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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
122/286

3-31 空気だったシリックさん



 シリックの表情は硬かった。


 決意した者の顔である。


 彼女は「――――では、護衛役に志願する者は?」というザークレーの問いかけを制し、こう言ったのである。


「護衛役はザークレーさんにお任せしたいです。ザファラへは、私が向かいます」


 俺は最初シリックが何を言っているのか理解出来なかった。


「どういう……つもりだ?」


「適材適所、ですよロイルさん」


 シリックは表情を変えず淡々と答えた。


「先日のセストラーデの件で、私は実感しました。私は……あまりにも弱い。何の役にも立たなかった」


「そんな事は……」


 ない。無いのだが、それを告げてもシリックは納得しないだろう。彼女の在り方は俺にとってとても安心出来る要素だったし、その姿勢に何度助けられたか分からない。


 だがシリックの主観で言うのならば、ああ、確かに彼女は何も出来なかった・・・・・・・・。これは彼女にとって屈辱的なことであろうが、正直に言うと戦力的には何の期待もしていなかった。


「……ザファラに行ってどうするつもりだ?」


「ザークレーさんの代わりに勤めを果たします。魔王討伐……私は適材ではありませんが、この魔槍ミトナスにとっては適所。そして本懐ですよ」


「なるほど。ただの英雄願望、ってわけじゃなさそうだな」


 俺はガシガシと頭をかいた。


「ええ。魔王となんて戦いたくはありません。正直に言います。怖いです。まぁどう足掻いても魔槍ミトナスを使う以上、私の恐怖は魔王と対峙することではなく『全てが終わった後に生き残れるかどうか』という程度のものでしかないのですが」


「それはそれで十分な恐怖だと思うんだがな……」


 俺がそう呟くと、オロオロとしていたフェトラスが声を上げた。


「ど、どうしてシリックさんが魔王と戦うの? あぶないよ」


「……そうですね。危ないし、怖いです。でもイヤなんですよ。フェトラスちゃんに護られるだけの自分、という事実に私は耐えられそうにない。だから一旦ここでお別れです」


 凜とした言葉だった。


 恥知らずになりたくない、という呪いから発せられた言葉ではなく、確固たる未来像がある言葉だった。


「わたしに、護られる?」


「ええ。ティリファさんやドグマイアさんと交戦した際……フェトラスちゃんはこう言ったんですよ」



『お父さんだけじゃない。シリックさんが傷つけられそうになったら、きっとわたしは戦うよ。相手が誰であろうとも、決して許さない』


『シリックさんを護るために戦って、その結果シリックさんと戦う事になる、っていうのは全然意味が分からないよ』



 フェトラスの言葉を再現したシリックは、弱々しく笑った。


「とても嬉しくて、そして痛みを伴う言葉でした。私はいつから、フェトラスちゃんに護られるような弱い人間になったのでしょう?」


「ちっ、違うよ! そういう意味じゃないよ!」


「……大丈夫。分かっていますよ」


 今度こそシリックは柔らかな微笑みを見せた。


「フェトラスちゃんが私を護りたいと言ったのは、私の事を大切に想ってくれているから。私が弱いとか頼りないとか、そういう話しじゃない。……そうよね?」


「そうだよ! だから、別に、強いとか弱いとか関係なくて……」


「おいで」


 シリックは両手を広げた。それに呼応するように、フェトラスがその胸に飛び込む。


「ありがとうね。フェトラスちゃんの気持ちはとっても嬉しい。本当よ」


「だったら、どうしてわたし達とお別れするなんて言うの……?」


「それはね、私とフェトラスちゃんが同じ気持ちだから」


 彼女はいつくしみが籠もった様子でフェトラスの背中をなでた。


「私もフェトラスちゃんを護りたい。でも、今の私じゃ力不足なの」


「そんなことないよ!」


「そんなことあるのよ。事実、私はセストラーデでは何の役にも立てなかった」


「役に立つとか立たないとか、どうでもいいよ! わたしはシリックさんと一緒にいたい!」


 その言葉を耳にしたシリックは、しっかりとフェトラスの両肩を押さえて自分の身体から彼女を引き剥がした。


「役に立たなければ、ダメなのよ」


「なんっ……で……」


「これは前提なのよ。いいかしら。よく思い出してみて。ユシラ領から離れた私は、一体どんな名目で貴方達に付いてきたのかしら?」


「それは……」


「護衛役よ」


「…………」


「その護衛役が、逆に護られるっていうのは、変な話しよね」


「………………」


「これから先、何が起きるかは分からない。また魔王と出くわしてしまうかもしれない。英雄と戦うかもしれない。魔族に狙われるかもしれない。でも、私が持っている武器は魔槍ミトナスだけ。――――そしてコレは、魔王を殺すための聖遺物」


「……………………」


「ドグマイアさんが言っていたわよね。銀眼の魔王フェトラスへの抑止力として、魔槍ミトナスを用いると」


「…………………………」


「イヤだわ。それじゃまるで、フェトラスちゃんがいつか敵になるみたいな言い方じゃない。私の敵はあなたの敵・・・・・・だけで十分よ。それに――――ミトナスも、役目を果たせないのは辛いだろうし」


 魔槍ミトナス。


 魔王を追跡し、それ必ず討ち滅ぼす代償系聖遺物。


 確かに抑止力として腐るのは彼の本意ではないだろう。


「だからザファラに行って魔王を倒して、その有用性を証明して、もっとミトナスを使いこなせる人の元へ……正しい場所へ行かせてあげるの。そして私はミトナスの代わりに別の聖遺物を手に入れてみせる」


「……でも!」


「そうね。危ないし、交換してくれる人がいるかどうかも分からない。そもそもザファラの魔王討伐に私が役に立つかどうかも分からない。――――でも、私はそうせずにはいられない。フェトラスちゃんを護るために」


 再びフェトラスを抱きしめたシリックは、そのままザークレーに問いかけた。


「魔槍ミトナスの有用性を示し、他の聖遺物と交換してくる。私が提案したコレは、現実味がないことでしょうか?」


「――――いいや。非常に合理的な判断と言えるだろう。だが」


 ザークレーの言葉を俺は継いだ。


「それは、最高の結果が出せたら、という願望にすぎない。もう少し悲観的に考えようぜ。いいか、ザファラの魔王ってのはどんなヤツだと思う? 英雄が集結して・・・・・・・倒そうとしている、めちゃくちゃに強い魔王だ。恐らく魔王テレザムの三倍は強いぞ」


「……そう、ですね」


「危険すぎる。だから俺は反対だ」

「わたしも!!」


 シリックは苦笑いを浮かべた。


だから・・・行かなくちゃいけないんですよ」


「……どういうことだ?」


「自分の限界というか、どこで線引きをするかって事です。私は護衛役なのに、私がフェトラスちゃんを護れるのは敵が『魔王テレザム以下の魔王』である場合だけ。危険だから止めておけ? と言うことは、次の敵がテレザムよりも強かったら、私は再び役立たずであることを自覚する。そもそも魔王以外の敵だったら、ミトナスが使い物にならないのだからどうしようもない」


 確かに。否定出来る部分が無い。


「それに……戦ってくれたミトナスには申し訳ないのですが、忘れてはいけません。魔槍ミトナスは一度、魔王テレザムに敗北しているのですよ? 私の肉体がもっと《槍》に慣れていたら、きっと違う結末を迎えていたはずです。色々な意味で私は相応しくないんですよ」


「……………………まぁ、そうだな」


「相性の問題もあったんでしょうけどね。とにかく、そういうことですよ。魔槍ミトナスの居場所は、私の手の中ではない。彼には相応しい持ち主と、適した戦場があるはずです」


 おそらくずっとこれについて考えていたのだろう。理路整然としているように聞こえる。だがしかし、魔王を倒しに行く、か。自ら死地に飛び込むためには理由が必要で、その理由が儚い期待――上手く行けば、別の聖遺物が手に入るかもしれない――という程度のものでしかないのだから、やはりシリックの言っていることは狂気的と言わざるを得ない。


 だが。


「…………参ったな。そこまで口にしておいてなお、シリックが『恥知らずになりたくない』といういつものフレーズを使わない所が一番厄介だ。反論出来ねぇ」


「そうですね。私はフェトラスちゃんを護るためなら、恥知らずになっても構いません」


 俺は驚いた。


 あのシリックが、自らの信念を否定したのだ。


「何故だ? なぜ……そこまで言える?」


「フェトラスちゃんが好きだからですよ」


「聞こえが良すぎる」


 きっとそれは嘘ではないのだろう。


 だがそれは「嘘ではない」という事だけでしかない。魔王と戦うには理由や覚悟が足りなさすぎる。


 俺の娘を護るために、魔王と戦う。


「その境地に立てるのは、俺ぐらいだと思っていたんだが」


「はて。ですが他に理由もありませんし……」


 俺は無人大陸での孤独な生活から発狂寸前だった。カウトリアの能力もあるからなおさらだ。あそこでの永く、虚無的な時間は俺から人間性すら失う勢いだった。


 そこでフェトラスと出会い、仮初めの「生きる意味」を得て、やがてそれは俺の中で全ての行動起点になった。フェトラスを幸せにすることが、今の俺の全てだ。


 冷静に考えれば、これは依存の一種なのだろう。


 フェトラスは俺がいなければ世界を滅ぼすのかもしれないが、俺だってフェトラスがいなければ、どんな末路を辿っていたか分からない。


 極限状態の連続だった。濃密で、何度も死にそうな目にあった。


 その分だけ俺とフェトラスの絆は強くなったが、シリックは違う。彼女には家も家族も仲間もいて、人生の目標だってあった。フェトラス以外にも、大切なものがあったのだ。


 そんな俺とシリック。フェトラスを想う気持ちに優劣はないだろうが、大小はある。絶対的な自信を持って言えるが、俺の方がフェトラスを大事に想っている。


 だから俺は『シリックがフェトラスのために魔王と戦う』と聞いて信じてあげることが出来なかった。


 魔王とは、基本的に「戦ってはいけないモノ」なのだから。


「ウチの娘を大切に想ってくれることはとても嬉しい。だが、かといってそんな理由でお前を死地に送り出すことを俺は良しとしない」


「むぅ……分かってもらえませんか」


「当たり前だ。俺だって、もうお前を他人とは思っていない。わざわざ危ない目に遭わせたくはねぇよ」


「――――――――あ」


 ポン、とシリックは手を打った。


「…………ああ、そっか。そうなんだ」


「……なんだ?」


 先ほどとは違う、別の覚悟を決めた顔。


 それを見た俺は、何故かとてつもなく嫌な予感がした。


「ねぇフェトラスちゃん。お願いがあるんだけど」


「……なに?」


「一回だけでいいから、私のことを」




 お母さん・・・・、って呼んでみてくれない?




 俺はむせた。鼻水が飛び出した。言葉を失って、思考力も消し飛ばされた。



「シリック……おかあさん?」



 フェトラスは言われた通り、それを遂行した。



 シリックの身体がブルリと震えて、彼女は両手を自分の胸に当てた。やがて小刻みに震えだした彼女は涙を浮かべて、再び両手を広げた。


「ああ――――やっぱり、そうなんだ――――」


 そう呟きながら、シリックは歩み寄ってきたフェトラスを抱きしめた。


「うん。分かった。分かっちゃった。そうなのね。この気持ちの正体が、ようやく分かったわ」


「…………おかあさん」


「……フェトラスちゃん」


「まっ、待て待てまて待てーーい!」


 我に返った俺は、慌てて二人の間に割り込んだ。


「わぷ」

「う、ウチの娘に何言わせとんじゃ! やらん。絶対にやらんぞ! フェトラスは俺の娘だ!」


 胸元でフェトラスが何やらモゴモゴ言っているが無視。俺は何故か激情に包まれながらもシリックから離れた。それに追いすがるシリック。彼女はフェトラスごと俺を抱きしめて叫んだ。顔が近い。


「ロイルさん! フェトラスさんのお母さんになりたいので、私と結婚してください!」


「歴史上でも類を見ない理由でのプロポーズだな!?」


 だが、いつかの星空の下で聞いた冗談と、今回の宣言は本気度が段違いのようだった。至近距離で彼女はこう訴える。


「すいません、良き妻になる自信は全くないのですが、良き母になれるよう全身全霊で頑張りますので末永くよろしくお願いします!」


「断るわぁッ!」


「何故ですか! さっきロイルさんも『他人とは思ってない』って言ってくれたじゃないですか! つまり身内!」


「相変わらず行動力の化け物だなお前は! 少しは落ち着け!」


「ですが! たった今、私は理解したのです!」


「お前の悪い所は『コレだ!』と決めたことに対して躊躇いとか検証が全く無いところだ!」


 ええい! とシリックを振りほどき、俺はフェトラスの顔をのぞき込んだ。


「大変だぞフェトラス。シリックが錯乱した。言うことを聞くな」


「う、うん……? 分かった」


「ああっ、そんな」


 シリックが床に崩れ落ち「よよよ……」と嘆く。


 それを見たフェトラスが口を開く。



「っていうかそもそも……オカアサンって、なぁに?」



 ザークレーが「――――我々は一体何を見せられているんだ」と、難しい顔をして呟いた。





 狂乱の後、シリックは居住まいを正して「コホン」と咳払いをした。


「取り乱してしまい申し訳ありません」


「シリックさん、お顔が真っ赤」


 自分が何を口走ったか改めて理解したのだろう。フェトラスに指摘された彼女は更に顔を赤くしながら、再び咳払いをした。


「とにかくですね、私はザファラに向かいます」


「……ザークレー。こいつの暴走を止めてくれ」


「――――私としては、理想的な展開なのだが」


「ハァ!? お前それでも英雄かよ! 一般人に強大な魔王との戦いを勧めんな!」


「――――シリックが一般人? ははは。面白い冗談だ。ドグマイアの言葉を借りるなら、彼女もまさしく逸脱した魔王崇拝者ではないか」


「う、ぐ」


「――――魔王殺害特化という性能を有した強力な聖遺物を持ちながら、魔王であるフェトラスの親になりたがる者……一般人の要素は皆無だな」


「相談する相手を間違えたわチクショウめ」


「――――だが、シリックよ。本気なのか?」


「どっちも本気ですよ。護ることも、戦うことも。……さっきの実験で、私の中の優先順位は確定しました。私はフェトラスちゃんを護るために、相応しい聖遺物を欲する」


「――――ふむ。私としては、ザファラの魔王と対峙するのは避けるべきだとだけ言っておく。くだんの魔王は強大だ。今のシリックとミトナスでは勝てないと私は予想する」


 それは歴戦の英雄であるザークレーの言葉。シリックは反論を口にせず、粛々と彼の言葉の続きを待った。


「――――だが、討伐が済んだ後に交換を持ちかけるのは良い案だとは思う。王国騎士ならば、その魔槍ミトナスの価値を十分に理解するだろう」


「私がザファラに向かうこと自体は賛同していただけると?」


「――――むしろありがたい提案だ。シリックがセストラーデ支部からの派遣戦力として代行してくれるなら......つまり私がザファラを向かわなくて済むのなら、フェトラスの定住地探しを最初から手伝えるのだからな。私とてフェトラスがより良く生きるために尽力するのはやぶさかではない。ザファラの魔王は誰かが倒すであろうが、フェトラスに関われるのは現状で我々だけなのだから」


 話しがまとまりつつある。


 俺はもう否定する気力が残ってはいなかった。


「フェトラスはどう思う?」


「シリックさんが危ない目にあうのはイヤだし、ちょっとの間とはいえお別れするのは寂しいよ……でも、シリックさんはたぶんもう決めちゃってるみたいだから」


「決めちゃってる、ねぇ……」


 この行動力の化け物は、一体何をどの程度本気で決意したのだろうか。


 恐ろしい。


 だが彼女を止める術を俺は思い付かない。


「ううん……でもなぁ……」


「ロイルさん。お願いです。どうか私に、私の願いを叶えさせてください」


 それは真摯な懇願だった。


 恥知らずになりたくない。そんな呪いに似た気概と覚悟を持って生きてきた人間の、新たな願い。フェトラスを、俺の娘を護るという目的のために、シリックは本気で魔王と戦うつもりなのだ。


 あの、殺戮の精霊と。


 シリックは勢いで喋ったり決断することはあるのだが、今回はどうやら違うらしい。俺とてシリックの人間性は理解したつもりだ。今の彼女は勢いだけで行動していない。きちんと考えて、熟考して、悩んで、迷って、そして決めたのだ。


 フェトラスを護るために、『出来ない事に挑む』のだと。


 ――――ならば俺が言えることなぞ、一つしか無い。


 どうかお願いです? そうか。お前がそう決めたのなら、それ以外の道は無いのだろう。


「…………分かった。納得するまでやってみりゃいい」


 パッと、シリックの顔が輝いた。


 だが彼女はそれを押さえ、不敵に笑ってみせた。


「……ええ。私は一度決めたことは絶対にやり遂げるタイプなので」


「残念ながら知っとるわ」


「ですから、先ほど(結婚)の件もご検討よろしくお願いします」


「それは断る」


 何故? とシリックは首を傾げた。


 私に枷になってくれ、って言ったじゃないですか、と。


 改めて俺はシリックを見つめた。



 青みがかかった、少しだけ紫に近いような瞳の色。意志の強さがはっきりと表れていて、人と話す時は大体真っ直ぐ見つめてくる。


 髪は柔らかで黄色く、肩よりも長い。野営が続いた頃は少し荒れたりもしていたが、湯で清められたそれは艶々としていて美しい。


 顔立ちもかなり整っていて、俺の人生でもトップテンには余裕で入る美人さんでもある。


 体つきには彼女が行ってきたストイックな訓練がよく現れている。まさしく戦士系なのだが、初めて会ったときに拝見した裸体は出るとこ出てて見事なプロポーションでもあった。きっと近くでよく見れば細かな傷もあるのだろうが、そういう傷は総じて愛おしいものだ。


 性格は、直情的。


 進む時も、折れる時も、立ち直る時もスッパリしている。特に自分の弱さや未熟さを受け入れるようになってからは、精神的な伸びしろがかなり見受けられる。きっと彼女はいつか本当に憧れた自分、即ちシリック・ヴォールになるのだろう。 


 悪い点と言えば、思い込みが激しい所か。こうと決めたら自分の道を曲げたがらない頑固者である。それは言い換えれば『自分が掲げた目標以上の結果』を出せないタイプの人間ということでもある。しかし先述の通り、自らの未熟さを認めた彼女は段々と柔らかくなってきている。


 フェトラスにも相当好かれているし、はっきり言えば俺だってかなり好意的だ。


 だが、嫁。


 こいつが嫁かぁ……。


「な、なんですかジロジロと」


 改めて感じるが、声も綺麗だ。歌声を聞いてみたい。


 ――――悪くない。むしろ優良物件だ。俺には勿体ないとすら言えるであろう。


 だけどこいつは、俺の嫁じゃなくてフェトラスの母になりがっている。つまり別に俺と結婚する必要は無いのだ。いや対外的には「フェトラスの母=ロイルの嫁」という図式でないと意味不明の関係性になってしまうのだが。ご近所さんとか、シリックの親父さんとかに何て説明するんだよ。やべぇフォートに恨まれる。だめだ。頭が考える事を拒否しはじめた。


 お母さん、か。


 何故この人はフェトラスのことをそこまで想えたのだろう。


「理由を聞かせてくれよ。どうして、そこまでフェトラスのことを?」


「さっき理解したばかりですが、私はロイルさんが羨ましかったんですよ」


「……どの点が?」


「お二人が過ごしてきた時間や経験に比べると、私の想いなんてちっぽけなモノかもしれません。でも……私だって、フェトラスちゃんの事が好きです。そしてこの気持ちに制限をかけたくない・・・・・・・・・んです」


 瞬間、理解出来てしまった。


「この好きという気持ちは、きっともっと大きく、そして強く出来るはずなんです。だけど、ただの護衛役じゃ限界があります。……でも私は、その程度で終わりたくないんです。私だって、いつかはロイルさんみたいにフェトラスちゃんの側にいたい……ええと、なんて言ったらいいのかよく分かりませんが……」


 優劣のない気持ち。けれども大小はあって、彼女はそれを覆したいのだ。


 好きだから、側にいたい。


 そしてきっと、もっと好きになれるだろう。なりたいのだろう。


 だから今はロイルに比べると小さな想いだとしても、それを育てたいのだと。


〈シリック・ヴォール〉と同じだ。


 この人は、自分の目標と同じくらいの位置に「フェトラスのお母さんになりたい」という願いを抱いてくれたのだ。そう想ってくれたのだ。



 今は「好き」で、いつかは「愛したい」のだろう。


 不完全な言葉を完全に近づけるために、彼女はその行動力を示したのだ。



(そのためなら魔王と戦うことも辞さないって? 挙げ句にお母さん? どっちもブッ飛びすぎだ。段階を踏むという言葉がお前の中にはないのかよ)


 まったく、とんだバカヤロウだ。


 俺は小さく首を横にふった。


「フェトラスが初めて喋った言葉を教えてやろう」


「なんですか?」


「お父さん、だ」


 これは自慢ではない。


「あの頃の俺は、父親の自覚なんて無かったんだけどな」


「そうなんですか……」


「ああ。要するにお前の願いとやらは、俺達があーだこーだ言ってもどうにもならん。フェトラスがそう願った時、お前の願いが叶うだけさ」


 まだ「お母さん」を理解しなかった我が娘。そうさ。フェトラスがそれを認めない限り、この話しは先に進まない。そしてそのための努力を、俺は止めたりはしない。


「だから……とりあえず、生きて帰ることを最優先にしてくれ」


「!」


「なに、時間はある。焦らずじっくり、何なら失敗してもいいから必ず帰ってこいよ」


「……はい!」


 潤んだ瞳で元気に返事をするシリックは、改めてスッと俺に三人で暮らす生活を夢見させたのであった。


 俺の嫁にはなれんだろうが、フェトラスのお母さんには、もしかしたら彼女はなってくれるのかもしれない。




 


カウトリア「なんか今、すごくイラッとしたころしたい



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