3-23 自己紹介のそnnnnnn
ドグマイアは冷静さは取り戻したようだったが、敵意はまだ失っていなかったらしい。
元気に挨拶をしたフェトラスを、彼はにらみ返した。
「一体、どういうつもりだ」
「どうって言われてもなぁ……」
苦笑いのフェトラス。俺は助け船を出すことにした。
「自己紹介だとよ。フェトラスがいかに無害で、優しくて良い子かっていう」
そして俺の助け船をドグマイアは轟沈させた。
「あんたが一番意味不明だ。ロイルさん、あんたはやっぱり生きてちゃいけない類いの人間だ」
「……わーお」
ツバを吐き捨てる勢いで、ドグマイアから呪詛の籠もった視線を俺は向けられた。
「魔王の父を名乗る人間、だと? 逸脱者にもしても極めつけに狂ってやがる。百歩、いや、一億歩ゆずってそれがアリだとしよう。だが――――ロイルさん、あんたフェトラスが銀眼の魔王だと知ってなお、自分が魔王フェトラスの父であると、そう謳えるのか」
「声を大にして宣言したいね。フェトラスは俺の大切な娘だ」
「……一体何を考えてやがるんだあの馬鹿共。こんな狂気を今までスルーしてたってのか?」
ドグマイアが小さく毒づく。それは独り言にしては感情がこもりすぎていた。しかし彼はすぐに視線を俺に戻した。フェトラスではなく、俺に。
「ロイルさん。あんたは死んだ方が良い。それがあんたのためだし、ひいては世界の」
「ちょっと、ちょっと待って」
「あん?」
「お父さんを殺すとか、死んだ方がいいとか、そういうこと言うの金輪際やめて」
再び銀眼を抱いたフェトラスは、確かな口調でドグマイアに命令した。
殺意の有無なぞどうでもいい。ただ、銀眼がそう命令したのだ。彼は一生それを言わないか、死ぬかの二択を突きつけられた。
先ほどは「殺せ」だの「死にたい」みたいな事を言っていたドグマイア。だが今の彼は血の気が失せた表情で口をパクパクとさせる以外に何も出来ないでいた。言葉を失ってしまったらしく、返事が出来ていない。それを見たフェトラスは再度命令を下した。
「いい? 二度と言わないで」
「……わかっ、、た」
「ん」
フンスと鼻息を荒くしたフェトラスは腕を組んで、でもその次の瞬間には黒い瞳に戻っていた。
「お前、そこまで正確に銀眼をコントロール出来るようになったの?」
「ごめん。コントロールなんて全然出来ない。勝手になっちゃう」
「お、おう。そうか」
俺は呆れた声でそう言ったのだが、ドグマイアは違った。彼の声は震えていた。
「お前……今、俺に殺意を向けたよな?」
「むぅ。あんまり言いたくないけど、たぶん」
「馬鹿な……銀眼の魔王が殺意を抱いて、それを制御しただと……馬鹿な……ありえない……そんなことが可能な殺戮の精霊なんて、いるはずがない……」
だが再び実験する気にはなれなかったのだろう。彼は俺をチラリと見たが、もう「殺す」だと何だのは言わないようだった。しかしそれは恐怖のせいではなく、何か他の事を動機にしているようも見える。
しかしそう見えるだけで、実際に恐怖は刻まれたのだろう。
銀眼の魔王の殺意。うん。向けられたくないね。
殺意なんて、普通の人間から向けられても怖いのに。
「さて。まだドグマイアさんにはわたしの事を知ってもらわなくちゃいけないみたい」
どんどん自己紹介するよ! というテンションのフェトラスだが、ドグマイアの表情は拭えぬ恐怖と、焦りがあった。
「正気か。自己紹介だと? 俺を誰だと思ってやがる」
「知らない」
残酷に無邪気にフェトラスは微笑んだ。
「そっか。わたしもドグマイアさんのこと知らないんだ。一緒にご飯も食べてないしなぁ」
見かねたティリファが声をかけた。
「……おーい、ドグマイアー。もう諦めたら? これ無理だよ。絶対に勝てないし、そもそも始まってすらいない。分かるでしょ? フェトラスはこっちが怪我すらしないように振る舞ってる。英雄三人を相手取ってだよ? 次元が違いすぎる」
「何をノンキに不抜けてやがるティリファ、ザークレー。お前ら分かってんのか? このままじゃ近い将来、人間が絶滅するぞ」
「うーん……そう言われると少しは心が動くんだけど、やっぱダメだわ。この光景、綺麗すぎる。そしてこんなものを作るためにフォースワードを唱えてしまう魔王なんて、いるわけがない」
「……いるわけが、ない」
「そうだよ。確かにフェトラスは魔王かもしれないけど、なんていうか……魔王である以前にフェトラスなんだな、って。そう実感しちゃった」
「……いるわけがない……そうだよ。いるわけがないんだよ……そんな存在、無理がありすぎる……『空を飛ぶタカが、徒歩で山を登るようなもの』じゃねぇか……」
ブツブツと、何やら考え込み始めたドグマイア。
フェトラスは「むむむ。ドグマイアさんは例えが上手だね」と感心していた。
「……ロイルさん。あんたマジでフェトラスに何をしたんだ? 何をどうしたら、こんな……こんな風になる? これもカウトリアの力か? それとも何か特殊な聖遺物でも使ったのか?」
「俺とフェトラスが出会ったのは、俺がカウトリアを失って以降だぞ」
「なっ!?」
「パッと見じゃ分からんだろうが、そもそもフェトラスはまだ一歳にもなってない」
「う、嘘だろ......? ありえない......銀眼を抱くほどの魔王なのに、まだ一歳未満......!?」
「ついでに言うなら、カウトリア以外の聖遺物も使ったことはない」
ダメ押し気味にそう告げると、ドグマイアは酷い表情を浮かべながら絶句した。
「…………もうダメだ。理解が不可能だと悟った」
そして彼は失意からか、全身の力を抜いた。
「もういい。分かった。頼むから今すぐ俺を殺してくれ」
彼は俺を見ながらそう言った。殺戮の精霊ではなく、この俺を。
「なんでそうなるんだよ」
「もう何も考えたくないからだ」
「全然意味が分からんな」
口には出さないが、こう思う。
死にたいのならば、眼前の魔王に願えばいいだろうに、と。
(まぁフェトラスはお前を殺さないだろうがな)
「ドグマイア。お前が死ぬとどうなるんだ? 状況が変わるのか?」
「少なくともこの発狂しそうなシチュエーションからは逃れられるな」
「なんだその雑な嘘」
俺が真顔でため息をつくと、ドグマイアは『自分がかつてないほど追い詰められていて、まともな精神状態ではない』ということを自覚したらしい。
ため息。そして舌打ちが聞こえた。
「チッ……忌々しい。ああ、もう。分かった。抵抗しないから、この戒めを解いてくれ」
「ダメ」
フェトラスが即座にそれを断じた。
「なんかドグマイアさん、変な顔してる。嫌な予感がするからまだダメ」
「…………分かったよ。気長に待つさ」
「あー! 適当に答えてれば、わたしが許すとでも思ってるでしょ! 言っとくけどわたし、ドグマイアさんに一番怒ってるんだからね!」
いぃ~、と可愛い歯ぎしりで怒りを表明するフェトラス。
「――――怒れる魔王、か」
「そうだよ! プンプンなんだから!」
ザークレーが怖すぎるワードを口にしたが、しかし、まぁ「プンプン」と口で言っちゃうような子供が怖く見えるはずもなし。
ザークレーもティリファも、何か微笑ましい物を見るかのように「ふふっ」と笑った。
戦闘行為よりも会話の方が圧倒的に長いわけだが、ドグマイアの行動を見る限りこの「自己紹介」はまだまだ時間がかかりそうだ。
と、ここで俺は思い出した。
「フェトラス」
「なーに?」
「俺は腹が減ったんだが、お前はどうだ?」
「お腹す……んんん~。うん! お腹空いた! お鍋食べたい! さっきあっちの人がお鍋作るって言ってた! セストラーデ流!」
「素直で大変結構。というわけで、申し訳ないが作ってもらえるだろうか。……あ。っていうか材料あるか……?」
コレがドグマイアの画策だとしたら、もしかして材料とか積んでなかったりする?
「い、一応あります」
「そっか。よかった」
俺は出会った頃とはうって変わって、すっかり人間臭いリアクションをするようになった王国騎士達に声をかけた。
「えっと、あんた達の気持ちは分かる。すごく分かる。でもな、あんた達はきっと死を覚悟してこの場に臨んだんだろうけど、申し訳ないが俺達はそんな気さらさらない。ただ腹が減ったんで、みんなで食事を摂りたいんだが」
「……り、了解です」
王国騎士達は馬車の方へと走っていった。
見ると、行者さんは近くで失神していた。
喰らうがいい。聖遺物にすら効いた必殺技。題して「モノ食ってる時のフェトラスは可愛い」だ。
「お鍋♪ お鍋♪ 具材の奏でるハーモニー♪」
「フェトラスはお鍋が好きなの?」
「うん! 野宿してる時は直焼きかお鍋の二択が多いんだけど、お鍋は楽しいよね。入れる調味料で全然味が変わるのがすごく楽しい。不思議だよね。塩だけでも煮ても美味しいけど、味のついた草とか入れるとまた味が変わってもっと美味しいの。大好き。でもそればっかり食べてると、また塩だけのお鍋が食べたくなったりして」
饒舌だ。うっきうきで語ってる。
それをじっと聞いていたティリファは、少し黙った後にこう言った。
「……そっか。フェトラスには『好き』がたくさんあるんだね」
「嫌いなお鍋って食べたことないなぁ」
「いや別に鍋限定の話しじゃないんだけど……というか嫌いな食べ物とかあるの?」
「…………ない! ぜんぶすき!」
そして遠慮無く腹の音が鳴った。しかしフェトラスはそれを隠そうともせず、照れることもなく、はっきりと「お腹すいた!」と宣言した。それを耳にした王国騎士達の顔色が変わる。
『はよ作らな殺される』
そんな焦りがはっきりと見えたが、それと同時に『なんでこんな時に俺達は鍋を作ってるんだ? 最後の晩餐か?』という混乱も見えた。
きっと彼らには緊張感こそあれ、死への恐怖は薄らいでいるのだろう。
良い匂いが立ちこめてきた。
乾燥した魚がベースなのだろうか、豊かな海鮮の香りがする。
「すんすんすんすんすん」
「フェトラス。はしたないから止めろ。犬じゃあるまいし」
「お父さん、美味しそうだね!」
「まだ半分も完成してねぇ」
ちなみに世界はもう元に戻っている。あの幻想は消え、今はフェトラスが創った別の灯り……【宙宴】という、よく意味が聞き取れない魔法が作り出した光源によって、辺りを淡く照らしていた。まるで星明かりが増幅されたかのような明るさだ。
フェトラスのそばにはシリックが。そして隣りにはティリファが。皆で鍋の近くに陣取って、楽しげに雑談をしている。
縛られたままのドグマイアは静かだ。時折ブツブツと何か言っているようだが、感情の込められていない独り言。きっとアレは色々と呆然としているのだろう。
女達に混ざるのは気が引けたので、俺は自然とザークレーの近くに腰を降ろした。
「……お疲れさん」
「――――私は、疲れたのだろうか」
「精も根も尽き果てた、って顔してるぞ」
「――――十中八九、私はもう死んでいるんだと思う。目の前のこれは夢なのだろう。脳の誤作動だ。あるいは何らかの魔法のはず。そうでないと、この光景への説明がつかない」
「気持ちは分からんでもないが……一番信じられないのはなんだ?」
「――――私が生きていること。もっと言えば銀眼の魔王と相対したことだ。今までの人生において、そしてこれからの人生においてこれ以上の驚愕は無いだろう。だが一番信じられないのは」
彼はフェトラスをながめた。
「――――あの銀眼にのぞき込まれた時。私は死の恐怖ではなく、世界が終焉を迎えるという確信と、哀しみを覚えた。だけど今の……ああやってはしゃいでいるフェトラスを見ていると、先ほどの驚愕が幻だったように思える。それが、一番信じられない事だ」
ザークレーはフェトラスが魔法で創った光源を見た。
「ただ明るいだけの無害な魔法、か――――銀眼の魔王は世界を殺戮するだろう。だがしかし、今の私にはフェトラスはしないんだろうな、という謎の……なんというか――――すまん、上手く説明出来ない」
「放心状態になるのも仕方ないだろう。ちなみに俺も初めて見た時は心臓が凍り付いた」
俺はザークレーの言葉を継いだ。
「要するに、銀眼の魔王フェトラスが全然怖くない、と思ってしまう自分の感覚が正常なのか異常なのか分からん、ってことだろ」
「――――ああ。その通りだ」
「それな、セットで考えるから混乱するんだよ。銀眼の魔王は怖い。俺だって怖いわ。でもフェトラスは怖くない。それだけの話しさ。分けて考えろ、分けて」
途端に苦虫を噛みつぶしたかのような表情をザークレーは浮かべた。
「――――お前は本当に人間か? 色々な意味で」
「百人を斬り殺した剣を、殺人鬼が持ってたら怖いよな? でも、殺人鬼を捕らえた警官が剣を押収した、って図を想像しろよ。全然怖くねぇだろ」
ぽかん、とザークレーは口を開けた。
「――――先ほどドグマイアが言っていたが……お前は、本当に魔王崇拝者なのだな」
「いやいやいやいや。あんなのと一緒にすんな」
ガチの魔王崇拝者はとんでもなくアレだ。クソを漏らしながら楽しく歌うタイプの人間だ。同一視されては流石にプライドが傷つく。
俺が必死で否定すると、ザークレーは「う~ん」という表情を浮かべた。
「――――だが……ああ、いや、いい。分かった。そうだったな」
ザークレーは勝手に納得した。
「――――お前は魔王崇拝者ではなく、フェトラスの父親なのだな」
「最初からそう言ってるだろ」
彼は「狂ってる」と半笑いで呟いた。
だが彼の視線は柔らかくフェトラスを見つめていた。
「出来た? 出来たよね? これもう食べられるよね?」
「いえ。各自の器に盛って、最後にこの調味料をかけて完成です」
「おほー! なにそれなにそれ! 黒いソースだ! あ! 分かった! お刺身にかけて食べたヤツだ!」
「それとはまた別のソースですよ」
「なんてこったぁ! 世界はまだまだ知らない事だらけェ!」
大はしゃぎである。先ほどの忠告も無視し、犬のように香りを嗅ぎまくるフェトラス。もし彼女が本当に犬ならば、今頃その尻尾は振りすぎて千切れているだろう。
フェトラスがあんまりにも身を乗り出すから、応対していた王国騎士は苦笑いを浮かべながら彼女を押し返した。
「鍋は熱いので、あんまり近づくと危ないですよ」
「そうだった! それ、お父さんにもう百回くらい注意されたんだけどね!」
なんかもう、必殺技を披露するまでもなく王国騎士が普通の対応をしている。
……ああ、そうか。分かった。
魔王は英雄に名乗った。
そしてフェトラスはティリファ達に名乗った。
それと同じだ。きっと今の彼は、王国騎士ではなく、ただの男なのだろう。
鍋の具が入れられた器を渡され、その上にソースがかけられる。
「なんてこと。香りが……香りが……なにこれ……素材の匂いはもちろんだけど、スープの香りが格別。さらに少し酸味の効いたソースの匂いが、混ざったり、混ざらなかったり、不安定という完璧さをもって調和してる……これは完全に混ざる前に食べなくちゃ!」
クワッ! と目を開くフェトラス。
「いただきまぁぁぁぁ」
「フェトラス、お預け」
「す!?」
制すると、彼女は凄い速度で俺を睨んだ。
「お父さん!? いま、今なんだよ! このご飯のピークは今! この瞬間なんだよ!」
「食うならドグマイアの目の前で食え」
「分かった!」
たぶん理由は分かってないんだろうが、彼女は即座にドグマイアの前に立ち塞がり、叫んだ。
「いただきます!」
フェトラスの表情はこちらから見えない。
だが、ドグマイアの表情はよく見えた。
「ったー! 魚だ! 美味しさを凝縮された魚が、二……いや、三匹いる! 葉っぱ! 柔らかく味が染みて、無限に食べられそう! わぁ! こっちの野菜は甘い! これはクセになるね! 食べ応えも抜群だよ! むむ!? なにこのキノコ! 噛むとスープに負けない独特の風味! スープ、キノコ、スープ、ほぁぁぁ! スープが先に無くなっちゃった! あ、エビさん美味しい」
彼女はUターンして戻って来た。
「お願いです、おかわりをください!」
めっちゃ幸せそう。どんだけ美味かったんだよ。
その表情を見て、俺達は思った。
「いや、その前に俺達にも食わせろよ」
というわけで、みんなでお鍋を食べました。
フェトラスは、別に行けとも言っていないのに、二杯目、三杯目もドグマイアの前で立って食べた。毎回違う感想を叫びながら。
「時間の経過と共に素材の味がスープに馴染んでいって、これはもう三日三晩煮込み続けたら意味が分からないスープが完成するけど飲み干さない自信が無いから世界で一番大きい鍋を用意するべきだとわたしは思うんだけど!!」
彼女は四杯目を取りに戻ってきた。
鍋の中は、もうすぐ空。
少し肌寒い空気の中、温かい鍋はもうすぐ無くなる。
ドグマイアは小さく震えていた。
そんな彼に近づいて、俺はこう言ってみる。
「鍋、もうすぐ無くなっちまうな」
「ロイルさんの言いたいこと、伝えたいことはもう分かった。十分だ。クッソタレ。アレの特異性を認めよう。信じがたいが、クソ、認めざるを得ない。認識齟齬なんてレベルじゃない。アレは一体なんなんだチクショウ」
「もうちょい分かりやすく頼むわ」
「……魔王という精霊は、あんな風にモノを食わない。鍋が気に入ったのなら、いちいち小分けにしたりせず、全員を殺して鍋ごと奪う。いいや、そんなことよりも……魔王は、食べたことの無いモノに興味や執着心を抱く習性があるが、フェトラスは何回もお代わりをしている。お代わりだと? 魔王が? 興味も執着心も抱きながら、みんなで鍋をつつく魔王? 鍋料理が美味しいからお代わりする魔王? なんだこのフレーズは。俺も気が狂ったのか」
ブツブツと早口でつぶやくドグマイア。返事というよりも、途中からは完全に独り言だ。
俺は分かりやすい返事を期待し、こう尋ねた。
「フェトラスの食いっぷりを見て分かる通り、あの鍋めっちゃ美味かったぞ。ああ、でも今フェトラスが受け取ったヤツで最後らしいな。もう空っぽだ」
視線が合った。
「あんな美味いもんを食えなくて残念だったな、ドグマイア。繰り返すが、めちゃくちゃ美味かったぞ」
お前が素直になってりゃ、一緒に食えたのにな、と。
俺がそう微笑むと、ドグマイアは力なく笑った。
「確かに美味そうだったよ。この人でなしめ」
自己紹介が終わったのだろうか。
ドグマイアを封じていた水の鎖が消失する。
「ツッ!」
なんとかバランスを取って転倒を防いだドグマイアの眼前に、器が突き出される。
「はい、これドグマイアさんの分!」
「…………」
「まだ許してないけど、とりあえず食べよ!」
「!!」
息の仕方も忘れたかのような驚き方をドグマイアは示した。
「もうコレだけしか残ってないんだ。誰とは言わないけど、まだ食べたいって人もいたけど、ドグマイアさんだけのけ者で可哀相だからみんなに説明してもらってきたよ!」
「わかち……分かち合えるのか、お前は」
「うん! だってすごく美味しかったんだもん!」
転倒を防いだ彼だったが、差し出された器とフェトラスの微笑みを交互に見て、あえなく膝から崩れ落ちたのだった。
そしてドグマイアは、存外丁寧にその器を受け取ったのだった。
「…………いただきます」
俺はそんな光景を見て、じんわりと喜びを噛みしめた。
(うんうん。フェトラスは良い子に育ったなぁ……色々と焦ったが、あの状況下からよくぞここまで持ってこれたもんだ)
本当に良かった。
娘の前で、殺戮を繰り広げずにすんで。
(殺した方が楽なのにな。というか、ここから実際どうするべきなんだ? 口封じしないのか? みんなで食事してフェトラスは安全だと示して「じゃあ俺達のことは誰にも言わないでくれよな」と約束して解散か? バカバカしい。こいつらは王国騎士だ。人類の守護者だ。聖遺物の使い手だ。魔王の敵だ。フェトラスの敵で俺の敵だ。敵は殺さなくちゃならない。じゃないと身の安全は守れないからな。誰にも殺されない世界を作るためには、全員を殺すしかない)
ふと、俺は気がついてしまった。
知ってしまった。
理解してしまった。
そうか。
魔王が全てを統べて殺戮するのは、自分が死にたくないからか。
なるほど。死にたくないから殺す。凄まじくシンプルな動機だ。
では、世界に魔王しかいなくなったら、どうするのだろう?
残った魔王同士で殺し合うのか?
ではその最後の魔王は、誰もいなくなった世界でどんな表情を浮かべるんだろうか。
安心の微笑みを浮かべるのだろうか。
あるいは、最後に自分も殺してしまうのだろうか。いいや、それだと前述の仮説と矛盾する。
ふむ。
ああ、そうか、分かった。
【他の星の敵を、殺しに行くんだろうな】
《禁9case世旧*T型刻・外頭虚対*剣・星鎖・完了=適正化・神理獲得を確認・最優先事項として処理を開始・該当個体にアクセス・エラー・該当個体に神理無し・セキュリティレベル上昇・介入・失敗・対応不可・上位権限発動・本件を特殊事案として認定。問題解決のための所要時間、二秒。・・・失敗。同時に侵食を確認。問題解決のための所要時kあはははははははははははは! 所要時間!? そんなもの決まってるじゃない!》
【ではそれを永遠に繰り返し、他の生命体全てを殺戮した後は?】
【決まってる。再び産まれた命を、殺戮しに戻るのだ】
【では再び命が産まれない程に殺戮をし尽くした後は?】
【命が産まれるまで待つのだろう。永遠に】
【その時、その個体は何と呼ばれる? 神か?】
【違う。いつか現れる神を殺す、そう、正しく殺戮の精霊で在り続けるのだ】
「…………お父さん?」
《永遠に至る刹那よ!!》