4-12 当然の結果
何匹追ってきているのだろう。
そんな事を度々考えたが、そのためにわざわざ減速するのは悪手だ。この魔法は振り返るなんて余分な動作がそのままブレーキに繋がってしまう。
そして遅かれ速かれ、フェトラスの魔法加護は消える。敵の数なんて、その時に分かればいい。
しかしそうは言っても、思考の何割かは常に敵戦力との彼我をイメージしてしまう。
俺にとって最悪なのは、視認した数以上の魔族が迫ってきているケースだ。十匹も二十匹も沸いてきたんじゃ、流石にどうしようもない。
最善はもちろん、追っ手を全員撒くことだが、果たして可能かどうか。
現実的に考えるなら……守衛を喰っていた無傷の五匹。俺が倒した三匹。この合計八匹が俺に迫っているはず。
(ザークレーが殺した二匹、蘇ったりしねぇだろうな)
本当に死んでたのかな? と今では思ってしまう。そうすると都合十体か。ははは。絶対無理。
森は長く続く。ここは既に村の外だ。確かこの道の先は森から平原へ。街道すらない場所に繋がっているはず。
(一匹ずつ迎え撃つなら、森の中の方がマシか……? いや、そこまでこの魔法が保つとは考えられない)
というかそろそろ切れてもおかしくないな、と焦っていると、腕の中のザークレーがうめいた。
「――――ロイル」
「おう。少しは意識がはっきりしたか? 俺達は現在魔族から逃亡中だ。詳しい説明は省くが、フェトラスの魔法を使ってる」
「――――フェトラスは、いまどこに……」
「村人と一緒に避難中だ。俺達の百倍は安全な場所にいるよ」
「――――そう、か」
絶体絶命だというのに何を安心しているのやら。俺はザークレーを揺さぶり起こした。
「待て待て待て。まだ寝るな。情報をよこせ。あの黒い魔族はなんだ」
全速力で走りながらだから風の音がすごい。俺はザークレーを抱え直して(重い)その端正な顔を耳元によせた。
「――――あれは、恐らくザファラの魔王……リーンガルドの配下だった者達だ」
「……なるほどな。王を失って散り散りになった敗残兵か」
「――――ロイル、お前は確か傭兵上がりだな? 簡易報告で敵の戦力は通じるか?」
「大丈夫だ。染みついてる。忘れるわけねぇ」
「――――総数は八匹。強いて言うなら暗殺者。一対一なら騎士一人で十分だ。単体ならEクラス。だが数が増えるにつれて危険度も上がる。八匹となると、B に近い」
ザークレーの簡易報告が、自然と頭の中で翻訳される。
八匹。
戦士でも騎士でもなく、技で戦う部類。
魔法については言及が無かったため不明。だが恐らくは使えないはず。
Eクラス。つまり、雑魚だ。モンスターと同レベル。
しかしBクラスはヤバいな。騎士の人員が敵の倍数あっても足りない。戦術か、罠か、精鋭部隊が必要になる。いっそ聖遺物が駆り出されてもおかしくないレベルだ。
「んで、あの再生能力はなんだよ。両断しても動いてたぞ」
「――――分からん。そういう特性の魔族なのだろう。両断しても生存していたというのは驚くべきことだが」
ザークレーは苦痛にうめきながらそう呟いた。
「両断しても、って……お前アレ二匹倒してたよな? どうやったんだ?」
「――――それも分からん。斬りまくっていたら、いつの間にか死んでいた。その頃には私も疲労がたまっていて、立ち回りがおぼつかなくなっていた程だ」
殺した本人が「どうやって殺したか分かりません」と来たか。どうすりゃいいんだよ。活路がねぇ。
「――――やがて守衛の者達がはせ参じて来たが、静止が間に合わなかった。その際の隙を突かれて、こんな無様をさらしている……」
「……いいや、お前はよくやったよ。生きてるだけで上等だ」
こっそりとため息をつく。
ロクな情報が得られなかったからだ。
弱点の一つでも分かればまだ戦いようがあったのだが、判明したのは「ヤバい」ということだけ。
(人生で何回目の絶体絶命だよ……)
思わず数えてしまいそうになったが、どうせ数え切れないことは判明しているのですぐに諦める。ただ、ここ数年では数える程しか無かったように思える。
カウトリアがいたからだ。
あれは、彼女は、俺を死線の一歩先に送り出してくれる頼もしい相棒だった。
(そういえばあいつ、現世に戻って来たんだよな)
別に確証があるわけではないが。
(……なぁ、カウトリア。呼べば来てくれたりしないか?)
無駄なことだ。分かっている。魔王テレザムの時とは状況が違い過ぎるし、何より縁はもう完全に切れている。
それでも、俺はその無駄にすがった。
「助けてくれよ、カウトリア」
応えるモノは現れない。
それどころか、フェトラスの魔法の効力が段々と落ち始めてきた。
どうやら終わりの時が近いらしい。
ここから先は速度を優先させるのではなく、戦いやすい場所を、迎撃戦に有利なポジションを探す必要がある。
とは言ったものの、ここは森。
どこもかしこも樹しか生えておらず、背中を預けて戦えるような巨大な岩場なんて無い。
「ザークレー。しんどいだろうがもう一踏ん張りだ。後方確認。敵影を確認しろ」
「――――了解」
ザークレーはずるりと身体を動かして、俺の代わりに背後を見つめた。
「――――敵影、五を確認。距離は測りづらいが、立ち止まれば二分ほどで追いつかれるだろう」
「三匹減ってくれたかぁ」
もしかしたら俺が倒した三匹が脱落したのかもしれない。
「何かの教本で読んだな……再生タイプは、そのチカラに限度があるって。体力とか魔力とか、魂とか」
「――――どのタイプかは不明だが、回復して戦線復帰したヤツ等の戦闘力に変化は無かったように思える。傷の深さによって回復に要する時間は異なったが」
「とすると、本当に何もかも不明だな。しゃーない。地道に殺すか」
覚悟はもう決まっている。
最後に必要なのは、確認だ。
「ザークレー、お前戦えるか?」
「――――今すぐ私を投げ捨てて、お前だけでも逃げた方がいいのでは?」
それは悪魔の囁きだった。
ずっと、ずっと耳の側で聞こえていたノイズだ。
「はっ」
俺は嗤った。
「お前みたいなズタボロを足止めに使ったって、対して効果ねぇよ」
ノイズは弱さだ。安易な道だ。思考放棄だ。戦術的に無価値だ。
「確認の仕方を間違えたわ。英雄、お前にも戦ってもらうぞ……!」
怒り以外の何かで、キレそうになる。高揚は伝播し、ザークレーの身体に力が少し戻る。
「――――とは言っても、騎士剣はお前に取られてしまったしな」
「しゃーねーだろ。お前だけじゃなく、あんなデカイ獲物二本も持って逃げ切れるかよ」
「――――それもそうだな。すまない。私はネイトアラスでなんとか防戦を試みよう。五分程度なら生きていられるはずだ」
六分後の自分は死んでいるだろうと、ザークレーはそう言った。
それは弱音ではなく、正確な戦力報告だった。
「はぁぁ……」
深い、深いため息をはく。
「誰か助けてくんねぇかなぁ」
やがて魔法の効力は無視出来るほどに低下。俺はようやく振り返り、敵影をその目で確認する。
「チッ、めっちゃ速ぇじゃねぇか」
森。木の根が複雑に絡み合い、相当に足場が悪い。けれども黒い影はまるで半分飛ぶようにしてこちらとの距離を詰めてきている。
俺はかろうじて動き回れる足場にたどり着き、そこで迎撃の姿勢を取った。
「ザークレー。お前はただ生き残ることに集中しろ。攻撃は不要だ。俺から離れるな。観察し、弱点をさぐれ。以上」
「――――了解だ。先ほどは言いそびれたが、もしかしたら殺し続ければ再生能力が追いつかず、死に至る可能性がある」
「ぶっちゃけ何回ぐらい斬りつけたんだ?」
「――――数えてないが、致命傷を与えた数ならおそらく三十回以上だ」
アレを八匹相手取って、三十回ときたか。バケモノめ。
「つーか、そもそもなんでお前は殺されなかったんだ?」
「――――魔王様の供物にする、と。確かそんなことを言っていた」
「は? 魔王様?」
「――――もしかしたら」
「いや、待て。言うな。その情報はいま必要ない」
「――――そうだな。まぁ私が英雄だから、貴重品のように思えたのだろう」
やれやれだ。
そろそろ会話する余裕が無くなる。
「生き残るのと皆殺しにするの、どっちが簡単だと思う?」
「――――皆殺しだろうな」
「オーケー。では、愛しい愛しい娘のために、お父さん頑張っちゃおうかね」
意識よ、刃よりも鋭くあれ。
身体よ、炎のように燃え上がれ。
魂よ、宝石よりも輝き、ドブのように粘れ。
俺の視界が戦闘用に切り替わる。敵影に囚われるのではなく、全体像を俯瞰する。
「さぁ来いよ魔族――――殺戮してやる!」
接敵直前。
「なんだよあの速さ!?」
「分からん。あれも英雄か? 聖遺物を有しているようには見えないが……」
「アリセウスがいたら魔法で脚を止められたかもな」
「このままじゃ逃げられちまうナ」
「厄介なことだ。ここで必ず仕留めるぞ」
魔族は意気揚々と獲物を追いかけていた。
俊敏を自負する自分たちが追いつけない生き物、というのに初めて出会った事は彼らにとって多少は衝撃的であったが、追うことを止めるつもりは毛頭なかった。
英雄。あれは逃してはならない。あそこまでの足掻きを見せるとは思わなかったが、それでこそだ。それでこそ魔王様への手土産として「最高峰の一品」と呼べるだろう。
「絶対に逃がさんぞ!」
「無論ダ」
「いつかは力尽きるだろ。そうでない場合は……別の人間の集落まで逃げ切るつもりか?」
「そうなったら手土産は諦めて、命だけでも奪うとしよう」
「そうだな。アリセウス達がそれで魔王様に重用されればそれでいい」
この魔族達は、強い再生能力を有している。
それ故か、命に対しての執着が薄かった。死ににくい自分たちが死ぬのなら、それはそこが限界であり寿命であり、到達点だったのであろう、と。
仲間が死んだことに多少の感傷は抱くが、どうということはない。死んだら死ぬのだ。それまでの話しだ、と。
必要なのは個ではない。
必要なのは目的を果たすための集団だ。
……それ故に、同胞を喰らった魔王リーンガルドには思うところあるのだが。しかし彼らはそれを明確に思考することが出来なかった。唯一それに近づいたのはアリセウスただ一人であったが、彼は今、新たな魔王に酔っている。
「……お。どうやら速度が落ち始めたようだぞ」
「限界か。よし。このまま詰めて叩くぞ」
「両方とも生かすのか?」
「弱ってる白い方だけでいいだロ。あいつはもう戦えなイ」
「ではあの動きの速い人間を殺す。何らかの聖遺物を持っているかもしれないが、ここまでの逃走で疲れているはずだ」
先ほどまで守衛という食事を摂っていた若い魔族達はニタリと嗤った。
我らの新たな君主を讃えよ。
我らの新たな魔王に生け贄を。
我らの新たな世界に、祝福を。
そしてロイルと魔族は交戦を開始する。
場所は森。
足場は最悪。かろうじて開けた場所を選択出来たのはロイルにとって幸運だった。なにせ敵の魔族は素早く、足場の悪さをモノともしない機動力を有していたからだ。
だが、それだけである。他にロイルにとって有利な事なぞ何一つなかった。
本来ならば頼れる味方であるザークレーは弱り切っているし、敵は五体。
そして導かれる当然の結末は――――。
その人間はよく戦った。
英雄でないことはすぐに理解した。彼の人間は聖遺物を有してはいなかったし、もし隠し持っていたとしても使う素振りすら見せなかった。
方や英雄は、瀕死と称してもいいくらいに弱っていた。さもありなん。先ほど集団で襲いかかったのだ。未だに活用方法が分からない聖遺物の存在は不気味ではあったが、彼はそれを防御に用いるのみ。必然、魔族達はロイルだけを狙い始めた。
その人間は特別強い、というわけではなかった。
なんなら先ほどの英雄よりかは弱い。
だけど討ち取ることが出来ないでいる。
魔族の一人は「巧い」と感じ、また別の魔族は「生き汚い」と評し、「しつこい野郎だ」と口にした者もいれば「人間とはここまで個体差のある生き物なのカ」と守衛達とロイルの戦力差を冷静に分析する者もいた。
徹底的なヒットアンドウェー。何度も切り裂かれ、避けられ、死に物狂いで「生き抜くため」に戦っている。そんな印象だった。
英雄を殺すつもりがない、という事をすぐに彼は感じ取ったのであろう。なんと英雄をほぼ見捨てるような形で彼は我らと対峙した。
「仕切り直しだ!」
仲間の一人が声を荒げる。その言葉に従い、五匹の魔族はロイルと一旦距離を置いた。
「全員、呼吸を整えろ」
「……追い詰められている割にはよく戦うものだ」
「だがあと少しだナ」
「ああ。見ろよあの顔。もうすぐ折れるぞ」
「ククク。人間とはいえ、生き物ってやつはみんな同じだな」
わずかな休憩時間。
それはロイルにとってありがたいものだったろうか。
否。それはロイルにとって緊張感を断ち切る、魅惑の致死罠。
「ぜはぁ……ぜはぁ……ここで倒れたら、楽なん、だろうな……」
そんな呟き。だけどロイルは罠に乗らず、ギラついた視線で魔族を睨んだ。
「何なんだよお前等。どうやったら死ぬんだ?」
そんな問いかけを受けた魔族達は、思わず嗤ってしまった。
「どうやったら死ぬ、か。考えたこともなかったな。死ぬ時は死ぬんだ。そうだろ?」
じゅわじゅわと肉が繋がっていく感覚を覚えながら、魔族は口を開いた。
「残念ながらヒントはやらない。せいぜい足掻いて見せろ人間」
「ふん……じゃあせめて答え合わせぐらいは。お前等、どうにも『斬られたくない部分』があるようだな? 全員場所は違うみたいだけど」
「!」
「なるほど、なるほど。通りで全員が同じような服を着ているわけだ。個性を無くすためか」
人間の呼吸が整いつつある。
だけど魔族達は動かなかった。
「誇りを持って答えよう。その通りだ人間。よくぞ見破った」
「お前の弱点は、左の太ももって所か」
「!?」
指し示された魔族は、動揺をもらしてしまう。それを見たロイルは不敵に笑った。
「……人間。お前に魔族の見分けがつくのカ?」
「全員同じ顔には見える。けど、斬った服までは再生出来ないからな」
魔族は自分たちの姿を確認した。確かに、英雄に聖遺物を使わせないために代わる代わる……概ね三体ほどで仕掛けてはいたが、全員がそれなりに攻撃にさらされている。
「異様にガードが堅い部分……つまり、まだ斬ってない部分が弱点ってわけだ」
「見事ダ」
看破。その偉業に魔族は素直に賞賛を示した。
「……かと言って、お前が死ぬ事には変わりないがナ」
「そうとも。今までやってダメだった。なら今後もダメに決まってるわな」
「我らはそろそろ回復しきったが、お前の疲労はどうかな?」
「大人しく死ね、とは言わない。我らの記憶に残るがいい」
「我らは何度でも繰り返すぞ」
魔族達はニヤニヤと、嗤いを押さえることが出来なかった。
戦うことに関して、我らは「弱い」と言えるだろう。
だが生きることに関しては、我らは「強い」のだ。
先ほど指摘された弱点にしてもそうだ。そこにダメージを負うと、再生能力に大きな支障をきたす。例えるなら、再生能力を百ポイントと仮定。部位によって必要な再生ポイントは異なるが、弱点に負ったダメージはその消費量が高いのだ。
だが高いとは言っても、一度斬られたくらいでは慌てる程でもない。
確かに我らは不死身ではない。だが、殺されない。
一人の強者がいたとしても、我ら『集団』には勝てぬのだ。
「では続きだ。行くぞ」
再び開戦。
ロイルはザークレーの騎士剣を握りなおし、口元をキッと引き締めた。
それは当然の結果だった。
しかしその「当然」にたどり着くのに、魔族達は相当な労力を強いられた。
ロイルによる、魔族達の弱点と思われる場所への徹底攻撃。生き抜くための戦いは終わったのか、ロイルの攻撃は「殺すため」の攻撃に移行しており、その戦い方は重ねて賞賛されるものであったろう。
魔族達の攻撃力は低い。殴る、蹴るぐらいしか攻撃手段が無いからだ。
再生能力の維持のためには、全身を鍛える必要がある。その際、武器や防具は逆に彼らの特性を減衰させてしまう。そんな事情から彼等はチマチマとロイルを攻撃するしかなかった。
多少は武術めいた動きをする魔族達だったが、ストイックな武術家のように極めているわけではない。再生という戦法こそがメインであるため、そこまでたどり着く必要が無かったからだ。故に相手を組み伏せたり、骨を折るなどという技術には及んでいない。要するに決め手に欠ける戦い方しか出来ないのである。
だがそれで焦れたりはしない。
魔族達にとってそれは自分たちの必勝法であり、セオリーだ。何度攻撃に晒されても回復し、じわじわと相手を追い詰める。逃げる獲物は追って狩る。
容易には勝利できない。だが負けることはない。そんな集団だった。
ザークレーが口にした「Bクラス」。だがその計り方には幾分の誤差が生じていた。例えばBクラスと評される魔獣などが相手だった場合、ロイルは瞬殺されていただろう。しかしながらこの魔族達は「倒しにくいという意味でのBクラス」だったため、善戦することはロイルにとって(死に物狂いだが)難しいことではなかった。
けれども、所詮は善戦だ。
ロイルが勝利することは無かった。
幾度となく弱点を切り裂いたロイルだったが、その度に魔族は涼しい顔をして再生を行う。ロイルは「アテが外れた」と素直に驚愕し、魔族の「誇りを持って答える」という言葉を疑い、それでも諦めることなく愚直に攻撃を繰り返すしかなかった。
そして、繰り返しになるが、改めて言おう。ロイルが勝利することはなかった。
「だいぶ手間取ったな」
「まぁいつもの事さ」
「で、どうする? 喰っちまうか?」
「アリセウス達の所に持ってくのは面倒ダ」
「だな。生かしておくのは英雄だけでいい」
複数からの、殴る蹴るの暴行。
体力を使い果たした頃から、それはまさしく集団暴行と化し、ロイルは体中の痛みと疲労にあえぎながら地に伏せていた。
「く……そ…………」
罵りの言葉にも力がなく、そして意味もない。
「お前はよく戦ったよ、人間」
「ああ。正直ヤバいと思った瞬間もあった」
「最初からお前に勝ち目は無かったけどナ」
「悪くない戦いだった。褒めてやるよ」
「残さず喰ってやる。そしてその活力で、俺達はまた前に進む」
いただきます、と。
魔族の目が捕食者として輝く。
だから。
そう、それは『当然の結果』を引き寄せる。
「最悪の定義」
瞬間、その場にいる者全ての動きが停止した。
その声はまるで澄んだ金属音のように心地よく響き、あるいは薄いグラスを指で弾いた時のような余韻を残した。
何が起きたのか分からない。
だから誰も動けなかった。
何が起きた? 何が起こっている? いったい、コレは何だ?
空を見上げたら隕石が迫っていた時、生き物は似たような感覚を覚えるのかもしれない。
「わたしにとって最悪っていうのは、後になって『何か出来たかもしれない』って後悔することだよ」
魔族は声のする方向に視線を向けた。
そこには、認識出来ない存在が浮かんでいた。
あれは神だろうか?
魔族の一人は、何となくそんな感動を覚えた。
「……言葉を交わす必要もない。死ね」
銀色。
魔王。
【鉄墜】という、自らをすり潰す魔法。
魔族達が最後に見た光景はそれだけだった。
この日、産まれて初めてフェトラスは自分の殺意を行使したのであった。