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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第四章 All for the one
135/286

4-9 カウントダウン開始



 楽しい楽しいお誕生日会の翌日。


 俺達はそれに気がつくことが出来なかった。




 目が覚めた俺はいつものように畑に向かった。


 飯の準備よりも早い時間帯。畑に何か問題が無いかチェックし、乾いた部分には水を撒き、ついでに優しく葉っぱを撫でる。


「おうおう、いい育ちっぷりだ。美味くなってくれよ~」


 これは独り言ではない。なんでも、植物は声をかけると成長の具合が良いらしいのだ。きっと地中の精霊や、光の精霊の力を引き出しやすくなるのだろう。


 それはそれとして、実際ここまで甲斐甲斐しく世話をしてれば声の一つもかけたくなるものだ。新芽の緑色は可愛くて仕方ないし、立派に育った葉脈をみると頼もしさすら感じる。



「よし。そんじゃフェトラスに飯でも作るかな……」


 そんな呟きと同時。ザークレーが出勤のために家の外に出てきた。


「おはよう。なんか今日は早いな」


「――――おはよう。昨日言った通り、モンスターの動きが妙だったからな。夜間に何か問題が発生していないか、調べに行く」


「真面目なことで。まぁ頑張ってくれよ。ああ、それと」


「――――なんだ?」


「……プレゼント、ありがとうな。フェトラスのやつペンを握りしめて寝てたよ。おかげでベッドとあいつの顔面はインクまみれだ」


「――――じ、実際に見てきてもいいか?」


「ダメに決まってんだろうが。つーかもう拭いたわ」


 ソワソワし始めたザークレーを笑いながらたしなめつつ、俺はひらひらと手を振った。


「じゃ、気を付けてな」


「――――ああ。行ってくる」


 ザッ、と白いローブをひるがえして英雄は行く。


 最近じゃその白にも汚れが目立つが、この辺じゃ彼の気に入る新しい服も手に入らないのだろう。そもそもあれは普通の服じゃない。戦闘用に金属が編み込まれた実践的高級品だ。


「白、か」


 汚れが目立つ色合い。元々はあまり戦うタイプではなかったのだろう。


 臆病でありながら、勇気を振り絞って戦うタイプ。


 魔槍ミトナスの発動条件に近いようだが、少しズレているらしい。


 そんな彼がフェトラスを見守るために、この村に溶け込むために、苦手な戦いに毎朝出向く。


 そんな彼の真摯さを改めて感じた俺は、その後ろ姿にそっと敬礼した。




 フェトラスと朝食を食べて、俺はいつもの日課を見守った後に狩りに行くことにした。昨日散財したので、しばらくは節約してバランスを取らないとな。


「今日試すのはコレ!」


 昨日の夜ずっと書いていた呪文(絵)だ。


 新しいペンがとても嬉しかったのだろう。それはえらく緻密に書かれた絵だった。


「おお。なんか今日のはいつも以上に気合いが入ってんな」


「うん! あのペンすごいんだよ! さらさら~って書けるの! インクもよく伸びるし、すごく幸せ!」


 来年の誕生日には絵の具を買ってやろう。いや、それじゃ遅い。収穫物が売れたらまっ先に買いに行こう。


 そんな決意をした俺は、にこやかに両手を広げた。


「じゃあ、見せてくれ。新しい魔法を」


「うん! いっくよー! 【繋線!」


 気合いを入れたわりには、不発だった。


「……ダメみたいだな」


「なんでー!?」


 フェトラスは地団駄を踏んだ。


「ぜ、絶対上手く行くと思ったのに!」


「そうなのか?」


「うん。今回のは絶対成功すると思ったの。お父さんに言われてわたしの知らないシリックさん、って感覚が理解出来たから、それを応用したつもりだったんだけど……」


「ちなみにどんな目的の魔法だったんだ?」


「ええと、わかり合う……繋がるための……そう! お話しするための魔法なの!」


(遠隔で連絡を取り合う魔法、か……ヤバイ代物だな……)


 戦争に流用したら、ほとんど圧勝出来るだろう。敵の位置、人員、物資量。そんなもんが一方的に知られたとしたら、それは戦争じゃなくてボードゲームに近い。


 あれ? というか、その魔法って……。


「……お前さ、俺が魔王テレザムとやりあってる時、なんか魔法使ったよな?」


「えっ?」


「……時間を止めたみたいな状態だった。そんで、その時に会話したよな」


 応援された。脅迫された。約束を守れなかった。嘘つきと呼ばれた。


 一分待って・・・・・、と言われた。


 だから俺は、俺達は魔王テレザムに勝つことが出来たんだ。


「その魔法を使えば……」


 と言いかけると、フェトラスの表情が曇った。



「……そんな魔法、使った覚えが無いんだけど」



「は? いやだって」


「わたし約束したじゃん。我慢して待ってる、って。魔法とか使ってないよ?」


「う、そだろ……? だってあの時は確かに」


「あ! そういえば約束してた! 大人しくしてたら一個だけ言うことを聞いてくれるやつ!」


 ああ、そんなこともあったな。


「っていうか忘れてたのかよ」


「うーん。だってお父さん、いっつもお願いごと聞いてくれるし。ダメな時はちゃんとダメな理由があるから」


「お、おう。あんまり無茶苦茶なお願いとかは勘弁な。あの時は俺もすげぇ必死だったし」


「まぁお願いは引き続き保留しとくよ。思い付いたら言うね」


 その前にまた忘れそうだけど、とフェトラスは笑った。


 頼むよ、とちょっぴり怯えながら俺も笑う。


 とまぁそれはさておき。


「いやいや、そうじゃなくて。テレザムの時だ。お前、俺に語りかけたよな? あれって魔法だろ?」


「だから知らないって……というか、そんな魔法使えるならとっくに使ってるよ……」


 あの時、俺は確かにフェトラスの声を聞いたはずなのに。


 しかし彼女の言うとおり、もしもフェトラスの中にそんな経験があればまっ先に試していることだろう。シリックが誘拐された事を告げた時、彼女は銀眼だったのだから。多少の不条理なんて踏み潰して魔法を行使していたはず。


 ……幻聴だったのか?


 いや、それはおかしい。というかよくよく考えればもっとおかしい事がある。



【あと一分耐えて】



 その一分とは、シリック、ガッドル団長、フォートが魔王テレザムに飛びかかるために必要だった時間だ。


 まるで『一分耐えれば、魔王を倒せる』と知っているかのような助言。


 ……えっ、なにあれ……怖っ……カウトリアか? いやもっとないな。なんでカウトリアがフェトラスのふりなんてするんだよ。意味が分からん。


 俺が口元を手で隠して狼狽えていると、フェトラスが怪訝な表情を浮かべた。


「……変なお父さん」



 この件に関しては答えが出なかった。


 そもそもフェトラスが知らないと言っているのだから、それで終わりだ。


 魔王テレザムを倒せたので結果オーライと言えばそれまでだが、今更ながら不気味で仕方なかった。


 あの時のあれは、一体なんだったのだろうか――――。




その後、二つの魔法を試したフェトラスだったがあえなく失敗した。


 くそぅ、と彼女らしからぬ言葉を吐き、やがて彼女は自室を目指した。きっとまた机に向かってペンを走らせるのだろう。


「フェトラス。せっかく良いペンをもらったんだから、気分転換に普通の絵とか書いたらどうだ?」


「いまはシリックさん優先!」


 そう言って彼女は振り返らずに家の中に消えていく。と思ったら、ぴょこんとドアの方から顔だけ出した。


「気分転換は昨日一日でたっっくさん出来たよ! ありがとうね、お父さん!」


「……おう!」


 そうだな。焦っても仕方ないが、ゆっくりも出来ないよな。


 頑張れフェトラス。そう願いながら、俺は狩りに向かった。







“ザークレー視点”


 村の中心部に到着。


 ここには守衛達の本部がある。


 基本業務は村の見回りである。


 モンスターがあまり多くない地域だが、害獣によって柵が壊されたり、農作物が荒らされたりすることはたまにある。その際に労働力を提供したり、ちょっとした補填をしたりするのだ。


 運営費は善意と多少の税。


 守衛達はほとんどが農業や酪農を兼業しており、助け合いの精神が強かった。


 そのような、村人の寄り合いに私のような部外者が参加することには多少の不安はあったのだが、私の立場はすんなりとそれを許した。王国騎士……しかも英雄。私は崇められ、頼られ、ことあるごとに話しかけられた。


 基本的に他人との交流を好まない私は、自然と口数が少なく事務的で、的確な判断力を有したディルという若者と行動を共にするようになった。余計な事を喋らない彼と時間を過ごすのは不愉快ではなかったから。


 思えば、ドグマイアは口うるさい男だった。存在を消失させるパラフィックを使っているくせに、実在する時はその反動なのかよく喋った。私が疲れていてもおかまいなしだ。…………あいつは、多少回復しただろうか……?


 そんな事を考えていると、本部の前にディルが立っていた。


「おはようございます、ザークレーさん」

「――――おはよう。何か問題は?」


「真夜中に騒ぎは起きてません。では参りましょう」


 話しが早い。私は本部に立ち入ることすらなく、そのまま村の大通りを進み始めた。


「今日のルートは東と南です。他に報告すべきことはありません。巡回が終わればまた本部に。そして情報交換です」


「――――うむ」


「それと、これをどうぞ」


 ディルが差し出したのは、小ぶりのパンだった。


「――――これは?」


「母がザークレーさんに差し入れだと。朝食を食べる習慣が無いことを気に掛けていました。必要ないなら下げます」


「――――ふむ。セーヌ氏からか」


 昨日の晩に散々食べたので、栄養は必要無い。そもそも胃の調子が悪い。


 けれども、珍しくディルが差し出した物。しかも母の手作りと来ている。


(――――以前の私なら、必要無いと断っていただろうな)


 私は片手を差し出し、そのパンを受け取った。


「――――ありがとう。今は必要無いが、後でいただこう」


 意外だ、という表情を浮かべたディル。


 だけど彼は余計な事は何も言わず「どうぞ」とだけパンを差し出したのだった。




 太陽が昇り始めて村が明るさを取り戻していく。


 すでに作業を開始している農家も多く、軒先を通り過ぎるたびに朝餉あさげの残滓が感じられた。


「東の方は問題無さそうですね」


「――――いつもどおりだな」


「そうですね。……南は森に近いですから、ここから先は武器を手にします」


 律儀にそう宣言してディルは弓を手に取った。それにならい、私も騎士剣を抜きやすい位置に構え直す。


 どうせ何も起こらない、と油断して当たり前のシチュエーション。実際、他の守衛達はそんな印象だった。


 けれどもザークレーはそうしない。いつだって命の危機は唐突に訪れる。


 そんな緊張感をディルはここ最近の付き合いで感じ取ったのだろう。いつ頃からから、彼は教えたわけでもないのに若手騎士のような振る舞いを見せるようになった。


 ドグマイアだったら、即座に「王国騎士にならないか?」と声をかけただろうと思えるほどに、それは自然体だった。


 ティリファだったら……まぁ、誰かと行動を共にすらせず、恐らく襲撃剣グランバイドを用いて見回りなど手早く済ましてしまうのだろうな……。


 別に郷愁に駆られているわけではないが、何故だか今朝は彼らの事を想ってしまう。


 ああ。



 よくないな、これは。



 私はそっと服の上からネイトアラスを撫でて、呼吸を整えた。


 そして無言のままに騎士剣を抜き放つ。


「ザークレーさん!?」


「――――なにか嫌な予感がする。私は臆病だからな。おそらく杞憂だが、念のため注意を怠るな」


「は、はい」


「――――なに、何事もなければそれでいい。ただ疲れるだけだ。その程度の支払いで有事に対応出来るのなら、安いものだろう」


「……はい」


 私は知っている。このような予感がするときは、三十回に一回は悪いことが起きる。




 果たしてそれは事実だった。


 南のルートを巡っていると、静寂が訪れた。


 今までの家は、料理の煙や、人の気配が確かにあった。


 けれども視線の先。ぽつんと立ったその家からは、静寂だけが残されていた。


「――――止まれ、ディル」


「はっ」


「――――あの家は確か」


「シールスさんが住んでいる家ですね……何か?」


 意識を集中。


 耳を澄ます。

 鼻を効かせる。

 視線を、意識を研ぎ澄ます。


 その家から放たれているのは死臭だった。


「――――お前はここで待て。どうやら嫌な予感が的中したようだ」


「なっ!?」


 だめだ、もう遅い。こちらが気がついたということは、向こうはもっと前から気がついているはず。


 ああ。やはり。あの窓から見える赤い瞳は。


「走れディルッ! 守衛達に伝えろ、緊急事態だ!」


「ツッ!」


「そして村はずれのロイルにも、伝令を! 魔族だ!!」


 そう叫んだ瞬間、二階の窓から黒い影が躍り出てきたのであった。


「道中の民も村の中心部に避難させろ! 急げ! ロイルへの報告を忘れるな!」

「了解です……!」


 躍り出る影の数が一つ、また一つ増えていく。その度に私の生存率が下がっていく。



「――――死ぬかもしれんな」



 我が名はザークレー・アルバス。


 翠奏剣ネイトアラスの使い手にして、英雄なりし聖義の使者。


 だがネイトアラスは魔王にしか効果を発しない。


 つまり。



「――――だがッ!」


 この村には、魔王フェトラスがいる。


 魔族と魔王。ああ、それはきっとことわりなのだろう。


 だがしかし……! あの愛くるしい娘を、魔王と崇めさせるわけにはいかぬ……!



「――――来い、魔族ッ! ここから先へは一歩も進ませんッ!」



 それは私の人生の中で、何度目の死闘だろうか。


 けれども今回は、今までとは比べ物にならないくらいの重圧がのしかかっている。


 この背中の先にいるのは、銀眼の魔王。


 笑顔が素敵な、可愛らしい女の子。


 フェトラス。英雄としてではく、ザークレー・アルバスという一人の男が護りたいと思った初めての



 させぬ。絶対に――――!



 魔王がいないにも関わらず、ネイトアラスが小さく「りん」と鳴ってくれた気がした。





“ディル視点”


 僕はまるで逃げるように走った。


 実際逃げていると言っても過言ではない。正確な目視は出来なかったが、ザークレーさんの言う通り魔族がいたことは間違いない。


 黒い肌に、黒い服装。闇夜に紛れる異形。


 走りながら全ての人に叫んだ。


「魔族が出た! 家族や近隣の者に声をかけ、すぐに中央部へ逃げろ!」


 年上だろうが何だろうが関係無い。僕は命令形でそう叫びながら走り続けた。人気の無い家も何軒かあったけれども、いちいち探しているヒマは無い。


 ザークレーさんは無事だろうか?


 一緒に残って戦った方が良かっただろうか?


 いいや、きっと僕に出来る事は無い。だからこうやって叫び、走り、伝えることが僕という一個人のもっとも有用な活用法なのだろう。


 全てを守り切ることは出来ない。

 そして、たった一人を守り切ることも選ばない。


 僕が救えるのは、僕が救える者だけだ。


「逃げろ! 魔族だ!」


 ほとんどの村人は「いま何て言った?」という表情を浮かべていたが、説明や説得している余裕は無かった。こっちの必死な様子を見て察してくれ。そんな気持ちで駆け続けると、大半の村人は焦ったように行動を開始してくれていた。


 もうすぐだ。もうすぐ守衛本部につく。


 そうすれば僕の役目を誰かが継いでくれる。僕一人では出来ないことも、きっと達成出来る。


(ザークレーさん……無事でいてください!)


 そう願いながら、僕は守衛本部に転がり込んだ。




「魔族が現れた。既に南のシールスさんの家がやられている。ザークレーさんが応戦中だ。至急、対応を」


 守衛本部、といっても責任者が常駐しているわけではない。突き詰めると責任者は村長だ。なので、僕たちに出来ることと言えば村長に「逃げるか、戦うか」の判断をしてもらう事ぐらいしかない。


 僕の警告が功を成したのだろう、続々と人が広間に集まり始めている。何事か、と通りすがった人にも「魔族が出た」という情報が共有されていく。


「このままじゃパニックが大きくなるだけだ。早急に村長に連絡を。そして…………退避を初めるよう進言してくれ。ザークレーさんは今も一人で戦っているが、僕らのような弱いヤツが集まっても邪魔なだけだろう」


 荒い呼吸をなんとか鎮めつつ、本部にいた守衛達に声をかける。


 こんな平和な村に、とんでもない異常事態。


 最初は動揺を極めていた仲間達だったが、各々の肩書きが役目を思い出させる。


「俺は村人を避難させる! だが、ここから一番近い村を目指すか、あるいは王国騎士が常駐している町を目指すか……」


「村長の指示に従おう。俺達が右往左往してたんじゃ話しにならない」


「俺はザークレーさんの手助けをしてくるぞ! お前等は村人の警備につけ!」


「相手は魔族だぞ!? お前が行っても……!」


「だが、ザークレーさんはこの村の住人ですらないんだ! 俺達が戦わなくてどうする! ここは、俺達の村なんだ!」


「……しゃーねーな。だけど、やっぱりお前はだめだ。嫁さんが泣くぞ。俺と……シドルフ。悪いけど付き合ってくれるか?」


「マジかよ。ここで死ねってか。お前、本当に容赦ねーな。まぁ付き合うけど」


「すまん……」


「勝手に話しを進めんな! 俺も行くって!」


 現実味が薄い中、皆がそれぞれの出来ること、したいこと、やらなければならない事を見いだしていく。


 僕は硬い深呼吸を何度か繰り返して、告げた。


「僕は今から、村はずれのロイルさんの所に報告に行ってくる」


「ロイル? ああ、あの新入りか。しかしなんでまた?」


「ザークレーさんからの指示だ。何者かは知らないが、ロイルさんはザークレーさんが連れてきた人……おそらく、戦える人なんだと思う」


「そ、そうなのか? だがここからロイルさん所の家は少しばかり遠いぞ……?」


 それは言外に『間に合わないのでは』という憂いが含まれていた。


「でも、やらなくちゃならない」


 あの極限状態の一瞬で、ザークレーさんは三つの命令を僕に下した。


 逃げろ。避難させろ。ロイルに報告しろ。


 僕はそれに従うまでだ。何故なら、きっとそれが僕という人間の最大の使い道だからだ。


 本当のことを言うなら、母さんのことが気になる。


 けれども、それは、僕以外の者に任せよう。


 ロイルさんの家は山の方にある。馬なんて使っていられない。僕は荷物の大半を置いて、身軽な状態になってから走り出した。


 ……あわよくば、英雄ザークレーさんが魔族を皆殺しにしてくれるといいな、なんて。そんな事を考えた。


 あそこに魔族は何匹いただろうか? 三匹? あるいは五匹?


 流石に十匹はいないだろう。


 僕は小さく舌打ちをして、自分の弱い心を叱咤した。


 都合の良い想像をするよりも、僕はザークレーさんの身を案じるべきなのだ。


 誰かに期待してどうする。


 それよりも、誰かの期待に応えられる男でいなければ。



 ディルは走った。


 先ほどと同じ様に、近隣の住民に警告を発しながら、走り続けた。




 人々は走った。


 英雄は戦った。


 男達は戦場を目指した。



 村人は避難を選択した。


 英雄は戦い続けた。


 男達は戦場にたどり着き、死んだ。



 魔族は喰った。


 魔族は嗤った。


 死んだ魔族もいたが、狂乱は続く。



 そして、その頃。ロイルは――――。






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