリアは頭を下げた。


「ごめんなさいロイル。そういえばワタシ、あの腐れ魔女のせいとはいえ……最後まであなたの力になってあげられなかったのね……」


「はぁ?」


「あのクソ魔女……幻影のエイルリーア……あの醜女のせいで……ワタシは、ロイルと離ればなれになっちゃったじゃない?」


「お、おう。そうだったな」


 懐かしい話しだ。


「ロイルと会えたから興奮のあまり忘れてたけど、そもそもあれからどうなったの? ロイルが生きてるし、大怪我をしてるわけでもないから失念しちゃってたけど……」


「あれからどうなった、か……」


 ふと馬車の上のメンバーを見る。


 思い出話は危険だ。あの訳の分からん頭痛が起きるかもしれないからな。一体何の呪いなんだろうか。


 俺が気にしていることに思い当たったのだろう。カウトリアは少し悩んだ様子を見せた。


「そうね。あなた達、馬車から降りて歩いて付いてきなさい。今からロイルと積もる話しをするから」


「おいおい……ザークレーは重症だぞ……」


「でもアレ・・に巻き込まれるよりはマシじゃない?」


「俺達が降りて歩きゃいいだろ」


「そんなんじゃゆっくりお話し出来ないじゃない! ロイルが意味も無く疲れる必要ないわよ」


 そういえば演算剣カウトリアの適合条件は「休日をゆっくり過ごすために、平日はがんばる」みたいな感じのものだったな。今の発言はその名残か?


 しかし先ほどは「みんなと仲良く」と口にしたカウトリアだが……即座に順応出来ているわけではないようだ。かつての神速は失われ、今の彼女には色々と時間がかかる。俺はそんな彼女をたしなめた。


「あのな。この馬車は俺が買ったものじゃない。ザークレーの所有物だ。(……ということにしておこう)それにシリックだって俺が雇った奴隷ってわけじゃない。俺の戦友として、善意で運転してくれてるんだぞ? カルンは、まぁ、うん。とにかくだ、皆を歩かせて俺だけゆっくり過ごすとかは、好きじゃない・・・・・・


「えっ……ご、ごめんなさいロイル……」


 途端にカウトリアはしおれた。


「うー」


 と悔しそうに唇を噛んではいるが、反論は無いようだ。


 そんな彼女の頭をポンと撫でて、フェトラスとは違う双角の感触を知る。


「積もる話しなら、ゆっくり宿屋とかでしよう」


「宿……近くにそんな施設あるの?」


「うーん。どうだろうな。実際この辺の地理には詳しくなくてな……ザークレー、さっきの谷間の村以外で、心当たりはあるか?」


「――――あの谷間以外の人里か。このスピードで馬車を走らせるとしても……」


 ザークレーはよろよろと起き上がって、周囲の景色を眺めた。


「――――そもそも、どこだここは」


 寝転がって空しか見ていなかったザークレーは現在位置が把握出来なくなっていた。というか、予定のルートからだいぶ外れてしまっているし、仕方ないことかもしれない。


「役立たずね」


「こらこら。俺の……」


 はて。ザークレーは俺にとってどういう間柄だろうか。


 そう自問した次の瞬間には、俺は答えを口にすることが出来ていた。


「俺の尊敬する友達に滅多なこと言うんじゃねぇよ」


「――――。」


 友達、と呼ばれたザークレーはびっくりしたように目を丸くした。


「ごめんなさいザークレー」


 そして即座に頭を下げてみせたカウトリアに、口がポカンと開いたままになる。


「まぁいいや。カウト、っと。いかん。心の中でずっと呼んでたからうっかり声に出そうになる……とにかくだ。演算の魔王。話しがしたいなら、俺と少し歩こう」


「えー……」


「……手をつないでてやるからさ」


「はやく早く速く! ロイル、はやくこっち来て!」


 カウトリアは秒で馬車から飛び降りて、もの凄い勢いで俺を手招きした。


「はいはい……じゃ、みんな。えーと、頑張ってくるわ」


 めちゃくちゃ小声でそう伝える。全員が静かに、そして小さくうなずいてくれた。


「頑張ってください」

「よろしくお願いします」

「――――任せたぞ」


 おう。


 俺は速度を落とした馬車からさっと降りて、カウトリアに歩み寄った。


「じゃあ、ワタシ達が先導する形で行きましょう。いーいシリック? ゆっくり付いてくるのよ?」


 そう声をかけて、カウトリアはうっきうきで俺の手をとって歩き始めた。


「わーい」


 何の冗談か、そんな声を出しながらカウトリアはブンブンと俺の手を振り回す。


「ろっいる、ろっいる、ロイルとおててつないで、あるっくよ~♪」


 大層無邪気なご様子。


 しかし、こいつは演算の魔王。魔王なのだ。


 ――――これを俺の力として利用することは、本当に可能なのだろうか。


 さっきもうっかり最悪の気付きを与えてしまったみたいだし、言葉には十分に気を付けないといけないのかもしれない。


(もし最悪の状況に陥ったら……というか、今回のケースだと何が最悪なのかも分からんな。俺がこいつに殺される可能性ってあるんだろうか)


 たとえば、嫉妬。


 トールザリアの奥さんのように、愛故に牙を剥いてきたりしないだろうか。


 量産型の剣や弓にすら嫉妬した聖遺物。


 さっきもザークレーの高価な騎士剣がクズ鉄に変えられてしまったぐらいだ。


 しかしこの魔王は、俺が「結婚した」というような事実を知っても狼狽したように見えなかった。武器はダメでも、結婚はいいのか……カウトリアの心の琴線はどんな風に設定されているのだろうか。


(まぁ……まだ再会したばっかりだしな。少しずつ様子を見るしかないか……)


 そう。俺は現在、かつての相棒を全く信用していない。


 聖剣。演算剣カウトリア。使い手の思考を加速させ、体感速度を変化させる。また肉体にもスピードが付与され、高速思考、高速機動での戦いが可能となる。しかしその適合条件が割とヌルい・・・ので、適合者は多かった。そしてその分だけ、聖遺物としての格は低い。


 例えるなら、湖の街セストラーデで出会った三英雄。そのうちのティリファが使っていた襲撃剣グランバイド。あれはシンプルに攻撃力が高い。大岩に穴を穿つぐらい楽勝だった。その強さの分だけ、適合条件はかなり厳しめのはず。例えば『少女にしか使えない』とか。


 対して演算剣カウトリアの攻撃力は低い。岩を斬るなんてもっての他。演算剣は、使い手の体力とか技量で戦い方が変化するタイプだ。洗練された剣士が使えば、攻撃の全てが必殺技にもなるんだろうが……。


 魔王ギィレスを討ったり、魔族の残党を倒したり、色々な戦いをカウトリアと過ごした。俺にとっては大切な、最高の聖遺物だった。あれを抱いてないと眠れない夜も多々あった。


 かつての相棒。聖剣カウトリア。俺はあいつを心の底から信用している。


 だが、現在は。

 そう、俺達が生きるのは過去ではなく現在なのだ。


 今のカウトリアは、演算の魔王である。


 信用なぞ出来るはずもない。




 それはそれとして、そんなかつての相棒と手をつないで歩くというのは妙に居心地が良かった。制御不能具合とか、魔王への恐怖とかはやはりあるが、それを差し置いて言えば穏やかですらある。


 この距離なら名前を呼んでも大丈夫かな、と確認して、俺は彼女に声をかける。


「なぁカウトリア」


「なーにロイル?」


「楽しそうだな」


「うん! ただ歩いてるだけなのに、変だよね!」


 満面の笑み、それでいて苦笑い。中々に器用な表情だ。


「まさかお前とこんな風に会話出来る日が来るとは思ってなかったよ」


「えへへ。執念・・


 怖っ。


「お前と出会って……色々あったな。魔王ギィレスと戦って、生き残った魔族を倒しまくって……そんで、国と戦ったりしてさ」


「そうだね。充実した日々だったね……それをあの根暗女郎めろうが邪魔しやがって……あ、ロイル。あのブス今どこにいるか知ってる? 復讐したいんだけど」


 エイルリーアはめちゃくちゃ美人だったぞ、とは言えず。


「いや、あれから会ってない。お前と別れた直後に投獄されて……そっからは、取り調べとか拷問とか、裁判とか。ずっとそんな感じだったからなぁ」


「ごうもん。へー。ロイルを拷問したバカがこの世にはいるんだ。へー。産まれてきたことをいつか後悔させてあげなくちゃ」


「……色んな意味で、魔王と戦うよりはマシだったよ」


 笑ってみせたのだが、カウトリアはずっと真顔のままだった。


「じゃあ結局、ロイルの計画は失敗したのね」


「そうなるな。俺は国家転覆罪で極刑。しかし英雄としての功績を認めて恩赦おんしゃが下って、結局は島流しの刑、って感じだった」


 そう告げると、カウトリアは俺の顔をマジマジと見つめた。


「あれから何年経ったの?」


「二年ぐらい……じゃないかな? 正確な日付は分からんが」


「二年かぁ。ワタシの永遠・・・・・・は、たった二年の出来事だったのね」


 胃がキュッとなった。


 あの閃光のような地獄は、一秒にも満たなかった。あれを、二年か。


(こいつには誠実でありたい)


 そんな感覚が、明確に浮かんでくる。


 俺は少しだけカウトリアと繋ぐ手を強めた。


「……想ってくれて、ありがとう」


「好きでしてるのよ」


「そしてごめんな、カウトリア」


「……何の謝罪かしら」


 たまらず、俺は立ち止まった。


 ノンキに歩きながら話せるかよこんなこと。


 だから俺は手を握ったまま跪いて、彼女と視線を合わせた。


 空気を読んだかのように、シリック達を乗せた馬車も停車する。


「カウトリア。お前は、世界で一番俺のことを想ってくれてるんだよな」


「ええ、もちろん。世界で一番よ・・・・・・


 力強い断言。真っ直ぐな瞳。


「……俺は、そんなお前に対して誠実でありたい」


「……光栄ね。それで?」


「…………ははっ。今ほど強く、演算剣カウトリアの力に頼りたいと思ったことはないよ。何て伝えたらいいのか分からないんだが……」


「ゆっくりでいいよロイル。まだまだワタシ達には時間があるんだから」


「そうだな。でも……聞いてくれ。無様で、不器用で、お前に対する裏切りであるこの行為を」



 そっと、繋いでない方の手でカウトリアは俺の頬を撫でた。


「いいよ、ロイル」


 何故だか俺は泣きたくなった。



 本当に、どう伝えればいいのか分からない。

 けど伝えないといけない事ははっきりしている。


 俺は今から、フェトラスへの愛で、カウトリアを傷つけるのだ。


「俺は、俺の娘を……フェトラスのことを……」


「…………」


「……俺はあいつが大事なんだ」


「…………」


「俺はフェトラスが、世界で一番愛おしいんだ」


「…………」


「だからお前に助けてほしい……俺が娘を取り返すために……俺は、弱いから」


 嫌よ、と拒絶される想像をした。


 その代わりに何をしてくれる? と対価を要求される予想を立てた。


「フェトラスがいなくなれば、ワタシが名実共に世界一ね」という最も可能性が高そうな返事を幻聴した。


 だけど、そのどれもが違っていた。


「分かった。ワタシはロイルを助けるよ」


「え」


「事情はよく分からないんだけど、あなたに乞われればワタシは全てを成す」


 それは神の如き慈悲深さと呼ぶべきか。


 カウトリアは、何の迷いもなく俺に力を貸すと言ってくれた。カウトリアではない、別の誰かを愛してしまっている俺に。


「ところで娘さんを取り返すって、誰かに攫われたの?」


「い、いや。そういうんじゃなくてな。……家出しちまって」


「まぁ。そうなの。…………うん? フェトラスって、いま何歳なの?」


 何歳と聞かれても。この前一歳になったばかりだ。


「見た目は、十二歳……いや、十歳前後だな」


「えええ。何ソレ。ロイル、ワタシと出会う前に子供作ってたの? あれ。でもそれじゃ計算が合わない。早熟にも程がある」


「ああ、そうじゃない。血が繋がってるわけじゃないんだ」


「……血が繋がっていない?・・・・・・・・・・


 ピクン、と。カウトリアの肩眉が跳ね上がった。


「なにそれ」


「……いや、拾った子でな……」


「十歳ぐらいの女の子を拾った!? なにそれ。それって娘と呼べるものなの? だって面影はおろか縁もない、ロイルとは一切関係の無い子でしょう?」


「ど、どういう意味だ」


「……それは娘と称した、別の何か・・・・じゃないの?」


 やはり気がつかれるか。その通りだ。あいつは人間じゃない。


「……ああ。実はそうだ」


「なにそれ……なによそれ……」


 じわ、とカウトリアの瞳に涙が溜まった。


「前言撤回するわけじゃないけど……ワタシはロイルを助けるけど……やっぱり、ちょっとショックね……」


「だよな……本当にすまん……でもお前以外に、頼れるヤツがいないんだ……」


 やがて、スンスンとカウトリアは鼻をならした。


「そんな子が大切だなんて……世界で一番だなんて……可哀相なロイル。さっき言ってた拷問とやらで人間性が壊れてしまったのね……」


「いや拷問は関係無いんだが……」


「大丈夫よロイル。今はショックだけど、明日には受け入れるわ。いいの。分かってる。人間の怖ろしい部分を見てしまったから、トラウマになってしまったのね。無垢な子供にそんな感情を抱くのを、ワタシは否定しないよ」


「…………ん?」


「でもこれだけは教えて。大切って言ってたけど……暴力を与えたり、歪んだ思想を教え込んだりしてるわけじゃないよね……?」


「暴力? いや、そんなことするわけないじゃないか。それにほぼ無学な俺じゃ、思想どころか算術すら教えてやれんぞ。せいぜいが野生動物の狩り方とか、食える野草の見分け方ぐらいだ」


「……そうね。ロイルは大人だもんね。いまさら自己を幼女に投影して、酷い事なんてしないよね」


「なに言ってんだお前」


 あれ。もしかして、なんか会話が食い違ってる?


「いや、だからフェトラスがロイルの性的玩具・・・・なのかどうかって話し」


「は? ………せいて………バカなのお前!?」


 俺は思わず大声をはりあげた。


「えっ、だって、娘と称した別の何かだって……」


「違ぇよこのドアホウ! どんな誤解だよ!? あんまりだ!!」


 跪いていた俺はそのまま両手を地面につけて、嘆いた。


「ひ、酷すぎる。俺がそんなゲスに見えたっていうのか……」


「で、でも違うんだよね!? あー、良かった!」


 誤魔化すように肩を揺さぶられたけど、情けなくてため息が出る。それを耳にしたカウトリアが焦ったように口を開く。


「だ、だっていきなり十歳ぐらいの女の子拾って、それが大切とか言われても困るよ! びっくりするよ! 実際、大昔そういう……小さな子に欲情しちゃうマスターがいたから……もしかしてロイルもそっちに目覚めたのかなって、そんな最悪な想像しちゃうのも仕方なくない!?」


「おおカウトリア。俺のかつての相棒よ。本当に最悪な想像だぞそれ」


 俺は座り直して、カウトリアを見つめた。


「俺とフェトラスはそういう関係じゃない。本当に普通の親子関係だ」


「……う、うん。分かった。でもそれなら、さっき言ってた『娘と称した別の何か』っていうのはどういう意味なの?」


「――――さっきのロリコンのくだりが、お前のにとって最悪の想像なんだよな? それ以外は何かあるか?」


「特に無い、かな……」


 少し自信が無さそうに、カウトリアは言った。だけど嘘をついている様子もない。


 そして彼女は、最悪のケースにおいても、俺の味方をしてくれると言った。


「分かった。じゃあ言う」



 それは打算であり、同時に信頼でもあった。



「フェトラスは、お前と同じく魔王だ」


「――――!?」



 嫌だと否定されたら、説得しよう。きっとカウトリアは聞いてくれる。

 対価を要求されたら、何でも払おう。それがどんなに困難な対価だとしても、きっとカウトリアは支払いを待ってくれる。そして俺は絶対にそれを支払う。

 そして――――『フェトラスを殺せばワタシが名実ともに世界一ね』と口にしたのなら、お前はいつかやがてフェトラスに……倒されるだろう。


 そんな打算と、信頼だ。



「ま、魔王を……拾った? 娘にした……?」


「そうだ」


「………………ロイル、正気?」


「その台詞、事情を知ってるヤツには幾度となく言われたセリフだ。きっと俺は世界的には異常なんだろう。狂っているし壊れているんだろう。だけど、俺は俺のままだ。あの日フェトラスを拾ったことを後悔なんてしていない」


「魔王を、娘にした」


「そうだ」


「……それが、とても大切である、と」


 誠実であるために、相手を傷つけることは罪だろうか。

 相手を傷つけないために嘘をつくことは、罪だろうか。


 罰せられるのは、果たしてどちらか。


 どちらの方が罪深いかなんて分からない。どっちを選んでもダメなんだろう。でもどちらかを選ばなくてはならないこの状況下では、せめてこの決断に殉じる覚悟を。


「ああ。さっき言った通りだ。俺は――――フェトラスを愛している」


 そう断言すると、カウトリアは目を閉じた。


「…………家出したって、どういうこと? 殺戮の精霊が家出っていうフレーズを口にするだけで眩暈がしそうだけど」


「つい先日だ。あいつは、俺を護るために魔族を殺した」


「へぇ。それは殊勝な心がけね。……会った時には褒めてあげなくちゃ。ワタシのロイルを護ってくれてありがとう、って」


 おや……。


 パチパチと瞬きをしてみせる。いまカウトリアは、何と言った?


「……お前は、フェトラスを許して……許容してくれるのか?」


「正直、フェトラスって子のことを人間だと思ってたから……かなり思う所はあるわ。人間同士が寄り添うことはとても自然なことだけど、それが魔王っていうならやっぱり忌避感が強い。あとついでに今でもロイルの正気を少し疑ってる」


 はぁ、とため息をついて彼女は苦笑いを浮かべた。


「……でも、ロイルの大切な娘さんなんでしょう?」


「あ、ああ。そうだ」


「じゃあワタシとは家族みたいなものじゃない」



 目の前の魔王が天使に見えた。


 マジかよこいつ。どんだけ器が大きいんだよ。


 こいつが口にする俺への愛は本物・・だ。



「い、いいのか?」


「フェトラス自身がどう思うかは知らないけどね。仮にも殺戮の精霊・魔王。その独占欲からワタシに刃向かうつもりなら……その時はケンカの一つぐらいするかもしれないけど。大丈夫。ワタシ強いから」


「あいつ銀眼なんだけど」







 カウトリアの絶叫が森に響いた。


 それは怒りであり困惑であり呆れであり、一番強いのは俺の脳みそへの心配だった。


 ――――流石の彼女にも、許容範囲というものはあったらしい。





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― 新着の感想 ―
[一言] カウトリアあまりにも姐さんじゃん今回…!そしてラスト草
[良い点] 永遠をすごして思い続けたカウトリアさんに誠実な主人公、好き…
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