3-26 世界で唯一の魔族
ザファラ郊外。森の奥地。
イリルディッヒは目を細めた。
《ほう……まさかとは思ったが、本当に成し遂げるとはな》
視線の先にはカルン。そして死んだ魔王リーンガルドがいた。やがては肉体も消滅するだろう。
《魔族が本当に魔王を殺せるとはな……おそらく世界でも初めての事だろう》
魔族であるカルンの左腕に装備されたソレ。
聖遺物ゼスパ。
水色の籠手。腕のないカルンでも問題なく装備出来た。不思議なことに指先の精密な動作も可能としており、義手というよりはまさしく「神の手」だった。
《よくやったカルン。想像以上だった。誇るが良い。お前という存在は今、この世界でも最高峰の希少価値を持つ》
イリルディッヒとしては珍しく褒めたつもりだった。
だが、カルンは半泣きでこちらを振り返って怒鳴った。
「どの口が言うんですか! あ、あなたがけしかけたんでしょう! ああ、あああ! やってしまった! こともあろうに魔王を! 魔族の私が手に掛けてしまった! なんということか! おじいちゃんに何て説明すればいいんだコレ!?」
《……説明しなければいいではないか》
「そもそもイリルディッヒ、貴方が悪い! あなたが全部悪い!」
カルンはとても怒って……いや、動揺していた。高揚もしていた。興奮してるし、悲しんでるし、迷ったり、憤慨していたり、嘆いたりしていた。
イリルディッヒは少し思案した。
自分が何をしたのだろうか、と。
とても強い魔王がいる、と聞きつけやってきたザファラ。この地には無数の英雄が集いつつあるようで、周辺一帯には高い緊張感があった。
英雄達による集団討伐、というのは少し珍しい事態だ。そしてイリルディッヒが知るフェトラスという魔王はかなり珍しいタイプだ。更に言うならば銀眼。集団討伐も当然であろう。《もしかしたら》という気持ちで彼らはザファラを訪れ、その魔王を探していた。
集結しつつある英雄達を差し置いて、イリルディッヒは空からの偵察により、魔王の根城と思われる場所を特定。降りたってみると、付近に人間の死体が転がっていた。
どうやらその人間は英雄だったらしく、聖遺物を装備していた。
功名心から単騎で先走り、返り討ちにでもあったのだろう。
つい先ほど戦闘が終わったらしかった。死体はまだ温かい。というかパチパチと燃えている。もしや魔王は負傷したのだろうか? 魔王にとって天敵であるはずの聖遺物も破壊される事なく放置されていた。
聖遺物、か。
魔王殺しにはうってつけの武器だが、自分では使えない。そう思っていたイリルディッヒだが、同行者のカルンに何気なく《そういえば魔族でも聖遺物は使用出来るのか?》と興味を抱いたのがキッカケだった。
「ま、魔族の私が聖遺物を、ですか」
《本来ならば魔族は魔王に隷属する。だが、今のお前は違うだろう? もしかしたら便利かもしれんぞ》
「魔王を殺すための武器ですよ? 聖遺物なんて、発見次第即破壊が鉄則です」
《だが我らはフェトラスを殺すために旅をしている》
「…………」
《お前の本音がどうであれ、お前は殺戮の精霊の、命の敵の危険性を理解している。もしもフェトラスがお前の言うおじいちゃんとやらを殺そうとしていたら、どうする?》
「それ、は……」
《カルン。銀眼を呼びし者よ。責任を果たすためには力が必要だ》
「…………」
カルンは無言で、死体から聖遺物を引き剥がした。
水色の籠手。端から見るととても不思議な質感をした防具だった。
「武器には見えませんね」
《だが聖遺物だ。何か特殊な力を有しているのだろう。お前は聖遺物を見るのは初めてか?》
「勿論ですよ。しかし……聞いていたのとはずいぶん印象が違います」
《印象、か》
「ええ。人間共が魔王を殺すための武器。人間が信奉する神とやらが不条理にもたらした、害悪。しかし……こうして手に取ってみると、なんてことはありません。人の言う神聖さも、魔族として抱くべき嫌悪感もない。ただ無機質であるとしか」
《ふむ……まぁいい。試してみよ》
「うえぇぇ……心底嫌だなぁ……」
カルンは小さく本音をもらしつつ、その籠手をじっくりと検分し、言った。
「というかそもそも、この籠手左手用ですよ。私にはもう装備する手が無いんですが」
《入れてみればいい》
「いや入れても動かせないんじゃ意味が……」
ぶつくさと言いながら、カルンが籠手をはめる。
途端、カルンの表情が変わった。
「な」
水の雷、とでも表現すればいいのだろうか。
籠手に液体状の雷めいたものがまとわりつき、それは起動した。
「え……? あ……そんな……いや……いいえ、違う、違うのです……ですが……」
《カルン?》
様子がおかしい。何かと話しているような、心神喪失状態のような。
ややあって、まるで暴走するように籠手は暴れ回った。
《ツッ!》
緊急回避。
まるで拒絶反応だ。カルンから離れるために聖遺物が暴れているような。
距離を置いて観察する。その籠手は、まるで蛇のように伸びて、荒れ狂っていた。ガスン! と岩壁を砕き、ブシャァ! と地面をえぐる。
伸びる拳。その聖遺物は、伸縮拳と呼ぶべき性能を有していた。自在に伸び縮みして、暴れ狂っている。
しかし当のカルンは静かにたたずんでおり、時折何か喋っているようだった。
対魔王の武器。自分に害があるとは思っていなかったし、そもそも発動出来るとすら思っていなかった。単純に好奇心を抱いて、それを実験してみたかっただけ。暴走されてしまっては逆効果だ。
《カルン!》
その者の名を呼ぶと、伸びきっていた籠手が、まるで獲物を捕捉したかのように静止して、その拳をこちらに向けた。全身が警告を発する。あれは敵だ。
やむを得ん、カルンには悪いが腕から切り落とすか、とイリルディッヒが覚悟を決めた時、カルンは淡々と言った。
「いけませんよ。貴方は、魔王を殺す武器です」
やがて籠手はするすると、名残惜しそうに元の形へと戻っていった。
《…………》
「……ふむ。なるほど」
カチャカチャと、腕の無いはずのカルンはその籠手の指先を動かした。
《……大丈夫か、お前?》
「ええ。大丈夫です。しかし……何なんでしょうね、コレ」
どうやら暴走は収まったようだ。戸惑いつつ近づくと、カルンは苦笑いを浮かべた。
「見てください。手が動きます」
カチャカチャ。
《うむ。そうだな。良い義手を見つけたらしい》
「義手というか……何というか。この子、意思がありますよ」
《なんだと?》
「会話出来ました」
《なんと》
実は聖遺物のことはよく知らない。いかに魔王殺しに有効とはいえ、所詮は人間が使う武器だ。魔獣であるイリルディッヒには使えない、無用の長物であった。
「この子の名前は、ゼスパ。聖遺物ゼスパです」
イリルディッヒは短い回想を止めた。
《私が何をしたというのだ》
「だから、貴方が魔王リーンガルド挑発したんでしょうが!」
そうだったか?
イリルディッヒは再び回想に身を沈めたのだった。
死体の発見場所から更に奥に進んでみると魔王がいた。残念ながらフェトラスではなかった。リーンガルドを名乗るそれは確かに強者ではあったが、銀眼にはほど遠く及ばない。
我々のいきなりの登場に魔王リーンガルドは「また敵か!」と憤慨していたが、相手が魔族と魔獣、という珍しい組み合わせに戸惑っているようでもあった。
どうやら長生きした部類らしいので、丁寧に話しかけて情報を引き出そうと試みた。
彼は最初こそ警戒していたが、我々の丁寧な物腰を見ていくぶん緊張感がとけたようだった。多くの英雄達に狙われている、という現在の状況から少しだけ息抜きがしたかったのだろうか、その魔王は意外とよく喋った。
《それにしても何故一人なのだ? 配下はいないのか》
「大所帯でいると見つかり易いのでな。あらかたは喰ってしまったわ。そこそこ出来るヤツは陽動で動かしておる。側近は……さっきの戦闘で死んだ。使えるヤツではあったが、弱いのでは仕方あるまい」
《配下を喰ったのか》
「別に不思議な事ではなかろう」
《――――確かにな》
「で、結局お前等は何なのだ?」
年を重ねた魔王は傲慢不遜な態度で岩に腰掛け、軽くアゴを突き出した。
「暇つぶしだ。語れ」
《この魔族、カルンの主を探している》
「なんの為にだ?」
《会いたいそうだ》
「ふん……よく見たらお前、さっき殺した人間の聖遺物を持ってきたのか」
ここで魔王は初めてカルンに話しかけた。ただの魔族など眼中に無かったのだろう。
魔王に意識と眼差しを向けられたカルンはどのように応対するのだろうか。恐怖か? 緊張感か? トラウマを思い出すか? そんなネガティブな予想を立てたが、カルンは意外な程に平然と答えた。
「はい。とりあえず放置するわけにもいきませんでしたし……まぁ、義手代わりに使えそうなので」
「忌々しい。命令だ。すぐに壊せ」
「めいれい?」
カルンはキョトンとしていた。
「……何故あなたに命令されないといけないのでしょうか。とりあえず久々に左腕が使えることは私にとって喜ばしい事なのですが」
「……? 貴様、魔族のくせに魔王であるこの我に逆らうのか?」
「いえ、逆らうというか、そもそも従う義理がないというか……私の主はフェトラス様なので……」
「ハッ。この魔王リーンガルドよりも、消息不明の魔王とやらに義理立てするか」
ほんの少しの苛立ちと、好奇心。
魔王はカルンではなく、イリルディッヒに問いかけた。
「おい、その魔王とはどのような者なのだ?」
《かなり特殊な魔王だ。発生と同時に人間に保護され、まだ一年程度しか生存していない》
「人間に保護されただぁ!? ハッ、ハハハハハハ! なんだそれは。その魔王とやらは何を考えておる! なぜ殺さぬ! 意味が分からぬな!」
魔王リーンガルドは獰猛な目つきで笑った。
「そのようなザコに従い、我の命令を無視するとはいい度胸だな魔族!」
「……雑魚?」
「人間に保護された魔王など、おるはずもない。いたとしたらソレすら殺せぬザコではないか。それに従うお前も相当だな。見れば翼も欠けておる。ああ片腕も無いのか。実際にお前もザコなのだな」
「フェトラス様が、雑魚?」
カルンは呆然と繰り返した。
「ザコではないか」
不遜な態度のまま、魔王リーンガルドは身を乗り出してカルンを威圧した。
「保護されるなど、魔王から最も遠い言葉。我らは殺戮の精霊・魔王。全てを統べて殺す者。それ以外に目的なぞない。楽しいことはたまにあるがな。……人間如きに甘やかされた誇り無きザコになど従ってどうする?」
空気の質が変わる。見えないはずの威圧が、視界を歪ませる。
「命令だ。壊せ」
「嫌ですよ」
はっきりとカルンは拒絶の意思を示した。
それが愉快で、思わずイリルディッヒは笑い声を上げてしまった。
「……何が可笑しい、魔獣」
《カルンから言わせれば、お前なぞフェトラスに比べると雑魚に等しいそうだ》
「殺す」
魔王リーンガルドは、正しく殺戮の精霊として振る舞った。
即座に放たれた魔法。【爆刹】。ジリ、と胸元の空気が違う何かに変換された事に気がついたイリルディッヒは咆吼でそれをかき消した。致命的なはずのそれは、不発のまま終わる。
「ほう。いい反応だ」
《今のは敵対行動と見てもいいのか?》
「敵? 何をほざくか。この魔王リーンガルドに敵などおらぬ。いるのは全て殺戮対象だけだ。散るがいい。【縛炎】!」
掲げられた両手から炎の鎖が現出する。
この時点で、イリルディッヒは「殺す」か「逃げる」かの選択肢を思い浮かべた。
年を重ねた成体の魔王。
コレを討伐するために多数の英雄が集められている。危険指数はかなり高い。銀眼ほどではないが、それに近いほどの影響力が出始めているのだろう。
形勢された自分の軍勢を惜しみなく喰ってしまったことから、かなりフットワークが軽い魔王だと推測される。
また、扱う魔法の属性は炎。攻撃的でプライドが高く、殺戮の意思も強い。お手本のような魔王だ。
総合的に見てかなりの強者だ。
勝てるだろうか、この命の敵に。
(だが銀眼討伐を掲げた私は、このようなただの魔王に負けるわけにもいかない)
イリルディッヒは覚悟を決め、笑みを浮かべた。
殺す。
現出した炎の鎖は、それなりに精密な動作が可能なようだ。相手を縛り、同時に燃やす。どれぐらい射出出来るかは不明だが、攻防を同時にこなせる良い魔法だ。そして身動きが取れなくなった所で、本命の魔法をぶつけるという戦略なのだろう。暴力的ではあるが、短絡的でもない。厄介な事だ。
遠距離から魔法をぶつけるか、あるいは肉薄してその喉笛を食いちぎるか。
消極的に考えるなら距離を取るべきだ。空を飛べるというこちらのアドバンテージはかなり大きい。上空から魔法を降り注ぐだけで大抵の敵には勝てる。飛行しながらなので命中率は悪いが……いざとなったらそのまま逃げれば良い。
積極的に考えるなら、肉薄した方が早い。どうせ魔王相手に無傷で勝てるはずもないのだ。魔王リーンガルドが慢心している間に致命傷を与える、というのが実は勝率的に考えると一番有効だ。
そんな作戦を瞬時に思い浮かべたイリルディッヒ。そして彼は、『消極的な案』を採用した。
我々の本当の狙いは銀眼の魔王フェトラスだ。このようなただの魔王とやり合って怪我をしているヒマはない。
《カルン、飛ぶぞ! 私の背に乗れ!》
自分だけならすぐに飛び立てるのだが、これは仕方が無い。
積極的なプランを採用すれば、カルンは十中八九死ぬからだ。せっかくの輩を失うのは惜しい。
魔王リーンガルドが炎の鎖を現出させ。
魔獣イリルディッヒが《背中に乗れ!》と叫び。
魔族カルンは、左手を突き出した。
全てがほぼ同時であった。
そして最も早く状況を変えたのは、カルンだった。
荒れ狂うような姿で水色の籠手、聖遺物ゼスパは暴れまわり、魔王リーンガルドの片足を掴む。
「なっ」
そしてそのまま魔王を上空に放り投げた。
空に舞った魔王リーンガルドを、聖遺物ゼスパは再び捕縛。そして、勢いよくそれを地面に叩き付けたのであった。
イリルディッヒは息を呑んだ。
魔王を殺す魔族――――!
いるのか? 可能なのか? そのような者が存在出来るのか?
ありえない事だが、イリルディッヒは魔王と戦闘中という事を一瞬忘れ、そしてそのまま魔王と魔族の戦いを見守ることにした。
地面に叩き付けられた魔王リーンガルドは「グハァッ!」とうめき、かなりのダメージを負ったように見えた。
「あなた……怪我をしていますね? 動きが鈍い」
「き、きさま……」
「なるほど。この聖遺物ゼスパの持ち主に負わされた傷ですか。どうやら側近を失うだけでは済まなかったようですね」
しゅるりと、水色の籠手が元の形に戻る。
「さもありなん。噂の強大な魔王に単騎狩りを仕掛けるくらいだったのですから、かなり強い人間だったのでしょう」
カルンはそう語り続け、ふらふらと立ち上がる魔王リーンガルドを眺めた。
「さて、貴方には少し確認したい事、そして言いたいこと、何より謝罪してほしいことがあります」
「――――殺してやるッ!」
地面に叩き付けられた際に消失した炎の鎖が、再び唱えられた魔法によって現れる。
しかしカルンは再び聖遺物ゼスパを操り、魔王の左腕を吹き飛ばした。
強引な手刀。そんな印象の攻撃。
雷のように湧き上がる水。それを纏った拳が、魔王の腕と炎を切り裂いたのだ。
「グッ、グアアアアア!」
どさり、と切断された魔王の左腕が地面に墜ちる。
「確認します。――――あなた、本当に強い魔王なんですか?」
「魔族風情が……! 爆殺など生ぬるい! 貴様は四肢をもいだ後に、細胞を一つ一つ爆破してやる!」
そう吼えた魔王だったが、今度は音も無く伸びた聖遺物ゼスパによって、首をつかまれ、持ち上げられる。
「ガッ……」
「次に言いたいことがあります。フェトラス様は雑魚ではない。偉大なりし銀眼の魔王にして、優しく可憐なフェトラス様こそ、世界を統べる権利を唯一有する」
「銀眼……!? あり得ぬ! まだ発生して一年なのだろうが! しかも人間に如きに……! 蒙昧な虚偽を述べるで無いわぁッ!」
「そのザマでよく喋りますね、魔王。いっそこのまま首を折ってやりたい所ですが、貴方には謝罪してもらいたいことがあるのですが」
勝負あった、どころではない。
圧勝ではないか。イリルディッヒは嘆息した。
水属性と思われる聖遺物と、炎の魔王。相性が良かったのはもちろんで、魔王リーンガルドが手負いだった事もある。だが何よりカルンの思い切りの良さが勝負を決めた。
あそこまで冷静に魔王に攻撃出来るとは……。
よほど銀眼に、いいや、フェトラスに衝撃的な仕置きを受けたのだろう。かなりの強者であるはずの魔王リーンガルドだったが、それはカルンにとってフェトラスの実力がいかに凄まじいかを計る定規でしかなかったらしい。
恐ろしい。
カルンはリーンガルドを恐れていない。何故ならもっと恐ろしい魔王を知っているからであろう。――――もしそのフェトラスがまだ生き延びていたとしたら、一体どれほどの脅威なのであろうか。
と、イリルディッヒが思い浮かべた瞬間、それは訪れた。
言葉に出来ない感覚。
知っている感覚。
忘れてはならぬ、魔力の波動――――!
一瞬、追い詰められた魔王リーンガルドが発した気配かと思った。だがそれはやはり違う。こやつは銀眼には遠く及ばない。
《出た》
「何がですか?」
《フェトラスだ。間違いない》
淡々と答えると、カルンの表情が輝いた。
「本当ですか!? 生きて、生きていらしたのですね!」
とても魔王と戦っているとは思えない、少年のような笑顔だった。
対してイリルディッヒは難しい表情を浮かべる。
この魔力の波動。重み。世界に広がる気配。これを感じ取るために常時気を張っていたが、そんなものは必要なかった。それぐらい、この世界に発生したソレは濃密であり強大だった。
しかしそれと同時に、弱さというか……頼りなさを感じる。
土台が安定していない、高い塔のような。
《……かなり強くなっているな。だが、不思議と危機感を覚えられない》
「と、言いますと?」
《……会ってみぬと分からぬな》
「そうですか……では、早速会いに行きますか?」
待ちきれない、早く会いたい。そんな感情を隠さずにカルンはウキウキと身体を揺らした。
《うむ。さっさと始末することにしよう》
「それはフェトラス様を? あるいは?」
《無論、そこにいる魔王だ》
そして、カルンはあっさりと魔王リーンガルドを屠ったのであった。
それを討たんと集まった無数の英雄をさしおいて。
回想を終えたイリルディッヒは呟いた。
《私が挑発したというか、お前がいきなり魔王に攻撃を仕掛けたと思うのだが》
「魔王に攻撃されるような理由を作ったのは貴方でしょう!?」
それは確かに。イリルディッヒが笑い、そして魔王リーンガルドを雑魚だと評した事がキッカケではあった。しかし。
《……そもそも魔王とは、全てを殺すために活動しているのだが。挑発の有無なぞ関係ないのでは?》
「最初は会話が成立していたではありませんか! 別に戦う必要はなかった! そもそも、フェトラス様でないと判明した時点で撤退すべきでした!」
《魔王が仕掛けた後、背中に乗れ、とも提案したはずだが》
「う」
《それを無視して魔王を攻撃したのはお前の意思ではないか。フェトラスを愚弄されたのがよほど腹にすえかねたか?》
イリルディッヒは「ルールッル」と独特の笑い声を浮かべた。
《銀眼を呼びし者カルンよ。今やお前はその身に刻まれた責任を果たすための武器を手に入れた》
「……聖遺物ですか?」
《違う。魔族でも魔王を屠れるという、この世界でお前だけが持つ経験だ》
「…………」
《故に、お前には別の呼び名を与えよう》
「……えっ、ちょ、待って」
《魔王を屠った者に与えられる称号がこの世にはあるな?》
「やめて。お願い。マジでやめて」
《なぁ――――英雄カルンよ》
「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
カルンは両手で顔をふさぎ、地面に膝から崩れ落ちた。
カチャカチャと、聖遺物ゼスパは嬉しそうに音を鳴らしたのであった。
聖遺物・ゼスパ
消費型:体内における水分を消費する。
水色の籠手。
装飾は少ないが、他の防具とのカラーリングが致命的に合わず、とても目立つ。
伸縮拳。伸びれば伸びる程、攻撃力が落ちる。最大射程距離は不明。消費する水分量で変わる。
ゼスパ自身がある程度の意思を持って攻撃と防御を担う。使用者が自らの意思で扱う場合は、水分の消費が抑えられるが、要訓練。
起動時に大量の水分を必要とする。発動状態を維持するのにも水分が必要である。使用状態によって消費量が極端に変わるが、状態維持程度なら発汗と同程度と思われる。
使いすぎた場合、使用者は干からびるよりも前に死亡する。それは想像よりも早く訪れる限界。確証は無いが、医師の見解によると「血液の濃度が高くなりすぎるのが問題なのではないか」とのこと。連戦には明らかに不向き。消費するのが「水分」というありきたりなものだが、水分の補給が出来ない状況下での使用はとてつもなく危険であるため要注意。
実験の結果、川や湖といった水中での使用が最もゼスパに相応しいと判明した。水分を補給しつつ、同時に放つ。もし水中に生息する魔王がいたのならば、ゼスパはそれを一方的に蹂躙出来る可能性がある。
戦闘の際はゼスパが半自動的に稼働するが、会話は成立しない。
数値化したスペックは次項に記す。
(王国騎士団・聖遺物管理課の資料より抜粋)