3-30 お別れと旅立ち
フェトラスよりも先に目が覚めた俺は、まず起きたことを悟られぬように状況把握につとめた。
もうすぐ陽が昇る、そんな色をした空。
膝元で眠るフェトラスはすやすやと眠っている。なんかよだれで膝元が湿っている気がするが、まぁ別に不快ではない。とりあえず娘がよく眠っている、という事実に俺は安心した。
目を閉じたまま気配を探るが、誰も俺達を縛ったり、剣を突きつけている様子はない。どうやら無事に朝を迎えたらしい。
いよいよ目を開けた俺はまずフェトラスの頭をそっと撫でた。相変わらずさらっさらの黒髪だ。手で梳きやすいそれを俺が撫でる理由は慈しみと、単純に俺が気持ちいいからだ。マジさらっさら。手が気持ちいい。髪の毛に埋もれるように生えている双角のゴツゴツですらいいアクセントだ。
次に確認したのはシリックだ。寄り添うように眠っていた彼女は、無事だろうか。
「……すー…………すー…………」
上品な寝息だ。そういえばこいつイビキとかかかないな。
俺はシリックの髪もそっと撫でたくなったが、うっかり目を覚まされて、この柔らかい気持ちを誤解されるのもシャクだ。俺は静かに微笑んで、うんうんと頷いた。
「――――目が覚めたか」
そんな、小さな声をかけてきたのはザークレーだった。
「おう。おはよう」
ザークレーと同じく小声で返す俺。無事に朝を迎えられた事、フェトラスとシリックが良く眠っている事。その二つの理由で俺の気持ちはとても穏やかだった。
交代で眠っていた騎士達も、全員が目を覚ましているようだった。だが静かに、皆が起きるのを待っている。
そんな状況確認を済ますと、改めてザークレーが声をかけてきた。
「――――もうすぐ皆も目を覚ますだろう」
「そうだな。わざわざ起こすにはまだ早いかもしれないが」
「――――そうだな。だから、今のうちに一つだけ聞いておきたい」
「なんだ?」
「――――フェトラスを、王国で保護するという考えはアリだろうか」
「は」
思わず目が点になった。
「――――フェトラスは、良い子だ。例外中の例外として、いっそ王国で匿うのはどうか、という話しだ」
「いや、ちゃんと聞こえてたが……流石に無茶苦茶すぎるだろ」
「――――そうだな。自分でもそう思う」
ザークレーは起きている三人の騎士に向かって「しー」と唇に人差し指を当てた。聞かなかったことにしろ、という命令なのだろう。それを見た騎士達が一斉にうつむく。
「――――ティリファは同意するかもしれんが、ドグマイアはどうだろうな」
「うーん………………ちょっと、何とも言えないな。それが王国に住まう住民の総意ならアリかもしれないが、無理だろ。なにせ魔王だぞ? 王国に何人の人間が住んでいるかは知らないが、全員に自己紹介するのも現実的とは思えない。その前に、絶対に誰かが先走る。例えそれが千人に一人だったとしても、そのたった一人の誰かがフェトラスに剣を向けた時点で全てはご破算だ。リスクが高すぎる」
「――――そう、なのだろうな」
ザークレーは夜が明ける寸前の空の下、哀しそうに言った。
「――――私は王国騎士だ。聖遺物と共に在る英雄でもある。だが……私は、私という個人は、フェトラスにより良く生きて欲しいと願わずにはいられないのだ」
「……………………」
「――――…………忘れてくれ。私はきっと、未だ夢現にいるのだろう」
俺はコクリと頷いた。
きっと今のザークレーの言葉は、本来彼が口にしてはいけない事だったのだろう。
「ありがとな」
「――――ふん」
「だが娘はやらんぞ」
「――――はっ!? いや、そういう意味ではないぞ!?」
ザークレーが焦ったように声を荒げると、まずティリファが「ううん?」と目を覚ました。それに同調するかのようにドグマイアが「……ああ?」と身体を起こす。
「おはよー……」
「朝か……」
片方は眠たげに。
もう片方……ドグマイアは、心底ダルそうに目を覚ました。というか、顔色がとても悪い。
「お、おう。大丈夫かドグマイア? なんか顔が真っ青だぞ」
「昨日はパラフィックを使っちまったからな……まぁ、仕方が無い。代償っていうのはこういうモンだ」
彼が口にした「代償」。そんな単語を耳にした俺は、改めて彼を観察した。
昨夜はよく眠っていたようだが、目が覚めた今となっては異様にダルそうだ。身体を起こす時。背伸びをする時。その姿が、いつかの戦友の見舞いに病院へと訪れた時の事を思い起こさせた。
「もしかして、パラフィックの代償って…………」
「……お。なんだ。見当でもついたか。言っとくが当てるなよ。俺は嘘が嫌いだからな」
恐らくだが、パラフィックの代償は「筋肉」だと、俺は直感的に思った。
鍛え上げた筋肉が失われる。ああ、確かに重い代償だ。使い続ければ日常生活ですら困難になる。
取り返しはきく。再び鍛えればいいだけの話しだ。――――そんな慰めが無意味であることはとうに知っている。長期間入院した戦友は、傷が癒えた後だとしても、立って歩くことすら困難であった。彼が再び剣を握るのに要した時間は、かなり長い。そんな長い時を要して、ようやく剣を握った彼は、復帰した戦場で即座に退場した。この世界から、永遠に。
……まぁわざわざ答え合わせをするつもりもない。ただ、ボロボロの戦友の姿を幻視しただけだ。正解かどうかなんて、どうでもいい。俺は肩をすくめて「お疲れさん」とだけ声をかけた。
全員が目を覚まして、軽い朝食を摂ることにした。
「おはよう!」 と早朝から元気いっぱいに叫んだフェトラスの腹が「グゥゥゥゥ!!」と力一杯鳴り響いたからだ。
「あっ、いや、その」
「腹減ったなフェトラス」
「う……う、うん」
「今朝のメニューはなんだ?」
「パンでもかじってろ、と言いたい所だが……まぁせっかくだ。何か作れるか?」
ドグマイアが騎士達に声をかけると、彼らはヒソヒソと相談した後に「濃い目のスープに硬パンをひたしましょう」と答えた。
昨夜よりも打ち解けた雰囲気の中、朝食が開始される。
個人的に一番気になるのは行者のオッサンだった。普通の人は、魔王と一緒に朝食をとることは可能なのだろうか。
結果から言えば「よく分からん」というものだった。
もぐ、もぐ、とは食べているが、果たして彼はフェトラスの事をどう認識しているのだろうか。彼の瞳には目の前の食事と、そして時折見上げる青空しか映っていないようだった。
まぁいい。世の中は敵と味方と、その「どちらでもない者」で構成されているのだから。
俺は気持ちを切り替えて、その場にいる全員に問いかけた。
「飯食いながらでいいから話しておきたい事があるんだが。現状、俺達は目的地が無くなった。セストラーデには聖遺物交換の目的で立ち寄ったが、それは叶わない事が判明。ついでにザファラに行くのも無謀みたいだからヤメ。さぁて、これからどうしよう、という感じなんだが」
「そもそも、ロイルさん達の目的ってなぁに?」
ティリファは両手でパンを持ちながら、可愛らしく首を傾げた。サイドポニーがピコピコと揺れているようにも見える。
「目的……うーん。平穏無事に暮らして人生を全うしたい、って所かな。あわよくば豊かに生活したい」
「なにそれ。抽象的……まぁ言いたいことは分かるけど」
ティリファが苦笑いを浮かべて、ドグマイアは顔をしかめた。
「人間と魔王が、平穏無事に共同生活…………ああ、ダメだ。イメージが出来ん」
「――――ロイルとフェトラスが、楽しく暮らせる場所が必要なのだな」
「あー。なるほど。そう考えればいいのか。ちょっと現実逃避気味だが」
ふむ、とドグマイアがアゴに手をやる。無精ヒゲが生えていて、昨日よりも老け込んで見えた。まぁ実際の所いろいろありすぎて老け込んだのかもしれないが。
「とりあえず生活するには仕事が必要なんだが、何をするつもりだ?」
「農家がしたいな。というか、戦いたくないだけなんだが」
俺は素早くそう答えた。「晴耕雨読」に憧れているのだ。それを聞いたザークレーがうんうんと頷く。
「――――然り。フェトラスは極力戦いから離れた方がいい」
「ついでに人間からも離れた方がロイルさん達には安全だろ。隣の家が山の向こう、ってぐらい過疎った地域とかどうだ?」
「――――あまり過疎地域に行くと、モンスターが強かったり、魔族との遭遇率が上がるのでは?」
「そうだよ。特に魔族が絡むのは危険すぎる。フェトラスは魔王だからいいかもしれないけど、もし万が一ロイルさんが……その……」
わいわいと話していた英雄三人が黙りこむ。
「……はっきりと聞くが、フェトラス。もしも魔族と出会って、ロイルさんを傷つけられたらどうする?」
「まぞく……」
フェトラスはパンをかじるのを止めて目を閉じた。
きっとその脳裏には、カルンの姿が浮かんでいるのだろう。
「…………まず、傷つけられないように最善をつくすよ。でもドグマイアさんが聞きたいのはそうじゃないよね」
「まぁな」
「答えは変わらない。人も、魔族も、聖遺物も、神様も。お父さんを傷つけるモノは全部」
青空を仰ぐ。
精霊服の袖口に浮かんだ蒼色をそっとなでる。
フェトラスは答えを口にした。
「殺戮する」
流石の俺でも鳥肌が立ったセリフだった。
(この子は、俺がいない世界を本当に愛せるのだろうか――――?)
簡単にくたばるつもりはないが、俺はいつか死ぬ。どんな理由かは皆目見当もつかないが、死ぬのは間違いない。絶対にいつかは死ぬ。その結果世界がどうなるかなんて、想像も出来ない。ただ、フェトラスが泣くのは嫌だな、と。そんな事を考えた。……まぁ、出来れば平和な世界が続いて、フェトラスが楽しく幸せに生き続けてくれたらそれでいい。
俺に続く第二の枷、シリックをちらりと見る。だけど彼女はうつむいていて、その表情はあまり読めなかった。
フェトラスはこう続けた。
「あのね、わたしは本当に誰かを殺したり、傷つけたりしようなんて考えてないの。だって必要ないもん」
「必要無い、か」
「うん。でも…………必要であるのなら、わたしは自分の出来ることをする。お父さんの娘として、魔王として、フェトラスの全てを使ってわたしはわたしの幸せを護る」
ふっ、とフェトラスは俺の方に視線をよこした。
「そういえば……もしも、お父さんがいなくなったら。死んじゃったりしたら。わたしは、何者になるんだろう」
彼女の黒い瞳がゆれる。ゆらゆらと、潤いを増していく。
「わたしは、いつかお父さんの娘じゃなくなる……?」
それが零れてしまう前に、俺はニッと笑ってみせた。
「おいおい。俺が死んでも、お前は一生俺の娘だぞ。なんならお前が死んじまっても、お前が俺の娘であることは変わらん」
「やだよぅ」
「えっ!? い、嫌なのか?」
「そうじゃない。そうじゃないの……お願いだから、【死なないでね】お父さん」
全員が戦慄した。
「…………おい。いま、俺に何をした?」
「えっ」
「いやいやいや。いま、なんか魔法使っただろお前」
「う、え? 使った?」
どうやら自覚が無いらしい。
ドグマイアが慌てふためいたように立ち上がった。
「えっ、ちょ、今の魔法か? 今のが、魔法として成立するのか!?」
「成立したかどうかは知らんが……今のは魔法だろ」
「あり得ない!!」
絶叫だった。
「なんだそりゃ。銀眼の特権か? いや、今のフェトラスは銀眼じゃなかった。なんだよそれ。ルール無視かよ。あ? カルマ? 知るか! ああ、でも……クソッ! 上位管理者になんてなってたまるかよ!」
「お、おい。ドグマイア。何の話しをしてるんだ?」
落ち着かせようと声をかけたが、ドグマイアの独り言は続いた。
「あり得ない! 何度でも言うが、あり得ないんだよ! 怖すぎるわ! 対策不可能だろこんなの! …………ああ、もう分かったよチクショウめ! 俺は知らん!」
頭を抱え込んでドグマイアは叫んだ。
「《お前等》はいったい、何がしたいんだ!」
完全に「それはこっちのセリフだ」状態なのだが。
深いため息をはき続けるドグマイアに、声をかけられる者はいなかった。ただ彼の奇行を怪訝に見つめるだけだ。
「な、なぁ……ドグマイアは何かの病気なのか?」
「――――いや、そんなことはないのだが」
「きっと疲れてるんだよ……そっとしとこう」
そうだね。
とりあえず俺はフェトラスに向き直った。
「あー。なんか妙なことになったが、さっきの魔法は何だ?」
「わ、分かんない。魔法使ったって自覚も無いの」
「お、おう。そうか……まぁ、不発だったのか、何か変わったようにも思えないし、スルーでいいか……」
「ご、ごめんね」
「謝らなくていいさ。ただ、うん。その死なないでってお願いは聞いておこう。約束する。俺は、俺の全てを用いて自分の命を、フェトラスの幸せを護るよ」
「……うん!」
バッと抱きついてきたフェトラスを受け止めて、俺は彼女をよしよしと撫でた。
全員が食事を取り終えたので、とりあえず出発することになった。面々にはそれぞれ「フェトラスを見逃すこと」に若干の不安が残っているようだが、延々とここに居座るわけにもいかない。
ザークレーは任務でザファラに向かわないといけないし、ティリファとドグマイアもそろそろ帰還すべきなのだろう。
「じゃあ、これでお別れだな」
「……願わくばロイルさん達には二度と会いたくない」
昨日よりも消耗した顔つきでドグマイアは片手をふった。
「お前、マジで大丈夫か? 何があったんだよ」
「知らん。今回の件で俺は大損こいただけだ。別にロイルさんのせいじゃないが、一つだけ恨み言を聞いてくれ」
「…………」
「あんたは究極の魔王崇拝者だ。そこら辺のバカ共をあっさり超越してる。逸脱しすぎて意味不明だ。――――フェトラスの教育にあんたの人生を賭けろ。その子を、決して人類の敵に回すな」
「ものすごい侮辱を受けた気がするが……まぁ、フェトラスにとって良きパパであれ、と脳内変換しとくわ」
「マジで頼むぞ。それとザークレー。ロイルさん達の位置情報は出来るだけ押さえておけ。というか……そうだな。どこかに定住するまで付き合え。別に討伐隊を回すわけじゃないが、色んな意味でフェトラス達の居場所を知っておくことは、王国騎士団の義務だ」
「――――了解だ」
「ザファラの件が無けりゃ良かったんだが……まぁ臨機応変に対応してくれ。場合によってはザファラはスルーするしかない。はっきり言っておくが、ザファラの魔王よりもフェトラスの行く末の方が重要だからな」
そう言いながらドグマイアはティリファに近づいた。
「まぁ色々言いたいこと、思う所はあるが、どう足掻いても手に負えん。俺は思考放棄する。……帰るぞティリファ。俺はもう疲れた」
「あたしにもお別れの挨拶ぐらいさせてよ」
ぷくーと頬を膨らませたティリファだったが、フェトラスに向き直るとニッコリと笑った。
「じゃあね、フェトラス。色々あったけど、こんな風にお別れが言える結末で良かったよ。ドグマイアはあんな事言ってるけど、あたしはあんまり不安に思ってない。あの蒼い世界の光景を、あたしは生涯忘れないよ。ありがとうフェトラス」
「うん。わたしからもお礼を。ティリファさん、わたしをちゃんと見てくれて、理解してくれてどうもありがとう」
「ん。……じゃあ、元気でね。またセストラーデに遊びに来てね」
「恐ろしい提案すんなティリファ!」
「うるさいよドグマイア。ロイルさんも元気でね。フェトラスのこと、ちゃんと護ってあげて」
「任せとけ」
「シリックさんも。この二人についてくのは大変だろうけど、頑張ってね」
「…………ええ」
「魔槍ミトナスは……まぁ、仕方が無い。昨日の話しに出た通り、その子は銀眼の魔王フェトラスへの抑止力として扱うことにするよ」
「…………ええ」
シリックは歯切れが悪そうに答えた。それを見て、何やらティリファも思うところがあったようだが彼女は何も言わず、片手をふった。
「それじゃ、あたし達は帰るから。ザークレー。後のことはよろしくね」
「――――ああ。とりあえず我々はザファラに向かうが、ロイル達は途中でどこかに降ろすとするよ。任務が完了したらまたロイル達と合流して、定住の地を探すのに付き合うことになるだろうが」
「うん。…………気を付けてね」
「――――?」
「え。なにその不思議そうな顔」
「――――いや、なに。お前が私を心配するなんて珍しいな、と」
「珍しいかな!?」
心外だ! という顔でティリファは大声をはりあげた。
ザークレーは多少戸惑った様子だったが、とりあえず頷いてみせる。
「――――あ、ああ。だがしかし、承った。重々に気を付けておくさ。その分、少し長い旅路になるかもしれない。セストラーデの事は任せたぞ」
「うん。待ってるね」
そう答えて、ティリファは寂しそうに微笑んだのだった。
グランバイドを用いて、ティリファとザークレーは飛び立っていった。女の子にしがみつく男、というなんだか奇妙な光景だったが、よく考えたら俺も以前フェトラスにしがみついて空を飛んだのだから人の事は言えない。
「――――さて、では行くか。今後の展開を少し説明しておく。我々はこのままザファラを目指すが、ロイル達には途中の村で降りてもらい、一旦は別れることになる。その際、決してトラブルは起こさないように」
「まぁセストラーデでもお前達以外には気づかれなかったし、大丈夫とは思う」
「――――ザファラでの任務が終わり次第、我々はまた戻ってくる。それから改めてお前達の定住先を考えようと思う」
「この辺に相応しい土地でもあるのか?」
「――――いくつか候補は思い付く。だが実際に出向いてみないと分からないこともあるだろう。一つ明確にしておくが、私はお前達の監視役でもある。私が戻ってくるのを待たずに旅立ったりしないように」
「…………まぁ、そうなるわな」
自己紹介が済んだとはいえ、銀眼の魔王を放置することは得策ではないし、不安が大きいのだろう。
「――――騎士団の者を一人、護衛に残しておく。何かあった場合はその者の指示に従ってくれ」
三人の騎士はビクリと震えた。
「ざ、ザークレー様。護衛とは……我々の内の誰か、ということですよね」
「――――そうだ。銀眼の魔王の監視。重要な任務になる」
三人の騎士は無言だったが、目が「絶対にイヤです」と訴えていた。
「――――言い方を変えれば、フェトラスの笑顔を見守るという任務だ」
なるほど、物は言いようだな、と。騎士達の緊張感が少しだけ和らぐ。
「――――誰か志願してくれるとありがたいのだが」
三人の騎士達にまたしても緊張が走る。
「えっと」
「その」
「うぅん……」
歯切れが悪い。まぁ気持ちは分かるんだが。
「――――まぁ、今すぐ決めることでもない。次の村までという短い旅路になるが、その間に気持ちが決まった者は申し出てくれ」
三人の騎士達は揃ってフェトラスを見つめた。
「……え、えへへ。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるその姿は、とてもじゃないが銀眼の魔王には見えない。任務の重要性と、乖離した実態。騎士達は途方にくれた様子で会釈を返したのだった。
それから数日。
俺達は旅を続けた。
道中で獣を狩ったり、立ち寄った村で補給したり。馬車で眠ったりベッドで眠ったり。
フェトラスにとっては見知らぬ者達との旅だったが、持ち前の明るさと愛嬌でそれなりに仲良くはなれたようだった。一人の騎士に至っては打ち解けたのか、ずいぶんと気さくに話せるようになったぐらいだ。
彼が護衛になるのかなぁ、などと思いつつ、その日はやってきた。
それはザークレーが目的地として定めていた小さな村。
いよいよ「誰が護衛役になるのか」を決める際に、彼女が立ち上がった。
「……今、なんて言った?」
「私はこのままザファラを目指します」
シリックは決意を固めた瞳で、真っ直ぐにそう言ったのであった。