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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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14 「フェトラスの善悪」



 おとぎ話はこれでおしまい。


「それ以降、英雄は国から姿を消した」


 俺がそう言うと、フェトラスはこてんと首をかしげた。


「結局、魔女さんは何だったの?」


「さぁな……果たして何がしたかったのやら。後日談も無いしな」


「無いんだ……」


「ああ。とりあえず俺が読んだ本はこんな感じで話が終わった。挿絵が印象的だったな」


「……終わり? え、お話は本当にこれで終わり?」


「そっ、終わり」


 ズーンと、フェトラスの顔が曇った。


「どうだった? 面白かったか?」


「…………ごめん。なんかよく意味が分からなかった。お話というより、歴史を教えてもらっただけのような気がする」


「まぁ、ノンフィクションだしなぁ」


「それに……。なんでこのお話が有名なのか分からない。結局なんだったの? 魔王ギィレスは悪いヤツで、人間も悪いヤツで、英雄はいい人だったけど魔女にお仕置きされて死んだの?」


「このお話しのミソはな、正義がどこにあるのか……という点だ」


「正義?」


 更にフェトラスは首をかしげた。


「そう、正義。誰にとって、どういう意味の正義なのか。正しい事は何なのか。裏をかえせば何が悪で、何が悪いことなのか……それを考えさせるお話だ」


 難しい顔をしているフェトラスに、俺はかみ砕いて説明した。


「まず、兵士はカウトリアを使って英雄となった。でもその事は秘密にされた。そしていつしか彼は革命者になった。これは事実だ」


「うん。そうだよね」


「しかし、国側からしてみればこうだ。『一人の兵士が生き残った。十分な金を与えたのに、国家を転覆させようとした』つまり国からすると、その兵士は恩知らずのバカだったんだよ」


「な、なるほど……」


「生き残りが書いた本だから内容は英雄よりだったんだがな。すぐに国が回収して内容を改竄かいざんしたんだ。英雄だったのに、国家転覆の極悪人になった……聖剣の力に溺れた男の話にな」


「お父さんはどっちを読んだの?」


「俺は発売されたばかりの本を読んだ。一応は改訂版も読んだけどな。ちなみに改訂版には『アホ英雄』みたいなタイトルが付けれらて、内容もかなり変更されていた。……まぁ、つまり。正しいことっていうのは『誰にとって正しいのか』という事なんだよ」


「……正しいこと、かぁ」


 ふーむとフェトラスは唸って、握りしめた手を差し出した。


「魔王だったギィレスさんの正義は、自分の国を作って魔族とかモンスターを仲良く暮らさせることだった。でも……えーっと、人間にとってそれは悪いことだった。テリトリーの侵害だね」


 一つ、二つ。フェトラスは要点を言う度に指を一つずつ上げていった。


 その調子、その調子と。俺は声を出さずに続きを促す。


「人間は自分のテリトリーと仲間を助けるために、戦った。それは人間にとって正しいことで、ギィレスさん達にとっては悪いことだった」


「分かり易くまとめるなら、お互いが敵だったって話しさ。要はただの領地の奪い合いだ」


「でも英雄が現れて、人間側の正義を押し通した」


「そうだ。勝った者が正しいのなら、魔王ギィレスは悪だった」


「…………だから悪いヤツって呼ばれてるの?」


「いいや」


 俺はゆっくりと首を左右に振った。


「魔王ギィレスは一度勝っただろ。麗しの美剣士とやらにな。でも……そこで戦いは終わったはずなのに、生き残った兵士達で遊んでしまった」


「あっ……」


「そう、一人に自殺を命じた事だ。それは明らかに遊び。正しいことでも悪いことでもない。そんな概念が届かないくらい低レベルの遊び。それ故にギィレスは悪いヤツだった」


 フェトラスは黙って俺の言葉の続きを待った。


「だからカウトリアは英雄によって再び握られた。もしもあそこでギィレスが兵士達を解放して無意味な争いに終止符を打っていれば、違った結末になっただろうな。きっとギィレスも本を出版しただろうさ。題して『アホな人間やっつけましたシリーズ』とかな」


「ところで、魔女さんは? その人は正しいの? 悪いの?」


「俺の解釈としては、どちらでもない。魔王ギィレスの一味と戦ったり、英雄を罰したり、国を救うと約束したり……つかみ所がない。よく分からん人物だ」


「その国は救われたの?」


「さぁ? 本には書いてなかったな」


「じゃあ英雄さんは? さっきも聞いたけど、死んじゃったの?」


「それも本には書いてなかった。まぁ、そこは重要じゃなかったんだろ」


「……やっぱり良く分からないよ。話しのオチが無いから、全体の印象がぼやけてる」


「お前、なんでオチなんて言葉知ってるんだよ」


「……あれ?」


「会話してるうちに学習したのか?」


「たぶん。……うん。よくある事だよ」


「お前の扱うヴァベル語は一味違うな」


 確かに、ある程度の知性ある生き物は基本的な言語を学ばずとも覚えるが……オチなんていう概念まで覚えられる人間はいない。百年生きた狼は言語を扱うというが、まさか「オチ」なんて言葉は使えないはずだ。


 思えば、フェトラスの知能もどんどん上がってきている。


「そういえば、お前を拾った理由だが」


「あっ。うん」


「こういう風に、話し相手になってもらいたかったんだよな」


 様々な気持ちを込めてそう呟いた。


 そしてフェトラスはエヘヘと笑った。


「じゃあ、私はいま親孝行をしてるんだね」


 雨の音が弱くなる気配は一向にない。バケツの水もそろそろ満タンになりそうだ。そんな光景が、とても幸せに満ちていた。


「ありがとな」


「いいえ、どういたしまして……こちらこそ、いつもありがとうね、お父さん」


 降りしきる雨の音が気持ちいい。玄関近くにあるバケツの水が、溢れかえっていた。


フェトラスにそれを教えると彼女は嬉々とした様子でそれを持ち抱え、玄関先に派手にブチ撒けた。ばしゃー! ズブ濡れの地面に、小さな川が出来た。小気味よい。


「さて、さっきの正しさと悪についてだが」


「うん」


「この世に絶対の正義は無く、また絶対の悪もない。立場を変えれば正義と悪が逆転するからな」


「うんうん。そうだよね」


「それはつまり…………」


「……つまり?」


「…………俺達が動物の肉を食うとする。それは生きるために必要なことだから、正しいことだ。逆に、動物からすれば殺されるんだから……悪いことだよな?」


 そう。結局はこれが本題なのだ。


「あっ……」


 フェトラスは小さく声をあげた。


「……うん。そうだね」


「では聞こう。両者の立場を踏まえた上で、俺達が動物……それにモンスターの肉を食うことは正しいことか、悪いことか」


「……………………………」


 彼女は深く、深く。真剣に考え抜いて、


「それは…………」


 答えを出した。


「…………それは、正しいことだと思う。だって動物だって何かを食べてるんだから」


 ああ。そうだよな。それは正しいことだよな。


 彼女は言葉を切ったが、俺は続きを待った。


「でも、それがモンスターや動物にとっては悪いことなんだってことを、私達は忘れちゃいけないんだと思う」


「…………」


「まだ実感湧かないけど、いまの私はそう考える…………かな」


 彼女は不安そうにこちらを見た。自分の言葉に自信が持てないようだ。いまはそうかもしれない。唐突に世界のルールを受け入れられるほど、フェトラスは脳天気ではない。


 でも、フェトラスの解答に俺は満点をあげたいと思った。


 それはコインの裏表のようなもの。自分が勝負に勝った時、相手は負けているのだ。


「メシを食う時、挨拶みたいな言葉を口にするだろ?」


「うん。言うね…………それがどうかした?」


「あれは、奪った命に対する謝罪と感謝の言葉だ。いままでは意味も分からずに使ってきたんだろうけど、実はそういう気持ちが込められている。……大丈夫だ。お前の気持ちは、ちゃんと通じている」


「…………うん!」


 こうして、フェトラスは壁を少しだけ乗り越えた。


 まだ小さな壁だけど、超えられた。もっと大きな壁も乗り越えることが出来るはずだ。


 今はまだ良く分からないだろう。昨日今日で答えを得られるほど、単純な話しじゃない。世界が繋がっていることを理解し、自覚しなければならない。多くの人間はそれから目をそらしただ生きている。


 だからこそ、俺はあえてフェトラスにそう教えた。


 殺戮の精霊と呼ばれる、魔王。


 もしも魔王が命の価値を知り、己の価値観に従い、彼等にとって・・・・・・正しいことを選択したのなら。


 その時は、世界を征服されても文句は言えまい。


 生き残った者が正しいのなら、尚更だ―――――。






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