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狼は前しか見ない  作者: 嶺歌
2/2

電車

あーいーうーえーおー

ピピピピピ・・・ピピピピピ・・・

高く濁ったような音の目覚まし時計は、朝の始まりを必死で伝えていた。

音は休むことなく、高く高くなり響く。脳に突き刺さるようなその音は、(かなで)の心を毎朝憂鬱にする。耐えきれなくなって、奏はその目覚まし時計の一番上を強く叩いた。

仕事が終わって安心したのか、目覚まし時計は何も叫ばなくなった。憂鬱で不快な音が聞こえなくなって、再び奏に安楽な時間が訪れた。奏は微笑んで布団で顔を優しく包んだ。そして再び夢の中へと落ちていこうとしていた。

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・

第二の難しい目覚まし時計が奏に向かって大きく叫んだ。第一の目覚まし時計よりも高く濁った音で、奏の体がびっくりして重たいまぶたをこじ開けた。うるさく入ってくる窓からの光が目に刺激を与えた。まぶしくて顔を背けた方向には、朝の7時を示す時計が笑っていた。ついに、奏は覚醒した。

信じられないという表情を浮かべながら。


奏は高校2年生になったばかりで、一人暮らしでバイトをしながら毎日7時30分発の電車に乗り、通学をしている。奏の家から駅まで自転車で行っても25分はかかる。奏は急いで準備をし、家を出た。


奏は、自転車の車輪を限界まで踏み続けた。足が疲れて休みたいと脳では思っていても、体は休むことなく駅へと進んだ。

途中で赤信号が見え、奏は嫌な表情になったが横断歩道を渡るときにちょうど信号は青になり、神様が応援してくれているのかもしれないと奏はうれしくなった。

こんな事が続いたおかげで、駅が奏の目に留まる距離に姿を見せた。あと3分ぐらいで着きそうだ。

奏はスピードを上げ、最後の力を振り絞る気持ちで自転車を漕いだ。

そして駅が奏の目の前に現れた。あとは自転車を駐輪場に止めるだけだ。

奏は自転車を止め、猛ダッシュで駅のホームへと駆け抜けた。電車が発車するまであと2分。

奏は息を切らし、周りのことを気にする余裕がなかった。それゆえ、目の前に現れた少年に気づかなかったのかもしれない。

奏は少年に派手にぶつかり、お互い地面に倒れこんだ。


「いたぃ・・・」

奏はひどく痛む肘を見ると皮膚がえぐれて出血していた。いったい何が起こったのだろうと前を見ると少年が頭を押さえ、倒れこんでいた。奏はようやく自分が人にぶつかったのだと分かった。

「あの・・・大丈夫ですか?ごめんなさいっ前見てなくて・・・」

少年は黒髪の短髪で、学ランを着ていた。歳は中学生ぐらいに見える。少年は学校に行く途中だったのだろうか。右手には学生かばんを離さず持っている。

「どうして俺はっ・・・」

少年がかすれた声でつぶやいた。

奏は少年の言葉が聞き取れず、どこか怪我したのか心配になった。その時奏は、少年が頭を押さえていることに気が付いた。

「あっ・・・頭!?痛みますか!?」

奏は心配そうな表情で少年を見つめていた。周りを見て行動しなかったことにひどく後悔した。

少年は頭を押さえていた手を下し、奏の方に視線を向けた。少年の向けた瞳は、黒いが少し色素が薄く、グレーに近い色だった。

奏は少年の瞳を見て、自分でもびっくりするほどに少年から目が反らせなくなった。

奏には少年の瞳がどこか悲しげに見えた。まるで目の前のものを何も見ていないかのような・・・少年の見ているものは、もっとずっと遠くにあるのではないかと感じた。奏はその瞳がとても美しいと思った。

「怖いよな・・・」

突然、少年がどこか寂しげな表情を浮かべ、そっとつぶやいた。それから少年は何も言わず、制服の汚れを払い、立ち上がった。少年は奏を見て心配そうな表情を浮かべていた。

奏は少年が立ち上がり目線が反れたとき、ずっと少年を見つめていたことに気づき、恥ずかしくなり頬が赤くなった。しかし奏はすぐにハッとして、少年が押さえていた頭を思い出した。

「あのっごめんなさいっ!頭の怪我大丈夫ですか!?」

奏が心配すると、少年は少しびっくりした様子でゆっくりと頷いた。

「よかった・・・頭押さえてるから怪我したのかと思っちゃった。」

少年が頷いたのを見て、奏はホットするような気持ちだった。

奏の安心した様子を見て、少年は少し戸惑った。そして少年は何も言わず、ポケットからハンカチを取り出し、奏に差し出した。

「え?」

奏は少年がハンカチを差し出した理由がわからず、ハンカチをすぐに受け取ることができなかった。

それを見た少年は、とても悲しげな表情を浮かべ小さな声でつぶやいた。

「ごめんな・・・」

少年はそう言うとハンカチを奏の傍に置き、静かに奏の横を通り過ぎた。

「え!?・・・あのっ・・・ハンカチ・・・」

奏は去っていく少年に声をかけた。少年は振り返り、孤独な瞳を奏に向け、奏に言った。

「怖かったら触らなくていい。」

少年はその言葉を最後に、そのまま前へと歩きだした。

「え?あっあの!!」

少年はもう後ろを振り向くことなく、奏の前から遠く離れていった。

少年が歩く後ろ姿は、まるでたくさんの黒い影が少年を取り込むかのように悲しみで溢れていた。


7時30分発の電車は、いつの間にか少年とともに消え去っていた。





ありがとうございました。

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