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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-32 新天地 カフィオ村



 シリックと別れて二週間が経った。


 彼女は今何をしているのだろうか。無事にザファラに着いただろうか。魔王討伐軍に従軍しつつ、場合によっては魔王と戦っているだろうか? そんな心配は当然あったのだが、得られる情報は皆無。なので自然と俺達は、新たに訪れた村での新生活に飲み込まれていった。



 ザークレーによって勧められた、俺達の定住地。


 アガタリヤ大陸。

 湖の街セストラーデから離れた所にある村。名をカフィオ。


 広大な地域だが、人口百人程度。村というよりは開拓地に近い場所だった。


 このカフィオ村の基本構造は「農村」。土壌は豊かで、高品質なものが育つらしい。しかし売り値こそ高いが収穫量が少なく、更には開墾にかなりの苦労が伴うというデメリットがあった。硬く、岩が多い土地。起伏も激しくて領土内のほとんどは山である。しかも人間領域の端なので、モンスターが強かったり、対処が面倒だったりする。


 この地域に住まうモンスターはそこそこに強い。しかし辺り一帯に君臨するボスモンスターの種族は、大型ではあるが自己のテリトリーからはあまり出ようとはしないタイプのモノだった。なので人間はそのテリトリーからある程度の安全距離を取りつつ、畑を荒らす動物やモンスターと戦い日々を生きていた。お互いが決して致命的に立ち入らないように、立ち入らせないように。


 要するに、生き抜くだけなら何とかなるが、豊かな生活を続けるにはリスクと困難を伴う。そしてその先に、高品質の作物が安定して得られるようになれば金持ちになれる、という夢がある。このカフィオという村はそういうタイプの村だった。


 俺達は王国騎士にして英雄であるザークレーの口利きで、村の端っこの方の土地を開墾することになった。以前は管理していた人間がいたのだが、今じゃ誰も手を付けていない場所らしい。


「この家は好きに使ってもエエよ」


 そう言われて案内されたのは、そこそこに大きいが見事なボロ家。まさしく廃屋。つまるところ、誰も利用していない農耕地の残骸だった。勢いで設備を作ったはいいもの、立地条件から難易度と危険度が高かったらしく、人間に見捨てられた一角だ。


 ボロいし、周囲に人はないし、モンスターはそこそこに強い。


 人間領域の端っこの、更に端っこ。人が住むには不適切な地。


 だがそんな環境にも関わらず(もしかしたらただ現状を理解していないだけかもしれないが)フェトラスはボロボロの新居を前にして目を輝かせた。



「ふあああ……おっきなお家…………」


 フェトラスの感嘆。それに対して俺は正直な感想を口にしてしまう。


「……まぁ大きくはあるが、立派と呼ぶにはほど遠いな」


 木造の二階建て。俺が作った家の五倍はあるが、部屋数は少ない。広いだけだ。しかもどちらかと言えば家屋本体よりも、農具や収穫物を収める倉の方が立派だった。


 俺達の呟きを拾ったザークレーが苦笑いを浮かべる。


「――――私としては、かなり好条件だと思うのだがな。人里から離れ、しかし生活環境は最低限整っていて、新規に入植するには不自然ではないシチュエーションだ。これ以上を望むのならば、相応に対価やデメリットが生じるぞ」


 その声には「贅沢言うな」という戒めが含まれていた。しかし俺は別に本気で文句を言っているわけではない。片手を振って「住めば都とは言うが、住むだけで都になるわけじゃないしな。まぁ努力するさ。野宿に比べりゃ百倍マシだと思うことにするよ」と朗らかに笑った。


「ここがわたし達の新しいお家なの?」


「そうだ。俺達はここで生活する事になる」


 住居は廃屋。

 配分された畑は未開墾。

 モンスターや野生動物への柵や罠は未設置。

 そして何より、農家という経験が全くない大黒柱おれ


 前途は多難である。だが多難ばかりに目をつけていては前に進めない。真に見るべきは可能性と、追いかけるべき理想像だ。俺はフェトラスに明るく笑ってみせて「頑張り甲斐があるな」と強がりを口にした。


「――――別にここを『永住の地にせよ』などとは言っていない。ここで農業の基本を押さえたり、地域に根ざした人間的社会活動を学んだり、ご近所づきあい……というか、人間との接し方を覚えるための第一歩がここだ」


「第一歩、か。……フェトラスがしっかり成長したら、都会に住むことも可能だと思うか?」


「――――さてな。なにせ前例のないことだ。魔王が人間社会で、人のように振る舞いながら生きることは可能かどうか、だなんて。こんな議題で討論した学者はいないだろう」


「ごもっともで。まぁ魔王云々はさておき、俺はフェトラスが幸せに暮らせる方法を模索するだけさ」


 そう答えつつ、俺はやれやれとため息をついた。


「わたしはここ気に入ったけど……」


「そうかぁ? ユシラ領とかセストラーデで見た家に比べたら、かなり切ない状況だぞ。見ろよあの壁。蹴りの一発で穴が空きそうにボロい」


 そんなぼやきを漏らすと、フェトラスはパチパチとまばたきをした。


「何かと比べてもしょうがないんじゃないの? よそはよそ、ここはここ。そして何より、わたし達はわたし達だよ。だから大丈夫」


 そう言って、穏やかに目を閉じて微笑むフェトラス。わたし達だから、大丈夫。そんな彼女の自信と、全幅の信頼が嬉しくて、けれども程よいプレッシャーで、俺のやる気はひっそりと燃え上がった。


「そうだな。まぁ……まずは畑を作って作物を育てる。んで余裕が出来たらゆくゆくはこの家を改築するとするかね」


「お家づくり! なんか久々だね! わたしもまた何か作ろうか?」


「うーん……ここまでボロいと、いっそ全部作り直したくなるわな。でも、いきなりボロ屋が立派になると他の村人に怪しまれそうだ」


「そうなの?」


「家を改築するっていうのは、まず人手がいるからな。あとは材料と時間って所か。フェトラスの魔法があれば全部省略出来そうな気もするが、他人への説明が難しすぎる」


「――――フェトラスを魔女として扱えば、魔法に対しての不自然さは緩和出来ると思うのだが」


「ザークレーらしからぬ、単調な考え方だな。注目を浴びるのは避けたい。この家を短期間で改築出来る魔女なんていたら、ウチもウチもと都合良く利用されちまいそうだし、モンスターの襲撃の際に戦力として数えられるのも怖い。お前達にとってもフェトラスが・・・・・・戦う・・ことは避けたいだろ?」


「――――それもそうか」


「まぁ急がば回れとも言うしな。ゆっくりやってくさ。……内装ぐらいはさっさと整えるつもりでいるが」


 外見はボロくても、寝床が綺麗なら問題無い。人目がつかない部分の修繕はフェトラスにもガッツリ手伝ってもらうとしよう。


 あとは畑だな。荒れ地しかないので、開墾? みたいな事をしないといけないだろう。それとこの土地で育てやすい作物の種とかを仕入れないといけない。育て方も勉強しなければ。というかフェトラスの今夜の食事はどうしよう。


 やりたいこと、しなければならないことが山盛りだ。俺は新生活への不安と同時に、真っ白いキャンバスに絵を描くようなワクワク感を覚えた。


 とりあず、最初に俺がすべきことは、絵を描く前に絵の具を揃えることだということは理解している。。


「というわけでザークレー。お前は監視役かもしれんが、俺達と一緒にいる以上は眺めるだけ、なんてぬるま湯には浸からせんぞ。相当にコキ使うつもりだからよろしくな」


「――――やれやれ。言っておくが肉体労働は苦手だぞ」


 そう言いながら、ザークレーはしっかりと手伝ってくれる意思を示したのであった。




 カフィオ村。


 人口は百人程度。住民の年齢層は割と高め。


 畑と住居が離れている場合が多く、モンスターの襲来率が高い所には「戦える人材」が揃っている。逆に安全とされる地域には年寄りや女性が住み、農作物の加工や、行商人への販売などを行っている。役割分担が綺麗に出来ていると言えるだろう。


 自給自足が成り立っているが、家畜などを扱っている人間は少ない。放牧には適していない地域だから仕方が無いだろう。牛肉のステーキは当分食べられないというわけだ。


「じ、じゃあここではお野菜しか食べられないの……?」


「――――野生動物を狩ることを生業なりわいにしている者もいる。食生活だけ見るならここは豊かと言えるだろう」


「でも、飯屋とかは無いんだよな?」


「――――必要が無いからな。なにせ行商人が利用する宿屋すら無い有様だ。彼らは自前でテントを設置したり、馬車で夜を過ごす」


「ド田舎という称号に相応しい土地だこと」


「――――だから私は、ここを選んだのだ」


 そう言ったザークレーの顔は、至極真面目なものだった。本気でフェトラスが「より良く暮らせる場所」を考えてくれたのだろう。


 ここは人間領域ではあるが、身近に人はいない。


 それはそれでメリットであるのだが、フェトラスの第三の枷……とまではいかなくても、友人を作ることはかなり後の事になりそうだ。


「ともあれ、早速とりかかるとするか。まずは掃除だ。寝床を整える。次に晩飯の準備だな」


「ごはん! 今日は何を食べるの?」


「村の方に行って、買い物だな。そこで考えよう」


「お金大丈夫?」


「あるにはあるが……開墾の初期費用、と考えると絶望的に足りねぇな。つーか俺達には備蓄食料も、金を得る方法だって無い。野菜とかを育てても、それが売れるようになるのは相当先だからな」


「じゃあ、いつもみたいに狩りをしたり、野草を採ったりする?」


「そうせざるを得ないな」


 と、答えつつ俺はちらりとザークレーを見た。


「――――なんだ」


「いや、お前はどうするのかな、と」


「――――ふむ。私は王国騎士だしな。この村に異変や、問題が無いかを見て回るつもりだ。野党の有無や、モンスターからの被害などは一応聞き込み済みだが、自分の目でも確かめておきたい」


「あー、いや。そういう事じゃ無くて」


「?」


「お前、どこで寝泊まりするつもりだ?」


 この村に宿屋はないらしい。なので、俺はポロッと「しばらくは俺達と一緒に住むか?」とザークレーに尋ねた。


「――――」


「まぁお前のことだ、とっくに寝床なんて確保済みかもしれないが」


「――――」


「……? おーい、ザークレー?」


「――――あ、いや、すまん。少しボーっとしていた」


 ザークレーは口元を手で隠しつつ、咳払いを一つした。


「――――そうだな。この村に王国騎士の支部は無いが、保安官はいる。事情を話してそちらに滞在するつもりではあったが……可能ならばこの家に間借りさせてほしい。その方が監視もしやすいからな」


「そっか。まぁ部屋数はあるし、どっか適当なトコを使うといいさ」


「――――だが、いいのか?」


「いいって、何が?」


 俺が聞き返すと、ザークレーはちらりとフェトラスに視線を送った。


「――――私のような部外者がいては、フェトラスにとってストレスなのでは?」


「監視役の発言とは思えないんだが」


「――――四六時中張り付くのも現実的ではあるまい。私が監視するのはお前達が人間領域内できちんと生活を送ることが出来るか、という点であって、銀眼の魔王の暴走の有無を監視するわけではない。というか、銀眼の魔王案件として対処するのならば、私はとっくに逃げ出して戦力をかき集めるのに奔走ほんそうしている」


「お。嬉しいこと言ってくれるね。ウチの娘が暴走する心配はあんまりしてないわけだ」


「――――全くしていない、というわけでもないが……その……」


 妙に歯切れが悪いな。


「何だ? 何か気になる点でもあるのか?」


 軽い気持ちでそう尋ねると、ザークレーは凄まじく表情を硬くさせた。


「――――――――私は、完敗した身とはいえ聖遺物を有した英雄だぞ? 寝込みを襲われるのでは、とは思わないのか?」


「あー」

「あー」


 俺とフェトラスは気の抜けた返事をする。


「そう言われるとそうなんだが、なんつーか……悪いけど、ザークレーのネイトアラスじゃフェトラスをどうこう出来るとは思ってないんだよな……」


「――――それは傲慢な慢心か?」


「プライドを傷つけたんなら謝るよ。でも、そもそも今のフェトラスに対してネイトアラスが起動出来るのか?」


 翠奏剣ネイトアラス。


 魔王を弱体化させる聖遺物。しかし最初に寝込みを襲われた時はさておき、明け方にザークレーがシリックと交戦してた際は、ネイトアラスを発動させる事が彼には出来なかった。


 翠奏剣ネイトアラス。魔王がいなければ、ただのマン・ゴーシュでしかない。


 そんな聖遺物は、なぜ発動出来なかったか。これは恐らく、今のフェトラスが俺のまおうでしかなく、殺戮の精霊という意識が薄いせいだ。どんな仕組みかは知らんが、今までの経験やドグマイアとの会話のおかげで、なんとなく『認識齟齬』という所に答えがあるような気がする。要するにラベルに書かれた文字のせいだ。


 見れば分かるという、ヴァベル語使いの特権。


 裏を返せば、見たままの事しか分からない。


 俺の「起動出来るのか?」という問いかけを受けて、ザークレーは懐から翠奏剣ネイトアラスを取りだした。


「――――今、ここで試してもいいか?」


「いいよ」


 俺が何か言うよりも先にフェトラスが答えた。別に異論は無いので、アゴを突き出して許可を示す。


 ザークレーはじっとフェトラスを見つめた後、翠奏剣ネイトアラスを左右に振った。


 リーン……。


 一度だけ、綺麗な音が響く。


「――――ダメだな。発動しない」


「予想通りというか何というか。理由は不明だが、とりあえずネイトアラスはフェトラスの事を敵だと思ってはいないらしい。なら、それが答えでいいんじゃないか?」


 ザークレーはため息をこぼしつつ「そうだな」と短く答えたのであった。




 というわけで、ある程度の方針が決まる。


 ザークレーは俺達と同居。時間があれば村のパトロールと更なる聞き込み調査。


 フェトラスは、まぁなんか適当に楽しく過ごしてりゃいい。


 俺は。


①片付けと内装を整える。

②農具や生活器具の手入れと修繕。

③畑を開墾する。

④野菜の種を仕入れる。

⑤フェトラスの晩飯を作る。

⑥野菜が育つまでの時間、日銭を稼ぐ副業を探す。

⑦農家のイロハを勉強する。

⑧上記のミッションを遂行するために、とりあえず色々買い物。



「やること多すぎだろ!!」


 うっへー。大変だ……。



 しかし、面倒だ、とは全く思えない。


 これから始まる新生活。苦労は織り込み済みだ。


 ならば後は、どうやって楽しむかが俺の最大のミッションとなる。


 一つ一つ片付けながら、ゆっくりと俺達は生きていこう。



「フェトラス」


「なーにお父さん?」


「とりあえず、お前にも努力を求める。一緒に頑張っていこうな」


「もちろん! それで、わたしは何をすればいいの?」


 俺はニッコリと笑って、ミッション①と②と③と⑥をクリアするために彼女へと指令を下した。




「とりあえず、魔法で建築素材を作ったり、農具を作ったりしてくれ。それを売る」


「…………あの家づくりの時みたいな感じ?」


「そうだ。チマチマチマチマチマ、細かい魔法を延々と使ってもらうことになる」


「Oh……」


「更に言うなら、ストレス発散の大魔法も禁止だ。ザークレーの胃が蒸発しちまうからな」


 俺のセリフを聞いたザークレーが狼狽うろたえる。


「――――胃が蒸発!?」


「おう。一緒に住むことになるし、お前には色々と覚悟を決めた上で諦めてもらう。先に言っておくが、お前の常識とか倫理観とか王国騎士としての矜持とかはここで死ぬ」


「――――脳が反射的に機能を鈍化させたらしい。理解出来なかったから、今のセリフをもう一回言ってくれ」


「一緒に住むから、遠慮は無しだ。覚悟しろ。お前の胃は穴だらけになる」


 端的にそう言うと、ザークレーはため息をついて、うなだれて、切ないオーラーを纏いながらもこう答えた。


「――――やむを得んか…………」」



 そんな言葉を聞いた俺は「こいつ、第三の枷・・・・になんねぇかなぁ」などと都合の良い妄想をしたのだった。








 未来において、その妄想が叶うことは、無かったけれど。







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