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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-29 モンスターに吹き飛ばされる魔王



 イノシシ型を見つけたワタシは、遠巻きから彼を観察した。


 明るくなった今なら、その実力の一端が見て取れる。


 真っ黒な剛毛。

 巨大な肉体と、凶悪な牙。四肢はやや短めだが、相当に力強い歩みを見せている。

 首回りの肉が特に厚く、牙を振り回して敵を倒すのが得意そうだ。


 弱点といえば、身のこなしが鈍重なことぐらいだろうか。直線を駆け抜けるスピードはかなり出そうだが、小回りは効かないだろう。


 正攻法としては、後方からの襲撃を初めとして、あとは相手の死角にポジションキープしつつダメージを与えていく、という所か。


 はっきり言ってカウンターを主戦法にしているワタシには向いてない作業だ。


 かと言って真正面から対峙するのはあまりにリスクが高すぎる。


 見れば分かる。アレはワタシが殺してきた生き物たちとは段違いの強者だ。


「うーん」


 彼は朝食を食べているようだ。森の王に相応しくないが、ワタシが喰い散らかした残骸をつついている。まぁ所詮はモンスターと言った所か。


 現在、ワタシが使えるちゃんと魔法は十種類くらい。


 攻撃魔法が五つ。肉体補助的なのが四つ。


 最後の一つは発動が不安定な即死魔法・・・・。ワタシの奥の手……という程大げさなものではないが、当たれば死ぬ。ワタシが産まれて初めて唱えた魔法【哀殺】の改良版だ。


 その都度呪文を思い付くことはあるが、再現するのは難しい。ほとんど反射でしか使えない、思いつきの魔法。


 さて。攻撃力や致死性が高いものは射程距離内でないと使えない。


 遠距離魔法も一つ持っているが、攻撃力がとても低い。あの黒い剛毛の前にはわずかなダメージしか与えられないだろう。連発しても、相手を怒らせると同時にワタシの魔力が尽きるだけ。


 さぁどうやって戦おうか。


 出来れば食べたい。


 そんな事を考えていたら、イノシシ型が吼えた。


『バァァァヒイイィィ……!』


 何の儀式だろうか。彼は自分の居場所を高らかに示した。だが呼応する声はない。狼の遠吠えとは違う習性のようだ。


「居場所を示す……」


 ふと気になったので実験をしてみる事に。ワタシは意識的に魔王の誘いフェロモンを発してみた。


 何やら湿ったような、しっとりとした気配がワタシから漏れ始める。


 これが作用するのはワタシと同格の力量を持った者。一方的な殺戮ではなく、殺し合いが出来る存在を引き寄せるモノ。


 イノシシ型は反応しなかった。ワタシの残飯を食べ尽くした彼は、ゆっくりと森の奥へと消えていく。どうやら彼とワタシはかなり実力差があるらしい。


 魔王の誘いによって飛んできた獰猛な鳥型モンスターを殺しつつ、ワタシはその姿の後を追いかけ始めた。



 ややあって、目的地に到達。


 どうやらイノシシ型は水飲み場を探していたようだった。


 浅い池がそこには広がっていて、他の動物なんかの姿も見えた。みんなで使っている場所らしい。


 多少は腹がふくれていたのか、イノシシ型は他の動物やモンスターには目もくれず、ジャバジャバと水を飲み始めた。他の動物たちは逃げ出した。


 ふむ、と考える。


 一匹で行動するタイプのモンスター。

 遠吠え(?)に反応する者はいなかった。

 他に類を見ない巨躯であり、その実力は圧倒的。


「アナタは、孤独なのね」


 そんな感想を漏らしつつ、ワタシは堂々と水飲み場に近寄った。


 ジャバジャバと、勢いよく水を飲んでいたイノシシ型の動きが止まる。


「あ、おかまいなく」


 そんな声を掛けながら、ワタシは池の中にずんずんと入っていった。


 浅い池のようだったが、自分にとっては深い。そろそろ足がつかなくなる。


「一番深い所でも……ロイルだったらギリギリ顔が出せるくらい、かな?」


 自分が泳げるかどうかは知らないが、まぁ溺れたら精霊服が何とかしてくれるだろう。浮遊力が高い感じの服に変化してくれることを期待する。


 イノシシ型はじっとこちらを見ている。


 ワタシはそれを気にせず、顔洗ったり、ついでに水を飲んだり、精霊服の汚れを落としたりしていた。


『…………』


 ふい、とイノシシ型からの視線が外れる。


 彼にとってワタシは「テリトリーを荒らした敵」ではなく「喰うに値しない小さき者」としか見えないらしかった。



 彼が去ったあと、色々な倒し方を考えてみる。


 一、森を焼き払う。

 二、他の生き物を皆殺しにして、エサを奪う。

 三、寝込みを襲う。 

 四、徹底的なヒットアンドウェーでダメージを蓄積させる。


 全部面倒臭かった。差はあれど、時間がかかりすぎる。


 本能で言えば、突撃して即死魔法を喰らわせてやりたい。


 だが本音で言えば、別に無理して倒さなくてもいいなぁ、という程度。ワタシはただ安眠したいだけで、その目的を果たすだけなら他の方法なんていくらでもある。


「ロイルがいてくれたらなぁ……彼に抱っこされて眠れたら、頭をなでられたら、どれだけ安心できて、どれだけ幸せだろう……会いたいなぁ……」


 寂しさを実感する。


 だから、殺意を覚える。


「……ワタシをこんな気持ちにさせるなんて、悪い子ね」


 それは八つ当たりですらない。ただの衝動だった。


 イノシシ型が去った方角に向けて魔法を唱える。


「さぁ、おいで。【引我】」


 思いつきで描いた、単純な魔法。相手をこちらに引き寄せる、という魔法。魔王の誘いに似ているが、相手を指定出来るのが特徴だ。効果はそれほど強くなく「なんとなくこっちに足を向けたくなる」という程度のもの。ちなみに逃げる動物を食べてみたくて思い付いた魔法だ。


(発想は自己強化系に分類されるけど……洗練させたら引力とか重力系の魔法になるのかしら……引く、寄せる……だめだ、どうやっても結論が『圧死』になる。ほんと、魔法って難しいわ……)


 池の中で立ちすくむワタシは、彼が戻ってくるのを待った。




 やがて運命は訪れる。


 イノシシ型は『今更水飲み場になんて用はないのに、何故自分はここに戻って来たのだろうか』という感覚こそ覚えていたが、そこはモンスター。特に知性的な感想は抱かず、ただ水飲み場に戻ってきた。そして、視認した。先ほど見逃した小さな生き物がじっとこちらを見ていることを。


「思うのよ。自分より強い相手は山ほど腐るほど殺すほどいるけれど、馬鹿正直に戦う必要は無いんじゃないかな、って。相手より強くなって打倒するというのは、それはとても正しい在り方だけれど、賢くはないと思うの。だって相手より強くなる前に、相手を弱くしてしまえばいいのだから。そっちの方が速い・・。アナタはそう思わない?」


 ヴァベル語が通じないイノシシ型は、ペラペラと喋るその生き物を見て思った。


『自分はコレを食べたいのだろうか?』


「ねぇ、遊びましょう? ワタシよりも圧倒的に強いアナタ」


『まぁいい。柔らかそうだし、喰ってしまおう』


「今のワタシの実力じゃどうあがいてもアナタを倒せない。たとえ百発殴っても無理でしょうね。倒せるわけがないわ。じゃあ……そんなアナタを、どうやって殺したらいいのかしら?」 


 イノシシ型は魔法に、カウトリアに引き寄せられるように歩み寄る。流石に直進して池の内部にまで入ってくることはしなかったが、水辺の浅い所をザバザバと進んでくる。


 対してカウトリアは、水中に沈んでいた下半身を徐々に上昇させ、やがて水面に・・・立った・・・


 精霊服に水を反発させ、更に先ほど思い付いた魔法【水踊】によって、水面をダンスフロアーのように舞い始める。


 重ねて、イノシシ型に向けて遠距離用の魔法を撃ち放つ。


「開幕と行きましょう。【針螺】」


 ヴゥン、と眼前の光景が歪み、無数の針が現れる。カウトリアが多数の虫型のモンスターを殲滅する時に使った魔法だ。


 そしてカウトリアの指先に呼応するように、貫通力を持った針がイノシシ型に襲いかかる。その数は五十本程度。しかし所詮は針。イノシシ型の巨躯の前には、大したダメージにはならなかった。


 だが、痛みにはなる。


 剛毛と厚い肉による高防御力を誇っていたイノシシ型だったが、回転しながら飛んでくる針は肉に突き刺さり、イノシシ型を激昂させる。


『バァァァァァ!!』


 何をされたのかは分からない。だが、ここには自分とヤツしかいない。故にヤツが攻撃してきたのだ。そんなシンプルな理屈を持って、イノシシ型はカウトリアを加害者と断定。彼は殺意を持って、池の内部に立ちすくむカウトリアを目指した。


 たとえ一番深い所であったとしても、巨大なイノシシ型が溺れることはあり得ない。そして彼は抵抗ある水中だとしても問題無いとして、自慢の突進力を遺憾なく発揮させた。


 大きな波を立てながら、死がカウトリアに迫る。


「……ふふっ。ワタシの魔力残量的に、唱えられる魔法はあと三つ・・・・。さぁ、勝負しましょう!」


 そう嗤ったカウトリアは水面を踊るように滑る。


 逃げたのか? それとも早めに回避したのか? 微妙に分かりづらい距離を保ちながら、カウトリアは嗤い続けた。死が迫る度に嗤い上げた。いきなりの急加速で牙が突き立てられる寸前にはとても愉しそうに、哄笑した。


「ははははははは! いい、いいわ! ゾクゾクする! きっと今のアナタは、他の者から見たワタシとそっくりなんでしょうね!」


 一撃でも食らえば死ぬ。そんな死の緊張感を、カウトリアは「スリリングだわ」と歓迎した。


 走る者。踊る者。


 森の生き物にとって憩いの場である池は、あっという間に水底の泥が舞い上がり、濁りだす。そこは何人も近寄りがたいキルゾーンへと変貌していた。


「あはははははは!」

『バアアヒィィィ!』


 嗤いながら逃げ続けるカウトリア。だが森の奥へと逃げ出すことはしなかった。イノシシ型は水中での戦闘を強いられつつ、執拗にカウトリアを追い続けた。


「はは、はははっ! では一つめ! 【炎帯】!」


 ヴォン、ヴォン、ヴォン、と空間が三度鳴り、やがてそれぞれの位置からバチバチと炎が断続的に発生しだす。設置型の攻撃魔法だ。勢いづいていた獣は不用意に突っ込み、その一撃を食らう。


『バヒィィィィ!!』


 熱と痛みによる悲鳴。イノシシ型は自身の右肩がひどく焼け焦げている事に気がついた。


 頭に血が昇る。


 そして獣の直感が告げたのは『コイツは食い物ではなく、殺すべき敵だ』という殺意。


 だが同時に、決め手に欠けることも彼は気がついていた。


 水中での機動力は敵の方が上である。こちらの攻撃が当たった試しはなく、そして被弾したのは自分だけ。


 獣は揺れた。殺意か、それともここから去るか。


 だがその天秤は一方的に片方へと落とされる。


「逃がさないわよ? 【沼乾】」


 それはカウトリアにとって、唱える予定の無かった、戦略外である思いつきの魔法。――――イノシシ型が自らこしらえた、池を濁らす泥。そして池は沼のように変化しており、カウトリアはソレを急速に乾かした。その様はまるで対象の動きを鈍くする罠が召還されたようですらある。


 魔法によって水分を拒絶された泥。乾いた沼。イノシシ型はそれらに足を取られ、行動に大きな制限がかけられた。


 そして、獣の天秤が「逃げる」という意思に傾く。


 敵はどうやら殴ったり噛んだりする攻撃ではなく、自分では理解出来ない攻撃方法を用いている。ならばこんな敵と戦うのは得策ではない、という判断だ。


 そう、イノシシ型……この森の王は、臆病であった。彼の名誉のために「慎重」と言い換えてもいい。だからこそ生き残れた。そして獣にとっての誇りとは「生き残ること」であり「敵に背を向ける」ことは恥でもなんでもなく、割と当たり前のことである。


 敗走の際に吼えることはない。ただ静かに、一生懸命に生きるだけ。


 イノシシ型はのたのたとカウトリアから離れはじめた。


「言ったじゃない。逃がさないって。寂しいからもう少しだけ付き合って?」


 スィッ、とカウトリアがイノシシ型の眼前に現れる。


 ここでイノシシ型は、獣は、森の王は吼えた。


『馬鹿め。わざわざ死にに来たか!』と。


 沼によって行動が制限されているとはいえ、首から上は十全に動く。発達した首の筋肉を盛り上げ、隠匿されていた最大射程距離リーチが伸びる。


 牙が迫る。振り回される首には脅威的な速度と威力があり、赤ん坊状態であるカウトリアにとってはかすっただけで肉体が四散する程度の「死」であった。


「ツッ、【減衝】!」


 小さな身体が吹き飛ばされる。


 そして濁った水面の上を、まるで氷を滑るようにカウトリアの身体が流れていく。


『バァァァァァ!!』


 荒れ狂うイノシシ型は、まだ原形を保っているカウトリアを粉みじんにするため、トドメを刺すために直進する。まとわりついた泥なぞ気にするものか。ヤツは瀕死だ。あとは殺すだけ!


 彼は吼えた。吼え続けた。荒ぶる魂は小さな敵を殺すために一生懸命だった。


 だから彼には聞こえない。


「あいたたた……ゆ、油断しちゃった……あんなに首が伸びるなんてびっくりだわ……咄嗟に衝撃を殺す魔法を唱えられて良かったぁ……」


 もし聞こえていたら、彼に知性があったら、きっと残忍に嗤った後で、カウトリアに復讐という名を用いてなぶり殺しを選択していたであろう。カウトリアの声には恐れと不安がたっぷりと含まれていたからだ。


「魔法、三つ使っちゃった……」


 迫り来る死を前に、カウトリアは迎撃と逃走のどちらを選ぶか思案する。


 炎の設置型魔法【炎帯】

 そして泥を用いた行動制限【沼乾】

 ダメージを減らす【減衝】


 こんなに立て続けに魔法を使ったのは産まれて初めての事だ。


 産まれて半日ぐらいしか経ってないけど。


「唱えられる魔法はあと三つ、って言いながら攻撃魔法が最初の一つだけって。それじゃ勝てないわよ……ほんと、ワタシってお馬鹿さん……」


 カウトリアは自嘲した。そして反省しつつ。




「まぁ、その最初の攻撃魔法から何分経ったことやら」


『ヴァァァァヒィィィィ!!』


「おかげさまで、一回分ぐらいの・・・・・・・魔力は・・・回復・・してる・・・わよ・・


 どうすればコイツを殺せるか。答えはすぐに出た。


 指先を真っ直ぐにイノシシ型に向け、カウトリアは唱える。


「死になさい。【針螺万傷】」



 数え切れない程の針が空中で踊る。


 その針の群れはまずイノシシ型の右足を吹き飛ばした。


 まるで剣山で肉をそぎ落としたかのように、硬質の毛と肉が飛び散る。


 そして右足の次は左足。同じように、それは使い物にならなくなった。


 その時点で魔力切れ。カウトリアは意識を半分失い、全ての魔法の効果は消え、ずぶりと池に半身を沈めた。もしイノシシ型に水辺まで吹き飛ばされていなかったら溺れていただろう。


「危なかったぁ……ま、それでも」


 両方の前足を失ったイノシシ型は、池の内部で暴れている。溺れている・・・・・


『バァァガッ! ガフッ! ガバァァッ!』


「アナタは殺せたようね」


 前足は使い物にならず、後ろ足で移動しように既に水を大量に飲み込んでしまった彼はパニックを引き起こしている。もはや脱出は不可能だろう。この池は浅いが、広い・・のだ。


 やがて、森の王は浅い池に沈み、その命を終わらせたのであった。






 演算の魔王カウトリアはとても反省した。


 死にかけた。まさしく決戦だった。


 いやいや。そもそも戦うんじゃなかった。勝てたのはただのラッキーだ。そもそもピンチになった理由が「【沼乾】という呪文を思い付いてしまったから、戦略を捨ててそれを試した」という自業自得の極みだから情けない。


「とりあえず、アレをベッドにして一休みしましょう……」


 池に半分身体を沈めているイノシシ型によじのぼり、それを肉のベッドにする。毛はやたらと硬くてチクチクするし、寝心地は最悪だ。


 気を利かせた精霊服が厚手に変化してくれる。


「気が利くわねあなた……さて、寝るとしましょう……流石にコレの死体をベッドにしてるワタシに近づくモンスターなんていないでしょうし……」


 うつら、うつらと。魔力も完全に切れてて体力も使い果たして、とても眠い。


 温かな日差しを受けつつ、カウトリアはストンと眠りについたのであった。



 発生から半日。


 彼女は散々食らいつくし、自己の肉体だけでなく精神性すら成長させ、あっという間にフォースワードと呼ばれる類いの呪文を行使した。それはとある魔女にとっては奥義で、とある魔族にとっては切り札で、とある魔王にとっては絶対の一撃である。


 発生から半日。


 演算の魔王は、よく食べて、よく運動して、よく考えて、眠ったのだった。





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