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第二十章 困惑(4)

 翌日、ヴェルナーは本部司令部を訪れた。本部の兵舎は一度訪れたことがあるが、司令部の方まで足を踏み入れたのは初めてだった。ずっしりとした空気、ここにいるのは軍を動かす中枢の人間ばかり、すれ違う兵は皆自分より上階級の人間だ。

 さすがのヴェルナーも委縮した。異世界に来てしまったかのような錯覚を覚える。自分だけがこの空間から完全に浮いている。現にすれ違う者たちは皆、厳しい目でヴェルナーを一瞥する。品定めをするように、頭のてっぺんから足の先まで凝視する。それがこの上なく居心地悪い。


「気になさらない方がよろしいですよ。彼らはただ好奇心であなたを見ているだけですから。」


 前を行く案内役の兵がこちらに声をかけた。彼もドメルトの直属の部下らしい。


「あなたは二年前の一件で随分有名になりましたから。興味があるんですよ、皆さん。どんな人間なのか、とね。」

「は、はあ……。」

「でも気にすることはないですよ。階級はあなたの方が下だが、立場はあなたの方が上です。補佐官は補佐官らしく堂々としていればよいのです。」


 そういう彼も、ヴェルナーより上級の中佐だ。彼は先ほどからヴェルナーにも敬語で接してくる。階級と立場は別に扱われるというのは初めて知った。


「着きましたよ。隊長はこちらです。」


 ヴェルナーは奥まった棟の一室に案内された。中佐が扉をノックしようとすると、その向こうから二人の話し声が聞こえてきた。


『せやから、帝都に散開してるいう組織の親玉、そいつどう考えてもイシルの人間やて。』

『憶測でものをいうべきではない。イシルが介入しているなんて知れたらそれこそパニックだろうが。』

『イシルの対策本部やっとる第六の方にもとっとと一報入れといたほうがいいで。わかってるのに隠しとったら、手柄横取りされると思われるやないか。あそこの隊長はねちねちうるさいからなぁ。』

『だから、それはまだ判断できないと―――』


 話を分断するように、中佐が扉をノックした。「入れ。」というくぐもった声がこちらに向けられる。


「失礼いたします。」


 中佐と共に部屋に入った。そこにいたのは、昨日酒場であったドメルト少将、そしてもう一人。


「お、こいつか!ドメルトが執心しとるっていう若手将校ってのは。」


 薄い頭髪に恰幅の良い男、軽薄な言動が目につくその人物はヴェルナーも一度遠巻きで見た事があった。ヴェルナーはすぐさま敬礼の姿勢を取る。


「お初にお目にかかります。ハッカライネン少将、自分は―――」

「ああ、聞いてる聞いてる。ヴェルナー=ライトロウ大尉、補佐官就任おめでとさん。ドメルトは気難しい奴やから手ぇ焼くけど頑張りや。」


 聞いていた通り、確かに一介の少将には到底思えない軽い態度だ。常に笑みを絶やさずそれが逆に不安を煽る。


「ハッカライネン、用はそれだけか?私はこれからこいつに正式に任務を課さねばならん。早急に出て行ってくれ。」

「なんやあ、連れないやっちゃな。……ま、ええわ。ほんなら大尉、またな。」

「は、はい。」


 言いたい事だけ言って、ハッカライネンはドメルトの執務室を出て行ってしまった。それからすぐ、案内役の中佐も断りを入れて退出する。後には政務机で難しい顔をしているドメルトと入口で茫然と立ち尽くしているヴェルナーが残された。


「とりあえず、ようこそとでも言っておくか。よろしく頼むぞ、ライトロウ大尉。」

「はっ、はい。精一杯努めさせていただきます。」


 昨日とは違いかっちりした軍服にいくつもの勲章を胸に光らせたドメルトは、改めてヴェルナーに激励を送る。その鋭い眼光は、やはり上に立つ者の神々しい威厳を放っていた。


「さて、話を始める前に二三連絡だな。まずお前の執務室はそこだ。一通り必要なものは揃えてあるから後で確認してくれ。」


 ドメルトはこの部屋から続きになっている扉を指差した。どうやらあの奥の部屋がヴェルナーの職場になるらしい。


「まあ、お前には色々外回りを押し付けるつもりだから、あまり使わんだろうがな。」

「押し付ける前提なんですね……。」


 苦笑いを返したヴェルナーだったが、正直ヴェルナーもここにはあまり足を運びたくないと思っていたのでありがたかった。お偉いさんがうろついている本部より、外を回っていた方が幾分か気も晴れる。


「それから、お前の兵寮の鍵だ。場所はわかるな?」


 ヴェルナーは頷くと、ドメルトが放って投げた鍵を受け取った。そして、ドメルトが畳みかけるように言う。


「あと、お前がいたグリアモの寮の私物。セルシム少佐が預かっているそうだぞ。時間が空いたら取りに行くか、輸送してもらえ。」

「少佐が……、わかりました。近いうちに伺います。」


 そういえば結局グリアモには足を運んでいなかった。二年間お世話になった町だし、改めて礼を言いに行きたい。


「諸連絡に関してはそんなところかな、後はまあ、何かあったらその都度聞け。」


 大雑把に話を終わらせると、ドメルトは改めてヴェルナーに向き直った。


「さて、大尉。早速だが、お前に一つ頼みたい事がある。」

「はい、何でしょうか?」


 ドメルトは真剣な顔つきになると、机の上の書類から、一枚の封筒をヴェルナーに寄越した。やや厚みのある封筒で、中には何枚か書類が入っているが封がされているため中身は見れない。


「第一連隊は今、反政府組織のデモ規制を担当していてな。それはその件に関しての協力依頼書だ。」

「反政府組織……社会主義や無政府主義を掲げる連中の事ですか?」


 以前ハルトマンに教えてもらった。近頃、オルセンの国内では、反政府組織による暴動やデモが絶えないらしい。一部の思想家が民衆を扇動して思想を拡大しているとのことだ。


『二年前のイシル戦争が終結してから、イシルはてんで大人しくなった。再戦の噂もほとんど立たない。だが、それに入れ替わる様に、この国を脅かすようになったのが、赤と黒の旗を掲げた反政府組織の連中だ。』


 ハルトマンの言葉を思い出す。彼は、シュトラウツァ近辺でも暴動があったため、ああして派遣されたと言っていた。


「ここ帝都でも、その活動が随分活発化して来てな。近いうちにでかい革命運動かクーデタも起こるかもしれない。」

「革命にクーデタって……、穏やかじゃありませんね。」

「そうだな、そうならないために今軍が各地で抑圧運動を行っている。……まあ、効果のほどは定かじゃないが。」


 ドメルトの苦い顔を見るに、その効果とやらはあまり芳しくないのだろう。軍は曲がりなりにも皇帝直属の運営組織だ。反政府、すなわち今の帝政を批判する彼らにとって、軍は邪魔ものでしかない。抑圧運動など彼らのヘイトを溜めるだけだ。


「しかもさらに穏やかじゃない情報もある。どうやら組織の首謀者と思われる人物が、イシルの議会とも繋がりがあると言われているんだ。」

「イシルの!?という事は、組織を裏で操っているのはイシルだと?」


 ドメルトの話では、先日捕縛された組織構成員の一人がイシル人だったらしく、彼の尋問で、その旨が明らかになったそうだ。だが、その尋問したイシル人は護送中に自害したらしく、それ以上有力な情報が得られなくなった。

 しかしながら、もしイシルの勢力が関わっているとしたら、これは国内紛争ではなく、国境侵略による国際問題に発展する。せっかく停戦中のイシルとの関係も悪化し、最悪再戦という事もありうるのだ。


「まだ、そうと決まったわけではない。だが、ここ最近国内でイシル族らしき特徴を持つものをよく見かけるという声も上がっているんだ。そいつが内部から手引きしているというなら、辻褄も合う。」

「そんな……!」

「勿論、ただの憶測だという見方もある。だから早々にこの男について身元を明らかにしたい。手始めに、君にはトランベルの兵器収容所の方に向かってもらう。」

「兵器収容所……?なんでまた?」


 イシルとつながりがあるかもしれない首謀者の男と、兵器収容所が結びつかないヴェルナーは首をかしげた。


「実は一年ほど前、イシルから亡命してきたイシル軍の将校がそこに常勤している。エルノー=ディシュマンという男だ。彼は二年前のメリノ戦でイシル軍を指揮していたらしい。」

「メリノの戦いですか!?」

「ああ、あの後本国に帰ったはいいものの、オーリク強奪、さらにメテルリオンでの部隊半壊という大損害から彼の地位は剥奪され、あろうことか極刑が下されたそうだ。それで、命からがら逃げてきて、オルセン軍の庇護下に置かれる代わりに、オーリクの運営方法やイシルの内政についての情報を提供してもらっている。」


 ヴェルナーは言葉が出なくなった。あの時、イシルのオーリク奪還を阻止したのは紛れもなく自分だ。自分のした事が一人の人間の人生を大きく変えてしまった事に動揺を隠せなかった。真っ青になっているヴェルナーの心中を察したか、ドメルトは厳しい声で言い放つ。


「確かにディシュマン氏を追いやったのはお前だ。だが、あれは戦争で、彼とお前は敵同士だった。お前が気に病む必要などどこにもない。」

「しかし……!」

「先に言っておくが、情をかける様な言葉は間違っても口にするなよ。お前がやった事をお前が後悔していたら、一番浮かばれないのは彼だ。」


 ドメルトの言葉が深く胸に突き刺さる。自分の情けなさに、ほとほと呆れた。


「彼は今、その兵器収容所でオーリクの調査に協力してもらっている。彼にその封筒を届け、組織の首謀者となりえる人間に心当たりがないか探ってほしい。可能なら今後もこれらの案件で協力要請に応じるか否かの返事も。ついでに、お前もオーリクを見てこい。お前が手に入れた功績だ、見て損はない。」


 功績と言われても実感はなく、あまり乗り気もしなかった。だが、これが自分で歩んだ道だ。自分で掴み取った結果の産物ならば、受け入れるしかない。


「承知致しました。では、これより兵器収容所へ向かいます。」

「頼んだ。……ああ、そういえば、収容所には博士もいたな?よろしく伝えておいてくれ。」


 博士によろしく伝える、それはつまり、例の件についての調査も忘れるなという事だろう。そうだ、ヴェルナーの仕事は一つではない。立ち止まってはいられない。一つ一つこなしていかなければ、激務の波にのまれそうだ。

第二十章完。

今回あんまり話進まなかったなぁ…。

多分次回で。

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