第二十一章 再会と混沌(4)
『な、何だお前たちは!……やめろ!こっちに来るな……ぎゃああ!』
悲鳴共に銃声と斬撃が響く。ヴェルナーは慌てて立ちあがると、扉の隙間から先ほど通ってきた兵器収容の部屋を覗き見る。その光景にヴェルナーは息を飲んだ。
なにやら黒いマントの連中が銃や剣を手に、収容所の兵や研究員を襲撃していた。それもかなりの数だ。武器を持つ兵たちならともかく、非戦闘員の研究員たちは成す術無く、謎の集団の凶弾に倒れていく。まるで障害物を一掃するように、収容所の関係者を殺していく。
「おい、どうした。何があった!」
扉を覗き込んでいた後方で、エルノーとパヴコヴィックが険しい顔でこちらを窺っていた。ヴェルナーは迅速かつ音をたてないように扉を閉め息を正す。
「襲撃です……。黒いマントの連中が隣の部屋に乗り込んできてます。」
「何!?」
「かなりの数です。研究員や兵に危害を加えています。お二人はここから絶対に出ないでください。」
今扉の向こうに闇雲に飛び越めば、間違いなく奴らの餌食になる。奴らはここの部屋の存在に気づいていないようだが、それも時間の問題だろう。突然の事に状況が読みこめないが、一刻も早くここから脱出しなければ命が危ない。だがしばらく続いていた銃声がやみ終わり、辺りが静かになると今度は襲撃者と思しき声が轟いた。
『あったぞ!早く運び出せ!』
『裏口ってのはどこだ?』
『くそっ!おい、これどうやって動かすんだよ?誰かわかる奴いねぇのかよ。』
『誰だよ、研究者撃った奴は!?操縦方法聞けねえじゃねえか。』
扉の向こうから会話が聞こえる。どうやら何か揉めているらしい、それと共に、ゴリゴリと鉄の重量が床を引きずる音も鳴る。
「……何をしてるんでしょうか?」
「この音…、オーリクの車輪だ。まさか奴らオーリクに何かしようとしてるんじゃ?」
「状況からして、奪いにきたのだろうな。一応オーリクの所在は極秘のはずだが、やれやれ、一体どこから漏れたのやら……。」
パヴコヴィックは焦るでもなく、むしろ呆れたように肩をすくめていた。オーリクの管理は軍の管轄だから、軍人の一人としてヴェルナーはいたたまれなくなる。
先ほど扉の隙間からちらりと見えた連中、出所はおそらく件の反政府組織の者たちだろう。黒と赤のシンボルカラーを身にまとう烏合の衆団。社会主義、無政府主義を唱える者の中でも過激な手段を取る者たち。しかも会話を聞いている限りでは行き当たりばったりで各人の統率がとれていない。
「とにかく負傷者も出ているようですし、一刻も早く奴らを止めないと。」
扉の向こうに気取られぬよう小さな声で呟く。エルノーとパヴコヴィックもそれに頷いた。
「…で、どうすんだ大尉。突撃して抑えようにも部屋の状況と向こうの人数がわからんし、そもそもこちらの戦力で抑えられるとは思えんぞ。」
「そうか?周りの武器をいくつかダメにしてもよいなら、私一人で何とかできると思うが。」
エルノーの指摘に不敵に笑ったのはパヴコヴィックだった。その手にはかつてシュトラウツァの研究所で兵を吹き飛ばした時に使用したであろう「記述」が握られている。
「…逃がすよりはましでしょう。博士、俺が囮になりますからご協力願えますか?」
ヴェルナーは腿につった銃を軽く叩いた。複数相手に少々心もとないが時間稼ぎと陽動ならなんとかなるだろう。
だがその時パヴコヴィックがふと思いついたように手を叩いた。彼の爛爛とした視線は、何故かヴェルナーの銃に向けられている。
「……そうだ青年。どうせなら少し賭けに出てみないか?」
「賭け…?」
「そうだ。周りに被害を及ぼすことなく、襲撃者だけを拘束するとっておきの方法だ。」
◆
最初はある仲間の一言が発端だった。
『軍が収容所に敵国から盗んだ強力な兵器を隠しているらしい。』
それを聞いた者たちはその強力な兵器という言葉に好奇心を刺激された。自分たちは本来武器に触れた事が無かった一般庶民、帝国に異議を申し立てるために様々な工作活動や武器の密輸を進め、反旗を翻す時を今か今かと待ち構えていた。だが、所詮は社会的弱者、政府の圧政に軍の抑止力、たとえ正攻法でない戦い方をしようとしても奴らは容赦なく圧し潰す。
そんな時軍が内密に管理しているという兵器の噂を聞いて邪心が生まれたのだ。
軍が持て余しているその兵器を、俺たちが奪ってしまえばどうなるか―――。
その考えが膨らんだ時、それは一気に具体的な計画として立ち上がった。舞い上がった単純思考の若者たちは、その兵器さえ奪えば、政府や軍の面目を潰し尚且つ奴らに対抗できる武力を獲得できると考えた。軍の収容所は一般公開されていないが噂である程度特定できる。後は数に頼って圧しかけてしまえばこちらのものだ。
そうしてその計画は彼らのリーダーの耳に入ることなく、一部の者たちの間だけで着々と進行していったのである。もしその暴走がリーダーのもとに伝わっていれば、無謀な事はやめろと制止が入っただろうが、あいにくとリーダーの耳に伝わった時には、その一派は計画を実行し動いた後だった。
そして現在、謎の黒服集団は大部屋をほぼ制圧し、お目当てのオーリクという凶悪兵器を強奪しようとしていたが、それは思いのほか難航していた。予想以上の強大な全身にどこをどうやれば車輪が動くのか見当がつかない。むりやり引きづれば持ち運べるが、そんな事をしていては日が暮れる。騒ぎに気づいた兵たちがいつやってくるかもしれない。
「なー、もう諦めようぜ。兵器ならその辺に仕舞ってある銃とか持って帰るだけでも十分じゃん。」
「馬鹿言うな、見ろよこいつの砲身。絶対とんでもない威力だぜ?軍の奴ら黙らせるにはやっぱこれくらい必要なんだよ。」
最初は意気込んでやってきた男たちも次第に、諦めて帰る派と意地でも持って帰る派に分かれ始め、不穏な空気が漂っていた。そこにいる誰もがイライラとし始めた時、隣の部屋の扉が勢いよく開かれて全員一斉にそちらを向いた。
そこに立っていたのは、軍人にも研究者にも見えない格好の中年男性。だが、その目は怖気づくほどに厳しく見る者を強張らせた。
「……お前たち、オーリクを持ち去ってどうするつもりだ?」
低い唸り声がこだまする。男たちはピリピリとした緊張感を肌に感じながら、それでも臨戦態勢を取ろうと手持ちの銃を構える。
「悪い事は言わねえからやめておけ。そいつはお前ら素人がどうこうできる代物じゃない。」
「なっ、お前何者だ!?軍人か!?」
「〝元″軍人だ。いいからとにかく離れろ。」
男が一歩前に進み出た。その姿がやけに大きく見えて襲撃者たちはますます焦る。ゆっくりと歩を進める男は、銃口を向けられているにも関わらず、恐れのない様子で部屋の中心に立つ。その余裕が何故か余計に男たちに躊躇いを生んだ。
「結局お前たちのやっている事は権力で相手を黙らそうとしている、お前らの大嫌いな政府と一緒だな。」
その瞬間、場内に更なる緊張が走る。オーリクを動かそうとしていた者、部屋の隅で手持無沙汰にしていた者、諦めて別の武器を物色していた者。その全てが、男の言葉に害意を抱きゆっくりと男を取り囲んだ。
「てめぇ、俺たちの一体何を知ってるってんだ。」
「知らないさ、だがわかる。お前たちは声と態度ばかりでかくて、そのくせ後先考えもせずに行動に移す愚か者だという事はな。」
「う、うるせぇ!」
逆上した仲間の一人がナイフを手に男に飛びかかった。その切っ先は男の心臓を抉るように向けられ、何の弊害も無くその標的に辿り着くかと思われたその時、男の偶像が割れた。
バシャン
「!?」
響いたのは水の破裂音だった。切り裂いたはずの男の身体は、突然堰を切った様に水の奔流となり形を崩す。突然一人の男が水の塊になった、その光景に男たちは目を疑い愕然とした。
だが、彼らがそうしている間に男を形作っていた水の塊が蠢きながら変形し、そして巨大な水球に変貌する。不気味な水球の登場に誰もが言葉が出ず唖然とした時、再び声が轟いた。
◆
「青年!」
エルノーから突如として変形した水球に硬直した男たち。その一瞬をぬって、ヴェルナーが飛び出した。左手に構えた銃を黒マントの集団の方に向け、そして、
『認識 分裂 拡散 拘束』
パヴコヴィックに指示された通りに頭で唱えると、その「記述」が金糸となってヴェルナーの銃に絡みついた。
「……!」
引き金を引いた時、鉛弾を撃った時とは比べ物にならない風圧と閃光が、ヴェルナーの銃口から発射された。弾を込めていないはずの銃口から、光の筋が放たれたそれは本来あり得ない軌道を描き、部屋の中心に浮かんだ水球に吸い込まれる。被弾した水球がもがき苦しむように蠢きそして、次の瞬間弾けた。
「―――!?ぎゃあ!?」
拡散し飛び散った水流は、何故か意思ある生き物のように周囲の男たちに纏わりつき、その一人一人の身体を拘束する。素早い反応で逃げようとした者も容赦なく追い回し、そして動けなくしてしまった。
最初の一発目の反動でひっくり返ったヴェルナーは事の顛末をまるで夢を見ているかのような気持ちで眺めていた。目の前には無数の水球が人間を一人ずつ閉じ込め拘束したまま、浮遊しているという、なんとも奇妙な光景が広がっている。
「上出来だ。初めてにしてはなかなかやれるじゃないか。」
茫然と佇むヴェルナーの横に、満足げなパヴコヴィックが現れる。
「私の持っている「記述」だけでは、こうも精密に一人一人を拘束できんからな。ふっ飛ばすのは簡単だが、こういうものもなかなか楽しい。」
「俺は一体何を…?」
「何、私の記述術に少しばかり手を加えてもらっただけだ。」
そう言いながら、天高く放り出されている水球の中でもがく襲撃者たちを見上げたパヴコヴィックは、悪魔と言っても差し支えない狡猾な笑いを湛えていた。
そして、その表情のまま、今度は隣で腰を抜かしているヴェルナーを見下ろす。
「どうだ青年?今のが、『私たちが』使う記述術だ。本来なら数年かけて習得するものだが、いやはや、記述者というのは本当に興味深い。」
「今のが記述術……。」
目の前に広がる惨状が銃を媒介にして生み出された自分の力の産物。これが、記述師の力。
未だに信じられない。左手に握りしめた拳銃を凝視していると、後ろから呻き声が聴こえた。
「おい、終わったのか?……ていうか、何だこの珍妙な光景は?」
「ああ、エルノー君。すまなかったな、君の偶像を囮にして。」
「いや、別に俺はいいけどよ……。裏で喋ってただけだし。」
先ほど事務室で、自分の姿を投影して作られた水の偶像に険しい顔をしていたエルノーは、なんだかやりきれない顔でため息をついた。
「さて、そこの部屋の隅で捕まっている研究者諸君を解放して本部に通報しよう。エルノー君、手伝ってもらえるか?」
「それは、構わねぇけどよ……。」
まだ言いたげなエルノーがのろのろと動きだす。ヴェルナーもようやく立ち直ってその後に続こうとした時、視界の隅で何かが閃いた。殺気が跳ねる、ヴェルナーは反射的にその影を追った。
「―――!?博士!」
「!?」
目にもとまらぬ速さだった。影が一瞬にして油断していたパヴコヴィックの側に詰め寄ると、容赦なくその小さな身体の鳩尾を抉った。完全なる不意打ちに、近くにいたはずのヴェルナーもエルノーも動く事が出来ず、パヴコヴィックの身体ががっくりと崩れ落ちるのを見届けるしかなかった。
「博士!」
慌ててその身体を支えようとした瞬間、頭上でバシャリ、バシャリと断続的な水の破裂音が炸裂した。パヴコヴィックの意識が途切れたことで、「記述」の効力が解けたらしい。襲撃者のほとんどの拘束が解かれ、無情にも振り出しに戻ってしまった。
―――倒してない奴がいたのか?
いや、違う。ここにいた連中は全員拘束出来たはず、なら今のはおそらく後から来た仲間だ。
「――!?馬鹿野郎!何ぼさっとしてんだ!」
エルノーの怒号が轟いたその時、今度はヴェルナーの眼前に黒い影と鋭い銀光が迫った。先ほどパヴコヴィックを一撃で落とした時と同じ、恐るべき速さの刃での攻撃に考えるより先に後ろに後退する。
だが、剣だと思った刃は予想以上に長く、間合いを見誤ったその先端がヴェルナーの握っていた拳銃を掠めた。
ギィン
金属の擦れる音がして、ヴェルナーの左手から拳銃が離れた。驚きに目を見開くと目の前に黒マントの姿がスローモーションで迫る。その右手には細身の槍が握られていた。その先端がヴェルナーの心臓目がけ突き出される。
―――!
ヴェルナーはとっさに身体をひねってこれを避け、右手で迫りくる槍の柄を掴んだ。刺突の反動でヴェルナーは僅かに後退しそして止まった。
「……っ!」
まだ傷が治りきっていない右手は、槍を掴んだだけで激痛が走り動きを鈍らせる。だが、獲物を掴まれた相手もまた石の様に動かなくなった。
エルノーが息をのむ中、ヴェルナーと槍の男が対峙する。男の顔はフードで隠れていたが、その下から見える口元がゆっくりと動いた。
「―――ヴェル、ナー?」
男が名前を発しただけで、胸が引き裂かれそうに痛んだ。
―――嘘だ、そんなはずはない。
先ほど話していた手配書の面影と同じ、目の前の男がゆっくりと顔を上げる。
―――信じない、こんな事、絶対に信じない。
フードの中の片目と目があった。ヴェルナーと同じように信じられないという瞳でこちらを見ている。
「バズ……、どうして……?」
それが親友、バズ=グロックとの二年ぶりの再会だった。




