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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第四章 All for the one
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4-1 最悪と最善

第四部 開始します。





 無人大陸で魔王の赤子と出会い。


 フェトラスと名付けたソレ・・と心を通わせ、いつかしかソレは俺の娘になった。


 色々あった。初めに彼女が俺を父と呼び、そして絆を深める作業と時間を繰り返し……彼女は、フェトラスは俺の娘になった。


 俺の世界で一番大切な者になった。



 あの大陸を出た後も、強烈な体験の連続だった。


 シリックと出会い、魔槍ミトナスと戦い、そして魔王テレザムを討った。



 セストラーデという街では、フェトラスにとっても真新しい体験の連続だった。


 知らない食べ物を口にし、初めて見る光景や、初めて出会う人々。ドグマイア、ティリファ、ザークレーという三人の英雄に「自己紹介」もしたりした。



 そんな風に、フェトラスは日々知らない事に出会い、それを色んな意味で噛みしめて、成長している。


 我が愛しき娘、フェトラス。


 彼女が笑って過ごすためならば、俺は血みどろの大怪我を負うことをいとわない。だけど絶対に死んではやらない。『俺が彼女の行く末を見届けたいから』だ。そのためならば、俺は何でもする覚悟がある。人はそれをエゴと呼ぶだろうか? まぁ呼べばいい。俺はフェトラスの笑顔を見続けるという己が欲望を満たすために生き続けてみせる。


 俺が死んだら、フェトラスが世界を滅ぼすかもしれない?


 そんな事は俺にとって特に重大なことじゃない。


 何故なら、俺は世界のために生きているわけではないからだ。


 全ては彼女を愛し続けるために。そして願わくば、彼女もまた俺を、そして色んなものを愛してくれますように。――――そのために俺は生き続ける。


 ただそれだけの話し。もう一度言っておこう。エゴがだろうか何だろうが、彼女が笑って過ごす日々を見守り続けるためなら、俺は何もかもを生け贄に捧げたって構わない。



 けれども、目下俺を悩ませるのは『そのエゴに彼女を付き合わせていいのだろうか』という点だ。



 結局、俺はフェトラスにシリックの事は黙っていることにした。


《シリックを見捨てた》のだ。


 それは事実。疑いようも無い、極めてフェアな表現。俺はシリックを見捨てるのだ。


 だけどそれは、俺の心象とはかけ離れている。


 言い訳をさせてくれ。俺はシリックを見捨てたくない。助かってほしい。彼女にも、笑っていてほしい。


 だけど、嗚呼、だけど。それでもフェトラスに伝えるわけには、彼女を戦わせるわけにはいかないのだ。


 俺の娘フェトラスはいっつもニコニコしていて、美味しそうにご飯を食べて、何の不安も無いという顔をして日々を過ごしている。


 そんな彼女に「シリックを助けるために、お前の魔王としての力を貸してくれ」と俺が訴えるのは、たぶんきっと致命的な間違い・・・・・・・なのだ。


 もちろん都合のいい妄想は出来る。


「シリックを助けてくれ」

「わかった! 【なんかすごい魔法】! はい、シリックさん助けた! ご飯食べよう!」


――――ははっ、ご都合主義にもほどがある。

 そんな風に人生が歩めるとしたら、それはそれでとても素敵な事ではあるが、それはまさしく破滅への第一歩だろう。


 フェトラスのソレは【全ての願いが叶う能力】ではない。


 忘れてはならない。それは【敵を倒す能力】でしかないのだ。使えば必ず誰かが傷ついたり、誰かの意にそぐわない結果を導いたりする……俺達のエゴを、不条理を押し通す傲慢さだ。


 そんな強大な力に溺れることなく、禁欲的に生きることは逆に難しい。底なしの欲望を満たす力なんてものがあれば、人は絶対にそれを使いたくなる。誰だってそうだ。例えば『相手が死ぬ光景をイメージするだけで、本当に相手が死ぬ』能力なんてものがあるとしよう。ムカつく奴を、一瞬で証拠もなく殺せる力。あるいは大金を運んでいる商隊を皆殺しに出来る力。誰にも咎めることが不可能な、憎悪も我欲も満たし放題の殺戮。


 もしそんな力を誰かが有したとしたら、その殺意は「一人」を殺しただけで満たされるか? きっと他の人間も殺したくなるんじゃないか? 何もかもを奪い取りたくなるんじゃないか? その果てで、人は一体どれだけの人間を殺す?


 だから、そんな力は求めちゃいけないんだ。


 つまり、フェトラスの「魔王」に頼ってはいけないのだ。



 人生は決断の連続だ。


 損得勘定を忘れてはいけない。


 優先順位を意識し、それを守らなければならない。


 分をわきまえろ。出来ることと出来ないことを知れ。やっていい事とやらなくてはならない事の違いは何だ。考えろ。俺達は神ではない。全てを丁度良い・・・・バランス・・・・で手中に収めるなど、土台無理な話しなのだ。


 俺はシリックよりもフェトラスの方が大事だ。


 だから、フェトラスのためならば、シリックには――――。






 少し時間を戻して。



 俺とザークレーは小道で話し合い、そして決めた。


 シリックの事は、黙っていよう、と。


 最悪の想定をするならば、シリックは既に死んでいる。


 最善の想定をするならば、拉致されたシリックは無事で、それを追跡しているクラティナという英雄が見事彼女を救い出してくれる。


 俺とザークレーは後者さいぜんに賭けた。



 生死不明のシリック。その事をフェトラスに説明することはあまりにもリスキーだ。


 それは結果がどうあれ、『最悪の未来』へと繋がる道が生じる可能性がある。即ち、フェトラスの完全魔王化だ。


 だから、黙ることにした。


 フェトラスを戦わせない事にした。イコールで、彼女を魔王として扱わないという事を決断した。


 再三と言わず、何度でも言わせてもらうが、俺はシリックに助かってほしい。


 けれども、これも何度だって繰り返し言うが、フェトラスが『最悪』に見舞われるのは避けたかった。つまり、彼女が全てを殺戮する可能性をゼロにしたかった。


 フェトラスは……銀眼の魔王フェトラスは、全ての状況下において「望む未来」を勝ち取る最強の切り札と言えるだろう。だがその切り札は、とてもささいな「イレギュラー」で切り札ではなくなる。相手の勝負手どころか、カードが乗ったテーブルごと粉砕する「禁じ手」になるのだ。


 だから、俺は切り札を切らない。彼女をそういう風には使わない・・・・。使いたくも無い。


 故に――――俺は……シリックを……見捨てるのだ……。


 この決断には、決めた後ですら「これでいいのだろうか」という迷いがあった。


 けれども、やはり、フェトラスが荒野で泣き叫び、殺戮にわらう姿を想像すると無理だった。



 彼女を魔王として扱う事により、彼女がそのまま魔王の本能にしたがう。それだけは何としても避けねば。



 そんな俺の決断を聞きとげたザークレーは、深々と頭を下げた。


「――――ロイル。あなたのその決断を、私はとても気高いモノだと思う。この星の全ての生き物を代表して、あなたに感謝を」


「……やめろ。そんな慰めは、いらない」


 俺はフェトラスの事が一番大切で、その「一番」を護るために、二番や三番を斬り捨てたのだ。本質的には、このセラクタルという星に住まう生き物のことなんてどうでも良かった。ただ全ては俺のエゴのために。ひいてはフェトラスのために。



「――――私は村に戻る。足の速いモンスターはいないが、農作物を荒らすモンスターが定期的に出没するからな」


「……ああ、そりゃ大変だ。頑張ってくれ」



 ザークレーが去った後、俺はその小道に座り込み、一つの課題に取り組んだ。


 フェトラスに何も気取られないよう、笑顔の練習をしなければ。




「あ! お父さんお帰り! 早かったね?」


「……ああ、なんか村に行くなり『あのモンスターはもう逃げた』と聞かされてな」


「そっかー。臆病な子だったのかな?」


「かもな。そもそも足が速いヤツは、基本的に臆病なもんさ」


「まぁお父さんに怪我が無くて良かったよ。じゃあこの後は狩りに行くの?」


「おう。お土産を期待しとけ」


「うん!」


 上手に振る舞えただろうか?


 そんな内心を隠しつつ、俺は手早く狩りの道具を装備して、さっさと野山に向けて出発した。



 考え事をしながら、鳥を撃ち落としたり、ウサギとかを捕らえる罠を確認したり、設置しなおしたり。


 ウチの娘はよく食べるが、それを常に満腹にさせようとするととんでもない量の獲物が必要になる。なので日頃は節食を心がけてはいるのだが、今日はついつい狩りすぎてしまった。まぁ現実逃避の一環とも言えるだろう。


 普通は大量の獲物を得たりすると、血の匂いに引き寄せられてモンスターなんかが現れたりする。いつだって横取りは一番効率的な狩りだ。しかし、この辺一体のモンスターはフェトラスの気配にビビって近寄りもしない。


 まぁそれにあやかって調子に乗った狩りを続けていたら、この山の動物が枯渇しちまうんだろうけどな。


「……野菜が育ったら、多少は狩りを控えるか」


 でも今の畑のスペースじゃ、フェトラスを満腹にするのは難しいだろうなぁ。


 全部食わせるわけにはいかない。俺は農家を目指しているのだ。ちゃんと販売しなければならない。


 結局のところ、フェトラスを常に満腹にさせようと思ったら、大領地でも司らないといけないだろう。あるいはいっそ王様にでもなるか。


「ははは。現実味がない…………もう帰るか」


 いつまでも現実逃避はしていられない。


 俺はもう一度だけ笑顔の練習をして、狩り場を後にした。




 家に帰ると、外で遊んでいたフェトラスが大きく手を振った。


「帰ったぞー」


「お帰りお父さん! わぁ、今日はすごいね!」


「おう。なんか動物と出くわす率が高くてな。たまには豪勢に行こう」


「わーい!」


 ぴょんぴょんと小躍りするフェトラス。その後、彼女は謎の演舞を披露した。


「ぶはっ! なんだよその踊り!」


「わかんない!」


 ニョロニョロと踊る彼女を見て俺は笑いがこぼれた。


(こんなヤツが、殺戮の精霊? いまだに信じられんな)


 その代わりと言ってはなんだが、俺は「フェトラス」の事を信じている。


 けれども「フェトラスを信じる」という言葉は、責任を丸投げしているようで嫌悪感があるのも事実だ。


 なぜなら俺は「魔王フェトラス」のことを信じ切れていないからだ。


「把握、掌握しきれていない」という方が正しいんだろうけどな。


 あの浜辺での親子喧嘩は、下手すれば世界の存亡がかかっていた。それはきっと大切な事実なのだ。忘れてはならない。この変な踊りを披露しちゃう我が娘は、世界を滅ぼす資格を有している。


 俺の娘は『かわいくて大食らいなフェトラス』ではなく『世界を滅ぼす可能性を秘めた銀眼の魔王フェトラス』なのだ。


 俺がフェトラスを信じるということは、イコールで「銀眼の魔王フェトラス」の事も信じなければいけないのだ。でなければ、この『信じる』という言葉は都合の良い部分しか見てないことになる。


 俺の娘というラベルが貼られた、魔王というボディ


 中身は一体何だろう。愛だろうか、殺戮だろうか。


 まぁどちらでもいい。何があっても、例え世界中を敵にまわして、滅びの道を突き進もうとも。俺は彼女に寄り添う。そして絶対に彼女を不幸になんてさせない。させてたまるか。そんな未来は絶対に来させない……!



 そんな覚悟を決めつつ。


 とりあえず、肉を台所に並べてみた。



「わぁ。お肉。たくさん。わたし、嬉しい。うへへへ」


 微妙に語彙力ごいりょくを喪失したフェトラスが大量の食材を前にしてニマニマしている。


 味付けが単調にならないよう、調味料は各種揃えているが……さてさて、どう料理したものか。


「まぁ適当に色々焼くつもりだが、なんかリクエストあるか?」


「鳥のスープをあっさりめの味付けで、ウサギは匂いが良い感じで、この大物はガッツリスパイシーに!」


「へいへい。仰せのままに」


 俺はこのカフィオ村で仲良くなった住人から授かったレシピ帳を棚から引っ張りだした。村のふもとに住むマーディアさんという方から頂戴したものだ。マーディアさんはまだ若くてべっぴんさんなのだが、三人の子供を育てており、気合いが入っている。そんな彼女に俺は色々とお世話になっているわけだ。「男性一人で子供を育てるのは大変でしょう」と気に掛けてくれるのは素直にありがたい。


 ただ、旦那さんが超怖い。浮気を疑われているのか、時々殺し屋みたいな目つきで観察されるのは勘弁願いたい。すげー筋肉ムキムキで、そこら辺の山賊より強そうなんだよ。


 まぁ今の所トラブルは起こしてない。そもそも浮気なんてしてないしな。俺達のカフィオ村生活も既に一ヶ月ほどが経過している。それなりに住民との交流もあるし、とりあえずは馴染むことに成功しているわけだ。


 まぁそんな事はさておき。俺はレシピ帳をじっくりと眺め、フェトラスの要望に応えるために調理を開始した。


 調理はまず道具の準備から始まる。そして下ごしらえ。それで九割完成だ。あとはしくじらないように手順をなぞるだけ。素人の考えつく工夫なぞ愚の骨頂。料理とは「再現」を繰り返すことによって少しずつ上達するものだ。上達ではなく「進化」させようとするのなら、それにはやはり経験が必須となる。


 そんな風にガチャガチャと台所で作業をしていると、フェトラスが何気なく呟いた。


「これだけお肉がたくさんあったら、お腹いっぱいになれるねぇ」


「屈強な戦士が三人がかりでなんとか食える量、って感じだからな。……お前が本気出したら一人で完食出来るんだろうけど」


「出来るんだろうけど、うーん。お腹いっぱいになるよりも、お父さんと一緒に食べた方が美味しいから、ちゃんと半分こしよ?」


「嬉しいことを言ってくれるが、この量を半分こか……俺はそんなに食えないな。まぁザークレーの奴の分も少しは残しておいてやろうな。あいつ小食だけど、最近はちゃんと食うようになってきたし」


「お父さんの料理の腕が上がったからだね!」


「うーん……どっちかっていうと、俺達と一緒に食うこと自体に慣れてきた、って感じかなぁ。俺の料理はまだまだ雑だ」


「そんなことないよー! お父さんの料理美味しいよ!」


「ありがとよ」


 苦笑いを浮かべつつ、食材の下ごしらえを進める。


 そしてフェトラスは言った。



「シリックさんがいたら、もっと楽しく美味しく食べられるのなー」



 それは無邪気な音色だった。



「あー、早く帰ってこないかなー。シリックさんに会いたいなー」


 それはとても純粋な、そして「シリックが帰ってくる」ことが当たり前であるという未来予想図だった。


 包丁を振るう手が止まる。

 当然だ。こんな動揺した状態で刃物を振るえば、きっと俺の手は血だらけになる。



「……なぁフェトラス。シリックに会いたいか?」

「うん! 会いたい!」



 ジャブのつもりで放った質問。


 帰って来た答えと、最高の笑顔。



「……あいつが帰って来たら、何がしたい?」


「色々お話ししたい! わたしが作った道具とか、綺麗に加工した木材とか見てほしいし、わたし達と離れてる間どんな事をしたのか聞きたいし、また一緒にゲームしたりお絵かきしたりするの!」


 フェトラスは腕をグルグルと豪快に回して、自分の興奮具合を表現した。


 そんな、キラキラとした瞳でシリックのことを想うフェトラスを見ていると、自分がとんでもない不義理を働いているようにしか思えなかった。


(ダメだ。考えるな。もう決めたんだ。俺は、俺は! シリックを見捨てなきゃいけないんだ! この子の笑顔を護るために!)


 だけど。


 そう自分に言い聞かせてる時点で、俺の心が揺れているのは明白で。



(きっと……この覚悟は)


「シリックさんに会いたーい!」


(もう限界だな)



 俺の覚悟は、既に粉砕されている。瞬殺だった。だめだ、冷静になれ。言ってはならない。彼女を『最悪』から護れ。ああ、ああ、だけど――――。



 それは彼女の『最高の未来』には結びつかない。



 フェトラスの笑顔を護りたい。そうだな。心の底からそう思う。


 だから俺の考える『最悪』を回避しなくてはならない。


 だけど俺は気がついてしまった。覚悟は死んだ。


 シリックが死んだら、フェトラスはどれだけ悲しむだろうか。


 どれだけ。どれくらい。どんな風に。


 それはフェトラスにとっての・・・・・・・・・・『最悪』・・・・の一つではないだろうか。


 というかそもそも。


 おやがするべきことは。




 最悪を回避することではなく、最善に挑む事ではないだろうか。




 そして、いよいよ最後のナイフが俺の心に突き刺さる。



「お父さんも、シリックさんに会いたいよね?」


「…………当たり前だ」



 そうだよ。ちくしょうめ。俺だってシリックに会いたいわッ! 


 俺は叫び出したい気持ちを抑えて、フェトラスに言った。


「すまんフェトラス。お父さんな、ちょっと用事を思い出した。晩ご飯の時間を少し遅らせてもいいか?」


「うん? どうしたの?」


「そろそろ役場にシリックの情報が届く頃かもしれないしな。調味料も切れかけてるのがあるし、ちょっとふもとまで行ってくるわ」


「…………お父さん? どうかしたの?」


 やはり俺の動揺はバレるか。そりゃそうだよな。


「大丈夫だ。すぐ戻る」


 俺は彼女の顔を見ないようにして、家から飛び出したのだった。






 俺は全速力で山を下り、村人にザークレーの居場所を聞いて回った。


 そして奴が哨戒しょうかいしていると思われる地点を割り出し、やがてはその姿を見つけた。


「――――ロイル。どうした、そんなに慌てて」


 何かあったのか!? という焦りを隠しつつ、ザークレーは勤めて冷静に尋ねてきた。そんな彼に俺は頭を下げる。


「ごめんザークレー。やっぱ無理だわ」


「――――藪から棒になんだ」


「シリックの事を、フェトラスに伝える」


「――――――――。」


「俺はエゴイストだ。フェトラスを護るためなら何でもするし、きっと誰でも殺す。だけど、だけどな。違うんだ。俺は忘れてたんだ」


「――――何をだ」



 あの自己紹介の夜。彼女は言った。


『きっとわたしは待ったり応援したりするだけじゃなくて、自分でも戦うんだと思う』


 それはつまり。



「あいつは、俺に護られたいわけじゃない。俺に人生を決めてほしいわけでもない。フェトラスは……たぶんあいつは、自分自身で選択したいんだよ」


 選び、決めて、行動し、結果を受け止める。


 俺を権力者の如くに置いて「お父さんの言うことは絶対だ」と盲信せず、俺を戦争での指揮隊長の如くに置いて「お父さんが言うから間違いない」と思考放棄もしない。


 俺の横に立つ者。

 手をつないで、傍らに寄り添う者。

 時には互いに違う方向へ進みたがり、引っ張り合ったりもするけど、離れない者。


 きっとフェトラスが望んでいるのはそういうことだと思う。


「――――――――。」


「もしもシリックが例の魔王とやらに殺されていたら、あいつは怒り狂うだろう。きっと誰にも止められない。俺はそれが怖かった。でもな、違うんだ。あいつには怒り狂う権利・・があるんだ」


「――――――――。」


「だってあいつ、シリックのことが大好きだから」


「――――――――。」


「だから、俺は……俺達は、最悪の未来を回避するんじゃなくて、最高の未来を勝ち取るために足掻かないといけない気がするんだ」


 言葉が上手くまとまらない。


 走り続けたせいで呼吸も荒い。


 最悪を回避すること、最善を目指すこと、どっちが正しいのかなんて俺にはもうわからない。だけど、『きっとフェトラスなら最善を目指したいだろう』と、俺はそう悟ってしまったのだ。


 心は未だあやふやなまま。けれども必死に訴え続ける俺を見てザークレーは。



「――――い」


「……い?」


「――――胃が、すごくキリキリする」


 見たこともない苦悶の表情を浮かべていた。


「……だ、大丈夫か?」


「――――いかん。これは、本当にいかん。痛い。めちゃくちゃに痛い。たぶん穴が空いた。似たような経験はあるが、ここまで強烈なのは初めてだ」


 ザークレーはうずくまった。マジで辛そうだ。よく見れば涙目である。


「す、すまん。さっきはカッコ付けてあんな事言ってたが、やっぱり俺には無理だった」


「――――うぐぐ」


「だけど、今回の件は重大すぎる。俺のちゃちな両肩に乗せるには重すぎる。だから俺は、お前の許しがほしい」


「――――許し、だと?」


「ああ。俺は……フェトラスと共にシリックを救い出す。その許可をくれ」


「――――生きているかどうかも分からないのに?」


「……そうだ」


「――――フェトラスが復讐に走り、殺戮に目覚める可能性が高いのに?」


「……それでもだ」


「――――――――。」


 長い沈黙の後。ザークレーは胃の辺り撫でながら立ち上がった。


「――――――――はぁ。どうせ、こうなる予感はしていた」


 マジかよ。


 俺はポカンとしてしまい、言葉を失った。


「――――そもそも、いつそうなってもおかしくはなかったのだ。もしもシリックが何年も帰ってこないとなると、フェトラスは何らかの方法でシリックを捜索したはず。……故に我々は、クラティナが彼女を救い出す、という可能性に賭けるしかなかった」


 確かにな。一ヶ月離れただけであの態度なのだ。数年と言わず、半年もシリックが帰ってこなかったら彼女はきっとどうにかした・・・・・・のだろう。


「――――しかし、安心させておいて『やっぱりフェトラスに言う』と絶望を突きつけられると、中々に気が重いな……はぁ……痛い……」


 一瞬で老け込んだようなようなザークレーだったが、次の瞬間には表情を凛々しいものに変えた。


「――――理解はしているのだな? フェトラスに銀眼としての活躍を乞うということが、どういうことなのかを」


「……ああ」


「――――では、もしもフェトラスが……良くないモノになり果てた時、お前はどう振る舞うつもりだ?」


「…………」


「――――ふん。きっとお前は、それでも彼女の側にいるのだろうな。世界中を敵に回しても」


「何でもお見通しだな、お前は」


 ザークレーは何も答えず、そっと翠奏剣ネイトアラスを取りだした。


「――――もう二度と、銀眼なぞとは戦いたくないものだな、ネイトアラス」


 リーン、と。まるで少女が哀しげに泣くような音色が聞こえた。


「――――分かった。お前の望む言葉を言ってやろう。許可する・・・・。フェトラスと共に、最善に挑むがいい」


「……すまない。本当にありがとう」


「――――そもそも、許可なぞ不要だろうに。どうせ私では止められないのだ。しかし私は逃げない。逃げるわけにはいかない。ネイトアラスに、かっこ悪いところは見せられないからな」


 もう礼は口にした。


 俺は頭を下げて、感謝を表明した。


「――――ふん。私からも……そうだな、礼のようなものを言っておこう」


「礼のようなもの?」


「――――勝手に突っ走らず、相談してくれてありがとう」


 おかげさまで私の胃は爆発したが、とザークレーは嫌そうに呟いたのであった。






 

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