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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第四章 All for the one
143/286

4-17 空から降り注ぐ百億の気持ち



 安全な街道を進む。


 整備された街道には動物があまり寄ってこない。なので、モンスターも少ない。俺達はそんな道を選んで進んでいった。フェトラスが飛んで行った方向とは多少ズレが生じるが、致し方ないことだ。


「最寄りの街ってのは、ここからどれぐらいなんだ?」


「――――まぁ、街というか村だな。カフィオ村よりも狭いが、人口は多い」


「ふぅん。しかし村か。王国騎士の支部とかあるのか?」


「――――無いな。ただザファラの件もあるので、もしかしたら誰かいるかもしれないが」


「なるほど。ザファラか……魔王、確かリーンガルドってのは倒されたんだから、帰投中の英雄に会えるかもな」


「――――まぁ、会ったところで、偽装報告するしかないのだがな」


 カフィオ村に魔族の残党が現れたので撃退しました、と。嘘はついてないが真実を語ってるわけでもない。仕方の無いことだ。そして全てを語っても俺達にメリットは無い。


「そういえばお前って英雄の知り合いというか、友達とかって多い?」


「――――友達?」


 ザークレーは荷台にひかれた布団の上で小さく笑った。


「――――私は、英雄は友人なぞ作らんよ。せいぜいが尊敬しあえる同胞だ」


「あー。まぁ分からない感覚でもないな。俺も傭兵だったから」


 友達というとウエットすぎる。

 仲間というとドライ感が足りない。


 同胞、か。

 確かに、魔王殺しという共通した目的と、それを実行する動機が異なる者達を一括りにするにはその言葉が相応しいのだろう。


「まぁ言葉遊びはどうでもいいんだ。要するに、こんな俺達のシチュエーションを知ってなお、俺達に協力してくれる変わり者はいるか、って質問なんだが」


「――――どんなに説明の言葉を用いても、フェトラスに直接会ったことがなのであれば、無意味だ。何百ページに及ぶフェトラスの報告書を書いたとしても、たったの一行、彼女が銀眼であるというだけで、その数百ページは『ただの備考』になりさがる」


 あんなに可愛らしいのに。明るくて元気なのに。よく食べてよく寝てよく遊ぶ子で、親思いで、頑張り屋さんで、とっても優しい子なのに。


 ただ銀眼の魔王というだけで、世界中の英雄が敵になるなんてな。


(いや……魔王ってだけでも大ごとで、それの超上位版である銀眼ってなると、大規模戦争が起きてもおかしくねぇんだけどさ……)


「今この世界に銀眼の魔王って何体ぐらい現存してるんだ?」


「――――明確に存在しているのは二体だな」


「俺が傭兵のころは三体いたはずだが、減ったのか。そりゃ良かった。……どんなヤツ等なんだ?」


「――――こことは違う大陸に君臨している魔王だ。共通点は人間領域に大規模な侵攻をしてこない事ぐらいだな。言い換えれば守りが堅いというわけだ。そんなわけで、こちらとしても攻めあぐねている」


「ふぅん……まぁ人間領域に攻め込んでくるようなら、とっくに大惨事か」


「――――最近、と言っても十年近く前だが、滅ぼされた銀眼の魔王がそうだったな。英雄による大隊で襲撃して、暗殺に近い形でケリを付けたらしい」


「…………改めて思うが、銀眼って倒せるんだな。理不尽の塊みたいなモンのはずなのに」


「――――その倒された魔王……古枝の魔王ジャレスは元々守りに長けていた魔王でな。植物的な魔法を好んで使っていたらしい。最初は普通の魔王だったのだが、度重なる英雄の襲撃に激怒し、銀眼として覚醒したらしい。増長する前に炎系の能力を持つ英雄をかきあつめて、国ごと燃やしたそうだ」


「えぐい」


 有利属性の聖遺物と、歴戦の猛者を集めて、それでも結果が暗殺って。


 正攻法では勝てなかったのだろうが、そこまでしないと倒せないのが銀眼なのか。


「――――私が騎士になる以前の話しだから、あまり詳細に知っているわけではないが……数十にも及ぶ聖遺物がロストしたらしい」


「まさしく戦争だな。この世界から聖遺物が無くなったら、人間はすぐに滅んじまいそうだ」


「――――そうかもな」


 少しだけ言葉が途絶える。


 銀眼の魔王。その強さ。在り方。目的。


「……改めて聞くが、他の、現存してる銀眼ってのはどんなヤツなんだ?」


「――――二体ともセフィード大陸という所にいる。惰眠の魔王リットルバーグ。そして探求の魔王バオだ」


「惰眠と、探求」


「――――惰眠の魔王は、ずっと眠っている。ただ目が覚めると常に不機嫌でな。寝ぼけたまま、自分の住居ごと吹き飛ばしてしまうらしい」


「なんじゃその銀眼」


「――――放っておいても眠っているだけなので、今の所放置されている。有効そうな聖遺物が揃ったら、狩る予定だ」



「お、おう。そうか。……って、お前のネイトアラスが一番効くんじゃねぇのそれ」



「――――――――。」


「………………」


「――――探求の魔王バオは」


(スルーされた!?)


「――――こちらも変わり者だ。何を探しているのかは知らんが、この世界でも有数の図書館を占拠して、ずっとそこに籠もっているらしい」


「は? 魔王が本を読むのか?」


「――――魔王バオは、軍勢を従えていない。少数の魔族に身の回りの世話をさせている程度のようだ。そして少数故に、フットワークが軽くてな。順当に生息地を変えていっている。もし彼が全ての本を読み切ったら、次の図書館が狙われることだろう」


「本好きの銀眼……なんか、イメージしにくいな」


「――――世界で最も優れた図書館を知っているか?」


「えっ。確か王国騎士団が直接運営してるやつだろ? まんま、王国図書館っての。何でも世界一の蔵書数を誇るとか」


「――――王国図書館には蔵書数こそ多いが、益体のない本も多いのだ。無差別蒐集しゅうしゅうに近い。色んな意味で最高の図書館となれば、それは『魔女の図書館』になるだろう」


「なんだそれ。魔女が管理してる図書館があるってのか?」


「――――複数の魔女達が管理している図書館だな。実在するかどうかも怪しいが、古今東西の貴重な資料と、真実が収められているらしい。探求の魔王バオはそれを欲するだろう」


「ふぅん。なんか、どっちの魔王も変わり者って感じだな」


「――――変わり者だから放置されている、とも言えるがな。好戦的であれば即座に英雄は集結し、それを狩るだけだ」


「銀眼。銀眼ねぇ……」


「――――他にも噂話レベルでの銀眼はちらほらといるが、確証がないものばかりだな。例えば有名な噂に『歌う魔王』というのがいる」


「ずいぶんご機嫌な魔王だな」


「――――独自言語で、ずっと歌っているらしい」


 相づちを打とうとして、けれども俺は空いた口が塞がらなかった。


「独自、言語」


「――――そうだ」


「それって…………もしかして、呪文なんじゃないか……?」


「――――然り。一部の騎士はそんな疑念を持っている」


 なんだその噂話。怖すぎる。


 ずっと歌う? つまり、ずっと呪文を・・・・・・唱えている・・・・・


「――――ただ、途中で腹が減ったり眠くなったりすると、歌が止まってしまうらしい。そしてまた最初から歌い出す。そういう銀眼の魔王がいる、という噂だ」


「ど、どんだけ長い呪文なんだよ。その歌が完成したら、次の瞬間にはこの星が爆発しちまうかもな」


「――――この噂の恐ろしい所は、目撃情報が定期的に上がるところだ。場所も時間もバラバラだが、何も知らない一般人からの通報のくせに特徴が一致している」


「本気で怖すぎる」


「――――正式名称不明。歌う魔王。現実味がある噂といえば他にもいくつかあるが、危険度が一番高いのはこいつだろうな。本気を出せば、世界が明日にでも終わるかもしれないという意味で」


「ただ歌ってるだけ、ってんならいいんだけどな……」


 ただ、まぁ……おそらく俺の人生には何の関係も無い魔王だろう。誰かが倒してくれることを祈るばかりだ。



 話しのネタが尽きたのか、俺達は少し静かになる。


 正確には、話したくない事を誤魔化すための、ネタが。


 だけど黙っていても、気付きは得られない。


 結局の所俺達は、話して、話し合って、現実を見ないといけない。



「…………フェトラスに二つ名が付けられるとしたら、何になるんだろうな」


 ザークレーはしばらく黙った後、布団からのそりと起き上がった。



「――――お前なら何と名付ける?」


「ああ? んなもん決まってら。愛娘まなむすめの魔王だ」



「――――ふふっ。ならば私は…………ふむ……意外と思い付かないものだ……」


 ザークレーは天を仰いで、ため息をついた。


「――――いや、二つ名なぞ必要無いな。フェトラスはフェトラスでいい」


「……そうだな」


 そのためにも、早くあいつを見つけてやらないといけない。


「あいつの目的はなんだと思う」


「――――世界を、仕組みを殺戮する、と」


「仕組み。仕組みってなんだ? 弱肉強食か?」


「――――かもしれぬ。それはこの世界の構図そのものだ。シールス一家が惨殺されたのを目の当たりにして、人間が魔族に襲われる、という事に納得がいかなかったのではないか?」


 だから行くのだと。殺戮に。


 魔族を皆殺しに・・・・・・・・


「その仮定で話を進めると……あいつ、魔族側には居場所がなくなるな」


「――――かと言って、銀眼が人間側に受け入れられるとも思えんがな」


「そうなるとあいつの二つ名は、孤独の魔王になっちまうな」


 自分で言って、相当に腹が立った。


 フェトラスが孤独に?


 は。させねーよボケが。


 俺は無意識のうちに馬車の速度を上げた。


 どこを目指していいのかは分からないが、少なくともここにはフェトラスはいない。だったら、出会うまで走り続けるだけだ。




 日が沈む前に休息を取ることにした。大きめの池があったので、そこで馬を休ませたり、流れ込む川から飲み水を補給する。


 俺達はいまだ怪我が重い。ザークレーは寝ていただけだとしても、馬車の振動というのはけっこう身体に響くものなのだ。


 俺達はそれぞれにストレッチや軽い走り込みなどをして、身体をほどよく痛めつけた。


「ぬぉぉ……やっぱ痛ぇぇぇ……」


「――――ぬぅ。眩暈が……する……」


 ボロボロだ。


 こんな俺達に必要なのは栄養一択だ。


 カフィオ村の皆からの餞別を開けて、簡単な食事を摂る。


 フェトラスがいればすぐに火が熾せるのだが、怪我を負った野郎二人。手の込んだ調理をする気力もなかった。飲み水のために煮沸したい所だが、煙も出るしそれは明日の朝に行うとしよう。招かざる客が来ても困るしな。



「次の村まであとどれぐらいだ?」


「――――このペースなら、明日の日中にはつくだろう。ロクな情報は無いだろうが、装備や食料を改めて整えなければ」


「王国騎士がいれば、備蓄を分けてもらおうぜ。ケチ臭いマネかもしれんが、俺達の旅は味方がいない。将来的にも。……だから利用出来るものは何でも利用する」


「――――異論はない」


 ザークレーの同意を受けて、俺は草むらの上に寝転がった。


「そんじゃ、先に寝るわ。なんかあったら起こしてくれ」


「――――ああ。道中では世話になった。ゆっくり休むといい。私はまだ戦えないから、少しでも異変が起きたらお前に声をかける」


「おう。そんじゃ、目が覚めるまでは休ませてもらうわ……」


 そう言って目を閉じる。


 もちろん、簡単には眠れない。怪我。疲れ。眠気。だけど胸の内の「焦り」が強すぎて、倒れるまで駆け抜けてしまいたいような、いっそ気絶するまで戦いたいような、そんな苦しさが俺の意識を閉ざしてくれてない。


 俺が魔王だったら、ネイトアラスに一曲奏でてもらうところだが。



 …………そういえば、以前。なんか妙な状態・・・・に陥ったことがあったっけ。


 フェトラスが離れた今、なぜかそんな事を思い出した。


 あれはセストラーデでのことだ。



 俺の思考はあの時、完全に魔王寄りになっていた。

  


 ザークレー、ティリファ、ドグマイア、もしかしたらシリックですら「殺す」という気持ちで溢れかえっていた。


 邪魔だから、ムカつくから、鬱陶しいから、口封じのために、人目の無い夜だから、星が綺麗だから、風が吹いているから、特に必要性がないから、生きているから、殺すのだと。


 特に顕著だったのが、英雄三人が敵対の意思を見せた時。


 頭の中は殺意で……殺戮の意思で、いっぱいだった。


(あれ、急に収まった感があるけど……何だったんだ? 体調不良か?)


 何がキッカケで収まったんだっけか。


 …………ああ、そういえば、なんかすごい頭痛がしたんだよな。あの痛みで我に返ったんだったっけ…………んー? 確かその直前に何か思い付いたような、感じたような、繋がったような気がしたんだが……何だったっけ……。


 その事に思考を及ばせていると、だんだんと意識が鈍くなってきた。


(俺が魔王に見えるのか、ってドグマイアに聞いたりもしたけど……そんな発想が出るくらい、あの時の俺は異常だった……何でなんだろうな……あんな状態、後にも先にもあの時くらいだぞ……)


 隊長が、トールザリアが殺された時も絶望したが、敵を殺したいという気持ちこそあれ、『敵味方関係無い。全ての命よ、くたばれ』なんて感情は覚えなかった。


(む……眠……い……)


 寝入る直前。


 扉が開いている光景を夢見た。


 かつては鍵がかかっていた扉だ。


 それは俺が出て行くものではなく、何かが這入ってきた後の光景だった。




 ふと目が覚める。


 夜中だった。少しばかり曇っているが、その合間から星が見える。


「どれぐらい寝てた?」


「――――五時間ほど、と言ったところか」


「うぉ。結構寝てたな。すまん」


「――――構わない。実際何も起きてないしな」


 身体の関節をコキコキと鳴らしながら立ち上がって、背伸びをする。


 打ち身の怪我というのは、気がついたら痛みがマシになっていた、というものが多いのだがまだまだ数日はかかりそうだった。しかし、この程度なら戦闘行為も出来なくはないな、と自己診断を下す。


「晴れてたら星明かりを頼りに先に進むんだが……なんか微妙だな。ここに留まるか?」


「――――どちらでも構わないが、道に穴でもあると大変だ。日が昇るまで待つのが賢明だろう」


「だな。んじゃ次はお前が寝てろよ。空の色が変わったらすぐに出る」


「――――了解した。何かあったら起こしてくれ。出来ることは無いだろうが」


「いやいや。戦力的にアテにはしてないが、頼りにはしてるぜ。おやすみ」


 俺は同胞にそんな言葉を投げかけ、馬に水をやったりした。


 旅というのはもどかしい。


 いつだって大半は、こんな風に無為の時間の連続なのだから。






 しかしそれは、別に事件が起きてほしいというわけでもないんだけどな。



 日が昇って、俺達は移動を開始した。


 最寄りの村まであと少し。谷間に存在するその村へたどり着くためには、その谷の道を通らなくてはならない。つまりほぼ一本道だ。


 そんな所に、稀に現れる敵がいる。


 危険な肉食獣?

 野良の魔族?


 いいや。貧しい人間だ。


「おいザークレー。人影があるんだが」


「――――ああ。参ったな」


 農具を持った男が二人。まぁ、人里が近いなら別に不思議なことじゃない。


 ただ、道の両脇に隠れている人間がいるのであれば、話しは変わる。


 いくら農民風の格好をしているとはいえ、斧を握りしめて木陰に隠れる木こりなぞいるわけがない。っていうかあれ隠れてるつもりなんだろうか。めっちゃ斧の先端が見えてるんだけど。


「練度は低いが、追い剥ぎっぽいな。少なくとも六人」


「――――やれやれ。戦うのも面倒だ。名乗りを上げて道を譲ってもらおう」


「へいへい。いざって時は頼みますよ王国騎士様」


 そう言ってゴソゴソと用意。


 道の先にいる二人はこちらに気がついていて、大きく手を振っていた。友好的なポーズのように見えるが、要するに俺達を立ち止まらせる罠だ。


 俺はザークレーの代わりに騎士剣を掲げて、大声を張り上げた。


「こんちはー! すいません、こちら王国騎士の者ですけどー!」


 二人の男の顔色が変わったのが見えた。


「この先に村があると聞いて来たんですが、この道で合ってますかー!?」


 何人たりとも、王国騎士に逆らってはならない。


 それはこの世界のルールだ。魔王崇拝者ならいざ知らず、人類のために戦っている者達に協力しないということは、厳罰に値する。


 なので追い剥ぎ達はすぐさま豹変して「やぁやぁ、こんな辺鄙な村へようこそ。ささ、ご案内しましょう」となるはずなのだが。


 二人の男は、怒りの形相を携えてこちらに近寄ってきた。


(あれ……なんか、様子が変だな)


 グッ、と剣を握る手に力が入る。


 すぐさま思考が戦闘形態に切り替わる。直近の敵は二人。伏兵はおそらく四名程度。点在しているため、逆に各個撃破は難しい。二人を相手している間に集結されてしまうだろう。


 緊張感が高まったことをザークレーは瞬時に悟ったのだろう、身体を起こし、俺と同じように状況を見守った。


 会話がスムーズに出来る距離。二人の男は立ち止まった。


「……あんた、王国騎士か」


「正確には俺じゃなくて、荷台にいる方がそうだ。なんと英雄様だ。聖遺物を持っていらっしゃる」


 ダメ押しの情報を投げてみる。だが、二人の男の顔色は怒気に染まったままだった。



「はっ。英雄ね。また来たんか。傲慢な騎士め」



 いきなりの侮辱である。これは、状況によっては処罰が下ってもおかしくない。


「……何があったんだ?」


「何が? 何がだって? ははは。うちの村の食料をほどんど根こそぎ持って行ったかと思ったら、すぐに折り返してきて、また持っていって!」

「かと思ったら今日もまた戻ってきて! 王国騎士だと? あんたら一体何がしたいんだ! オラ達の村にはもう食料なんて残ってねぇぞ!」


 様子に気がついたのだろう。隠れていたはずの者達も何だ何だと出てきた。


 俺は冷静に言葉を返す。


「すまない。状況がよく分からないんだが……」


「どうせお前等もザファラを目指してんだろうが! もう遅ぇ! この先に魔王はいねぇぞ! どこぞの英雄様が倒しちまったからな!」


「非常事態だからって、とんでもねぇ安値で買いたたきやがって! オラ達の生活は大ピンチだ!」


 喧々囂々けんけんごうごう。どんなフラストレーションが溜まっていたのか、俺達は一方的にそれにさらされた。


「あー。ザークレー? どう思う?」


「――――どうやら、あまり質のよくない王国騎士達がここを通ったらしい。我々は人類のために戦うが、皆が清廉潔白というわけではないからな」


「左様で」


 俺は状況を何となく察したが、引き続き冷静に語りかけた。


「それは災難だったな。だが、俺達は違う目的で行動している。実は魔族とやりあって怪我もしてるんだ。ちゃんと金を払うから、客として扱ってもらえないだろうか」


「そんな余裕はねぇ……!」


 なんと農民は、武器を構えた。


「……正気か?」


「今年は作物の育ちが悪ぃ。魔族の残党がウロついてるって話しも聞く。本当に余裕がねぇんだ。申し訳ないが、あんたも王国騎士ってんなら、お仲間が踏み倒していった代金を代わりに支払ってもらいてぇもんだ。話しを聞くとしたら、まずそっからだ」


 災難すぎる。


「…………分かった。しかし見ての通り、俺達はそこそこよろしくない状況にいる。歓迎されてないことは理解したから、このまま立ち去らせてもらうとしよう」


「…………」


「幸い、俺自身は王国騎士じゃない。武器を向けたことは不問にしてやるよ。――――それでいいな?」


 念を押すと、農民はじり、と足の位置を動かした。


 ささやかな葛藤があったのだろう。王国騎士に恨みがあるとはいえ、それは一時的なものだ。時間が経てば「まぁ仕方の無かったことだ」と諦めもついただろう。実際に魔王や魔族が現れれば、彼等は王国騎士に頼らざるを得ない。


 しかし彼等の貧困はここから始まる。


 故に葛藤する。奪うか、見逃すか。


 ……やがて、彼等は気がついたのだろう。俺達が、かつてここを通った王国騎士団の連中とは違う者なのだと。


「…………帰ぇれ。あんたらに罪が無いことは重々承知してっが、オラ達も生きるのに必死だ。命を賭けて戦うことだけが、戦いじゃねぇんだ」


 武器を下げると同時、彼等はうつむいた。その感情は恐らく『哀しみ』。


「知ってるよ。じゃあ、邪魔したな」


 最大限に警戒しながら、馬車をゆっくり反転させる。


 その際、視界の中に何人の「敵」がいるのかをカウントしてみる。


 数は七名だった。かなりの大人数。つまりこの襲撃は計画的であるということになる。どこか高い位置に見張りがいて、馬車を見かけたからこいつらは集まったのだ。


 俺達は「王国騎士」という権威のおかげで恨まれ、そして見逃された。


 しかし、もしも俺達が普通の行商人だったとしたら…………。



 これは魔王の罪なのだろうか。それとも人間の罪なのだろうか。



 分からない。


 村で準備を整えるという事は叶わなかったが、人間同士で殺し合うことにならなくて良かった、と俺はとりあえず思うことにした。



 ザークレーに後ろを警戒させつつ、俺は来た道を戻る。


「どんな様子だ?」


「――――追っ手の姿はない」


「…………ふぅ。なら良かった。しかし不味いな。食料の備蓄もそんなにあるわけじゃない。早めに補給しないと、普通に飢えるぞ」


 いざとなったら狩りや採取をするだけだが、果たして上手く行くかどうか。そもそもそういう装備を欲して馬車を走らせていたんだが……。


「あの村のこと、報告するのか?」


「――――そうだな。別に住民の言葉を鵜呑みにするわけではないが、こちらが英雄だと知りつつ武器を構えたのだ。よほどタチの悪い部隊がいたことは間違いないだろう。それに関する調査のために、この件は報告せざるを得ない」


 ザークレーは苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをした。


「――――嘆かわしい。魔王討伐を前にして気が昂ぶっていたか知らんが、民あってこその我らだというのに。時折いるのだ。聖遺物に選ばれたからといって、調子に乗る輩が」


「そっか。まぁ……なんというか、切ない話しだよな」


 そうは言いつつ、俺の内心は不満で一杯だった。


 こちらはそれどころじゃないというのに。一刻も早くフェトラスを追いかけたいのに、来た道を引き返しているという無様さをさらしている。


(フェトラスが一緒に居たときは、何でも『どうにかなる』と思ってた。だけどあいつがいなくなると、俺はこんなにも弱い……)


 別に魔王としての力を頼っていたわけじゃない。


 ただ、フェトラスが側にいてくれるだけで、俺は無限の活力を得られていたのだと。


 どんな事が起きても、何とかなるんだ、何とかしてみせるんだ、と。


 そんな風に生きていられたのだと、俺は改めて気がついた。


 今の俺は弱い。些細な出来事で心がすぐにくじけそうになる。


 ほら、今も。


「…………ザークレー。前方に敵影だ」


「――――なんだと?」


「さっきのヤツ等とは別だな。恐らく元々見張りだったんだろう。狼煙でも焚いたか、特定の位置に打ち込む、合図の仕掛け弓矢を放ったか。いずれにせよ……三人だ。最初から武器を構えてるぞアレ」


「――――先ほどと同じ要領で行けると思うか?」


「さっきと違うのは、俺達にとっての出口がやつらの背後にあるってことだ。つまり、道を譲ってもらうに他ない。ただ……大人しく素通りさせてくれそうな雰囲気じゃねぇな」


 先ほどよりも高い緊張感。


 なんだよ。なんだって同じ人間相手にこんな疲れることしなくちゃならんのだ。




 俺は馬車を止め、行く手を遮る農民達に声を掛ける。


「何か用か」


「なんで引き返したかは知らんが、荷物を置いていってもらおうか」


 単刀直入だった。


 農民に「俺達は王国騎士だ」と言っても逆効果なのは先ほどの通り。ここは蹴散らしながら突破するしかないのだが。


 俺は一縷の望みを託して、人間に、声をかけた。


「先ほど、別の農民に話しは聞いた。俺達は急いでこの事を王国騎士に報告する。踏み倒された代金を確実に支払わせるためだ」


「………………」


「だから、道を譲ってくれ。お互いのために」


「………………」


 俺は直感的に思った。



 ダメか。



 どんだけタチの悪い英雄サマが通ったってんだよ! クソが!


 俺は馬車を降り、騎士剣を構えた。


 当然、戦闘の心得など無いであろう農民達は一歩下がった。


「お前達が俺達を襲うのであれば、やむを得ない。悪いが俺は誰にも邪魔をさせるつもりがない。容赦もしない。――――殺されたくなかったら、道を譲れッ!」


 殺意をぶつけた。本当なら人に向けるものではないのだろう。


 逃げてくれ、頼む。そんな事を願いながら、剣の構えを変える。ここから繰り出される次の挙動は、相手の命を絶つものだ。


「人間とは戦いたくない。だから、どけ!!」


 農民達は恐れたように顔を見合わせた。


 そして。次の瞬間。


 農民達は武器を振りかざした。


「う、うわあああああ!」

「おおおおお!」

「し、しねー!!」


 一瞬だけ、俺は泣きそうになった。


 確かに俺は怪我を負っている。


 だけど、こんな、いかにもな素人。しかもあまり飯を食っていないのだろう。動きが悪い。


 勝つのは難しいが――――殺すのは割と簡単だ。


 何をやってんだろうな、俺は。そんな自嘲をわずかに抱き、俺は、




 大きな鳥でも通ったのだろうか。


 ほんのわずかな時間、道に影が差し込む。




「あっ、あははははは!! ロイルロイルロイルロイルロイルー!! 見つけた! ようやく見つけた! 五キロ先からでも分かった! 匂った! 感じた! あなたを見つけた! ロイルー! 会いたかったーーー!! 抱きしめて! 受け止めて!」




 は?



 ギョッとして空を仰ぐと、上から女の子が落ちてきていた。


 なにあれ。



「ふっ、ぅー! やったぁぁぁぁぁ!! ロイルだ! ロイルーー!!」


 空から全身でダイブしてくる何者か。


 受け、止めて?


 いやあんなん受け止めたら死ぬわ!!



「危なッ!」


 俺は無情にも自由落下してくる女の子を避けようとした。


「 【停墜】! 」


 女の子は魔法を唱え、空中でビタッと止まってみせた。


 俺の眼前だ。両手を広げて、何かを待っている。


「ろいるぅ……」


 それは小さな女の子だった。


 短い白髪。


 淡い黄色をした精霊服・・・


 夜空のような瞳にはたっぷりの涙をため込んで、ふるふると全身震えている。


 それは魔王だった。


 魔王?


 えっ、魔王?



 …………魔王だコレ!?



 えっ、何なに!? なんで!? なんで魔王が空から降ってきた!? しかも俺の名前を呼んで!? 誰だお前! 何しに来たッ!?


 混乱で目が点になる。反射的に剣を構えようと右手を広げると、その魔王は何を勘違いしたのかパァッ! と表情を輝かせて、俺の胸元に無防備に飛び込んできた。


「うおおおおお!?」


「ロイル……! 会いたかった……!」


 引き剥がせばいいのか? それともこのまま斬りつければいいのか? 分からないまま誰かに助けを求めて視線を動かすと、先ほどまで敵対していた農民達と目が合った。


「…………」

『…………』

「ロイル……!」


「…………」

『何かよく分からんが……行くぞ! う、うわあああ!』

「うっさいボケ! ロイルとの再会を邪魔するな! 死ね!【暴爆】!」


 それはいかなる呪文だったのか。

 農民達は魔王が唱えた魔法により、派手に吹き飛ばされていった。


 高威力の魔法であることはすぐに分かった。だが、死ねと叫んだわりには、農民達は吹き飛ばされこそしたが、落下した先でピクピクと痙攣していた。どうやら生きているらしい。


「ちょ……!」

「ロイル、ロイル、ロイル。永劫を耐えた甲斐があった。全部報われた。もうどうなってもいい。生きてまたあなたと会えた。ワタシはもう、あなたと一緒に死んでもいい」


 すりすりすりすり! とすごい勢いで顔をこすりつけられる。


「ロイル、ああ、この名前を呼べる。あなたに届けられる。覚悟してよね。あなたに会えない永劫の中で、あなたに対するメッセージをたくさん考えたの。お手紙にして数億通。全部を聞いてほしいけれど、一通読む間に百通は新しく描けそう。きっと永遠に終わらない。それぐらいあなたに会いたかった。会えて嬉しい。もう、他には何もいらない。ごめんなさい、嘘。毎秒新しい気持ちが膨れあがってくる。抱きしめて。ワタシの名前を呼んで。頭をなでて。一緒に寝て。一緒に起きて。あなたと生きて、あなたと死ぬ」


 魔王は俺の胸元から顔をあげ、うるむ瞳でこう言った。


「もう離さない」






 俺は素直な気持ちを口にした。






「こっ」


「こ?」






「怖い!!」






 空から降ってきたのは、聖遺物でも神でもなく、怖い魔王だった。




 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤミの魔王が、来た!!!! [気になる点] 魔族が人間に襲われる 多分、人間が魔族に襲われる、が正しいと思います。文脈的に
2022/03/19 16:31 サットゥー
[良い点] 意外と平和な再会でほっこりした
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