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第二十一章 再会と混沌(7)

「じゃあ、バズの事よろしくね。」


 怪我で未だ目のさめないバズをイアーナの屋敷に送り届けると、アイリはイアーナに頭を下げた。


「うん、こっちの事は心配しないで。それよりも、アイリ……」

「何?」

「アイリの方こそ大丈夫?……顔色、良くないわよ。」


 イアーナは悲しそうな目でこちらを見つめた。アイリは慌てて笑顔を作る。


「私?大丈夫大丈夫。怪我そんなに酷くないし。」

「怪我じゃなくて、」


 スッとイアーナの顔が近づいた。イアーナの大きな瞳にアイリの姿が映った。


「思い詰めちゃだめだよ。ヴェルナーの事は誰のせいでもないんだから。」

「それは―――」

「アイリのせいなんかじゃ絶対ない。だから……、お願いだからそんな風に笑わないで。」


 その瞳に大粒の涙が溢れた。メテルリオンでの話を聞いてから、もう何度彼女はこうやって泣いてくれたのだろうか。

 対照的にアイリは泣かなかった。というより、泣けなかった。頭の中がぐちゃぐちゃで何から整理していけばいいのかわからない。アイリに出来る事はただ周りの人間に心配かけないと努めるだけ、ただ、それだけだ。


「ごめん、イアーナ。護送車待たせてるの。もう行かなくちゃ……。」

「アイリ……!」

「いつかまた会いましょう。バズにもそう伝えておいて。」


 アイリはイアーナの手をどけると、泣いている彼女を置いて護送車へ戻った。監視の兵がアイリをじろりと睨みつけ、何事も無い様に馬車を発進させた。


 大丈夫、私は大丈夫。

 泣いている場合じゃない。帝都に戻ればしなければいけない事が沢山ある。

 この先何があったって、私は生きていかなければいけない。


 だから、大丈夫だよ。




 瞼を上げた。そこは医務室の様だった。仄かに消毒液の匂いがする。

 虚ろな意識の中、アイリは必死で記憶を辿った。今日は確か、一人で街に出かけて途中でソフィアに出会って、一緒に色んなところを回って、それから―――

 徐々におぼろげな記憶がよみがえる。そして、最後に見た光景を思い出しはっと目を見開くとすぐ傍で声がした。


「目、覚めたか?」


 仰向けのまま見上げると、穏やかな光を湛えた銀の双眸がこちらを見下ろしていた。


「ヴェルナー。……ここ、どこ?」

「兵器収容所の医務室。ここが一番あの場所から近かったから。」


 そう言って、ベッドの脇にあった水差しの水をグラスに注ぎ差し出してきた。アイリはそれを受け取ると、ゆっくりと喉を潤した。


「私、倒れたの?」

「ああ、いきなり。ソフィアも心配してたぞ。」

「そっか……、ごめんね。」


 せっかくの外出だったのに、最後の最後でソフィアには申し訳ない事をしてしまったと落ち込んでしまう。バズに思い切り殴り飛ばされたが、ソフィアは大丈夫だっただろうか。そういえば、記述術らしきものも行使していたし、ヴェルナーとも知り合いだった。彼女は一体何者だったのだろう。


「ソフィアと知り合いだったの?」

「…ああ、少しな。あいつも俺と同じでサイフォスを探しにきたんだ。この世界の外の人間。」

「世界の外って、前に言ってたこの世界は「記述」で出来ているって言うあれの事?」


 ヴェルナーは頷いた。アイリは以前ヴェルナーが話していた、この世界の外の事を思い出す。ここは本の中の世界、アイリたちは一人の人間の手によって生み出された空想の世界の登場人物。アイリには到底計れない世界―――。

 そうか、ソフィアはそんな世界の人間だったのか。せっかく仲良くなったのに、なんだか遠い世界の人間に感じてしまい、アイリはますます暗い顔をしてしまった。その事に気づいたヴェルナーが、アイリの額に掌を乗せる。


「前から思ってたけど、お前少し痩せたな。顔色も悪い。」

「そんなこと、ないわ。」


 発作の事を見透かされたようでぎくりとする。アイリは冷静に否定しようとするが、逆に声が上ずってしまった。


「ほんとか?どっか具合悪いんじゃないのか?お前まで近衛兵みたいな事に―――」

「そんなことないったら!!」


 思わず声を荒げてヴェルナーの手を弾いた。あまり強くしたつもりはないのにヴェルナーは痛みに呻く。よく見ると、ヴェルナーの右手には包帯が巻かれており、弾き飛ばされたその手を押さえて顔を歪めていた。


「……!ごめん!大丈夫!?」

「いや、気にすんな、大したことじゃないから。」


 アイリは包帯の巻かれたヴェルナーの右手に触れた。何の怪我かはわからなかったが、まだ上手く動かせないらしい。


「怪我したの……?」

「大した傷じゃない、心配すんな。」


 強がって痛みを誤魔化すヴェルナーの笑顔を見た時、アイリの中で感情の堰が決壊した。途端にアイリの瞳からボロボロと涙がこぼれおちる。


「ごめんね……、私のせいだね……。」

「なんでお前のせいになる?これは俺が―――」

「私がもっとちゃんとしてれば、あんたがあの時怪我する事も無かったのにね。」


 アイリの言葉にヴェルナーは眉を寄せた。どういう事かと問いただしてくる。


「私本当は知ってたの。あんたがメテルリオンでレインに刺される事。メテルリオンに行く前からずっと。」

「どういうことだ?」

「……夢を見たの。少し先の未来の夢。私は何度もあんたがあの子と戦う夢を見てた。その度に、もしこれが現実になったらどうしようって、いつも怯えてた。そうしたら本当に私の目の前で……、同じように背中を刺されて、あんたはいなくなった。」


 アイリは俯いてしまいヴェルナーの顔を見る事が出来なかった。でもきっと、彼は驚愕した顔でアイリを見ているに違いない。


「私があんな夢を見なければ、私がもっとうまくあの出来事回避できていれば、あの時あんたをあの場所に連れていかなければ……!ううん、そもそも私が帝都を離れたりなんかしたから!」


 さっきバズが叫んでいた事はアイリにも痛いほどわかる。アイリも同じだ、二年前の事をずっと後悔している。罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうになる事が今まで何度あっただろうか。


「違う、悪いのはお前じゃない。あれは俺の我儘だったんだ、お前はそれにつきあわされただけだ。それに旅の事だって、お前は近衛兵を、仲間を助けようとしたんだろ?だったら―――」

「でも助けられなかったじゃない!」


 ヴェルナーの息を飲む音が聞こえた。「助けられなかったのか?」そんな小さな絶望の声がする。


「そんな……、博士に医師を紹介してもらったんだろ?間に合わなかったのか?」

「間に合ったわよ。投獄された私に変わって、母さんが手をまわしてくれた。おかげで近衛兵の皆の命は無事だった。」


 だが、博士の予言通り、その治療はただの応急処置にしかならなかった。だから、病にかかった兵の多くは、軍役を続けられる身体ではなくなり近衛師団を去った。兵として生きていく事は、もうできなかった。


「皆、軍を去っていった。近衛師団の半数以上がいなくなった。でも、……たった一人、病にかかってもなお、近衛師団に留まる者がいた。」

「それって……。」

「ソラト、私の友達。私が一番助けたいと思った子。」


 病から復帰したソラトは、アイリの反対を押し切って軍に留まった。いくら病が治ったと言っても、もうまともに生活するだけでも精一杯の状態だ。それなのに、軍役に留まり続けるなんて自殺行為だ。

 アイリもそう言って、必死にソラトを説得した。だが、


「彼女は私に言ったの。病で去った仲間とそれからもう軍にいられなくなった私の分まで頑張るんだって……!私がいなくなった分、近衛兵の務めを全うするんだって!」


 その頃にはすでにアイリの除籍が決定していた。だからこそソラトは、自分の身体の不調を隠してでも、近衛師団に残ったのだろう。他でもない、アイリの為に。


「それから間もなくだった。ソラトが訓練中に落馬して死んだと知らせが入ったのは。身体がもう碌に動かないくせに、無理をして死んだのよ!」

「そんな―――!?」

「ソラトが死んだのは私のせいよ!私が上層部に逆らって除籍にならなければソラトは死ななかった!」

「―――違う。」

「私が帝都を飛び出さなければ!旅をしなければよかったんだ!あんな旅、無駄だったんだ!」

「無駄なんかじゃない!」


 突如、視界が覆われ全身が温かな体温に包まれた。仄かな硝煙の匂い、懐かしい感触。

 アイリはヴェルナーに抱きしめられた。アイリの不安も焦燥も、全て包み込んでしまうかのように、強く、優しく。

 その優しさにアイリはますます胸が苦しくなった。


「……どうして…?」


 アイリはヴェルナーの背に腕をまわし、彼の耳元で呟いた。今まで抑え込んでいた感情があっという間に堰を切って溢れだした。こんなに簡単に崩れるなんて思ってもみなかった。


「どうして、帰ってきたのよ……。」

「え?」

「あれからもう二年もたったの!私はもう全部吹っ切れたと思ったのに……!」


 それなのに、ここ最近あの時の事ばかり思い出す。それはきっと、この男にもう一度出会ってしまったから。


「どうして今更帰って来たのよ!どうして私の前にまた現れたのよ!どうして―――」


 どうしてこの二年間、この人が傍にいてくれなかったのだろう?


 その続きは泣き叫ぶ声にかき消された。アイリはヴェルナーにしがみついたまま、彼の腕の中でだたひたすら泣き続けた。


 ◆

 ドメルトが執務室に戻った時、もうとっぷりと日は暮れて日付も変わろうとしていた。それでも仕事は片付かず、小休憩をと思い、椅子にドカリと座り込んだ。


 今日はとんでもない一日だった。兵器収容所の方で反政府組織と思われる謎の集団の襲撃があったと思えば、その後すぐ繁華街の方でも彼らによる大騒動が勃発し、帝都は一時騒然となった。

 なんとかこれらの後始末を完遂し、市民たちへの対応を終えた後にはもうこんな時間になっていた。

 兵器収容所を襲撃した者たちの一部は捕縛したが、街で暴れた連中と肝心の首謀者は未だ野放しの状態だった。今回の一件で、ますます反政府組織の脅威が市民の不安を煽るだろう。それと同時に、軍に対する責任追及の批判も当分は鳴りやまない。しばらくの間世論は厳しくなる。それを考えるだけで、ドメルトは頭痛がした。だが、たとえ世間に罵られようが、石を投げられようが、自分の任務を遂行するしかない。


 ドメルトは息を吐くと気合を入れ直し、再び仕事に取り掛かろうとした。その時、扉がノックされる。


「入れ。」


 声をかけると、一人の青年が部屋に入ってきた。ドメルトの補佐官、ヴェルナー=ライトロウ。だが、彼の雰囲気は今朝方ここで見たものとはまるで一変していた。例えるならば獰猛な手負いの獣の様な、手を伸ばしただけで食いちぎられそうな雰囲気だった。


「まだ帰ってなかったのか、ご苦労だったな。」


 確か彼も今日の騒動に巻き込まれ、先ほどまで怪我人の搬送に回ってくれていたはずだ。ドメルトが労いの言葉を掛けると、ヴェルナーも「いえ。」と短く答えた。


「ディシュマン氏の件の報告は明日でいいぞ。お前も疲れただろ?着任早々すまんかったな。」

「……。」

「おい、どうした?」


 よほど疲れたのだろうか、ヴェルナーは俯いたまま声を上げない。おかしな補佐官に首をかしげていると、ふいにヴェルナーは思い詰めたような顔でこちらを見た。


「隊長、お願いがあります。」

「お願い?なんだ?」

「反政府組織の首謀者捜索の件、自分に一任してください。」


 予想外のお願いにドメルトは目を丸くした。


「反政府組織の首謀者?なんでまた?」

「お願いします。何も聞かないでください、お願いします。」


 そう言ってヴェルナーは深く頭を下げた。ヴェルナーのただならぬ様子に、ドメルトは二の句が継げなかった。

 ドメルトはしばらく黙りこんでいたが、やがて頭を掻きながらヴェルナーに告げた。


「まあ、俺は騒ぎが収まればなんだって構わない。とっ捕まえて懲らしめるなり、改心させるなり、お前が出来るというなら好きにしろ。」

「……ありがとうございます。」


 彼に何があったのかは知らないが、ドメルトに出来るのはただ黙って彼の背を押してやる事だけだろう。


「で、しばらくここを空けるのか?」

「はい……、少し行きたい所があります。」

「そうか、まあ頑張れ。例の件も忘れるなよ。」


 着任早々何とも忙しない奴だと思いながら、部屋を後にするヴェルナーを見送った。

 再び一人になったドメルトは、こうしちゃいられないとばかりに、仕事を再開する。今はただ、部下を信じ目の前の仕事をこなす。それだけで手一杯だ。

第二十一章完。

やっとメインキャラが集まってきた感。

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