4-7 アリセウスへの誘い
僕は痛む箇所をなでながら、木陰で休息を取っていた。
アリセウス・ゾラル・ユトゥー。
僕は魔王リーンガルド様に仕えていた魔族だ。
偉大な兄に比べると劣っている、と評されがちな僕だけど、同期に比べるとそこそこの実力は有している。
そんな僕の兄は、他の魔族とは比較にならないくらい強く、優秀だった。まさに偉大と言えるほどに、その業績と未来は輝かしかった。
「ガルウスこそ次の族長に相応しい」
「ガルウスこそ我らの宝」
「ガルウスと強き魔王様が出会えば、人間共なぞすぐに殲滅出来る」
兄であるガルウスの実力は飛び抜けていた。古参の者も頭を垂れるほどの逸材であった。
頭もよく、慎重でありながらも強気の決断が出来る男だった。
……全部、過去形だ。
ガルウスは魔王リーンガルドに使い捨てにされたのだ。
事の発端は何だったのだろう。
人間共がちらほらと魔王リーンガルド様の領域内に入り初め、その数が一気に増えたかと思ったら、あの日、聖遺物を有した人間が魔王リーンガルド様に襲いかかってきたのだ。
激戦だった。今まで見た戦闘行為の中で一番の決闘だった。
荒れ狂う聖遺物には流石の魔王様も苦戦を強いられ、その戦いの最中、一際強烈な攻撃が魔王リーンガルド様に直撃した。
「ハハァ! トドメだ。死にな、クソ魔王!」
「チィッ!」
魔王様は、僕の兄を盾にした。
そこから先の景色は、なんだかゆっくりして見えた。
首を掴み上げられ、聖遺物の攻撃にさらされる兄。
腹部を貫くような一撃が入り、血しぶきが舞う。
(あれ、これは、現実か?)
兄が死ぬかもしれない? あの兄が? 偉大にして強大。まさしく魔王の右腕に相応しい魔族。誰しもが頭を垂れる中、兄だけは魔王様の横に並び立っていたのに。そして実際に魔王リーンガルド様も兄を重用している様子だった。二人が雑談する姿なんかもよく見られたものだ。
そんな腹心なのに。
ただ近くにいたから、という理由で、使い捨てにされた。
トドメの一撃、という宣言に相応しい強烈な技が繰り出されたようだったが、その分隙も多かったのだろう。魔王様は狙いを定めたフォースワードにて、英雄を燃やし尽くした。その伸びる腕に絡め取られた、兄もろともに。
倒れ込む英雄。
そして、咳き込む兄。
良かった、まだだ。まだ生きてる。僕は兄に駆け寄ろうとすると、魔王リーンガルドが血走ったような目でこちらを睨んだ。
「クソが。忌々しい聖遺物め。おいそこの雑魚共。その聖遺物をブチ壊しておけ。俺は少し休む」
そこには兄を気遣う様子なぞ微塵も無かった。
「ま、魔王……様……」
そんな声を発したのは、兄だった。
「ガルウス。そうか、お前死ぬのか」
「申し訳……」
「ならば俺が殺してやろう」
「……? ……!!」
所々焼け焦げた兄をリーンガルドは喰った。
「――――フン、たいして美味くもねぇ」
それを見た僕は、逃げ出した。
声も出さずに、兄の遺体もどうでもいいほどに。ただ目の前にいるバケモノから逃げた。
背後から「流石は魔王様!」「魔王様が英雄を殺したぞ!」「お見事でございます!」という歓声がわずかながら聞こえた。
歓声が悲鳴に変わるまで、そう時間はかからかった。
なぜ魔王リーンガルド様を賛美していた者は気がつかなかったのだろう。
「自分も喰われる」という、見れば分かる事実に。
今でも分からない。
あの時の「アレ」は、何だったのだろう。
魔王。魔王リーンガルド様――――殺戮の精霊。
僕にはただの捕食者にしか見えなかった。
「ん……」
それから数日が流れ。
わずかに残った僕たち魔王リーンガルドの軍勢は敗残兵となった。
人間達の追っ手によってかなりの数が狩られ、現在残っているのはわずかに十三名。
追撃からは逃れられたようだが、残された僕たちは疲労困憊だった。
食料を得ることも難しく、まるで野生動物のように水たまりをすする屈辱的な日々が続いた。
我々敗残兵の目的は、とりあえず安全な場所に逃げることである。
リーンガルド様がご存命かどうかは知らない。だけど、きっともう死んでいるのだろう。もし生きていたとしても、今更戻れるものか。臆病者と罵られ、きっと喰われてしまう。
兄が死んだことはまだ、実感がわいていない。
『兄は魔王リーンガルド様の血肉となって、その心は我らと共にある』
そんな美しい文面は思い付くのだが、受け入れがたい。
あの兄ですら盾として使い捨てられ、ほどよく焼けて具合が良いと言わんばかりに喰われたのだ。
死ぬのは怖くない。
そもそも魔族は短命の者が多い。
だけどあの瞬間、僕は生まれて始めて「死にたくない」と思ったのだ。
命からがらの逃避行。
目的地は無いに等しい。
とりあえず、別の魔族の生息領域に逃げることだけは考えていたのだが、人間でいうところのザファラの地域にいた魔族はリーンガルド様によって統合されてしまっていた。なので、今目指しているのはリーンガルド様の息がかかっていない領域だ。
あまりにも遠く、また場所も不鮮明。空を飛べればまだマシなのだろうが、我らの部族は翼を持っていない。
……偉大な兄なら、魔法で空を飛ぶことも将来可能だったかもしれないが。
そして屈辱的な逃避行を続ける僕たちは、ある日異質な気配を感じ取った。
それは【魔王の誘い】。
生気を失っていたはずの敗残兵達は、一瞬で恍惚の笑みを浮かべて喝采を上げた。
まさか。これは。やったぜ。ひゃっほう! 魔王様の気配だ! と。
誰しもが新たな魔王様の配下となるべく馳せ参じようとしていた。
僕だけが、恐怖で震えていた。
新たな魔王に怯えたわけじゃない。実は僕だって多少は高揚した。
だけど僕の恐怖は消えなかった。
あんな目に遭ったというのに、すぐさま別の魔王に目移りする仲間達の浅ましさが怖かった。
あの偉大な兄ですら喰われるのなら、僕たちのような雑魚は――――。
そんなこんなで、僕は敗残兵達の喜びに水を差し、浮いてしまった。
だけど離れる事も出来なかった。一人では、生きていけないから。
やむを得ず敗残兵達の最後尾を着いていき、先頭を行く者達が得る食料を分けてもらうことも出来ず、細々と、ただ必死に食べカスや虫なんかを食べて、行進の後に残された泥水をすすった。
皆は疲労困憊しているとはいえ、僕よりはマシなコンディションを保っている。モンスターや動物を狩り、時には果実を得たりしている。けれども僕はそれらを口にすることすら出来ない。
そんな、生存すら危うい極限状態を経て。
ほんの一瞬、意味の分からない幻聴が聞こえた気がして。
僕の意識はようやく【誘われた】。
魔王様の気配に近づいているのが分かる。
あの時に感じたほど強烈ではないけれど、確かに分かる。
生まれつき目の見えない人がいたとしても、陽の光を浴びれば、太陽が存在するということを感じられるように。暗闇にいた僕たちは一度照らされた。だから、この温かさの先に魔王様がいることを感じ取れる。縁が繋がったのだ。
きっとこの先にいる魔王様は、とても強いのだろう。けれどもそれを隠すほどの慎重さも有している。きっとリーンガルド様とは違うタイプの魔王様なのだろう。
リーンガルド様、か……。
そうさ。あれは英雄との戦闘中に起きた不幸な事故だ。
平時であれば、僕たちは安心して魔王リーンガルド様の背中を追いかけられたからだ。
魔王は立ち塞がるものを許さない。
その瞳の先にあるのは敵だけ。
その背後に隠れていれば、安心なのだ。
だから、そう、兄が悪かったのだ。
魔王様の横に並び立つなんて。
右腕になんてなってしまうから。
そうさ。そうだよ。
魔王リーンガルド様が名前を覚えたのは、兄だけだったんだ。
そのぐらい目立ってしまったから、あの極限状態で頼れるのは兄だけだったんだ。
それはそれで、きっと名誉なことだったんだろう。
……偉大な兄のように、僕も右腕に、とは流石に思えないけれど。
けれども、僕の心はもう新たな魔王様に捧げられてしまったらしかった。
「待って……待ってくれ!」
先を行く仲間達に声をかける。
「僕も……僕も連れて行ってくれ!」
生きるために、着いていくんじゃない。
僕も行きたいんだ。
「僕も、この道の先にいる魔王様にお仕えしたいんだ!」
仲間達は立ち止まり、こちらを振り返った。
「やれやれ、ようやく素直になったのかよアリセウス」
「つーか根性ありすぎだろ」
「もっと早くに音を上げるか脱落するかと思ったんだけどナ」
「ほら、こっち来いよ。飯を分けてやる。……悪かったな、試すような真似をして」
「……ああ。流石はガルウスの弟だな」
「わざと残した飯だけじゃなくて、虫を食ってるの見た時は流石に俺達も引いたわ」
「そーそ! あればビビった! 逆に、なんでそこまでして着いてくるんだ? って不思議だったよ!」
あれほど冷たかった仲間達は、みんな微笑んでくれた。
敗残兵を率いていた古参の者も、ニヤリと笑う。
「そなたも気がついたか。そうだ。それでよいのだアリセウス。確かにリーンガルド様の件でお前は兄を失い、錯乱してしまっていたのだろう。だが……もう分かるな? 我ら魔族は、魔王様にお仕えする事こそが本懐なのだ」
僕は頷いた。
涙と共に、肯定を示した。
「リーンガルド様の一件は、確かに我らとにとって爪痕を残すこととなった。しかし、我らは未だリーンガルド様以外の魔王様を知らぬ。……なればこそ、なおさら心躍るであろう? この道の先におられる魔王様は、リーンガルド様とは違うのだから!」
仲間達が僕の肩を叩きながら食料を差し出し、優しい言葉と労いをかけてくれる。僕は嬉しさで涙が止まらなかった。
僕は震える声で、叫んだ。
「二人もの魔王様にお仕え出来るなんて、僕たちは幸運だ!」
狂乱は呼応する。
「そうとも! リーンガルド様にお仕えした経験を活かし、次こそ我らは人間を根絶やしにするのだ!」
「ああ! 俺達ならきっと出来る!」
狂乱が木霊する。
「きっともうリーンガルド様は討たれているだろうが……その無念を、俺達が発端となって晴らすのだ!」
「我らは敗残兵などではない! 次の魔王様のお役に立てる、歴戦の勇士なり!」
狂乱に酔う。
こうして、一丸となった狂信者達は次なる偶像を目指す。
その先にあるのが破滅なのだと、皆が理解しているにも関わらず。だけど誰も実感なぞ出来ない。
短命なる魔族は、いつだって目先の快楽に溺れるのであった。
同時刻。
カフィオ村。
シリックが無事なことが判明して以来、フェトラスのヤツは「魔法の練習」とやらに余念が無い。
基本的には「うーん、うーん、うーん???」と唸ってばかりだが、ふと、時折何か思い付いた時は絵を描いていた。
「それ、なに書いてんだ?」
「呪文だよー」
「……いや、言葉じゃなくて絵じゃん。何を書いてるのかは分からんけど」
彼女が今し方書いたのは、謎の抽象画だった。
「えっとね、これはね……」
そう言って彼女は指さしながら説明をしてくれた。
「こっちの真ん中にある人ぽっいシルエットがシリックさんね。周囲がゴチャゴチャしてるのは、ノイズ的な表現。そんで、その下に地面があって、上はお空。その合間を飛び交ってる線がわたし」
「おおう、意味不明すぎる」
「本当は絵にするんじゃなくて、すぐに呪文を唱えて試したいんだけど……」
「だーめ。何回も言ったけど、何が起きるか分からない呪文なんて怖すぎる。もしうっかりシリックとか……他の誰かを傷つけたらイヤだろう?」
「そうなんだけどさー。たまに、描いた絵を後で見直すと『あれ。これどんな呪文なんだっけ?』って自分でも訳分かんなくなるんだよぅ」
そういってフェトラスは唇を突き出した。
そんな彼女の傍らには、たくさんの紙が置いてあった。全て絵という名の呪文が刻まれている。言わばこの紙束はフェトラスの魔道書、ということになるのだろう。……魔女とかに売れないかな……いや、危なすぎる。色んな意味でヤバすぎる。
紙は品質によって値段がまちまちである。しかしいくら低品質とはいえ、このカフィオ村で紙を用意するのはちょっと難しい。
なので基本的にフェトラスは地面に絵を買いて、コレだ! と思うものを紙に記してもらうようにしている。我々の生活は裕福ではないのだ。
「まぁ魔法が難しいってのは何となく分かるんだけどな。でも、練習っていうのはそういうもんだぞ。基本的に辛くて、苦しくて、無駄に思えて仕方ないもんさ。本番で失敗しないため……というよりも『必要な時に、自分が出せる最大の力を発揮するため』と言う方がお前には分かりやすいかな」
そう告げると、フェトラスは「なるほど」とうなずいた。
「銀眼の時は、ぶっつけ本番でも大体なんとかなるんだけどね」
「そりゃ、お前……あれだ。強引に成立させてるに等しいんじゃないか。蟻を一匹踏み潰すために、一本の樹を切り倒すみたいな」
「洞窟の中を暖めるために、太陽を呼び出すみたいな?」
その比喩は、フェトラスが初めて魔法を使った日のエピソードを含んでいた。
彼女が生まれて始めて使った魔法。確か【陽差しの種】という意味の魔法。それは夏の洞窟を暖めた。そして次には【火を示し】て、枯れ木を灰にした。
「…………わざわざその例えを持ち出す辺り、お前の優しさを感じるよ。教えた事、ちゃんと覚えててくれたんだな」
「んふふ。大丈夫だよ。お父さんから教えてもらったことは一つも忘れない」
「本当か~? 気を付けろ、って散々言ったのに、焚き火を作るために森を燃やしそうになってませんでしたか~?」
「あ、あれはちょっと間違えちゃっただけだもん!」
必死の形相でフェトラスが詰め寄るので、俺はそれを優しく抱き留めた。
「分かってる。ありがとうな、フェトラス」
「…………分かってるなら、なんでそんな意地悪なこと言うかなー!」
抱きしめられたフェトラスは嬉しそうに苦言を呈した。
「それで、実際のところはどうなんだ?」
「んとね、今日はこれを試したい」
そう言ってフェトラスが差し出したのは、一枚の絵。
丁寧にシリックの全身が描かれており、その人物像には白い縁取りがされていて、周囲は執拗に真っ黒に塗りつぶされていた。ちなみにフェトラスは絵がとても上手なので、シリックも完璧に表現されている。
「この魔法は、シリックさんだけを見つめる魔法」
「…………と、言いますと?」
「場所よりも、シリックさんの今を知りたいな、って。悪いけど、もしシリックさんの様子がおかしいなら、すぐにでも飛んで行く覚悟だけど」
「…………銀眼で?」
「うん」
「……ま、いいか。最近のお前はとても思慮深い。それにシリックの現在状況は俺も知りたい所だしな」
「じゃあ、試していい?」
「おう。ただし、十分に気を付けろよ?」
フェトラスは頷いて、窓から外に飛び出した。その瞬間に精霊服が稼働し、彼女のふわふわなルームシューズが、硬めのブーツに変異する。
(相変わらずクッソ便利だな……てか、精霊服のレベルも成長してないか?)
そう思いつつ、俺は玄関に回り外履き用の靴に履き替えた。
「そんじゃーさっそく! 目標! シリックさん! 目的! シリックさんが笑ってるかどうかの確認! いっくよー!!」
途端に集中の構え。
彼女はぴたりと静止して、呼吸を整える。
やがてずる、ずる、とフェトラスの双角が伸び始めた。
瞳は黒いまま。彼女は俺以外に誰もいない領域で、魔を謳う。
「……【逢態!」
その呪文が不成立だったことは、俺にもすぐに分かった。
「フェトラス。残り二回な」
「分かってる! ……態追!」
更に不成立。先ほどよりも悪い。
「今度は本命……! 【生検!」
最後の呪文も不成立。俺はちょっとため息をついて、フェトラスの頭をポンと撫でた。
「残念だったな」
「……うー! もう一回! もう一回だけ!」
「これ以上はダメだ」
「…………分かってるけどぉ! もう一回だけ! お願い!」
俺は静かに首を横に振った。
こんな風に無作為に呪文を唱えて、フェトラスは一度銀眼化してしまったのだ。テンションが上がりすぎたのだろう。そして彼女はフォースワードを唱え、そして失敗した。
その時の俺の恐怖たるや。
フォースワードとは、魔王にとって必殺技に等しい。絶大なる破壊力を持っていたり、広範囲における破滅だったり、とにかくその概ねが取り返しがつかない大惨事を引き起こす。
そんな大呪文の失敗だなんて。
どんな苛烈なしっぺ返しがくるか分からない。
なので俺は、朝と晩に三回だけ呪文を試すことを許可した。四度目以降は、フェトラスのテンションがヤバいので基本的に不可である。
俺が本気で「だめだ」と言っていることに気がついたフェトラスはしゅんとうなだれた。それを励ますように、頭をなで続ける。そうこうしている内に彼女の双角は段々と鎮まっていった。
「……お前が息抜きで考えた、全然関係無い魔法は成功したりするのにな」
「そうなんだよね……まぁ、何の役に立つかも分からない魔法ばっかりだけど……」
「確かに。そこは気になる所だよな。明確な目標……つまりシリックのため、って気持ちがあるのに、なんで成功しないんだろうな?」
「わかんない……そもそも、火を付けたり、水を冷やしたりするのとはワケが違うもん……もしかしたら、このくらいの目的の魔法って、フォースワードぐらいじゃないと成立しないのかなぁ」
「その感覚は俺には分からんが、銀眼じゃない状態でフォースワードって使えるのか?」
「たぶん使えない……使えたとしても、再現出来る自信もないや……」
「ふーむ。そんなもんか……」
俺は空を見上げて、雲を眺めた。
何気ない動作だ。特に意味はなかった。
困った時の現実逃避だ。綺麗な空を見るのは楽しいからな。
だけどそれで、俺は閃いてしまった。
雲を眺め、ぼんやりとしている間に、思い付いてしまった。
魔法という人外の業を、遠くから眺めて覚えた一つの気付き。
雲がある。変な形だ。食われかけのリンゴにも、反撃を繰り出そうとする蛇にも見える。つまりは、そういうことだった。
「呪文ってのをどうやって思い付くのかは知らんが、あれだろ? 確か炎の魔法には炎の言葉、みたいなのがいるんだろ?」
「言葉というか……感覚というか……印象というか……」
「たぶん、そこじゃないか?」
「え?」
「シリックを探したい、っていうのがお前の根っこだろ? でも、お前が知っているシリックと、シリックが知っているシリック自身は違う」
「???」
「なんていうのかな……ホント、ただの思いつきなんだけど……たとえば、俺がどっかで迷子になったとする。そしたらお前は割と簡単に俺を見つけられるんじゃないか?」
「うん。たぶん、すぐに見つけると思う。世界の裏側に飛ばされてたら、三時間ぐらいかかるかもしれないけど」
「……具体的でなんか怖ぇな。ま、まぁとにかくだ。お前が知ってるシリックを探すんじゃなくて、シリックにも協力させたり、あるいはシリックがどんな人間なのかを改めてよく考えてみるといいんじゃないか?」
「………………」
「落としたコインを探すためには、表面も、裏面も、両方の図柄を知ってなくちゃいけないんだよ」
ぶわっ、とフェトラスの瞳が大きく見開いた。
そんな彼女に、すかさず片手で「ごめん」とジェスチャーをされる。
俺は苦笑いを浮かべた。それとほぼ同時。
「 【教貴】 」
貴方のことを教えて。
そんな意味の呪文は、当然の如く成立した。
フェトラス曰く。
シリックは現在、困っているらしい。だけど困っているだけなんだとか。
「苦しいとか、怖いとか、そんなんじゃないみたい」
「……そっか。まぁ、その程度なら逆に良かったと言えるべきだろうな」
「うん!」
「ところでフェトラス、俺に何か言うことは?」
四度目の呪文を、俺が止める間もなく使ったな?
「うん! ありがとうお父さん! おかげでシリックさんの無事を確認出来たよ!」
「…………そうくるかぁ」
満面の笑みでそう言われたのでは仕方が無い。
既に魔王の双角は落ち着いており、髪ですっかり隠れるようになっている。
俺は肩をすくめて、玄関を目指した。
今日の晩飯は、シカのミンチ焼きだ。
更に同時刻。
「魔王様だぁぁぁぁぁ! 魔王様の気配をまた感じ取れたぞぉぉぉ!」
「なんか毎日この時間になると感じられるよな! 儀式でもしてんのかな!」
「分かる! 僕にも分かるよ! 以前よりも鮮明に!」
「お前も分かってきたなアリセウスぅぅ!」