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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
109/286

3-19 戦闘――――



 王国騎士達の乗った馬車はつつがなく城壁の外へ出た。


 ほぼ顔パスである。


 外に出て久々にフェトラスが口を開いた。


「ねぇねぇお父さん。お尻が痛くなっちゃいそう」


「ああ……そうだな。この振動は慣れないと辛いよな。よしよし。いつもみたいに俺の膝の上に来い」


 あぐらをかいてた俺はフェトラスを手招きする。


「よいしょー! フェトラス、定位置にて待機完了!」


 ぽふん、と俺の胸元に後頭部をよせたフェトラス。ううむ、ちょっと重い。


「思えばお前もデカくなったよなぁ……」


「えへへ」


「退屈かもしれんが、ここにいるみんなはお仕事中だ。迷惑にならんようにしなきゃな」


「お仕事。魔王退治だよね」


「……おう。大変な仕事だ」


 俺がそう言うと、フェトラスは王国騎士のメンツに向かって頭をさげた。


「みなさん、がんばってください」


 なんて優しい娘だろうか。俺は感動した。


 しかし。


『――――――――。』


 返事は無かった。


「無視されちゃった」


「……仕事中だからな」


 チクショーこのヤロー真面目だかなんだか知らんが、ウチの娘が応援してるでしょーが! 答えろよ! せめて頷けよ! なんだチクショウ! ブチ殺すぞ!・・・・・・


「ツッ」


「お父さん?」


「いや、何でもない」


 俺はフェトラスがかぶっているフードに顔をうずめて深呼吸した。


 特に何か匂いがするわけではないが、何となく落ち着く。


「ふー……ふー……」


「お、お父さん? どうしたの? 良い匂いでもする?」


「いや別に」


「じ、じゃあどうして頭のにおいを嗅ぐの? もしかしてわたし臭い?」


「全然。ふー……ふー……」


「い、いやぁん。やめてよぉ」


 フェトラスはパッと俺から離れ、シリックの横に座った。


「ああ、どこに行くの俺の癒やし」


「シリックさん! お父さんがなんか怖いよぅ!」


「ロイルさん。今のは確かにちょっと変態っぽかったんで自重してください」


「ガーン。ちょっとした親子のコミュニケーションなのに」


 ちらり、と王国騎士の連中を盗み見る。


『――――――――。』


 誰も何も言わなかった。


 意図的にこちらを見ないような、無視されているような。


「…………」


「…………」


 俺達が黙ると、馬車の中は静けさで包まれた。


 …………あれ?


 なんだろう。なんか嫌な予感がする。


 そう思うと同時、ザークレーが口を開いた。


「――――ロイル。お前に聞いておきたいことがある」


「なんだ?」


「――――これを見ろ」


 彼は懐から、己の聖遺物を取りだした。


 左手に持たれたそれはマン・ゴーシュ。短剣だ。


「ネイトアラス、か」


「――――あれから何度か試してみたのだが、鳴らないんだ」


「いつぞやはリンリン鳴ってたのにな」


「――――そうだ。最初にお前達の部屋に行き着いた時、確かにこれは起動していた」


「あっ。そういえばお前、俺達の部屋にあったパン盗んだだろ」


「パン?」


「北区のパン屋で買った、肉が織り込まれてるやつだよ」


「――――ああ、アレか」


「何だってパンなんか盗んだんだ? 腹でも減ってたか?」


「――――違う」


 ふふっ、とザークレーは微笑んだ。


「――――何せ異常事態の中に、普通にパンが置いてあったからな。逆に怪しいだろう? 後で調べようと思って手に取っていたのだが、お前が起きてしまったからな。うっかり持って出てしまった。あの後で鳥のエサにしてしまったよ」


「そうか。まぁしこたま奢ってもらったからパンなんてどうでもいいんだが」


「――――お前の覚醒っぷりは見事だった。ネイトアラスの連鎖封印から逃れる者は皆無ではないが、あそこまで速く迎撃の意思を見せたのは魔王にも魔族にもいなかった」


「…………っていうけど、俺が動けた時にはお前もう部屋から出てただろ?」


「――――私はネイトアラスを過信しない。どんなに完璧に封印が出来たとしても、私は決して油断しないようにしている。姿さえ見えなければ『夢だったか』と思ってくれるかもしれないからな」


「ふぅん……ああ、すまない。だいぶ話しの腰を折っちまった。ネイトアラスの起動について、だっけか」


「――――お前達を初めて認識した宿。そして、騎士達を連れて再確認に向かった時。お前達は既に宿から出ていた。その時の私はこう思ったんだ『魔王がこの街に侵入してきた。目的は不明だが、即座に狩るしかない』と」


「…………」


 これフェトラスに聞かせても大丈夫な話しなんだろうか。そう思ってちらりと視線を送ると、彼女とシリックは小声で何か会話を楽しんでいるようで、時折クスクスと笑っていた。


「――――あの時点でティリファは未帰還。ドグマイアは基本的に消息不明。私がやるしかないと思った。宿を出てどう追ったものかと思案しているうちに、シリックが現れて、やがては交戦に至り、そしてロイル達もその場に現れた」


「誤解で良かったよ」


「――――だが、その瞬間もネイトアラスは起動した。正確には私が使用したんだが」


「ん? 何か違いがあるのかソレ?」


「――――微妙にな。起動と発動は、少し違う」


 ザークレーは苦笑いを浮かべた。


「――――そしてそれ以降……つまり、お前達と食事を摂り、湖で話しをして、それからネイトアラスは鳴らなくなった。起動せず、発動も出来なかった。つまり魔王は消えたということになる」


「最初からいなかったんだろ、たぶん」


「――――あるいはお前達の隣の部屋にでもいたのかもしれないな」


「うげぇ。そら怖い話しだ。隣部屋で魔王が発生した、ってか?」


「――――さてな」


 ザークレーはゴソゴソとネイトアラスを懐にしまって、それからは黙りきってしまった。


 沈黙の馬車。ひそひそと、小声で話すフェトラスとシリック。


 楽しそうだなぁ。会話に混ざりたいなぁ、などと思いつつ、俺は静かに王国騎士達の同行を見守り続けた。


 誰も動かない。喋らない。もしかして寝ているのだろうか、と思うくらいに彼らは静かだった。



 やがてフェトラス達も会話に飽きたのか、静かになった。


 シリックの膝の上より、俺の膝の方が良かろうということでフェトラスは再び俺の胸元に帰って来る。


 静かにしておいた方がいい、ということは察したのだろう。彼女は何も言わずにぴったりと俺に背中を寄せていた。


 ガタガタと馬車が揺れる音だけが聞こえる。


 セストラーデの城壁はもう遠い。じっと観察してみたが誰かが追ってくる様子は見えない。いたとしても見えない、という意味も含むが。


 今夜はいい天気のようだ。雲一つなく、星がよく見える。


 馬車の中は薄暗く、静か。この振動さえマシならば簡単に眠りにつけそうだ。


 だけど振動はけっこうなもので、慣れるまでは眠れそうにない。


 やれやれ。これが二週間か。いつ逃げたものかなぁ。



 馬車に揺られ続け、それなりに時間が経った頃。


「……ん?」


 フェトラスがもぞもぞ動いた。


「どした」


「……いや、何も?」


「そうか? 身体がきつくなったらストレッチでもするといい。っていうかやっておかないと身体が凝り固まっちまうぞ」


「大丈夫だよ、お父さん。だってわたし」


 ぐー。


「お腹空いてないもん」


「…………くっくっく」


 思えば朝飯はメチャメチャ食ったが、それからは軽食しか取っていない。確かにそろそろフェトラスの腹が減る時間帯だ。


 はて。何か食い物ってあったっけ。


 いや、緊急用の保存食しか無いわ。


 基本的な飯の用意は王国騎士達に丸投げだ。


 寝ているだろうか、というささやかな不安はあったが俺はザークレーに声をかけた。


「すまん。何か食い物はあるか?」


「――――ふむ。もうそんな頃合いか。存外に早かったな」


「まっ、まだ大丈夫だもん! お腹空いてないもん!」


「――――フェトラスはそう言っているようだが?」


「すまん。ウチの娘は空腹感というか、飢餓感を覚えるまでは『お腹空いた』とは言わないんだ」


「――――そ、そうか。だが無理はするものではない。少し早いが休憩を取るとしよう」


 ザークレーは行者に声をかけ馬車を止めた。


 スッ、と王国騎士達は立ち上がり先に下車。


 恐らく周囲の哨戒しょうかい――つまり、モンスターや野党がいないかどうかの確認にでも行ったのだろう。ついでに簡易トイレを作ったり、飲み水や食料、まきを探したりもする。いやぁ懐かしいな。俺も団体行動を取る時はよくやらされたし、後期では逆にやらせたりもしてきた。


 ザークレーを先に降ろして、俺達も下車。


 街道のど真ん中、って感じだ。周囲には一軒家と同サイズの巨大岩石があるぐらいで、他には何もない。馬を止める木も無いので、行者は街道から外れ、その岩石の脇に馬車を止めた。


 大地が広い。夜空が広い。


 これはこれで美しいのだが、ぶっちゃけ俺達は見飽きてる。


(野宿ばっかり繰り返して、ようやくセストラーデについたかと思ったら一晩しかいれなかったな……)


 やれやれだ。


 そう思いつつ皆の動向を見守った。


 フェトラスは俺の隣りにいる。背伸びをしたり、深呼吸したり、お腹をおさえて「ぐぅー」という音が鳴らないように頑張っている。無駄だが。


 シリックは王国騎士達が作ったトイレにそそくさと駆けていった。うーむ。やっぱり緊張していたのだろうか。  


 ザークレーは岩石に背を当てて座り込んでいた。星明かりのおかげでよく見えるのだが、彼は目を閉じて瞑想していた。


 三人の王国騎士達は様々な動きを見せていた。

 トイレを作ったり、馬車から何か荷を降ろしたり。

 辺りの警戒を続けていたり。

 火を熾す準備をしていたり。


 別段異常は無い。


 敵影無し。


 ドグマイアも追ってはきてないようだ。


(消失剣パラフィック。肉体だけじゃなく、服とか装備ごと消失していた。もしかしたら馬車ごと消せるのかもしれない。だけど代償系って言っていたから、そこまでする事もないだろう)


 そんな手間を掛けるならとっくに殺されている。


 俺もフェトラスを見習って「んっ」と背伸びをした。


 まだ旅路は始まったばかりだし、ちょっとぐらい緊張を解いておいた方がいいだろう。どうせ後々でハラハラするし、今から全開じゃ保たないだろうからな。


 王国騎士の一人が火打ち石で種火をつくり、手早くそれを炎に変えた。


 ……しかし。少し妙だ。


「ずいぶんと大きいき火だな。煮込み料理でも作るつもりか?」


「…………ええ。人数が多いので、一度に作るのがセストラーデ流なんですよ」


「うわ。喋った」


 ちょっとびっくり。喋ってはいけないルールでもあるのかと思ってたぐらいなのに。


「しかしセストラーデ流、ね。良かったなフェトラス。野宿だが、俺達が普段食ってる手抜きスープよりはマシなもんが食えそうだぞ」


「楽しみ~!」


 背伸びのついでにバンザイしてみせる彼女。


 うんうん。身体の成長期は終わったみたいだが、モリモリ食べるといい。そのうち二回目の成長期も来るだろう。


 ……いや、あんまり大きくなりすぎると食費がヤバそうだが。


 ……いや、既にヤバいか。背が伸びても胃の大きさは変わりませんように。



 戻って来たシリックと交代する形で俺も用を足すことにした。


 巨大な岩場の影に置かれたトイレセットを使用して、すっきり完了。さてフェト、



 音。



 俺は反射的に空を仰いだ。


 雲一つ無い夜空に、もくもくと焚き火の白い煙。


 そして空気を切り裂く音・・・・・・・・



 なぜ気がつかなかった。


 あれが、狼煙のろしだということに。



 ドォオンッ! バキィッ!


 そんな、何かが岩石に突き刺さる音が遅れて聞こえてきた。



「ツッ……ティリファよー。お前、いっつもこんなことしてるわけ?」


「全然。まったく。ちっとも。あたしのグランバイトの切っ先は常に魔王にしか向かないよ」


「お前さぁ、アレだろ。この果てしない直線上のどこかに魔王がいるかもしれないから、使ってもセーフ。移動が楽なのは嬉しいオマケ、みたいな自己擁護してるだろ。なんだそのガバガバな理論」


「何でもかんでも決めつけるのはドグマイアのよくないクセだよ。だいたい当たってるから何も言えないけど、十回に一回は間違ってるって事を自覚した方がいい」


「……ふん。無駄話してるヒマねーや。手っ取り早く終わらせるぞ」


「あたしはまだ納得してないけどね」



 そんな声が岩場の中腹から聞こえてくる。その頃にはもう俺はフェトラスの側に駆け寄っていた。



 三人の王国騎士は抜刀済み・・・・


 ザークレーはネイトアラスを装備済み・・・・


 予想よりも小さな音を立てて地面に降り立ったティリファの右手にはグランバイド。


 そして、その隣りには抜き身のレイピア……消失剣パラフィックを構えたドグマイアが。



「なんのつもりだ」


「俺は嘘が嫌いなんだが、たまにはつく」


「へぇ」


「だから今は正直にこう言おう」




 明るい明るい星空の下。



「前言撤回だ――――殺しにきたぜ」



 ドグマイアは真面目な顔をしてそう言った。




 

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