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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-10 パン泥棒と剛力少女


 定期的に鈴の音は鳴り響いた。


 それを聴く度に、身体の緊張感が失われる。意識も同様だ。唐突に頭の中が白くなる。それは穏やかさと言うよりは「虚無」に侵食されるような感覚だった。


(って、冷静に考えてる場合じゃねぇ!)


 若い男の声の、会話のような独り言は続く。


「ふむ――――ネイトアラスが妙な動きをしたと思って、とりあえず様子だけ見に来たわけだが、確かに奇妙な状況だ。なぁネイトアラス。お前はどう思う?」


 答える者はいない。

 これは会話のようだが、やはり独り言のようだった。


「――――まぁ、殺してしまうのが一番合理的ではある」


 だが若い男は着々と結末に向けて思考を進めている。


 俺はなんとか自分の身体のコントロールを取り戻そうと、意識下で暴れた。


(うおおおおおおお!!)


 動かない。金縛りは解けない。俺の全力は、わずかに指先が動かせる程度にしか発揮出来ないでいる。


 リーン。綺麗な音が聞こえる度に意識は鎮まり、そして反発するように乱れる。



「ふむ――――」



 衣擦れの音。


 懐から何かを取り出す音。


 カシュゥッ、という、聞き慣れた音がした。


 鞘から刃物を取り出す時の、つまり抜刀音だ。


 やめろ! やめろ! やめてくれ! なぜこの身体は動かない! 魔法か? いいや、やっぱり聖遺物と考えるのが妥当だ。魔王の名を彼は口にした。こんなに早く目を付けられるなんて予想外だ! フェトラスは魔王の気配を隠していたはずなのに!


 相手を強制的に眠らせる系の能力か? だがここまで抵抗不可能・・・・・なものか?


 何か、何か取れる手段は無いか。チクショウ、どうにかしないと!


 その時、電撃的・・・に閃いた。


 いま俺の身体は聖遺物の影響下にある。それはあの日、魔王テレザムと戦った時の状況に似ている。即ち魔槍ミトナスの電撃に貫かれた時。


 悪い意味でだが、今の俺は聖遺物の力をまとっている。


 一縷いちるの望みをかけて、俺はあの名前を呼んだ。



(助けてくれ、カウトリア――――!)



 だが何の変化も訪れなかった。


 リィィン、という鈴の音だけが定期的に聞こえるだけだ。


 ……そりゃそうだよな! 愛には応えられないけど助けてくれ、だなんて! 傲慢にも程があるよな!


 しかし俺には他にすがれるものが無かった。


 ではどうする? もう打つ手は無いか? 諦めるか?


 いいや、それだけは出来ない。俺は絶対に諦めてはいけないのだ。諦めて得られるものは後悔だけ。それは俺が知ってる真理の一つ。断念するのと放棄するのは違うのだ。


 どうにかしなければ。


 だけど結論から言うと、やっぱり俺は何も出来なかった。


「ふむ――――?」


 俺が何かするよりも先に、男の声に戸惑いが含まれた。 


「これは……北区にあるパン屋の……?」


 パン?


「――――ふむ」


 パンがどうした。俺がさっき買ってきたシリックとフェトラスへのお土産だ。乾燥した肉が織り込まれていて、ある程度の保存も効きながら食い応えもあるパンだ。


「なるほど――――奇妙さが増したな。これはどういうことだ?」


 リーン。


「ふむ――――ここにいる三人の内、誰かが魔王であることは明白だ。ネイトアラスの響きがそれを証明している。だが……もしこの部屋に魔王がいるとしても、それはそれでとても奇妙だ」


 リーン。


「この部屋は、あまりにも普通すぎる。まるで旅する親子が寝ているだけのような。ここには血の匂いも、殺戮の気配も、捧げられる供物も見当たらぬ。あるのは売れ残りのパンだけだ。果たして魔王がこんなもの・・・・・食べるか?」


 リーン。


「――――ふむ?」


 こつこつと、足音が移動する。シリックのベッドサイドだ。確かそこには。


「なっ!?」


 そして巻かれた布を解いて、その男は見た。


「聖遺物だと……!?」


 布に包まれていた、魔槍ミトナスを。


「何なのだ……何なのだ、こいつ等は?」



 その間も俺は全力で金縛りを解こうと奮闘していた。


 指先だけが微妙に、じりじりと動かすことが出来る。鈴の音を聞く度に指は動かなくなってしまうが、俺はあと少しでベッドのシーツから腕を出せそうな位置にまで持ってくることが出来た。


 別に腕を出したところで何が出来るわけでもないが、意思表示は出来る。


 俺が抗っていることを。命を賭けていることを。



「魔王と、聖遺物と、普通の部屋――――」



 リーン、という音にかぶせて、笑い声が聞こえた。


「面白い。これは、奇妙を通り越して『あり得ない』ことだ。魔王と聖遺物が同室にあって、争いの痕跡が見えないとは。奇跡か、はたまた悪夢か」


 ふむ、という彼の口癖が聞こえて静寂が戻る。


 無音。だが男の気配は消えない。観察されている、という事実が浮き彫りになる。


 俺はその隙にブルブルと指先を振るわせ、ベッドのシーツから腕を投げ出すことに成功した。落下する左腕。静まり帰った部屋で発せられた、確かな衣擦れの音。


 ザッ――――そして即座に「リーン」という音が響いた。


「ふむ――――どうやら君は人間・・・・で、意識が残っているようだ。たまにあることだ。現実と夢の境界線上にいるものは、そのような状態、つまり金縛りのような症状になる」


 伝わった。


「しかしネイトアラスが完璧に決まってしまえば、魔王はコレの音色に抗うことは出来ない。よって、君は魔王ではない。必然的にこちらの女と子供のどちらかが魔王ということになる。そしてこの槍の聖遺物は女の側に。ということは――――この子供が魔王か」


 たった一つの動きから、そこまで看破されてしまった。


 どうやら躊躇っているヒマは無いらしい。


 俺はベッドから投げ出さなかった、もう片方の腕を必死に動かした。


 チクリ、というかゆみのような痛み。


 俺はさっき買ったナイフに指を這わせ続けていたのだ。俺にとって武装して寝所に入るのは割と当たり前の行為だ。見知らぬ街ならなおさらだ。


 そして今、ナイフで人差し指に切れ目を入れた。


 チクリという刺激が、ザクリという感覚に変わる瞬間。


「――――ふむ」


 痛み。流血。指先からの衝撃が全身に伝わり、俺は全身のコントロールを取り戻した。ベッドから飛び起き、目を見開く。体勢も無茶苦茶なまま俺は声のする方に突貫とっかんした。


「死ぃ、にさらせぇぇ!」


 だが声はしても、実体がそこには無かった。


「うおっ!?」


 突きだしたナイフは空を突き、そのまま俺は派手に落下する。


 無様をさらしてしまった俺だが、そのまま円運動でナイフを振り回す。ガッ、と当たった先は壁だった。


「――――あ?」


 部屋には誰もいなかった。


 荒れ狂う心臓を押さえながら、それでも警戒は止めない。


 無音。いいや、寝息と水面と風の音が聞こえる。俺の呼吸音は無視。


「…………夢?」


 そんな安易な解答を必死で否定して警戒を続ける。


「フェトラス!」


 俺はまず彼女に駆け寄り、その寝顔を確認した。



 よだれの垂れた、間抜けで愛おしい寝顔がそこにはあった。


「ふぅ……良かった……」


 シリックも確認してみるが、端正な顔つきのまま眠っている。えらく上品な眠り方だ。


 そして部屋の変化を確認する。


 外気にさらされたミトナス。そして、俺が買ってきたお土産のパンが消えていた。


 やはり夢ではないらしい。


「あの野郎……」


 確か、ネイトアラスという名前を口にしていた。恐らくは聖遺物の名前だろう。ならばあの男は、王国騎士団の一員とみて間違いない。


 しかも聖遺物の使い手だ。どの程度の実力かは知らないが、ハマれば「抵抗不可能」な状態に陥る。確証は得られないが、魔王の気配を隠しているフェトラスに気がつくとは、かなり優秀な魔王探知能力を有しているようだ。


 彼女らの安眠を妨げるのは本意ではないが、俺はすぐにフェトラスとシリックを起こすことにしたのだった。



「なぁに、おとうさん……ねむぃよ……」


「こんな夜更けに、どうかしましたか……?」


「聴いて驚け、パン泥棒が出た!」


『は?』



 慌ただしく部屋の明かりを一つだけともし、俺は騎士剣を手にしながら事の顛末てんまつを語った。


 魂に響く音色。

 抵抗不可能な能力。

 魔王を殺す者。


 そして何より、フェトラスが魔王だとアタリをつけられてしまったこと。


 それを語るとシリックの顔が青ざめた。


「王国騎士団に目を付けられた、ということですか……!?」


「そうだ。今すぐこの街を出るぞ」


「……そうですね、それがいいでしょう」


 俺とシリックが深刻な顔をして頷いていると、フェトラスが首を傾げた。


「えっ、でももう夜も遅いよ? そんなに慌てなくても」


「バッキャロウ! 王国騎士団の連中が装備を調えてこの宿を強襲しに来るぞ! 俺達の旅はバレた時点で撤退しか選べないんだよ!」


「えー。でも、どっか行っちゃったんでしょ? きっとその人も眠かったんだよ……わたしも、なんかとっても眠いし……」


 俺の顔がこわばった。単純に眠いだけなら「のんきだなぁ」で済むが、もしもネイトアラスとやらの能力がまだ継続しているのなら、それはとても危険な状態だ。


「シリック。脱出するぞ。苦労をかけるが、手伝ってくれ」

「もちろん」


 彼女の返答は明快だった。


 すぐさま身支度を調え、いつでも出られるような格好が出来上がる。


 騎士の鎧を身に纏ったままフェトラスを背負うのは少しばかり苦しかったが、まだ半分寝ぼけているようなフェトラスの手を引いて歩くのは遅すぎる。


「すまん、先に言っておく。緊急事態になったら俺はお前を地面に投げ捨てるが、恨まないでくれ」


「お父さんはとんでもない事を宣言するんだね」


 彼女は目を半分閉じたまま笑った。




「おや? こんな時間にどちらへ……?」


 受付にいた宿の親父が怪訝そうな顔で俺達の様子を伺う。


「すまない、急で悪いが出立することになった。短い間だが世話になったな」


「……こんな時間に?」


 宿の親父は同じ言葉を繰り返したが、肩をすくめて「お気を付けて」とだけ言った。



 夜の街を静かに駆ける。


 灯りのついている建物はいくつかあったが、雑踏の音は殆ど無い。時折酒場のような場所から笑い声が漏れる程度だ。


 薄暗いセストラーデ。昼に見た姿とは大分印象が変わる。


 静かであるが故に、水音がよく響く。遠くの方からは海の気配もした。だけど煌めく光はどこにもなく、水輝の街という二つ名が全然似合わなくなってしまっている。


 駆け抜ける最中、俺は大きめの水路をちらりとのぞき込んだ。


 真っ暗な水は、まるで底なしのよう。昔から俺は夜の海とかをのぞき込むと、巨大な化け物が口を開けながらこちらに飛びかかってくる想像をしてしまう。


 それは静かで、大きくて、圧倒的な幻想。音も無く俺はバクリと食われてしまうのだ。


 これはきっと原始的な恐怖だろう。死はいつだって見えない所から唐突に顔を覗かせる。人間の身に刻まれている本能の一つだろう。


 まるでこの水路の幅一杯の蛇が悠々と泳いでいるような、そんなイメージ。


 しかし想像のモンスターよりも、現実的には王国騎士団の方が怖い。


(王国騎士団のことを怖いと思う日が来るとはな)


 彼らは人類の守護者だ。懸命に戦い、人々を守り、積み重ねてきた魂や誇りを護る者達。


 ギィレス討伐の際にも、何人かの王国騎士団の連中が同行したのをよく覚えている。残念ながら聖遺物所有者はいなかったが、誰も彼もが本当に強かった。戦力的な事はもちろんながら、彼らの心が強かった。


 魔王を必ず殺す。彼らはそのたった一つの使命のために人生を賭けていた。


 そんなヤツ等に狙われるわけだ。俺はフェトラスを背負いなおし、速度を上げた。


「もうすぐ街の出口です。検問がありますが、突破しますか?」


「――――いや、既に俺達は内側に入り込んでいるんだ、街を封鎖するメリットは無いだろう。ヤツ等はこちらの戦力を把握していない。ただ魔王がいるという事に気がついただけだ。俺なら街中で戦うことは避けたいと思うだろうな」


「つまり、街中では襲ってこない?」


「そこまで断言は出来ないが……セストラーデを火の海に包ませるのを良しとはしないはずだ。検問に伝達が行っているかどうかは五分五分だが、逃げるのを制止したりしないはずだ」


「つまり、街を出てからが強襲の本番だと? ははっ、たまりませんね」


 シリックは苦笑いを浮かべながらグッとミトナスを握りしめた。


「実は走りながらミトナスに問いかけているんですが、応答が無いんですよ……やはり魔王が相手ではないと戦ってはくれないんでしょうね……」


「選定の儀からだいぶ時間も経っているからな。契約もせずに対話するのはもう難しいのかもしれない」


「しまった。毎日話しかけていればよかった」


「あんまりやりすぎて取り込まれても困るけどな」


「ミトナスなら大丈夫なのでは?」


「――――そう信じたいがね」


 先ほど感じた聖遺物への恐怖・・・・・・・


 これはもうまともな人間の感性ではない。どちらかと言えば、魔の領域だ。


 聖遺物。人類の至宝、かつ生命線。対魔王の決戦兵器。人々の命と生活を護り、敵を討つモノ。神より授かりし「人間の味方」。それを俺は怖いと感じてしまっている。


 ああ。今更か。


 俺はフェトラスの味方なんだ。


 だからフェトラスの敵は、疑いようも無く殲滅対象だ。




 検問。


「こんばんわ。こんな時間にどちらへ?」


 夜分に街を出る者は「何かやらかした者」である可能性が高い。ようするに逃亡者だ。だから検問にいる兵士の顔つきは少しばかり緊張感があった。


 だが魔王ご一行様を相手取っているような感じではない。きっとまだ伝達されていないのだろう。ならば。


「実は、ツレが妊娠してるのがついさっき分かりまして……」


 俺がシリックを親指でさすと、彼女は慌てふためいた。


「ち、ちょっと!?」


「まぁまぁ。照れるなよ。俺達の愛の結晶だぞ? 何も恥ずかしいことはない」


 振り返って視線で「話しを合わせろ」と訴えると、シリックは少し顔を赤らめたままうつむいた。それを見た衛兵がいまだ警戒を示したままに頷いてみせる。


「ほう。それは、それは。おめでとうございます」


「背負ってるのは俺の連れ子なんだが、コイツと一緒にちょっとした新婚旅行のつもりだったんだ。でも嫁が妊娠してることが分かっちまったから、早急にクニに帰ろうかと」


「ですがこんな夜更けに? 特に身重ならば無理をすべきではないと思いますが」


「この近くの広場に、送ってくれた行商人がいるんだよ。そいつは知り合いでね。送ってもらって悪いが、さっそく連れて帰ってもらうつもりさ」


「……翌日まで待つことをお勧めしますが」


「気心も知れているし、しかも相当に腕が立つ護衛がいる、しかも安い。そんな足をみすみす捨てるのが惜しくてな。夜明け前には行っちまうだろうから、今のうちに合流しておきたくてな」


「ふむ……」


 理由としては整っている。しかし、何故わざわざ街の外で野営をしているのか? と尋ねられると困るので俺はシリックに話しかけた。


「……すまんな、甲斐性なしで。出来れば立派な馬車でお前を連れて帰りたかったが」


 シリックにそう語りかけると、彼女は顔を赤くしたまま「いいのよ。あなた」と小声で返した。


 あなた、か。


 ――――こんな状況だが、ちょっと気恥ずかしい。  


「まぁ衛兵さんが馬車代をカンパしてくれるなら、有り難く受け取りたい所存ではありますが」


 俺がそうまとめると、門番はフスーと鼻息をもらして、それから俺が背負っているフェトラスをのぞき込んだ。


「……娘さん、よだれたれてますよ」


「ははは。夢の中でもなんか食ってんのかコイツ」


「むゃ――――お腹すいてないもん――――」


 何ともノンキの台詞だった。


 そしてそれこそが、決め手だった。


 衛兵はクスリと柔らかい笑みを漏らして開門した。


「モンスターも盗賊もこの辺にはいないはずですが、何が起きるかは分かりません。道中、どうぞお気を付けて」


「ありがとう」


 手短に出国手続きを済ませて、俺達はセストラーデの外壁を越えた。



「ち、ちょっと。あんな嘘つくなら事前に教えてくださいよ!」


「すまんすまん。こっちもテンパってたんだよ。しかし、上手な嘘をついたと褒めてほしい所なんだが」


「でも、よりにもよって妊娠って!」


 彼女はプンスコ怒りながら付いてくる。


 俺は振り返ってセストラーデの外壁を眺めた。もう水の気配は感じられない。ついでに言うなら追っ手の姿も見えない。耳を澄ませてみるが、こちらを目指して迫り来る武装集団の音も聞こえてはこなかった。


 ふと、俺は気がついてしまった。


「――――シリック、すまない」


「いや……はいはい。もういいですよ」


「違う。そうじゃない。お前までも一緒に逃げる必要は、全然無かったんだよな」


「えっ」


「魔王の存在がバレたとしても、お前は違う。聖遺物ミトナスを有した英雄だ。取り調べを受けるのは間違いないが、こんな風に夜中にコソコソと逃げ出す必要は無かったんだよな……」


 俺は立ち止まってシリックの瞳を見つめた。


 星明かりが映り込んだようなそれは、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「巻き込んでしまって本当にすまない」


「…………え、と」


 シリックは返事に困ったようにしていたが、グッと表情に力を入れてこちらを睨んだ。


「言われてみれば確かにそうですが、私にはその発想はありませんでしたよ。フェトラスちゃんが狙われていると分かった時、私だって彼女を護ることを最優先にして行動したつもりです。――――そんなふうには、見えませんでしたか?」


「見えた。シリックは間違いなく俺と同じ気持ちでいてくれた。それは本当に嬉しいし、有り難いし、フェトラスにとってもかけがえのない事だと思う。けどそれとこれは話しが別だ。王国騎士団に狙われるなんて、普通の人間のごうじゃない」


「あまり舐めないでほしいですね」


 シリックは布に包まれた魔槍ミトナスをくるりと手の中で回した。


「私の名前は、シリック・ヴォール。そう成ると決めた者」


 それはとても短い、他の人間からすればただの自己紹介。


 でもそれは俺にとって「彼女の行動理念」そのものであった。


 それだけで互いの真意が通じてしまうことに、少しばかり心が動く。


 彼女は自己紹介をした。それだけで、俺に全てが通じると確信して。


 ふっ、と互いに笑みがこぼれた。


「やれやれ。長い付き合いになりそうだな、シリック」


「そうですね」



 星明かりが照らす中、俺達は互いに拳を突き出しそれをしっかりとぶつけあった。



『……ぁぁぁぁぁぁ』



「ん?」



『どぃてどぃてどぃてー』



「なんか聞こえないか?」




『どいてぇぇぇ! そこどいてぇぇぇぇ!』



 えっ、と思うヒマも無かった。



「どいてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「ゴッファ!!」


 空気を切り裂く音。


 悲痛な警告。


 とんでもない衝撃が訪れた。


 そして俺の身体はフェトラスごと空に舞って、やや遅れて爆発音のようなモノが聞こえた。俺に出来ることと言えば、無我夢中でフェトラスを抱き留めることだけだった。






 シリックは見た。


 セストラーデを目指すように、向こう側から風よりも早く人間が飛んでくるのを。


 それは止まらずに突っ込んで来て、正直言って何が起きたのかはよく分からない。


 ただロイルの足下が爆発したように見えて、彼は空を舞い、フェトラス抱きかかえるようにして落下するという結果だけが彼女には理解出来た。


 そして爆心地には、いつの間にか小柄な少女が立っていた。


「うわあああー! やばい! やってしまったよ! だ、大丈夫ですか見知らぬ人ー!」


 そう叫ぶのは、子供には見えないが身長の低い女の子だった。


 髪を両サイドで二つに縛っており、小顔の割には目が大きい。子供と大人のちょうど間のような、可愛らしい少女だった。彼女は目を閉じて、口を大きく開けて、両手で頭をかかえていた。


 ガラン、と大きな音を立てて彼女が手にしていたであろう片刃の大剣・・・・・が地面に転がる。


 それは可憐な少女にはとても似つかわしくない、無骨な武器であった。


「なんでこんな時間に出歩いちゃってるの! いや悪いのはアタシですごめんなさい! そっちのお姉さんは大丈夫!? 怪我とかしてない? うわあああでもこっちの人ブッ飛ばしちゃったー!」


 少女はシリックのことを気に掛けた後、自分が吹き飛ばした男に駆け寄った。


「……おお。すごい。この人すごいな。気絶しちゃってるみたいだけど、子供をしっかり護ってる。って、あれ? これ大分古いタイプだけど王国騎士団の鎧じゃん。お仲間だったか・・・・・・・。ってー! それどころじゃなーい! きっと頭を打ってる! 医者! ドクターだ! お姉さんは怪我ないよね!? ご、ごめん、ちょっとアタシこの人達をお医者さんのところに連れて行くね!」


 少女は大剣を重そうに拾い上げ、そしてなんとロイルとフェトラスのそれぞれを両肩に乗せるという冗談みたいな光景をシリックに見せつけた。


 大剣と、子供フェトラスと、武装した成人男性ロイル。どう考えても自分の体重よりも圧倒的に重たいものを少女はその身体で支えていた。


「ゴメンね! セストラーデはもうすぐだし、門番には話しつけとくから! とりあえず街についたら王国騎士団の支部に顔だして! 東の区画にあるから! 大丈夫、ちゃんと門番に案内させるから!」


 待って、とシリックが制することは出来なかった。


「行くよグランバイド!」


 彼女が前方を睨みながらそう叫ぶと、重そうに手にしていた片刃の大剣が、突然軽くなったようなように見えた。


 そして少女は再び風のように、ありえない速度でセストラーデへと飛んで・・・行ったのであった。

 


 残されたシリックはしばし呆然とした後に、ようやく正気を取り戻した。


 続いて焦りを、そして瞬時に覚悟を決めた。


「――――行きますよミトナス。貴方はいとうかもしれませんが、魔王テレザムを共に討伐した仲ではありませんか。力を貸しなさい」



 シリックは駆け出す。


 正直言って何が起きたのかは分からない。全然分からない。ただ女の子が突っ込んで来て、二人をかっさらって行ったのだ。


 彼女の頭の中にあるのは、二人を救出すること。




 門番に「あれ、さっき出て行ったのにもう戻ってきた」という追求をかわす事なんて全然気にはならなかった。




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