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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-33 新生活のあれこれ



 あの無人大陸で家を作った時もそうだったが、延々と家づくりの苦労を語るつもりはない。無いのだけれど、まぁある程度のことは説明しておこうと思う。


 省略気味に語っていこう。


 俺達はまず、ここカフィオ村の役場にザークレーと共に訪れた。


 新規の入植には審査が必要なのは当然だ。役人は突然現れた俺達を戸惑いながらも室内に招き入れたが、はっきりと苦言を呈した。


「いきなり訪れて移住させろ、ですか。あまりにも唐突すぎる。犯罪者か、あるいは厄介者ではないのか」


 役人の意見はごもっともだった。


 だが、そこは英雄ザークレー様が上手く立ち回ってくれた。自らの立場を明かにし、俺達を紹介。村長との面会、審査、身元保証……というか面倒な手続きとかは全部彼にやってもらった。


 ただ俺とフェトラスは、村人達の前に整列して元気よく「よろしくお願いします!」と子供みたいに笑いながら宣言しただけだ。そんな様子を見て、というか、フェトラスの天真爛漫な笑顔を見て村人達は「あー。なんかエエ子そうやねぇ。王国騎士団の方の紹介だし、大丈夫なんかねぇ」と好々爺な反応を示した。


 その後、役人と一緒に作業中の村人の所へ案内してもらい、顔見せをしていく。「見知らぬ人」が急に住み着くのは怖いが「新しくカフィオ村の住人になった、元気よく挨拶する親子」はそう怖くない。そんなラベル・・・を得るために俺達はひたすら挨拶回りをしていった。


 カフィオ村はド田舎だが、寂れた村ではない。

 発展・開発中の村なので若い人とかも多かった。フェトラスぐらいの年頃(見た目の話しだ)の子供もいたし、綺麗な女性とかもチラホラいた。ほとんど人妻だったけど。そういえばこの村には娼館、あ、いえ、なんでも無いです。あっても行きませんし。そんなお金の余裕無いですし。フェトラスいますし。大丈夫です。それどころではありません。


 まぁそんなこんなで。手続きを終えて、なんと新居(ほぼ廃屋)まで得たザークレーと合流した俺達は家の掃除や換気をしつつ、彼に問いかけた。


「なぁ、この家って……無料じゃないよな? いくらぐらいかかったんだ?」


「――――無料で譲り受けた。誰も使ってなかったし、何なら使ってくれ、とのことだ」


「マジかよ。でもそんな美味い話しってあるか?」


「美味い?」(ピコーン!)と反応したフェトラスの頭を撫でつつ、ザークレーに返答を促す。


「――――お前達の立場は『王国騎士が保護した犯罪被害者』になっている。そういう話しの過程で『可哀相な人達なのですね。では廃屋で良ければ使ってください』という事になった。ああ、どのような犯罪に巻き込まれたのかは秘匿してあるから、適当にやり過ごせ」


「お、おう。気を遣ってくれてありがとう」


 なるほど。そういう話しになったのか。上手いストーリーだ。


「でも新しく村に住むってなると、なんかお金がかかるんじゃなかったっけ? 税とか収めないといけないんだろ?」


「――――諸々の手数料や税金は、まぁ、気にするな。初年度の分は全て王国騎士団の経費にしておく」


「いや、流石に悪いよ。ちゃんと返すから金額を教えてくれ」


「――――ではこう答えるとしよう。魔王に・・・貧困生活を・・・・・送らせる・・・・。そんな文面から導き出される、将来像は?」


 俺はその言葉の魔王を、フェトラスではなく「殺戮の精霊・魔王」に置き換えてみた。すると、脳内で瞬時にカフィオ村が滅亡の危機にさらされてしまった。


 そんな想像をした俺の顔を見て、ザークレーが「な?」という表情を浮かべた。


「――――そういうことだ。これはお前達への施しではない。私達の安寧のためだ。まぁ全てを負担するつもりはない。所詮は自立へのサポートどまりだ。ロイルは早急に生活を豊かにしろ」


「分かった。実は税金の収め方とか詳しくなかったし、色々と不安ではあったんだ。ありがとう。助かる」


「――――胃が蒸発する、とまで言われてしまったからな。ストレスは不安は可能な限り減らしておきたい。だが大変な事には変わらんぞ。お前は学び、働き、更にフェトラスを思いやらなければならない。余暇なぞ無いと知れ。それを一生続けるのだ」


 そんなザークレーの警告を、俺は笑って受け止める。


「そりゃ最高だな。そんな苦労をしてみたかったんだ」


 そんなわけで、俺達の新生活は始まったのだった。





 まず、俺達の生活が安定するのには相当な日数がかかった。


 まず実際に開墾をしてみたところ、相当に辛い作業だった。身体のあちこちは痛くなるし、キリが無いというか、終わりが見えない。簡単に言うと相当に面倒だった。なので、少しずつフェトラスに魔法でしてもらうことにした。「苦労をしてみたかった」という前言を撤回するわけではないが……ま、まぁ、二人で支え合って生きていくのは悪いことではないはずだ。


「……だよね?」

「当たり前じゃん。わたしもちゃんと働くよー!」


 快諾してくれたフェトラスがあまりにも可愛らしいので、思わず抱きしめてしまう。彼女はあくまで人力でやったかのような、スローペースな開墾をしてくれて、俺はその分だけ他で働くことが出来た。


 俺は空いた時間を活用して、狩りや野草摘みといった仕事をした。周囲に人がいない環境なので、狩りまくった。幸いモンスターはフェトラスが近くにいるので寄ってくることはなかった。危険も少ないし、楽勝だ。


 しかし、そのしわ寄せが他の農家の方々の領域に訪れることになる。俺達の周辺に出没するはずのモンスターがそちらに流れたのだ。農作物は荒らされるし、逃げようとして転んで骨折したジジイもいた。


 生活地域とリズムを狂わされたモンスター達。そっちはザークレーに対応してもらった。村人にとっては、たまたま訪れた王国騎士に、たまたまモンスターの出現率が高くなったので治安維持をお願いした、という形だ。これはザークレーにとっては僥倖ぎょうこうであった。俺達の監視という名目がスムーズに果たされるからだ。俺達と一緒に住むのも「村が大変そうだし、その手助けをするために被害者保護を少し延長しよう」という絶妙な名目で果たされることとなった。


 王国騎士は本来魔王と戦うべき組織だが、戦力の使い方にも色々ある。いつかドグマイアが言っていた「出資者集めのため」という裏任務を行うために、ザークレーはモンスターと戦い続けた。


 しかし色々と都合が良かったとはいえ、行うことは戦闘行為である。彼は翠奏剣ネイトアラスを持っているが、モンスターには効果がないので普通に大変そうだった。ついでに言うなら、彼は戦えるが、戦闘は嫌いらしい。日を重ねるごとに胃を押さえるようになっていた。


 なお、ザークレー自身はけっこう金持ちだったので特に生活には苦労していないようだ。「――――特に使い道を見いだせなかったので、貯蓄は多い」とのことで。


 一度、ザークレーは俺達に金を別けようとしてくれた事があったのだが、それは断った。フェトラスへの情操教育の一環だ。金は、苦労しなければ得てはならない。


 だが勝手にザークレーが買ってくるお土産を断る理由にはならない。毎日のように美味しそうな食べ物を持って帰ってくるザークレーに、フェトラスはとても懐いた。


「うわぁい! おっきなベーコンだ!」

「――――ふむ。ベーコンは好きかね」


「大好き!」

「――――ふむ」


 ザークレーは「そうか」と頷いて、その数秒後にも「――――そうか」と再び同じセリフを繰り返した。なんだろう、この変な感覚。ザークレーは親切な心でフェトラスにお土産を買ってきてくれているんだろうが、なんだろう。なんか、ゾワゾワする。


 まぁそれはさておき。


 俺は狩り。

 フェトラスは魔法で開墾。

 ザークレーは治安維持。


 最初の一週間ぐらいはそんな風にして過ごした。



 そしてやがては


 俺は狩りと、畑の管理、内装整備。

 フェトラスは魔法で木材の精製、農具の作成。

 ザークレーは治安維持。


 そんな風に変化していった。


 シリックと別れて三週間。

 彼女は今、何をしているだろう。


 フェトラスが魔法疲労で眠っている頃、そんな話しをザークレーに持ちかけた。


「――――時期的に考えても、既に戦力は出そろっているはずだ。総攻撃のための打ち合わせや、ある程度の連携訓練も済んでいるはず。そろそろ決着がついている頃だろう」


「そっか。ザファラの魔王……大丈夫かなぁ……」


「――――大丈夫だろう。事前の情報では、かなりの英雄が集まると聞いていた。その中でもジンラ、クラティナ、ファーランドという有名な三人の英雄が徴用されているらしい。彼らをサポートする形で魔王討伐は成されるだろう」


「誰一人として知らんな。強いのか?」


「――――強い。それぞれが所有する聖遺物も強力らしいが、一人の戦士としてもとても優秀だと聞く。私が実際に会ったことがあるのはジンラだけだが、メインアタッカーは彼一人でも問題無いだろう」


「ふーん……それじゃあ、ますますシリックの出番は無いな。魔槍ミトナスは連携には向いてないし」


「――――そうだな。本来、私のネイトアラスは暗殺向きではあるが、集団戦においてこそ真価を発揮する。そういう意味ではザファラの魔王討伐に参加することは有意義だったのだが……」


 フェトラスがなぁ。


 ザークレーは胃の部分を撫でた。責任感でストレスを覚えているらしい。


「――――まぁ、私がいても貢献出来る事はたかが知れている。成体の魔王はとてつもなく強いが、それ故に対抗手段がしっかりと執られるものだ。王国騎士団が『討つ』と決めて集団行動しているのだから、勝率は100パーセントだ」


「俺が気になるのは勝率よりも、損害率だよ。……シリックが無事なら、それでいい」


「――――嫁のことが気になるか」


「バカヤロウ。あいつにはまだフェトラスはやらん」


「――――フッ」


 色気もクソもない解答にザークレーは微笑んだ。


 何となく照れくさくなったので、俺はその有名な三人の騎士とやらの事を尋ねた。


「なんだっけ。もう名前忘れたけど、その強い英雄達。どんな聖遺物を使うんだ?」


「――――聖遺物の情報は高ランクの機密事項なのだが。今後求める聖遺物の参考にでもしたいのか?」


「そういうこった。話せる程度で構わんぞ」


「――――ジンラの使う聖遺物は、聖弓だ。曰く、無限に撃てる弓」


「なにそれズルい。消費系か?」


「――――詳しくは知らん。彼は誰にも聖遺物の情報を明かしていない。次にクラティナが使うのは魔剣だ。適合系だが、条件がかなり厳しいと聞く」


「適合系の上位種か……ハマれば強いんだよなぁ。どんな能力なんだ?」


「――――さてな。会ったことも無い人物だ。冷静沈着な女性らしく、独特のしゃべり方をするらしい。魔剣の能力は知らん」


 ほとんど説明になっていないが、ザークレーは嘘はついてないようだ。そもそも高ランクの機密事項なんだよな。ザークレーが知らないのも無理はないのかもしれない。


「――――ファーランドが使う聖遺物は消費系だ。彼が使うのは割と有名な聖遺物だな。近距離から中距離までを任意で攻撃出来る、中々に強力な聖遺物らしい。聖なる拳と書いて、聖拳、と評されている」


「消費系で、リーチが自在、か……うん。俺好みの武器だな」


 一つ思い付いたのだが、カウトリアが発動した状態で別の聖遺物を使うとどうなるんだろう。……控えめに言って最強なんじゃなかろうか。


『思考加速! そしてこの聖剣○○○○で敵を討つ!』

『うおおお! すごく強いぃぃぃ! グハァッ!』


 なんてな。


 だが聖遺物を同時に二つ行使することは不可能だ。まともに使えないらしい。


 右手で二本の剣を持つ、という表現が近い気がする。


 俺はもちろん試した事はないが、テキストによると聖遺物同士が反発し合ったり、完全に沈黙したり、中には拒絶反応まで示す聖遺物もあるらしい。


 ただ想像するのは自由だ。


『カウトリアを使いつつ、別の聖遺物が使えたら』


 どうなると思う?


「絶対嫉妬で発狂されるわ。試す気すら起こらん……」


「――――?」


「何でもない。ところでもう一つ聞きたいことが出来たんだが、聖弓とか魔剣とかの、聖と魔の違いって何だ?」


「――――ふむ。改めて問われると難しいな……見て、感じるとしか言いようが無いな。例えば私のネイトアラスだが」


 ザークレーは懐から綺麗な翠色をしたマン・ゴーシュを取り出す。そして愛でるようにそっと撫でて、ふむ、と呟いた。


「――――聖剣ネイトアラス。どうだ? お前はこれが魔剣に見えるか?」


「見えねぇ。聖剣、って言葉がピッタリだと思う」


「――――そういうことだ。聖剣は聖剣で、魔剣は魔剣なのだ」


「うーん……」


「――――そんなに気になることか?」


 気になる。が、それをザークレーに言うのはちょっとまだ早い。俺の中でも仮説の仮説ぐらいでしかないのだ。


 認識齟齬。


 自己認識で、ラベルに書かれた文字は変わったのだ。


 ならば聖剣が魔剣に転ずることもあり得るのだろうか。


 転じた所で別に意味はないのだろうけど。


「まぁ、聖も魔も、どっちも人の領域じゃない、って事だよな」


「――――そうだな」


 どうせ俺達は学者じゃない。研究も、実験も、実証も今後出来ることはないのだ。




 狩りをして、畑を管理して、やがて作物の一部に芽が出て。


 日々の魔法の行使でフェトラスは基本的に疲れていた。たまに労いの気持ちも込めて「今日は満腹になってもいいぞパーティー」を開いたりしていたのだが、ある日唐突に気がついた。労いだけでは解消しないモノもあるのだと。


「はー。今日も疲れたー。木を滑らかに加工するのって、神経使う~」


「……あ!? …………フェトラス、お前大丈夫か?」


「大丈夫って、何が?」


 ほ? と極普通に反応したフェトラスだったが、俺は焦っていた。


 気づくのが遅すぎたと、猛烈に焦っていた。


「いや、ほら……島でタイルとかノコギリとか造ってもらってた時はさ、ストレス発散の魔法とかガンガン使ってたじゃないか。あのヤバイ魔法」


「あ~」


「すまん。お前があんまりにも普通にしてるから忘れてた。本当にすまん。でも、大丈夫か?」


 フェトラスはポリポリと頬をかいて苦笑いを浮かべた。


「……我慢しろって言われてるし」


「緊急事態だぁぁぁぁぁ!」


 俺は絶叫し、少し離れた部屋で休んでいるザークレーをたたき起こしに行った。


「ざーくれぇぇぇ!」

「――――何事だ!」 


「フェトラスがヤバいー!」

「なんだと!?」


 寝間着のような格好だったザークレーはネイトアラスと騎士剣を携えて部屋から飛び出してきて、壮絶に焦った様子で「フェトラスは無事か!」と叫んだ。


「いや敵とかそういうのじゃなくて、うちの娘のストレスがヤバい」

「なんだそれは!?」



 実は細かい魔法を連発させると、うちの娘は大魔法を使ってスッキリするクセがかつてあったのです。かくかくしかじか。


 そんな話しを聞いたザークレーは胃の部分に手を当てながら尋ねてきた。



「――――それで、今フェトラスは?」


「寝室にいるけど」


「――――よし、行くぞ」


 有無を言わさず、騎士剣をそっと置いてネイトアラスを持ち直したザークレーはキビキビとした動作で俺達の寝室を目指した。


 今更だが、ザークレーの寝間着姿。身長が高く、髪も長い男。最初は体格の割に細身だな、とか思っていたのだが、意外なほどに筋肉質だった。普段は白いローブで隠されているのだが、露出した肌の部分を見る限り、筋肉が肥大化するタイプではなく、引き締まるタイプらしかった。


(普通の剣で俺と戦ったら、どっちが強いんだろうな……)


 まぁ戦うことはないのだが。無いと願いたいのだが。まぁ無いだろうな。



「あ。お帰りお父さん。急にどうしたの?」


「いや、お前に我慢を強いていたという事実と、それに気づかなかった自分を恥じてだな」


「――――フェトラス。具合はどうだ? 何か困ったことはないか?」


「べつに無いよ?」


「――――ロイルから、お前は細かい魔法を連続して使用すると、破壊衝動が強まると聞いたのだが」


「はかいしょうどう?」


 フェトラスはケラケラと笑ってみせた。


「そこまで大げさなものじゃないよ」


「――――だが」


 色々と言いよどんだザークレーの代わりに、俺はフェトラスに頭を下げた。


「俺は魔法について詳しくないんだが、本当に大丈夫か? 気づくのが遅くなって本当にゴメンな」


「お父さん謝りすぎ。大丈夫だよ。わたしもあの頃よりは少し成長してるんだから」


 えっへん、と胸をはるフェトラスだったが、マジで大丈夫なんだろうか。


「ずっと静かな場所にいると、大きな声を出したくなる時ってない? そんな感じだよ」


「えらく日常的な例えで助かるが……」


「他に例えるとしたら……スープを飲む時に、すごく小さなスプーンしか使えない、みたいな。あんまりチビチビやってたら、器を持ってガッと一気に飲みたくなるよね」


「分かりすすぎて逆に不安なんだが?」


 そんな風に再三の心配を表明すると、フェトラスは少し黙った。


「強い魔法でのストレス発散――――やっていいなら、やってみたいかな? ……というか、なんかあんまりにもそう言われ続けると、やりたくなってきちゃうよ」


「――――ロイル。お前はしばらく黙った方がいいのでは? いや、もう手遅れか」


 ザークレーは再び胃を押さえる。どうやら順調にダメージが蓄積されているらしい。


「――――それで、実際どうなのだ。強力な魔法を使いたいという衝動は」


「うーーーん…………そうだなぁ…………」


 フェトラスはベッドにころんと寝転んで、うなった。


「――――もし衝動が抑えられそうにないのなら、ネイトアラスを使ってみるか?」


「え? どういうこと?」


「――――これは魔王を眠らせる聖遺物だ。安眠を約束するぞ」


「割と普通にとんでもないこと言うよな。聖遺物で魔王を安眠に誘うとか」


「――――ロイル。私はこれでも焦っているのだよ。お前の不用意な……まぁ、心配する心から生じたものとはいえ……とにかくお前のせいでフェトラスの意識がそちら・・・に向いてしまった。これは正しく緊急事態だろう」


「確かに。対処の時間があることが唯一の救いだな……」


「うーーん…………」


 フェトラスはコロコロと転がりながら、やがて「あ」と口にした。


「安全な魔法なら使ってもいい?」


「安全とは? この前やった、あの蒼い世界を創るみたいな感じか?」


「そうそう。そんな感じ」


「――――危険性は無いのか?」


「大声で叫ぶのと、大きな声で歌うのは違うよね」


 ほう、と俺は感心した。

 中々に上手い表現だ。


「なるほどな。歌う方ならやってもいいと思うぞ」


「――――また安易な判断を……」


 ザークレーは強い動作で自分の胸をさすった。


 その瞳には、諦観がいっぱい詰まっていた。


「――――もし危険だと判断したら、私とネイトアラスは動くぞ」


「それでも許可する辺り、お前もだいぶ慣れてきたよな」


「――――共に一ヶ月ほど暮らしたのだ。それぐらいはな」


 胃痛は順調に進行してるようだが、ザークレーは苦笑いを浮かべてみせた。


 それを聞いたフェトラスはパッとベッドの上で立ち上がって飛び跳ねた。


「わぁい! じゃあ、ドカーンとやってみるね!」


「ドカーンは止めろ、ドカーンは」


「えへへ……では早速ぅ! あれ美味しかったんだよなぁ……また食べたいなぁ……【スパイスの効いた唐揚げ】!」


 なんだそりゃぁ。


 そう思う間もなく、俺達の寝室は完全な闇に閉ざされた。





 音が聞こえる。


 それは遠くの方から聞こえる喧噪。


 楽しげで、賑やかだ。そして俺はこの喧噪を知っている。  


『おうロイル! お前も戻ったか!』


『隊長、また速攻で酔っ払ってんですか? いくら勝ったとはいえ、まだまだ戦闘は続いてるんですよ?』


『ロイルゥ、貴様は、さてはアホだな。お前は夢の中でも戦うつもりか?』


『ゆ、夢の中?』


『寝る時は寝る! 戦う時は戦う! 飲む時は酔う! 人間の身体は一個しかないんだぞ! 酒を飲む時は酔う時なんだよ!』


『やべぇ。支離滅裂感が漂いながらも、分からなくも無いと納得しちまう……』


『ガハハハハ! そもそも、隊長とはなんだ隊長とは。貴様、こんな酔っ払い相手にかしこまってどーすんだ! ベースに帰った時ぐらいは堅苦しいの止めろ!』


『いや規律って大事じゃないですか』


『そんなもんは、いじめられっ子が必死こいて作った紙の盾だ! 舐められたくなけりゃ規律じゃなくて実力で示せ! かー! あの作戦本部長殴りてぇぇぇ! 紙の盾強ぇー!』


『はいはい……本気で酔っ払っちゃって……突発で戦闘が始まっても知りませんからね』


『敬語止めろぉ! 確かに俺は相当に年上かもしれんが、うっとうしいわ! なぁ戦友!』


『はぁ…………やれやれ。分かったよ、トールザリア』


 俺は、かつての俺の視点で、俺の過去を見ていた。


 そうだ。これは過去だ。隊長は、戦友は、トールザリアはもうとっくに死んでいる。


 これは、俺の楽しかった思い出の一つだ。


 ロクデナシしか育たない環境で育った俺が、いつの間にか知った「楽しい」という気持ちを持てあましていた頃の――――。




「ッ、と」


 身体がビクンと痙攣して、俺の視点は寝室に戻った。闇は完全に取り払われており、ランプの明かりが部屋を温かく照らしている。


「……今のは」

「――――今のは?」 


 ほぼ同タイミングで同じ感想が漏れる。


 フェトラスを見ると、穏やかな表情でニコニコしていた。


「……今の魔法はなんだ?」


「えー? なんか、楽しかった時のことを再現する魔法? ってことになるのかな」


「鳥の唐揚げで?」


「あれ美味しかったんだぁ。シリックさんのお家で食べたやつ。油をたくさん使うから高価な料理らしいけど、本当に素敵な料理で……」


 じゅるり、とそんな音が口からこぼれそうな様子でフェトラスは笑った。


「お父さんは何が見えた?」


 それは、楽しかった思い出。

 そして同時に、切ない記憶。


「久々に、友達と会えたよ」


「そっか。あー。わたしもシリックさんに会いたいな~。まだ戻ってこないのかな~。ところでザークレーさんは? 何が見えた?」


「――――きみと、初めて料理を食べた日の事を。あのハーブの効いたライスを食べた時の光景を見たよ」


 そう呟いたザークレーは呆然としていた。


「――――そうか。楽しかった時の再現、か。私はあの時……楽しかったのだな……」


 しみじみと、感慨深げにそう言った彼はじっとフェトラスを見つめた。


「うん?」


「――――いつかセストラーデに戻ったら、一緒に食べてくれるか?」


「あのお米の? もちろん!」


 快諾したフェトラス。


 そして、何かを言いかけて、そのまま言葉を秘めたザークレー。


 いつか感じたゾワゾワを俺は再び覚えて、少しだけ震えた。



「と、とにかくだ。多少はスッキリしたか?」


「うん! でも代わりに唐揚げ食べたくなった! あのね、あのね! 脂の乗った鳥が貴重なことも、たくさんの油を使うことが贅沢だってことも分かってるの! 分かってるけど、食べたい! 唐揚げ食べたい! からあげー!」


「分かった、分かった。畑の作物が売れたら、何とか用意してみるよ。俺が作るからシリックの家のものより劣るかもしれないが……そこは勘弁な?」


「うん! その頃にはシリックさん戻ってくるかなぁ?」


「そういえばいい加減、連絡の一つあってもおかしくないんじゃないか?」


 そろそろ魔王とは決着が付いた頃だろう、という話しをしてからもう一週間は経っている。俺がザークレーに向き直ると、彼は小首を傾げた。


「――――そうだな。もしかしたら討伐に難航しているのかもしれないが、連絡はそう遠くない内に入ると思う。私も今一度確認してみるとしよう。もしかしたら伝達の不備があるのかもしれないしな。明日にでも役場の方へ顔を出してみるさ」



 慌ただしい生活はまだまだ続く。一生続く。


 シリックがいたら、この生活はどう変化するのだろうか?


 にぎやかになるのか? 穏やかになるのか? きっと両方なんだろう。きっと楽しいのだろう。


 お母さんとか嫁とかはさておき、俺はシリックの無事を祈りつつその晩は眠ったのであった。




 そんな翌日に知った、シリックの動向は――――想像を絶するものだった。






 

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