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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-14 三種の聖遺物



「余ったソースをパンに付けて食べるとすごく美味しい!」


 と言っていたフェトラス。おかげさまで食べ終わったはずの皿はまるで舐めたように綺麗だ。俺は食器を下げに来た店員に「いや、違うんです。舐めたんじゃないんです。パンにソースを付けて食べたんです。信じてください」と説明し、店員は「そこまで喜ばれると嬉しいんですが、お客さん、大食漢ですね」と笑われた。


 まだ幼いフェトラス。女性であるシリックとティリファ。小食のザークレー。そして俺。


 なるほど、大食漢。そういう解釈になるのか。彼の中ではパンにソース付けて食べたのは俺という事になっているらしい。実際はフェトラスなんだが。


 さて。


 お茶を頼んだつもりだったが、ザークレーは珍しい物を飲んでいた。香りはいいのだが、苦いばかりであまり美味しくない真っ黒な茶。


「コーヒーか」


「ああ。『美味いコーヒーを探すにはとてつもない幸運と大金がいる』とはよく言ったものだ。私がいま飲んでいるのはコーヒーもどきだ」


 砂糖を惜しみなく入れている。あれなら確かに甘くなるだろうが、コスパが悪すぎる。不味いコーヒーでも普通の茶の三倍近い値段がするのだ。砂糖を入れるなら値段はもっと高騰する。


「王国騎士ってのは羽振りがいいんだな。さっきの飯代にしても結構な値段になったろうに」


「――――普段使わないからな。別に構うことはない。特にコーヒーは仕事をする前に飲むには最適な飲み物だ」


「ふぅん……」


 実は飲んだことがない。

 高級な嗜好品、なんてものは俺の人生には不要どころか存在しないに等しい文化だ。


 フェトラスのマネをするわけではないが、一口飲んでみたいなぁ、という好奇心はそれなりにあるが……。


「まぁいいや。さっそく本題に入りたいんだが」


「――――私からも聞かなくてはならないことがある。そして、順番的には私の要件を優先すべきだとは思うが?」


「は? なんで優先権がお前にあるんだ?」


「――――私は王国騎士だ」


 ぞわり、と。仄暗い殺気が広がった。そして彼はそのまま独り言を口にする。


「――――なるほどな、奇妙な感覚だ。そして今の私はこれを危険な事柄だと認識する」


「なんの話しだ」


 ザークレーは俺を見据えながら、ゆっくりと尋ねた。



「フェトラスは魔王なのか?」


「違う」



 返答は即座だった。


 そして会話が途絶える。


 空気ごと沈静化し、茶から立つ湯気だけが動いていた。



「――――ふむ」


「そもそも、何がどうなってアレが魔王に見えるってんだ?」


「――――まず第一に、ネイトアラスが反応した。私の所有している聖遺物だ。まさか街中で反応があるとは思っていなかったから焦ったものだ」


「なんだそりゃ。壊れてんのかよ」


「――――反応に従い、魔王の存在を捜索した。そして私はお前達が宿泊していた宿屋にたどり着いた。なぁ、ロイル。お前はあの時に意識があったから分かっているのだろう?」


「……何を分かってるって?」


「――――あまり聖遺物の能力を話すことは良くないのだが、それなりに勇気を出して言ってみるとしよう。ネイトアラスは『魔王を眠らせる』聖遺物だ」


「眠らせてどうするっていうんだよ?」


「その鐘が鳴り響く間、魔王は眠りから目覚めることが出来ない。どちらかといえば封印に近いだろう。そして核たる魔王が封印にかかれば、それは連鎖し、多少の時間がかかったとしても魔王の軍勢を丸ごと眠らせることも可能だ。そして、眠りについた魔王を私は数体狩ってきた」


「そりゃつまり……魔王の住処すみかに潜入して、暗殺する聖遺物ってことか?」


「概ねその通りだ」


「……とんでもなくリスキーな聖遺物だな。現存してるのが奇跡に思えるし、お前がそれを使いこなしてるのはとてつもない偉業だろ」


 俺は素直に感心した。


 魔王暗殺。それはつまり一名から五名程度の少人数で魔王に肉薄するということだ。俺は魔王テレザムの時に経験してしまったが、それは控えめに言って狂気の沙汰だ。


 ザークレーはスッとコーヒーを手に取り、優雅なため息をついた。


「――――まぁ詳細は聞くな。ともかく、あの時ネイトアラスは確かに起動していたし、その効果が発生していた。魔王がいなければ動くはずのない聖遺物が、だ」


 俺は沈黙という返事をかえす。


「ロイル。お前がネイトアラスの連鎖封印から逃れられたのには何か特別な理由があるのだろう。加護か、耐性か、あるいは呪いか。その詳細も興味深くはあるが、ひとまず置いておく。問題は二度目の邂逅時に、ネイトアラスが発動しなかったことだ」


「そりゃ、単純に魔王がいないからだろ」


いる・・


 それはとても短いが、強い確信の言葉だった。


「――――強く意識が覚醒している魔王には確かに効きづらい聖遺物だ。しかし、繰り返し鐘の音を聞かせれば意識は揺らぐ。だがあの場に居た者には……フェトラスには、効果がまるで無かったように見えた」


「だからウチの娘は魔王なんかじゃねぇって言ってるだろ」


「――――――――そうだな。とても魔王には見えなかったな」


 フッ、とザークレーは小さく笑った。


「だが残念ながら、人間にも見えぬ・・・・・・・


「ツッ……」


「――――アレは何だ? 人間にも、魔王にも見えぬ。無論、私は色々な意味・・・・でフェトラスが無害な子供だと信じたい。だが言い知れぬ感覚が確かにある。コレに名前を付けるとするならば『不安』という言葉が一番近いだろう。だが何に不安を覚えているのかすら分からない。食事を共にしている時は何も感じなかった。いいや、いっそ逆だ。あの子を疑っていた自分の感覚が馬鹿馬鹿しくすら思えていた。だが――――今、フェトラスの射程距離・・・・から離れてしまえば、その感覚は逆転する」


 重ねて問おう、とザークレーは続けた。


「あの子は、何なのだ?」


「俺の娘だ!」


 俺は思わず胸元に手を伸ばした。そこには使い古したナイフが収まっている。


「言葉に気を付けろよ英雄様。あいつを害するもの全てを、俺は殺戮してみせる」


「――――。」


 ここでようやく、ザークレーは俺を観察・・した。


 見透かすように。値踏みするように。疑うように。殺すように。



(あ。やっちゃった)



 あふれ出してしまった魔王性に乾杯。


 俺は頭をふって、痛々しく笑ってみせた。


「あんまり幸せな人生送ってねぇからよ。頼むから俺が唯一大事にしてるもんを奪わないでくれよ。大切で愛おしくて仕方がねぇんだ」


 観察の視線は力を増すばかりだ。


 もしザークレーが冷静なタイプでなければ、とっくに殺されていてもおかしくない。


 あの森の奥に一人で住んでいる青年は魔王かもしれない。いいや、無辜むこの民かもしれない。さぁどちらだろう?


 天秤にかけたとき、王国騎士は必ず「魔王かもしれないから殺す」という方針を採用する。そうでなければ生き残れないからだ。人類が。


 疑いが発生する、ということには必ず原因がある。『雪が無ければ雪崩なだれは起きない』という格言しかりだ。


 俺はもう、この不毛な会話を終わらせることにした。


「なぁ。フェトラスが何か迷惑をかけたか? 恐怖の存在に……殺戮の精霊に見えたか? 俺の娘には見えなかったか?」


「――――それは」


「確かにお前にとっちゃ、そのネイトアラスとやらが起動したことは異常事態だろう。誰よりも何よりも信用しているであろう聖遺物が臨戦態勢を取ったのなら、平常心を保てないに違いない。そのぐらいは想像がつく」


「その通りだ」


「……だから、用事が済んだらすぐにここから出て行くよ。まぁせめて、その用事っての聞いてほしいもんだ。つまりさっき俺が口にした商談ってやつだな」


「――――詳細は?」


「お前も見ただろ? 魔槍ミトナス。聖遺物だ」


 そこでザークレーは「然りしかり」という表情を見せた。


「冷静に考えてみろよ。魔王と聖遺物の使い手が一緒に旅するか? しねぇだろ」


「シリックは聖遺物の使い手なのか?」


「英雄だよ。こことは別の大陸だが、ユシラ領って所で魔王テレザムを討伐した。報告はまだ上がってないだろうけど、年内には王国騎士団にも届くはずだ」


「――――ふむ」


「そしてここからが本題だ。魔槍ミトナス……分類は代償型。まぁ所感としては『強い消費型』ってのが一番しっくりくるんだが」



 そして俺は魔槍ミトナスのスペックを詳細に報告した。


 人生代償型。契約時には明確な意思を有する。魔王殺害特化。意識を奪われ、ミトナスが肉体を動かす。変身……人体改造能力。再生機能。電撃を駆使する奥の手。色々だ。


 ただシリック・ミトナス・ヴォールだった頃のエピソードは伏せている。流石にそこまで話し込むと長くなるからな。


「――――で? その魔槍ミトナスをどうしたいというのだ。王国に献上して見返りを欲するのか?」


「違う。別の聖遺物が欲しいんだ」


 ここでザークレーは不似合いな表情を見せつけた。ぽかーん、って感じの。


「別の、聖遺物?」


 そして、俺はここから嘘を語る。


「俺はもうシリックに戦ってほしくない。英雄になんてなってほしくなかった。だけど彼女は、自分は英雄だからと『戦いの宿命』に身を置こうとしている。しかし魔槍ミトナスはシリックにとってあまりにも危険な聖遺物だ。魔王を見るや否や、本人の意思とは関係なく殲滅を選ぶ。――――例え、どんなに劣勢であっても」


「――――ふむ」


「また、魔王が逃げてしまったらもっと大事おおごとだ。なにせ地の果てまで魔王を追い詰める聖遺物だ。俺はシリックを取り返すことが出来なくなるだろう。アレはそれぐらい苛烈だ。とてもじゃないが、身が持たない」


「――――魔王殺害特化、か」


「魔王を目にしたら、ミトナスはそれを殺すまで絶対に止まらない聖遺物だ。個人で使いこなせる聖遺物じゃないんだよ」


「――――確かにな。お前の言っていることが真実ならば、それは個人ではなく集団で運用すべき武器だろうな」


 冷ややかにザークレーは笑った。



「――――本体さえ無事ならば、連続運用が可能な代償型の聖遺物。五人の王国騎士がいれば、四人まで死ねる・・・・・・・



 さすがにその発想はなかった、と俺は戦慄した。


「――――確かに強力で、頼もしい。戦闘に不慣れな者でも魔王を屠れる、という点が実に素晴らしい」


 ザークレーの笑みが一瞬消え、舌打ちが聞こえた。


「――――それで?」


「だ、だから、ええと……魔槍ミトナスは王国騎士が使うのが一番いいだろうと判断したんだ。だがシリックはただ献上するのではなく、自分も英雄の一人として戦い続けたいと言っている」


「――――故に別の聖遺物を欲すると? しかし聞く限り魔槍ミトナスは彼女に上手く適合しているのだろう? わざわざ適合するかも分からぬ他の聖遺物を求めるというのは、いささかチグハグな印象を覚えるな」


「俺がイヤなんだよ」


 それこそ、色々な意味でな。


「使ったが最後、魔王か自分がくたばるまで戻れない聖遺物。発動する度にシリックは二度と生きて帰れない賭けをしている。それを見ているのが、辛いんだ」


「――――ふむ」


「まぁどうせ『戦いの宿命』に殉じるなら、いつかは死ぬだろうさ。でも俺はシリックが死ぬ可能性を下げたい。劣勢を覆すのは執念ではなく、工夫だ・・・・・・・・・・。逃げようって提案したら頷いてくれるシリックでいてほしい。だから魔槍ミトナス以外の聖遺物が欲しいんだ」


「――――――――工夫。なるほどな」


 ザークレーは目を閉じて、大きく息を吸った。


「――――王国に行けば、お前達の希望に沿った聖遺物もあるとは思う」


「…………。」


「――――だがこのセストラーデでは難しいだろうな。この街には聖遺物が三つしかない」


 いや三つもあるのかよ。すげぇな。


「――――まず私が所有するネイトアラス。ティリファのグランバイド。そして三つ目がパラフィックという聖遺物だ」


「……割とポンポン教えてくれるんだな」


「――――魔槍ミトナスの性能は魅力的だからな。王国騎士団としては、非常に欲しい。故に多少は腹を割って話すさ。だが……いま上げた三つは、シリックには使いこなせないだろう」


「そうなのか?」


「――――流石に能力まで喋るつもりはないが、まずネイトアラスとグランバイドはシリックには適合しない。お前にも使いこなせないだろう。パラフィックは……まぁ、お前なら使えるかもしれないが、シリックには厳しいだろうな」


「ふーむ……っていうか、グランバイドの能力は何となくだが察しているんだよな」


「――――ほう」


「直撃じゃなくて余波だが、一発食らったし」


「――――。」


 ザークレーは頭を抱えて「事情は分かった。後でティリファには罰を与える」とため息をついた。


「外れたら恥ずかしいんだが……グランバイドの能力は、発動してしまえばキャンセル不可。移動に使っていた節がある。そして金属製の靴。恐らくだが、『直線距離を駆け抜ける聖遺物』なんじゃないか?」


「――――想像に任せる、とだけ答えよう」


 と言ったザークレーだったが、こうも続けた。


「――――どうやらお前も聖遺物については造詣が深いようだな。使った事があるのか?」


 グランバイドの能力に関しては、ほとんど正解だったらしい。


「想像に任せるよ。しかし、魔王を眠らせる聖遺物と、突撃型の聖遺物か……うーん、使いづらそうだ……パラフィックってのは、何なんだ? 気になるから、可能な範囲だけでいいから教えてほしいんだが」


「――――――――暗殺特化・・・・の聖遺物だ」


 暗殺系のネイトアラスを使うザークレーが口にする、暗殺特化。


「論外だな。いらねぇ」


 俺はげんなりした。


「俺達が欲しいのは、普通に戦える聖遺物だ。トリッキーなのはお前等に任せる」


「――――例えばどんな聖遺物を欲する?」


「そうだなぁ。単純に肉体強化系とか、索敵に強いヤツとか、遠距離攻撃出来る聖遺物とかがいいな」


「――――適合系、消費系のどちらかならば?」


「やっぱ使い勝手のいい適合型だな」


「――――――――そうすると、あまり強くはないな。魔王と戦う時は大人数の部隊がいるだろう」


「それでいいんだよ。魔王なんて、リンチしてなんぼだろ?」


「――――その発想は英雄の発想だぞ。しかしお前の名前を私は報告書で見かけたことがない。お前が使っていた聖遺物の名前は?」


 ありゃ。俺も英雄なのだと確信を持たれたらしい。


「お前が鋭いのか、それとも俺がうっかりさんなのか……まぁ、別に俺のことはいいんだよ。俺はもう魔王と戦う気なんてない。無理だ。普通に怖いわ。臆病者だと罵ってくれても構わんぞ」


「――――それはとても普通の感性だろう」


 窓の無い個室で、ザークレーは遠くを見つめた。


「――――出来ることなら、私も魔王と戦いたくなんてない」


 静かな音色だった。


 澄んだ本音が個室に響く。


 そしてザークレーはその声色のまま、こう続けた。



「――――世界と人類を守護する王国騎士団としてザークレー・アルバスが命ずる。魔槍ミトナスを直ちに献上せよ」



 それは「黙ってよこせ」という、徴収命令だった。


 



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