4-11 魔族特性
どうして自分の感情が燃え上がったのか。その理由はよく分からない。
俺はフェトラスのために生きる。その覚悟と決意は骨身よりも深い脳髄に好んで刻み込んだ俺の新たな本能だ。
ザークレーのために死ぬつもりはない。全然無い。
けれどもこの身体は走り出した。
だから理由は後付けだ。
ザークレーが死んだらフェトラスが悲しむとか。
ザークレーを助けたらフェトラスが喜ぶとか。
まぁ後付けだ。
きっと俺の根っこの方では、単純にザークレーに死んで欲しくなかっただけだ。しかしその結果俺が死んでしまったら、フェトラスはきっと――――。
だから後付けでも、理由が必要だった。
正直な事を言うと走り出してちょっと後悔した。
もし俺が死んだら世界が滅ぶ。ああ、十分にあり得るな。
そんな最悪を回避するためなら、俺はザークレーを見捨てるべきだったの、
「うるせぇぇぇぇ!」
俺は思考を捨てた。
黙れエゴ。上品ぶってんじゃねぇよ。
あれもコレもそれも全部欲しいんだろうが! フェトラスには笑っていて欲しいし、ザークレーにも生きていてほしい! だからこうすんだよ! 黙れノイズ!!
なに、別に戦うわけじゃねぇ。最高速度でザークレーを奪取するだけだ!
もしかしたら守衛の何名かも生きているかもしれないが、そちらに関してはどうしようもない。すまない、俺は物語に出てくる勇者でも英雄でもないんだ。
フェトラスの魔法は徐々に弱くなる、という話しだった。しかし最高速度でブッ千切ってきたから、まだまだ魔法は続く。
俺は全速力で突っ込みながら、それでも観察を続けた。
一応は死角をつくように走っているが、すぐに気がつかれるだろう。確認出来る魔族の影は八。
守衛の亡骸を喰っているヤツ等が五体。
ザークレーを引きずっているのが三体。
……なぜザークレーだけ生かされているのだろうか。
そんな疑問を抱く。そしてそれは重要な気がしたので、再考に処す。
パッと見た限りではザークレーは相当にやられている。トドメを刺すのは容易だろう。だがそうはされていない。応援として後から来たはずの守衛が喰われているのに、魔族を二匹討ち取ったであろうザークレーがまだ生かされているのは、何故だ。
守衛とザークレーの違い。
……英雄だから? 聖遺物であるネイトアラスは使ってないだろうが、そこで何かが起きた?
チッ。何か重要な気がするのに答えが出ない。情報が足りないせいだ。
何はともあれザークレーは生かされている。ならば考えるべきことは一番最初に抱いたプランだ。即ち、どうやってヤツをかっ攫うかだ。
まずこの勢いのまま突っ込む。その瞬間に二匹を屠る。なんなら体当たりを仕掛けてもいい。この見えない車輪でひき殺す。
そしてザークレーを担ぎ上げた後、走り去る。高低差を考えるに森の中を突っ切るしかないが、本気で走れば並みの生物では追いつけないはずだ。
敵。魔族。
黒い影、と評したが、見た目はまんま黒い。
肌も服も、まるで害虫のようなカラーだ。
二足歩行。翼はない。武器を所有しているようには見えない。経験則だが、魔法が得意な部族でもないだろう。人間で言うところの武闘家タイプだ。
そこまで考えは及ぶが、実際はどうなのやら。
そして俺は知っている。あれこれ考えても、足りない情報一つで戦況と戦略はひっくり返るのだ。
(やっぱり聖遺物が欲しいな)
強い力が。
理不尽に対抗出来る奇跡が。
間も無く接敵。
どうやらあちらさんもこちらに気がついた模様。
まるでザークレーを守るかのように、三匹の魔族はこちらに向き直った。
五匹は引き続きお食事中らしい。そのままでいてくれ。いつか必ず殺してやるから。
奇襲に声を発するようなマネはしない。俺は無言のまま加速を続け、寸前でターン。身体の左右に展開されていた見えない車輪で、魔族の一匹を吹き飛ばした。
「どうしたアリセウス」
窓から外の景色を眺めていると、そんな風に話しかけられた。僕は視線を室内に戻すことなく、素直な感想を口にする。
「静かだな、と思って」
「ふぅん?」
「人間の里に来るのは初めてだけど……なんていうのかな、もっと手強いものかと思ってたよ」
「手強い?」
「うん。いきなり英雄が出張ってきたのには驚いたけど、なんか普通だったし」
「そうだな。見せつけるように出してきた聖遺物も使ってこなかったし……二人やられたが、戦果としては上々だろう」
英雄は僕らの同胞五人を同時に相手取り、二人を倒した。まぁまぁ立派な戦い方だった。そこは素直に賞賛に値する。かの英雄は右手に持った大剣で攻撃し、左手に持った小型剣の聖遺物で防御しながら戦った。
死んだ二人のことは、多少は残念に思うが仕方が無い。聖遺物という理不尽の塊を警戒しすぎたのがアダとなったのだろう。
「まぁ、死んでしまった彼らは後で時間が出来たら埋葬してあげようよ」
「お優しいこって。いいや、甘いというべきかなアリセウス?」
「どっちでもいいさ」
そう答えて視線を室内に戻す。
外にいるのは八名の同胞と、二つの死体。
室内にいるのは僕と、付き合いが長い友人と、古参の者の三名だ。
僕は古参に声を掛けた。
「あの英雄は魔王様への手土産として生かすけど、他の人間はどうする? なんかみんな弱そうだし、皆殺しにしておく?」
「ある程度、でいいだろう。もしも魔王様が囚われているのならば、その復讐の権利はかの御方にこそある。我らは露払いに勤めておればよい」
「そうだね。それじゃあ向かってくるヤツ等は殺して、逃げる人間は、まぁ適当に」
そう答えつつ、僕は疑問に思った。
英雄も人間も弱いのに、この波動を発していた魔王はどうして敗れたのだろうか、と、
その口にしない疑問に呼応するかのように、友人が口を開いた。
「英雄もそうだが、その後に来た人間達も雑魚だった。あれじゃただのエサだ。改めて接して分かったが、人間という生き物は弱いな」
確かに、と頷いてみせる。
一番最初の戦闘……否、一番最初の蹂躙。この家には大人が二人と子供一人しかいなかった。戦い、なぞという言葉は使えない。あれはまさしく虐殺であった。
全員綺麗に平らげたが、あれっぽっちの肉じゃ十三人の勇士の腹は満たされない。そして、英雄と、やや遅れて武装した人間が現れた。それらは等しく我らのエサでしかなかった。
だから古参の魔族は若手に「育ち盛り共よ、あれを喰ってこい」と誘ったのだ。おかげで年若い五人はウキウキとお食事中である。
「……静かだな」
無音という意味ではない。
ただ、気持ちが静寂で満たされていた。
そんな風に静けさを楽しんでいたら、状況が変わった。
一人の人間が現れたのだ。
えっ、と思うヒマはあったけれども、対処する時間はあまりなかった。
凄まじい勢いで突っ込んで来た一人の人間。薄い茶髪、完全装備というわけではないが、きちんと武装した人間。それは生き物のスピードとは思えない勢いで我らの同胞を吹き飛ばした。
「なっ!?」
動揺を示したのは僕の友達。
対して、古参の魔族は冷静な声を発した。
「なるほどな。あの白い服を着た英雄だけではなかったらしい。このような辺鄙な村に英雄がいたのは驚いたが、なるほど。我らが新しき魔王様を封じるために、この村には幾人かの英雄が控えていたのだろう」
「あれも、英雄なのかい?」
「あのような速度、ただの人間が出せるはずもなかろう」
「なるほど確かに」
僕はそう答えつつ、無感動に眼下をながめた。
「さて。次の戦いはいかに。みんなは勝てるかな?」
「分からんよ。もしかしたら、今到着したのが本命なのかもな」
僕たちは観戦に徹した。慌てて飛び出すようなマネはしない。もしあの現れた人間が魔王を打倒する程に強ければ、僕たちは全滅するだろうからだ。故に気配を隠し続けた。切り札であり続けた。場合によってはこの三人で逃げる事になるだろう。あるいは、仲間を皆殺しにされた後で、油断した所を背後から襲いかかるか。いずれにせよ、うかつなマネはまだしない。
「もしかしたらみんな殺されるかもな」
「そういうこともあるさ。こんな世界なんだから」
「お手並み拝見だ」
俺はフェトラスの魔法を車輪と称したが、実際は車輪ではなく鋼の翼だったのかもしれない。なんと体当たりした瞬間に、魔族は千切れ飛んだのだ。
反射的に身を守ろうとした腕ごと、両断してしまった。
(えげつなッ!)
あまりの威力にビビるが、今は僥倖ということにしておく。
残された二匹が慌てたように構えるが、俺の視線は魔族との力量差ではなく、距離だけを測る。
(一匹ならなんとかなったかもしれないが、二匹は流石に邪魔くせぇな)
一匹と二匹。それは戦力1と戦力1ではない。合わさることにより戦力は2ではなく5ぐらいまで膨れあがるものだ。
さっき吹き飛ばした感触から見て、皮膚や骨の構造はそこまで強固ではないらしい。なんなら人間よりも柔らかいぐらいだ。けれども武器の類いを持っているようには見えない。
(魔法を使うタイプか……? あるいは武術的な……?)
直感的に、魔法を使うタイプではないと断定。
周囲に燃えた、砕けた、濡れた、吹き飛んだ、という戦闘余波のようなものを受けたオブジェクトが無かったからだ。
もしかしたら、生き物として案外弱いのかもしれない。そんな楽観を抱き、ザークレーがここまでやられているという事実を思い出し、呼吸を研ぎ澄ます。
まずは奇襲。そのまま一手ご披露。さぁ、貴様等の戦略を見せて見ろ……!
俺は旧騎士剣で片方の魔族に斬りかかった。
「ヒッ……!」
その魔族は手の平を見せるようにして顔を守り、そのまま俺に胴体をなぎ払われた。
「えっ」
ブシャ、と致命傷を与える。
「弱っ」
だけど脳は疑念も楽観も抱かず、ただ好機とばかりに剣を切り返し、近くにいたもう一匹の魔族にも襲いかかる。そして二匹目の片足を切り裂いた。
「うがぁっ」
痛みでうずくまる魔族。どう見ても行動不能だ。
…………弱い! こいつら弱いぞ!?
「なんでお前、こんなのに負けてんだよザークレー!?」
トドメを刺すまでも無く、俺は魔族を捨て置いてザークレーに駆け寄った。
「おい、しっかりしろザークレー!」
「――――ロ、イ……」
「マジかよお前。腑抜けてたのか? それとも体調でも悪かっ……まさか毒か!?」
魔族の戦闘方法は色々だ。強固な肉体。図抜けたスピード。洗練の極地にあるような技術。そして魔法……その他にも、色々ある。まるでとある生き物の特徴を特化させたかのような戦い方だ。そのウチの一つに、毒がある。
か弱い生物による、致命の一刺しが。
流石に騒ぎすぎたのか。守衛を喰らっていた五匹が立ち上がり、こちらに向かって駆けてくる。俊敏だ。
「クソ、毒ってんなら戦い続けるのは得策じゃねーな! 一撃でも食らったら終わりかよ!」
「――――違、う」
「お前は少し黙ってろ! とりあえず逃げるぞ!」
「――――ヤツ等は」
俺が片足を切り裂いた魔族が、平然と立ち上がった。
「――――再生する」
「!」
再生。
この世界に回復魔法なんぞ存在しないが。それでも多様な生き物がいる。
切ったら分裂する変な虫。ブ厚い肉に包まれていて、いくら切ってもすぐに傷が塞がる者。燃やす以外に殺す方法が存在しない獣。
まさかと思い、車輪で両断した魔族を見ると、その上半身が下半身を求めて蠢いていた。
「なるほどコイツぁヤベぇ!」
殺し方不明ときたか! そりゃザークレー一人じゃ対処の仕様が無いわな!
首を落とせば流石に死ぬか?
いいや、それを試すには時間が無さすぎる。
というか、じゃあどうやってザークレーは二匹を殺したんだ?
「ツッ」
考え事をしているヒマはなかった。俺は再生した魔族を再び斬りつけ、ザークレーを拾い上げた。
「とりあえず逃げる! しっかり捕まってろ! つーか重いなお前! ……この騎士剣、もらうぞ!」
俺は自分が手にしていた旧騎士剣を投げ捨て、蠢いていた魔族の背中に叩き付ける。
頼む。まだ切れるなよ。五分もあれば逃げ切れるはず!
俺は魔族に背を向ける形ではなく、速度が出やすそうな下り道を選択。このまま森に突っ込んで、ひたすらに、バカみたいに加速して、それから。
「…………どうしよう!」
追っ手を一人づつ片付ける、なら何とかなっただろう。正直、ザークレーが二匹殺せたのだから俺でも一匹ぐらい殺せたと思う。そんな一対一を延々と繰り返して逃げ切るつもりではあったが、切っても切っても再生されるのならば、いつか一対五とかになって普通に殺されてしまう。
「……どう考えてもヤバいなこりゃ!」
キモは逃げ切れるかどうか。
爆走を続けながら俺は後ろを振り返った。
「……速いなちくしょう!」
その魔族は、黒く、素早い。
そして再生機能を有している。単純な戦闘力はあまり高くないだろうが、ヤツ等の戦法は奇しくも人間が好んで採用する戦法と同じだった。
すなわち、集団襲撃……リンチである。
まるで虫のようにたかり、攻撃の応酬をし、最後には五体満足で獲物に喰らいかかる闇のケダモノ。
毒を使われるよりはマシだったかもしれない。
魔法が飛んでこなかったのは幸いだったのかもしれない。
剣が通らないくらい強固な生き物じゃなくて良かった。
目にもとまらない速さで襲われなくて助かった。
何も出来ずに一方的に攻撃されなくて幸運だった。
でも、だからといって、切っても切っても死なない生き物というのは、果たして真っ当な生き物と呼べるのだろうか。
魔王に隷属する。短命である。数が少ない。
そして総じて、強い。人間の敵。魔族。
最早振り返っての状況確認など無駄だ。
俺はひたすらに速度が出やすいルートを選択しながら、かなり重たいザークレーを抱えながら、まるで飛ぶように森の中を突っ切った。