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第二十一章 再会と混沌(6)

 最初に動いたのはバズだった。バズは目にもとまらぬ速さでソフィアに接近すると、先ほどパヴコヴィックにそうしたように槍の柄でソフィアの鳩尾を突く。


「―――っ!!」

「ソフィア!」


 彼女の身体を支えていたアイリもろともその場に崩れ落ちる。橋の上が空いたのを見計らって、バズは叫んだ。


「お前ら撤退しろ!ぼさっとすんな!」


 号令と共に、我に返った黒服の連中が橋を渡って一目散に逃げ出した。ヴェルナーは連中を追おうと高架橋の方に駆けだす。高架橋の片隅でソフィアの肩を支えていたアイリが、その横で立ち尽くしているバズに叫ぶのが聴こえた。


「バズ!あんたなんてことすんのよ!この人は―――」

「関係無いとでも言うのかよ。俺はこいつがガス灯振り回してあの子を殺そうとしてたのちゃんと見てた。」

「違う!あれはあんたたちが先に襲ってきたからじゃない!!ソフィアは悪くない!」


「―――バズ!!」


 二人の口論を遮るように、大声で友の名を呼んだ。振り返った男は、まるで生気の無い蔑んだ瞳でこちらを振り返った。


「お前何してんだ!どうして……、どうしてあんな連中とつるんでるんだ!!」

「……お前には関係ない。」

「質問に答えろ!どうして収容所を襲った!?どうして、反政府組織なんかに加担するんだ!?どうして―――」


 ヴェルナーが言葉を紡ぐ前にバズは大槍を振り回し距離を取った。慌ててヴェルナーが後退すると同時に、バズも大きく距離を取る。数メートルの距離を空けて、二人は高架橋の上で対峙した。


「……一応言い訳しとくけど、今日収容所を襲ったのは仲間内の一派が勝手に暴走しただけだ。悪かったよ、俺から謝罪しとく。」

「……やっぱりお前が組織のリーダーなんだな。」


 認めたくなかった。だが、仲間の尻拭いの為に頭を下げるバズを見てしまったら、もうそれ以外の解釈などできない。


「お前がイシルに通じているというのは本当か?帝国内の反政府組織を煽って帝国転覆を計ろうってのか?」

「イシル……?何の事だ?」

「とぼけるな。組織がイシルの人間を帝国に引き入れてるって話が出てる。」


 すると、今日初めてバズの顔に驚愕の色が映った。冷酷で残忍な表情から、ようやくヴェルナーの知るバズ本来の顔に戻った気がした。だが、それはすぐにまたヴェルナーの知らないバズの顔に戻る。明るく爛漫に笑っていたあのころとは違う、暗い顔に。


「……何を言ってるのかわかんねぇよ。俺は知らない。そんな事話しにきたならとっとと失せろ。」

「なんだと……?」

「イシルの事はお前の思い違いだ。もう俺に関わらないでくれ。」

「そうだとしても、お前があいつらと一緒にいる理由は何なんだよ!」


 叫んでもバズは答えようとしなかった。業を煮やして、バズのもとに一歩歩を進めると、バズは瞬時に槍の切っ先を構えなおす。だが、先ほどとは違いその先端に覇気が無い。

 おそらくバズも困惑している。自分と同じか、或いはそれ以上に。


 しばしお互い動かなかった。ヴェルナーは突き付けられた槍を冷静に見つめ、その切っ先が僅かにぶれた瞬間を見計らって、一気に間合いを詰めた。


「!?」


 この状況で飛びかかられるとは思わなかったのか、バズは焦って槍を振った。だが、その切っ先の所にすでにヴェルナーはおらず、懐に飛び込んだヴェルナーを見て目を見開いた。

 飛びかかってきたヴェルナーの手を跳ねのけたのは条件反射だったのだろう。バズを抑えようとしたヴェルナーの左手が弾き飛ばされ、あらぬ方向に飛んだ。その先にあったのはバズの顔。


 バシッ


 ヴェルナーの手の甲がバズの顔を打ち付けた。それほど強くは無かったが、その衝撃で左目の眼帯が吹き飛ばされる。黒く厳つい装飾の眼帯、その下にあるバズの目を、ヴェルナーは初めて見た。


 そこには、―――なにも無かった。

 眼球があるはずの場所は虚空になっており、常闇が広がっている。

 ぽっかりと空いた空洞、てっきり違う色の目が隠されていると思っていたヴェルナーにとって、それは予想もしなかったものだった。


「お前……!?」

「――――!」


 その瞬間、バズのもう片方の目が激情に燃えた。バズが槍を振う。その柄が呆気にとられていたヴェルナーの脇腹を殴打し、ふっ飛ばした。


「がっ……!」


 痛みに呻きながら、ゆっくりと顔を上げる。怒りに身を滾らせるバズの姿が見え、それが自分に向けられているとわかった時、ヴェルナーはどうしようもなく悲しくなった。


「わからないだろ……、どうせ。」

「バズ…?お前、何言って―――

「お前には絶対にわからない!」


 バズは強く咆哮を上げた。それがどうしてか泣いているように聞こえて、ますます心臓が痛い。殴られた箇所よりもずっと。


「どうしてこんなことしてるのかって!?そんなことお前に言ってどうするんだよ!?なにも知らないくせに!二年前、たった一人残された奴の気持ちも!俺の我儘のせいでお前がいなくなって、目が覚めたらそこにお前もレインもいなくて、俺のせいで二人が殺し合いになって二人とも消えちまったんだってずっと後悔してきた俺の気持ちも知らないくせに!」

「―――!?」

「俺はお前は死んだと思ってたんだ。そう言い聞かせて、やっとここまで来たんだよ!俺の中でお前はもういないんだ!俺はもうお前の―――」


 その先をバズは告げない。だが、ヴェルナーには噤まれたその先にある言葉がすぐに浮かんだ。そしてバズは、ふっと肩の力を抜いて力なく笑った。槍を下ろし、地面に落ちた眼帯を拾う。何事も無かったかのようにうろは元通りに隠された。


「ごめん、ヴェルナー。もう俺の事は忘れてくれ、じゃあな。」


 止める事も出来ず、ヴェルナーはバズが高架の下へ消えるのを見送った。後に残ったのは、ヴェルナーとソフィアとアイリ、三人だけ。

 未だに動けぬまま茫然と座り込んでいた時、ソフィアの肩を支えていたアイリの身体が揺れた。ソフィアが反射的に彼女の身体を受け止める。


「アイリ!?」


 突然顔を青ざめぐったりと意識を失くしたアイリ。我に帰り、慌てて駆け寄るがアイリは完全に意識を失っていた。


「アイリ!?おい、しっかりしろ!?」

「ヴェルナー、どこか横になれる場所に案内してくれ!」

「ああ……、ここからなら病院は遠いし、軍事施設は…いや、アイリはもう軍人じゃないし―――」

「どこでもいいから早く案内しろ!」


 頭の回らないヴェルナーをソフィアが叱咤した。彼女の腕の中で、アイリはぐったりと深い眠りに付いている。


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