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第十九章 ヴァイパー号の惨劇(4)

 甲板の方で爆音がして、パヴコヴィックは読んでいた本から顔を上げた。もうすぐ軍港につくというのに、何かトラブルでもあったのだろうか?そういえば、先ほどヴェルナーとソフィアが甲板に上がると言って出ていった。まさか彼らに何かあったのか?


 嫌な予感がして、パヴコヴィックは急ぎ甲板の様子を見に行った。

 そこで見たものは惨状以外の何物でもなかった。甲板に出る入口があるはずの場所は、爆破されたかのように破壊され、開け放たれていた。それだけではない。その瓦礫の中には、おそらく人であったものの残骸が無残にも転がっていた。それも一人ではない、何人も。すでに警備の人間が人払いをしていて、そこに乗客はいない。パヴコヴィックは警備の間から甲板の様子を掠め見た。


 そこにはとんでもない光景が広がっていた。パヴコヴィックの宿敵イザイア、そして頭から血を流して手摺に寄り掛かっているヴェルナー、ヴェルナーを庇いながらもイザイアに迫られるソフィア。

 パヴコヴィックはすぐに理解した。この惨劇は間違いなくイザイアによるものだ。ヴェルナーとソフィアの命が危ない。援護に行こうと飛び出すも、寸でのところで警備に止められた。


「こら君!危ないから離れなさい!」

「放せ……!私は―――」


 野次馬に来た子供だと思ったのだろう、警備はパヴコヴィックの小さな身体を抑えつけ子供にするように叱りつけた。パヴコヴィックは警備に抑えつけられながらも、必死に甲板に出ようともがく。このままでは二人が殺される。こうしている間にもイザイアがソフィアに詰め寄った。真っ青になったソフィアと何故か記憶の中の娘の姿が重なって、パヴコヴィックは戦慄した。


「―――放せ!」


 形振り構わず、パヴコヴィックは懐にしまってあった「記述」で水流を出現させた。突然現れた水の奔流に警備たちは驚愕し、思わずパヴコヴィックから距離を取る。水流をそのままイザイアのもとに放とうとした時、それは起こった。


 満身創痍だったヴェルナーが突然立ち上がったのだ。しかも明らかに様子がおかしい。その瞳は虚ろで正気を保っていない。だが、彼の全身から燃えるようなエネルギーが無尽蔵に湧き出ている。

 パヴコヴィックは思わず手を止めた。そして彼を凝視する。イザイアも同じく彼に得も言われぬ何かを感じ後退した時、ヴェルナーの身体から無数の金糸が解き放たれ、それが形を成して大量のマグマの濁流を作りイザイアを襲った。


「!!」


 パヴコヴィックは目を疑った。今のはまさに記述術、だがパヴコヴィックが使うものとは違う。もっと原始的で強力なものだった。

 そのマグマにのまれた瞬間、イザイアの絶叫が轟いた。イザイアですら防御する事の出来ない強力な力、それを今ヴェルナーが使っている。ヴェルナーは笑っていた。彼の身体の輪郭が僅かに揺らぐのが見え、パヴコヴィックは叫んだ。


「やめろ!青年!」


 まずい、あの力がなんなのか、パヴコヴィックにはわからない。だが、このままヴェルナーに力を使わせてはいけない。そして、案の定制御がきかなくなった力の断片が、ヴェルナーの右腕を燃やした。

 パヴコヴィックは舌打ちすると、停滞させていた水流を即座に水球に変形させ、イザイアではなくヴェルナーに放った。

 ヴェルナーの身体を拘束する。水球に包まれたヴェルナーは苦しそうにもがいたが、徐々に体内の熱を鎮静化させやがてぐったりとした。ひとまず暴走を止められた事に安堵すると、ヴェルナーの身体を解放した。


「博士……!」

「お嬢さん。すまんが彼を医務室まで連れて行ってやってくれ。」


 青ざめて縮こまっていたソフィアに指示を出すと、ソフィアはヴェルナーの身体を抱えて船内へと消えていった。

 それを見届けると、パヴコヴィックは改めて甲板に目を向ける。


 ヴェルナーが放出したマグマは、主が意識を手放したことであとかたも無く消え去り、後には硝煙と焦げ跡がぷすぷすと音を立てていた。その中心部にある黒い影に足を進める。


「生きているのだろう?何か言う事はないかね?イザイア。」

「……あなたは…、ああ、マルス=パヴコヴィックですか。随分お若くなったものですね。」


 首を上げたイザイアの顔は火傷でただれ、美しい長い髪も焦げていた。常人ならおそらく生きていない。イザイアの生命力の高さにはほとほと呆れた。


「まったく……、盲点でしたよ。あの男が、……まさか記述者テクスターの力を持っているなんて……。」

「記述者の力……あれがそうなのか。」


 パヴコヴィックが使用しているものとはまるで違う記述術、何故ヴェルナーがそれを使えたのかはパヴコヴィックも知らないが、その圧倒的な力はイザイアですら死の恐怖に叩きこんだ。


「ここに来た理由は何だ?」

「少しね……、あの男に聞きたい事があっただけですよ。まあ、今ので大体わかりましたが。」

「そうか……、ならさっさと去る事だな。もうすぐ救援の軍艦がやってくるぞ。」


 日の落ちた水面の向こうにチカッと光が揺らめいた。爆発を聞きつけ、軍港の方からこちらに向かってくる大きな影が見える。


「はは……、見逃して下さるというのですか、あなたらしくない。」


 満身創痍で乾いた笑いを浮かべるイザイアの喉元に、パヴコヴィックは水で作られた刃の先端を突き付けた。イザイアの表情がくくっ、と歪む。


「今ここでお前を討っても色々と面倒なことぐらい私もわかっている。お前とて、そんな身体では逃げるのが精一杯だろう?そんな男を殺しても何の達成感もわかん。」


 冷たく言い放つと、イザイアは今度こそ声を立てて笑い出した。その笑い声がどこまでも癪に障り、突き付けた刃の先端をイザイアの喉に埋め込む。刃の先端にうっすらと朱が混じった。


「私はお前を許さない。私から全てを奪ったお前を絶対に許さない。だから、お前はお前が一番屈辱だと感じる方法で殺してやる。私の手で。」


 パヴコヴィックははっきりと断言した。イザイアはもう一度、鼻で笑うと今度こそその身体を夕闇に溶かし、消えていった。

第十九章完。

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