第二十一章 再会と混沌(2)
帝都のほぼ中心地にあるオルセン軍本部からやや西に位置する繁華街近くに兵器収容所がある。なんでまたこんな一般市民が大勢通る立地にこんなものを作ろうと思ったのか、ヴェルナーは一見何の変哲もない煉瓦造りの建物を一瞥しながら、その門をくぐる。
建物の入り口には誰もいなかったが、恐る恐る中に入ると険しい顔をした警備が二人立っていた。入ってきた来たヴェルナーを一瞬疑わしげに見つめるが、ヴェルナーの腕章に気づくと、彼らは慌てて姿勢をただし敬礼した。
「これは補佐官殿!ようこそおいで下さいました。」
険しい顔からの予想外な好意的な対応にヴェルナーは思わず固まった。腕章を付けており所属が観取されたとはいえ、見ず知らずの兵にいきなり歓迎されきょとんとする。
「オーリク奪取の功績は我々の耳にも入っております。大尉殿はオーリクを見に来られたのでしょう?」
何か期待するような羨望の眼で見つめられ。ヴェルナーはたじろいだ。
「あ、いや、それもあるんだが……、今日は別件で来たんだ。ここにエルノー=ディシュマンという方がおられると聞いたんだが。」
「ディシュマン殿ですか?」
二人の兵は意外そうな顔で、聞き返してきた。
「ディシュマン殿でしたら、今オーリクの収容場所におられますよ。」
「話がしたい。案内してくれるか?」
案内を頼むと、兵は頷いてヴェルナーを先導した。
建物の内部も普通の物件と変わりない。時折すれ違う兵たちの中に、研究者らしき顔ぶれも交じっている程度で、武器の影も形も見当たらなかった。
「えらく普通の場所に安置してあるんだな、兵器って。」
「一般にはここが兵器収容所であると公開していませんからね。あえて繁華街の近くに立地してあるのもそのためですよ。」
だが、先導する兵が建物奥の地下へと続く階段へと進んでいくと、徐々にきな臭い空気が漂ってきた。鉄と火薬を高密に織り交ぜた様な匂いがする。地下へと降りて、兵は迷路の様な入り組んだ通路を躊躇ない足取りで進んでいった。
辿りついた大扉の隙間からその臭気が漏えいしている。兵が扉を開けた、開け離れたその先の光景にヴェルナーは圧倒される。
そこには大砲に似た姿をした奇怪な鋼鉄の怪物があった。鈍色の箱型の車体に砲身が備え付けられており、その脚は四輪の車輪によって支えられている。ぱっと見ると、低い車体の馬車の荷台の天井に砲身を取り付けたみたいだ。ヴェルナーの知る大砲の形式とは一線を画する。
これがイシル軍の切り札、十七年前オルセンの兵を大量に殺戮し、そして二年前メリノの交戦でオルセンの手に落ちた凶悪兵器。ヴェルナーが最後に戦場で見た時、そこに搭乗していたのは赤い軍服を着た兵士だった。今、オーリクの上にいるのは白衣を着た研究員たち。彼らがオーリクを分析するために派遣された記述術の研究者だろう。真剣に、というよりも神経質にオーリクをつぶさに見つめる研究員たちが群がる様子は、蜜に群がる昆虫の様で少しうすら寒さを覚えた。
そんな研究者とオーリクを遠巻きに見つめる男がいた。薄いワイシャツとスラックスを着込んだその男は、兵と研究者が行き交う中でそのどちらにも見えなかった。だが、その背中には得も言われない哀愁が漂う。
「ディシュマン殿。」
兵が声をかけると、その男はこちらを振り返った。
年齢は四十代くらいだが、鼻筋の通った顔立ちは若々しく感じる。金色と茶色のオッドアイの瞳は鋭く、少し疲労の色が色濃く見えたが野生の獣の様な獰猛さを秘めていた。
「何だ?何か用か?」
エルノーはヴェルナーの姿に気づくと、じっと怪訝な顔でこちらを見る。かすれた声はこちらを拒絶しているようだ。怖気づきそうになるのを懸命にこらえ、ヴェルナーはエルノーの元へ向かう。
「初めまして。エルノー=ディシュマン殿。自分は第一連隊長補佐官、ヴェルナー=ライトロウ大尉と申します。」
「ヴェルナー=ライトロウ……、ああ、君が。」
その一言で、この男はヴェルナーとメリノ戦における全ての事情を知っているのだと察した。ヴェルナーは急に緊張し身体が強張る。
「あなたはかつてのイシル軍の将であったと伺っております。あなたにお聞きしたい事があります。御時間よろしいでしょうか?」
「何だ?イシルの事でも聞きに来たか?それとも、」
エルノーはスッと目を細め蔑むように笑った。
「メリノの一戦の思い出話にでも浸りに来たか?」
「……!」
皮肉めいた発言にヴェルナーは目を見開いた。二色の眼がヴェルナーを捕らえる。まるで、捕食する慟哭の獣のように、ヴェルナーの内心を見透かそうとしている。その重圧にヴェルナーは黙り込んだ。思わず弱腰なりかけた時、
『間違っても同情の言葉など口にするな。』
上官の言葉が頭に浮かぶ。はっとしたヴェルナーは、大きく深呼吸すると、エルノーに負けじと嘲るように笑った。
「自分はそんな事の為にわざわざ足を運んだのではありませんよ。」
「何……?」
「誤解されないよう初めに言っておきます。自分にとってあの戦いは確かに貴重な経験となりましたが、それはあくまで通過点に過ぎません。あの一件が出世の足がかりになりましたがそれだけです。自分とあなたは敵同士で戦場で戦った、その事実だけで語る事など在りません。」
ありったけの強がりを秘めてヴェルナーは言い切った。エルノーにとって虚をつかれたように停滞し、次の瞬間笑い出した。
「ははは……!そうかお前にとっては大したことではなかったという事か。……上官にアドバイスでも貰ったか?」
「えっ?」
「手が震えてるぞ。」
無理をしている事はとっくにばれていたらしい。ヴェルナーは思わず顔を赤らめて俯いた。
「まあ、いいさ。これでお前が謝罪の一つでもして来たら、有無を言わさず追い返してやろうと思ったんだがな。」
残念そうに肩をすくめるエルノーを見て、ヴェルナーは肝が冷えた。どうやらエルノーは自分を試していたらしい。そしてその試験はどうやら合格の様だ。
「気にいった、何でも聞いてくれて構わん。何が聞きたい?立ち話も何だ、向こうの事務室を借りようか。」
「は、はい。」
人の変わった様にエルノーは好意的になった。いや、おそらくこちらが彼の素なのだろう。エルノーは奥の扉を指差すと、オーリクの側を離れた。
ヴェルナーもその後に付いて行く。扉には事務室と書かれており、その先には先ほどのオーリクが収容されていた場所の四分の一程度の広さの部屋が続いていた。




