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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-18 さよならセストラーデ



 出立まで時間はあった。


 あったのだが、常にドグマイアが行動を共にしていた。


「…………」

「…………」


 気まずい。


 ちなみにティリファは自宅へ。そしてザークレーは出発の準備に向かった。


「な、なぁ。ザファラって遠いのか? それなりに準備しなくちゃ……」


 どうしようもない沈黙を消すため、俺は無理に話しかけた。そしてドグマイアは普通に返事をする。もしかして気まずいと思ってるのは俺だけなのだろうか。


「準備なんて必要ねぇ。王国騎士達が馬車を出すからよ。それに黙って乗ってりゃいいだけの話しさ。飯も、水も、こっちが用意する。なんなら武装も不要さ。ロイルさん達が戦うことはねー」


「そうか……じゃあ俺達は何をすればいいんだ?」


「何もしなくていい。まぁ、最後にセストラーデって街をのんびり楽しめばいいさ」


「お前が近くにいるってだけで安心出来ないんだが?」


「姿が見えないよりマシだろ。言っとくけど、パラフィックは怖ぇーぞ」


「……不意打ちによる一撃、か」


「まぁな。ああ、でもあんまりにも強い魔王が相手だと、わざと正体をさらす事もあるかな」


「そうなのか?」


「例えば、いきなり斬りつけて魔王を怒らして、俺が逃げ出したとしよう。するとどうなると思う?」


「……見えない敵を倒すために、周囲一帯を吹き飛ばす?」


「まぁよくあるパターンだな。だが即座にそんな対応を取れる魔王も中々いない。何が起きてるか理解できねーからな。……んで、後日。再び俺が姿を現す。すると怒っていた魔王はなんて考えると思うよ?」


「もっと広範囲を吹き飛ばす」


「いいや、違うね。まず最初に恐怖するんだよ。いつ襲われるか分からない、という未知に怯えて四六時中警戒し始める。だからやがて疲れる。つまり弱る。俺はそれをひっそりと刈り取るだけだ」


「それは何とも……気の長い話しというか、なんというか。魔王が対応策をひねり出したらどうするんだ?」


「対応策なんて無いんだが……まぁ、面倒くせー状況になることはたまにあるかな。その場合は俺以外の英雄の出番さ。目の前の英雄と、背後にいるかもしれない俺の影に怯えて、大抵のやつらはオチる。まぁ一撃必殺だけが俺の得意分野ってわけじゃないということさ」


「そんなもんか……」


「そんな俺の姿が見えないのはロイルさんにとってストレスだろ? こうやって姿を現してるのは俺なりのサービスなんだよ。だから俺にもアイスを奢ってくれ」


 ドグマイアはそんなことを言いながら、一心不乱にアイスと呼ばれる氷菓を食べるフェトラスとシリックを指さした。


「あんなに美味そうに食われちゃ、たまんねーっつの」


「はふっ、はふっ!」


 まるで熱い物を食べるみたいに、フェトラスはアイスを食べていた。


「冷っ、たいっ! おいしい!」


「そんなに急いで食べなくても……」


「だって溶けちゃうんでしょ!?」


 そんな急に溶けるものなのだろうか。俺は首を傾げると同時、同じ様にアイスを食べていたシリックが「痛たたた」と声を漏らした。


「どうした?」


「いえ、なんか急に頭が……」


「氷をドカ食いするとそうなるんだよ。すぐに治るから気にするな」


 そう答えたのはドグマイア。


「ゆっくり食えばいい」


「そうします……フェトラスちゃんは大丈夫なの?」


「平気! ごちそうさま!」


 プハー! とアイスを完食したフェトラス。シリックのはまだ半分近く残っていた。


 ちなみに俺とドグマイアは食べていない。


「ねーねーロイルさーん。俺にもおごってー」


「いや自分で買えよ……この街の英雄様だろうが……」


「自分で金出して食うほどの物じゃないからなぁ」


 なんだその感覚。


 俺は無視することにした。


 ちなみに俺がアイスを食べない理由だが、持っている小銭がアイス二つ分でぴったりだったからだ。しょうもない理由だが、そんなもんだ。


「しかし実際のところ味は気になる。シリック、一口くれ」


「ええ。どうぞ」


 食べかけのアイスが差し出されたので、ありがたくいただく。


「……すげぇな。うん。確かに美味いわ」


「でしょでしょ! ねぇねぇお父さん、こっちのベリー味ってのも美味しそう!」


「そうだな。美味しそうだな。それはまた次の機会だな」


「えー!? お父さんも買って食べようよー! そしてわたしに一口ちょうだい!」


「お前の一口は大きいからなぁ」


「んまー! お父さんったらデリカシーぜろ!」


 大げさに口を開けて驚くフェトラス。なんとも愉快な表情だ。


 そんな俺達を見ていたドグマイア。


 そっと腰にぶら下がったパラフィックを撫でた姿が印象的だった。




 あっという間に夕方。


 街を観光したり、不要とは言われたがそれなりに旅の準備をしたり。


 結局この街で金を稼ぐことは出来なかったが、ここから先の旅費は王国騎士団の経費でなんとかなりそうだ、と俺は考えた。


(それでも英雄ザークレーが同行する旅ってんだから、どうにかして逃げなきゃな……)


 いつか魔王は露見する。どのぐらい隠せるかは分からないが、いつか、必ず。


 なにせフェトラスは潔白を証明したとは言いがたく、そして実際のところ潔白どころか月色だ。


(でも、ドグマイアよりはマシだ)


 そう思い込むことによって、俺は早急な旅を了承したのだ。


 ドグマイアの本意は未知数すぎる。


 俺を狙っている、とは言っていたが実際のところは分からない。フェトラスを全く狙っていないとは言いがたいのだ。


 そして俺が殺されてしまったら、確実にどうしようもない事になる。


「そろそろ支部に行くか。ザークレーも、元々出立が近かったし用意はもう終わってる頃だろ」


「出立の予定が元々あったのか?」


「おう。俺達三人はローテーションを組んで近隣の国をパトロールしたり、別の支部に出向いたりして情報交換をしたりしてる。まぁ基本的な任務だな。場合によっちゃ討伐隊を組む。今回のザファラみたいにな」


「そうか……王国騎士も大変だな」


「王国騎士所属の英雄といえば基本はこんなものさ。隠れてコソコソしてる魔王と遭遇したり、いきなり出現する魔王の国を小規模のウチに解体させたり、ってのは割とイレギュラーだ。ロイルさんも英雄なら分かるだろ? 魔王討伐の基本は?」


「集団リンチ」


「そういうこと。まぁ一カ所に戦力を集めすぎるのはリスクも高すぎるから、何事もほどほどが一番なんだろーがな」


 聖遺物がまとめて五個も六個もロストしたら、それだけでこの辺りの人間は大ピンチだ。そしてそういうケースは、極稀に起こりうる。


「ドグマイアは……英雄になれて良かったと思うか?」


「なんだその質問」


 彼はヘラヘラと笑っていたが、少しだけ口を閉じた。


「…………そうだなー。なるべきではなかった、っていうのが正直な感想だけど今更止められねぇ。俺は自分の役割を果たさないといけない」


「どうしてだ? どんな代償かは知らないが……何かを支払ってまで、英雄を続ける理由を俺は知りたい」


「俺がしなかったら誰かがするんだろうさ。でも俺は自分が出来ることを他人に投げ出しちゃいけないんだ。だって考えてもみろよー。この星の、セラクタルの人間全てが自分の役割を投げ出したらどうする? あっという間に終わっちまう・・・・・・ぜ?」


「……立派だと思う」


「まぁ英雄と王国騎士はちょっと事情というか、戦い方とか気概が違うからな。俺達は個人じゃなくて集団なんだ」


 だから、仕方が無いと。


 ドグマイアは小さく笑った。




 日が落ちる少し前。


 俺達は支部に出向き、用意されている馬車に案内された。


 俺が先に乗り込み、フェトラスが続く、そして最後に魔槍ミトナスを抱えたシリックが。


「お、おじゃましまーす」


 少し緊張しているフェトラスの声。俺は心配いらない、という表現のために彼女の肩にそっと手を添えた。


 馬車の中には三人の王国騎士が座っていた。


 それぞれが小さく会釈をしてくるが、口は開いてくれない。


「じゃあなザークレー。後は任せたぜ」


「――――全く。たまには説明をしてほしいものだ」


「出来るようになったらちゃんとするさ。約束する」


「――――ふむ」


 本当かよ、という表情を浮かべるザークレー。


「仕方がない。俺のとっておきの秘密を教えてやろう。耳を貸せ」


「――――む?」


「実はな…………」


「――――ふむ……!? ……なっ!? ………………」


 こしょこしょと、ドグマイアがイラズラ小僧みたいな表情で耳打ちをすると、ザークレーの表情は驚愕に染まっていった。


「ははっ、というわけだ。内緒で頼むぜ?」


「――――ドグマイア、お前……」


「そんな顔すんなよ。お前だから話したんだ。ちゃんと秘密は守れよ? 特にティリファとかには絶対に言うなよ。絶対だぞ」


「――――分かった」


 そう答えたザークレーの表情には、見たこともない感情が宿っていた。



 馬車に乗り込んだザークレー。これで馬車の中は、王国騎士が四人と俺達三人、そして馬車を操る行者が一名という構成になった。


「んじゃーな。俺はここで見送らせてもらう。ロイルさんの姿が見えなくなるまでここに居てやるから、こっそり馬車に同乗することもない。だから安心して旅立つといい」


「そうかい。それじゃあこれにて今生の別れだな。あばよ」


「あっさりしてるなー。気が向いたらいつでも来きていいんだぜ?」


「お前みたいなヤツがいる街なんか二度と来ねぇよ」


 馬車が進み出す。


 宣言通り、ドグマイアはそこに立ち続けていた。一歩も動いていない。


 馬車は速度を上げ始めて、ドグマイアの姿が遠くて小さくなる。


 だけどそれはいつまで立っても消失することはなかった。


 やがてかなりの距離が離れ、馬車が角を曲がってその姿が見えなくなってから、俺はようやくドグマイアの姿を監視するのを止めたのであった。


 ふぅ。


「さ、て……なぁザークレー。結局ザファラって街はどのぐらい遠いんだ?」


「――――――――」


「ザークレー?」


「あっ――――ああ。すまない。考え事をしていた」


「……さっきのドグマイアに言われたことか?」


「違う。ザファラの付近に発生した魔王について考察していた」


 そう答えるザークレーは、暗い顔をしていた。


「そうか……でも討伐隊が組まれてるんだろ? お前が眠らせて、誰かに討たせればいい」


「ネイトアラスと相性の良い聖遺物、もしくは私と相性のいい英雄がいてくれればいいのだがな。何はともあれその討伐隊に合流せねばならん。魔槍ミトナスと交換出来る聖遺物があるかどうかは不明だが、何はさておきまず魔王を討伐してからだ。いきなり性能不明な聖遺物を渡されても、大半の英雄は困惑するだけだろうからな」


「それもそうだな。んで、そのザファラはどれぐらい遠いんだ?」


「最速でも二週間だ」


「遠いんだか近いんだか……微妙な距離だな。こんなに慌てて出発する必要は本当にあったのか?」


「ドグマイアの言葉を忘れたか? あいつは、お前をずっと監視するぞ」


「心当たりがなさ過ぎるんだが」


 チッ、と乱暴にザークレーは舌打ちをした。


「ど、どうしたんだよ。なんかさっきから妙だぞ?」


「――――何でも無い。ロイルを監視する理由は私にも分かりかねるが、とにかくあいつが代償を払うのがイヤなだけだ」


「…………どんな代償なんだ?」


「代償だ。辛いに決まっている」


 ザークレーは答えなかった。


 俺も、それ以上は聞けなかった。




 何にせよドグマイアと消失剣パラフィックからは距離を取れた。


 このまま素直にザファラに行って、そこに滞在したとしよう。そこで一日遅れでこっそりとドグマイアが着いてきて、消失したまま俺の寝首をかき切ろうとしたら? なるほど、恐怖だ。いつかミトナスが「魔王を地の果てまで追い詰める」と言っていた時の不安感に酷似している。


 まぁ本当に殺す気があったのならとっくに俺は死んでいるはず。だから、こうやって慌ただしくも送り出したドグマイアには、何か事情はあるにせよ既に殺意とやらは無いのだろう。


(何はともあれ、早い内にトンズラこくとするか……場合によっちゃ、魔槍ミトナスとはそこでお別れだな……)


 乱暴に逃げて、指名手配なんてされたら本末転倒だ。


「よく分からんが、とりあえず魔槍ミトナスは獲得できて良かったな」ぐらいに思わせないといけない。


 いざとなったらシリックと打ち合わせをして「つわりが酷いので国に帰ります。英雄も諦めます」とでも言ってもらうか。それはドグマイアもザークレーも言っていたことだ。即ち――――戦いの宿命ごと、魔槍ミトナスを引き渡す。


 俺とフェトラスのためでなく、シリックのために。

 彼女は英雄なんて、死ぬまで戦う者なんて目指さなくていいのだ。


 娘を護るための武器は、まぁ、別の方法で探すしかないだろう。



 このさい本当にカウトリアを取り返すのもいいかもしれない。


 なにせ、超本気モードのフェトラスを鎮めた聖遺物だ。


 色々と問題はあるが、相性だけは抜群と言える。


 呼吸するより簡単に発動出来る聖遺物なんて早々無いぞ。


 でもなぁ、あいつ怖ぇもんなぁ。


 恐怖っていうよりも、なんだろう、敬意を含んだおそれとでもいうべきか。



 シリックが脇にはさんでいる魔槍ミトナスを見てみる。


 そういえばこいつ、カウトリアが「いつか帰って来る」とか言ってたな。


 うーーん…………うん……なんか俺が何かしなくても勝手に帰って来る気配はビンビンする。


 もしかして今、その名前を呼んだら飛んできたりしないだろうか。



 カウトリア。



 本当に小さなこえで呼んでみた。



 答えは聞こえない。



 俺の呟きは馬車の立てる音にかき消されたようだった。




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