4-20 二人の絆は世界の仕組みも超越しちゃうのね! もうワタシ達の存在は運命なんて言葉じゃ飾れないくらい気高くて尊くて伝説級であああああロイル! ロイル! ロイルゥゥゥゥ!!
どれほど待ったか、なんて自問に意味は無い。
それが一瞬だろうが永遠だろうが、どちらでも同じ事。
会いたい人にようやく逢えた。だから今までの過程なんて、過去なんて、忘れてしまおう。これから先のことを考えよう。未来を、楽しいと思える時間を、希望を。
「ロイル……!」
「そ、そもそも誰だお前!?」
「きゃっ」
ワタシは乱暴に引き剥がされた。他ならぬロイルに。
「ま、待ってロイル! ワタシよ!」
「はぁぁぁん!? ちょっ、お前魔王だよな!? なんで俺の事を知ってる!?」
引き剥がされた上に、割と強めに突き飛ばされる。ワタシは無様に転ぶ事こそしなかったけど、悲しくて膝から崩れ落ちそうになった。
「待って、待ってロイル!」
「だから誰だよお前!?」
距離を置いて、改めて見る。
ああ、ロイルだ。ロイルがいる。
あの時と変わらない髪色。同じ瞳。かっこいい顔立ち。
でも待って。アザだらけ……!
「ロイル、怪我をしているの!?」
「うおっ」
思わず詰め寄ると、同じ分だけロイルは引き下がった。
「ロイル、ねぇ、大丈夫? 怪我痛くない? 困ってない?」
「………………」
ロイルは瞬時に目を細めた。知っている。あの顔は、スイッチが入った時のロイル。
すかさず剣を構え、腰を落とし、呼吸を細くして、何もかもを研ぎ澄ましたロイル。
「……誰だお前」
何度目かの、同じ質問。
ああ、ロイルの声だ。全然色っぽい声色じゃないけど、ロイルの声だ。
ワタシは思わず涙をこぼした。
「ロイル……ワタシよ……※※※※※よ……!」
我が名を口にした途端、ロイルの顔が真っ青に変化した。
「ぐっ、ぐあああああ……!!」
「ロイル!?」
ロイルは剣を落とし、突然頭を抱えた。
「ぐあっ、ぐああああ!」
「ロイル、ねぇ、ロイル! どうしたの!?」
本当にそれは急だった。まるで頭の中にネズミを入れられて、それが脳みそを食い荒らしているような。
「!!」
この症状は見たことがある。
あれは確か、イリルディッヒ達にワタシとロイルの出会いの情景を語った時……。いや、だが今回のロイルのそれはあの時よりも反応が激しい!
何かが起きている。ワタシの知らない何か。
あるいは、ワタシが取りこぼしてきた何か。
もしくは――――世界によって削除された、ナニカ。
あの時は確かすぐに症状が落ち着いたはず……!
そう判断したワタシは、とりあえず地面に転がるロイルを抱きしめた。
「大丈夫、だいじょうぶだよロイル。落ち着いて。ゆっくり息をして。怖くない。大丈夫。ワタシがきっと守ってみせる……!」
やがてロイルの呼吸は期待通り、すぐに収まってくれた。
良かった、と心の底から安堵していると、弱々しくロイルがワタシを見上げた。
「お前……いったい……」
(名を告げたら、ロイルが苦しんだ……ワタシとロイルが出会った時のことを口にしたら、イリルディッヒ達も苦しんだ……これは……)
まさか。
(ワタシが元々聖遺物だったということは、口外出来ない情報なの……?)
いいや、きっとそれは正確ではない。
おそらくは。
(ワタシが聖遺物だったということ……転じて、魔王と聖遺物が同じ素材から出来ているということを、この星の生命体は知ってはならないという本能なの……!?)
スッ、と心が凍てついた。
ねぇ、待って。
そんな、あんまりじゃない。
ワタシがワタシだって、伝えちゃダメってこと?
ロイルとの大切な思い出は、もう共有したらダメなの?
かみさま。あんまりじゃない。
確かにワタシはズルをした。ルールも、領域も、真理も、何もかもを犯して侵して冒し尽くした。
だからって、そんな、こんな、ワタシがワタシだって名乗ったらダメだなんて……!
今までワタシは、誰にも名乗ったことがない。
自らを呼称するときは「演算の魔王」としか表現しなかった。
何故なら、この世界においてワタシの名前をまっ先に呼ぶのはロイルでないといけないからだ。だからワタシは自分の名を秘匿した。
それはワタシにとって儀式のようなもの。
ワタシはこの世に発生し。
蝶を食べて誕生し。
そして――――ロイルに名を呼ばれて、初めて生きる意味を得るのだ。
なのに、なのに、それが出来ないだなんて!!
「ま、いっか!」
彼の口癖を借り、ワタシは元気よく微笑んだ。
なーに。なんて事はない。またゼロからスタートするだけだ。どうせやることは変わらない。
ロイルを助け、ロイルを護り、ロイルの為に戦い、ロイルに尽くし、ロイルに全てを捧げ、ロイルに賭けて、ロイルを頼り、ロイルの側にいるだけだ。
いいわ。神様。上等よ。これはリスタートではなく、ニューチャレンジなのね。いいわ。また最初からロイルと物語を紡いでいけるなんて、逆に僥倖。
センキュー、ゴッド。粋な計らい、ご苦労である。良きにはからえ。
……ただ、ロイルの頭痛はワタシの無知が誘発したのは間違いない。
ワタシはロイルから(死ぬほど名残惜しかったけど)一歩踏み下がって、恭しく一礼した。
「…………突然、失礼しました。もう頭痛は大丈夫?」
「お前……マジで何者だよ……」
ロイルは意識がはっきりしたのか、適切な退避行動を取りつつ剣を握りしめた。
「答えろ。何故魔王が、俺の名を知っている」
「ワタシが、あなたのことが好きで好きでたまらないからです」
「――――は?」
「ロイル。本当に、会いたかった。心から」
再び涙がこみ上げる。
ああ、ワタシは今、ロイルとお喋りしてるんだぁ……。
直接大気を震わせて、彼のプリティーなお耳にワタシの声が届いてるんだぁ……。
「ぶっ」
「!?」
涙腺の崩壊にともない、鼻からまるで豚さんのような音が漏れる。
やだ、恥ずかしい。
そうは思ったけど嗚咽が止まらなかった。
「ぶぇぇぇぇぇ! ろ、ロイルぅー!」
「ものすごく怖い!?」
ロイルに抱きつこうとすると、彼は大げさに後退した。
「あん、待って。お願い。ちょっとだけ抱きしめさせて」
「…………助けてザークレー!!!!」
ロイルが大声を放つと、馬車の荷台にいたであろう長躯の男が立ち上がった。
「――――魔王!」
こちらを見ろ、と。かざされた右手には翠色の短剣が握られていた。
「あら。ネイトアラスじゃない」
「――――!?」
「久しぶりね。このワタシを前にして、鳴る勇気はあるかしら?」
ほんの少しだけ威圧しつつそう語りかけると、ネイトアラスは「……り、りーん」と鳴った。
「あら勇敢。うんうん。素敵よネイトアラス。よくってよ。今回もいいマスターを見つけられたようね。というか貴方のマスターはだいたい格好いい人だものね」
…………りーん。
「うんうん。そんな素敵なマスターを護りたいのなら……黙ってろ雑魚が」
正しい脅迫を行うと、ネイトアラスは沈黙した。
相変わらず賢くて好感がもてる。
突然沈黙した相棒に「――――どうしたネイトアラス!?」とマスターは慌てて語りかけたようだが、無駄である。ネイトアラスは何よりマスターの守護を第一としている。なので、この場でワタシに逆らうことの無意味さを把握したあの子はもう鳴らない。
狼狽えるマスターを放っておいて、ワタシはロイルの前に跪く。
「ロイル。会いたかった」
何度も何度もそう伝える。
永久の思いを。
永久の願いを。
だけど伝えれば伝えるほど、ロイルの顔は引きつっていった。
「……やべー。マジで怖い。こんなに怖いと思ったのはいつぶりだ……? いや、こんな純粋な恐怖、俺の人生でもそうそう無いぞ……」
好感度ゼロスタートどころじゃない。
ぶっちぎりでマイナスから始めないといけないなんて。
(……ワクワクするわね!)
ワタシはそんな内心を押し殺し、跪いたまま祈りのポーズを示した。
「お願い、ロイル。ワタシの話しを聞いて。ワタシは魔王かもしれないけど、絶対にあなたに危害を加えたりしない」
「…………」
「それどころか、あなたを助けてあげる。護ってあげる。代わりに戦ってあげる」
「…………」
「お願いします。ワタシの話しを聞いてください」
「…………」
「……あわよくば、ちょっと抱きしめてください」
「…………」
「あとキスもしてみたい。せっかく身体を得たのだもの。また一緒に寝ましょう? きっと同じ夢を見られるわ。ご飯も一緒に食べてみたい。あ! そうだ、この前すごく美味しいご飯を見つけたの! 紙みたいに薄いパンに、エビとクリームとお野菜が入ってて、ソースがきらきら白く輝いてるの! あんまりにも美味しくて、ワタシびっくりしちゃった! きっとロイルも気にいるわ! それとねそれとね、ロイルを探している最中にすごく綺麗な景色を見つけたの! 大きな湖があって、木々の色がとっても鮮やかな場所! そこで絵本を読んでくれたら嬉しいわ! 代わりにワタシは歌を唄うから!」
「待て待て待て待て待て! それ以上近づくな!」
気がつけばワタシは、鼻息荒く、はいはいするようにロイルに近づいていた。
「やだ、はしたない」
それを自覚して、思わず頬が赤くなる。
「ごめんなさいロイル。会えたのが嬉しくて、嬉しすぎて、何もかもを共有して、想像以上の体験がしたくて、世界の果てまでも一緒に……いや……あー……ごめんなさい、ちょっと落ちつくわね」
ロイルが恐怖から少し涙目になっていることに気がついたワタシは、今度は立ち上がって、少しバックステップ。
深呼吸しんこきゅう。すーはー。
「いや、マジで何回これ聞いたか分かんねぇけど……お前、何なんだよ……」
「ワタシは演算の魔王」
これくらいは名乗っても大丈夫よね?
「ロイルのために生きて、ロイルと共に死ぬ者です」
決まった。ワタシ必殺の自己紹介。
簡潔な言葉の中に、ワタシの思いと、存在理由と、終末を内包させた口説き文句である。
ちょっと誇らしげになってしまい、頬が緩む。
ああ、ダメ。もう我慢できない。
「ロイル。だいすき」
自分の気持ちを伝えられる。嗚呼、なんて幸せなんだろう――――。
だがしかし。
そんな想いを伝えられたロイルは。
涙目をぬぐって、剣を構えた。
「ザークレー。どうやらワケが分からん事に巻き込まれたらしい。何故だか分からんが、命を賭ける必要があるようだ」
「――――いや、待て、どうも様子がおかしいようだが」
「怖すぎて無理。そして逃げ切れる気がしない。俺がなんとか時間を稼ぐから……あー、マジで十秒も稼げる自信も無いんだが……なんとかネイトアラスを使って、どうにかしてくれ」
「ロイル?」
「だから何でお前俺の名前知ってるんだよぉ! もう怖すぎて発狂しそうだわ!」
――――来る。
口調は軽いが、ロイルの全身にみなぎり始めた緊張は、放たれる寸前の弓矢によく似ている。
その瞬間。気がついた。
何でいままで気がつかなかったのかしら。
「ねぇロイル――――その剣、なに?」
その言葉が引き金だったのか。ロイルはこちらに突貫してきた。
だけど体調が万全じゃないのかな? 悲しいほどに遅い。
ワタシは身体を少し斜めに引いて、上段の振り下ろしを避けるポーズを取る。だからきっと次は、妙技と呼んでも差し支えないない技量を持って、横なぎの一撃が放たれるだろう。そこまで予測出来るのだから、対処の方法も秒で思い付く。
(ああ……ロイルを想えば想うほど……こんなにも力が沸いてくる……」
予想通りの横なぎ。ワタシはそれに手をかざす。触れた瞬間、神の領域のような速度の中、ドンピシャのタイミングで呪文を紡ぐ。
「 【還鉄】 」
途端、ロイルの手にしていた剣は、バキン、メコォ、バギッ、ガガガと奇妙な音を立てて鉄クズと化した。
「!?」
手にしていた柄の部分は無事である。しかし、剣は根元からへし折れて、気持ち悪い虫みたいな動きを示しながら歪な球体へと変化した。
「な……」
「ふぅ……もう、ダメだよロイル。ワタシ言ったよね? ……あ、いや、ワタシをワタシと認識出来てないロイルに言うのは酷かもしれないし、なんならその剣はワタシの代わりにロイルを護っててくれたのかもしれないけど……ええと、とにかく! ロイルは武器なんて持ったらダメなんだから!」
めっ! と人差し指を空に向けつつそう言うと、ロイルは緊張の冷や汗をかき始めた。
「…………………………」
「…………な、なによ。そんなに熱く見つめないでよ。顔から火がでちゃう」
「………………あー」
「…………う、うん」
「…………今の剣な、そこのザークレーってヤツからの借り物なんだ」
「えっ。そうなの」
「……おう」
「あ、そっか。ネイトアラスじゃ普通に戦えないもんね。やだ、早とちりしちゃった」
「………………お前の」
「なーに?」
「お前の名前を、もう一度、教えてくれ」
「ワタシの名前は、演算の魔王」
「…………………………うそだろ」
「?」
「えっ、いや、待て。そんなバカな。でも…………ええええええええ!? 何、何なの!? マジでどういうことだよ!?」
ロイルの目は恐怖から警戒へ、そして戦闘態勢に至り、やがて観察に行き着いた。そして。
自然と、ワタシは目を見開いた。
世界が光彩を増していく。
全てが輝いていく。
ありがとう大地。ありがとう草木。ありがとう大気。ありがとう空。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
「お前、まさか…………」
「うっ、うん!」
「…………いや、無理だ。絶対ありえねぇ!」
「いや、そこを何とか! もう少し頑張ってみて!」
「俺の名前を知っていて! その狂気的な■情表現! また一緒に寝たいとか言って! 演算の二つ名で! そして何より、武器に対する嫉妬心!?」
数分前までは絶望して。なんとかそこから立ち直って。
でも、たったの数分でこんなにも変わるものなの?
これが普通の世界の速度なの?
今までの永遠って何だったの?
「お前、まさかカウトリアか!?」
嗚呼。
ロイル。
貴方はワタシのために、本能を超越してくれるのね。
「うおっ、倒れやがった! いや、マジで!? 嘘だろ!?」
「ろ、ろいる……」
だいすき。
まるで遺言のように呟いて、ワタシは気絶した。嬉しすぎて。
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《警告。上位禁忌獲得を確認。審査開始。エラー。禁忌を獲得した個体の判別に失敗。神理獲得案件に移行。エラー。個体判別に失敗。特殊事案発生。高等管理者に通達。解答待機》
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《審議開始。上位禁忌獲得を確認。しかし個体判別に失敗。エラー解析・・・解答不明。優先順位を更新します。特殊事案。コード308975441489番》
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《推定。個別判定失敗について。近似の案件として『演算の魔王』の関与の可能性・大。特殊案件を統合。優先順位を更新します》
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《結論。こっから先は神様システムじゃ猥雑な表現になるから、代わりに僕がお知らせするよ。えっと、とりあえずよく分からないけど、演算の魔王がイレギュラー過ぎて、なんか連鎖的にヤバい事が拡大しそうだから、最優先で始末をつけること。個人的にはもっと観察してたいけどね。なお相変わらず演算の魔王については諸々不明だよ。彼女、セラクタルに出る際にこっち側に色々と仕掛けてたみたいだ。目的はよく分からないし、発生すると同時に【神理】は消滅してるはずだけど、再獲得する可能性は高い。まぁなんとかなるだろうけど、面倒事は大きくなる前にツブしておくのが定石だよね。というわけでボーナス出すから頑張ってね。おーばー》
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《追伸。周知の通り、良い具合に熟れてる銀眼が出てる。個体名は今更言う必要は無いよね? お宝の可能性は濃厚だ。数百年ぶりの収穫だから――――絶対に逃すな》
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ジリ、と。
何か耳元でノイズが走ったような気がした。
まぁ今はどうでもいい。
問題はこの涙と鼻水と、なんならちょっと鼻血もにじんでいる演算の魔王だ。天国で酒でも飲んだのか、ってくらいだらしない笑顔で気絶している。
「――――ろ、ロイル。ソレは一体何なんだ」
「あー……いや、俺も上手く説明出来ねぇんだけどよ……確証も無いし……また『頭がおかしくなった』って思われるのも嫌だから、この件はちょっと俺に預けてくれ」
「――――殺さぬのか。今ならチャンスだと思うのだが」
「まぁ普通はそうだよな」
俺は演算の魔王の精霊服で、そのぐっしょぐしょの顔を拭った。さらり、と白髪が垂れる。
「……今更なんだが、魔王ってのはどいつもコイツもツラが良いな」
ギィレスはハゲだったけど、顔が整ってたから笑うに笑えなかった。
「というかこいつ、どことなくフェトラスに似てんな……」
「――――」
気がつけばザークレーが馬車から降り、俺の横に立っていた。
「――――魔王だな」
「そう、だな」
「――――なぜお前の名前を知っていたのだ?」
「いや、それについてももうちょい待ってくれ」
「――――今すぐ殺すべきでは?」
「…………そう、なんだよなぁ」
でもなぁ。
もしコイツがカウトリアだとしたら……いやいや、あり得ない。なんで聖遺物が魔王になってんだよ。魔王崇拝者もビックリな発想だよ。
「――――いかなる事情かは知らぬが、こやつは魔王。そして私は王国騎士だ。どけロイル。私が始末をつける」
「いや……その……」
「――――どけ」
ぐい、と。俺よりもボロボロのはずのザークレーは確かな力で俺を押しのけた。
ぺたんと尻餅をついてしまい。言葉を失う。
聖剣。演算剣カウトリア。俺の相棒だったモノ。
狂気的な愛を有していて、その勢いは「俺を刺し殺したい」とまで言わせた事がある。魔王テレザムと戦った時だ。
ドグマイア達と戦った後、なぜか「現世に帰ってきた」という謎の確信を抱いたのは事実だが、それにしたってまさか魔王になってるとは。
なんで? 可能なのそれ?
意味が分からんのですが。
ああ、でも。
(こいつ、こんなになってまで俺を追ってきたのか)
不意に思い出した。
魔王ギィレスの放った爆炎の中で縁をつなぎ。
魔王討伐でもないのに力を貸してくれて。
魔女に没収された後も、俺のために頑張ってくれていて。
フェトラスを育てる際も、フェトラスを護る際も、フェトラスを止める時だって、カウトリアは俺のために――――。
「待てザークレー」
「――――何故だ」
「俺は魔王崇拝者じゃないが、頼む。今回だけは、この瞬間だけは見逃してくれ。こいつはワケ有りだ。聞きたいことが山ほどあるし、言いたいことが山ほどあるし、そして……謝らないといけない事が一つある」
「――――ダメだ。この魔王は意味不明だが、怖ろしすぎる」
だよなぁ。
実際俺も凄まじく怖い。
だから俺は別の言い方をすることにした。
「こいつは多分、フェトラスを止めるのを手伝ってくれるはずだ」
「なっ――――」
「……謝ることがもう一つ出来たな」
すまない。お前の気持ちには応えられない。
すまない。それでも――――俺の愛する者のために、手を貸してくれ。
そんな残酷な言葉を、俺は胸の内で呟いた。
幸せの極地だゼ! という顔で気絶している、健気な魔王に向かって。
…………いやでも本当にこんなことがあり得るのか? あり得ないだろ。納得いかんわ。何がどうしてこうなってんだよ。全然確信が持てない。
こいつは本当にカウトリアなのか?
世界で一番馬鹿馬鹿しい疑問だな、と自嘲しつつ、俺は空を仰いだ。
急に大きな影に包まれたからだ。
《ルーーーーーッ!》
マジかよ。なんでイリルディッヒがいんだよ。
俺は突然の再会に、今度こそ眩暈を覚えたのだった。