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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-11 ティリファ・ラング



 目が覚めた瞬間、こちらをのぞき込んでいた女の子と目が合った。


「やった! 起きたー! 起きたよドクター!」

「そりゃ起きるだろう。死んでたわけじゃあるまいし」


「ねぇねぇ大丈夫!? ごめんね、巻き込んじゃって! 頭痛くない!?」


「……まずその大声を止めてくれ。耳が痛い」


 そう答えながら俺は無意識の内、腰に装備しているはずのナイフを探した。無い。


「あ、もしかしてコレ探してる?」


 女の子がベッドサイドのテーブルに置いてあったのであろう俺のナイフを振って見せた。


「えっと、一応聴いておくけど貴方は王国騎士団の人よね?」


「――――。」


 女の子に敵意は感じられない。素早く部屋を見渡したが、少し離れた所に白衣を着た男が座っているのが見えただけだった。ここは……医務室?


 気がつけば俺は完全に武装解除されていた。鎧を外され、なんとも寝心地のいい格好だ。そしてそれがたまらなく不安になった。


「――――フェトラス!」

「きゃっ」


「フェトラスは、俺の娘はどこだ!」


 女の子からひったくるようにナイフを奪い、ベッドから立ち上がって壁に背を付ける。ここは医務室。何故医務室なのだ。俺はどのぐらい気を失っていて、ここはどこだ!


「落ち着いてよ。娘さん? あなたのおかげで全然怪我してないし、可愛い寝息を立ててたから仮眠室で寝せてあるよ。大丈夫だよ」


 なだめるように、柔らかい声を発する女の子。


 だが対照的に、医者風の男は視線を鋭くしていた。


「さてさて、君は王国騎士団の鎧と剣を持ちながら、どうやら王国騎士ではないようだ。では君はどちら様かな?」


「黙れ。フェトラスの所に案内しろ」


 殺気がコントロール出来ない。俺の頭の中にあるのは焦燥だけだった。


「大丈夫だってば。ちゃんと案内するから、落ち着いて? もう一回聞くけど頭とか痛くなーい?」


 言われてみれば確かに。後頭部がかなり痛い。触れてみると腫れ上がっていた。


「…………」


「ごめんね。アタシのせいなんだ……いや、ほんとゴメン!」


 すまーん! と言わんばかりに彼女は手を合わせて頭を下げた。


 なんだこいつ。


「つーか、何が起きたんだ……? ここはどこだ」


「ここは王国騎士団の支部で、医務室だよー」


「なっ!?」


 提示された解答に動揺が隠せない。


「何が起きたかっていうと、えーと、その、怒らないでね? 不幸な事故だったの」


「事故、だと?」


「うん。アタシがちょーっとズルしちゃって、あなたを吹き飛ばしてしまったの。ゴメンなさい」


「謝罪はとりあえずいい。ああ、もう、何もかもどうでもいい。フェトラスは本当に無事なんだろうな!」


 女の子を全力で睨み付けると、彼女はニッコリと笑った。


「大切な娘さんなんだねー」


 不思議な微笑みだった。


 子供、なのか? あるいは小柄な成人女性?


 そしてハッと気がつく。こいつは、俺のコントロール出来ていない殺気をぶつけられても全く動じていない。


 ここは王国騎士団の支部。完全なる敵地。


「……聞きたいことは山ほどあるし、言いたいこともある。だけど、頼む。まずは俺の娘の無事を確認させてくれ」


「ヒュー、娘さん愛されてるぅ。オッケーオッケー。ねぇドクター、連れて行ってもいい?」


「……そいつ頭痛が酷くなるようなら即刻連れ戻せ。そして、ちゃんと見張れよティリファ。得体が知れんからな。あとそのナイフは持ち歩かせるな」


「得体が知れないって、旧式の王国騎士の装備のこと? 別にいいじゃん。世の中にはそういうこともあるよー」


 大丈夫! と、ティリファと呼ばれた女の子は微笑んだ。


「子供想いの良いパパじゃん」


 そう言いながら、彼女は鮮やかに俺のナイフを没収したのであった。その動作は、明らかに「戦う者」の動きだった。



 医務室らしきモノを出ると、この建物が堅牢な物であることが分かった。かなり密度が高い石が使われているらしい。ここなら籠城戦ろうじょうせんも容易く行えるだろう。


 殺気はなんとか押さえられたが、その分だけ焦燥が強まる。緊張感も、危機感もだ。いざとなればこの女の子を人質にする覚悟すら俺は決めた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよー。あ! そうだ、お連れのお姉さんを街の外に置き去りにしちゃったんだった……門番に案内するよう『命令』してたのに、まだ来ないなー」


 シリックのことか?


「……俺はどれぐらい気絶していたんだ?」


「一時間ぐらいかな? おかしいね。いくらアタシが速いとはいえ、もうとっくに着いてもいいはずなのに。あ! アタシの名前はティリファ! あなたのお名前なーに?」


「…………ゼールだ」


「おや。偽名を名乗るとは意外(・・・・・・・・・・


「チッ、やっぱ分かってんじゃねぇか。お前何者だ?」


 王国騎士団の支部で自由に行動出来る女の子。

 医者には「不審者を見張れ」と言われていた。

 そして門番に命令出来る立場。

 

 入国の際の提出した書類に目を通すぐらいは出来て当然だ。


「アタシー? アタシはねぇ、ティリファ・ラング。こう見えて王国騎士団の一員なのだ!」


 天真爛漫に笑ってみせるが、うさんくささがハンパない。


 そして俺はすぐに、絶望的な答えを見いだした。


「聖遺物使いか」


「ピンポーン! まぁ、分かる人には分かるよね。普通、こんなラブリーな女の子が王国騎士団になんてなれるわけないよね」


 俺は焦りを、緊張感を、覚悟を隠した。


 ここは敵地のど真ん中で、目の前にいるのは宿敵だ。


「そうか。ずいぶんと幼く見えるが……俺をフッ飛ばしたのはお前なんだよな?」


「そうなんだよぅ。ごめんね。本当はグランバイドをあんな風に使っちゃダメっていっつも言われてるんだけど、移動が面倒だから、つい……ごめんなさい!」


 やたらと謝られる。あまりにも謝罪が多いので、俺は何となくそれが言い訳に聞こえた。


 こんなに謝ってるから、怖い先生には言いつけないでね、と言われているような。


 学童のようだ。子供のみたいな後ろ姿だからそれはなおさらだった。


「グランバイド。それがお前の使う聖遺物の名か」


「そーだよ。あ、ついた」


 彼女は少し先の扉を指さした。


「あなたの娘ちゃんはあちらに」


「ツッ――――」


 駆け出したくなる気持ちを噛みつぶす。


「無事なんだよな?」


「あなたがちゃんと護ってたから、傷一つないよ」


「……そうか」


 あくまでティリファに先導させて、俺はゆっくりと後をついていった。


 いざとなったら、この細首を――――。



「ZZZZZZZ」


 我が娘は爆睡していた。


「ありゃ。さっきまで可愛い寝息だったのに、今はずいぶんと大胆な」


「…………ツッ、はぁ…………良かった……」


 人質も敵地もどうでもいい。俺はフェトラスが寝ているベッドに駆け寄ってその無事を確認した。


 半笑いで寝ている。どうやら良い夢を見ているようだ。


「しっかし、よく眠る子だよね。最初この子も頭を打ったのかと心配してたんだけど、普通に寝てるだけっぽいし。よっぽど疲れてたのかな?」


「長旅だったからな。新しい街にはしゃいだりして疲れたんだろう」


 フェトラスの頭をなでて、俺はようやく安心のため息をついた。


 この部屋はどうやら仮眠室のようだった。二段ベッドが四つほど並んでいるが、ここにいるのは俺とフェトラスと、ティリファだけ。


「ねぇねぇ、ところでロイルさん。一つ聞いていい?」


「……なんだ」





その子って、・・・・・・なーに?・・・・




 脳みそが小さく凝縮されるような、茹で上がるような感覚を俺は覚えた。


「――――なに、とは?」


「どうして頭に角があるの?」


 スッ、と俺はティリファとの距離を詰めた。


 首をへし折る・・・・・・


 そのつもりで動いた。


「む」


 だが俺が最短距離で伸ばした手はあっさりとつかまれ、挙げ句、握りつぶされそうになった。


 なんという握力だろうか。捕まれた手首が砕ける予感を俺は抱いた。


「むむっ、いきなり女の子を抱きしめようとするなんて、イケナイ人」


 だが敵意は未だ感じられない。


 脳の熱は鼻の奥に移動し、やがては全身を狂わせる。


「やだ、目が怖い。どうしたのロイルさん。アタシ、そんなに変なこと聞いた?」


「…………寝ている人の娘の頭をなで回すとは、良い度胸してるな」


「えっ、それだけで激昂げっこうモードなの? ははぁ。溺愛するにしても常軌を逸してるね」


 小馬鹿にしたような口調。だけど相変わらずティリファは余裕綽々しゃくしゃくなので俺は少しだけ毒気が抜かれた。


「大丈夫だよ。誰にも気がつかれてないから」


「どういうことだ」


「どうもこうも。ちょっと気になったからさー。ねぇねぇ、本当にその子ってなに? 人間?」


「俺の娘だ」


「ふーーーーむ?」


 ティリファは目をパチパチと瞬かせて「ま、いっか!」と言った。


 改めて状況を見やる。


 堅牢な造りをした建物。採光と風を通すための小窓こそあるが、出入りできるような普通の窓はここには無い。


 目の前の女の子。ティリファ・ラング。聖遺物使い。どのような実力なのかは分からないが、その小柄な体躯には不似合いの握力を有していた。

 聖遺物を持ち歩いているようには見えないが……。


 そして一番重要なこと。こいつは、フェトラスの正体に気がついているかもしれない。


 双角がバレた。それは間違いない。


 しかし誰にも言ってない、のか?


 ま、いっかとは何だ。そりゃかつて俺が使っていた口癖じゃねーか。


 ティリファは俺の手首を解放し、ニッコリと笑った。


「このセストラーデには何をしに来たの?」


「……観光だよ。新婚旅行さ」


「あら。こんなおっきい子供がいるのに、新婚さんなの?」


「連れ子なんだよ。悪いか」


「別に。むしろいいんじゃないかな。子供にはお母さんが必要だよ。じゃあ、さっきのお姉さんがあなたの奥さん?」


「そうだ。っていうかアイツはどこだよ」


「まだ来てないみたいなんだよね。招待したのになぁ」


「……何のための招待だ」


「え。だって迷惑かけたし。お詫びしなきゃ王国騎士団の名折れだよ」


「――――」


 分からん。こいつは一体何なんだ。


「――――散々謝られたし、これ以上は不要だ。もう帰っていいか?」


「あら。もうお帰り? でもこの子まだ寝てるよ」


「背負って帰る。俺の装備はどこだ?」


「そんなに急いでどこ行くのさー。こんな時間だけどご飯ぐらい食べていったら?」 



「ご飯?」



 俺はでかいため息をついた。


「お前はなんでその単語を聞くと飛び起きるのかねぇ……おはようフェトラス」


「おはようお父さん……って、あれ? ここどこ? ご飯どこ?」


 スッ惚けた声。本当に怪我一つ無いようだ。良かった。


 ぱっちりと目を開けたフェトラス。彼女はすぐにティリファの存在に気がついた。


「あれ。知らない人だ。こんにちは!」


「はいこんにちは。元気な挨拶ありがとう。えーと、フェトラス、だっけ?」


「うん。わたしフェトラス。あなたは?」


「アタシの名前はティリファ・ラングだよ。フェトラスはお腹空いてる?」


「お腹……す、すいてないよ」


「あらやだ。この子ったら何で嘘つくの」


 ケラケラとティリファは笑った。


「実はアタシも帰って来たばっかだから、お腹ペコペコでさー。一人で食べるのも寂しいし、付き合ってくれない? お願いっ!」


 パチっ、と軽いウィンクを見せるティリファ。全く裏表がなく、本気で飯に誘っているように見えるのが怖い。


 俺は気がついた。これは、強者の余裕・・・・・だ。


「えー、しょうがないなぁ」


 ふふっと笑ってフェトラスは「お父さん、ご飯たべよ!」と俺に声をかけたのであった。


 俺もフェトラスに笑顔を返す。


「ダメだ。帰るぞ」





 ティリファはブーイングをしていたが、俺が強めに「装備返して」と頼むとしぶしぶ了承してくれた。シリックがこちらを目指しているかどうかは不明だが、このまま王国騎士団の支部とやらに居続けることはあまりにも恐ろしい。


(っていうか、あの鈴使いはいないのか? 顔もパーティー構成もバレてるんだから、速攻で襲われそうなものだが……)


 もしかしたら緊急事態と判断されて、現場が混乱しているのかもしれない。


 支部と言う割には、医者とティリファしかまだ会ってないのがその証左に思える。


(慎重に逃げなきゃ……)


 フェトラスにローブを深くかぶるように指示し、俺は敵襲に備えた。


「はい、あなたの装備。身につけてく?」


「ああ。せかして悪かったな」


「あはははー。いいよ。迷惑かけたのはこっちだし」


「……俺は気にしない。だからお前も忘れるといい」


「そう? このティリファちゃんに貸しを作る機会なんて早々無いと思うけど」


「もういいよ。とにかく俺は早く嫁と合流したい」


「嫁?」


 フェトラスが首を傾げる。


 俺は黙ってフェトラスの頭をなで回して黙らせた。


「うきゃ」


「フェトラス。とりあえずシリックと合流して朝飯食いに行くぞ。ちょっと早すぎるかもしれないが、港なら漁師のための飯屋をやってるだろうしな」


「港……オサシミだ!」


「ばっか、あんな高いもんホイホイ食えるかよ」


「ガーン!」


 フェトラスは大げさにショックを表明し、唇を突き出した。


「ちぇー。わたしオサシミもう一回食べたいなぁ」


「お。フェトラスはお刺身が好きなのかい? 良かったらウチで食べてく? ん?」


「えっ、いいの!?」


「ダメって言ってるだろうが。ほら、さっさと行くぞ」


「あー! おさしみぃー!」


 ズルズルと引きずるようにしてフェトラスを先へと促す。


 それを見ていたティリファは眩しそうに目を細めた。


「……うん。やっぱり気のせいだったか」


 その呟きを俺は聞き逃さない。だが、やぶ蛇なんて死んでもごめんだ。



 ティリファに案内されて俺達は屋外へと出た。そしてようやく気がついたのだが、この東区にある王国騎士団の支部はかなり大規模な施設だった。俺達が泊まっていた宿の三倍はあろうかというデカさだ。


 誰にも会ってないことが不気味で仕方ないが、常時何人ぐらいの騎士がいるのだろう。百か? あるいはもっと?


「夜明けにはまだ時間があるけど、港を目指すんなら大通り以外を通っちゃダメだよ。そこそこ変な人とかいるし。気を付けてね」


「ああ。じゃ、あばよ」


「ねぇねぇ。そこまで慌てて帰ると逆に怪しいよ?」


「はぁ……」


 俺はティリファに振り返って苦笑いを浮かべた。


「お前、マジで何なんだ?」


「何だ、とは何でしょう? 見ての通りの可憐な聖遺物使いですが」


「そうかい。(俺達のいない所で)頑張れよ」


「うん! めっちゃ頑張るよ!」


 彼女はそう言って大きな笑みを浮かべたのであった。



 足早に支部から立ち去る。


「ね、ねぇ。結局何がどうなってるの? さっきの人、聖遺物を持ってる人だったの?」


「そうだ。宿で話した通り、俺達は既に別の聖遺物使いに狙われてる。早急にこの街を離れる必要性があるけど、よく分からんウチにトラブルに巻き込まれたらしい」


 フェトラスの手を引きながら様子をうかがう。


「お前の体調はどうだ? もう眠く無いか? きつかったり、違和感があったりしないか?」


「んーん。なにも。たくさん寝たから元気だよ」


「そっか。良かった」


 港を目指すとは言ったが、船に乗るつもりはない。逃げ場が無いからだ。早急にシリックと合流して、時間の都合がつけば馬を買って速攻で脱出しなくては。


「チッ、見通しが甘かったか」


 小さく毒づく。魔王の気配はほとんど完璧に隠せていたはずだが、まさか見破られるとは思わなかった。しかもあんなに一方的に。


 ティリファはフェトラスの「お腹すいてない」発言で誤魔化されたようだが、真意は分からない。双角はバレているのだ。もの凄く都合の良い事を言わせてもらうなら「フェトラスは頭に変なコブがあって、それが親子共々すごいコンプレックスなんだろうな」って思っていてほしいものだ。


 何はともあれここは危険だ。


 奇しくも聖遺物使いティリファが俺達を見逃したことから、後日騒ぎになったとしても「えー、勘違いじゃない?」とか言って「そっかー」ってなって、討伐隊も組まれないというハッピーな展開を俺は望む。


 ……うん。自分で言っといてなんだが、そりゃあまりにも都合が良すぎるな。


 歩きながら俺はどんどん困っていった。


 やはり都会はダメだ。聖遺物も諦めよう。というかこの大陸からも離れた方が良さそうだ。人里から離れた所でひっそりと暮らすが一番平和だ。人間、欲張ってはいけないのだ。ある程度の妥協は必要だし「最高の人生」を諦める事こそが最善の選択といえるだろう。そう、その諦めは放棄ではない。選択だ。


 なんならあの無人大陸に帰るのもやぶさかではない。牛肉は無いが。


 兎にも角にもシリックだ。早く合流したい。


 最悪の場合置いて行くしか無いが、どうにかして連絡手段を探そう。


 真夜中というよりは早朝。眠る人間と起きる人間が混じる時間帯。まだ太陽はその気配すら見せていないが、少しずつ空気が変わっていくのが実感出来た。


(どうする……? 本当に港を目指すわけじゃないが、どこに行けばいい? どうせこの時間帯なら、日が昇るのを待って馬を買った方がいいかもしれない。それともとりあえず出国するか?)


 ネイトアラスとかいう鈴使いの動向は気になるが、一つ気がついた事がある。あいつの聖遺物はフェトラスの魔王の気配を感じ取ったらしいが、それならば何故俺達は未だ無事なんだ? 追跡出来ていないのか?


 真実が見えない。どうすればいいのかも分からない。


 ただ、シリックと合流することだけが俺に与えられた正解の選択肢だ。



 王国騎士団の支部がある東の区域から、中央の区域へとたどり着く。


 北は山だ。あまり人が通る場所ではないらしい。

 西は海だ。港がある。

 南は俺達が出入りした、このセストラーデの正門とも言える場所になる。


 どこに進むべきだろうか、と思案していると俺の耳に音が届いた。


 波音。風音。その間に金属音。


 戦いの音だ。


「なんだ……?」


 耳を澄ましてみる。

 

 西の方から聞こえてくるようだった。


 俺達が泊まっていた宿の付近、か?


 そしてこんな時間に戦う人間とは?


 シリック。

 ネイトアラス使いの王国騎士。


 追跡されなかった理由・・・・・・・・・・


「まさか!」


  

 まさか、そんな、もしかしてシリックさん、あなた王国騎士団にケンカ売ったりしてませんよね!?



「うあああああアイツならやりかねん!」


「ちょ、どうしたのお父さん」


 慌ててフェトラスを振り返る。どうする。置いていくか? ダメだ。何が起こるか分からない。そもそも本当にシリックがネイトアラス使いを食い止めてるかどうかも分からない。


「クッ、いいかフェトラス。もしかしたらシリックが王国騎士団と戦ってるかもしれない」


「ええっ、なんで!?」


「確証はない。だが、いいか? 色々スッ飛ばして言う。絶対にラベルに書かれた文字を忘れるな」


「り、りょうかい!」


「全部上手くいったら腹一杯サシミを食わせてやるから!」


「わーい!」


 フェトラスは至極真面目な顔で万歳をした。


「よし、良い返事だ! 覚悟も決まってるな!」


「大丈夫!」


「行くぞ、とにかくシリックと合流だ!」


 近づく度に、金属音がはっきりと聞こえるようになってくる。


 深夜とも早朝とも取れる時間帯。俺達は逃げるために鉄火場へと急いだ。






 そして俺達が宿泊していた路地の少し手前。


 五人の王国騎士に囲まれながら、ミトナスを振るうシリックがいた。


 思わず叫んでしまう。


「嘘だろお前! 正気か! なんで王国騎士と戦ってんだよ!!」


 応じた声は二つ。


「ロイルさん!?」


「――――魔王か!」



 それは脊髄反射のような速度だった。涼しげな顔をした男は、とても嫌そうな表情を浮かべ、マン・ゴーシュと呼ばれるカタチをした両刃の短剣ダガーをかざし、その鐘の音を響かせたのだった。


「騎士よ! 娘が昏倒したら即座に殺せッ!」


 その声は、確かに聞き覚えのある声。ネイトアラスの使い手。


 四人の騎士がこちらを振り返る。

 その瞳に宿る暗い鉄色のような意思を示された途端、俺の中のスイッチが入る。


 俺はすかさず騎士剣を抜き放ち、どれ・・をどの順番で殺すか考えたのだった。




 まぁ先に言うと、俺は誰も殺さなくて良くなったのだが。




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