4-22 【禁忌の抵触を確認。カルマが加算されます】
カウトリアはよく喋った。
ひたすら喋り倒した。それは俺が相づちすら打てないほど流暢な、高速の口回しだった。間断の無い歓談とはこれいかに。
「ロイルに会えない一秒はとんでもなく長かったわ。でも実際にこうしてロイルに触れていると、一秒のなんて短いことでしょう! 再会してどれぐらいの時間が経ったのかしら? まるで百日が一瞬で過ぎたように濃密だわ! それに比べてロイルに会えなかった永劫は、どれぐらい薄っぺらくて独りよがりで退屈だったのかしら! まぁ大半は忘却の彼方。きっともう必要ないことなのでしょうね。ねぇねぇロイル。ワタシね、あなたに会ったら何をしようってずっと考えてたの! でもそんな考え全部無意味だったわ。だってロイルとしたい事なんて、リストは毎秒更新中よ! 言ってしまえば全部だもの! そう、全部なのよ! 思い描いてた理想よりも、ロイルはロイルだわ!」
もしやこれは独り言なのではないだろうか。
「きっとワタシは世界で一番の幸せ者だわ。だって、地平線の果てまで全部が輝いて見える! 道ばたに落ちてる変なゴミだって、ロイルとだったらその変なゴミで一晩中語り明かせそうな気がするもの! 例えばあの雲を見て? なんか犬みたいに見えない? ふふっ!」
うん。独り言だなこれ。何故なら俺はずっと一言も喋っていないからだ。
とりあえず、カウトリアは――――演算剣カウトリアは、魔女に没収された後も、俺のために発動を続けてくれていた。その能力を使えば一秒がとんでもなく長くなる。本気を出せば、それこそ永遠のように。
そして彼女は俺と別れた日から、ずっと発動していたのだ。
それはまさしく永遠のような時間だったのだろう。終わりの見えない、果ての無い空虚さが想像出来る。実際、魔王テレザムとやりあった時の「閃光のような地獄」は、尋常じゃなく長い一秒だった。そして彼女は、その閃光を一秒といわず、年単位で送っていたのだ。
そして彼女は俺と意思疎通が出来ない状況下であっても、俺のためにその永遠を耐え忍んでくれたのだ。
その愛は、もう怖ろしい程に重いのだが。
だが。しかし。その永遠を耐え抜いてまで、俺に力を貸してくれたことも事実。
無碍に扱えるはずもなく、俺は彼女が納得するまで、相づちこそ打たなかったが、真摯に耳を傾け続けた。
だがそれにしたって限界がある。
やがてザークレーが恨めしそうに「――――いい加減に黙らせてくれ」という視線を送ってきた。カウトリアが喋りだして数十分後のことだ。
「それでねロイル」
「あー、ちょっといいか」
「なになになに!? 何でも言って!? 何でもするよ!?」
キラッキラの瞳と笑顔で詰め寄ってくるカウトリア。
重いなぁ……!
「えっと、な。積もる話は山ほどあるだろうが、そろそろ俺の話しも聞いてほしい」
「あぁん……声も格好いい……うん……聞く……」
狂気的というか、好意もここまで達していると凶器だな。
「……とりあえず、あんまり他のヤツ等には聞かれたくないこともある」
「というと?」
「シリック。そろそろ人里からも離れた頃合いだ。休憩を取ろう」
俺が声をかけるとシリックは「了解です」と応え、馬車を大木の側に寄せた。ちなみに彼女の声も疲れ切っていた。もしかしたら全員、今夜はカウトリアの「ロイルロイルロイル」という幻聴に悩まされるかもしれない。
「腹も減ったが、まずは水だな。この森を少しつっきれば川があるはずだし……馬をそこに連れて行って、休ませよう」
「そうですね。メンバーも増えたし、この子も疲れたでしょう」
シリックは馬をなでながら振り返った。
「それで、役割分担はどうします? ザークレーさんはこのまま寝かせておくとして、その護衛役と、馬を連れる者。ついでに狩りをするのもいいかもしれませんね」
「そうだなぁ」
と思案するポーズを見せると、カウトリアが俺の袖をくいくいと引いた。
「ロイルお腹減ったの? 待ってて。ロイルのためにこの辺の美味しそうな肉を全部刈り取って来るから。あ……でも離れたくないなぁ。うん。ロイルはワタシとお馬さんを散歩させましょう。そうしましょう」
同意する間も無く決定が下された。まぁ、いいけどさ。
「……ということらしい。シリックも運転で疲れただろうし、休んでおけ。カルンは何か狩ってきてくれるか?」
「私ですか?」
「得意だろ?」
フェトラスの食料調達係だったぐらいだし。
言外にそう伝えると、カルンは懐かしそうに微笑んだ。
「……そうですね。ええ、いいでしょう」
「じゃあワタシとロイルはお馬さんを連れてデートしてくるわね! カルン。狩りは任せるけど騒々しくしちゃダメよ? ムードが大切なんだから、爆発音とか汚い悲鳴とか上げさせないように」
「はいはい……オオセノママニー」
凄まじい棒読みでカルンが返答する。
……こいつ、魔王が怖くないのか?
しかし当のカウトリアは気にした様子も無く俺の手を取った。
「さぁ、行きましょう?」
そんなわけで、二人きりである。
ちなみにイリルディッヒはゆっくりと飛びながら着いてきていたので、休憩中のシリック達の護衛を任せた。ただ座ってるだけで何も寄ってこない、便利なガーディアンである。
(人間の護衛をする魔獣……うへぇ……)
言葉も無い。ただひたすらに異様な事態である。
俺はカウトリアを馬の背に乗せて、ゆっくりと手綱を引いた。
「お姫様になった気分……ロイルにエスコートされるなんて、夢のよう……」
うっとりしているカウトリア。思わず苦笑いが出てくるが、完全に二人きりになった事を確認して、俺は口を開いた。
「なぁ、カウトリア」
「ぶはっ」
「え」
変な音がしたので振り返ると、彼女は口元を押さえていた。
「ごめん、ロイルに名前を呼ばれたのが嬉しすぎて何か出た」
「何かってなんだよ」
苦笑いが成長して、いっそ怪訝な表情を浮かべてしまう。
気を取り直してもう一度。
「まぁ、なんだ、言っておきたいことがあってな。こうして二人きりになってもらったわけだ」
「なにかしら?」
「あー」
言いたいことはたくさんあるのだが。
まずは、ここからだ。
俺は立ち止まって彼女を、魔王カウトリアを見つめた。
「ありがとう」
「……」
「たくさん、たくさん助けてもらった。お前には心から感謝している」
「…………いいの」
カウトリアは万感の想いを、一粒の涙で表した。
「ワタシこそ、ありがとうロイル。出会ってくれて、この気持ちを教えてくれて、ありがとう」
森の中は静かだ。ただ、葉のすれる音だけが聞こえてくる。先ほどはあれほど喋り倒していたカウトリアだったが、彼女は俺の言葉をまるで宝物のように、胸を押さえながら受け止めた。
「正直言って、何が起きているのかは分からん。なんだって聖遺物が」
聖遺物が、魔王に。
「……これ口にしても大丈夫かな」
先ほどの強烈な頭痛を思い出す。拷問に近い痛みだ。そんな心配を口にすると、カウトリアも顔をしかめた。
「……あまり口にしてほしくはないかな。何が起こるのか分からない。頭痛の症状はすぐに治るみたいだけど、決して良いことではないと思う。繰り返したら悪化しちゃうかも」
「さっき言ってた実験だな」
しかし、モゴモゴと会話しててもしょうがない。レッツ実験だ。
「どうやって聖遺物だったお前が魔王になったんだ?」
「ッ」
「……うむ。別に変な症状は出ないな」
「もう! いきなり危ないことしないでよね!」
カウトリアはぷんすこ怒りながら、それでも柔らかく目を閉じた。
「でも症状が出なくて良かった。ワタシの仮説が当たったってことかしら? 知識の譲渡が禁止行為で、自覚する分には問題がない……例えるなら、それは鍵のかかった扉。鍵を渡すのはルール違反だけど、その者が自力で扉を開けるのはオッケー、みたいな?」
と、そこまで喋ってからカウトリアは不安げな顔を見せた。
「……もしかしたら、今の説明も自覚前のロイルに伝えてたらアウトだったのかもね。体調は本当に大丈夫?」
「問題ない。つーか……そうだな、もう一個実験してみようぜ。俺が頭痛を覚えそうなことを言ってみてくれ」
「え、嫌よそんなの」
「頼むよ」
「頼まれたら断れないじゃない……」
カウトリアは心底嫌そうに言ったが、少し悩んでから口を開いた。
「えっと、そしたら……魔王と聖遺物は、■■■が」
「ぐおおおおおおお!? 頭が痛い!?」
今度の痛みは、脳みそに大きなハンマーをぶつけられたような痛みだった。眩暈のあまり、膝をつく。
「ああああもう! だから嫌だったのよ!」
カウトリアは馬から飛び降りて、俺に駆け寄った。
「だ、大丈夫ロイル?」
「う、む…………うん。落ち着いた」
ズキズキと痛んだ脳が、徐々に落ち着きを取り戻す。マジで何なんだよこの現象。
「ふぅ。よし。では引き続き実験を」
「まだやるの!?」
「まだ終わってねぇからな。今言いかけたことを、俺に自覚させてみてくれ」
「はい?」
「さっき言った通りだよ。お前が答えを言うのがダメだとしても、ヒントなら大丈夫って話しだろ?」
「ええ……? この行為になんの意味があるの……?」
「…………別に意味は無いが。ただ、不思議なことは解明したくなるだろ?」
「そんなものかしら……」
「それに、お前がどんな苦労をしてここまでたどり着いたのか、知っておきたいしな」
「やだもう、ロイルったら。別にそんなこと知らなくていいのに」
カウトリアは照れ照れと頭をかきながら、呼吸を整えた。
「分かった。ヒントをあげるね。でも辛そうになったらすぐに止めるから、そのつもりで」
「おうよ」
「えっと……ロイルは紅茶とコーヒーの違いが分かる?」
「あ? んなもん全然違うじゃないか。味も色も香りも」
ちゃんとしたコーヒーなんて飲んだことないけど。
「そうね。でも、結局はそれってお湯で作るわよね?」
「そりゃな」
と答えて、俺は答えを【自覚】した。
紅茶とコーヒー。
聖遺物と魔王。
「…………嘘だろ?」
「……流石にそれは口にしない方がいいと思うんだけど」
俺はゆっくりと顔を左右に振った。
「聖遺物と魔王は、同じ原材料で造られている……のか?」
演算の魔王カウトリアは否定も肯定もしなかった。
ただ、こう続ける。
「ワタシは、紅茶で作られたコーヒーって所なのかな」
身体が震えた。
なんだそれは。そんなことがあり得るのか、というか、許されるのか。
というか。
「魔王と聖遺物って、そもそも何なんだ……? 何のために存在している……?」
「……さてね。神様の考える事は分からない。でもそれはきっと、人間が知ってはいけない知識の一つなんだと思う」
「言っても誰も信じねぇよ。でも、確かにな。言われてみれば変だった」
魔王は突然発生する精霊。
そして聖遺物は。
「採掘されたり、いつの間にか岩肌に付き刺さってたり、古ぼけた宝物庫から発見されたり、場合によっては召喚されたり……そうだよ。オカシイんだよ。戦いで聖遺物はロストする可能性がある。神が創り出した武器。いつかは壊れる消耗品。だけど、現在まで聖遺物は枯渇していない」
「ロイル、もう止めて」
「それはつまり、神が聖遺物を創り続けているということに他ならない……のか」
「ロイル」
カウトリアは跪いたままだった俺の頭を抱きしめた。
「それ以上はダメ。人間はそこまで知らなくていいの」
「だが、これは」
「鳥と卵、どっちが先に産まれたと思う? 正解は『そんなことどうだっていい』の。卵から鳥が産まれるという事実は覆らない。理由なんて考えても無駄よ」
「………………」
「ワタシ達は、そういうモノなの。ただそれだけの話し。世界中の人間がこの事実を知ったところで、聖遺物を使って魔王を狩るという図式は変わらないわ。だって他にどうしようもないんですもの」
「そりゃ、そうだが」
「こういうことに思考を割き続けるのは建設的ではないわ。もっと楽しくて現実的なことに人生を使いましょう?」
「うん……」
思わず子供っぽい返事をしてしまう。それくらい衝撃的だった。
魔王と聖遺物が、同じ素材で創られている? 何のために?
だけどその問いかけを俺は口にする事が出来なかった。
ヴァベル語が、使えなかった。
頭痛は無いけれど。これ以上は――――忌まわしすぎる気がしたから。
少しばかりの沈黙。
俺達は馬を引き連れて無事に川辺に到着。
馬に飲ませて水質に異常が無いかをチェックしつつ、水筒の中身を入れ変える。
「ねぇねぇロイル。言いたいことっていうのは、さっきので終わり?」
「そうだな。お礼を言いたかったってのと、みんなに頭痛を与えたくなかったんでな」
「そっか。ロイルは優しいね」
「そうでもねぇよ。ご存じの通り、卑怯なことも結構するぜ?」
「ふふっ、知ってる。懐かしいね」
カウトリアは俺のマネをするように、川の水をすくって口に運んだ。
「冷たくておいしい」
「…………」
認識齟齬。
ラベルとボトル。
先ほどの事実を踏まえて、俺は改めてカウトリアを観察した。
聖遺物には見えない。魔王に見える。だが殺戮の精霊には見えない。
魔王カウトリア。
どことなくフェトラスに似ていると思っていたが、なるほど。こいつもフェトラスに近い存在なんだろう。
「カウトリア。お前は、自分のことを何だと思っているんだ?」
「ん? どういうことかしら?」
「紅茶で作られたコーヒー。で、結局それはどっちなのか、ということだ」
「うーん。難しいわね。結論から言えばコーヒー、つまり魔王なんだけど、自分の存在に名前を付けるなら、もっと正しい表現があるわ」
「その心は?」
「ワタシは、ロイルのために生きて、ロイルと共に死ぬ者よ」
「……長い肩書きだ」
俺は少し笑った。
その重すぎる愛に、なんの言葉も返せないままに。
それから、特に話すことはなかった。
様々な疑問は確かに残る。
魔王と聖遺物の関係性。存在理由。
いかにしてカウトリアは魔王と化したのか。
だがそれは彼女の言うとおり、人間が知ってはいけない知識なのだろう。なのでその疑問は「まぁいいか」の口癖で誤魔化すことに。
そう、誤魔化せるのだ。その程度の疑問は。
なぜなら俺にはもっと大きな問題がある。
フェトラスのことだ。
俺は娘のために聖遺物を欲した。それは即ち、戦力だ。
そして今、ここに。そこら辺の聖遺物よりも強い戦力がある。
魔王カウトリア。
彼女は、俺が望めば何でもしてくれるという。
もちろんそれを「ラッキー! じゃあフェトラスを止めるの手伝ってくれ!」とは言えない。
量産品の弓にすら嫉妬したカウトリア。
ならばいま、フェトラスのことをどう認識するだろうか。
俺はフェトラスのことを愛している。
そして残念ながら、カウトリアの事は愛していない。
その、どうしようもない事実を知った時、カウトリアはどう動くだろうか?
(怖ろしすぎるわ)
考えたくもない。
しかし、このままだとカウトリアは俺から離れようとはしないだろう。
だけど俺はフェトラスを追う。それだけは絶対に譲らない。
結論から言えば嘘をつくしかない。
しかし永遠を耐え忍んだ相棒に嘘がつけるほど、俺は極まっていない。
(とりあえず……イリルディッヒあたりに相談してみるか……)
俺と再会する前のカウトリアの様子についても、もっと詳しく聞きたいしな。
「ねぇロイル」
「ん、なんだ?」
「とっても静かね」
「……そうだな」
認識齟齬。
そこにいたのは、ただ、俺のそばにいることを喜んでいる者だった。
馬を連れて戻ると、カルンが鳥とウサギと、イノシシを捌いていた。ちなみにイノシシは丸焦げだ。炎系の魔法で仕留めたのだろう。
「ああ、お帰りなさい」
「相変わらず手際がいいな」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
冗談めいたポーズでおどけるカルン。本当に様変わりしたもんだ。
そんなカルンにカウトリアが声をかける。
「その一番美味しそうなウサギはワタシが焼くわ。ロイルに食べさせるの」
「えっ。いやいや、みんなで食おうぜ」
「何言ってるの? ロイルが一番美味しいものを食べるのは当然じゃない」
「分かち合うって素晴らしいと思わないか?」
「何言ってるの?」
彼女は同じ言葉を繰り返した。
「……みんな仲間なんだから、仲良くしようぜー」
そんな事を言ってみたのだが、カウトリアは何かに気がついたように「あ」と自分の口を押さえた。
「そういえば、別にあなた達はいらないのよね」
「は?」
「いやだって、ロイルに会うためにイリルディッヒ達とは行動してたわけだし」
「い、いやいや」
「あなた達、もう行ってもいいわよ。ご苦労様だったわね」
ひらっ、と片手をふるカウトリア。
「シリックも、そこのネイトアラスのマスターも。どっちかっていうとロイルと過ごすのに邪魔だから消えてくれないかしら?」
もうやだこの魔王。
「待てカウ、いや、演算の魔王」
「なーにー?」
「ザークレーはともかく、お前シリックのこと好きって言ってたよな。消えろとか、そんなこと言うなよ」
「ワタシはロイルさえいればいいもの」
目がマジだった。
「邪魔者をそばに置く理由は無いわよね」
え、急にピンチじゃねー?
いきなりな発言に俺が戸惑っていると、イリルディッヒが口を開いた。
《演算の魔王よ。我は以前、お前に問うたな? ロイルをとりまく環境も大切に出来るのか、と》
「む」
《今のお前の発言は、ロイルの意向によるものか?》
「むむ」
《お前がロイルを想う気持ちは、そんな独りよがりな事で十全に伝えられるのだろうか》
「むむむ」
《朽ち木は強風で折れる。お前は、どんな嵐にも屈さない大樹の如き余裕を示す方が良いと思うのだが。それこそがお前の想いの証明の一端となるのでは?》
「むぅ…………イリルディッヒは、本当にワタシの扱いが上手いわね」
呆れたようにカウトリアはため息をついて「ごめんなさい。今の解散発言は無かったことに」と言って、ペコリと頭をさげた。
折れた。すごい。イリルディッヒすごい。
俺達はこっそりと「おお~」と拍手した。
やっぱり相談するならイリルディッヒ先生だよね!
俺はどうにかしてカウトリアを引き離し、イリルディッヒと会話するチャンスを心待ちにしたのだった。
一方その頃。
「あかん。全然見つからへん。どないなってんのリッテル」
「分からん。このアディルナ便利なのだが、万能ではないからな」
「もっちと消費……つーか、支払ったらどうなん? 精度上がるやろ。今ならサービス期間中みたいやし?」
「へぇ。お前が血を分けてくれるのなら、喜んでそうするが?」
「いやや。痛いし。……って言ってられんのかなぁ」
「距離が離れすぎたのが不味かったな。流石は飛行型の魔獣と言ったところか。何故魔獣と魔王が付き合ってるのかは不明だが」
「そりゃ、アレやろ。カルマ加算されるの嫌やから下手なこと言わんけど、異常事態なんやろ」
「難儀なことだ」
「おかげでウチはイライラ出来てええけどな」
「お前の聖遺物も相当に難儀だな」
「せやから、魔王ブチのめした時はスッキリするんやで。もう、すごく、ヤバイぐらい」
「......そ、そんな表情で聞きたくなかった」
「いや~ん。堪忍な~。幻滅した? 噂の美人騎士が、こないなモチベーションで戦ってるってことにドン引きした? うふふ」
「……カルマではないが、自分も下手なことを言うのは止めておこう......」
「あらま賢明。それで、どないする?」
「…………少しだけ消費して、探索してみよう。ただし違う方向で」
「は?」
「魔獣で移動しているのだ。阿呆みたいに直線を移動するということはないだろう。大きく迂回されたりして、意外と後方の位置に回られているのかもしれない」
「え。その万能鋏ってそんな感じなん? 半径距離やなくて、前方ぐらいしか探索効果無いん?」
「だから万能ではないと言っているだろうが。千納鋏アディルナだ」
「千を納めるハサミ言われてもなぁ。分かりづらいし、もう万能バサミでええやん。そっちの方がイメージ掴みやすいし?」
「お前本当に失礼な女だな」
「ははっ、ウチかて結構イライラ溜まっとるからな。たまには適度に抜かんと、錯乱してまうわ」
「やれやれだ。では発散したストレスを補填する気はないか? 血を分けてくれ」
「いややー。確かにこの身体はもう傷だらけやけど、だからと言って『ご自由に切り刻んでください』なんて書いてへんで?」
「…………ま、そうだな。自分だって美しい女性に傷を付けるのは忍びない」
「…………」
「なんだ。微妙な顔して」
「いや、結構本気で『美人』とか褒められると、おしりがかゆくなるなぁ、って」
「クラティナ。お前は美人だぞ。その難儀なテレッサを手放す時がきたら、嫁にしたいくらいだ」
「ほ、褒めるなや! こっちは頑張ってイライラ溜めとんねん!」
(照れた顔が可愛いとか言ったら、怒られるかな)
「な、なんやその顔! やめぇ!」
「……ふふっ。さて、そろそろ息抜きは終わりだ。アディルナ。頼んだぞ」
世界が動き始めたのはいつからだろう。
誰も真実をしらないまま、導かれ、引き寄せられる。
クラティナ・クレイブ。使用する聖遺物は『多斬剣テレッサ』。
リッテル・バーリトン。使用する聖遺物は『千納鋏アディルナ』。
二人の【管理者】はその神命に従い、演算の魔王カウトリアを追いかける――――。