4-21 世界の縮図
陽差しを遮り、かつて見た畏怖が降りてくる。
一瞬だけ「イリルディッヒの同族か?」という事も考えたが、見分けが付くわけも無い。なので俺は普通にその名を呼んだ。
「イリルディッヒ……な、なんでこんなとこに?」
《久しいな、ロイル》
あ、やっぱイリルディッヒだった。などと思った次の瞬間、俺の目は更に驚愕で見開いた。
「シリック!?」
「ど、どうも」
魔獣の背に乗っていたのは、なんとシリックだった。
「いやお前何してんの!? な、なんでこいつらと一緒に!? っていうかお前無事か!?」
慌てて駆け寄って彼女の姿を改めて確認する。
……どうやら怪我を負っているようには見えない。ただ、表情が死ぬほど疲れている。
「えっ、なに、何なの。意味が分からない。なんでイリルディッヒと……魔王と一緒に? えっ、なんで?」
唐突な再会に俺は動揺を抑えることが出来ず、質問にすらなっていない疑問を立て並べた。
「話せば長いというか……ああ、ロイルさんだ……」
ふにゃ、と。シリックは半泣きになって、プルプルと震えながら俺に両手を差し伸べた。まるで「抱きしめろ」と言わんばかりのポーズだ。
反射的に「カウトリアが嫉妬する!?」という恐怖に襲われた俺だったが、幸い、あのパラノイアは幸せに気絶中だ。俺はそれを確認した後に、シリックを抱きしめた。
「!?」
「無事で良かったよ、シリック」
「あ、はい……どうも……ご心配を……う……ううっ……うううう~」
緊張の糸でも切れたのか、シリックは俺の胸の中で子供のように泣いた。それは安堵の涙というよりは、これまで彼女が抱いてきた苦難の結晶のようでもあった。
シリックをなだめながら、視線をやや上に。
「イリルディッヒ……お前も、久しぶりだな。っていうか何なんだこれ? 何がどうなって、こんな同窓会みたいな有様になってんだよ」
《それだけ、お前のやっている事が常軌を逸している、ということだろうよ》
彼はちらりとカウトリアの方を見て、声を潜めた。
《……再会の折、どうなるかと危惧していたが……まさか喜びで気絶するとはな》
そう呟いたイリルディッヒ。
見れば分かる。
その四肢は、演算の魔王殺害のために動こうとしていた
「やめろ、イリルディッヒ」
思わず静止の言葉を投げかける。イリルディッヒは右脚を一歩踏みだそうとして、そのまま止まった。
《……何故止める? このようなチャンス。恐らく二度と無い》
「やめてやってくれ。本当に、全く理解出来ない状況だが、今だけは勘弁してやってくれ。俺はまだそいつに用がある」
《ふむ……では一つだけ聞こう。この魔王を生かすことで誰がどんなメリットを得て、そして代償として誰が『殺戮』というリスクを背負うのだ?》
「誰も得なんてしねぇよ。ただ各々に、納得と理不尽を得るだけだ」
《我が止まる理由にしては薄いな》
「そうだよな。お前は確かそういうヤツだったような気がするよ。じゃあこう言い換える。こいつにはフェトラスを止めるのを手伝ってもらうつもりだ」
そう答えると、イリルディッヒは深いため息をついた。まだ四肢には緊張が残されている。
《ここにフェトラスがいないことはとうに把握しておるが……何があったのだ?》
「……長い話しになるよ。たぶん、お前達がこんな妙ちくりんな状況に陥っている以上に、長い話しに」
苦笑いを浮かべながらそう言うと、イリルディッヒは《ふん……》と呟き、一歩身を引いた。
《一度だけ見逃そう。だが次はない》
「面倒をかけて悪いな」
《一度だけだ。お前の送ってきた異様な人生に敬意と呆れを表して、な》
そうは言ってくれたものの、イリルディッヒの顔には警戒の色がありありと浮かんでいた。この見逃された「一度」が何秒後に終わるのかは見当も付かない。
しくしくとシリックは泣き続けている。
はて、まずどこから何を始めるべきなのか。もう頭の中はいっぱいいっぱいだ。頼むからこれ以上何か起きてくれるなよ。俺はもう限界だぞ。
《カルン! お前も隠れてないでこっちに来い!》
「……………………は?」
木陰から出てきたのは、カルンだった。
カルン・アミナス・シュトラーグス。
緑色の肌。白いコート。一角と、紋様の入った顔。
フェトラスの友達になれなかった男。
「…………かるん?」
「………………」
「えっ」
「………………」
「カルン……なのか?」
俺はそっとシリックを放して、その男と向き合った。
カルンは何も言わなかった。
俺は呆然と彼に歩み寄り、その顔をよく見た。
少し痩せたように見える。肌つやもよくない。表情からは「自信」というものが欠落しており、弱ったような、困ったような、簡単にいうと可哀相な有様だった。
久しぶりだな、元気だったか、生きていたのか、どうしてこの意味不明状況にお前も参加してんだよ。
そんな言葉は一つも出なかった。
ただ、こいつが望む言葉を聞かせてやりたいと。
上手く説明は出来ないのだが、俺は過去の全てをスッ飛ばして、この男に「相応の報い」を与えたかった。
「フェトラスがお前に、会いたがってたよ」
「!!」
カルンはわなわなと口元を震わせ、何かを呟こうとして、代わりに膨大な量の涙を流した。
「よいの、でしょうか……そのような……嗚呼……そのような……」
「また一緒に飯が食いたいと、よく言っていた」
「ああ……ああ……!」
カルンは膝から崩れ落ちて、俺が未だかつて見たこともないくらいの男泣きをさらした。みっともなく、恥ずかしげも無く、ぐちゃぐちゃの表情で。
だけどそれを無様だとは決して思えなかった。
「ごめんなさい……ずっと、ずっと謝りたかった……フェトラス様に……私も、会いたかった……私は許されないはずなのに……彼女の敵なのに……」
「まぁ、な。俺だって正直に言うと『出会った時にカルンを殺しておけば良かった』と思ったことは両手の数より多い。でも……お前とは色々あったけど、お前が生きてて嬉しいって感じるのは、何でだろうな」
片膝をつき、カルンの肩に手を置く。
カルンはうつむき、泣きはらしたまま俺の手に自分の手を添えた。
「すまない……ごめんなさい、ロイル……僕は、あの方の笑顔を奪ってしまった……」
「はっはっは」
軽く笑って流す。
「ちゃんと獲り返したから、心配すんな」
はっとしたように、カルンは顔を上げた。
泣きすぎて目が真っ赤だ。だけど、涙でろくに見えていないであろうその瞳で、彼はしっかりと俺を見つめた。
「本当に……? 本当に、あの状況から、フェトラス様を止められたのか?」
「じゃなきゃこうして生きてねぇよ」
「すごすぎる」
ははっ、と。カルンは呆れたように笑った。
「――――ありがとう、ロイル」
「おう。まぁ……お前も……なんか、すごく大変な目にあったみたいだな……」
ボロボロだし。メンツが異常だし。
改めて見て気がついたが、そういえば俺はこいつの左腕と右翼を切り落としてしまっている。あの時は殺すつもりでやったが、今となっては少しばかり心苦しい。
「俺の方こそ、あの時はすまなかった。左手と翼、悪かったな」
「いい……いいんだ……私の身体なんかよりも、お前は取り返しのつかない事を、取り返してくれたんだ……」
グスッと鼻を鳴らしながら、カルンは頭を垂れた。
「貴方に最大級の尊敬を。ロイル。フェトラス様の近くにいたのが貴方で本当に良かった」
「お、おう。なんか照れるな。ありがとう」
「…………そ、それで……ふぇ、フェトラス様はいまどこに!?」
泣きながら朗らかに笑い出したカルン。うむ、良い笑顔だ。なんかこいつ毒が抜けたというか、魔族っぽさが消えてんな。
その笑顔を曇らせることに対しての罪悪感。
俺は「え、えっと。とりあえずその辺はみんなの前で説明するな?」と言って、カルンを立たせた。
以下、説明というか互いの情報交換を開始したのだが、全員が「!?」という表情の使いすぎだったので、少しばかり簡略してお伝えしよう。
まずザークレーに対して説明を開始した。
「シリックが無事でした。この魔獣は知り合いです。この魔族はフェトラスとも知り合いです。この魔王は、ちょっと放っておいてください」
「――――もう意味分からなすぎる。眩暈がハンパないので、少し休んでます」
次にイリルディッヒが警告を発した。
それは演算の魔王についてだった。
とある森で出会い、惨劇が産まれ、行動を共にするように。演算の魔王の目的は一貫して「ロイル」。その取っ掛かりとして、魔槍ミトナスの波動を追うことに。そしてその際シリックと出会い、彼女ごと拉致したそうな。なお魔槍ミトナスはずっと活動を停止しているらしい。
演算の魔王の危険性は未知数。本能すら置き去りにして、ロイルに対して全執着心を向けているが、これが殺戮に向けられるとなると、全ての命にとって未曾有の危機が起こるだろう、とのことだった。
俺的には「演算の魔王=カウトリア」なのだが、これについてはまだ確証も無いし、何故か口にするのが忌まわしく思えた。
なので「そもそも演算の魔王とロイルの関係とは何だ?」という問いに関しては「ちょっとまだ言えない」と答えることしか出来なかった。
演算の魔王が起きる気配はまだ無い。
次に尋ねられたのは「フェトラスはいまどこで何を?」だ。
俺は正直に答えた。
彼女と平和に暮らしていたが、魔族と交戦。その際にフェトラスは銀眼を行使して、初めての『殺戮』を、本能ではなく、自らの意思で行った。
そして何か目的を得たのか、どこかへ飛んで行ってしまったので捜索中だ、と。
これに対しての三者の反応はちぐはぐだった。
シリック 「探さなくちゃ!」――それは保護。
イリルディッヒ 《追わねば》――それは抹殺。
カルン 「追いかけましょう!」――それは追従。
みんなどれだけ素直なのか。表情に全部出ていた。似たような言葉を使ってはいたが、意見が割れまくっている。こいつらよく行動を共に出来ていたな。
まぁその辺はさておき。
「おいコラ。イリルディッヒ。てめぇ何を考えてやがる」
そう。イリルディッヒは、フェトラスに対する殺意を隠そうともしなかったのだ。
《………………》
「うちの娘に、何を仕掛けようって腹だ」
《……娘、か》
イリルディッヒは嘆息した。
《殺戮に目覚めた銀眼の魔王を、お前はまだ娘と呼ぶのか》
「あいつが世界を滅ぼしたって、あいつは俺の娘だ。そこは譲らんし、変わらん」
《お前は――――》
何か気持ちの悪い生き物を見るかのように、イリルディッヒは半歩退いた。
《ならば今回の件。親としてお前はどう責任を取るつもりなのだ。銀眼を野放しにした罪は、比較対象が無いほどに重いぞ》
「それは……」
《あの時、あの島で我は言ったはずだ。お前が責任を取れ、と。今がその時ではないのか》
「言ったな。でもお前が考えてる『責任の取り方』ってヤツは、俺の基本方針と一致しねぇから不採用だ」
《…………》
「なんだよ」
一触即発の雰囲気。
だが悲しいかな、人間と魔獣では勝負にならない。
故に俺は、小賢しくも舌戦を仕掛けるより他ないのだった。
「お前だって食うために殺すだろうし、何かを護るために魔王を殺すんだろうが。規模の違いこそあれど、やってる事に変わりはねぇよ。お前にフェトラスを糾弾する資格は無い」
《ではお前は、畑を荒らす害獣も『同じ生き物だから見逃してやろう』などとのたまうのか?》
「うちの娘を害獣呼ばわりしてんじゃねぇよ。殺すぞ」
《ほう――――やってみるがいい》
「そして俺は返り討ちにあって死ぬよな。そしたらフェトラスはどうなるだろうな?」
《ツッ》
我ながら小賢しすぎるというか、卑怯すぎるというか、何というか。
おれに手をだしたら、おれの娘が黙ってないぞー! ときたものだ。
しかし情けなくも目的は果たせた。イリルディッヒは怯んだのだ。
「……まだフェトラスは手遅れじゃない。何をするつもりなのかは知らんが、まだ何も始めちゃいないはずだ。あいつは無鉄砲なところがあるけど、無意味に人の家に火を付けたりするヤツじゃねぇよ」
《………………》
ずん、と。イリルディッヒは地面に身体を伏せた。
《良かろう。お前の口車に乗ってやろうではないか。銀眼の父。止められるものなら止めてみるがよい》
「任せとけよ。あいつをビンタ出来るのは世界で唯一俺だけの特権だ」
と、ここで気がついた。
銀眼。
銀眼の魔王フェトラス。
イリルディッヒは、それ以上を知らないのか?
ちらりとカルンを見た。
「…………」
「…………」
じっと、真っ直ぐ見ただけだ。けれどもカルンは小さく頷いてみせた。
そうか。こいつ、月眼については黙っていたのか。
無意識のうちに俺はカルンに近づいた。
カルンも同じように俺に近づいてきた。
「…………」
「…………」
何故か、俺達は無言で抱擁した。
パンパンと背中をたたき合い、言葉も無いままに互いの苦難を労いあう
「な、なにやってんですかお二人とも……」
「いや、ちょっと怖いことを思い出して」
「我々の共通のトラウマが刺激されまして」
「……色々あったって聞いてますけど、仲良いんですねお二人とも」
「いや、当時は本気でブッ殺してやろうと思ってたんだよ」
「ええ。全くです。あの時はごめんなさい」
「しかしなんつーか、素直になったというか……変わったな、カルン。さぞかし大変な思いをしたんだろうな……」
「まぁ……色々と……いや、それはさておき本気であなたには感謝してるんですよ」
抱擁解除。俺達は並んで空を見上げて、同じことを考えた。
今のカルンとならば、きっと美味い飯が食えるだろう。
(……フェトラスに会いてぇなぁ)
他にも、諸々の細かな経緯を話したり、驚いたり、呆れたり、会話が途絶えることはなかった。緊張感が増大した瞬間も多々あったが、やがてはそれも落ち着いていく。
ここでようやくザークレーが声をかけてきた。
「――――そろそろ話しはまとまったか?」
「ああ、すまんな。ずっと放っておいて」
「――――どうせ思考放棄していたから構わん」
やつれたような様子で英雄はため息をついた。
「――――魔王、魔獣、魔族、聖遺物、英雄、人間、か。なんだここは。世界の縮図か?」
「うん……メンツだけ考えたら、怖すぎるよなコレ……」
「――――ともあれ、いつまでもこうしているわけにはいくまい。先ほど我々を襲った人間は逃げ散ったようだが、そろそろ通報されてもおかしくない。よって移動することを提案する」
「そう。それなんだよなぁ」
でもそれは必然的に、あの気絶してる演算の魔王に声をかけるということなんだよなぁ。
「起こすの怖ぇんだけど」
「――――旧知の中なのだろう? よく分からんが」
「確信が無いというか。……ま、いいや。お前の言う通りだ。そろそろ起こし」
「……ロイル!」
突然、その演算の魔王が飛び起きた。何に反応したのやら。
「ろ、ロイル!? えっ、今の夢!?」
「……おはよう」
「あっ……あああああああああ! ロイルだ! ロイルロイルロイル! ロイルがいる! 夢じゃない!」
わぁぁぁぁ! と寝起きから即座に錯乱してみせた演算の魔王は俺に飛びついてきた。今度こそ俺はそれに逆らわず、それを抱きしめ返す。
「ロイル……ロイル……!」
「はいはい。ロイルだよ。えっと……久しぶり、でいいのか?」
「うん……久しぶり……永遠ぶり……ああ……魔王にな■■本当に良かった……」
何事かを呟いた瞬間、俺の脳みそに大きな杭が刺さったように感じた。
「ツッ」
「――――クッ」
「あっ、ああ! ごめん! またやっちゃった! ごめんロイル!」
「……今、何をした?」
「ごめん。たぶん説明出来ないんだけど……正確には、どこまで説明が許されるのか分からないんだけど……ごめんね、本当にごめん」
そう言いながら決して俺を放そうとはしない演算の魔王。
「一体どういうことだよ……えっと、お前は、アレだよな。カウト」
「ストップ!」
「むぐっ」
背伸びをしつつ、口を両手で塞がれた。
「ワタシの名前は、口にしないで」
「……何故だ?」
「はっきりとは言えないんだけど、多分それは『与えてはいけない情報』なんだと思う。ロイルの場合は『自覚』したから大丈夫みたいだけど、他の人はたぶんダメ。そこのネイトアラスのマスターみたいに苦しむことになるかもしれない」
「???」
「……ごめん。まだ実験が足りない。でも実験したらロイルが苦しむかもしれないから、実験するつもりもないの。ワタシはあなたを一秒も苦しませたくない」
「お、おう」
何やら真剣な様子で語る演算の魔王。よく分からないが、従っておいた方がいいのだろうか。
「でも、確認だけはさせてくれよ。――――俺がかつて相棒と倒した魔王の名前は?」
「魔王ギィレス。灯火の魔王にして、本能よりも優先したのは『導く』こと。魔をまとめあげた国家元首。オシャレに気を遣っていたようだけど、ハゲてたわ」
即答だった。いらん情報というか、目の当たりにしないと得られないような情報までオマケにつけて。
「そうか。やっぱりそういうことなのか。全然理解出来ないし、まだ半信半疑に近いが……改めて言っておくか。久しぶりだな」
真っ直ぐに見つめると、演算……カウトリアは頬を赤らめた。
「…………ああ、ロイルだぁ……」
潤む星空の瞳。泣き止むという機能がないのか、というくらい、彼女は感涙にむせていた。
気がつけば、全員の視線が集まっていた。
魔王に好かれすぎだろコイツ。
なにをイチャイチャしてるんですか。
本当に大丈夫なのか此奴等は。
ロイルのソレは才能なのか?
という、なんか居たたまれない空気を感じる。
「えっと、とりあえず、移動しません?」
「邪魔しないでよシリックゥゥゥ! 殺すわよ!!」
「ヒッ……」
勇気を振り絞ったシリックに対して、怖ろしい恫喝が飛ぶ。
ぶっちゃけ俺も怖かったんだが、俺も彼女にならい勇気を振り絞った。
「こらこら。口が悪いぞ。せっかく可愛いんだから、あんまり品の無いことを、殺すとか言うな」
魔王に説教キメてみたんだが、殺されたりしないよな? とまだまだビビってる俺だったが、当の魔王はまるでヒマワリのように笑顔を咲かせた。
「かっ、かわいい!? ワタシ、かわいい?」
「ん、まぁ……うん。へー。よく見るとリボンとかしてるんだな。似合ってるぞ」
「~~~~~~~!!」
「もしかしてこれ精霊服か? ふむ。いいセンスだ。結び方が女の子っぽくていいな」
「き……キャーーーー!!」
カウトリアは顔を真っ赤にして俺から離れた。そしてすぐにシリックに抱きつく。
「シリックシリックシリック! ロイルが、ロイルがリボン褒めてくれた! 可愛いって! 女の子っぽいって!」
「え、ええ。良かったですね」
「ありがとう! ありがとうシリック! ……あ! でもこれだけは聞いておかなくちゃ!」
カウトリアはこちらに振り返って、こう言った。
「ねぇロイル。シリックとはどういう関係?」
それは地獄のように深い、星空の瞳だった。
うむ。
その質問の適切な回答を、俺は知っている。
「戦友だよ」
「オッケー! ワタシ、シリック好き!」
俺は認識を改めて、改めて、また改めた。
魔王かと思ったら、かつての相棒で、それでもやっぱり、魔王だった。
なるほど……コイツは危険だ……イリルディッヒの気持ちがようやく分かったような気がする……。
武器だった彼女は、同じ武器に嫉妬した。
ならば魔王と化した彼女は、何に嫉妬するのだろうか。
とりあえず俺達は移動を開始した。
谷越えは叶わなかったので、迂回することになる。
とりあえず人が来なくて、ゆっくり休める場所がほしい。あと腹が減った。喉も渇いた。疲れたし、気疲れもした。
イリルディッヒは論外として、全員が馬車に乗るとなるとちょっと手狭だったが仕方が無い。
怪我を負っているザークレーは寝かせたまま。
俺はカウトリアの横に座り、シリックには馬車の運転を任せた。
「疲れてるのに悪いな」
カウトリアが俺から離れようとしないから、運転がちょっとし辛いのである。
「いえ、ロイルさんと合流出来て……あと、演算の魔王の目的も何事もなく叶ったようなのでホッとしましたから……操縦ぐらい大丈夫ですよ」
カルンは、うっかり人目につくと怖いので顔を隠すように馬車の片隅に縮こまってもらっている。
「ねぇねぇロイル。これからどうするの? 何をする? どこに行こうか。いっぱいご飯食べようね! あとは、楽しいことを探しましょ! ロイルはいま何がしたい?」
「待て待て待て。落ち着け。聞きたいことが山ほどあってだな」
「ワタシも! 聞きたいことも言いたいこともわかり合いたいことも喜びたいこともちょっぴり怒りたいことも、たくさん!」
「怒りたいこと!?」
「うーん。ま、いっか! もう忘れた! 過去じゃなくて、これからの話しがしたい!」
……魔王テレザムの時に、俺は閃光のような地獄を体感した。
しかし、魔王であることを差し置けば、このように無限大とも思えるような好意を示されるとやはり多少は嬉しくもあり。
「ねぇねぇロイル! ロイル! えへへー! 呼んだだけ! ロイル好き!」
だからこそ……この好意を踏み潰し、散らすことへの恐怖は、ゆっくりと俺を蝕むのだった。