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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
119/286

3-28  史上最速のレベル2


 何だかんだで夜もふけた。


 思えば、今日はとても色々あった。


 少し心を整理して、一日をまとめてみよう。


 ユシラ領から離れ、目的地を定め、陸路を突き進むこと一週間。

 俺達は大都市でもあるセストラーデにたどり着いた。そこでお刺身と出会い、真夜中にザークレー=ネイトアラスが襲撃してきたんだった。


 そして未明にセストラーデを脱出して、ティリファに吹き飛ばされて。早朝ではシリックとザークレーが交戦して、その後は朝食を取って。そしてドグマイアと合流。


 湖で遊んで、アイスを食べて、旅の準備をして、夕方にはセストラーデを後にした。そして旅路を進み、日が落ちてから英雄三人が襲撃してきて、銀眼の魔王が降臨して、鍋を食べて、たくさん話して。


 そりゃ疲れたわ。眠いわ。


 フェトラスが「ぷぁ……」とあくびをしたかと思ったら、コテンと俺の膝を枕に横になった。


「おとうさん……ねむぃ……おやすみぃ……」


 止める間すらなく速攻で寝息を立てるフェトラス。まぁそもそも止める理由は無い。俺は優しく彼女の頭をなでて、小さな声で「おやすみ」と呟く。


 顔を上げて改めて全員を観察してみる。


「みんな、死ぬほど疲れたって顔だな」


 全員が静かに頷く。


「……あたしも限界だ。なんか、ドッと疲れが出た」


「――――そうだな。ようやく緊張がとけて、もう何もしたくない」


「俺はティリファとグランバイドでセストラーデに戻ってもいいが、正直まだフェトラスとは話し足りない。いちいち行ったり来たりするのも面倒だし、今日はここで休むか……」


 英雄三人がそれぞれぼやくと、騎士達が素早く行動し、馬車から寝具を運んできた。


「こちらをどうぞ」

「あ、すまない。ありがとう」


 俺にも厚手の布が渡される。フェトラスの精霊服はきちんと稼働しており、寝るのに相応しい形態に変化していた。厚手で、柔らかくて、温かそうな。


(相変わらずめっちゃ便利……)

 

 そうは思いつつ、俺はフェトラスに布をかける。機能的な意味ではなく心情的な意味で。


 ふと気がつくと、ドグマイアが消失剣パラフィックを持って俺の前に立っていた。


「俺も寝るとするよ。でも俺がコレを所持してたらロイルさん達も安心して眠れないだろ。だから預けておく。後で返してくれよな」


「……おう」


「まぁそもそも戦っても勝てんだろうし。拾った命を捨てるつもりはない。払うべき代償もそんなに残ってないしな。まぁ、見逃してくれた礼の一つだ」


 確かに。俺は軽く頷いてパラフィックを受け取った。


「もう一回言っておくが、返してくれよ?」

「盗人扱いすんな。そもそも代償系なんか怖くて使えるかよ」


 そりゃそうか、と肩をすくめるドグマイア。


 そんな彼に追従するようにティリファとザークレーも歩み寄ってきた。


「じゃああたしもグランバイドを……」

「――――私のネイトアラスも」


 俺はそう言って己の武器を差し出そうとした二人を手で制した。


「いや、別にそこまでしなくていいさ。ただ、ちょっとこのフェトラスの寝顔を見てくれれば」


「寝顔を?」



 全員がフェトラスの寝顔をのぞき込む。


 だらしない、口が半開きの、即寝落ちしてしまったフェトラスのだらしない寝顔を。


これが魔王に・・・・・・見えるヤツいるか?・・・・・・・・・



 全員が短く笑って「おやすみ」と口にした。




 とそんな事があったのだが、俺は眠らなかった。


 別に誰も襲ってこないだろうが、心を完全に許したわけでもない。人は簡単に気が変わるし、善良そうな笑顔の裏に純粋な悪意を抱いている人間、というのを俺は幼少期の頃から嫌と言うほど見てきた。そして最も厄介なのが「善意の人間が自己の悪意に屈した時」だ。そういう時の人間は、驚く程に整った自己欺瞞いいわけを遂行する。


『哀れに思いかくまったが、よく考えたらアレは人に追われるような悪いことをしてたわけだよな……』

『そうよ。子供だと思って甘く見ちゃダメよ。もう、私は最初からそう言っていたじゃないですかあなた』

『すまんすまん。そうだな。ウチの食料を持ち逃げする程度なら見逃すが、ウチの子供達に危害が加えられると考えると恐ろしい……どうやらよく眠っているようだし、今のうちに憲兵を呼んで――――』


 俺は知っている。


 人間の善良性には、優先順位があるという事を。


 なのでこれは警戒というよりも、習性に近い。


 だから眠らなかったというよりも、寝るつもりが無かったという方が適切か。



 騎士達は焚き火を絶やさぬようにしつつ、交代で眠っているらしい。時折その動きで影が揺らめく。


 静かな星空。寝息。フェトラスの温もり。


 いやはや、本当に濃密な一日だった。


 そういえばカウトリア。


 あいつなんで帰ってこれたんだろうか。


 つーかそもそも本当に帰ってきたのか。


 ヒマだったから、というわけでもないが、俺は「もしも自分がカウトリアを所持し続けていたら」という想像をしてみた。


 カウトリアを持ったまま、あの無人大陸に流される。


 島流しの刑をくらった俺としては、その時点で前提があり得ないのだが、まぁ続けるとしよう。


 フェトラスと出会い、育て、イリルディッヒと出会い――――ああ、その時点で俺は死ぬな。カウトリアを使ってあの魔獣に戦いを挑むのだ。そしてたぶん殺される。


(話し合いを選択して本当に良かった……)


 そういえばあの魔獣の羽根、まだ持ってるな俺。


 絶対に食わせるなと言われたヤツだ。めちゃくちゃに硬いのだが、食えるのかアレ?


 とにかく、あの時点で俺は死んだので思考をスキップさせる。


 次の場面はシリックと出会った時だ。そういえばシリックは裸だった。(うおおおおおお! 娘が膝で寝てるのに何考えてるんだ俺はァァァァァ!) ――――こほん――――シリックが聖遺物を探している、というのを聞いて俺はそれを欲しがった。でもカウトリアがあったら、同行はしなかっただろうな。


 そして、シリックだけではあの瓦礫ガレキの山からミトナスを発見することは出来なかっただろう。だから俺はユシラ領に向かう事も無く、テレザムと戦うことも無かった。


 ここら辺で俺は「自分がカウトリアを所持し続けていたら」という想像がいかに無駄なことかを悟った。最初に言った通り、前提がありえないのだ。


 まぁ強いて言うなら、テレザムを一人でも倒せたかな、という程度だ。


 では、今。もしも俺の手元にカウトリアが戻って来たらどうだろう?


 聖遺物。神速演算――――演算剣カウトリア。


 適合型。発動条件が緩く、ほぼ誰にでも使える。


 部類としてはあまり強い聖遺物ではない。中の下ぐらい、という感じだ。


 持ち手の肉体的速度の加速。そして本領である思考時間の延長。能力としてはそれだけだ。つまり、使い手は最初からある程度は戦える力を持っていないといけない。あと言っちゃなんだが、思考時間が長くても、思考回路が三流の人間が使ってもあまり恩恵は無い。


 俺は賢いわけではないが、戦闘経験はそこそこにある。それが良かったのだろう。それよりも何よりも、カウトリアとは相性が良かったし、使い慣れている。色々あったが、今もなお頼もしいと思える俺の相棒だった・・・聖遺物。


 彼女がいれば、フェトラスを護ることも容易だろう。


 戦闘的な意味でなく、誰かとわかり合う際にも、という意味で。


(……まぁ、取り戻す気はあまり起きないが)


 だって怖いもん。うっかり何かの拍子にカウトリアと意識が繋がって、あの「刹那の地獄」に取り込まれたら……うう、発狂するまで彼女との対話に付き合わされそうな気がする。


 しかしそれはそれとして、やはりフェトラスと共にあるためには聖遺物が欲しい。戦う力。護る術。安心という見えない幸福。


 俺は記憶にある聖遺物の名前を並べながら、得られるとしたらドレがいいか、という想像に身をひたした。


 カラン、という新たな薪が焚き火に投げ入れられる音。


 パチンと爆ぜる、炎の音。


 実際に俺が触れてきたというか、身近にあった聖遺物の数は多い。というか今回のセストラーデの件で跳ね上がったのだが。


 言わずもがなの演算剣カウトリア。

 そして魔槍……表現方法を揃えるなら、追跡槍ミトナス。

 翠奏剣ネイトアラス。

 襲撃剣グランバイド。

 消失剣パラフィック。


 それと、かつてほんの少しだけ行動を共にした英雄が所持していた聖遺物。確か名前を聖装ブルーノート。真っ白な服の形・・・をした奇異なる聖遺物だった。使い手の「脂肪」を代償にして蒼く燃え上がる聖遺物。あのデブ元気かなぁ。まぁどうでもいい。確信を持って言えるがもう二度と会うことは無いだろうし。


 あとは歴史書や兵士としての座学で学ばされた知識上の聖遺物だな。

 名前と能力が正確に一致するのはもうあまり覚えていないが、印象に残っているものがいくつかある。


 大半が失われたり、現在も前線でバリバリ活躍していたり。どう足掻いても手に入らないタイプの聖遺物だ。


 ……まぁ、そうじゃなくても聖遺物を手に入れる事は困難を極めるが。


 とにかく、色々と考えてみた結果、俺は自分が欲しいタイプの聖遺物が何となく分かった。


 パラフィックやネイトアラスのように暗殺的ではなく。

 ミトナスのように魔王殺害特化でもなく。

 グランバイドのように単純戦力でもない。


(適合型で……自身を強化したり、環境を有利にしたり出来る聖遺物がいいな……)


 果たして巡り会えるのだろうか。


 ザファラには英雄が、即ち聖遺物がたくさん集まっているらしい。


 もしかしたら本当に希望に沿うものがあるのかもしれない。


 だがフェトラスがいる以上、俺の中にザファラに近づくという発想はない。


(……シリックにフェトラスを預けて、俺だけがザファラに行くとか)


 ダメだ。論外だ。絶対にフェトラスは付いてくるだろうし、そもそも俺がフェトラスと離れたくない。嫌だし、あと「もし何か起きたら」と考えると怖い。


 やはり現状では打つ手が無い、か。


 色々と諦めて、ザファラから離れるように移動しつつ、旅先で別の聖遺物と巡り会うことを期待するしかないようだ。現実味は相当に薄いが。


(あるいは……もういっそ、どこかの村の端っこに家でも作って、細々と農家をやるか……フェトラスに贅沢はさせてあげられないけど、俺達だけで生きていくだけなら何とかなりそうだ)


 そんな光景を思い描く。


 その親子で生きていく光景に、自然とシリックが並び立っていた。


 クスリと笑って、自分が変わった事に気がつく。


 フェトラスの枷になってほしい。そう誘っておいてなんだが、彼女は俺にとっても大切な者の一つになっていたらしい。


 騎士が再び薪を投げ入れ、そして見張り役が交代される。皆が寝静まってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。


 時折寝返りをうつフェトラスを、寝やすい体勢に整えてあげる。俺が寝てない事は全員が夢うつつでも理解しているだろう。というわけで、逆にそろそろ眠れる。


 最後にこんな事を考える。



 カウトリアがあれば、もっと早くに「まぁいいか」と呟いて眠っていたんだろうな、と。




-----------------------------------



 数時間、ワタシは喰らい続けた。


 素早く動き、機敏に殺し、時には獲物を放置して殺し続け、気の向くままに喰らった。


「ふぅ……お腹いっぱい……」


 ワタシはまだ発生したて。身体は小さく、出来ることは少ない。だけど殺す事と食べる事は本能的に遂行出来ていた。


 寝る事すら惜しい。一秒でも早く成長して、ロイルにアイに行かなくちゃ。


 意識を集中させる。感覚は口、食道、そして胃へ。はち切れそうに膨らんだお腹がギュルリとうごめく。


 そして、くぅ、とお腹が鳴った。


「お腹が空いたわね」


 さぁ殺そう。さぁ食べよう。


 と、その前に。ワタシは石を拾って、近くの木の幹に傷を入れた。


「……うん。順調順調」


 数時間の殺戮と暴食の結果、人差し指分ほど背が伸びていた。じれったいが、普通の生き物としての成長速度ははるかに凌駕しているので、これで満足するしかない。そもそも身長が伸びることよりも、肉体の強化的な成長の方が優先して行われているようだ。もう二足歩行にもなれたし、結構走れるようにもなった。背が伸びることだけが成長ではない、という事なのだろうか。


「……ん?」


 魔王の誘いが生じるよりも早く、何かの気配をワタシは感じた。


 もうすぐ夜明け。だんだんと明るくなる空。そして木々の向こうに大きな影が見えた。


 それは巨大なイノシシのようなモンスターだった。


 魔獣クラス、というわけではないが相当に強そうだ。この辺りの主なのだろう。目覚めたばかりのソレは自分のテリトリーが盛大に荒らされている事に気がついたのか、早々に昂ぶっていた。


『バァヒィィィィィ!』


 咆吼。来るなら来い、という王の威厳。


 ワタシは一瞬だけ考えた。


「……アレにはまだ勝てないわね」


 正直、魔法もまだそんなには使いこなせていない。


 雑魚を殺すだけなら容易だが、遠距離を攻撃出来る魔法はほとんどが弱い。かと言って射程距離内で強い魔法を使おうと思ったら、相当なリスクがある。


(アレに肉薄したら、首をふった一撃だけで死んじゃいそう)


 よし。逃げよう。


 あれだけの肉の塊、しかも強者だ。食べればかなりの成長が見込めるけど、わざわざこの身を危険にさらすのもよくない。


 ワタシはさっさとその場から離れて、途中で見かけたモンスターをオヤツ感覚で喰い散らかしていく。


 やがて夜が明ける。星空がよく見えなかったので現在位置は分からなかったけれど、代わりに周囲がよく見えるようになる。


 おや。よく見ると服が返り血で真っ赤だ。いや所々は緑色だったり黒だったり。


「うーん。放っておいても精霊服が何とかしてくれるんでしょうけど、見栄えが悪いわね」


 肉と一緒に血をすすっていたので、乾きはあまりないが、それでもやはり水が欲しい。出来れば清廉なのが。川とか流れてないかな。


 耳を澄ましてみたが、それらしい気配は感じられない。


 水を作る魔法とか唱えられないかしら?


 そんなアイディアを思い付くが、呪文は思い付かない。


「みず……溢れ水……水流れ……水出し……ああん、もう、全然だめね」


 自分の思考の遅さが腹立たしい。


 まるで自分がとんでもないバカになった気分だ。


 以前の自分なら、怒濤の情報量を無作為に垂れ流していたというのに。


(……以前の自分?)


 なんだっけ。なんだろう。ああ、そうか。そうだった。昔のワタシはとてつもなく速かったんだっけ。神のすそを踏む程度には至れたんだった。昔? ……昔? ワタシはさっき発生したのでは?


 瞬間、危機感を覚えた。


 いけない。


 これはいけないわ。


 成長するにつれてが薄まっている。私はワタシ。ワタシは私。演算の魔王カウトリア。  

 かつて聖遺物だったもの。ロイルと共に在ったモノ。それがどうして今は魔王になっているのかしら? ……ああ、自分でそうなるように行動したのだった。あの……なんと表現したらいいのか分からないが……源泉の中を通って、この器にソレを満たしたのだ。


 しまった。どうやら成長を急ぎすぎたか。また色々と取りこぼしてしまっている。


「これが忘れる、という事なのね……やだわ。肉体の成長を急ぎすぎると、内面が弱くなっちゃうのかしら?」


 以前の自分なら何かを忘れる事なんてなかった。忘れたとしても一瞬で思い出していた。『忘れる』。いわゆる脳の欠陥の一つだろうか? なんと面倒なシステムなのだろう。


 だけど幸いにもまだ取り返しは効くらしい。ワタシは近場にいた少し大きめのモンスターを屠り、喰らい、そしてその場に寝転がった。


 呼吸を整えて瞑想してみる。あらやだ。これも気がつかなかったけど、ワタシってば相当に疲れてるわね。焦り過ぎてたのかな。


「……でもこの気持ちを抑えるのも無理、か」


 ワタシは苦笑いを浮かべて、それでもあえて思考速度を落とした。


「そう、少しゆっくりしましょう。急いでいる時ほど、確かな道を通らなきゃ。そうね。まずは……思い出を大切にしようかな」


 ロイル。


 かっこよくて、素敵で、哀しい人生を送ってきたけれど、失われた自分の笑顔を奪い返した強い人。ワタシと共に在って、刺激と安寧を永劫に繰り返すに相応しい最高のパートナー。大好き。ううん足りない。この気持ちの名前はなんだろう。


 例え明日成体になったとしても、この気持ちだけは絶対に失われない。他のは別に無くなってしまってもいいけれど……でも、そうね。ロイルと再会した時にたくさんお喋りをするためには、話題の引き出しも多くあればあるほどに良いだろう。


「会えない時間が二人の絆を強く、高く、尊く、素敵なものにするの……」


 そう考えると、このモヤモヤした感情も悪くない。


 そうだ。この気持ちを本にしよう。きっと世界で一番分厚い本になる。


「……覚え書き……日記……ううん……分かんない。魔法ってどうやって構成すればいいんだろう……難しいわね……」


 気配。


 魔王の誘いはもう出てないはずだが、自分は森のど真ん中で無防備に寝転がっている赤子。そりゃ狙われるわよね。


 などと考えている間に、茂みからウサギのようなモンスターが複数体飛びかかってきた。さっき喰い散らかしたヤツ等の一種だ。一体一体は弱いのだが、個体数と手数と俊敏さで怒濤の捕食力を持つヤツ等だ。


「うっとうしいなぁ。【睨隙】」


 魔法を唱えて、自分の感知能力を向上させる。


 見て、(把握する、思考する、見定める、判断する、仮定する、検討する)対応する。


 モンスターへの殺戮を経験したワタシは、現在カウンターを主戦法としている。何故ならワタシは弱いからだ。殴るために右手をふりあげて、不意に右の脇腹を刺されてでもしたらワタシはアッサリと死んでしまう。


 故に、そして必然的に、カウンター戦法にたどり着いた。


 ディーラーがカードを提示した後に「どのようしたら勝てるのか」と考える戦い方だ。聖遺物時代の自分と比べると絶望的に遅いが、なに、ウサギ型ぐらいなら余裕である。


 四匹のウサギ型。


 同時攻撃ではない。時間差のある、ローテーション攻撃だ。三匹が逃しても最後の一匹がダメージを与えればいい。そしてまた一匹目からの攻撃が始まる、という戦法。


 ならばこれをどう対処するのが正解か?


 ワタシは一匹目を殴り飛ばして、二匹目の攻撃軌道に重ねた。衝突するウサギ達。そしてやや遅れての三匹目。同じ様に殴り飛ばして四匹目にぶつける。そしてまた一匹目を殴る。敵のローテーションを乱し、ワタシのローテーションにすり替える。


 だが、それを学習した二匹目は華麗に衝突を回避した。ステップを刻み、回避と同時に攻撃に転じる。それはきっと「見事」と評してもいい動きだったのだろう。だが。


「遅い」


 感想を口にする余裕がワタシにはあった。


「お前達の正解は、ワタシから逃げることだった」


 ワタシはまだ幼く、そんなに多くの魔力を持っていない。それにワタシは魔法を唱えるのが苦手だった。


 反射的に思い付く魔法・・・・・・・・・・強大すぎる・・・・・からだ・・・


 イメージが足りない。魔力が足りない。だから呪文が出てこない。そして何より、そこまでする必要性が無かった。獣の肉を焼くのに太陽を用意するバカはいない、ということだ。


 だから必然的に、使い慣れつつある弱い魔法をワタシは選択する。


「さようなら。【鋼閃】」


 硬質さを抱いた閃光が辺りを照らす。具体的には飛びかかってきたウサギ型の口の中を。


 胸くそが悪くなるような汚い悲鳴が辺りに響いた。


 放たれた閃光は空中に留まる。まるで剣で出来たボールのようなもの口内で炸裂されたウサギ型の口中はズタズタになり、その硬質化された閃光によって空中に縫い付けられた。


 ボタボタと垂れ落ちる血液。


 仲間の悲鳴を聞いた他のウサギ型達は、こぞって逃げ出してしまう。


「あらら。置いていかれちゃったね?」


 優しく語りかけてみるが、ウサギ型はガクガクと震えるだけでこちらを見ようともしない。きっと探しているのはきっとワタシという敵ではなく、生存するための道なのだろう。


 荒い呼吸。激しく上下する、無防備に晒された腹。


 ワタシはそっとそこに手を添えてみた。ウサギ型の緊張感が限界を超え、狂ったリズムで心臓と腹が動き回る。


「かわいそう。怖いのね。それはワタシが? それとも死ぬのが? あるいは……誰かともう会えないのが?」


 返答は期待していない。


 ワタシは乱暴に、物理的に、ウサギ型の命を散らした。



 せっかく獲ったエサなので、ワタシはそれを喰らった。身体を成長させるためではなく、消費したエナジーを補給するために。そのまま再び寝っ転がろうとも思ったのだが、あまり堂々としているとまたモンスターに襲われるかもしれない。それはちょっと面倒だ。


「安全に眠るためには……うーん……どんな魔法がいいのかしら……敵を絶滅させる? 自動迎撃してくれるような魔法? ああ、この森を丸ごと燃やしてしまうというのもいいかもしれないわね」


 まず思い付いたのは「極論」だった。それが出来れば苦労はしない、というレベルの。身の丈に合ってない睡眠方法。


 次に思い付いたのは別のアプローチだった。


「やっぱりアレを倒してしまう方が速いのかしら」


 先ほど見かけた、この森の主らしきモンスター。大型のイノシシのような命。あれを喰らって、この森の王になってしまおうか。とりあえず近隣で最強にでもなっておけば、モンスター達も警戒して早々には近寄らなくなってくれるかもしれない。


「どうせ食べるつもりではあったし、それが遅いか速いかの違いってだけよね。まぁ勝てそうにないってのが正直な感想だけど……」


 勘違いしてはいけない。



 ワタシは魔王なのだ・・・・・・・・・



「勝てないなら、殺せばいいだけよね」




 演算の魔王カウトリアは嗤った。


 今、自分が行っている全て。殺すこと、戦うこと、食べること、眠ること、成長すること、想うこと、動くこと、生きている事、そして殺すこと。全てがロイルへと至る道だ。だから何をしていても幸せだった。


 二足歩行する赤ん坊は、精霊服の色を変えながら来た道を戻る。


 そんな、歴史上最速で成長を続ける魔王は知らない。


 自分が何なのか。何から狙われているのか。


 太陽が昇り、彼女の白髪が風に揺れる。



 その面影は、どこかフェトラスに似ていた。





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