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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-27 無害認定よりも嬉しい認定



 フェトラスが口にした「愛してる」という言葉。


 それはありきたりで、時に安っぽく、嘘臭く、冗談のように使われる言葉。


 だけど彼女が口にしたのは言葉ではなく「気持ち」


 愛。真顔で語るのは恥ずかしいけれど、これ以外に自己の・・・感情の・・・極地・・を端的に表現する言葉を俺達は知らない。


 そう。きっと「愛している」という言葉は不完全なのだ。それはもっと深く、更に厚く、どこまでも高く、果てしなく純度を増していく。好きな人をもっと好きになる、という恥ずかしいセリフをどこかの戦場の片隅で聞いたような覚えがある。そしてそんな事を言っていた血塗れの戦友の遺言もまた、故郷の恋人を想ってこぼれた「愛してる」だった。


 ――――そんな愛にもいつか限界は訪れるだろう。破綻したり、裏返ったり、いっそ飽きてしまう事だってあるのかもしれない。永遠なんてないし、変わらないものはないのだ。


 だけど、フェトラスが俺に伝えてくれた「愛してる」という言葉と気持ちは、身体が震えてしまうぐらいに、俺の感情を加速させた。


 愛おしい。心の底から、俺はフェトラスのことが愛おしいのだと改めて自覚した。



 そしてその言葉はまた別の契機でもあった。彼女の告白を目の当たりにしたドグマイアが苦笑いを浮かべてこう言った。


「……毒気が抜かれちまったな」



 そして英雄達は、フェトラスが無害であると認定してくれたのだった。



 今の所は、という注釈がつくけれども、俺にとっては大勝利とも言える戦果だ。


 英雄が、魔王を見逃す。


 あってはならない事なのに、限定的とは言えウチの娘はそれを認めさせたのだから大したもの。


 並んで座っていた普通の王国騎士の三名もそれは理解してくれた。


「誰にも言いません」と、彼らは真面目な顔をしてそう言った。


「言っても信じてもらえないでしょうし」

「害された、と思われるのが怖いです」

「そもそも言う必要が無いかな、と……」


 口にした理由はそれぞれのようだったが、まぁ実際の所「言っても誰も信じない」というのが一番大きな理由だろう。



 ただ問題が一つ発生した。


 行者である。ほら、馬車を操ってた普通のオッサン。この人はずっと気絶していたが、さきほど目を覚ました。


 混乱の極地、という言葉が相応しいくらいオッサンは慌てふためいていた。


 銀眼を見たのだ。可哀相に、目が覚めた彼はろくに喋ることが出来ないくらい動揺していた。


 王国騎士達が「大丈夫です。もう戦闘は終わりました」と言っても、その魔王が普通にいるのだから意味が分からない。なんか舌をかみ切りそうな勢いだったので、気持ちが落ち着くまで一人の騎士が介護をしている。


 色々と聞かれては困ることもあるので、オッサンは騎士と共に馬車の荷台に押し込まれた。



「というかそもそも、なんで王国騎士じゃない人間を連れてきたんだ?」


 俺が当然の疑問をぶつけると、ドグマイアは平然と答えた。


「ぶっちゃけると王国騎士以外の目撃者が欲しかった。魔王を討伐する英雄、っていう分かりやすい成果をな。事情を説明しなかったのは、そっちの方がインパクトがあるからだ。恐怖や緊張が大きい時ほど、それからの解放はより大きな安心と信頼を生む。そしてそういう内容は一般人が伝聞した方が、より王国騎士の評判を高めるってわけだ。……時々はそういうエピソードが必要なんだよ。支援者は随時募集してるしな」


「本気でぶっちゃけやがったな」


「正直に言うと、俺はフェトラスの事を弱い魔王だと思っていた。まだ戦える力を持っていないから、戦わない魔王なのだと。それを英雄三人がかりで倒そうっていうんだ。何の心配もしていなかった。ティリファだけでも十分だとすら思っていたくらいだ」


「そ、そうか」


「そんなティリファを核として、ザークレーは本当にザファラに行ってもらう予定だったからそのついで。俺は……まぁ、さっきフェトラスが指摘した通り、今の俺は代償を多く払えるだけの余裕が無い。だけどどっちかっていうとロイルさんを危険視してたから、そっちの対応をメインにあたるつもりだった」


 俺を危険視。


 魔王崇拝者にして、魔王の存在を隠匿しつつ人類領域に忍び込む者。


 そう言われれば確かに、始末した方が世のため人のために思える。


 そんな発想に至ったドグマイアに、俺は軽く同情した。もし俺みたいなのが目の前にいたらストレスで胃に穴が空きそうだ。


 それはそれとして、命を狙われた身としては「ふざけんな」とも思うが。


 まぁいい。俺はそんな感想を置いておいて、ドグマイアに尋ねた。


「……結局、パラフィックの代償って何なんだ?」


「機密事項だ」


 出たー。いつかの俺も使ってた便利なセリフだ。


「腹割って話せよ」


「ロイルさんの好奇心を満たすために腹を割るつもりはねぇよ。何が起こるか分からない世の中で、意味も無く弱点を晒すつもりは無い」


 残念。これは教えてくれない情報らしい。


「話しを戻そう。あのオッサンにどう説明する?」


「別に説明なんてしない。機密事項だと押し切って、このままザファラに向かってもらうさ。まぁ俺とティリファはセストラーデに帰るが」


 事も無げにそう言ったドグマイア。だけどそれは果たして通じるのだろうか。


「魔王が乗ってる馬車なんて、誰も操りたくないと思うんだが。それに、きっとあのオッサンは一般人だぞ。口は軽い。俺達のことを吹聴されるのは流石に困るんだが」


「……じゃあどうする? 口封じでもするか?」


「どうやってだよ。大金でも積むか? それでも人は喋るぞ」


「…………ふむ」


 ドグマイアはアゴに手を当てた。


「今のはちょっとした意地悪のつもりでもあったんだけどな。ロイルさんはあの行者を殺すつもりが無い、と」


「ねぇな。そりゃ一番手っ取り早い解決法かもしれんが、採用する気にはなれん。あのオッサンにだって家庭があるだろ。子供とかいたら可哀相じゃないか」


「……本当に魔王崇拝者じゃないんだな。理性的だ」


「ひどすぎる。あんなのと一緒にすんな」


 俺がぶすくれるとドグマイアは首をかしげた。


「つーかそもそも、何だってフェトラスを保護しようと思ったんだ? まずそこが理解出来ない」


「別に説明してやってもいいが……そこそこ長い話しになるなるぞ」


「俺としてはかなり重要な事なんだが」


 いたく真面目な顔。見ればザークレーとティリファもそこは気になっていたようだった。まぁそりゃそうか。異様だもんな。


「まぁ後で説明してやるよ。でもまずはあのオッサンだ。どうする?」


 意見を募集するとザークレーが呟いた。


「――――人を黙らせるにはいくつか方法があるが、究極的に言ってしまえばそれは一つしか方法がない。即ち『黙っていた方が利益がある』と思わせることだ。逆説的に『言えば損害が生じる』ということでもあるが」


「なるほど?」


「――――言ったら殺す、という恐怖で縛るのが手っ取り早いだろう」


「マジで提案してんのかそれ? ウチの娘はそんなことしません」


「――――では我々と同じ気持ちにさせるべきだろうな」


「というと?」


「――――――――あの行者にも自己紹介すればいい」


「……果たして一般人に通用するんだろうか」


 かなり疑問であったが、それしか方法は無いように思えた。



 まぁ結論だけ言うと、行者のオッサンにフェトラスが自己紹介した所、とてもスムーズにフェトラスは無害認定された。


 なにせ、英雄三人が「無害だ」とはっきり言っているのだ。周囲に流れる雰囲気も柔らかく、最初は喋れないくらい混乱していたオッサンだったが、やがては「そ、そうなんですね……」と、受け入れた。


「ごめんなさい。わたしのこと怖いかもしれないけど、ちょっとだけ様子を見て?」


 魔王からのお願い。それは行者のオッサンからすれば脅迫に等しいのだが、何はともあれ彼は頷いた。


 ふと、思った。


 このオッサンは史上初なのだ。


 魔王と一切関わりが無い、ただの一般人。ただの人間。それがフェトラスの事を知った。


 シリックは元々魔王テレザムの討伐が目的だった。

 王国騎士や英雄達は言わずもがな。全員が「魔王」に関係している。


 だけどオッサンは頷いたのだ。今はまだフェトラスの事を信じたというよりも、英雄達の言葉と態度を信じた、としか言い様がないけれども。それでも。


 俺はここで光明を見いだした。


 同じ場所に留まっていたら、魔王だとバレてしまう。


 だけど、最初からバレていたらどうだろう?


 魔王フェトラスを受け入れてくれる村を探す、あるいはいっそ、自分で作ってしまうのだ。シリックや、ティリファ達、そして三人の騎士みたいな人達で……。


「…………う、ううん。不可能っぽい」


 だけど理想的だと俺は思ってしまった。


 現状でフェトラスが魔王だと知っている人間は九名。


 俺、シリック、ティリファ、ザークレー、ドグマイア、三人の騎士、行者のオッサン。そしてもしかしたら、ユシラ領の自警団団長・ガッドルも気がついているのかもしれない。


 人外枠だとカルンとイリルディッヒもいるか。ついでに言うなら魔槍ミトナスも。


 まぁアイツらは村を作った所で一緒に生活など出来ないだろうが。


 なんだかんだ旅をして、ここまでフェトラスの存在は知れ渡っている。そして今後も、良くも悪くもソレは広がっていくのだ。


 願わくば、フェトラスに平和な人生を。


 そんな夢想を思い描いていると、シリックが呟いた。


「結局、ミトナスを別の聖遺物と交換するという方針はどうなったのでしょうか……」


「それなんだよなぁ。なぁドグマイア。実際どう思う?」


「……ザファラに発生した魔王、か。正直に言うと、そこに近づくのは危険だな。何名集まるかは分からんが、最低でも英雄が十名。騎士に至ってはその数倍はいると思っていい。かなり大規模な作戦だ。そんな中に、俺のようにフェトラスが魔王だと気がつくヤツも出てくるだろう」


 ここでドグマイアは一瞬黙った。


「……どうした?」


「……いや、なんでもない」


 彼は何やら気になることがあるらしい。だが眼前の魔王――フェトラス以上に気になることなんかあるのだろうか? 


「なんだよ。また都合の悪い事でもあんのか」


「…………ああ。ところで提案がある。シリックだけがザファラに向かうのはどうだ?」


「ふむ?」


「というかあんた達が平穏に過ごしたいと願うなら、これ以外に道は無いな。フェトラスはザファラに近づかない方が良い。わざわざ危険を犯す必要はないだろ。フェトラスにとっても、人類にとっても」


「……ま、正論だな。どうするシリック?」


 そう呼びかけながら彼女の方を向くと、シリックは手にした魔槍ミトナスをじっと見つめた。


「……ミトナスに聞いてみます」


「出来ないんじゃなかったか?」


「私も皆さんを見習って、腹を割ってお話しします。先ほどのフェトラスちゃんは、確かに魔王でした。私ですらそう見えた。今なら魔槍ミトナスも応えてくれるかもしれません」


「あ、危なくない? また変身しないかな?」


 フェトラスは怯えながらそう言った。


「わたし嫌だよ。シリックさんがどっか行っちゃうの」


 魔槍ミトナスに狙われることじゃなくて、そっちが怖いのか。


 俺は何となくフェトラスの頭をなで回して、シリックの方に向き直った。


「強引に意識を乗っ取られたりしないだろうな?」


「今までのケースだと、そんな乱暴な事はしないと思います。そもそも、ミトナスだってフェトラスちゃんの事は知ってるわけですし」


「ま、そうだな。やってみるか。ただしヤバそうだったら……悪いけど、ブン殴ってでも止めるからな?」


「はは。お願いしますね」


 皆が見守る中、シリックは少しだけ距離を取って魔槍ミトナスを構えた。


 静寂。


 集中が高まり、ある瞬間からスイッチが入ったかのようにシリックの雰囲気が変わる。


「……………………っ、ふぅ……」


 そして、シリックは再び目を開いた。


「だめですね。繋がってる気はするんですが、応えてくれません」


「マジか。貸して貸して」


 俺はヘイヘイとシリックに手招きした。


「俺もやってみる」


「ロイルさん、めちゃくちゃですね。聖遺物に対して、まるで犬か猫と遊ぶみたいな感じです」


「実際近い気分だな」


 俺は笑いながら魔槍ミトナスを手に取り、かつてのように語りかけた。


『ハロー? ミトナスくーん。元気ー?』


〈――――。〉


『あらま。無視ですか。酷いなぁ。俺とお前の仲じゃないか』


〈――――。〉(イラッ)


『お前を王国騎士に引き渡すつもりだったんだが、意外と難航してる。すまんな』


〈――――。〉


『それと、確証があるわけじゃないんだが、どうやらカウトリアが現世に帰って来たっぽい。マジで何となくのレベルなんだが、多分帰って来てる。どうやら俺はもうマスターじゃないらしいけど』


〈――――。〉(戦慄)


『ところで今更な相談なんだけど、俺とかシリックに相応しい聖遺物って知ってるか? はっきり言うと、フェトラスを護るために使いたいんだが』


〈――――。〉


 ポツリと、魔槍ミトナスは応えた。


〈――――――――シルベール〉


 断絶。魔槍ミトナスと繋がっている気配が完全に切れた。


 シルベール。


 俺はその聖遺物の名前を知っている。


 世界で一番有名な聖遺物と言っても過言じゃない。


 歴史書、テキストはおろかシルベールをモチーフにした聖遺物は創作の物語にもガンガン出てくるくらいだ。曰く、神に最も近い聖剣。


 それは歴史上において唯一「確実に存在した」と明言されている月眼……大魔王を討った剣の名前だ。


 月眼の魔王・テグアを討った、分身剣シルベール。


 俺は魔槍ミトナスをコンコンコンとノックしながら文句を言った。


「テメェ。よりによって伝説の武器の名前を口にしやがったな。とっくの昔に失われたヤツじゃねーかそれ」


「お父さん、何の話しをしてるの?」


「ミトナスに盛大な皮肉・・・・・を食らったんで、何とかして仕返しをしたいって話しさ」


「???」


 問い。フェトラスを護るのに相応しい聖遺物は?

 答え。世界で最強の聖遺物。


「このヤロウめ。物干し竿代わりに使ってやろうか」


 憎たらしいヤツだ、と俺は思いながらミトナスをシリックに返した。


「どうやらミトナスは使えないらしい。良かったのか悪かったのか」


「……まぁ、現状で使用不可能ってことが分かったので良しとしておきましょう」


「シリックは前向きだな」


 はは、と笑って深呼吸。


 さて、マジでこれからどうっすかね。


 ちらりとザークレーの様子をうかがうと、彼は肩をすくめた。


「王国騎士団としては、魔槍ミトナスは逃したくない。是非とも欲しい一品だ。どうせ使えないなら譲って欲しいんだが」


「うーーん……使えないとしても、これは俺達にとっても切り札であり交渉のカードなんだがな。大金をもらっても、それで聖遺物が買えるわけじゃないし」


「では考え方を変えるとしよう。シリックさん。あんたは先ほどのフェトラスを魔王だと認識したな?」


「あくまで先ほどは、です。フェトラスちゃんは相変わらず可愛いですし、私は大好きなんです」


 ギュッとミトナスを握りしめたシリックは堂々と言い返した。


 それを受けて、ドグマイアはともすれば殺気の籠もった顔でこう言った。


「それはそれでいい。フェトラスがフェトラスであるのならば、脅威的でもない。だがもしも彼女が人類に牙をむいたら。世界を滅ぼそうとしたら。……その時は分かっているな?」


「…………。」


「魔槍ミトナスがあれば、何体の魔王を屠れるか分からない。その戦力を、銀眼の魔王フェトラスへの抑止力・・・と考える。そうすれば、お前達がミトナスを所有し続ける事にも納得出来るってもんだ」


 なるほど、と俺は思った。確かにそう考えればミトナスは戦わずとも役目を果たしていると言える。


「そしてフェトラス。俺はお前にもその覚悟を求める」


「覚悟って?」


「もしもお前が人々に害をなそうとした時は、そこのシリックと殺し合うことになる、ということだ」


「え、やだよそんなの」


 素早い、そして透き通るような拒絶だった。


「お父さんだけじゃない。シリックさんが傷つけられそうになったら、きっとわたしは戦うよ。相手が誰であろうとも、決して許さない・・・・・・・


 それはある意味で宣戦布告のようだった。


「勝てる勝てないとかじゃなくて、ただわたしは全力を出す」


 最早「戦うな」というお願いはフェトラスに通用しない。彼女は戦えるし、勝てるのだ。そして彼女は自分と、自分が好きなものを護るためならば殺戮けんりを行使する。


「だから、ごめんなさい。そんな覚悟は決められない。正直に言うね? シリックさんを護るために戦って、その結果シリックさんと戦う事になる、っていうのは全然意味が分からないよ」


 自身から発する威圧に気がついた彼女はそれを押さえ、胸に手を当てたまま真摯にそう言ったのだった。


 それを見てティリファが淡々と呟く。


「ま、そりゃそうだよね。ドグマイア、勘違いしちゃいけないよ。この子達はあたし達と違って、聖義の使者じゃないんだから」


 ふと、その言葉の中の一つが気になった。


「なんかさっきも口にしてたよなそれ。聖義の使者ってなんだ?」


「うーん。王国騎士としての矜持きょうじの一つ、かな?」


「――――我々は正義では戦わない。正しさと悪は、個人の立場によってコインの裏表のように入れ替わる。そしてそれではダメなのだ。そのように不安定な動機では惑わされることもある。故に、我々は正義ジャスティスではなく聖義せいぎを胸に抱くのだ」


「……その二つは、違う考え方なのか?」


「――――個人が抱く正義は否定しない。だが我ら王国騎士、聖遺物と共に魔王を討つ者。一個人の感情で動く者ではない。我らは神より賜りしなる遺物を大とし、使なり」


 ザークレーの言葉を引き継いで、ドグマイアが語る。


「ご存じの通り『王国騎士』とは個人を指す言葉じゃない。俺達はあくまで『集団』なんだよ」


 なるほど。

 よく分からんが、なんとなく分かった。


 要するにこいつらは、人間だれかを護るために、人間じぶんを辞めてるんだろう。


 本当は好きな事をしていたい。戦いたくない。死にたくない。そんな当たり前の感情を押し殺して、魔王という途方も無いものに挑むのだ。人としての正義ではなく、聖なる大義を胸に抱いて。


 苛烈な生き方だな、と胸中複雑に思っているとフェトラスが首を傾げた。


「正しい事と、悪い事。それ以外にも考え方があるんだ……」


「そうだよ。人間は一人では生きられないからね。あたし達は自分よりも、人間を大切にしなくちゃいけないんだ」


「どうして?」


「これはこのセラクタルで生きている人達の責任なんだよ。連綿と続く命の系譜。誰か・・が命を賭して護ってきた人間という種族と歴史。これを後世に繋ぐためには、やっぱり誰かがその誰か・・・・にならなきゃいけないんだ」


「…………よく分かんない」


 フェトラスはぽつりと零した。


「わたし魔王だけど、別に殺戮を――――この星の命を根絶やしにしよう、なんて思ったことないよ。でも他の魔王は違うのかな? みんな、誰かや何かを殺したくて仕方ないのかな」


「――――我々が見てきた魔王は、ほぼ全てがそうだったよ」


「本当に?」


「まだ幼い魔王はちょっと違うかな。まだ自分が何なのかを理解していない魔王。でも名前持ちの魔王は全員が殺戮者だった。殺戮すること。ただそのために存在する精霊」


「そうじゃない、ただ楽しく生きたいってだけの魔王は本当にいなかったの? 一人も?」


 切ない表情で、苦しそうにそう尋ねるフェトラスにドグマイアは静かに答えた。


「……もしかしたら、楽しく生きたいって願っていた魔王もいたのかもしれないな。ただ俺達が戦ってきた魔王は、やっぱり強くて怖かった。出会った瞬間に始まるのは『殺し合い』でしかなく『話し合い』なんてあり得なかった」


 ふと、俺はとある噂話を思い出した。


「でも魔王が捕獲されたケースもあるんだろ? 牢屋に捕らえられたり、客として招かれたり……まぁ全部魔王が吹き飛ばしていったらしいけど、会話が全く成立しないって事はないんじゃないか?」


「ロイルさん。あんたは自分の異常性をもっと理解した方がいい」


「む」


「魔王と会話する事は可能だとしても、わかり合うことは不可能・・・だ」


 ドグマイアはそう断じた。



「…………」

 俺はフェトラスを見つめた。


「…………」

 フェトラスも俺を見つめた。


「へい」

「へい!」


 片手を上げると同時にハイタッチが決められる。


「イェイ」

「イェーイ!」


 拳を突き出すと、彼女も軽やかに拳を突き出して当ててくる。


 そんな無言のやり取りの次は、言葉を交わす。


「フェトラス。お前の好きな食べ物を当ててやろう」

「何かなナニかな。当てられるかな~?」


「って言っても、今まで食ってきたもの全部好きだろお前」

「正解~!」


「じゃあ俺の好きな食べ物を当ててみな」

「んー。お父さんって意外とアッサリした食べ物が好きだよね。さっき食べたセストラーデ流のお鍋。あれのスープとかはかなり好みだと思うんだけど、本当は海鮮のダシがしみこむ前のスープも味見してみたかったんじゃないの?」


「完璧すぎて怖い」


 少し呆れつつ、俺はドグマイアの方を見た。


「えっと、何の話しだっけ? 魔王とは? 分かり? あえない?」


 半ばからかうように尋ねると、ドグマイアは嘆息した。


「お前等は人間と魔王っていうよりも、親と子だろうが」



 フェトラスは目を丸くした。



「わぁ」

「わぁ?」


「わたしはいま、ドグマイアさんを許しました」


 その瞳には慈愛が溢れ、彼女は天使のように微笑む。


認めてくれて・・・・・・ありがとう・・・・・


「……どういたしまして」


 ドグマイアは片手を額に当てて、天を仰いだ。


「…………俺もヤキが回ったもんだ」






「お父さんだけじゃない。シリックさんが傷つけられそうになったら、きっとわたしは戦うよ。相手が誰であろうとも、決して許さない」



シリック(キャアアアア! なにこれなにこれ超嬉しいんですけど!)


シリック(……でも、フェトラスちゃんが私を護る、かぁ)


シリック(…………負けてられない、な)




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